イギリスの運河地図
運河を行くナローボート |
ポントカサステ水路橋 |
前回紹介したスランゴスレン Llangollen の町には、保存鉄道のほかにも楽しいアトラクションがある。ナローボートで行く運河の旅だ。ディー川左岸(北側)の坂道を少し上ると、整備された船着場がある。上流(西方)へは岸から馬が曳くショートトリップ、下流(東方)へはポントカサステ水路橋 Pontcysyllte Aqueduct を渡る2時間のツアーが出ている。ポントカサステ水路橋は1805年に完成したイギリス最大の運河橋で、長さ1007フィート(307m)、川からの高さ126フィート(38m)、ディー川 River Dee が刻んだ深い谷を一気にまたぐ驚異の構築物だ。
このような運河は18世紀後半から19世紀前半にかけて張り巡らされて、産業革命の進展を支えた。最盛期には総延長が4000マイル(7000km)にも達したが、鉄道の出現で物流の動脈としての比重が低下して、20世紀前半までに多くの運河が放棄された。スランゴスレン運河もかろうじて用水路として残っていたのだという。しかし、第2次大戦後、ウォーターレジャーが盛んになったことで、古い運河が見直され、各地で改修が進められてきた。
海洋の航行に海図があるように、運河の旅にも運河地図が必要だ。特に産業革命の中心だったイングランド中部では、競うように運河が掘られたため、分岐が多く、注意していないと別の運河に迷い込む。途中で水量が減って航行不能になっている区間があるし、船の係留場所、回転場所も指定されている。水その他必要物資の調達、ごみや汚水の捨て場所など、チェックすべき項目はいろいろとある。
ジェオプロジェクツ GEOprojects 社が、クルージングマップのシリーズを出版している。運河別に20種以上あり、同社にとって出版の柱の一つになっている。写真は、スランゴスレン運河とモンゴメリー運河 Montgomery Canal の地図だ。縮尺は約1:60,000。1枚の両面(長い運河は分冊)に起点から終点までを収めた上で、直感的に判別できるよう関連情報を記号化して詳しく表示している。
まず、主人公たる運河のルートは、何よりも太く描いて目立たせる。図上の幅は2.5mm程度あり、実長なら150mに相当する。実は、ナローボートの活躍から察せられるようにイギリスの運河の規格は小さく、最小幅はわずか7フィート(2.1m)しかないので、大胆な誇張だ。ロック(閘門)や回転場所 winding hole、航行不能個所が示されるのはもちろんのこと、運河をまたぐ橋もいい目印になるので、橋の名前と下流からの通し番号が記してある。
航行に不要な等高線は省略するかわりに、盛り土、切り通しの記号があるし、運河に沿う昔の馬曳き道、今はカナルウォーキングに利用されるトーパス towpath も必ず添えられている。概略の距離を知るために、1マイルごとにマークを打っているのも気の利いた方法だ。さらに、長期または一時的な停泊、船の上げ下ろし、飲料水補給、ごみ・汚水回収の場所、レンタル業者の位置と名称、そして沿線の観光情報など、運河を軸にしたレジャーのための情報がふんだんに示されている。
田中憲一氏の「イギリス水の旅」(東京書籍、1996)に、イギリス運河の地図にはやたらとパブのマークが目に付く、という話が出ている(p.92)。運河黄金時代にはパブは食事や寝床の提供だけでなく、地域の交流交易の場として賑わっていたのだそうだ。この地図にもパブ public house の場所と名前が随所に見える。航行を終えた後の一杯はさぞうまかろうと想像するが、地図はそんなボーターたちの欲求にも応えているらしい。
この運河地図はロンドンの地図店 Stanfords などで扱っているが、ほかに、Webで見られる運河地図もある。イギリスの運河に関する総合情報サイト Waterscape.com(URL下記参照)では、ベースマップ上に運河のコースと関連情報が表示される。拡大表示ではOS 1:50,000も使用されている。
■参考サイト
GEOprojects http://www.geoprojects.net/
Waterscape.com http://www.waterscape.com/
同サイトにあるスランゴスレン運河の地図
http://www.waterscape.com/canals-and-rivers/llangollen-canal/map
ポントカサステ水路橋の写真集
http://www.virtual-shropshire.co.uk/gallery/pontcysyllte_aqueduct
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コメント
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ナローボーター様、情報ありがとうございます。
実際のユーザーの方のご意見が聞けてうれしいです。
Canalwarehouseのオンラインショップ
http://www.canal-warehouse.co.uk/
を覗くと、Pearson's、Nicholsonの運河地図のイメージが載っていました(限定的ですが)。
実用地図は必要な情報をどれだけ的確に見せるかが勝負です。Pearson'sが支持されているのは、大胆に見えても的を外していないという証しですね。
投稿: homipage | 2007年10月 1日 (月) 22時10分
はじめまして。
運河の地図だったら、
ピアソンズPeason'sのほうがさらにデフォルメされてますよ。
http://www.jmpearson.co.uk/products.htm
実際にボーターが利用している度合いで言うと、
ピアソンズ、ニコルソン、ジェオの順かと思います。
ボーターには運河の情報以外は不要、
ということかと思います(笑)
投稿: ナローボーター | 2007年10月 1日 (月) 16時23分
1830年前後はリバプール&マンチェスター鉄道が開通しました。
鉄道の能力が、炭鉱から船が待つ最寄の運河までの短距離輸送というそれまでと変わって、
鉄道長距離輸送の可能性が認められた時ですね。
日本でも東海道線の最後の完成(1889年)は、大津~米原間で、
ここは水運業者と競合する区間でした。
投稿: 鈴木光太郎 | 2007年9月29日 (土) 23時37分
コメントありがとうございます。
イギリスでは1830年代以降、運河会社と鉄道会社の攻防が激しくなりました。
運河会社は鉄道に対抗するため、運賃のダンピングに走る
→経営の消耗で新規投資が減る
→資金が運河から鉄道建設に回る
→鉄道の路線延長や輸送力の強化が進む
→運河の顧客が奪われる
という循環も起こったようです。
投稿: homipage | 2007年9月29日 (土) 23時13分
近代鉄道が、運河輸送でこなしきれない部分へのアクセス補完機能から出発した事から考えると、
水運は興味深い対象ですね。
米国東部の老舗、Delaware & Hudson Railroad は
1823年の創立時は、Delaware & Hudson Canal Company でした。
投稿: 鈴木光太郎 | 2007年9月27日 (木) 23時46分