日本の山岳地図-立山を例に II
前回は官製の山岳地図を紹介したが、このような主題図は民間の地図出版社のほうが一歩先を走っている。国土地理院の測量成果をベースに利用しながらも、独自の調査データを付加することで個性あふれる地図を生み出しているのだ。2008年1月現在で入手できる1枚ものの地図に絞って比較してみたい。
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北海道地図(株) トレッキングマップシリーズ4 「北アルプス 立山・剱岳」
同社は山岳地域の美しい立体表現を追及した作品群で、地図ファンにはつとに知られているが、このシリーズもその期待を裏切らない仕上がりを誇る。メインとなる縮尺1:25,000のフルカラー地形図がカバーする範囲は、南北が剱岳から五色ヶ原、東西が扇沢駅から称名滝まで。国土地理院の集成図と同じく、連続的に変化する高度彩色とぼかし(陰影)を使って、地形を表現している。
全体として集成図よりあっさりした印象を受けるのは、おそらく茶色を配する高度帯を2500m前後以上に絞っているからだが、これがかえって立山連峰の主尾根を強調する効果を生んでいる。
等高線は国土地理院の地形図(ラスタデータ)をベースにしているようだが、崖の表現はそれによらずにオリジナルの繊細な手描きを施し、雪渓(万年雪)の等高線も青に変えるなど、ヨーロッパの山岳地形図を意識した絵画的な配慮が好もしい。
登山ルートに上り下りの所要時間と距離が示されるのは当然として、登山道を、一般路、木道、難路、経験者向き難路または廃道、ハシゴと記号を変えて区別している。登山道周辺の植生やお花畑も目立つ記号を設けて、一目で判読できるようにするなど、美的にも情報の点でもたいへん丁寧に造られた地図だ。
裏面は4色刷りで、1:100,000の立山・剱岳周辺案内図、1:25,000の美女平・弥陀ヶ原詳細図(フルカラーの方では図郭外になるため)、主要コース断面図、照会先関係先などが盛り込まれる。別冊付録の高山植物カラー図鑑は95種を花の色別に並べてあり、蛇腹折りのパンフレットながら、実地でも参考にできる楽しい企画だ。ちなみにこのシリーズは、1:25,000が9種と1:100,000北アルプス全体図が刊行されている。
北海道地図 http://www.hcc.co.jp/
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昭文社 山と高原地図36 「剱・立山 北アルプス」
わが国最大手の地図出版社が刊行する山岳地図シリーズはすでに59種にのぼり、日本百名山をすべて収録しているという。最大の特徴は、情報の鮮度を保つために毎年更新が行われていることで、表紙にも「何年度版」とはっきりうたっている。縮尺は1:50,000で縦長の図郭を取っているため、南北の掲載範囲は欅平から黒部五郎岳までとかなり広がる。
中心テーマである剱・立山については、裏面に1:25,000の詳細図がある。登山ルートには、上り下りの所要時間とともに、落石注意、急坂などのワンポイントアドバイスがふんだんに記入されている。両面ともフルカラー印刷なので、ビジュアル的には申し分ない。
地勢表現としては、等高線に高度別の段彩を施し、さらにぼかしを加える。スクリーントーンを貼りつけたような雪渓表示など、北海道地図に比べて洗練度では及ばないが、登山地図は山に携帯するものであって、机上の観賞用ではないという製作方針なら、何を優先するかはおのずと違ってくるのだろう。
裏面には、長野市から富山市までを収めた1:300,000周辺図と、アルペンルートの鳥瞰図を併載している。前者は道路、鉄道、地形を詳細に描いたもので、手広い地図製作の実績がある同社ならではのものだ。
別冊付録は山とコースの概要、歴史、入山の注意などを詳述した冊子なのだが、本編の地図にある登山道表示に添えられた「冊子何頁」というインデクスに連動している。本格登山には縁遠い筆者も、地図を参照しながら読むと、まるで行ってきたような気分に浸ることができた。
昭文社 山と高原地図Web http://yamachizu.mapple.net/
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デージーエス・コンピュータ
ジョイフルマップシリーズ山歩き編34 「剱岳 立山連峰[北アルプス]」
近年登場したこのシリーズはすでに60点(レジャー編、世界遺産編を含む)が出ていて、非常にユニークな地形描写が売りものだ。先に紹介した2種は段彩という、特定の標高帯を面的に塗り分ける手法をとっているが、こちらは等高線そのものの配色を高度に応じて徐々に変化させているのだ。標高1000m前後までは緑系、高度が増すと茶から褐色になる。
山岳地図の多くは、国土地理院が提供するラスタデータ(地図画像)の等高線を使用するので、このような処理は難しいが、同社は50mメッシュの標高データで独自に等高線を描くことで、不可能を可能にした。
折り込まれた地図の片面は広域図で、南北が欅平駅から野口五郎岳、東西が大町市街地から千寿ケ原までをカバーする。分数表示の縮尺が見当たらないが、図上1.5cm程度で実長1kmなので、1:66,667ということになる。この縮尺にもかかわらず等高線間隔は10mのままだから、急傾斜地は超過密になり、逆に尾根筋や弥陀ヶ原のような高原が周囲から白く浮き出るという作用をもたらす。
裏面は同じ着色法をとる剱・立山付近の拡大図で、縮尺は1:28,600程度だ。登山道には所要時間の表示はなく、代わりに実距離(水平距離ではなく)が注記されている。山小屋、お花畑、水場などの記号や注記は明瞭だし、転落、増水、有毒ガスなどの注意を喚起するいわゆる「びっくり」マークは、他の2種に比べて視覚的に優れている。
通常の段彩の場合、高地は濃い色彩になるため、等高線や注記が見にくくなりがちだが、等高線着色ではその心配はない。しかし、面塗りに比べて、地形の実感度という点でインパクトが弱いように感じる。広域図が効果的に見えたのは、等高線が重なって遠目には面塗りに近くなっているからだ。縮尺が大きくなると等高線の間隔が広がるので、メリットが出なくなる。
もう一つの問題は、等高線が甘い(細部の凹凸が描けていない)ことだ。50mメッシュ標高データというのは、1:25,000地形図を経度緯度とも200等分した方眼(図上約2mm、実長約50m四方)の中心の標高を記録したものだ。そこから等高線を描き起こすと、当然原図より精度が落ちる。その結果、ラスタデータから取った標高点や細かい山襞に沿う道路などと重ねたときに、等高線がずれるという現象が生じる。
また、狭い谷底での等高線の乱れ(円状に閉じてしまう)も称名川上流などで顕著だ。むろんこれらは重箱の隅を楊枝でほじくるたぐいの指摘なので、山歩きにはほとんど影響はなく、無視してもよいのだが。
以上、3種の山岳地図を紹介した。鑑賞派である筆者は北海道地図の精巧な美しさに軍配を上げたいが、実用性を基準にするなら、情報の鮮度や表示の明瞭さなどの点で、他の2種にもそれぞれ優位な点がある。判断は各自にお任せしよう。
デージーエス・コンピュータ http://www.dgs.co.jp/
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