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2007年9月20日 (木)

ウェールズの鉄道を訪ねて-スランゴスレン鉄道

スランゴスレン鉄道 Llangollen Railway

スランゴスレン Llangollen ~カロッグ Carrog 間 12.0km
軌間 4フィート8インチ半(1,435mm)
1862年開業、1964年休止、1981~1996年保存鉄道開業

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スランゴスレン鉄道の蒸機列車
カロッグ駅にて
(写真はすべて2007年8月撮影)

ウェールズ北東部、カンブリア山地の東側に位置する小さくも美しい町、スランゴスレン Llangollen(下注)。毎夏開催される国際音楽祭や、世界遺産の運河と水路橋でも知られるとおり、観光地らしく華やかに飾り立てた街路が訪れた者の目を引く。

*注 ウェールズ語で聖ゴスレン(ゴレン)St. Gollen の村を意味する。ウェールズ語特有の「二重のL」が入るため、音訳には揺れがあり、「スランゴスレン」のほか「ランゴレン」「スランゴレン」とも書かれる。

旧市街の北側で、ところどころ淵をつくりながら、ディー川が流れ下っている。16世紀から架かるという古い石橋の上に出ると、左前方にスランゴスレン鉄道の始発駅の全貌が見渡せる。相対式のプラットホームに腕木式信号機が建ち、大きな駅舎から屋根付き跨線橋が川のほうに延びている。駅舎寄りのホームでは、カロッグ行きの客車列車が停車中だ。過去を知らない世代でもこれを前にすれば、何十年かタイムスリップした気分になるに違いない。

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スランゴスレン
(左)小旗はためくカッスル通り Castle Street
(右)淵をつくって流れるディー川
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ディー川のほとりに設けられたスランゴスレン駅
 

鉄道は、この駅からディー川に沿って上流へ向かう。ウェールズの保存鉄道では少数派である1435mm標準軌のこの路線は、どのようにして成立したのだろうか。町の歴史と絡めて見ていこう。

スランゴスレンの市街地を、幹線道A5が東西に貫いている。A5ロードの前身は、首都ロンドンとアイルランドのダブリン Dublin を結んでいた郵便馬車道だ。1801年のアイルランド併合をきっかけに、土木技師トーマス・テルフォード Thomas Telford の設計で整備が進められた。1815年から始まった建設事業で、町は工事の基地となり、完成後も重要な中継地点として栄えていた。

しかし、まもなく鉄道の時代が幕を開ける。A5のルートは確かに、ダブリンとの連絡港であるホーリーヘッドへ至る近道なのだが、地形が険しく、鉄道敷設には適さなかった。西海岸のリヴァプール Liverpool まで鉄道が完成すると、郵便運搬はリヴァプールから海路を採るルートに移される。さらに1850年には北部の海岸沿いにチェスター・アンド・ホリーヘッド鉄道 Chester and Holyhead Railway(現在のノース・ウェールズ・コースト線 North Wales Coast Line)が全通して、主要輸送路の地位は完全に奪われてしまった。

そのスランゴスレンに1861年、ようやく鉄道がやってくる。シュルーズベリー=チェスター線 Shrewsbury to Chester Line からルアボン Ruabon の南で分岐して、スランゴスレンまで8.4kmの路線で、ヴェール・オヴ・スランゴスレン鉄道(スランゴスレン渓谷鉄道)Vale of Llangollen Railway と呼ばれた。

その年まず貨物営業が始まり、翌1862年に旅客も扱うようになった。続いて1865年に、関連会社によって西方のコルウェン Corwen まで延長され、1860年代のうちに、さらにウェールズ西海岸まで達した。路線は1896年に大手のグレート・ウェスタン鉄道 Great Western Railway (GWR) に引き継がれ、1948年の国有化を迎える。

しかし、残念なことに利用者は減少の一途をたどった。そして不幸にも、国鉄の不採算事業を整理するいわゆる「ビーチングの斧 Beeching Axe」の対象に挙げられる。1965年に旅客営業が休止、1968年には貨物も休止となり、その後まもなく設備の大部分が撤去された。

保存鉄道のスランゴスレン鉄道 Llangollen Railway は、この時廃止された路線のうち、スランゴスレンより西側の一部を復活させたものだ。1975年から始まった再開のプロセスは、1985年にディー川 River Dee を渡って2.8km先のベルウィン Berwyn に届いた。その後、1990年にディーサイド・ホールト Deeside Halt、1993年にグリンダヴルドゥイ Glyndyfrdwy と1駅ずつ延長されて、1996年に現在の終点カロッグ Carrog に達している。

