マン島の鉄道を訪ねて-序章
ブリテン島とアイルランド島の間に、マン島 Isle of Man という鉄道愛好家の楽園があることを知ったのは、はるか昔に読んだ堀淳一氏の『英国・北欧・ベネルックス軽鉄道の旅』(交友社,1971)という本の一節からだ。名著「地図のたのしみ」に2年先行するこの本には、1960年代のイギリスにおけるローカル鉄道のありさまが克明に描かれていて、まだ見ぬ国への憧れをいやが上にも誘われたものだ。その中で、マン島は第4章に、「サツマイモのような形をした」島で「軽鉄道ファンにとってはメッカというべきところ」と紹介されている。
堀氏が訪れた当時とは少し顔ぶれが変わっているが、マン島には現在も、6本のユニークな鉄道がある。
島の訪問者をおそらく最初に迎えてくれるのが、今や世界でも珍しい公道上のダグラス・ベイ馬車軌道 Douglas Bay Horse Tramway だ。首都ダグラス Douglas のプロムナード(海岸道路)の真ん中を、クルマといっしょにのんびり走っている。
馬車軌道の北の終点ダービー・カッスル Derby Castle では、クラシカルな路面電車風情のマンクス電気鉄道 Manx Electric Railway が待ち受ける。北岸の町ラムジー Ramsey まで1時間15分をかけ、アイリッシュ海を見晴らしながら行く、眺めのすばらしい路線だ。
途中のグラウドル Groudle で下車すると、遊園地の遊具のようなグラウドル・グレン鉄道 Groudle Glen Railway が、強風吹きすさぶ海辺の断崖の上へ連れていってくれる。1896年という早い時期に開業したが、1962年に休止となり、1986年に保存鉄道で再開された軌間610mmのミニ鉄道だ。
電気鉄道の中間地点ラクシー Laxey は、ちょっとしたターミナル駅だ。標高621mある島の最高峰をめざす登山電車のスネーフェル登山鉄道 Snaefell Mountain Railway がここを起点にしていて、電車が到着するたび、乗換えの人で賑わう。
さらにこの近くに、2004年9月からグレート・ラクシー鉱山鉄道 Great Laxey Mine Railway という鉱山列車が復活した。名前はたいそう立派だが、実体は軌間1フィート7インチ(483mm)、全長1/4マイル(400m)の超ミニ鉄道だ。
一方、レンガ造りが美しいダグラス駅から島の南端ポートエリン Port Erin へは、マン島鉄道 Isle of Man Steam Railway(マン島鉄道 Isle of Man Railway)が延びる。丹念に磨かれ、艶やかな姿を保つ古参の蒸気機関車が、スラムドアの客車を連ねて、牧野を軽やかに駆け抜けていく。
これらの歴史ある鉄道を維持していくのは、決して容易なことではない。マンクス電気鉄道とスネーフェル登山鉄道は、自動車交通の普及により1950年代に経営難に陥った。マン島鉄道も同じ理由で1966年に一時全面休止となり、1969年に一部路線の存続を断念した。しかし、これらの鉄道は島の貴重な歴史遺産であり、観光資源としての価値が認められたため、国営に移された。現在はマン島政府の交通局 Isle of Man Transport が、定期バス路線とともに運行に当っている。
今年(2007年)の夏、この奇跡の島を訪問する夢がようやく実現したので、数回に分けて体験レポートを書こうと思う。
◆
【参考】冒頭の地図に表示したとおり、淡路島ほどの面積の島に、かつては他にも大小いくつもの鉄道が存在した。
・島で最初に開通した鉄道で、島の中央部を横断するマン島鉄道ピール線 Peel Line (ダグラス~ピール Peel 間、1873年開業、1969年に最終的に運行休止、1974年撤去)
・マンクス電気鉄道が現れる前に、ラムジーから西回りで上記ピール線の途中駅、セントジョンズ St. John's に接続したマンクス・ノーザン鉄道 Manx Northern Railway(1879年開業、1905年マン島鉄道に併合されて北部線 North Lineに。1969年休止)
・その子会社で、同じくセントジョンズで分岐してフォックスデールの鉱山から鉛や銀を運び出したフォックスデール鉄道 Foxdale Railway(1886年開業、1905年マン島鉄道に併合、1940年休止)
・ダグラス市内でプロムナードと坂の上の住宅街を結んだ、一部ケーブルカー方式の路面軌道、アッパー・ダグラス鋼索軌道 Upper Douglas Cable Car Tramway(1896年開業、1929年休止、1932年撤去)
・ダグラスの南の岬ダグラスヘッドを回って郊外リゾートのポート・ソデリック Port Soderick まで、海景を満喫できる観光鉄道であったダグラス・サザン電気軌道 Douglas Southern Electric Tramway(1896年開業、1939年休止)
ダグラス~ピール間はフットパスになり、他も道路に転用されたか、でなくとも地形図上に痕跡を残している。
ちなみに、鉄道最盛期の状況を記した地形図を求めたければ、カッシニ出版社 Cassini Publishing が刊行している復刻地形図シリーズがある(右写真)。「普及版 Popular Edition」の95番「マン島 Isle of Man」(1921年版)には、今は無き上記の路線も記載されている。ただし、ダグラス・ベイ馬車軌道とアッパー・ダグラス鋼索軌道は市街地につき無記載、ダグラス・サザン電気軌道は併用軌道につき注記のみ。カッシニ出版社の地図については、「イギリスの復刻版地形図 I-カッシニ出版社」にまとめてあるので、参考にしていただきたい。
次回はまず、ダグラス・ベイ馬車軌道を訪ねる。
(2016年8月30日一部改稿)
■参考サイト
「マン島案内」交通機関のページ http://www.iomguide.com/transportation.php
マン島交通時刻表・路線図 http://www.iombusandrail.info/
マン島の鉄道写真 http://www.manxrailways.info/
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