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2009年10月

2009年10月29日 (木)

ルクセンブルクの地形図

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2002年度版カタログより
 

ルクセンブルク Luxembourg は、正式名をルクセンブルク大公国 Grand-Duché de Luxembourg といい、中世以来ネーデルラントと総称されて関係の深かったベルギー、オランダとともに、ベネルクス Benelux 三国を構成している。周囲をフランス、ベルギー、ドイツに囲まれ、面積は2,586平方キロと、神奈川県(2,416平方キロ)程度という小さな内陸国だ。

注:Luxembourg の日本語表記については、在日大使館の公式サイト(下記)では「ルクセンブルグ」とされているが、本稿では一般的な「ルクセンブルク」を採った。なお、フランス語読みはリュクサンブール。

国土全体を見渡すと、中央を東西に貫く川がある。ライン川の支流モーゼル川 Mosel に流れ込むジュール川 Sûre で、ルクセンブルクの大地に降った雨は大方この川へ集まってくる。そして、地勢もこのあたりを境に変化する。南側はフランスのロレーヌ地方につながる緩やかな丘陵が広がるのに対して、北側は、標高500m前後のアルデンヌ高地が深く侵食されて、襞のような谷間ができている。主要道路は見晴らしのいい尾根筋を走るが、坂道に弱い鉄道はそうもいかず、細かく蛇行する谷底をすり抜けるようにして進む。そのような様子が、この国の地形図を眺めるとよくわかる。

小国とはいえ、ルクセンブルクの官製地形図の体系は隣接する大国にも決して見劣りしない。作成元である地籍・地形局 Administration du Cadastre et de la Topographie (ACT) のサイトに簡単な紹介がある。

「(ACTは)ルクセンブルク大公国の全土をカバーする地形図作成に責任を負っている。縮尺1:25,000の最初の地形図は、フランス国土地理院との共同作業によって1954年には実現されていた。その後、読み易さを向上させるために縮尺が1:20,000に変更された。ここから1:50,000、1:100,000、そして1:250,000地図が編集された。地図はすべて空中写真をベースにして、写真測量法により作成されてきた。改訂の頻度は平均10年であった。コンピューターの進歩で、デジタル方式のベースマップの需要が急速に増大してきた。これを受けてACTでは、デジタルデータベースをもとにして1:20,000、1:50,000、1:100,000のそれぞれ新版を作成する数か年計画を実行に移した。」

このように、ルクセンブルクの地形図作成は、戦後一貫してフランス国土地理院 IGN が請け負っていて、そのことは地図にも注記されている。

それでは、縮尺の小さなものから順に内容を紹介していこう。1:250,000はA3版のごく簡易なものだ。交通網、水部、植生(森林)、行政界が表示されているが、地勢表現はない。1991年以来更新されず、継続が放棄されたかと思っていたが、2009~10年に修正版を刊行すると予告が出た。しかし、この程度のサイズなら販売するまでもなく、ウェブ上で公開するほうが利用者にとっては便利だろう。

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1:100,000も全国を1面でカバーする。100×110cmの大判用紙を使用した折図で、地名索引は別刷りになっている。右写真は筆者の手元にある1987年修正版だ。当時はフランスの図式をそっくり適用していたので、表紙が異なるものの、色使いを含めてもう一つのフランス1:100,000地形図とでもいうべき体裁だった。余白には首都東郊のキルシュベルク Kirchberg にあるヨーロッパ・センター Centre Européen(EUの諸機関が立地)の見取図が配されて、同国が国際的に果たしている役割を強調していた。

1:100,000の最新作である2006年版を実見したことがないので、地図商のサイトを当たってみたところ、どうも図式が一変しているようだ。集落の記号がいわゆる黒抹家屋から面塗りの総描に置き換えられたのはフランスの新図と同じだが、肝心の等高線が消えてしまい、地勢の表現はぼかし(陰影)だけになっている。旅行情報ははるかに充実したようだが、断片的な画像で見た限り、まるで市販の道路地図と変わらず、地形図としての機能は半減してしまった。

