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2009年12月 3日 (木)

デンマークの地形図

2008年度をもって日本では1:50,000などの地形図の更新が停止されてしまったが、電子化時代の本格的到来を象徴するこのような決断は、デンマークのほうがかなり早かった。測量局による地形図の刊行廃止は2002年のことで、対象はフェロー諸島とグリーンランドを除く本土のすべての地形図に及んだ。

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1:50,000(2cm図)の例
1514 I Helsingør 1983年
 

もちろんこれは、オフセット印刷による紙地図を作らなくなっただけで、デジタル地図の更新は滞りなく続けられている。1:500,000、1:200,000、1:100,000、1:50,000、1:25,000、1:10,000の6種の地形図データベース(Danmarks Topografiske Kortværk (DTK) / Kort500~Kort10)が維持され、ウェブサイトで公開・提供されるとともに、これをもとにしたさまざまな製品が行政機関や民間会社の手で生みされている。

(以下の記述は、全面改稿した2020年5月現在の状況に基づく)

デンマークの近代測量は、デンマーク王立科学協会 Kongelige Dansk Videnskabernes Selskab が国土の地図作成に着手した1757年に始まる。縮尺1:20,000で実施された測量成果が1:120,000に編集され、銅版印刷に付された。

19世紀初頭のナポレオン戦争で、正確な地図が国土防衛に不可欠であることを痛感した軍は、詳細な地形測量に力を注いだ。1842年には参謀本部に地形局 Generalstabens Topografiske Afdeling が設置され、1845年から1:80,000、1866年から1:20,000「平板測量図 Målebordsblade」、1870年から1:40,000のいわゆる「アトラス図 Atlasblade」の地図体系が構築されていく。

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1:40,000(アトラス図)
A3030 Köbenhavn 1961年
 

平板測量図は当時の基本図で、1864~99年に刊行された前期平板測量図 Høje målebordsblade(約1200面)と、図郭の横幅を1.5倍に拡大し、黒、青、茶色の3色で刷られた1901年以降の後期平板測量図 Lave målebordsblade(全835面)に分類される(下注)。また1891年から1902年にかけてこれを基にした1:100,000図も刊行され、「参謀本部地図 Generalstabskort」と呼ばれて普及した。

*注 SDFEの地図サービス Kortforsyningen のサイトによれば、平板測量図は、当初横10×縦12インチ(31.4×37.7 cm)の縦長、1901年からは横15×縦12インチで横長になったため、前者を「背が高い høje(英語の high)」、後者を「低い lave(同 low)」と呼んで区別したとされる。加えて、時間的な前後関係の意味も含んでいたかもしれない。「高/低」は、命名の背景の知識がないと理解しづらいので、ここでは敢えて「前期/後期」と訳している。

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市街地拡大のようすを時代順に追う
ロスキレ Roskilde の例
(上)1:20,000 前期平板測量図 19世紀後半
(下)1:20,000 後期平板測量図 20世紀前半
 

この参謀本部地形局と、主要三角測量と水準測量を担っていたデンマーク測量局 Danske Gradmåling の統合により1928年に設立されたのが測地学研究所 Geodætisk Institut だ。研究所は、1920年にドイツから帰属替えされた南ユラン(南ユトランド)Sønderjylland の新規測量を手掛けるとともに、軍から引き継いだ地形図の更新を進めた。

1:20,000の縮尺は第二次世界大戦後、NATO標準の1:25,000に変更される。また、地形図体系には、イギリスの「インチ図」に倣って「センチメートル図 Centimeterkort」の呼称が導入された。これは実長の1kmが図上で何cmになるかを示すもので、1:25,000は「4センチメートル図 4cm-kort」になる。この新図は1957年に刊行が始まり、1978年に全国をカバーした。

4cm図からは、1:50,000(2cm図)や1:100,000(1cm図)が編集された。また、1966年からは大縮尺の1:10,000図の作成も開始された。

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1:25,000(4cm図)この図葉の最終版紙地図
1513 IV SØ Roskilde 1996年
 

