ルクセンブルクの地形図
![]() 2002年度版カタログより |
ルクセンブルク Luxembourg は、正式名をルクセンブルク大公国 Grand-Duché de Luxembourg といい、中世以来ネーデルラントと総称されて関係の深かったベルギー、オランダとともに、ベネルクス Benelux 三国を構成している。周囲をフランス、ベルギー、ドイツに囲まれ、面積は2,586平方キロと、神奈川県(2,416平方キロ)程度という小さな内陸国だ。
注:Luxembourg の日本語表記については、在日大使館の公式サイト(下記)では「ルクセンブルグ」とされているが、本稿では一般的な「ルクセンブルク」を採った。なお、フランス語読みはリュクサンブール。
国土全体を見渡すと、中央を東西に貫く川がある。ライン川の支流モーゼル川 Mosel に流れ込むジュール川 Sûre で、ルクセンブルクの大地に降った雨は大方この川へ集まってくる。そして、地勢もこのあたりを境に変化する。南側はフランスのロレーヌ地方につながる緩やかな丘陵が広がるのに対して、北側は、標高500m前後のアルデンヌ高地が深く侵食されて、襞のような谷間ができている。主要道路は見晴らしのいい尾根筋を走るが、坂道に弱い鉄道はそうもいかず、細かく蛇行する谷底をすり抜けるようにして進む。そのような様子が、この国の地形図を眺めるとよくわかる。
小国とはいえ、ルクセンブルクの官製地形図の体系は隣接する大国にも決して見劣りしない。作成元である地籍・地形局 Administration du Cadastre et de la Topographie (ACT) のサイトに簡単な紹介がある。
「(ACTは)ルクセンブルク大公国の全土をカバーする地形図作成に責任を負っている。縮尺1:25,000の最初の地形図は、フランス国土地理院との共同作業によって1954年には実現されていた。その後、読み易さを向上させるために縮尺が1:20,000に変更された。ここから1:50,000、1:100,000、そして1:250,000地図が編集された。地図はすべて空中写真をベースにして、写真測量法により作成されてきた。改訂の頻度は平均10年であった。コンピューターの進歩で、デジタル方式のベースマップの需要が急速に増大してきた。これを受けてACTでは、デジタルデータベースをもとにして1:20,000、1:50,000、1:100,000のそれぞれ新版を作成する数か年計画を実行に移した。」
このように、ルクセンブルクの地形図作成は、戦後一貫してフランス国土地理院 IGN が請け負っていて、そのことは地図にも注記されている。
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それでは、縮尺の小さなものから順に内容を紹介していこう。1:250,000はA3版のごく簡易なものだ。交通網、水部、植生(森林)、行政界が表示されているが、地勢表現はない。1991年以来更新されず、継続が放棄されたかと思っていたが、2009~10年に修正版を刊行すると予告が出た。しかし、この程度のサイズなら販売するまでもなく、ウェブ上で公開するほうが利用者にとっては便利だろう。
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1:100,000も全国を1面でカバーする。100×110cmの大判用紙を使用した折図で、地名索引は別刷りになっている。右写真は筆者の手元にある1987年修正版だ。当時はフランスの図式をそっくり適用していたので、表紙が異なるものの、色使いを含めてもう一つのフランス1:100,000地形図とでもいうべき体裁だった。余白には首都東郊のキルシュベルク Kirchberg にあるヨーロッパ・センター Centre Européen(EUの諸機関が立地)の見取図が配されて、同国が国際的に果たしている役割を強調していた。
1:100,000の最新作である2006年版を実見したことがないので、地図商のサイトを当たってみたところ、どうも図式が一変しているようだ。集落の記号がいわゆる黒抹家屋から面塗りの総描に置き換えられたのはフランスの新図と同じだが、肝心の等高線が消えてしまい、地勢の表現はぼかし(陰影)だけになっている。旅行情報ははるかに充実したようだが、断片的な画像で見た限り、まるで市販の道路地図と変わらず、地形図としての機能は半減してしまった。
