ドイツの鉄道地図 I-DB公式地図
DB(ドイツ鉄道)の時刻表全国版 Kursbuch Gesamtausgabe は、西ドイツ時代(ドイツ連邦鉄道 Deutsche Bundesbahn, DB)でさえ、厚さが5cm前後もある電話帳のような冊子で、旅行に携帯できるものではなかった。それでも買い求める意義があったと筆者が思うのは、時刻表本体の資料性もさることながら、索引用に挿み込まれていた4色刷鉄道地図の存在だ。
本稿で言及するDB公式鉄道地図(路線図)は縮尺と内容から見て3タイプある。そこでまずこの地図を タイプA としておこう。下の写真がその「鉄道・バス一覧図 Übersichtskarte Die Bahn - Der Bus」(上は全体、下は一部拡大、いずれも1988年夏版)だ。現物は85×61cmの大判用紙を使用し、A5判に折り畳まれている。縮尺は1:425,000。旧 西ドイツを北部、中部、南東部、南西部の4面に分割し、これを両面に刷って2枚組にしている。
![]() 「鉄道・バス一覧図」北部 1988年夏版 |
![]() 同 一部を拡大 |
ベースマップは、国境と水部だけのシンプルなものだが、ダム湖や運河も対象で、名称がもれなく入っているのが親切だ。鉄道の記号は赤色でよく目立つ。幹線(凡例では「長距離列車の走る路線」と表現)、支線(同「近距離列車線」)、その他(同「国鉄以外の路線 Nichtbundeseigene Eisenbahnen」)が線の太さで分類され、電化・非電化の区別もある。
鉄道から爪のように飛び出しているのは駅の記号で、バス連絡があれば丸、その他は長方形で表される。さらに、駅の記号が出る方向で線路のどちら側に駅舎があるかがわかる。鉄道網を補完しているのが緑の二重線で示されるバス路線で、文字通り網の目のように図面を覆っている。時刻表路線番号がすべての路線に振られて、完璧な索引地図だった。
◆
筆者はこのタイプAが昔から存在するものと信じていたが、調べてみるとそうではないらしい。意外にもこの地図が作られた期間はごく短く、1985~90年の数年間に過ぎない。
1990年といえば、東西に分かれていたドイツが再統一された年だ。それに伴い、時刻表上でもDBとDR(ドイツ国営鉄道=旧東ドイツ国鉄)の路線網が1冊に統合された。これが1991/92年通年版(1991年6月2日~1992年5月30日有効)で、同時に、それまで半年ごとだったDB時刻表全国版の刊行が年1回に変更された。
![]() 旅客線一覧図 2007年12月版の一部 |
対象となる路線網が一気に拡大したために、旧西側だけで4面を要するようなタイプAの出番はなくなったのだろう。代わりに通年版の付録とされたのが、「旅客線一覧図 Übersichtskarte für den Personenverkehr」だ(右はその一部)。用紙サイズはA1判をやや小さくした60×75cmで、全土を1面に収めるため、縮尺は1:1,200,000(120万分の1)になっている。ここでは タイプB と呼ぼう。
ベースマップは国境と水部を示すとともに、段彩(高度別の彩色)を3段階に施し、ぼかし(陰影)で地勢を表現している。ただし色遣いは抑えめで、あくまで主題の引立て役に徹している。鉄道の記号は色、形状ともタイプAとほぼ同じだ。旅客路線が網羅されているが、縮尺の制約もあって小駅の表示は省かれている。また、バス路線は、一部の鉄道連絡ルートを除いて描かれていない。
裏面には、長らく縮尺1:5,300,000(530万分の1)の「ヨーロッパ及び北アフリカ鉄道路線一覧図 Übersichtskarte der Eisenbahnen in Europa und Norddafrika」が印刷されていた(下注)。現在は、表面と同じ「旅客線一覧図」で、地勢表現の代わりに地域交通事業者の連合体(運輸連合 Verkehrsverbund)の区域を図示したものになっている。
*注 2015年現在、このヨーロッパ路線一覧図は、「ヨーロッパの旅客線 Personenverkehr Europa」という別の印刷物として頒布されている。裏面には上記「(ドイツ)旅客線一覧図」の英語表記版が刷られている。
