マン島の鉄道を訪ねて-ダグラス・ベイ馬車軌道
ダグラス・ベイ馬車軌道 Douglas Bay Horse Tramway
シー・ターミナル Sea Terminal ~ダービー・カッスル Derby Castle 間 2.6km
軌間3フィート(914mm)、1876年開通
◆
2007年8月8日、私たちはロンドン・ガトウィック空港 London Gatwick Airport からフライビー社 Flybe の小型機で、島の小さな空港に降り立った。町へ行くバスを待つ間に、空港の案内所で、マン島のほとんどのバス路線と鉄道がフリーになる切符「アイランド・エクスプローラー Island Explorer」を購入する(下注)。有効期間は1日、3日、5日から選べて、3日間なら24ポンド(1ポンド240円として5760円)だ。切符といっしょに、公共交通がすべて掲載された時刻表ももらった。マン島交通 Isle of Man Transport が運行する2階建てバスは、のびやかな丘の間に時折ひなびた村が現れる道を30分ほど走ったあと、ダグラス Douglas 市内に入った。
*注 本文は2007年時点のため、改稿した2016年の状況を注で補足する。短期旅行者用のフリー切符は「ゴー・エクスプローラー Go Explorer」に置き換えられている(前払チケットシステムの総称はゴー・カード Go Cards)。
(左)マン島交通時刻表2006年版 表紙 (右)スクラッチ方式のアイランド・エクスプローラー3日券 |
ダグラスはマン島第一の都会だ。湾に沿って、イングランドの南海岸にあるような、白い瀟洒な建物が整然と並ぶプロムナードが、弓なりに遠くまで続いている。かつての島の玄関口、ダグラス川の河口にあるシー・ターミナル Sea Terminal(乗船場)近くの乗り場で待っていると、まもなくカッカッとひづめの音が通りに響いて、馬に牽かれたかわいいトラムが現れた。エンジンは正真正銘の1馬力だ。競走馬よりは小柄だが、がっしりと頼もしげな脚をしている。車両は、屋根と床に目立つ広告帯を巻き、前後の御者席と、客用の板張りベンチが8列並ぶだけの簡素な造りだ。
ダービー・カッスルから見るダグラス湾のパノラマ 馬車軌道も通るプロムナード(海岸道路)の建物群が湾岸を白く縁取る * |
(左)汽車あり電車ありのプロムナードの標識 (右)シー・ターミナルの馬車軌道乗り場 |
馬車軌道には、転車台も機回し側線も必要ない。馬を前後に付け替えれば発車準備は完了だ。大した休憩も取らずに折り返しとは、馬もお疲れだろうと同情しながら、さっそく最前列に乗り込む。蛍光色のジャケットを着用した乗務員が二人乗っていて、一人は御者で手綱を引き、もう一人は車両側面のステップを渡りながら、乗客から運賃2ポンドを徴収して回る。フリー切符はここでも有効だ。
走り始めは脚を踏ん張って重そうだが、スピードがつくと軽快な足取りになる。レールの上を走っているので、乗り心地も上々だ。車両はオープンタイプで、側面にはドアどころか安全ロープすら渡していない。馬の速足では、万一落ちても大したケガにはならないだろうが、脇をすり抜けていく車に轢かれる可能性は排除できない。軌道は全線複線で、道路の中央に敷かれている。プロムナードは車道も歩道も十分な幅があるのだが、けっこう路上駐車が多いので、トラムを追い越せない車が後ろに連なるのを何度も目撃した。
プロムナードを颯爽と走るトラム |
(左)馬牽きトラム初乗車 (右)対向「列車」とすれ違い |
見ると途中からも乗る人がいる。バス停と同じような場所に乗り場を示す小さな標識があって、そこで手を挙げれば停まってくれるリクエストストップ方式なのだ。ホテルや著名な建物の前などに、全線で10か所(起終点を含む)の乗降場がある。
(左)停留所は小さな標識が目印。サマー・ヒルにて * (右)国有化で標識も新調された * |
快い海風に吹かれている間に、ずっとかなたに見えていた終点ダービー・カッスル Derby Castle がいつのまにか近づいている。ミニトリップの最後は大通りから離れて、広場へ直線で突っ込んでいく。山側にはトラムの車庫があり、海側はここが起点のマンクス電気鉄道 Manx Electric Railway のホームだ。止まっていた電気鉄道の優雅な古典車両に気を取られてしまい、仕事を終えた馬がどこへ休憩に行くのか、見届けるのを失念した(下注)。
*注 厩舎は、終点駅から少し南下したクイーンズ・プロムナード Queens Promenade とサマーヒル・ロード Summer Hill Road の交差点の山側にある。
(左)ダービー・カッスルのターミナルへ滑り込む (右)「トラマー(牽き馬)」のマーク君を激励 |
◆
ダグラス・ベイ馬車軌道 Douglas Bay Horse Tramway (下注1)は、ダグラス湾に沿うプロムナード Promenade(海岸通り)の路面を走る延長1.6マイル(2.6km)のミニ路線だ。シー・ターミナル~ダービー・カッスル間全線の所要時間は20分。5月中旬~9月中旬のサマーシーズン中、毎日およそ9時から19時までほぼ20分間隔で運行している(下注2)。
*注1 ダグラス馬車鉄道と呼ばれることも多いが、ここでは tramway を軌道と訳した。
*注2 マン島政府が運行を引き継いだ2016年は、時刻表が大幅に変更されているので注意。
世界でも珍しい馬車軌道(下注)だが、中でもこれは130年を超える最古の歴史を誇っている。開設は、ヴィクトリア朝の観光ブームがピークを迎えていた1876年に遡る。シェフィールド Sheffield の土木技師トーマス・ライトフット Thomas Lightfoot が、町の発展を見越して導入した。運行を開始した8月時点では、南端がアイアン・ピア Iron Pier(現 ヴィラ・マリーナ Villa Marina 付近)止まりだったが、翌年1月にヴィクトリア・ピア Victoria Pier(現 シー・ターミナル付近)まで延長された。北端も位置が動いており、ダービー・カッスルの現在位置に落ち着いたのは1892年だ。1897年には全線の複線化が完成している。
