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2009年9月10日 (木)

オランダの地形図

色鮮やかな塗り絵、というのがオランダの地形図を見たときの第一印象だ。市街地や森林はもとより、耕地も牧場も草木のない砂丘でさえも彩度の高い色が配されて、日本のような線描主体の地形図を見慣れた者には、とりわけ新鮮に感じる。この国の画家ピエト・モンドリアン Piet Mondrian は、縦横に走る枠の中に三原色を塗り込めた抽象絵画を生み出したが、あの明快な美の精神が地図製作者にも脈々と受け継がれているようだ。

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1:50,000 31O Utrecht 1981年
 

オランダの地形図 Topografische kaart は、軍用地図の伝統から、陸軍省に属する「地形測量サービス Topografische Dienst」によって作成されてきた。2004年の組織改革で、地形測量サービスは「カダステル Kadaster」に統合された。Kadaster は普通名詞で土地台帳(登記簿)を意味し、19世紀から地籍管理を担ってきた独立行政機関 Zelfstandig bestuursorgaan(英訳では非省庁公共団体 Non-departmental public body)だ。それ以来、地形図の作成と公開は「カダステル」により行われている。

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(左)全国三角測量 Rijksdriehoeksmeting のゼロポイント(基準点)がある
  アメルスフォールトの聖母の塔 Onze-Lieve-Vrouwetoren in Amersfoort
  Photo by Pepijntje at wikimedia. License: Public domain
(右)床に埋め込まれたゼロポイント(基準点)
  Photo by John Boers at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

最初に、オランダにおける地図の歴史を見ておこう。

現在のオランダを含むネーデルラント Nederlanden(下注)は、16世紀半ばから約1世紀の間、地図分野の先進地域だった。メルカトル Mercator やオルテリウス Ortelius、ブラウ Blaeu といった名だたる地図学者・製作者を輩出し、大航海時代の進展に多大な影響を及ぼした。しかし、当時作られていたのは、まだ世界図や地方図のレベルだ。土地測量に基づいた詳細な地図の出現を見るには、さらに時を下らなければならない。

*注 ネーデルラント(原語は複数形でネーデルランデン)で、低地の国々を意味し、現在のベネルクス三国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)を含む地域を指す歴史的名称。

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オルテリウス「世界の舞台 Theatrum Orbis Terrarum」1571~84年 から
オランダ図 
東を上にして描かれている
Image at wikimedia. License: Public domain
 

海洋国家として17世紀に黄金期を迎えたオランダだが、18世紀に入ると、競合するイギリスとの覇権争いに敗れて、次第に失速していく。そして1793年、攻勢を強めたフランス革命軍の前に降伏を余儀なくされる。

すぐに、フランスの傀儡国家としてバタヴィア共和国 Bataafse Republiek/ République batave が樹立されるが、それまでのオランダはまだ7つの地域(州)からなる連合体であり、統一基準で作られた地図が存在しなかった。そこで共和国政府は1798年に新たな三角測量事業に着手する。

その成果が、作業指揮者の名にちなんで「クライエンホフ図 Kraijenhoffkaart(下注1)」と呼ばれるものだ。縮尺は1:115,200(下注2)、9面で構成され、全土をカバーした最初の地形図シリーズとなった。1809年から順次刊行されたが、すべて揃ったのはフランス軍が撤退し、南部諸州を含むネーデルラント連合王国 Verenigd Koninkrijk der Nederlanden が成立した後の1823年のことだ。

*注1 旧綴りは Krayenhoffkaart 。
*注2 縮尺1:115,200は、図上1ラインラント・ドイム Rijnlandse duim(2.61cm)が実地800ラインラント・ローデ Rijnlandse roede(3013.6m)を表す縮尺。なお、メートル法への換算値はウィキペディア蘭語版に拠る。

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クライエンホフ図の例
アムステルダム周辺 Blad V 1829年
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クライエンホフ図の例
ライデン周辺 Blad V 1829年
 