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1:50,000は、1970年代までフランスと同じ東西0.40gr、南北0.20grの範囲で区切った図郭で(grはグラードと読む。下記「フランスの1:25,000地形図」参照)、全土で10面を要した。その後、大判用紙を充てて、南北2面でカバーするように改められた。ここでもフランスの図式が準用されていて、地勢表現は10m間隔の等高線とぼかしを併用している。

手元にある1993年版(右写真はその表紙)は黄、緑、青、黒の4色刷で比較的地味な色調だが、2000年版からはプロセスカラー化(CMYKの4色)されている。ハイキングルートが表示され、表紙もカラー写真を配するなど、かなり改良が加えられた一方で、フランスのような目障りなグリッド(方眼)は付されなかった。かつてのドイツのように通常版と旅行情報付加版 Édition touristique が並行して刊行された時期もあったが、直近の2007年版は後者に一本化されたようだ。

1:20,000は、冒頭の引用にもあったように既存の1:25 000を単純拡大したものから始まっている。4色刷りで、図郭は1:50,000を4等分し、30面で全国をカバーしていた。筆者が当地を旅した1988年は1:20,000が出始めた頃で、市内の書店の地図売場にまだ1:25,000の旧版(1979年版など)がたくさん残っていた。

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拡大版1:20,000は、その後1998~2000年にかけてデジタル図化による新版全21面に置き換えられた(写真左側は表紙、右側は索引図のついた裏表紙)。TCシリーズ Série TC と称したこの新図もフランスIGNの手で作られたものだが、図式デザインは、フランスの1:25,000新図式をもとにしつつも、より明解な印象だ。等高線は5m間隔で、ぼかしも加えられているが、ごく薄い。道路や鉄道の記号はフランスとほぼ同じだが、プロセスカラーの利点を生かして、独立建物が市庁舎、農業用、工業用、公共用、商業用、その他と6色に分類され、市街地はかなりカラフルになった。植生も針葉樹林、広葉樹林などを緑のトーンを微妙に変えて、ていねいに塗り分けている。

このような美しい地形図にもかかわらず、今ではCD-ROMのみの供給になってしまった。もとの21面をシームレスに見ることができて価格12ユーロというのは格安だが、紙地図の廃止は鑑賞派としてはすこぶる残念だ。

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現在、この縮尺による紙地図は、Rシリーズ Série R という旅行情報付加版 Édition touristique しかない(写真左側はRシリーズの表紙、右側は索引図のついた裏表紙)。こちらの用紙はさらに大判で、10面で全土をカバーする。ベースマップは上記の1:20,000そのものなのだが、旅行情報を引き立たせようとややグレーがかった色調にしたため、クリアな持ち味が減殺されてしまった。

その旅行情報はなかなか詳しい。特にハイキングルート(凡例での英語表現は「フットパスとトレール footpaths and trails」)は、道標のあるフットパス Waymarked footpath、ユースホステル・フットパス Youth hostel footpath、ランブリングルート(遊歩ルート)Rambling route、CFL(ルクセンブルク国鉄)パス CFL-path、それにサイクリング道路と5種類もある。このうち、フットパスと言っているのはいわゆる長距離自然歩道(フランス語で Sentier de randonnée、ドイツ語で Wanderweg)、ランブリングルートは比較的短距離の周遊ルート、CFLパスは駅を起終点にしたルートだ。旅行スポットの記号もたくさん用意されていて、ユニークなスケッチ風の絵柄がほほえましい。

ちなみにRシリーズというのは régionale の頭文字を採ったもので、1990年代に出た前身の旅行図シリーズ(6面で中断)が、区分図に対して集成図のような意味合いで「地方図 Carte régionale」と名乗っていたのを引き継いでいる。

