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2010年1月21日 (木)

ヴータッハタール鉄道 II-ルートを追って

前回は、丘のアルブラ越えともいうべきヴータッハタール鉄道 Wutachtalbahn の成立過程をたどった。全線61.7kmは、地勢から見て大きく3つの区間に分けることができる(下の地形図参照)。

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ブルームベルク=ツォルハウス駅で発車を待つ列車
 

東側のヒンチンゲン Hintschingen(廃止)から峠の駅ブルームベルクに至る15.7kmは、ドナウ川 Donau の小さな支流に沿って浅い谷を緩やかに遡る区間だ。

中央部のブルームベルク=ツォルハウス Blumberg-Zollhaus ~ヴァイツェン Weizen 間25.6kmは全線のハイライトで、「ぶたのしっぽ(ザウシュヴェンツレ Sauschwänzle)」のあだ名どおり極端な蛇行を繰り返して丘を下りきる。

西側のヴァイツェン~ラウフリンゲン Lauchringen(旧オーバーラウフリンゲン Oberlauchringen)間20.4kmは、ライン川 Rhein の支流ヴータッハ川 Wutach が流れるのびやかな谷を下るごく平坦な行路になる。

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ヴータッハタール鉄道周辺の1:200,000地形図
(赤く塗った区間が保存鉄道)
 
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DB路線図
中央(番号743)が
ヴータッハタール鉄道
 

中央区間では、1977年から蒸気機関車が牽引する観光列車が運行されている。2010年の予定によると、運行期間は5月から10月初めまでで、日曜日と水曜日は午前と午後の計2往復、土曜日は午後に1往復だ。8月と9月は木曜も運転する(下記公式サイトに時刻表がある)。ブルームベルクから片道おおむね65分をかけてヴァイツェンまで降り、同じ道を戻ってくるというパターンだ。

■参考サイト
ヴータッハタール鉄道(公式サイト) http://www.sauschwaenzlebahn.de/
ヴータッハタール鉄道(ファンサイト) http://www.wutachtalbahn.de/

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ヴータッハタール鉄道路線図

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1987年当時のリーフレット
 

運行経路に従って、始発駅ブルームベルク=ツォルハウス(以下、ブルームベルクと略す)から見ていこう。

駅はツォルハウスの集落に面している。ツォルハウスというのは税関を意味し、ドナウエッシンゲンとスイス領シャフハウゼンを結ぶ街道の国境税関が設けられていたことに由来する。ブルームベルクの中心市街からは1.5~2km離れているが、路線バスが立ち寄ってくれるので、旅行者の足に問題はない。駅舎と続きの倉庫は、鉄道の資料を展示するミュージアムに改造され、列車出発前と到着後の1時間自由に見学できる。鉄道がたどるコースを再現したレイアウトが置かれているので、旅の予習としても必見だ。

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ブルームベルク駅の旧 信号転轍取扱所 Reiterstellwerk
内部を見学できる
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(左)駅舎併設の鉄道博物館
(右)同 内部の展示
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(左)ぶたのしっぽ鉄道を模したレイアウト
(右)同 正面がエプフェンホーフェン鉄橋
 

ここはまた、地形に興味を持つ人にとって注目の場所でもある(上の地図参照)。駅裏の穏やかな谷は平らにしか見えないが、実はここにライン水系とドナウ水系の境界線、すなわちヨーロッパを南北に分ける分水界 Watershed(谷中分水界)が走っている。駅から北上する街道の左側(西)に降った雨はオランダへ流れ下って北海に、右側(東)に降った雨はルーマニアまで延々2800kmも運ばれて黒海に注ぐ。それだけでも雄大極まりない話だが、さらにおもしろいのは、左側の水も大昔はドナウ川に流れ込んでいた。

この浅い谷は、西2.5kmのブルームベルク市街の先で、ヴータッハ川が切り裂いた渓谷によって急に絶たれているが、この地点から西の流域もかつてドナウ流域だった。ところが、おそらくひどい洪水で浅いドナウの谷が溢れた折りに、南側から侵食していたヴータッハ谷に水が流れ込み、流路が変わってしまった。ヴータッハ谷のほうが標高が低かったため、侵食はどんどん進み、谷が深くなっていった。ライン川がドナウ川の縄張りを奪ったこの現象を、地形用語では河川争奪と言っている(下注)。

*注 堀淳一氏の「ドナウ・源流域紀行」(東京書籍、1993)p.38以降に、周辺の訪問記とともに地形の成立過程が詳述されている。

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(左)機関車を連結、ヴァイツェン方面はバック運転になる
(右)車内は満員御礼
 

さて、ブルームベルク駅を出ると列車はすぐに左カーブを切り、地面に潜り込むように高度を下げながら、長さ805mのブーフベルクトンネル Buchberg-Tunnel に突入する。ここは大陸分水界ではないものの、地勢がこれを境に一変するので峠越えのトンネルというにふさわしい。鉄道は現役のときから全線単線だったが、トンネルは将来を見越した複線仕様で設計されており、間口が広い。

