オランダの地形図地図帳 IIー19世紀の旧版図
話題を呼んだオランダの地形図地図帳の刊行ブームは、扱う対象を、過去に作られた、いわゆる旧版地形図へと拡大させていった。今回は、近代測量の初期段階である19世紀の地形図を復刻した地図帳をいくつか見ていきたい。
なお、旧版地形図の地図帳のことを、英語では Historical topographic atlas のように言うが、これを「歴史的…」と訳すと、歴史を図解した「歴史地図帳 History atlas (Atlas of history)」と紛らわしい。そのため以下では、いささかこなれない言い方ながら「旧版地形図地図帳」と表現している。
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「オランダ旧版大地図帳 Grote Historische Atlas van Nederland」全4巻
1:50,000彩色測量原図(1839~59年) 1990年初版
ウォルテルス・ノールトホフ Wolters-Noordhoff 社刊
オランダ旧版大地図帳第1巻 |
旧版地形図地図帳の最初の例は、おそらく1990年に刊行されたこの地図帳(以下、旧版地図帳と記す)だ。出版元はウォルテルス・ノールトホフ社 Wolters-Noordhoff、縮尺は1:50,000、オランダ全土を4巻に分冊し、第1巻が西部編で…、と書けば、前回を読まれた方はお気づきだろう。これは「オランダ地形図大地図帳 Grote Topografische Alas van Nederland」(以下、現行地図帳)と対になる刊行物だ。
現在のオランダ(ネーデルラント連合王国)の成立は、ナポレオン後の政治体制を取り決めた1815年のウィーン議定書に遡る。隣国との国境を画定するために始まった測量事業は、1820年から縮尺1:10,000~1:40,000で国内へも広げられ、東部各州などではかなりの進捗を見せていた。
当時の領土は今のベルギーとルクセンブルクを含むものだったが、1830年のベルギー独立に伴う混乱で図稿が失われ、調査局もヘント Gent からの移転を余儀なくされて、中断する。新体制による国土測量事業は1834年に南部のティルブルフ Tilburg 周辺で再開された。当初は1:25,000の縮尺が採用されたが、その後1:50,000で着々と作成が進められ、1845年には全土に及ぶ規模となった。
旧版地図帳に収録されているのは、この測量成果から調製された手彩色の測量原図(1839~59年作成)だ。この縮尺の原図がない北ブラバント州の一部については、1834~39年に作られた1:25,000原図を代わりに使用している。
測量原図の例 's‑Gravenhage (Den Haag) 1850~51年 |
この旧版地図帳の特徴は、現行地図帳と内容をリンクさせてあることだ。両者の同じページに同じエリアが掲載されている。そのため、並べれば約150年間の時空を超えて、今と昔をたやすく照合することができる。
たとえば、アムステルダム市街の南西にあるスヒポール Schipol 空港は、オランダの空の玄関口だが、その周辺はかつてハールレマーメール(ハールレム湖)Haarlemmermeer と呼ばれる大きな内陸湖だった。旧版図には、丸い湖面が広がるあっけらかんとした情景が残されている(下注)。市街地や耕地が整然と並ぶ現行図と見比べれば、「世界は神が創造し、オランダはオランダ人が造った God created the world but the Dutch created the Netherlands」という古言が誇張でないことがよくわかる。
*注 この図は1849年製作と記されているが、当時すでに干拓工事が進行中で、1852年に湖の水が抜かれている。
新旧地図帳の同一ページを比較 (上)旧版図 1849年 (下)現行図 1982年 |
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「州別旧版大地図帳 Grote Historische Provincie Atlas」全11巻
1:50,000彩色原図(1839~59年)を2倍拡大 1992年初版
ウォルテルス・ノールトホフ Wolters-Noordhoff 社刊
ウォルテルス・ノールトホフ社からは、上記1:50,000彩色測量原図を1:25,000に拡大して(北ブラバント、リンブルフ、東ヘルダーラントなど1:25,000の原図があるエリアは原寸で)、州別に分冊した地図帳も刊行された。これは1:25,000現行地形図を収録した同社の「州別大地図帳 Grote Provincie Atlas」と同じ図郭、同じ図番になるよう編集され、1:50,000と同じように新旧の対比が可能だった。
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「1864年オランダ王国軍用地形図地図帳 Topografische en Militaire Kaart van het Koningrijk der Nederlanden 1864」全1巻