これらの地形図は、作成元に書面で直接発注するか、欧米の主要地図商から入手できる。

■参考サイト
地籍・地形局 ACT
http://www.act.etat.lu/
「官製地図を求めて-ルクセンブルク」
http://map.on.coocan.jp/map/map_luxembourg.html

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 ベルギーの地形図
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 ドイツの1:25,000地形図

2009年10月22日 (木)

オランダのサイクリング地図

クラシックな街乗り用、それがオランダ製自転車の典型的なスタイルだ。王室ご用達のガゼル社 Royal Dutch Gazelle が有名だが、黒塗りで、チェーンガードやドレスガードがつき、バックペダルブレーキも健在で、いかにも実用本位という印象がある。国外ではダッチバイク Dutch Bike の名で知られるこのタイプを、現地ではオマフィツ omafiets(発音は「オ」にアクセント)と呼んでいる。訳すと、おばあちゃんの自転車(つまり、ババチャリ?)だそうだ。


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ドレスガードのついたオマフィツ
Source from https://www.flickr.com/photos/23672158@N04/. License: CC BY 2.0
 

オランダからドイツ北部、デンマークと、北海に面する一帯はヨーロッパの中でも自転車の利用率が高い地域なのだが、中でもこの国は自転車王国を自認する。自転車協議会 Fietsberaad の資料によると、2004年の1人あたり自転車保有台数はドイツ0.77台、デンマーク0.83台に対して1.11台と、人より自転車の数のほうが多い。1人でレジャー用と通勤通学用の2台を使い分けるのも珍しいことではない。

なぜそれほど自転車が普及しているのだろうか。地形が平坦なことはこの地域に共通する特徴だが、平坦ゆえの強い風が利点を相殺してしまう。そうではなく、最大の要因は国の政策にある。たとえば、車は市街地に入りにくくされ、駐車場は少なく、時間制限がある。車と自転車の衝突事故では法律上、車の側に厳しい責任が課せられる。一方で自転車通勤者には、所得税控除の制度があるという。


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自転車優先の街路
Photo by Maurits90 at wikimedia. License: CC0 1.0
 

このように、クルマよりも自転車が有利だと思わせる施策が徹底されている。その結果、外出の際の交通手段を聞いた調査でも、自転車で行くという回答が、距離が7.5kmまでなら34%に達し、自動車利用の36%と拮抗している。高速道路の無料化を検討しているどこかの国も、本来取るべき方向はこちらのほうではないだろうか。

自転車の普及には、専用道 fietspad(英語の cycle path)の整備も寄与している。LF-route という略称が定着している自転車国道 Landelijke Fietsroute の総延長は、4500kmに及ぶ。さらに、地方自治体や地域の民間団体が管理する地方道がある。LFルートを長距離旅行用とすれば、地方道の周遊ルート Rundfahrten や支線網は、所用や日帰り旅に利用されている。

各自転車道が交差する地点、すなわち接続ポイント Knotenpunkt には、高速道路のインターチェンジのように番号が振られているし、町に入れば観光案内所 VVV(フェーフェーフェーと読む)や自転車店で必要な情報が手に入る。自転車旅行が当たり前にできるシステムが見事に構築されているのだ。

■参考サイト
自転車協議会 Fietsberaad http://www.fietsberaad.nl/
LFルート http://www.fietsplatform.nl/routes/
ガゼル社 http://www.gazelle.nl/


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自転車道の標識
Photo by Steven Lek at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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ポルダーを水路に沿って走る
Photo by J Doll at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

さて、ドライバーのために道路地図があるように、サイクリストには自転車道地図(サイクリングマップ)が必要だ。全国をカバーするものとしては、ANWBとファルク社 Falk が出している。