タイプBは、フルカラー印刷ということもあって、新規製作のように思われがちだが、意外にも、時刻表付録地図としての歴史は古い。DB成立直後に刊行された1949年夏版の時刻表にもすでに添付されていた。当時のタイトルは「時刻表のための一覧図 Übersichtskarte zum Kursbuch」だったが、後に単純な「一覧図 Übersichtskarte」とされた。1985年夏版から1991/92冬版までは「DB時刻表一覧図 Übersichtskarte DB-Kursbuch」、その後、現在のタイトル「旅客線一覧図」へと変遷した。
内容面でも、初期は鉄道線が黒色だったり、地勢表現がないなどの違いは認められるが、基本的な仕様はずっと引き継がれている。
![]() (左)1976年夏版 名称は「DB時刻表一覧図」 (右)1992/93年版の「旅客線一覧図」、DBとDRのシンボルが並ぶ |
名称からもわかるように、タイプBは常に時刻表全国版の付録として製作されてきた。唯一その方針が崩れたのが、タイプAが登場した1980年代後半(1985年夏版~)なのだ。タイプAは本来、鉄道路線を主体に描くタイプBに対して、バス路線も加えた総合交通地図の意味づけで作られたものと考えられる。というのも1985年夏、1985/86年冬、1986年夏の3期はタイプAとBがともに添付されているからだ。
ところが、次の1986/87年冬版からは、情報がより多いタイプAのみの添付となった(下注)。筆者が時刻表を購入していたのは、ちょうどこの期間だ。仮にベルリンの壁の崩壊がなかったら、タイプAの時代がまだしばらく続いていたかもしれない。
*注 この時刻表不添付の期間(1986/87年冬版~1990/91冬版)も、タイプB自体は並行して製作され、単独で頒布されていた。
DBのインフラ管理を担うグループ会社DBネッツェ DB Netzeのサイトに、公式鉄道地図の目録がサンプル図(一部)つきでアップロードされている。実にさまざまな縮尺や図式、テーマの鉄道地図が70種ほども挙がっているが、ほとんどがオンデマンド印刷(目録での表記は「カラープロット Farbplot」)だ。その中でタイプBは、今や貴重なオフセット印刷物(同「地図印刷 Kartendruck」)になっている。冊子版時刻表が廃刊になって数年経つが、この路線図だけは変わることなく鉄道利用者のために製作頒布されているのだ。
■参考サイト
DBネッツェ 鉄道地図の案内ページ
http://fahrweg.dbnetze.com/fahrweg-de/start/produkte/nebenleistungen/produkte/eisenbahnkarten.html
残念ながらこのページでは、地図自体の閲覧やダウンロードは行えず、目録「DBネッツェ鉄道一覧図 Eisenbahnübersichtskarten der DB Netz AG」と地図の発注書が取得できるのみ。
◆
上記目録で、タイプBと同じオフセット印刷版として挙げられているのが、「ドイツの鉄道-路線図 Eisenbahnen in Deutschland - Streckenkarte」という地図だ。これも1990年代から存在するが、目録に2013年12月版とあるところを見ると、間隔は不詳ながら今も更新されているようだ。地図は87×119cmの大判用紙を使用し、縮尺1:750,000でドイツ全土を1面に収めている。縮尺がタイプAとBの中間なので、ここでは タイプC としよう。
![]() 「ドイツの鉄道-路線図」1996年9月版 |
![]() 同 一部を拡大 |
タイプCは、扱うテーマの点で前2者と一線を画している。前2者が利用者向けに列車や路線のネットワークを示す目的で製作されているのに対して、タイプCはどちらかというと、鉄道インフラの整備状況を表しているからだ。
その証拠に、この地図には、時刻表路線番号や路線名など路線を特定するための手掛かりは一切ない。その代りに鉄道記号では、幹線/支線、電化/非電化、単線/複線、標準軌/狭軌が区分され、路線の輻輳区間や接続駅における路線相互の関係なども図示されている。駅は、貨物駅を含めて全駅表示だ。路線が稠密なルール地方については、左上の余白に縮尺1:375,000の拡大図も用意されている。ベースマップだけは、茶系の色ながら明らかに同じ版を使っていて、その意味ではタイプBと姉妹図だが、中身はかなり違う。
