日本鉄道旅行地図帳 歴史編成
今年(2009年)4月に12巻で完結した新潮社「日本鉄道旅行地図帳」に、11月20日、外地編2巻が追加された。タイトルを「日本鉄道旅行地図帳 歴史編成 朝鮮・台湾」「同 満洲・樺太」といい、日本がこれらの地域に関与していた1945(昭和20)年以前に記述対象を限定した、この上なくユニークな鉄道地図帳だ。
既刊の国内編と同じ体裁をとっているが、いうまでもなく実際の旅行に持参する実用品ではない。64年前の敗戦で図らずも断絶してしまった外地の鉄道網を、幹線から産業軌道まで忠実に再現しようとした過去完了形の地図だ。当時すでに存在しなかった路線や施設も廃線廃駅の扱いで記載しているので、一目でわかる外地鉄道発達史と言い換えてもいい。地形図で内外の鉄道の軌跡を追っている筆者にとっては心待ちにしていた企画で、しかも1冊680円の大衆価格で提供されるとあっては夢のようだ。
日本鉄道旅行地図帳 歴史編成 |
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その一冊、朝鮮・台湾編は「一目でわかる東京からの時間・距離(昭和15年)」というページから始まっている。これが、いわば歴史編成2巻のプロローグだ。北は上野駅から稚内を経て樺太の豊原へ、南は東京駅から門司を経て台湾の高雄へ、東は下関から釜山、奉天、そしてロシア国境の満洲里へ、当時の交通路は鉄道と航路をつなげて南北4700km、東西4000kmもの範囲を覆っていた。代表的な列車の到達日数を主要駅ごとに追うだけでも、この地図帳が扱うネットワークの広大さが伝わってくるだろう。
各地域の構成はおよそ次のようだ。まず地域全体の概観図がある。この図だけは1945年以降に開通した路線も描かれているので、戦前戦後を通じた路線網の整備状況が比較できる。続く略年表は、簡潔かつ的確にまとめられている。先に進む前に、ここでプロフィールを頭に入れておきたい。
メインの全線全駅鉄道地図は、国内編と似た仕様だが、現役線、廃線を問わず一つの図にまとめられている。記号はどうか。まず鉄道路線は、内地の国鉄に相当するものを黒(南満洲鉄道は藤色)、私鉄線を深緑、その他の鉄道を赤の細線で描く。廃線はそれぞれ色を変えている。駅は、機関区設置駅を色で区別するほか、信号所、軍用信号場、貨物駅、さらにスイッチバック駅にも記号を与えている。主要都市は拡大図が用意され、路面電車のルートが移設の跡を含めて克明に描かれている。
既刊シリーズの特色だった旅行地図というサブテーマも疎かにされてはいない。名産品や温泉場の注記、吹き出しの一口コメントといった文字情報に加えて、古い市街図や初三郎の鳥瞰図、実景写真が臨場感を盛り上げる。さらに、乗車券、駅のスタンプ、駅弁掛紙といった鉄道コレクションが随所に散りばめられて、空想旅行にいっそう華を添えている。
地図帳のもう一つの柱である駅名一覧も、国内編の形式を踏襲したものだ。路線別に軌間、動力、沿革、駅名、キロ程、開業・廃止日、読み方と一通りのデータが揃っている。先達の研究資料に拠っているとはいえ、今は幻となった路線群の歩みを丹念にまとめた努力には頭が下がる。
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ここで、筆者が推す地図帳の見どころを地域別にあげておこう。
朝鮮半島では、北部の山岳地帯が興味深い。鉱物資源や森林資源を求めて、いくつもの産業鉄道が海岸から内陸の鴨緑江水系へと延びている。線形の詳細図を見ると、険しい分水嶺を越えるために、ループ、スイッチバック、インクラインとあらゆる手段が試みられて、まるでルート設計のポートフォリオだ。今では容易に足を踏み入れることができない地域だけに、稀少感が募る。
台湾では、西岸の平野部に自然と目が行く。一帯に張り巡らされたおびただしい路線群は、サトウキビを運ぶ製糖鉄道だ。国鉄幹線から製糖会社直営のナローゲージが分岐し、台車軌道がその間隙を補っている。そのさまはあたかも葉脈か血管系のようだ。台中、台南は1:400,000の2倍拡大図が用意されていて、細部までよくわかる。
満洲は、個別の路線よりも冒頭の全体図に注目したい。1932年の満洲国成立と1945年の第2次大戦終結を境に、鉄道を建設年代で色分けしている。西からロシアが手を伸ばし(東清鉄路)、南からは日本が進出し(南満洲鉄道)、満洲国時代に地方線が追加され、戦後中国によって現在の鉄道網が完成した。日本がほとんどの路線を手がけた他の3地域とは違って、当地の鉄道が秘める複雑な成立過程を、この地図は見事に物語っている。
樺太は路線が数えるほどしかない。南部はまだしも樺太中部の図では、ソ連国境をめざす樺太東線が1本あるほかは、西海岸のはかなげな炭鉱軌道ばかりだ。寒風に曝される最果ての鉄路が地図の上からも想像できる。
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満洲朝鮮復刻時刻表 |
新潮社からは、同時に「満洲朝鮮復刻時刻表」も発売された。各地域で刊行された貴重な列車時刻表の復刻版を4種セットしたものだ(下注)。鉄道地図に時刻表と、プランニングの必須アイテムが揃って、しばらくはまた、机上旅行で時間が足りなくなりそうだ。
*注 内容は以下の通り
・満州支那汽車時間表 第11巻第8号 ジャパン・ツーリスト・ビューロー満州支部 1940(昭和15)年8月1日発行
・朝鮮列車時刻表 昭和13年2月号 ジャパン・ツーリスト・ビューロー朝鮮支部 1938(昭和13)年2月1日発行
・列車時刻表 台湾総督府交通局鉄道部 1936(昭和11)年2月1日
・樺太国有鉄道列車時刻表 1935(昭和10)年4月15日改正
・解題 三宅俊彦
■参考サイト
新潮社「日本鉄道旅行地図帳」 http://www.shinchosha.co.jp/railmap/
★本ブログ内の関連記事
新潮社の日本鉄道旅行地図帳
また、外地の鉄道のいくつかは、本ブログでも当時の地形図とともに紹介している。
樺太 豊真線を地図で追う
朝鮮半島 金剛山電気鉄道を地図で追う
台湾 台東線(現 花東線)を地図で追う
台湾 阿里山森林鉄道を地図で追う
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