ANWBの名称は、1883年の創立当時に名乗っていた全オランダサイクリスト連盟 Algemene Nederlandse Wielrijdersbond の頭文字をとったもので、現在の正式名称はANWB王立オランダツーリスト連盟 De Koninklijke Nederlandse Toeristenbond ANWB という。業務範囲は百数十年の間に、自転車から自動車、保険、旅行情報の分野へと拡大してきた。地図出版もその一環だ。

興味深いのが、1919年から継続しているという、路傍に道標を設置する事業だ。そのずんぐりした形状から、きのこを意味するパッデストゥール paddestoel と呼ばれる道標は、国じゅうのいたるところで黙々と道案内に携わっている。ANWBの中縮尺図を見れば、「きのこ」のある場所とその識別番号がわかる。


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ラーレン Laren にある最初の「きのこ」(レプリカ)
Photo by Atsje at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 
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ANWB地形図 ANWB Topografische kaart」はその名が示すように1:50,000官製地形図を独自の図郭で集成した、全国を25面でカバーするシリーズだ(右写真はその一つ、フェリュヴェ北部 Noord-Veluwe。下はシリーズの索引図)。耐水性のある合成紙を使い、両面印刷されている。

表紙に「自転車道とANWBきのこを追加 Met fietspaden en ANWB Paddenstoelen」とあるように、この2種の地図記号だけがオリジナルとの相違点だ。地形図がベースマップなので、一般的な情報量は申し分ないが、自転車地図として見ると、区間距離の記載がなく、市街地の自転車道が省略されているなど、物足りない部分もある。


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ANWB地形図シリーズ 索引図
 
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それに対して、「ANWBサイクリング地図 ANWB Fietskaart」(右写真)はANWBのオリジナル地図だ。縮尺は1:75,000、普通紙に両面刷りで、全国を17面でカバーする。ベースマップは交通網、市街地、水部、植生などを表した比較的シンプルなデザインに抑えられ、等高線のような地勢表現もない。

自転車道に関する情報(LFルート、区間距離、接続ポイント)が目立つように濃い色で置かれ、さらに道路勾配、修理工場、案内所、「きのこ」、それ以外の目標物(駐車場、発電所、灯台、テレビ塔など)、自然・文化施設といった記号が配されている。余白には、収録地域の見どころの紹介がある。

また、これを地図帳に仕立てた「ANWBサイクリング地図帳 ANWB Fietsatlas」も刊行されている。A5版のコンパクトサイズで、北部と南部の2分冊となっている。

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ANWBが黄色系の表紙をまとうのに対して、ファルク社のサイクリング地図は、緑の表紙だ。VVVのマークを大きく掲げて、地域の観光局とのタイアップを強調している。区分図の縮尺は1:50,000で、普通紙に両面刷り、全国を20面でカバーする(右写真。下はシリーズの索引図)。

ベースマップはオリジナルで、縮尺は違うもののANWB版と同じようなつくりだ。ただし、1:50,000という少し大きめの縮尺を生かして、道路網や目標物の表示はANWBより詳しく、市街地の自転車道もきちんと描き込まれている。LFルート、区間距離、接続ポイントといった必須情報に漏れはないが、ライバル(?)の「きのこ」には言及していない。

裏面には、全長40km前後の日帰り周遊推奨コースがいくつか紹介されているので、具体的な旅行のイメージが作れるだろう。町や村のVVVの連絡先やURL、ささやかながら地名索引までつけられて、丁寧に作られた地図だ。


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ファルク サイクリング地図シリーズ 索引図
 

これらの地図は、欧米の主要な地図商で扱っている。

■参考サイト
ANWB http://www.anwb.nl/
オランダ・ファルク社 http://www.falk.nl/

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 ドイツのサイクリング地図-ADFC公式地図
 ドイツのサイクリング地図-コンパス社とバイクライン
 デンマークのサイクリング地図
 オランダの地形図

2009年10月15日 (木)