戦後の測量行政を牽引した測地学研究所は1989年に地籍局 Matrikeldirektoratet、水路局 Søkortarkivet と統合され、地図・地籍局 Kort- og Matrikelstyrelsen(下注)になった。さらに2013年にはジオデータ局 Geodatastyrelsen に名称を変更、そして2016年に地図作成事業が分離されて、現在はデータ供給・効率化局 Styrelsen for Dataforsyning og Effektivisering (SDFE) が担っている。

冒頭に述べたとおり、デンマークではもはやオフセット印刷による紙地図は作成されていない。廃止当初は、ノーディスク・コートハネル社  Nordisk Korthandel(北欧地図販売の意)が在庫販売を行っていたが、それも2011年に終了し、以来、紙地図は古書店が扱う商品になってしまった。

しかし、最新の地図データは言うに及ばず、旧版図の一部についてもデータ供給・効率化局の専用サイト(下注)で閲覧やダウンロードが随時可能なので、実用的に支障はない。

*注 地形図の閲覧サイトについては、本ブログ「地形図を見るサイト-デンマーク」で詳述している。

掲示物などでどうしても大判用紙に印刷したいという場合は、ノーディスク・コートハネル社でオンデマンドのプリントサービス「ディトコート DitKort(英語で Your Map)」が利用できる。1枚あたり295クローネ(1クローネ16円として4,720円)もするので、個人が気軽に購入するようなものではないが。

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1:25,000現行図(DTK/Kort25)
2020年4月取得

紙地図時代のデンマークの地形図は、ドイツ並みのきめ細かさをよりモダンなスタイルで表現していた。ここでその内容を見ておきたい。

市販される地形図の縮尺体系は1:25,000、1:50,000、1:100,000の3種があった(下注)。先述のように1:25,000は4cm(センチメートル)図と呼ばれており、同様に1:50,000は2cm図、1:100,000は1cm図だ。地図の表紙にも「1:25,000(4 CM)」のように記されている。

*注 このほか1:10,000図が受注販売されていた。1:200,000以下の小縮尺図も市販されていたが、地形が描かれていないので「地形図」の範疇に入れていない。

 

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センチメートル図の索引図
 

上図は、2000年版の地図カタログに掲載されていた索引図だ。太枠が1cm図(1:100,000)の図郭になり、中央に記された4桁の数字(例:1318)が図番を表している。前2桁が東西方向、後2桁が南北方向の配列を示すマトリクスだが、おそらく国家間の関係が深かったフランスに倣ったものだろう。ドイツも同様の方式だが、前2桁が南北、後2桁が東西で、組み合わせが前後逆になっている。

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1:25,000(4cm図)
表紙
 

その図郭を縦2×横2=4等分したものが、1:50,000(2cm図)の図郭になる。図番は4桁の数字+ローマ数字(例:1318 II)で表される。これをさらに4分割したものが1:25,000(4cm図)の図郭になり、図番の構成は4桁の数字+ローマ数字+方位の略字(東=Ø、西=V、北=N、南=S)だ。これにより、例えばユラン半島北端の1:25,000フレズレクスハウン Frederikshavn 図葉の図番は、1318 II SØ となる。

3種のうち最も大縮尺の 1:25,000(4cm図)は、全土を405面でカバーする。黒、茶、青、緑の4色刷で、図郭はおよそ東西14km×南北11.25kmのエリアを収める。等高線は5m間隔だが、急傾斜地以外は2.5mの補助曲線が挿入されるため、この縮尺としては精度が高い部類に入る。最高地点でも標高170mという、起伏の小さな国土ならではの繊細さだろう。

地物の描写も明瞭さが際立つが、それはシャープな線描と面塗りの巧みさから来るもののようだ。

下図は首都コペンハーゲンの中心街だが、建て込んだ市街地は街区ごと黒の太線で囲み、中を濃いめのグレーで塗っている。一方、その下の図のような戸建ての住宅地は独立建物の記号を置き、区画を細線で描いて、薄めのグレーで塗る。印版は黒一色だが、塗りのトーンや図柄の違いで、市街地の性格が判別できるようにしているのだ。ただし注記が少なく、公共施設の記号もないので、残念ながらこれを実際の道案内に使うのは難しい。