連合王国では、隣国との国境を画定するためにさらなる詳細測量も開始されている。1820年からは作業範囲が国内にも拡大された。これは1830年のベルギー離脱(下注)に伴う混乱で一時中断するものの、後に再開され、1845年には全土をカバーするまでになった。

*注 南部諸州が連合王国からの独立を宣言した、いわゆるベルギー独立革命。

この成果から調製された彩色原図を石版に写したのが、縮尺1:50,000の「オランダ王国軍用地形図 Topographische en Militaire kaart van het Koningrijk der Nederlanden (TMK) 」だ。1面に東西40km×南北25kmの範囲を収めるため、用紙は横92cm×縦64cm。計62面から成り、1850~64年の間に順次刊行されている。

軍用図で機密扱いだったが、後に公開され、「スタフカールト(参謀本部地図)Stafkaart」の名で親しまれた。起伏がケバで表現され、地籍界や土地利用景も詳細に描かれている。19世紀工業化以前の国土の景観を記録した貴重な図化資料だ。

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軍用地形図 TMK(印刷図)の例
ライデン周辺 30 's-Gravenhage 1854年
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上掲の印刷図のもとになった彩色原図
ライデン周辺 30-II 1850/51年
 

続いて1865年から、より詳しい縮尺の1:25,000で、「オランダ王国彩色地形図 Chromo-Topografische Kaart van het Koningrijk der Nederlanden」、通称「ボンヌ図 Bonnebladen / Bonnekaarten(下注)」の刊行が開始された。

*注 原語の bladen は図葉(複数形、ドイツ語の Blätter、英語の sheets に相当)、kaarten は地図(独 Karten、英 maps)を意味する。

刊行図としては初めての多色刷で、全776面をもって、1884年ごろに全土をカバーしている。1面で東西10km×南北6.25kmの範囲を収めるが、1:50,000 TMKの図郭とは南北でずれがある。また図番も西から東、北から南への連番で、TMKの図番と関連づけられていない。

通称は、地図がボンヌ図法で投影されていることから来ている。ボンヌ図法はハート形の世界図で知られるが、面積が正しく描かれ(正積図法)、特徴的な形の歪みも中心経緯線の交点周辺の狭い領域では最小限に抑えることができる。そのため、オランダのようなコンパクトな国土を描くのには適した投影法だ。実はTMKも同じ図法を用いているが、「ボンヌ図」と呼ぶのは1:25,000シリーズだけだ。

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ボンヌ図の例
ライデン周辺 422 Leiden 1903年
 

当初これら軍用図の作成を担っていたのは、陸軍省に属する地形局 Topographisch Bureau だった。1932年に「地形測量サービス Topografische Dienst」が創設され、業務はこの新部局の所管になる。

それと前後して、新たな地形図シリーズへの切り替えも順次実施された。新シリーズは、各縮尺図にTMK図郭を基準にした体系的な図番を採用した点が重要だ。1:50,000が最も早く1903年に最初の図葉が刊行された。といっても、TMKの図版にkmグリッドを重ね刷りし、道路網、行政界、市街地、水部、森林等に着色したもので、1940年ごろには全土をカバーしている。1:25,000は少し遅れて1935年に刊行を開始し、1950年代の終わりごろに「ボンヌ図」をすべて置き換えた。

下図に、1:50,000図式の変遷を示した。上段は初期の図式で、TMK由来の細密な線画がベースになっていることがわかる。中段は1959年の図式改訂によるもので、地籍界を表していた墨線が消え、代わりに排水路の青線が登場している。市街地の総描家屋は赤で影を付ける独特の描き方だ。下段は最近の図式で、注記のサンセリフ字体が現代感の醸成に一役買っている。プロセスカラー化で色数の制限がなくなり、道路種別に紫や橙色が加わった。総描家屋の描き方も一般的な面塗り方式に落ち着いた。

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1:50,000図式の変遷 ナールデン Naarden 付近
(上)初期の図式 1961年版
(中)中期の図式 1982年版
(下)最近の図式 1998年版
 