新線試乗記-阪神なんば線

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阪神西九条駅で
近鉄電車どうしのすれ違い

2009年3月20日、阪神電鉄阪神なんば線が開通した。新線区間は西九条~大阪難波3.8kmだが、以前の西大阪線、尼崎~西九条を含めた10.1kmを一括して「阪神なんば線」と称している。

列車はさらに近鉄難波線・奈良線に直通する。大手私鉄が地下鉄などを介さずに相互乗入れするのは、日本で初めてだというが、大阪の西と東にエリアを持つ両鉄道のレールが結ばれる意義は大きい。阪神沿線からは、キタに加えてもう一つの核、ミナミ一帯がテリトリーに入るし、方や近鉄沿線からは、魅力的な神戸の街へ乗換えなしのルートが開かれる。

関西圏ではこの2、3年、新線が続々と誕生しているが、その中でも注目度では最上位で、次に開通の見通しが明示された路線がないことからも、現状では最後の大物と言えるだろう。開通からすでに半年、ようやく先日(9月14日)、奈良から三宮まで乗る機会があったので、ここに遅まきのレポートを綴りたい。

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(左)近鉄の路線図 (右)桜川駅の運賃表

近鉄奈良駅の地下ホームでおもしろいシーンに遭遇した。4番線に緑帯の京都市地下鉄10系、2番線にはブラックフェイスに黄帯の阪神1000系が入線している。京都と神戸、ふだんは決して出会うはずのない電車が、遠い奈良市内で顔を合わせていたとは…。しかし、筆者が乗った快速急行、三宮行きは、おなじみのマルーンレッド(というか、あずき色)をまとった近鉄車両だった。

終点まで約1時間20分の長旅になるが、初乗りはやはり先頭車両のかぶりつきに限る。屏風のように行く手を遮る生駒山地や、トンネルを抜けた先の、日本三大車窓の次点ぐらいには着けたい大阪平野の眺望を楽しんでいると、鶴橋まではあっという間に思えた。ここでJR大阪環状線に乗換える乗客を降ろした後、電車は大阪市街地の地下に潜っていく。

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近鉄奈良駅を出発
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近鉄区間
(左)大阪平野を右手に望みながら急降下
(右)鶴橋手前の複々線区間を走る阪神9000系
 

かつての終点、近鉄難波を改称した大阪難波に到着したが、いともあっさりと発車してしまった。これから阪神の新線区間に入るというのに、境界らしさがまるでない。降車客が多くなければ、ただの中間駅かと勘違いしてしまいそうだ。乗務員交替が、次の桜川で行われるせいもあるだろう。

桜川駅の西方には近鉄車両の引上げ線があって、待機している電車のライトが目に入る。それを横目で見送りながら坂を下っていくと、すぐドーム前だ。最寄りの大阪ドーム(京セラドーム大阪)にちなんだのか、ホームの天井は1階分吹抜けにして広い空間に仕立てている。またわずかの距離をのろのろと走って、九条へ。

地下駅はここが最後で、その証拠に、ホームの端に立てばカーブの向こうに地上の明かりが差し込む。地下から高架線まで一気に駆け上がるために、ここは40‰の急勾配が設定されているそうだ。高架に移っても半透明の防音壁にすっぽり覆われていて、外の様子が見えたのは、安治川(あじがわ)を渡るトラス橋の上だけだった。

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安治川鉄橋を渡る
奥に見える鉄橋は大阪環状線
 

再びJR大阪環状線と交差する西九条から旧 西大阪線の区間に入る。千鳥橋の先の急カーブを過ぎると阪神には稀な、胸のすく直線コースが待っているのだが、日中の快速急行は尼崎まで各駅停車で、わずかな乗降のために走っては停まるのが何ともじれったい。大物(だいもつ)で本線と並び、1000系が憩う尼崎車庫の横で本線下り線をくぐって、ようやく尼崎駅に滑り込んだ。

