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2009年4月23日 (木)

ギリシャのラック鉄道 オドンドトス

ディアコフト=カラヴリタ鉄道 σιδηρόδρομος Διακοπτού – Καλαβρύτων / Diakopto–Kalavryta railway

ディアコフト Διακοπτό / Diakopto (Diakofto) ~カラヴリタ Καλάβρυτα / Kalavryta 間 22.3km
軌間750mm、非電化
アプト式ラック鉄道、最急勾配145‰(ラック区間)、33‰(粘着区間)
1896年開通

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オーバーハングした岩壁を抜ける線路
Photo by Mediocrity at wikimedia.
 

がりがりとラックを噛んで素掘りのトンネルを抜けると、断崖の中腹にうがたれたオーバーハングの異様な通路が待ち構える。頭上にのしかかる岩の塊におののきながら左の窓を覗き込めば、何十mもある奈落の谷底で早瀬がしぶきを立てている。まれに見るスリリングな車窓が展開するのは、ペロポネソス半島北部の山中へ分け入るディアコプト=カラヴリタ鉄道 Diakopto–Kalavryta railway だ。ギリシャ唯一のラック鉄道であるこの路線は地元で、「鋸刃の(列車)」という意味の「オドンドトス Οδοντωτός / Odondotos (Odontotos)」(下注)と呼ばれている。

*注 ギリシャ語のローマ字転写には揺れがあり、地名や駅名の綴りも文献により異なる場合がある。例えばディアコプト/ディアコフト:Diakopto, Diakofto、カラヴリタ:Kalavryta, Kalavrita など。オドンドトスも、ギリシャ語の綴りを忠実に写せば Odontotos になる。

アテネからギリシャ鉄道の幹線で半島に渡り、コリンティアコス湾(コリント湾)Korinthiakos Gulf (Gulf of Corinth) に沿ってパトラ Patra 方面へ向かう。その途中に、ディアコフト Διακοπτό / Diakopto (Diakofto) の駅がある。オドンドトスはここから南へ、ヴライコス川 Βουραϊκος / Vouraikos の峡谷に沿って標高714mの避暑地カラヴリタ Καλάβρυτα / Kalavrita まで行く、延長22.3kmの路線だ。

山岳線のため、750mmの狭軌が採用された。延長3.4km(3.6kmとする文献も)のアプト式ラックレール、最急 1/6.9=145‰(175‰とする文献も)の勾配で、約700mの高度差を克服する。

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ディアコフト=カラヴリタ鉄道周辺図
 

山がちなカラヴリタ地方の交通を改善するために建設計画が動き出したのは、1889年のことだ。フランスの派遣団が提出した調査結果で、狭軌のラック鉄道案だけが道路建設よりコストが低かった。そこで、ペロポネソス半島のメーターゲージ路線網を運営していたピレウス・アテネ・ペロポネソス鉄道 Piraeus, Athens and Peloponnese Railways, SPAP に、鉄道建設と運行の認可が与えられた。

10か月で完成する見込みだったが、難工事のために結局、5年の歳月と見積りの3倍以上の費用を要することになった。1896年にようやく開業したものの、この影響で、分水嶺を越えて半島中部のトリポリ Τρίπολη / Tripoli まで90kmの延長計画は実現しなかった。ちなみに、治安が不安定な時代で、工事現場の警備員は強盗団の襲撃に備えるのを主な任務としていたという。

では、登山鉄道でもないのに、ラックレールが必要なほどのルートとはどのようなものなのだろうか。列車に乗ったつもりで追っていこう。

■参考サイト
カラヴリタ観光案内サイト
http://www.ekalavrita.gr/EN/photos_odontotos.html

オドンドトスは、ディアコフト駅前の道路に面した乗り場に発着する。東に向けて発車すると、車庫への引込線を右へ分ける。次に、自身も急カーブで右にそれて、果樹園の間を南へ直進していく。すぐに両側から山が迫ってくると同時に、右手にはヴライコスの川原が見え隠れする。

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(左)ディアコフト駅の狭軌線ホーム
(右)同 車庫
Photo by Mediocrity (left photo), T. Hermola (right photo) at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

列車は細かいカーブを繰り返しながら、緑多い谷間を縫って走る。やがて、空が広くなりやや開けた場所に出ると、大きな右カーブで支流を横切り、最初の信号所 passing loop(旧 ニアマータ Niamata 駅)に入る。ここまでが序盤だ。起点から5km以上進んだが、標高はまだ120m程度に過ぎない。

行く手を比高1000m以上の山塊がふさいでいて、この先しばらく並行する道路すらない。早や深山の気配が漂う中、ヴライコス川の最初の鉄橋を渡る。ラックレール区間が始まり、時速は12kmにまで落ちる。

切り立った灰色の断崖絶壁の際をぐいぐいと上り始めてまもなく、右上から岩が覆いかぶさってきて、列車は素掘りのトンネルに吸い込まれる。その出口が、冒頭に記した驚異のオーバーハングで(上図 [A]の位置)、オドンドトスの紹介に必ず引用される見せ場だ。その後もギャラリーのような素掘りのトンネルが連続する。

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(左)驚異のオーバーハング区間
(右)その上手にある素掘りトンネル
Photo by Mediocrity (left photo), Matěj Baťha (right photo) at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

再び鉄橋で川の左側(右岸)へ移ると、はるか眼下で泡立っていた川床がいつのまにか線路のすぐ際まで上ってきているのに気づくだろう。大岩の転がる谷間を水が滑り落ちる勢いは激しく、間近で見ると恐ろしいほどだ。屹立する山肌は激しく荒れていて、カーブを切るたびに落石被害を防ぐための短いトンネルが現れる。

