フランスの山岳地図-ランド・エディシオン
フランス南部の国境地帯には、3000~4000m級の白銀輝く山脈が長く延びている。東はいうまでもなくアルプス山脈 Alpes、西(南)はピレネー山脈 Pyrénées だ。その山歩きが目的なら、国土地理院 Institut Géographique National (IGN) が情報満載の地形図を揃えていて、申し分なく案内役を果たしてくれる。そのせいか、民間会社は正面から挑むことを避けて、IGNの品揃えの間隙に活路を見出そうとしている。
というのもIGNの地形図の中で唯一、縮尺1:50,000のいわゆるセリ・オランジュ Série Orange(オレンジシリーズ)は旅行情報が付加されず、日本の地形図と同じように一般図の純粋さを保っているからだ。ここに、民間会社が旅行地図を投入する余地がある。
今回紹介するのは、出版グループ、シュドゥエスト Sud Ouest(南西の意)の傘下にある旅行書専門のブランド、ランド・エディシオン Rando éditions が出している山岳地図(名称は「長距離歩道地図 Carte de randonnées」)だ。縮尺1:50,000のこのシリーズは、現在22点が刊行されている。
![]() (左)ICC作成のピレネー図 24:ガヴァルニ、オルデサ (中)IGN作成のピレネー図 8:セルダーニュ、カプシール (右)IGN作成のアルプス図 A1:モンブラン地方 |
アルプス6点(A1~A6)がカバーするのは、フランスアルプスの北半分、すなわち、アルプス最高峰モンブラン Mont Blanc とその周辺から、最も南の4000m峰であるバール・デゼクラン Barre des Écrins を含むペルヴー山塊 Massif du Pelvoux までの地域だ。一方、ピレネー16点では、大西洋岸のバスク地方 Pays Basque から地中海に面したルシヨン Roussillon まで山脈全体に網が掛かる。
セリ・オランジュに比べると1図郭の面積が4倍もあるし、GR(長距離歩道)や山小屋、キャンプ場、そしてロッククライミング、ハンググライダー、カヌー、スキーなどのスポーツ適地と、旅行情報もふんだんに盛り込まれているので、お徳かつ実用的であるのは間違いない。
![]() (左)ピレネーの索引図 (右)アルプスの索引図 |
筆者がランドに注目するのは、何よりも公的機関である測量局が作成した正式地形図をベースとしている点だ。多くの図ではフランスIGNがベースマップを作成し、ランドが旅行情報を受け持っている。ただし、一部の図葉を除いて、セリ・オランジュそのものは使用されていない。地勢表現として20m間隔の等高線にぼかし(陰影)をかけるのは共通だが、等高線を詳細に読むとセリ・オランジュとは微妙な位置のずれがあるのだ。
それに地図記号もずっとカラフルで、おそらく1:100,000の新版のように、デジタルデータベースを使って新たに描き出したものだろう。高峰に見られる氷河の表現は滑らかで美しく仕上がっているが、岩場や砂礫地は案の定というか、画一的なパターンを貼り付けただけの無粋さが際立ち、自動化の限界を露呈している。
また、すべての地図をIGNが手がけるわけではない。ピレネー山脈の南斜面、スペイン側は、カタルーニャ州の測量局であるカタルーニャ地図学研究所 Institut Cartogràfic de Catalunya (ICC) の担当だ。
こちらは表紙デザインが異なり(IGNの旧1:100,000に似ているが)、図番もIGNの1~11番に対して、20番台(20~25番)を与えられている。地図の内容も各々特徴がある。IGNは伝統的にサンセリフ sans-serif(文字端の止め線がない)の文字フォントを好むが、カタルーニャICCはそうではない。地勢のぼかし(陰影)はICCの場合、スウェーデンの山岳地図を髣髴とさせる繊細で深めのトーンだ。全体としてIGNからはカジュアル、ICCからはフォーマルな印象を受ける。
用紙も互いのオリジナル地形図と同じものを使っているので、ICCのほうは光沢があり、刷り色が映える。両者は図郭の一部が重複していることもあって、図らずも1つのシリーズの中で官製図の競演を繰り広げているのだ。
ランド・エディシオンの山岳地図は、各国の主要地図商で扱っている。
■参考サイト
Rando éditions https://www.glenat.com/livres/collections/rando-editions
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