後は、見慣れた阪神電車の車窓だ。武庫川(むこがわ)~甲子園、芦屋~魚崎と連続立体化工事が進む脇をすり抜け、快調に走る。三宮では行止りになっている3番線に到着した。降りて改めて眺めると、同じような地下駅なのに、奈良では日常的なあずき色の車体が、ここではとても新鮮で、正直なところ夢でも見ているようだ。半年前、神戸市民もそんな感想を抱いたことだろう。

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阪神区間
(左)新淀川橋梁を渡る
(右)尼崎駅手前で本線下り線と立体交差
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阪神三宮駅に到着

阪神なんば線が通過する地域は大阪のいわば下町で、ノスタルジックな雰囲気を方々に残している。帰りは西九条から桜川へ、地上を歩いてみた。

鉄道が安治川を渡る地点には前後2.5kmの間、道路橋がないが、その代わり、戦時中に造られた川底を横断する長さ80mのトンネルが存在する。かつては自動車用の通路も開放されていたが(下記サイトに写真あり)、現在は人と自転車しか通行できない。一見倉庫の出入口のようなエレベーターか、その脇の階段で地下へ降りると、タイル貼りの細長い通路が延びている。関門海峡の人道トンネルのミニ版といった趣きで、もちろん料金は要らない。殺風景な場所にあるが、利用者はけっこう多いし、警備員も配置されているので安心して歩けた。

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安治川トンネル
(左)人道の北側出入口
(右)内部
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安治川トンネルの南側出入口
左手にエレベーターを待つ人が見える
 

九条の商店街の末端をかすめて続く鉄道の高架橋を目で追うと、拡幅された道路のまん中で地中に没する。中央大通の交差点の手前で振り返ったら、巨大なチューブが街の建物をかき分けゆっくり空に昇っていくようで、ちょっとSF的な風景だった。九条駅の出入口も話の種になっている。阪神高速と地下鉄中央線の高架の脇に、奇抜な円筒状の建物ができているかと思えば、少し先には、40年の眠りから覚めたばかりというおとぎ話のような入口(九条東側出入口、下記サイト参照)がある。

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(左)高架区間の終端
  高架を走るのは地下鉄中央線
(右)反対側は、巨大なチューブが空に昇っていく
 

ドーム前駅の入口は、木津川に面したドーム前のだだっ広い広場に、市営地下鉄とは別に設けられていた。まるで互いに張り合っているようだが、イベント終了後に殺到する客を分散させるために必要な設備なのだろう。地下改札を入る前に中2階風の滞留場所まで設けてあるというから、準備は万全だ。

十字に交わる水路を渡って千日前通を東に進むと、新なにわ筋との交差点に桜川の出入口が見つかる。同名の地下鉄千日前線の駅よりは一筋西の位置だ。ここは南海高野線のルーツ、通称汐見橋(しおみばし)線の連絡駅でもある。ガラス張りのスマートな阪神なんば線のエレベーターハウスの隣に、昭和30年代を凍結保存したような古びた南海の駅舎がたたずむ。そのさまは新旧のコントラストを超えて、壮絶ささえ漂っている。なにしろそこに発着するのは、朝夕でも30分ごとのペースを崩さず、ディープな大阪を黙々と走り続ける、都会の中のローカル線なのだ。

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対照的な桜川駅と汐見橋駅(左側)
 

阪神と近鉄を結ぶ路線の建設計画の歴史は古く、発端は戦後まもない1946年に遡るという。紆余曲折の末、西側は1964年に西九条、東側は1970年に難波まで開通したが、残り区間の土地買収が難航して長らく頓挫したままだった。ようやく実現した地下新線は、21世紀の装いが目にまぶしい。時代の積層を背負った地上の市街地も、影響を受けて変わっていくのだろうなと、思いを巡らした。