これ以外の縮尺では、1:100,000図が1955年に初めて登場したものの、後が続かず、刊行が再開されたのはごく最近、2016年のことだ。1:200,000も1865年から1955年まで刊行されていたが、その後、全土を1面に収めることができる1:250,000図に置き換えられた。さらに1961年、新たに1:10,000地形図のシリーズが加わったことで、オランダの現行地形図体系は整った。

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1:100,000地形図
ライデン周辺 16 Rotterdam 1958年版の一部
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1:250,000道路地図
1996年版の一部

では、現行の地形図シリーズは、それぞれどんな特徴を有しているのだろうか。

最大縮尺図は1:10,000だが、あくまで都市計画や土地利用計画など技術的な目的での使用が想定されており、一般向けとはいえない。頒布方法もオンデマンド印刷またはデジタルデータに限られ、オフセット印刷図は作られていない。

1:25,000

店頭で入手できる最大縮尺が1:25,000で、全国を389面でカバーする。1990年以降、管理コスト削減のために、国境付近や島嶼部で図郭が統合拡大され、総面数が302面まで減少していたが、2016年にすべて定形図郭に戻されたことで、この面数となった。

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1:25,000表紙
 

図郭は東西10km×南北12.5kmの範囲を収めており、印刷実寸は横40cm×縦50cmの縦長になる。この図郭は、19世紀の軍用地形図TMKの図郭(東西40km×南北25km)を横4×縦2=8等分したものだ。そのため、図番は、伝統的なTMKの番号(北西から南東へ1から62までの連番)の後にA~Hの枝番を加える(例:25 G)。

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1:25,000索引図の一部(2016年現在)
 

地図記号を下図に示した。2010年ごろの図式であり、最新の状況を反映していないが、オランダの地形図のポイントは十分読み取れるだろう。

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1:25,000凡例(2010年ごろ)
 

まず、市街地はグレー(黒色の網掛け)で、独立建物は実影を黒塗りする。後述する1:50,000に比べてはるかに地味な印象だ。その分、赤、橙、黄に塗り分けられた道路網が強調される。その結果、市街地以外の配色は1:50,000とほとんど同じだというのに、面より線が強調されて、全く別の図式のように錯覚する。

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現行1:25,000
ズヴォレ Zwolle 市街
https://kadaster.webgispublisher.nl/ から取得
 

道路記号では、オランダの交通を特徴づける自転車の専用道が、一目でわかるアイコン(最新図式では削除)とともに表示される。ただし、これは車道に付随する自転車道には適用されないので、サイクリング地図のように使えるわけではない。

鉄道記号は主として旗竿形だが、線路の本数を黒塗りの数で表しているのが興味深い。水路が道路と同じように幅員別の記号になっているのも珍しく、干拓地の占める割合が大きい国土ならではだ。

建物記号では、教会、モスク、給水塔、灯台などランドマークになる記号の中心に黒点を入れて、基準点が置かれていることを表現する。また、市役所、郵便局その他施設の記号が、引き出し線つきなのも独特だ。引き出し線の足の先が施設の位置を示すので、建物の周囲に記号を配置する一般的な方式に比べてあいまいさがない。

建物記号には、風車、水車、風力ポンプのようなオランダの代表的景観を示すものも含まれる。もちろん動力機械としては過去の遺物だが、たとえ観光用であっても地形図上では区別なく記録されている。

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引き出し線つき建物記号の例(赤の円内)
ハールレム Haarlem 市街
1:25,000 25A IJmuiden 2003年
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風車小屋が並ぶキンデルダイク Kinderdijk
1:25,000 38C Alblasserdam
https://topokaartnederland.nl/ から取得
 

もう一つユニークなのは行政界の記号だ。国境はともかく、州界、市町村界は網目(ドット)の帯で表現している(最新図式では黄と黒の断続的な色帯で表現)。そして、境界が道路上にある場合でも、図上で記号を転移させたり省いたりせずに道路の上に帯を重ねる。道路記号が網で覆われてしまうが、境界の表示を優先した形だ。