1:50,000石版印刷図(1850~64年) 2008年初版
12州出版社 Uitgeverij 12 Provinciën 刊
1864年オランダ王国軍用地形図地図帳 |
上述した手彩色の測量原図から、後に石版印刷図が調製された。これが「オランダ王国軍用地形図 Topografische en Militaire Kaart van het Koninkrijk der Nederlanden」、頭文字をとってTMKと呼ばれるもので、62面で全土をカバーする。1850年から順次刊行、1864年に完成し、最初の1:50,000地形図シリーズとなった。
12州出版社 Uitgeverij 12 Provinciën が、2008年にこれを1冊の地図帳にまとめて出版している。体裁は上記 旧版地図帳とほぼ同じ(判型23×32cm)で、TMK 1面を4分割(縦横それぞれ2分割)したものを見開き(2ページ分)に収める。序文と地名索引がついて、448ページの大部な冊子になった。
TMKはさまざまな地図記号とルーペが必要なほど緻密な線描を駆使した地形図で、19世紀の航空写真に例えられる。しかし、墨1色刷のため、現代のカラフルな地形図と対比させると訴求力の点でやや劣る。復刻が遅れたのは、同じ内容をもつ彩色原図の旧版地図帳が先に刊行されてしまったのも一因だろう。
上記測量原図の例と同一のエリア |
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「州別旧版地形図大地図帳 Grote Historische Topografische Provincie Atlas」全11巻
1:25,000ボンヌ図(1865~1933年) 2008年
ニーウラント出版社 Uitgeverij Nieuwland 刊
ニーウラント出版社版 南ホラント州旧版地形図大地図帳 |
陸軍省地形局 Topographisch Bureau が次に手掛けたのは、2倍の精度をもち、かつ多色刷りの1:25,000地形図「オランダ王国彩色地形図 Chromo-Topografische Kaart van het Koningrijk der Nederlanden」だ。ボンヌ図法を用いていることから、ボンヌ図 Bonnebladen / Bonnekaarten の通称がある。ひときわ鮮やかな色遣いで目を引くオランダ官製地形図の歩みは、ここからスタートした。
人気の高いシリーズだけに、何度か企画に取り上げられており、まず1989~90年に、ロバス出版社 Robas Produkties から「州別旧版地図帳 Historische Provincie Atlas」シリーズとして刊行されている。
これを第1世代とすると、手元にある「州別旧版地形図大地図帳 Grote Historische Topografische Provincie Atlas」は第2世代に相当する。全11巻で、2006年にニーウラント出版社 Uitgeverij Nieuwland から刊行された。実際の書名には州名がついて、「南ホラント州旧版地形図大地図帳 Grote Historische Topografische Atlas Zuid-Holland」のようになる。
地図帳は、見開き(2ページ)にボンヌ図1面をまるごと掲載するスタイルで、余白に図番・図名、図歴、縮尺を記載している。画像は高い解像度を誇り、起伏を表すケバや、水面を覆ういわゆる波状水線、整然と列を成す干拓地の地籍界など、細線を使う記号がシャープに表現されている。ピンクの市街地、緑の濃淡で区別する森林、アップルグリーンの耕地といった色の対比も美しい。
ボンヌ図の例 's‑Gravenhage (Den Haag) 1903~11年 |
ボンヌ図は足掛け70年近くにわたり刊行されたので、図葉によっては部分改訂も実施されている。地図帳に収録されているのは、おおむね1890~1910年代のものだ。TMK彩色原図の時代から半世紀が経過し、主要都市では市街地の拡張が進行し、幹線鉄道網の間を縫って地方の町を結ぶ軽便路線が各所に出現している。
なお、ボンヌ図の図郭や図番は、現行1:25,000地形図のそれとは異なる。kmグリッドはもとより経緯線の加筆もない。そのため、ウォルテルス・ノールトホフ社の地図帳同士のように、新旧を対比させようとすると、索引図での同定というひと手間が必要になる。
なお、後に12州出版社から、第3世代というべき「州別旧版地形図地図帳 Provincie Atlas van Historische Topografische Kaarten」が刊行されている。内容は第2世代とほとんど変わらないが、図葉によって異なる改訂年のものを用いている場合がある。
12州出版社版 ユトレヒト州旧版地形図地図帳 |
次回は、20世紀の旧版地図を扱った地図帳について。
使用した地形図の著作権表示 © Kadaster, 2021
(2021年7月22日改稿)
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