日本の山岳地図-立山を例に I
![]() 1:30,000山岳集成図 「剱・立山」表紙 |
深田久弥の『日本百名山』がブームになって、山をめざす人が増えたそうだが、山を主題とする地図も競い合うように書店の地図棚を賑わせている。今回、立山黒部アルペンルートに出かけるに際して、いくつか手にとってみた。
「地図展2007 in富山」の会場で売っていたのが、1:30,000山岳集成図「剱・立山」だ。剱岳測量100年を記念して2007(平成19)年7月に財団法人日本地図センターが発行したものだが、原本は国土地理院の製作(同院技術資料の複製という扱い)なので、官製の山岳地図といえる。
A1判の両面刷り(A4折図)で、表面には表紙と剱山測量に関する記事、裏面には1:25,000を1:30,000に縮小した地形図を配している。アルペンルートを通常の1:25,000地形図で揃えようとすれば、小見、立山、黒部湖の3面が必要なので、1面で継ぎ目なしに見られるのはメリットだ。
1:30,000(図上1cmが実長300mに相当)という珍しい縮尺になったのは、決定していた用紙サイズの中にできるだけ周辺地域まで取り込もうとしたからだという。その結果、掲載範囲は東が赤沢岳や鳴沢岳(扇沢駅は図郭外)、西は千寿ケ原(富山地鉄立山線の終点、立山駅)、北は猫又山と辛うじて黒部峡谷鉄道の終点、欅平駅が含まれることになった。これでも南の五色ヶ原は残念ながら一部しかかかっていない。
![]() 同 収載範囲 |
![]() 同 地図の一部 |
山岳地図だけあって地勢表現はなかなか美しい。等高線に加えて、彩色を高度に応じて連続的に変化させ、ぼかし(陰影)も入っている。完成品に落ち着くまでの試行錯誤の経緯は、同センターの月刊誌「地図中心」2007年6月号で報告されているが、ちょっとした色相や濃度のさじ加減でも全体の印象はずいぶん変わるものだ。
別バージョンの彩色地形図が、同センターのHPで公開されている(下記 参考サイト)ので比べてみるとおもしろい。モニター画面では解像度その他で制約があるのを反映しているだろうと思うが、集成図のほうが標高2000mぐらいから濃いめに色付けされて、高さ感覚がよりはっきりと表現されている。
山歩きや観光に必要な情報として記号化されたのは、登山道、バス路線、山小屋、休憩所、駐車場、水場、キャンプ場、宿舎、トイレなどだ。独立記号の多くは白く縁取りをして、濃い塗りのなかでも埋没しないように考慮されたようだ。
実長500mのグリッドが全面に施されているので、目分量で水平距離を測ることができるが、あくまで記念図ということか、登山地図にはつきもののルートの所要時間までは採用されていない。一方で描写の正確性についてはこだわりがあって、登山道の位置その他が一部間違っていたというので、訂正版への無償交換を実施したほどだ。
◆
![]() 1:50,000集成図 「立山」表紙 |
ところで、国土地理院による集成図「立山」は、1980(昭和55)年に1:50,000で刊行されたことがある。縮尺が小さい分、掲載範囲は東側が大町や仁科三湖、北が白馬岳まで広がり、その結果、立山・後立山連峰全体の概観図というべきものになっていた。
地勢表現は、ベースである地形図の等高線にぼかしを加えている。この時代、ぼかしは手描きだったので、今回の新刊と比べれば精密度の点で及ばないが、山襞をくっきり浮かび上がらせる筆さばきが、むしろコンピュータ描画に勝る立体感を実現していた。彩色は高度ではなく植生の有無を表し、森林には緑、他はベージュを配する。こうすることで、森林限界を越える高峰が、山麓の緑の中におのずと浮かび上がった。
![]() 同 地図の一部 |
このころは同じような山岳地域の集成図が何種類もカタログ(地図一覧図)に載っていて、ヨーロッパの美しい官製図の向こうを張って、鑑賞に堪える地図を作ろうという意気込みが感じられた。21世紀の集成図もこれっきりの試作品で終わってしまっては惜しいと思う。
山岳集成図「剱・立山」は、国土地理院の地形図取扱店(通販は日本地図センターなど)で購入できる。1980年の集成図「立山」は絶版になっている。
掲載の地図は、国土地理院著作、日本地図センター発行の3万分の1山岳集成図剱・立山(平成17・18年調査・編集)および5万分の1集成図立山(昭和53年編集)を使用したものである。
■参考サイト
国土地理院 山岳集成図「剱・立山」刊行告知
http://www.gsi.go.jp/WNEW/PRESS-RELEASE/2007/0710.htm
国土地理院北陸地方測量部 山岳集成図「剱・立山」の内容訂正とお詫び
http://www.gsi.go.jp/LOCAL/hokuriku/100syuunen/syuseizu2.html
日本地図センター 彩色地形図閲覧 http://net.jmc.or.jp/saishiki/
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