等高線は5m間隔で、2.5mの補助曲線で補われる。この縮尺としては精度が高いが、おおむね平坦な国土ゆえに、等高線が幅を利かせる図葉は少ない。

1:50,000

1:50,000は、全国を112面でカバーする。こちらも2016年に図郭見直しが行われており、以前は101面だった。

用紙サイズは1:25,000と同じで、1:25,000の4面分に相当する東西20km×南北25kmの範囲を収める。この図郭は、軍用地形図TMKのそれを東西に2分割したものだ。図番はTMKの番号に、東を意味する Oost (O) または、西を意味する West (W) を加える(例:25 Oost または 25 O)。

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1:50,000表紙
 

先述のとおり、オランダの地形図は塗り絵のようだが、その特徴が顕著に現れるのが1:50,000だ。とりわけ、ピンク(赤の網掛け)の市街地と、周囲に広がるライトグリーンの牧草地の対比は、色相差が大きいために、見る者に強い印象を残す。低地の町は周囲を干拓地に囲まれ、そこはたいてい牧草地に利用されている。それでかなりの確率で赤と緑が隣り合うことになり、地形図のイメージを規定する。

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現行1:50,000
ズヴォレ市街
https://kadaster.webgispublisher.nl/ から取得
 

海岸線のほうに目を向けると、連なる砂丘は濃い目のクリームイエローで塗られる。内陸部に残された林の緑や、ヒースの野を表す薄紫が、それとの快いパッチワークを見せている。一方、フレヴォラント Flevoland のような新しいポルダー(干拓地)は、また別の印象だ。見渡す限りの耕地は無色のように見えるが、実は薄いレモン色が被せてある。結果として、地図上で色が掛けられていないのは、居住区の空地だけだ。

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砂丘の例
1:50,000 19W Alkmaar 2003年
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新しいポルダーの例
1:50,000 20O Lelystad 2003年
 

ちなみに、この1:50,000図を使用して、ANWB社が独自の区分図シリーズを刊行していたことがある。タイトルも「ANWB 地形図 Topografische kaart」で、事情を知らない人には官製と区別がつかなかっただろう。唯一の相違点は自転車道 fietspad が強調されていることで、実はその利用者のための地図だ。価格は官製オリジナルの2倍近くしたが、ANWB版は1面(用紙の両面)で官製4面分の面積をカバーしているので、明らかに経済的だった。

1:100,000

1:100,000は、全国を35面でカバーする。1:50,000の4面分に相当する東西40km×南北50kmの範囲を収める。図式は1:50,000に準じているが、道路網が主要なものにとどめられるなど、描写はかなり概略化されている。

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現行1:100,000
ズヴォレ周辺
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1:250,000

1:250,000は2種類出ている。一つは、図郭を上下2分割して両面刷りにしたうえ、コンパクトに折った「道路地図 Wegenkaart」(用紙サイズは横112cm×縦72cm)、もう一つは、横112cm×縦130 cmの大判用紙の片面に印刷された「壁掛け地図 Wandkaart」だ。名称は違うが、折図か平図かの違いだけで、等高線などの地勢表現がないことを含めて、地図自体は同じ仕様だ。

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1:250,000道路地図 表紙
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現行1:250,000
ズヴォレ周辺
https://kadaster.webgispublisher.nl/ から取得

オランダの地形図は、「カダステル」の販売サイトで扱っている。紙地図(折図、ラミネート加工、平図)のほか、PDFファイルの形でも購入できる。

また、閲覧サイトも充実しており、現行地形図はもとより、本稿で紹介したさまざまな旧版図も詳細画像で余すところなく観察できる。閲覧サイトについては、「官製地図を求めて-オランダ」にリストを掲げた。その操作方法等については、本ブログ「地形図を見るサイト-オランダ」で詳述している。

アトラス(地図帳)発祥の地域にふさわしく、オランダでは、こうした地形図を冊子に綴った地形図地図帳 Topografische Atlas の刊行も盛んだ。次回からそのいくつかを紹介していこう。

使用した地形図の著作権表示 © Kadaster, 2021

(2021年7月15日全面改稿)

■参考サイト
カダステル https://www.kadaster.nl/

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