デンマークのサイクリング地図
ヨーロッパでオランダに次いで自転車が市民生活に溶け込んでいるのが、デンマークだ。今回はこの国のサイクリング地図について紹介しよう。
![]() DCF 1:100,000 サイクリング地図 ユラン半島東部編 表紙 |
「パンケーキのように平たい Flat as a pancake」。デンマークの国土はしばしばこう例えられる。ヨーロッパ全図のような小縮尺の地図では一面緑色に塗られているので、見渡す限り平坦な国土だと思っている人も多いに違いない。しかし、パンケーキの形容が真にふさわしい理由は、別のところにある。すなわち、少しだけ厚みを持っている点が共通なのだ。
事実、地形図を開くと、デンマークの多くの地域で50~100m前後の等高線が複雑に入り組んでいるのが読み取れる。特にユラン Jylland(ユトランド)半島の東半分は丘陵が海岸まで張り出し、丘を刻む谷もそれなりに深い。オランダ(南東部を除く)のように起伏があるのは川の堤だけというのとは事情が違い、サイクリングも少々アップダウンを覚悟しなければならない。
この国のサイクリング地図(サイクリングマップ)は、主にデンマークサイクリスト連盟 Dansk Cyklist Forbund(略称 DCF、英訳 Danish Cycling Federation)が作成している。オランダでは2つの団体・会社による競作が見られたが(「オランダのサイクリング地図」参照)、人口がオランダの1/3程度のデンマークではそれほどの市場はないようで、他には後述するノーディスク社製の1点しかない。
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DCFは、自転車がまだ馬の足跡だらけの凹凸道を走っていた1905年、「コペンハーゲン周辺の自転車交通にもっと良好で安全な条件を提供する」ために創立された。現在は22,000人の会員を擁する全国組織に成長している。サイクリング地図には、全国が1枚に収まる縮尺1:500,000と、8面に分割した1:100,000の2種類がある。
1:500,000の地図は、2005年まで「サイクリング余暇地図 Cykelferiekort」という名称で作成されていた。ロンドンの地図店スタンフォーズ Stanfords のウェブサイトによれば、「全国の自転車国道・地方道のネットワークを表す。道路の舗装状況や代替道路を表示、サイクリストとハイカー専用のキャンプ場、一般キャンプ場、ユースホステル、旅行案内所の位置を記号化している。(中略) コペンハーゲンは詳細拡大図があり、地名索引、道路標識例も付く。裏面は、列車、バス、フェリーへ輪行(自転車持込み)する際の規則、ユースホステルと旅行案内所の連絡先、自転車部品の解説など、デンマークのサイクリングに関する情報を満載する。」というものだった。しかしその後は更新されておらず、絶版になったようだ(右写真はスタンフォードのサイトから)。
その代わりにDCFのオンラインショップで扱うようになったのが、デンマーク政府観光局(visitdenmark.com)が作成する1:500,000デンマーク旅行地図 "Turen går til Danmark" だ。サイクリング専用ではないが、製作協力団体にDCFも名を連ねているし、ショップでは「デンマーク・サイクリングルート地図 Kort over cykelruter i danmark」と銘打って販売しているので、上記余暇地図を引継ぐ位置づけだろう(下写真はDCFのサイトから)。
![]() デンマーク政府観光局 1:500,000デンマーク旅行地図 表紙 |
大判用紙の片面いっぱいに配された地図は、交通網(道路、鉄道)、市街地、森林などを描いたベースマップの上に、サイクリングルートをはじめ、キャンプサイト、案内所、海水浴場、ゴルフ場などを記号で加えたものだ。サイクリングルートに関しては青の実線で、道路番号つきのいわば公認道だけを表示している。舗装・未舗装、車道への併設などを区別していた旧図に比べると、表示はかなり単純化されてしまっている。DCF以外にも余暇に関わる各種の組織が情報を提供している総合旅行地図なので、自転車道だけ細かく分類しても、デザイン上も読図上も効果的でないからだ。
とはいえ、これ1枚で国内の自転車道路網が一望できることに変わりはなく、ついでに宿泊やレジャーの情報もチェックできる。旅程のラフスケッチを作るときには、まず参考にすべき地図と言えるだろう。
