« イタリアの旅行地図-タバッコ出版社 | トップページ | ギリシャの旅行地図-アナーヴァシ社 »

2009年2月19日 (木)

ギリシャの地形図

1980年代における世界の地図事情をレポートした「世界地図情報事典」(正井泰夫監訳 原書房, 1990年)によると、ギリシャの地形図のうち1:25,000~1:100,000について、「現在の法規では、これらのシリーズはギリシアの国外では入手できない」としている。当時知られていたのは、ギリシャ国立統計局 Εθνική Στατιστική Υπηρεσία της Ελλάδος / National Statistical Service of Greece (NSSG) の1:200,000県別地図だが、200m間隔の等高線に段彩をつけた程度の大味なものだった(下図)。

Blog_greece_200k_sample
1:200,000県別地図
ΝΟΜΟΣ ΑΤΤΙΚΗΣ(アッティカ県)1972年版
 

筆者が、官製図の版元であるギリシャ軍地理局 Γεωγραφικη Υπηρεσια Στρατου / Hellenic Military Geographical Service (HMGS) に初めてコンタクトを取ったのは、アテネオリンピックが開催された2004年のことだ。さすがに国外への販売は解禁になっていたが、発注書を書くために、ギリシャ語表記の難解な索引図を苦労して解読したのを思い出す。

今回、久しぶりに地理局のHPを訪問したら、垢抜けたデザインに差し替えられ、英語版もギリシャ語と同じボリュームが用意されていた。しかも、地形図のオンライン発注サイトまであるではないか。試験段階と断っているとおり、地図索引図と連動していないし、残念なことに代金決済システムが採用されておらず、支払いは従来の銀行送金か小切手で行うしかない。しかし、リクエストが来れば対応するというような受身の姿勢からは、転換が図られつつあるようだ。

ギリシャの地形図作成は1889年、オーストリアから招聘された軍事使節団の手で開始された。オーストリア(当時はオーストリア=ハンガリー二重帝国)は1870~80年代に大規模な土地測量(フランツ・ヨーゼフの土地測量 Franzisco-Josephinische Landesaufnahmeと呼ばれる)を実施し、オスマン・トルコ領を含む広大な地域をわずか18年で完成させていた(下注)。ギリシャ政府はその実績に着目したのだ。

*注 本ブログ「オーストリアの地形図略史-帝国時代」参照。

最初の国土測量は1896年に完了した。さらに彼らに学んだ自国の技術者たちを核にして、軍の測量部が組織され、1926年には現在のHMGSが誕生した。資料や設備が灰燼に帰した第二次大戦を経て、1962年には測量成果を民需にも転用する方針が出された。しかし、その後軍事政権が確立し、隣国トルコとの対立など国際情勢の影響もあって、測量成果の利用は長らく国内だけに留められていた。

HPによれば、最近のHMGSはギリシャ軍の支援に必要なすべての地図作成を行うとともに、公共の需要にも応えている。地形図はアナログ(紙地図)のほかにラスタデータ(地図画像)でも供給し、1:50,000地形図から編集したベクトルデータ(数値地図)も販売している。次回紹介する民製図もこれらを使用できるようになって、地勢表現が格段に進歩した。

Blog_greece_250k
1:250,000 Athínai 1979年版
Blog_greece_250k_sample
一部を拡大
© 2009 Hellenic Military Geographical Service
 

さて、ギリシャの地形図体系はどうなっているのだろうか。縮尺としては、
1:1,000,000(100万分の1)
1:500,000
1:250,000
1:100,000
1:50,000
1:25,000
の6種類があるが、全土をカバーする最大縮尺は1:50,000のようだ。図式は明示されていないものの、サンプル図から、1:1,000,000と1:500,000は IMW(100万分の1国際図)、1:250,000は JOG(Joint Operations Graphic、直訳すると共同作戦図)の図式が基準になっていると読み取れる。JOGはアメリカ(および同盟国軍)の標準軍用地形図だが、ギリシャは1952年にNATOに加盟しているので、米軍の支援を受けて整備したものと思われる。

横長の図郭であるJOGに対して、1:100,000は緯度経度とも30分、1:50,000は15分に区分した縦長の図郭を用いている。この特徴的な形はオーストリアと同一で、紛れもなく初期の技術指導に由来するものだ。図式はオーストリア風とはいえず、1:50,000では等高線間隔20m、道路を赤、植生をアップルグリーンで塗るなど、ごく通常の仕様になっている。地図上の表記はギリシャ語だけだが、凡例には英語が加刷されているので、読解には支障がない。

Blog_greece_100k_sample
1:100,000 Piraieús 1978年版
一部を拡大
Blog_greece_50k
1:50,000 Vólos 1985年版
Blog_greece_50k_sample
一部を拡大
© 2009 Hellenic Military Geographical Service
 

どの地図も「ΓΕΝΙΚΗΣ ΧΡΗΣΕΩΣ(一般用の意)」と加刷されているのは、軍用と区別するためだ。空港や港湾施設が軍事施設として図から抹消されているのは当然だが、1:50,000の海の部分に詳細に書かれた水深値は、秘匿情報には当たらないようだ。海図ではないので、クルージングなどにそのまま利用することはできない。

透かし入りの厚手の用紙を用い、地名以外の文字情報もほとんど加えておらず、いかにも官製という堅苦しさを感じさせる地形図だが、見方によっては原初の純粋さを残しているともいえる。島嶼や国境付近など一部の図葉に購入制限がかかっているが、次回紹介する旅行地図がカバーしない地域では唯一の地理情報源だ。他の南欧諸国のように、今後も普及の努力が続けられることを望みたい。

■参考サイト
ギリシャ軍地理局 http://www.gys.gr/

ギリシャの地図に関する情報は、「官製地図を求めて-各国地図事情 ギリシャ」にまとめている。
http://map.on.coocan.jp/map/map_greece.html

★本ブログ内の関連記事
 ギリシャの旅行地図-アナーヴァシ社
 ギリシャの旅行地図-ロード社

« イタリアの旅行地図-タバッコ出版社 | トップページ | ギリシャの旅行地図-アナーヴァシ社 »

南ヨーロッパの地図」カテゴリの記事

地形図」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« イタリアの旅行地図-タバッコ出版社 | トップページ | ギリシャの旅行地図-アナーヴァシ社 »

2023年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

BLOG PARTS

無料ブログはココログ