デンマークの地形図地図帳
これまで筆者が親しんできたデンマークの地形図 Topografisk Kort の縮尺は、1:100,000だ。最初に出会ったのが1:100,000(1cm図)の区分図だったし、その後購入した地図帳もこの縮尺だった。初めから意図していたわけではないが、土地鑑を得るためにとりあえずは国土全体をざっと眺め渡したいと思うので、地形や地物がそこそこ読み取れる1:100,000は、結果的にニーズに適っていた。これより縮尺が小さくなると(1:200,000など)等高線が省略されてしまうからだ。
*注 実長1kmを図上1cmで表す縮尺のため、1センチメートル図(1 cm-kort)と呼ばれる。
1:100,000図の例 1513 København 1998年 |
1:100,000地形図は全土を33面でカバーするが、それとは別に、図郭をずらしてまとまりのある地域を一面に収めた特別版が4面(Djursland, Sundeved og Als, Sydfyn og Langeland, Sydsjælland og Møn)ある。下写真の右側は1998年修正のコペンハーゲン(デンマーク語でケベンハウン København)図葉だが、オフセット印刷による1枚ものの紙地図は2002年限りで刊行が中止されたため、残念なことにこの形式としては最終版になってしまった。
1:100,000(1cm図)表紙 1113 Esbjerg 1978年 1513 København 1998年 |
今、最新の地形図が見たければウェブサイトかオンデマンド印刷になるが、1:100,000に関しては、地図帳という選択肢もまだ残されている。地図帳は全土が1冊に収められているので、初期投資は大きいものの、それに見合う価値はある。デンマークでは、早くからこの縮尺で地形図地図帳(地形図アトラス)が刊行されてきた。同国の測量局である地図・地籍局 Kort- og Matrikelstyrelsen(下注)が出版元だったが、現在は、紙地図の販売全般を代行するノーディスク・コートハネル社 Nordisk Korthandel の手に移っている。
*注 2013年にジオデータ局 Geodatastyrelsen に改称。
地図帳の序文によると、最初の地図帳は、1928~33年に現 測量局の前身、測地学研究所 Geodætisk Institut の設立(下注)を記念して製作された全3巻の書籍だった。「デンマーク1:100,000参謀本部地図 DANMARK 1:100,000 -GENERALSTABSKORT」と題されたこの地図帳は、その後30年以上も定期的に内容を更新して刊行され続けた。
*注 1928年に参謀本部地図局 Generalstabens Topografiske Afdeling とデンマーク測量局 Danske Gradmåling が統合され、測地学研究所が設立された。
「参謀本部地図 Generalstabskort」という呼び方は、軍用図の払い下げであることを意味している。しかし、ドイツがそうであったように、デンマークでもこれは1:100,000図の別称として定着しており、所管が民生機関に移ってからも、長い間タイトルに掲げられていた。
1:100,000 旧図式 1113 Esbjerg 1978年 |
地図帳は1960年代半ばに、売り上げの減少を理由にして継続が断念されたが、再刊を望む声が多数寄せられたという。その後、作図方法の改良に伴い、デザインを一新した1:100,000地形図が作成されることになった。新図への置き換えは1975~81年に順次行われたが、それを用いて、1982年に地図帳も「デンマーク1:100,000地形図地図帳 Danmark 1:100 000 Topografisk Atlas」と名を改めて復活したのだった。
1:100,000地形図地図帳 1989年版表紙 |
この地図帳は、珍しい横長の判型(横31×縦27.5cm)を採用している。もとの地形図の図郭を上下2分割したものを見開き2ページに収めるためだ。こうすると、1ページの掲載範囲がちょうど1:50,000の図郭と一致するので、大縮尺図の索引図としても使えるという利点があった。筆者の手元にあるのは、第3版に当たる1989年版(上写真)だ。表紙カバーは、ユラン Jylland(日本語ではユトランド)半島中部、オーフス Århus 対岸のドルメンと入江を見下ろす眺めだが、明るくのびやかな海辺風景は見る者の旅情を誘う。
*注 写真手前にある赤屋根の農家の右後ろに、ポスケア・ステンフース Poskær Stenhus と呼ばれるドルメンが小さく見える(ステンフース Stenhus は英語の stonehouse に当たる)。
ポスケア・ステンフース付近のGoogle地図
https://www.google.com/maps/@56.2198,10.5075,16z?hl=ja
1:100,000地形図地図帳 1989年版より København 市街地 |
同 Mariager Fjord |
中身の地図は1:100,000の区分図そのものだ。等高線が5m間隔とこの縮尺にしてはかなり精度が高いので、隆起台地に細かい谷筋やフィヨルドが入り組む複雑な地形も手に取るように分かり、眺めていて飽きることがない。原図の修正に間に合わなかった変化、特に新設道路は、紫で加刷するというアメリカの地形図のような小技も駆使している。
しかし、かつての参謀本部地図が朱色や黄色といった目立つ色を惜しげもなく使っていたのに比べて、黒、青、緑(アップルグリーン)、茶(ココアブラウン)の4色刷は、いかにも地味な色調で見映えがしない。印刷の色数を絞ろうとしたのだろうが、せっかくのスマートなデザインが生きてこないと思っていた。
1:100,000地形図地図帳 2008年版表紙 |
ノーディスク・コートハネル社から出されている現行の第7版(2008年、上写真)は、判型が横25×縦34cmと縦長に戻り、まったく別の地図帳のようだ。総ページ数は224ページで、地図166ページ、地名索引38ページ、その他(行政区分図、道路網図・都市間距離、オンデマンド地図紹介、基礎データ集など)20ページから成る。デンマーク本土の1:100,000とともに、フェロー諸島の1:200,000、グリーンランドの1:5,000,000(500万分の1)図も添付されている。
判型が見直されたことで、1ページの掲載範囲が区分図の図郭と合わなくなったが、その代わり、隣接図とは2~3cmの重複を持たせてあるのが親切だ。
地図はもちろん測量局のデータベースから生成されたもので、プロセスカラー印刷を前提に配色が改善され、コート紙の使用によってすっきりした仕上がりになった。地図記号のデザインはほとんど変わらないが、道路や植生の分布に使われる色の置き替えが効果を上げている。
すなわち、道路の色がココアブラウンからサーモンピンクに、果樹園が緑のドットパターンからシャトルーズグリーンの塗りに、灌木林(ヒース)は紫のドットからラベンダーの塗りに変更された。さらに陸地全体に、薄いクリームイエローが掛けられている。全体の印象がはるかに明るくなったことは、第3版と比較すると一目瞭然だ。それでいて、以前紹介したオランダの地形図がもつ目覚しさとはまた違う、落ち着きのある美しさが好ましい。
1:100,000 Hanstholm周辺 (上)1989年版 (下)2008年版 |
1:100,000 Århus(Aarhus) 周辺 (左)1989年版 (右)2008年版 |
ところで、デンマークの地形図には、踏み台の立面形に似た鉤形の記号が一面にばら撒かれている(下図参照)。地形図の凡例によれば、これは農場(の建物)を表している。進入路を取り囲む形に建てられた一連の建物を上から見た形だそうだ。農場の記号も珍しいが、さらに大小の区別まであるとは驚いた。酪農王国デンマークでは常識と言われるのかもしれないが。
1:100,000 1412 Korsør おびただしい数の農場記号がある |
(2020年5月5日改稿)
使用した地形図の著作権表示
Contains data from Styrelsen for dataforsyning og effektivisering, "1cm-kort", May 2020
© 2020 Nordisk Korthandel
■参考サイト
ノーディスク・コートハネル社 http://www.scanmaps.dk/
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