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1:50,000は、1970年代までフランスと同じ東西0.40gr、南北0.20grの範囲で区切った図郭で(grはグラードと読む。下記「フランスの1:25,000地形図」参照)、全土で10面を要した。その後、大判用紙を充てて、南北2面でカバーするように改められた。ここでもフランスの図式が準用されていて、地勢表現は10m間隔の等高線とぼかしを併用している。
手元にある1993年版(右写真はその表紙)は黄、緑、青、黒の4色刷で比較的地味な色調だが、2000年版からはプロセスカラー化(CMYKの4色)されている。ハイキングルートが表示され、表紙もカラー写真を配するなど、かなり改良が加えられた一方で、フランスのような目障りなグリッド(方眼)は付されなかった。かつてのドイツのように通常版と旅行情報付加版 Édition touristique が並行して刊行された時期もあったが、直近の2007年版は後者に一本化されたようだ。
1:20,000は、冒頭の引用にもあったように既存の1:25 000を単純拡大したものから始まっている。4色刷りで、図郭は1:50,000を4等分し、30面で全国をカバーしていた。筆者が当地を旅した1988年は1:20,000が出始めた頃で、市内の書店の地図売場にまだ1:25,000の旧版(1979年版など)がたくさん残っていた。
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拡大版1:20,000は、その後1998~2000年にかけてデジタル図化による新版全21面に置き換えられた(写真左側は表紙、右側は索引図のついた裏表紙)。TCシリーズ Série TC と称したこの新図もフランスIGNの手で作られたものだが、図式デザインは、フランスの1:25,000新図式をもとにしつつも、より明解な印象だ。等高線は5m間隔で、ぼかしも加えられているが、ごく薄い。道路や鉄道の記号はフランスとほぼ同じだが、プロセスカラーの利点を生かして、独立建物が市庁舎、農業用、工業用、公共用、商業用、その他と6色に分類され、市街地はかなりカラフルになった。植生も針葉樹林、広葉樹林などを緑のトーンを微妙に変えて、ていねいに塗り分けている。
このような美しい地形図にもかかわらず、今ではCD-ROMのみの供給になってしまった。もとの21面をシームレスに見ることができて価格12ユーロというのは格安だが、紙地図の廃止は鑑賞派としてはすこぶる残念だ。
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現在、この縮尺による紙地図は、Rシリーズ Série R という旅行情報付加版 Édition touristique しかない(写真左側はRシリーズの表紙、右側は索引図のついた裏表紙)。こちらの用紙はさらに大判で、10面で全土をカバーする。ベースマップは上記の1:20,000そのものなのだが、旅行情報を引き立たせようとややグレーがかった色調にしたため、クリアな持ち味が減殺されてしまった。
その旅行情報はなかなか詳しい。特にハイキングルート(凡例での英語表現は「フットパスとトレール footpaths and trails」)は、道標のあるフットパス Waymarked footpath、ユースホステル・フットパス Youth hostel footpath、ランブリングルート(遊歩ルート)Rambling route、CFL(ルクセンブルク国鉄)パス CFL-path、それにサイクリング道路と5種類もある。このうち、フットパスと言っているのはいわゆる長距離自然歩道(フランス語で Sentier de randonnée、ドイツ語で Wanderweg)、ランブリングルートは比較的短距離の周遊ルート、CFLパスは駅を起終点にしたルートだ。旅行スポットの記号もたくさん用意されていて、ユニークなスケッチ風の絵柄がほほえましい。
ちなみにRシリーズというのは régionale の頭文字を採ったもので、1990年代に出た前身の旅行図シリーズ(6面で中断)が、区分図に対して集成図のような意味合いで「地方図 Carte régionale」と名乗っていたのを引き継いでいる。
これらの地形図は、作成元に書面で直接発注するか、欧米の主要地図商から入手できる。
■参考サイト
地籍・地形局 ACT
http://www.act.etat.lu/
「官製地図を求めて-ルクセンブルク」
http://map.on.coocan.jp/map/map_luxembourg.html
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