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1:25,000(4cm図)市街地の描写例
1513 I SØ København Syd 1988年
 
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1:25,000(4cm図)
(上)水部の表現 (下)森林の表現
1513 I NØ København Nord 1987年
 

土地の景観はハッチや色版の掛け合わせで巧妙に表現されている。上図のように点在する水辺では水面と湿地の区別が、森林では広葉樹林と針葉樹林の区別が明確で、針葉樹林を表す緑色と青色の重ね塗りは特に美しい。また、風車小屋、発電用風車の大/小と、風がらみの記号が多いのは、土地の特徴を示すものだろう(下掲の凡例参照)。

なお、現行の地図データベースも、1:25,000(Kort25)だけは紙地図の図式を用いたクラシックスタイルで公開されている。

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1:25,000(4cm図)凡例の一部
 
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1:50,000(2cm図)
表紙
 

1:50,000(2cm図)は109面ある。図郭は4cm図の4面分、すなわち東西28km×南北22.5kmの範囲になる。色版は4cm図の4色に赤が加わり、5色だ。この色は道路や中心市街の塗りに使われ、本来なら目立つ存在だが、ここではオールドローズ(灰色がかったバラ色)のため、図全体が落ち着いた色調になっている。

等高線は、4cm図と同じ5m間隔で描かれており、傾斜地ではかなり稠密だ。日本の地形図を見慣れた目には、険しい崖の連なりを想像してしまう。

一方、地図記号は細部で4cm図と異なる点が多い。縮尺の制約もあり、市街地は総描家屋として描かれる。しかし、中心街に赤の面塗りを置くのはなかなか効果的だ。森林は針葉樹と広葉樹を区別しなくなり、湿地・沼地の分類も一様ではない。

個人的に2cm図は、4cm図にもまして、北欧の大地を想起させる涼やかで、かつ引き締まった図面が好ましいと思う。下の図で、それと現行のデジタル図(Kort50)を並べてみた。現行図は面塗り主体のために塗り絵のようで、配色も、紙地図のそれを参考にしているとはいえ、明らかに調和感に欠ける。惜しいことに、2cm図は公開サイトでの対象から外れているので、今や幻の地図になってしまった。

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(上)1:50,000(2cm図)1214 I Silkeborg 1993年
(下)1:50,000現行図(DTK/Kort50)
 
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1:200,000図表紙
 

1:100,000(1cm図)については次回紹介するとして、最後に、センチメートル図の体系に含まれない1:200,000以下の小縮尺図にも触れておこう。

1:200,000 はかつて、全国を4面でカバーする「道路地図 Færdselskort」として作られていた。紙地図廃止後もノーディスク・コートハネル社に引き継がれ、しばらくの間刊行が続けられた。

内容は下図のとおりで、等高線などの地勢表現は省かれており、その点で「地形図」ではない。案内所、キャンプサイトといったレジャー情報の記号が設けられ、有名な観光ルートであるマーゲリート・ルート Margueritruten にはミントグリーンの縁取りが施されている。表紙はそっけないが、旅行地図の要素を盛り込んだ地図だ。

このほか、1989年の地図カタログには、1:300,000のポスター地図、1:500,000と1:750,000の概観図 Oversigtskort が挙げられている。

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1:200,000
4 Sjælland og Bornholm 2006年
 

次回は、1:100,000(1cm図)とそれを基に作られた地図帳について。

(2020年5月1日全面改稿)

使用した地形図の著作権表示
Contains data from Styrelsen for dataforsyning og effektivisering, "Høje målebordsblade","Lave Målebordsblade", "4cm-kort", "DTK/Kort25", "2cm-kort" and "1:200,000" May 2020

■参考サイト
データ供給・効率化局 https://sdfe.dk/
同 地図サービス https://www.kortforsyningen.dk/
ノーディスク・コートハネル社 https://www.scanmaps.dk/
デンマーク大百科事典 Den Store Danske http://denstoredanske.dk/

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