トンネルの闇を抜けると右手の車窓に、すり鉢状をしたミュールバッハ Mühlbach の谷の風景が広がって、目を奪われる。谷のくぼみに架けられた魚腹トラスのビーゼンバッハ鉄橋 Biesenbach Viadukt からはすぐ右下に別の線路が並行するが、これが何を意味するかは間もなくわかる。列車はすぐにエプフェンホーフェン Epfenhofen の村の外縁を回り始め、ほぼ一周してから、長さ264mと路線最長のエプフェンホーフェン鉄橋 Epfenhofer Viadukt をしずしずと渡り始める。

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トンネルを抜けると地勢が一変
(峠道の脇の展望台で撮影)
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魚腹アーチのビーゼンバッハ鉄橋
(帰路写す)
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(左)これから渡るエプフェンホーフェン鉄橋
(右)同 鉄橋ごしに見る列車(左写真の反対側から撮影)
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エプフェンホーフェンの村と鉄橋を遠望
 

この2つの上路トラス橋は当初できるだけ短く計画されたが、脆弱な地質で工事中に取付け部分の築堤崩壊が続いたため、設計を変更して橋の部分を延長したという。おかげで開通後は堂々たるランドマークになり、鉄道ファンに格好の被写体を提供している。橋を渡りきると、村の最寄のエプフェンホーフェン駅に停車する。待避線が必要以上に長いのは、長編成の軍用貨物の通過に備えたからだ。

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エプフェンホーフェン鉄橋の上から
画面奥にビーゼンバッハ鉄橋
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鉄橋を渡るブルームベルク行きの列車
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(左)エプフェンホーフェン駅
(右)信号機もレトロな腕木式
 

しばらく丘の中腹を走り、トンネルを出たところで旧ヴータッハブリック Wutachblick(ヴータッハの眺めの意)駅を通過する。名前の通り渓谷に面していて、谷底は見えないが、比高は100m以上ある。切通しを抜けてもとの谷に戻ると、右手がフュッツェン Fützen の村だ。列車は右に大回りして方向を変えてから、村の名を冠した駅に滑り込む。ここが保存鉄道全線のほぼ中間地点に当たり、機関庫と保守基地がある。

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(左)中間駅フュッツェンは有人駅
(右)機関庫と保守基地もここに
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復路では遠足(?)の子どもたちが乗ってきた
 

ミュールバッハ谷を渡る鉄橋の後は森に入って、車窓の見通しは途切れがちになる。シュトックハルデのスパイラルトンネル Stockhalde Kreiskehrtunnel では、線路が半径350mで時計回りに一回転する。トンネルは路線で最も長く1700mもあるが、勾配が10‰ではたったの17mしか高さを稼げない計算だ。

また待避線に差し掛かる。この地にあったグリメルスホーフェン Grimmelshofen 駅は、利用者が少ないという理由で1926年に早々と廃止されてしまった。列車は、ようやくヴータッハ川本流の谷(ヴータッハタール)の斜面に躍り出るのだが、森に遮られたまま、実は進むべき道とは反対の、上流へ向かっている。そして川を斜めに渡って、左回りのトンネルに突っ込む。実はこれが「ぶたのしっぽ」の最後で、次に闇を抜けた列車はさきほどと同じ谷の対岸に、今度は下流を向いて出てくるのだ。

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(左)スパイラルトンネルに続く小トンネルを抜ける
(右)グリメルスホーフェン駅跡
 

停まった駅はラウスハイム=ブルーメック Lausheim-Blumegg、1955年に南から来る旅客列車の終点になった駅だ。発車してすぐ左手にグリメルスホーフェンの村が見える。先述したとおり村の駅はなくなったが、村人たちは一向に困らなかったそうだ。彼らは、坂を攀じ登った先にある村の駅よりも、線路が降りてきた後のこの駅をずっと便利に使っていたからだ。森が切れてヴータッハ川の谷が広くなり、国道314号線を斜めにまたぐと、まもなく終点のヴァイツェンに到着だ。この付近では、ヴータッハ川がスイスとの国境になっていて、川の向こう、手の届くところにスイス領がある。

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終点ヴァイツェンにて

公共交通機関によるヴータッハタール鉄道へのアクセスは、前回記した東と西からの列車便のほかに、ドナウエッシンゲン Donaueschingen からブルームベルク行きの路線バス(7277系統、所要45分)がある。なお、スイスのシャフハウゼン Schaffhausen からも路線バスが運行された時期があったが、2012年10月31日をもって廃止されたため、現在は鉄道で迂回するしかない。