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スランゴスレン鉄道(赤で表示)と周辺の鉄道網
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スランゴスレン鉄道周辺の地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 108 Denbigh 1961年版 に加筆

駅の窓口で往復のファミリー切符を買って、ホームに出た。スタンバイしている蒸機も客車も標準軌用なので、これまで狭軌の保存鉄道ばかり見てきた目には、堂々とした姿に映る。この日の運行は、スランゴスレン発が11時、13時、15時の3本だ。土日は増便されるとはいえ、サマーシーズンでも意外に少ない。片道の所要時間は31~33分で、カロッグで20分ほど停車して折り返してくる。

機関車は、側面に英国国鉄初期の吠えるライオンのエンブレムをつけた80136号機だった。後ろに、GWR由来のクリーム色とチョコレート色に塗り分けられた国鉄標準型客車(BR Mark 1)が5両連結されている。車内は、中央通路の両側にテーブル付きボックス席が並び、標準軌らしいゆったりした乗り心地が楽しめる。

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(左)立派な駅名標の隣にかわいい腕木型信号機
  背景は町と、駅のある対岸を結ぶスランゴスレン橋
(右)国鉄標準型客車が客を待つ
 

発車時刻になり、汽笛一声、列車はゆっくりと動き出した。駅を出ると、機関庫の大屋根と、車両を留置する側線が右手をかすめる。鉄道の作業基地は1km強進んだ先のペントレヴェリン Pentrefelin にもあり、ディー川を渡るために左にカーブしていくあたりで見えてくる。こちらは客車や貨車の整備場だ。列車の速度がいったん落ちるのは、ディー川の鉄橋が老朽化していて、10マイル(16km)の速度制限がかけられているからだ。渡り切ると、前を行く機関車のドラフト音が高まってくる。

旅の前半は、緑陰深い川べりを行くのだが、中でも最初の停車駅ベルウィンが、最も絵になる場所だろう。森に囲まれた渓谷の脇で、鉄道と道路の石造アーチ橋が直角に交差していて、やや下流には歩行者用の華奢な鎖橋も架かっている。古色を帯びた風景に、しゃれたハーフティンバーの駅舎が映える。地図によるとその先に、スランゴスレン運河の取水口になっている馬蹄形の堰 Horseshoe Falls があるはずだが、うっかり見過ごした。

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ベルウィン駅付近の「二重橋」
 

右手の木立が途切れると、トーマス・ゲインズバラ Thomas Gainsborough の絵さながらの洋館と美しい牧野が現れて、ひととき乗客の心を和ませる。と突然、暗闇が視界を遮った。ディー川の大きな蛇行を、長さ630mのベルウィントンネル Berwyn Tunnel で短絡しているのだ。

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ディー川の向こうに美しい牧野が現れる
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ゲインズバラの絵さながらの風景
(ベルウィン~ベルウィントンネル間)
 

トンネルを抜けると、車窓は一転して川の流れに沿った広くて明るい谷に変わる。ディーサイド・ホールト Deeside Halt は通過だった。次はグリンダヴルドゥイ Glyndyfrdwy、ここも乗降客はいそうになかったが、しっかり停車した。右手には、穏やかな表情のディー川が岸辺の木々の間から垣間見える。それをぼんやり眺めているうちに、列車は終点カロッグのホームに滑り込んだ。

周囲に畑と牧場しかないようなところだが、再興計画によって駅は立派に復元されている。ここでは折返しまでに20分ほど停車するので、乗客はみなホームに降りて、思い思いに過ごす時間がある。ホームは緩くカーブしていて、その先端に里道の陸橋が架かっている。ふと思い立ち、陸橋に上ってみると、駅と列車を入れたいい構図が得られた。機回し作業を終えた列車は、再び乗客を収容して、スランゴスレンに向け戻っていく。

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カロッグ駅で折返しの発車を待つ人々
 

(2017年1月9日改稿)

【追記 2017.1.9】
訪問当時、スランゴスレン鉄道はカロッグから、かつてデンビー Denbigh 方面の分岐駅でもあったコルウェン Corwen までの延長計画を準備していた。その後、2014年後半に町の手前までの第1期工事が完成し、暫定駅コルウェン・イースト Corwen East が設けられた(開通式は2015年3月1日)。現在、2期として、コルウェン中心部まで約270mの延長工事が進められている。

また、当時稼働していた80136号機は、ノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道 North Yorkshire Moors Railway に移籍している。

■参考サイト
スランゴスレン鉄道(公式サイト) http://www.llangollen-railway.co.uk/
Corwen Station - Promoting the town of Corwen
http://corwenstation-new.co.uk/

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