三つめの鉄橋を渡り、またも素掘りのトンネルを抜けたところで、最初の、そして最長のラック区間は終わる。開始点から2km強の間に、300m近い高度を稼いだことになる。しかし、険路はまだ半ばだ。

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線路沿いのルートは
欧州長距離歩道 European Long Distance Path E4に指定されている
Photo by Geo kar at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

ラックが外れてもけっこうな坂道で、川幅が細って岩が張り出し、小規模ながらオーバーハングもある。四つめの鉄橋を渡ったところでトリクリア Triklia 信号所、そして第二ラック区間の始まりだ。こちらは距離が短く、谷もいくぶん広まって緊迫感はないが、資料によれば、最急勾配175‰はこの間に存在するという。

ラックが再び去ると、もう一つの奇観、ポルテス Portes(門の意)にさしかかる。石灰岩の巨大な壁をヴライコス川が鋭く切り裂いていて、そ隙間はわずか数mしかない。アルプスならシュルフト schlucht と呼ばれる地形だ。これを突破するために、鉄道はクレバスに橋をかけ、立ちはだかる岩壁をトンネルで貫く。興味深いのは、左側に廃線トンネルと橋梁が残っていることだ。下流側から行くとあたかもこのトンネルに入っていきそうに錯覚するが、現在線はその手前で右にそれて、新しい鉄橋と長めのトンネルで通過していく。

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ヴライコス川が刻むクレバスを通過していた旧線
Photo by Matěj Baťha at wikimedia. License: CC BY 2.0
 

地形上の難所はこれでほぼ尽きるのだが、谷の勾配はなおきつく、六度めの川渡りの手前から短いラック区間を構えなければならない。距離的には全行程の半分に達したばかりだが、ラックの終端で標高はすでに580mを示している。

行く手にザフロル Zachlorou の村が見えてきた。降りる支度をする乗客もいる。まもなく緑の木陰にたたずむ小駅メガ・スピレオン Μεγα Σπήλαιον / Mega Spileon に停車。ここから山道を1時間弱、約400mの高さを登ったところに、岩壁に張り付くように築かれた同名の修道院(下注)がある。

*注 メガ・スピライオ Μέγα Σπήλαιο / Mega Spilaio、名は大洞窟を意味する。

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メガ・スピレオン駅
Photo by Geo kar at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

駅の先にある鉄橋で、線路は川の右側(左岸)に移る。残り10kmの距離で上る高さは100mしかなく、まだ山肌が迫る個所は残っているものの、奥へ進むにつれて周りの山容もおだやかさを取り戻していく。

オドンドトスの途中の停車駅は、先ほどのメガ・スピレオンと、この後、路線で唯一の下路トラス橋で最後の川渡りをした後にあるケルピニ Κερπινή / Kerpini の2か所だ。全線の所要時間は1時間10分で、平日1往復、週末は3往復が設定されている。

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メガ・スピレオン駅上流の谷を行く列車
Photo by qwesy qwesy at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

車両は、1958年と1967年に導入された3車体連接の電気式気動車(車番3001~3003、3004~3006)が長らく使われていた。2009年に、設備更新の一環で、スイスのシュタッドラー・レール社 Stadler Rail が製造した連接型電気式気動車4編成(車番3107~3110)と交替した。このほか、カラブリタ駅には1891年製の古典蒸気機関車(車番8003)が保存されており、特別列車の牽引に当たることがある。

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(左)旧車両
(右)2009年製の新車両
Photo by qwesy qwesy (left photo), Mediocrity (right photo) at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

終点カラヴリタは、大きな構えの駅舎を持っている。夏は避暑、冬はスキーの拠点として賑わいを見せる町だが、旅行者の多くは自家用車や大型バスでやって来る。鉄道は交通手段というよりむしろ、それ自体がアトラクションという認識だ。

ちなみにカラヴリタは、ギリシャ現代史の幕開けの舞台になったところだ。1821年3月25日、郊外4.5kmにある修道院アギア・ラヴラ Αγία Λαύρα / Agia Lavra で、支配者オスマン帝国に対する反乱が企てられた。これが独立戦争へと拡大し、1830年の国家樹立に結実する。3月25日は独立記念日として祝われ、当時翻った白地に青十字の反旗は、ギリシャの国旗の意匠に取り入れられている。道路事情が格段によくなった現代でも、19世紀のラック鉄道を維持し、改良しようという意思の原点は、もしかするとギリシャ人のこの土地に寄せる特別の感情に見出せるのかもしれない。

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カラヴリタ駅
Photo by Matěj Baťha at wikimedia. License: CC BY-SA 2.5
 

本稿は、Hagen von Ortloff, "Eisenbahn-romantik: Die faszinierende Welt der Schienen" Schlütersche Verlag, 2006 p.88-91 'Griechenland: mit der Zahnradbahn durch den Peloponnes' および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
Odontotos Rack Railway http://www.odontotos.com/
 ギリシャ語版紹介サイト
トレノセ(ギリシャ旅客鉄道) http://www.trainose.gr/
 英語版 > Tourism > The Rack Railway, Diakopto-Kalavryta

オドンドトスの沿線が収録されている旅行地図は、アナーヴァシ社 Anavasi のTopo50シリーズ(縮尺1:50,000)8.2 " Chelmos - Vouraikos " だ。鉄道のルートもほぼ全線がカバーされている。

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