台湾の旧版地形図地図帳 I-日治時期
百聞は一見に、と謂われるとおり、過去に作られた地図は、土地の歴史を遡る上で文字資料を補う重要な語り部だ。近代測量が導入されて130年余、この間に作成された地形図には、行政区分、交通網、公共施設、土地利用その他、人が土地に刻んだ足跡が何層にもわたって記録されている。
太平洋戦争が終結する1945年以前、日本は台湾、千島樺太、朝鮮半島、旧満州などでも測量活動を実施し、地形図を作成していた。また、戦時下で外国製の地図を応急的に編集した作戦用地図が、太平洋、東南アジア地域などを対象に多数存在する。膨大な地図群は、総括して「外邦図」と呼ばれている。
1:50,000 高雄 1928年測図 |
このうち、台湾は日清戦争後の1895年から1945年までの50年間、日本が統治していた。この期間を台湾史では日治時期という。当時、1:50,000の縮尺で製作された地形図シリーズには、以下のものがある(清水靖夫「台湾の地形図類」地図情報24巻3号, 2004, p.20による)。
・「台湾五万分一図」
陸地測量部混成枝隊により、1895年測量、1903年製版。102面(後に2面追加)。一部の山岳部を除き全島について作成された、台湾史上最初の地形図。等高線(「水平曲線の等距離」と表現)は20m単位。これをもとに「仮製二十万分一」が編集された。
・「五万分一蕃地地形図」
台湾総督府民生部警察本署により、1907~16年測量、1911~24年製版・発行。上記地形図未作成の図葉を含む台湾島の東半をカバーする。標高は尺単位で、等高線は100尺ごと(1尺30.3cmで、ほぼ1フィート)。急峻な山岳部では500尺単位の計曲線のみ、および未測の部分が残る。
・「(正式)五万分一地形図」
陸地測量部により、1925~44年にかけて1:25,000地形図から編集図化。110面。本土と同じ水準の地形図で、1:25,000未作成の地域は地上写真測量を併用するなどしたが、中央山脈の一部に欠図が残り、ついに全島完成には至らなかった(上図はその1枚)。
これらの地形図は戦前、軍事上秘図とされたもの以外、市販されて一般市民の利用に供された。しかし、日本が領土権を放棄してまもなく、台湾では、大陸から渡ってきた国民党政権と戦前から住む本省人との間に大きな混乱が生じ、鎮圧のために戒厳令が発布されるに至る。地形図の頒布も禁じられて、一部の関係者しか閲覧できなくなった。台湾の測量局は旧版図を使って軍用地形図を編集していたが、一般市民の目に触れるものではなかった。
日本でも戦災で地図原版が失われ、印刷図は各所に散在してしまっていた。旧版地形図の全貌が明らかになったのは、1982年に学生社から刊行された「台湾五万分の一地図集成」によってだった。軍事施設設置のため非公表だった澎湖群島の一部を除いて、110面の完全復刻が果たされ、正式図の存在しない地域は、蕃地地形図や台湾五万分一図で代用された。
一方、台湾でも昨年(2007年)、上河文化社から「日治時期五萬分一臺灣地形圖新解」が刊行された。学生社版が地形図1葉をまるごと複製していたのに対して、原図の図郭にこだわらず、同社が別途刊行する同じ縮尺の「台灣地理人文全覧圖」の図郭に合わせたのが、最大の特徴だ。
「全覧圖」については、台湾の現在を描く優れた地図帳として以前紹介したことがある(本ブログ「台湾の1:50,000地図帳」参照)。これは上下2巻の分冊になっているが、「地形圖新解」は、それを見開き136図の全1冊に収めている。さらに、衛星画像のアトラス「台灣衛星影像地圖集」を参照すれば、図郭を同一にした台湾地図帳三部作が揃う。
「地形圖新解」の序文によると、編集に当って考慮したのは、実用性、使いやすさ、検索のしやすさだ。両者とも地図には1kmグリッド(方眼)が付されており、これを基準にすれば、地点を絞って70年前と現在を厳密に照合できる。新旧の図で共通する三角点や地物を重ね合わせると、間違いなく一致するそうだ。
原図は黒1色刷りだが、「地形圖新解」では、集落に紅、集落名に黄、主要道に黄土、水部に青などの塗色を置いている。より多くの人の注意を引くために、単色の地図に生気を起こすのだと説明している。
第63図虎尾・斗六の一部 ©上河文化社 2007 (画像は同社サイトより取得) |
両者を見比べると、発達した市街地や道路・鉄道の整備状況など、変貌のすさまじさには驚きを禁じえない。同時に、3世代を遡った日治時期に対する興味がむくむくと湧き上がるのを感じる。現代図だけでもまだ見ぬ土地への関心に応えてくれるが、そこに歴史の持つ厚みを加えるのが旧版地形図集だ。
なお、使用された地形図は、学生社版との間で若干異同がある。学生社版では台湾五万分一図や蕃地地形図による代用や、山地の未測地域が目立ったが、「地形圖新解」では多くが正式地形図に置き換えられている。前者の刊行から25年を経る間に資料の発掘が進んだということだろう。しかし、学生社版で無欠の図が採用されているのに、「地形圖新解」で一部欠図となっているものもあり(枋山図葉の北半分、台南南部図葉の南半分)、必ずしも前者を完全に補うわけではない。
上河文化社は自社書籍の通信販売をしており、日本への発送もしてくれる。
■参考サイト
上河文化股份有限公司「臺灣地形圖新解」
http://www.sunriver.com.tw/map_13.htm
上河文化社の以下のページで、地図帳三部作を精細なサンプル図で比較できる
http://www.sunriver.com.tw/map_01_show.htm
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