*注 ヴィクター・ハーバー馬車軌道 Victor Harbor Horse Drawn Tram(オーストラリア)、デーベルン路面軌道 Straßenbahn Döbeln(ドイツ)などが知られる。日本でも北海道開拓の村(札幌市、本ブログ「開拓の村の馬車鉄道」で詳述)、小岩井農場まきば園(岩手県雫石町)で観光用に運行されている。
ダグラス市街周辺の地形図 官製1マイル1インチ(1:63,360)地形図 87 Isle of Man 1957年版 に加筆 |
経営者も、初期には幾度か入れ替わった。ライトフットが経営したのは6年弱にすぎない。1882年に地元実業家に売却されて、マン島軌道会社 Isle of Man Tramways Ltd. が設立されるが、1894年には現 マンクス電気鉄道の運営会社に再び売却された。利用者は順調に増えていたのに、銀行の破綻のあおりでこの会社が倒産してしまったため、軌道は1902年にダグラス市に引き取られた。その後、再建されたマンクス電気鉄道が自社線との直通化を目論んで、1906年と08年の二度にわたって電化の提案を行うのだが、市議会は都度これを退けた。このように市営主義を貫いたことで、運行体制はようやく安定に向かうことになる。
開業以来、通年営業していた軌道だが、プロムナードへの乗合バス導入を受けて、1927年から通常5~9月の季節運行に変更されている。それでもなお乗客数は堅調で、1938年に275万人を運んで最高記録を作った。しかし、翌1939年に第二次世界大戦が勃発すると、旅行ブームは一気にしぼんでしまう。馬車軌道の運行中止に伴い、馬は全頭売り払われ、車両は車庫にしまい込まれた。観光客の消えたプロムナードには鉄条網が張られ、捕虜の収容施設が立ち並んだ。
戦後、1946年5月に運行が再開されたものの、しばらくは利用者の減少に悩まされた。ところが、1964年から72年にかけて数度にわたり王室のマン島訪問があり、馬車軌道の乗車が日程に組み込まれたことから、軌道は一躍注目を浴びる。1976年の100周年を祝うパレードが催されたころには、ヴィクトリア朝の動く遺産として本土の人々にも広く知られるところとなっていたのだ。
(左)終点にあるトラムの車庫 * (右)車庫の前のトラバーサー(遷車台) * |
軌道の運行を担う馬は、「トラマーズ Trammers(トラム牽き)」と呼ばれている。農耕や荷馬車牽きに使われてきたシャイアー Shire、クライズデール Clydesdale などの重種馬だ。力は強いが人懐っこく、優しく鼻先をたたいてもおとなしくしている。トラマーズは34頭在籍していて、そのうち25頭が日常業務に携わる(下注)。それぞれマーク、マイケル、アルバートといった名前をもち、勤務中は首に名札を下げている。路上を2往復すると仲間と交替し、繁忙期には最大、週6日働くという。
*注 ウィキペディア英語版によると、2016年現在、馬は22頭で、16頭が運行に当たり、残りの若い馬は訓練中。
(左)駐車場の奥にあるサマー・ヒルの厩舎 * (右)厩舎を出て出勤途上のトリン君 * |
(左)始動時は人の助けも要るようだ * (右)シー・ターミナルまで勤務開始 * |
彼らが牽く車両は、1876年の開通以来、計51両が導入されたが、今も動ける状態で残っているのは26両だ(下注)。最古参は、ダブルデッカー Double Decker(2階建)の14号車と18号車で1883年に製造され、1887年にマン島にやってきた。このほか、窓のあるウィンターサルーン(サロンカー)、オープンタイプのバルクヘッド Bulkhead(屋根つき)、「トースト台 Toastrack」と呼ばれる屋根なし、など各種揃っている。
*注 2016年現在、25両が残存する。
ダービー・カッスルで「バルクヘッド」形客車が2両待機 * |
私たちはプロムナードの中ほど、ヴィラ・マリーナの近くに宿をとっていたので、滞在中何かと馬車軌道を利用した。この間だけの移動なら、路線バスより頻繁に来るから、使い勝手はなかなかよかった。ところで、生き物だから当然、排泄物がある。毎日これだけ往復すれば、道路にはその山ができても不思議ではないが、意外にも気になるほどは落ちていない。その理由は? 私たちの1か月前に島を訪問された narrowboat氏のブログに答えを発見した。下記サイトをご参照あれ。
■参考サイト
英国運河をナローボートで旅するには?マン島日記 その①
http://narrowboat.exblog.jp/6949714/
次回は、マンクス電気鉄道に乗る。
【追記 2016.8.30】
2016年、ダグラス・ベイ馬車軌道は存続の危機に直面しており、将来的な見通しはまだ示されていない。詳しくは「ダグラスの馬車軌道に未来はあるのか」にて詳述。
掲載した写真のうち、キャプション末尾に * 印のあるものは、2016年7月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。それ以外の写真は、2007年8月に筆者が撮影した。
■参考サイト
「マン島案内」馬車軌道の紹介 http://www.iomguide.com/horsetram.php
ダグラス・ベイ馬車軌道友の会 Friends of Douglas Bay Horse Tramway
http://www.friendsofdbht.org/
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