ライトレールの風景-広島電鉄本線・宮島線
安芸宮島へ出かけた。広島駅から宮島口まではヒロデン(広島電鉄)に揺られる。並行するJRなら30分足らずで着くところを、LRTで1時間以上かけて行くのが鉄道ファンのこだわりだ。全国で最大規模の路面電車網をもつ広島のこと、最新のグリーンムーバーマックスから、なつかしの京都や大阪市電まで、さまざまな形式の車両を車窓から見送る愉しみは他に代えがたい。旧市街を迂回するJRと違って、繁華街を貫き、(旧)市民球場と原爆ドームを左右に振って、ちょっとした市内観光ができるのもいい。さらにその先も、興味をそそるポイントが目白押しだ。
(左)なつかしの京都市電 (右)天満川を渡る |
その1。広い相生通りを走ってきた電車は、十日市の交差点で左折し、そのまま平和大通りへ出るかと思いきや、手前の土橋電停で右折して脇道に入り込む。天満川を専用橋で渡り、観音町でまた左折してやっと大通りの中央に飛び出していく。幅100mの立派な通りがすぐ南を並行しているというのに、不経済な鉤形のルート設定はいかにも訳がありそうだ。
地元の方なら周知のことだが、最も狭い土橋~観音町の区間こそ開通した時からのオリジナルルートなのだ。1925(大正14)年測図の1:25 000地形図(下図)を見ると、旧堺町電停の南の角から、省線の己斐(こい、現JR西広島)駅前まで専用軌道で直進していたことがわかる(右上図)。この地図ではすでに沿線の市街地化が進んでいるが、本線が開業した1912年ごろは市街の西縁が天満川で、その先は山陽道沿いに街村の風情が残っていた。それでこそ、南側の畑か空地を遠慮なく突き進むことができたのだ。現在の経路は、太田川(放水路)開削に伴って、1964年に平和大通り上の併用軌道に付け替えられたものだ。鉤型を廃止して大通りに移設する計画はあるが、まだ実現していない。
広島中心部の1:25 000地形図 1925(大正14)年 (最新地形図は下記サイト参照) |
■参考サイト
広島中心部の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/34.395100/132.457700
その2。本線己斐と宮島線西広島(当時は己斐町)、上記の地形図では両線は東と南から鉢合せする格好で止まっていて、線路はつながっていない。宮島線自体は1931年に全通したが、直通の営業運転が始まったのは30年も後になってからだ(1962年広電廿日市まで、翌63年広電宮島へ延長)。2001年にホームが改築されて、イメージががらりと変わった。トラスの大屋根が架かる広く明るい空間には、新型LRVがよく似合う。ちなみに、横川駅と広島港も同じようなタイプに移設改築され、面目を一新している。
(左)広電西広島のホーム (右)荒手車庫をかすめるグリーンムーバーマックス |
その3。西広島からは路面を離れて専用線となり、終点までJRと並行する。棲み分けが明確だった国鉄時代はさておき、民営化以降は近距離輸送でも競合関係にある。JRの西広島~宮島口間には、むかしは五日市と廿日市(はつかいち)しか駅がなかったのに、1980年代、立て続けに新駅が3つも造られ、増便も図られて様相は大きく変わった。しかし、単に客を奪い合うのではなく、新井ノ口(JR)と商工センター入口(広電)、五日市(JR)と広電五日市のように、乗換えできる駅も整備されている。足の速さで勝るJRと、電停のきめ細かさや都心へ乗換えなしが売り物の広電。目的に応じて使いこなせる沿線の人々がうらやましい。
その4。広電の線形は決して悪くない。先述の商工センター入口から五日市付近の並走区間など、爽快なくらいの直線コースだ。JR電車が涼しい顔で追い抜いていくのを強く意識する区間でもある。両者がこれだけ近接している理由は簡単で、建設当時は山が海岸に迫っていたため、他に通す場所がなかったということに尽きる。1970年代までは国道を隔てて、現在の商工センター地区のある場所には遠浅の海が広がっていた。
グリーンムーバーと対向 |
海岸線をなぞる(阿品東の跨線橋にて) |
その5。廿日市の前後からは西から山脚がせり出してきて、それを避けるためのカーブが頻出する。廿日市市役所前と宮内の間には串戸トンネルが口を開けている。JRが山を避けて右へ迂回するところを、広電唯一の堂々たるトンネルが複線を一気に呑み込む。ところが、地御前(じごぜん)の後は立場が逆になり、JRがトンネルで小山を串刺しにしていくのに、広電は海岸線をなぞるように走る。このルート、単に建設費の削減が理由とは思えない。なぜなら、国道をくぐって海岸に躍り出るや、海を隔てて厳島(宮島)が想像以上の大きさで姿を現すからだ。きっと設計者は乗客に、車窓の劇的な展開をアピールしたかったに違いない。残念ながら現在は、広島ナタリーの遊園地跡に建つ高層マンションが、期待の眺望を妨げているのだが。
かくして、電車は広電宮島口の頭端式ホームに滑り込む。駅舎を出ると目の前が宮島への乗船場で、遠来の旅人は改めて、世界遺産の玄関口に到着したという感慨に浸ることだろう。こんなに心躍るLRTもめったにない。
(左)宮島口に到着 (右)厳島神社の大鳥居 |
■参考サイト
広島電鉄 http://www.hiroden.co.jp/
宮島口駅付近の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/34.312300/132.304300
掲載の地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図広島(大正14年測図)を使用したものである。
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