■参考サイト
阪神電車(公式サイト) https://rail.hanshin.co.jp/
川瀬喜雄『日本初の沈埋トンネル「安治川トンネル」』建設コンサルタンツ協会「Consultant」Vol.232, 2006.7
https://www.jcca.or.jp/kaishi/232/232_dobokuisan.pdf
 建設史とともに、自動車が通行していた時代のトンネル内部の珍しい写真が掲載されている。

西九条付近の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/34.682800/135.465700
西九条付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=34.6828,135.4657&z=17

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2009年10月 1日 (木)

オランダの地形図地図帳 III-20世紀の旧版図ほか

オランダの地形図を収録した地図帳について、前々回は現行地形図、前回は19世紀の旧版地形図を、それぞれテーマにしたものを紹介した。最終回は、20世紀の旧版地形図その他の企画ものをいくつか挙げよう。

「オランダ地形図地図帳1955~1965 Atlas van Topografische Kaarten Nederland 1955-1965」全1巻
1:50,000地形図(1955~65年) 2006/2007年
12州出版社 Uitgeverij 12 Provinciën 刊

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オランダ地形図地図帳1955~1965
 

1:50,000地形図は、1903年から現在の図郭で刊行され始めた。19世紀の軍用地形図TMKを基図に使いながら、1kmグリッドを重ね、道路網、市街地など主要な地物に着色するという仕様だ。初期は、単色の地図の骨格を色で強調するものだったので、耕地や砂礫地のような広い面積を占めるものはまだ着色の対象でなかった。

しかし1930年代になると、それらにも色が配されて、「塗り残し」が少なくなる。全体がカラフルになっていく一方で、TMK図に由来する繊細な線描も残されており、過渡期特有の混然とした、しかし見ごたえのある図面が特徴だ。

地図帳に収録されているのは、この図式が全土をカバーしていた1960年前後、約10年間の刊行図だ。1:50,000は1959年の図式改訂でTMK様式を脱し、同時に総描化の傾向が強まるのだが、この地図帳ではまだ大部分が旧図式で、貴重な地図資料になっている。

地図帳の判型は35×25cm、全314ページのうち地図は276ページを占める。現行図の地図帳と図郭の切り方を揃え、かつ1kmグリッドの座標値を図枠に記載してあるので、新旧の対比がすぐにできる。ANWB刊行の地図帳(下注)とはヴリーラント島 Vlieland 以降2ページ分ずれるが、自社版の最新地図帳ではおそらくページ数も合致させているはずだ。なお、判読には支障がないが、地図画像は現行図ほどシャープではない。

*注 タイトルは「ANWBオランダ地形図地図帳 ANWB Topografische Atlas Nederland」。本ブログ「オランダの地形図地図帳 I-現行図」で紹介。ヴリーラント島については、4ページを要するところ、図郭の移動で2ページに収めている。

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ぼかし(陰影)を用いた砂礫地の表現
Zandvoort 1960年
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細密画のような地籍界の表現
Oosterhout 1959年
 

発売時の広告には、「若かりし頃の地図帳 Atlas van mijn jeugd」とキャッチコピーが打ってあった。この時代、オランダでもまだ多くのローカル鉄道路線が残り、幹線と小さな町とを結んでいる。アムステルダムの海への出口、北海運河 Noordzeekanaal は拡幅される前で、フレヴォラント Flevoland の大規模干拓も南半分は未達成だ。それに市街地の輪郭がどこも小ぢんまりしていて、隣町との距離が遠く感じられる。

確かに、19世紀図との比較では、あまりの変貌ぶりに目を見張るしかなかったが、この地図帳の舞台は、第二次世界大戦後の経済成長期だ。すでに構築されている近代交通網を手掛かりにすれば、「若かりし頃」と現在との差分を見つけ出す作業はたやすく、それだけにやりがいもあるだろう。

「地形図対比地図帳 Topografische Dubbelatlas」全1巻
1:200,000軍用地形図および2001年旅行地図を対比 2001年初版
バイテン・エン・スヒッペルハイン Buijten en Schipperheijn 社