■参考サイト
東側区間:ドリッター・リングツーク http://www.ringzug.de/ 743系統参照
中央区間(ヴータッハタール鉄道)の時刻表は、上記公式サイトのFahrplan参照。
西側区間:DB公式サイト http://kursbuch.bahn.de/
 Suche nach Kursbuchstreckennummer(時刻表路線番号で探す)で743 を入力
VSB(シュヴァルツヴァルト・バール運輸連合)バス http://www.v-s-b.de/ 7277系統参照

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(左)ドリッター・リングツークの接続列車が入線
(右)駅前に立ち寄るVSBバス
 
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地形図は、スイス官製1:25,000の1011番 Beggingen に保存鉄道区間がすっぽり収まるので重宝する。ブルームベルク~ヴァイツェン間にはハイキングルートもある。下記サイトか、ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州の1:35,000ハイキング地図 Wanderkarte の Klettgau Wutachtal図葉(右写真)を求めるといい。

(2015年11月16日一部改稿、写真追加)

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびWikipediaドイツ語版の記事(Wutachtalbahn)、ブルームベルク市公式サイト http://www.stadt-blumberg.de/ を参照して記述した。

地形図は、ドイツ連邦官製1:200,000 CC8710 Freiburg-Süd(1985年版), CC8718 Konstanz(1978年版)を用いた。(c) Bundesamt für Kartographie und Geodäsie.
路線図はドイツ鉄道「旅客線一覧図 Übersichtskarte für den Personenverkehr」2007年12月版を用いた。

掲載した写真はすべて、2012年7月に現地を訪れた海外鉄道研究会のS. T. 氏から提供を受けたものだ。ご好意に心から感謝したい。

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 軍事戦略鉄道の経歴を持つ路線として
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コメント

サイトをご覧いただきありがとうございます。
フライブルクから急勾配のヘレンタール線、ドナウタール線とたどられたのですね。羨ましい限りです。
さて、お尋ねのフランクフルトの地図販売店ですが、私が知っているのは中心部にある、

ラントカルテン・シュヴァルツ
Landkarten Schwarz
Kornmarkt 12, 60311 Frankfurt am Main
http://www.landkarten-schwarz.de/

です。HPを見ると今も盛業中のようです。

お礼、このブログで堀淳一氏の「ドナウ源流域紀行」を知り、今回フライブルクからウルムまで、ドナウ川に沿った鉄道路線に乗車してまいりました。次の機会には、さらに保存鉄道にも足を伸ばしたいものです。また、本ブログで、ドイツは州ごとに特色があることを知り、今回の旅行ではその視点で、見聞できたことも、ありがたく思っています。ドイツ国内で、たとえばフランクフルト(M)などで、官製地図や一般地図を求める書店をご教示いただけたら、と思います。

有難うございました。よく分かりました。当日、雨と超満員でないことを願うのみです。

お問合せいただいた件、わかる範囲でお答えしますと、

A1 Reservierungsbestätigungは予約確認書と推測します。
支払がまだであれば、当日始発駅の窓口でそれを見せて切符を買うのでしょう。

A2 Blumbergから乗車する場合、進行方向右側が最初のループの内側になるため、撮影にはいいかと思います。

A3 Buchbergトンネルを抜けて最初に渡るBiesenbach鉄橋と、右手に見えるEpfenhofen鉄橋。このオメガループ周辺が車窓のハイライトです。Fützen駅から後は、次第に森に覆われてくるためシャッターチャンスは減ります。

A4 保存鉄道の時刻表に載っている停車駅Epfenhofen、Fützenは交換可能、Lausheim-Blumeggは棒線駅です。

A5 ループ状のトンネルでも入口と出口はかなり離れているため、同一画面には収まりません。

すみません、前のコメントのQ1で
Schwarzwald-BaarからはReservierungsbestätigungを添付ファイルで送ってきました。
と書きましたが、Schwarzwald-BaarはSauschwänzlebahnの間違いです。

 Wutachtalbahnについても詳しいブログが作成されており、感謝に耐えません。添付図のmap6はドナウとラインの分水嶺も入っている素晴らしい地図ですね。しかも河川争奪の解説まで載っているところを見ると地学分野の専門家ですか。さすが「地図と鉄道」という名前だけあります。

 この鉄道に乗るときは途中で降りて鉄道施設をゆっくり見る時間がとれません。乗り鉄しながら写真をとるだけですので、いくつか教えてください。
Q1
Schwarzwald-BaarからはReservierungsbestätigungを添付ファイルで送ってきました。これを切符に変える場所は、乗車当日Blumberg-Zollhausの駅で買えばよいのですか。
Q2
座席は進行(Blumberg-->Weizenとした場合)どちら側に座るのがベターですか。
Q3
これは撮っておくべきという対象物は何と何ですか。また、そのシャッターチャンスはどのへんですか。
Q4
途中駅はみな行き違い設備がありますか。それとも棒線駅ですか。
Q5
トンネルの出口と入り口が同一画面に納められるようなところがありますか。

細かい話で恐縮ですが、わかる範囲で教えていただければ有難いです。

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