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2008年12月18日 (木)

オーストリアの旅行地図-アルペン協会

Blog_alpenverein1
14 ダッハシュタイン山地
Dachsteingebirge
表紙
 

オーストリア官製の1:25,000地形図は、1:50,000を2倍に単純拡大したものに過ぎない。アルピニストを誘ってやまない3000m級の雪山が連なっているというのに、詳しい地形図の需要がないのだろうか。いや、オリジナルの1:25,000は存在しているのだが、驚くべきことに民間の手で支えられているのだ。オーストリア・アルペン協会 Österreichischer Alpenverein (OeAV) による、通称「アルペン協会地図 Alpenvereinskarte」。国土の西部、チロル州からザルツブルク州にかけての山岳地帯を中心に、50面以上の1:25,000、1:50,000が刊行されている(下注)。

*注 刊行元については、後述する「ドイツ・アルペン協会」の名義になっている場合もあるようだが、同一の製品だ。なお、コピーライトは Alpenvereinkartographie(アルペン協会地図製作)になっている。

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索引図
 

オーストリア・アルペン協会は、45万人の会員をもつ同国最大の山岳協会で、山岳に関する知識や経験の共有を図るために1862年に設立された。その後まもなく、山岳での実用的な活動を主目的に掲げるドイツ・アルペン協会と合併し、ボヘミア、南チロルを含むドイツ語圏全体に活動範囲を拡大した(下注)。しかし第二次大戦の終結に伴い、活動をオーストリアに限定して再スタートしたのが、現在の組織だ。

*注 合併でドイツ・オーストリア・アルペン協会 Deutscher und Österreichischer Alpenverein (D.u.Oe.A.V. o. DÖAV) と称したが、1938年のナチスドイツによるオーストリア併合で、「ドイツ・アルペン協会」に改称されるとともに、国家体制に組み込まれた。そのため、敗戦後は連合軍により解散命令を受けることになる。ドイツ・アルペン協会 Deutscher Alpenverein(DAV)はその後、1952年に再結成された。

協会は、山岳スポーツを支える施設の整備や助言・訓練・情報提供、そのための支援スタッフの育成、さらにはアルプスの環境問題に対するコミットメントなど、さまざまな活動を行ってきた。山岳地図やガイドブックの編集刊行も事業の一環で、新生ドイツ・アルペン協会とも連携して、定期的に改訂を行っている。

アルペン協会地図は、クラシカルで職人的なスタイルを頑固に守り続けているのが、最大の特徴だ。その価値は、使いこなすほどに艶や風合いが出てくる革製品に例えることができるかもしれない。地図の沿革は1872年にまで遡れるそうだが、販売中の現役図も、デジタル化の大波にあらがうかのように、数十年以上も前の図版に改訂を加えながら使い続けられているものが多い。

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夏冬兼用図 Kombi の例
10/2 ホッホケーニッヒ ハーゲン山地 Hochkönig Hagengebirge 1:25,000の一部
画像はオーストリア・アルペン協会のサイトから取得、以下同様
(c) 2015 Österreichischer Alpenverein

 

図歴が詳しく記載されているのも良心的だ。手元にある図番14「ダッハシュタイン山地 Dachsteingebirge」の場合、1915年写真測量・図化に始まり、1924年部分改訂、1958年写真測量、氷河後退地その他の改訂などと続く。2005年まで9回の更新が記録されているが、原図は100年近く取り替えられていないように読める。人工物で覆われた都市部と違って、山岳地形は大規模な崩壊でもない限りあまり変わらず、氷河の成長衰退や植生の変化を追うだけで足りる。しっかり作っておけば100年後まで通用するということだろう。

1:25,000の場合、等高線は20m間隔(一部10m、25mもあり)だ。官製やコンパス社と同等の精度だが、一部の図葉では、スクライブのスムーズな描線とは対照的な、細かく震えるペン描き(?)の等高線が見られる。一方、露出した岩肌の表現は特筆すべき職人芸だ。精緻なだけでなく、現代の地図よりも濃くなまなましく描かれ、ドラマチックとさえ形容したくなる。その代わり、地勢を立体的に見せるぼかし(陰影)を採用した図は少ないので、等高線から地形を読む力が試される(下注)。

*注 なお、1:25,000のうちバイエルンアルプスの20数点は、ドイツのバイエルン州測量局が製作した地形図、それもアトキス ATKIS に置き換わる前の旧グラフィックを使用しているので、仕様が異なる。

このベースマップの上に旅行情報が加刷されている。登山道はルート番号を添えた赤の実線が基本だが、岩場を越えていく区間は点線にしてある。それに対して、山スキー(バックカントリー)のルートは薄い青の線のため、いささか読取りにくい。山小屋はもとからベースマップに記載されており、その位置をカラーの円で囲んである。アルペン協会直営は赤、その他の山小屋や宿泊施設は緑、冬季も営業している山小屋は青い円だ。

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旅行情報の凡例
 

なお、図葉によっては、登山道を描く夏の地図と、スキールートを描く冬の地図が別々に刊行されている。その場合、タイトルに"Kombi(コンビ)"と付記されていたら夏冬兼用、"Weg(ヴェーク=歩く道)"は夏専用、"Ski(スキー)"は冬専用なので、購入の際は注意が必要だ。

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Weg図の例
14 ダッハシュタイン山地 Dachstein Gebirge 1:25,000の一部
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Ski図の例
30/2 エッツタールアルプス ヴァイスクーゲル Ötztaler Alpen Weißkugel 1:25,000の一部
 
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1:50,000
31/5 インスブルック Innsbruck 表紙
 

1:25,000の個性が際立つのに対して、1:50,000は官製図を集成したものに過ぎない。旧来の官製BMN版は図郭が比較的小さかったので、ワイドな集成図の刊行はそれなりに意味があったのだろう。リニューアルした官製図(UTM版)に比べても、協会のほうが図郭はまだ大きいが、価格を考慮すると競争力は弱まる傾向にある。

発行元が山岳団体だけに、登山目的に特化した実用図であることは疑いないが、1:25,000の原図はアルペン協会製だけでなく、廃刊になって久しい官製オリジナルの1:25,000由来のものが存在し、地図自体が放つ魅力にも抗しがたいところがある。本稿でも一部引用したが、図葉ごとのサンプル画像を、オーストリア・アルペン協会のオンラインショップのサイトで見ることができるので、参考にしていただきたい。

■参考サイト
オーストリア・アルペン協会 http://www.alpenverein.at/
 トップページ > "SHOP" > "KARTEN" > 各図のページにサンプル画像あり
ドイツ・アルペン協会 http://www.alpenverein.de/

ここまで、官製を含めオーストリアに関する4種類の旅行地図を紹介してきた。筆者が見立てるなら、一般向けには、観光情報が豊富で多目的に使えるコンパス社(1:50,000)がいい。地形図の使い方を心得た人には官製(1:50,000)、さらに極めるならアルペン協会(1:25,000)ということになろう。民間会社の地図は海外の主要な地図販売店で扱っているほか、日本でも紀伊國屋書店BookWebで比較的安く入手できる(洋書で"Kompass Karten" "Alpenvereinskarten"を検索。ただし扱っていない図葉もある)。

(2015年2月8日一部改稿)

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