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地形図対比地図帳
 

地図の新旧対照を1冊で完結できる地図帳も作られている。オランダ語でデュッベルアトラス Dubbelatlas(英語の Double Atlas、以下「対比地図帳」と記す)と言われるもので、見開きページの左右に、同じ図郭の旧と新の地図がレイアウトされて、比較作業を容易にしている。

2001年に刊行されたバイテン・エン・スヒッペルハイン社の「地形図対比地図帳 Topografische Dubbelatlas」が、おそらくその最初だ。赤と紺に塗り分けた表紙が目を引くこの地図帳は、縮尺1:200,000の新旧地図を対比させている。

旧のほうは、1868年に陸軍省地形局が作成した「オランダ王国地形図集成 Topografische atlas van het Koninkrijk der Nederlanden」の単色石版印刷図で、オリジナルは区分図19面と索引図1面から成る。新のほうは、2001年スミュルデルスコンパス社 SmuldersKompas-cartografie 製で、基本仕様はANWB社の旅行地図に使われているものだという。

装丁もユニークで、旧の綴りと新の綴りを表紙の内側でつなげた形にしてあり、左右とも開くと4ページ分を一気に見ることができる。1:200,000は小縮尺図のため、内湖や湾の干拓地の拡大や、交通網の変遷といった広範囲の経年変化を概観するのに適している。

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左右を開いた状態(測量局のカタログより)
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1:200,000旧図の例 アムステルダム周辺(第9図の一部)

「州別地形図対比地図帳 Topografische Provincie Dubbel Atlas」
1:50,000地形図1955~65年および2000年代を対比 2007~2009年初版
12州出版社 Uitgeverij 12 Provinciën 刊

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南ホラント州地形図対比地図帳
 

これは1:50,000地形図の州別ダブルアトラスで、実際の書名では、州名が入り、たとえば「南ホラント州地形図対比地図帳 Topografische Dubbelatlas Zuid-Holland 1:50.000」(右写真)となる。内容は、冒頭で紹介した「若かりし頃の地図」すなわち1:50,000の1955~65年版と、おおむね2000年以降の地形図で、前者を見開きの左側、後者を右側に配置している。

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表紙の地図対比部分を拡大
 

縮尺も1:50,000(図上1cmが実長500mを表す)になると、街路や小水路のレベルまで読み取れるので、より詳細な新旧比較が可能になる。ただ、印刷用紙が自然色のしっとりした材質のため、インクが沈んで、やや暗い仕上がりになったのが残念だ。墨1色の地図ならともかく、鮮やかな色塗りが持ち味のオランダの地形図にこの用紙は向いていない。

地図帳は、北ホラント州 Noord-Holland、南ホラント州 Zuid-Holland、ユトレヒト州 Utrecht、ゼーラント州 Zeeland の4点まで出たが、その後続刊はないようだ。収録された地形図はすでに他の地図帳で取り上げられたもので、それを合体し、州ごとに分冊したに過ぎない。さすがに柳の下のどじょうは何匹もいなかったのだろう。

ほかにも、都市図により主要都市の成り立ちをビジュアル化した「歴史地図帳 Historische Atlas」や、地図の代わりに衛星写真で国土を眺める「衛星写真帳 Satellietbeeld Atlas」など、さまざまな派生品が次々と刊行され、オランダの地図出版は傍目に羨ましいほどの隆盛ぶりを見せた。

2010年代に入ると、新旧を問わず地図資料の多くがウェブサイトでも提供されるようになり、刊行ラッシュは下火になりつつある。とはいえ、こうしたジャンルの書籍の集積は他国ではあまり見られないもので、出版界の得がたい収穫であったことは間違いない。

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デン・ハーフ歴史地図帳
 

使用した地形図の著作権表示 © Kadaster, 2021

(2021年8月3日改稿)

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