写真でお気づきのように、現行図は鉄道記号を黒色の線だけで表しており、かなり地味な印象だ。作業図に多くの色は不要なのだろうが、初期はそうではなかった。下の写真は、筆者の手元にある1991年1月版だ。再統一された直後で、DBとDRが併存していた時期に該当する。地図の骨格は上の1996年版と変わらないが、特色インクを4色も使って、路線を鉄道管理局 Bahndirektion 別に塗り分けている。色による強調で路線網の広がりがよくわかり、視覚効果も高い。このようなバージョンも残しておいてほしかった。
![]() 「ドイツの鉄道-路線図」1991年1月版 |
![]() |
半ば知られざるタイプCだが、一般書店で販売されるおそらく最初で最後の機会があった。1993年、マルコポーロ社 Marco Polo から、タイプBとタイプCがそれぞれカバーつきで刊行されたのだ。
右画像は、Bahn+Bus CH のサイト(URLは下記)から引用したものだが(そのため拡大画像はない)、表題は前者が「ドイツ鉄道公式旅行地図 Offizielle Reisekarte der Deutschen Bahnen」、後者が「ドイツ鉄道公式路線図 Offizielle Streckenkarte der Deutschen Bahnen」になっている。オリジナルとは名称が異なるものの、両者の性格の違いを巧みに反映させた命名といえるだろう。
■参考サイト
Bahn+Bus CH, Bibliographie: DB - Landkarten
http://www.bahn-bus-ch.de/bahnen/db2/biblio-l.html
◆
最後に地図の入手方法だが、タイプBは、DB駅の旅行センターで有料頒布されているほか、DBのショッピングサイト bahnshop.de でも買えるようになった。このショッピングサイトではタイプB、Cとともに各種復刻図も扱っている。ただ、1部買うだけでも送料が50ユーロ(1ユーロ135円として6750円)と出るので、コストパフォーマンスが低すぎるのが難点だ。なお、旧版でよければ、時刻表と同様に、ドイツを中心とした古書店等のサイトで扱っている場合がある。
【追記 2015.10.24】
GVE出版社 GVE-Verlag から「DBドイツおよびヨーロッパ鉄道路線一覧図 DB Eisenbahn-Übersichtskarten Deutschland und Europa 2015」として、上記の(ドイツ)旅客線一覧図 Personenverkehr Deutschland、ドイツ運輸連合区域図 Verkehrsverbünde in Deutschland、ヨーロッパ旅客線一覧図 Personenverkehr Europa、いずれも2014年12月版を3点セットにしたものが、9.80ユーロで発売されている。
http://www.gve-verlag.de/_gve_eisenbahn.php#Kursbuchkarte
(2014年8月8日改稿)
★本ブログ内の関連記事
ドイツの鉄道地図 II-ドイツ交通クラブ
ドイツの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
ドイツの鉄道地図 IV-ウェブ版
ドイツの鉄道地図 V-キュマリー+フライ社
« 樺太 豊真線を地図で追う | トップページ | ドイツの鉄道地図 II-ドイツ交通クラブ(VCD) »
「鉄道地図」カテゴリの記事
- ギリシャの鉄道地図-シュヴェーアス+ヴァル社(2021.07.29)
- イタリアの鉄道地図 III-ウェブ版(2016.08.25)
- イタリアの鉄道地図 II-シュヴェーアス+ヴァル社(2016.08.13)
- イタリアの鉄道地図 I-バイルシュタイン社(2016.08.07)
- インドの鉄道地図 VI-ロイチャウドリー地図帳第3版(2016.04.19)
「西ヨーロッパの鉄道」カテゴリの記事
- ゴーサウ=ヴァッサーラウエン線(2025.01.17)
- アルトシュテッテン=ガイス線(2025.01.12)
- ザンクト・ガレン=ガイス=アッペンツェル線(2025.01.04)
- トローゲン鉄道(2024.12.21)
- ロールシャッハ=ハイデン登山鉄道(2024.12.07)
コメント