![]() 1:500,000デンマーク旅行地図の一部 © VisitDenmark, 2009 |
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ただし、1:500,000は図上1cmが実地の5kmになる縮尺だから、自転車旅行に携行するには詳しさの点で十分とはいえない。そこに1:100,000(図上1cmが実地1km)の出番がある。こちらは単体では販売されておらず、地方別に8巻に分かれたサイクリングガイドブック Cykelguide の添付地図の形をとっている。ガイドブック本体はデンマーク語版、英語版、ドイツ語版の3種が別々に刊行されているが、添付地図は3か国語併記なので、どの版にも同じものが付いている。冒頭の写真は国内でも一番人気のユラン半島東部編 Østjylland だが、筆者が買おうとしたときには前2者はすでに売切れで、ドイツ語版だけが残っていた(下写真は同 索引図)。
![]() DCF 1:100,000サイクリング地図 索引図 |
地図は大判(111×70cm)の耐水紙に両面刷りしたものだ。ベースマップに官製1:100,000地形図をそっくり使用し、その上に自転車道を描き、テントサイトや案内所、自転車修理店など旅行に関連する施設や見どころをピクトグラム(絵文字)で示している。自転車道の表示のしかたは、配色が違うだけで1:500,000全国図を踏襲しているが、縮尺が大きいだけに細かい分岐点まで判別できるし、5m間隔の等高線によって、冒頭で述べた道のアップダウンも読めるのが強みだ。裏面まで使って官製1:100,000よりはるかに広い範囲を収めているので、官製図の高価なオンデマンド印刷(ディトコート DitKort)の代替品としても大きな価値がある。
![]() DCF 1:100,000サイクリング地図の一部 © KMS, DCF, 2009 |
ユラン東部はコペンハーゲン首都圏と並んで自転車道の密度が高い地域とあって、地図の至るところに自転車道が走っている。不規則に曲がる田舎道が多いなかで、なめらかな曲線を描いているのは鉄道の廃線跡を転用したものらしい。自転車道沿線には、キャンプ地や宿泊施設が一定の距離を置いて配置されているのが見て取れる。その充実ぶりを追えば、自転車旅行が気軽なレジャーとして定着しているのも当然のことに思えるだろう。
![]() サイクリングガイドブックの一部 |
ガイドブックは82ページの充実した冊子だ(上写真)。1:500,000の裏面に書かれているような情報のほかに、ナンバールート別に美しい写真付きで見どころの詳しい紹介があり、地図を傍らに置いて読むだけで、早くも行った気分にさせてくれる。巻末に主要都市の市街図がついているのも便利だ。これらの地図はDCF公式サイトのオンラインショップ(下記)で購入できる。
■参考サイト
デンマークサイクリスト連盟 http://www.dcf.dk/
オンラインショップ http://shop.dcf.dk/ 英語版あり
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最後に、ノーディスク・コートハネル社 Nordisk Korthandel が刊行するサイクリング地図に触れておこう。同社は官製地形図の販売を代行している会社なので、「デンマーク・サイクリング地図 Cykelkort Danmark」も同社オリジナルの1:500,000に自転車道などの情報を加筆したものだ(右写真)。
内容はDCFの旧図とほぼ同じで、コペンハーゲンの拡大図があるところまで似ている。裏面にはデンマーク語、英語、ドイツ語で自転車旅行に関する簡単な説明があるが、紙面に書ききれない詳細は同社の特設サイトに誘導する形にしてある。DCFの方針転換を受けての企画とは推測するが、上記旅行地図の価格が25クローネ(1クローネ18円として450円)であるのに対して、こちらは75クローネ(1350円)もするのはいただけない。
![]() デンマーク・サイクリング地図の一部 © Nordisk Korthandel, Scanmaps ApS, 2009 |
■参考サイト
ノーディスク・コートハネル社のサイクリング地図
http://www.scanmaps.dk/cykelkort/index_en
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