米軍のベトナム1:50,000地形図
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旧米国陸軍地図局 U.S. Army Map Service(AMS)が過去に作成した膨大な数の1:250,000地形図が、アメリカ、テキサス大学オースティン校のサイトで公開されていることは、以前に述べた。今回はベトナムの1:50,000地形図が閲覧できるサイトを紹介したい。
それは、同じテキサス州ラボック Lubbock にあるテキサス工科大学のベトナムセンター・アーカイブ(古文書館)The Vietnam Center and Archive, Texas Tech University だ。センター設置の目的は、「アメリカがベトナムで経験したあらゆる側面に関する研究と教育を支援・奨励して、この経験と東南アジアの民族・文化に対して深い理解を促す」(同サイトによる)ことだという。その機能の一つが、ベトナムアーカイブにおけるベトナム戦争、インドシナ、そして合衆国と東南アジアにおける戦争の影響に関連した当時の資料の収集と保存だ。収集対象は文書資料のみならず、写真、スライド、映画のような視聴覚資料、地図にも及んでいる。中でも地図ファンの興味をかき立てるのが、ベトナム全土をカバーしたAMSの1:50,000地形図L7014シリーズのコレクションだ。
資料検索のためのチュートリアルも用意されているのだが、現地に詳しくない筆者は、次の方法で目的を達している。
■参考サイト
The Vietnam Center and Archive http://www.vietnam.ttu.edu/
トップページ > Digital Materials > Map Collection > Maps Database Search Page
あるいは直接リンク
ベトナム北半
https://www.vietnam.ttu.edu/references/maps/maps_look_north1.php
ベトナム南半
https://www.vietnam.ttu.edu/references/maps/maps_look_south1.php
これで、ベトナム全図(北半または南半)のクリッカブルマップが現れるはずだ。見たい地域(省単位)を選んでクリックすると、その地域の地形図のサムネール画像が表示される。さらにそのいずれかをクリックすることで1:50,000の当該図葉のページにたどり着く。図葉ごとにPDFフォーマットとJPEG画像がそれぞれ低解像度と高解像度の計4種類用意され、閲覧のみならず自由にダウンロードできる。高解像度ファイルはサイズが10MB前後あるので、詳細の判読が可能だ。ただし、鮮明さの点では残念ながらオースティン校に一歩譲る(この記事に掲げた地形図サンプルは、見易いようにレタッチソフトで補正してある)。
1:250,000の縮尺でもかなりの地理情報が得られるとはいえ、さすがに1:50 000は、等高線間隔が平野部10m、その他20mとなって、地形や地物の描写精度が格段に高い。例えば、ハノイ Hà Nội 図葉を例にとると、1:250,000では、市街の川向こうにあるジャラム Gia Lâm 空港が記号とその範囲を示す破線だけで示されているのに対して、1:50,000では、滑走路と施設の配置まではっきりわかる【図1】。集落も前者は丸印で位置を示しているだけだが、後者では(総描されているだろうが)家屋の分布まで読み取ることができる。
【図1】![]() |
空中から眺めて特に目を引くのが、19世紀の城郭都市フエ Huế だ。1:50,000では、旧市街の赤で示される方形の街路とそれを取り囲む青い濠とのコントラストが、どぎついほど鮮やかに描かれている【図2】。鉄道は旧市街の西縁に沿って走るが、駅はフオン川 Sông Hương(香江)を渡った南側の新市街に設けられた。図で Ga Hue の注記があるところだ(Ga は駅の意)。
【図2】![]() |
地図の製作時期にはかなり幅があるので、利用する際には注意したい。すべて調べたわけではないが、古いもので1960年代、新しいものでは1990年代も見つかる。傾向としては、南部は戦時中の1960年代から70年代初めにかけて、北部は1975年の南北統一以降の図が多数を占めるようだ。製作時期は地図の下部に "Map information as of 1965"(地図情報は1965年現在)などと記されているのだが、ダウンロードページにも図葉ごとの詳しいデータが掲げられている。
一部の図葉は、英語とベトナム語を併記したAMSオリジナル版のほかに、ベトナム語のみのバージョンも利用できる。これは、AMSの成果を利用して、統一後にベトナム(社会主義共和国)が、若干の修正を加えて発行したものだ。社会主義国の中縮尺図は通例機密扱いなので、入手の経緯はどうであれ、たいへん貴重な公開資料といえる。北部の図は主としてこのタイプだが、先述のフエなどは両版とも公開しているから、見比べるのも興味深い【図3】。AMSにはあった tower、Military area など軍事関係の注記が、ベトナム語版では消えている。前者の編集が戦時中の1970年であるのに対して、後者は統一後の1976年なので、撤去・解除されたか、それとも軍事施設は非表示にしたのだろうか。
【図3】![]() |
最後に、南北の軍事境界線があったベンハイ川 Sông Bến Hải の河口付近の地図を見ておきたい【図4】。図の北辺を北緯17度線が通る。中央を左から右へ蛇行しているのがベンハイ川だ。川の中央に赤の破線で暫定軍事境界線 Provisional military demarcation line が引かれ、両岸には2~3kmの幅で非武装地帯 Demilitarized zone が設定されている。この間を横断する鉄道は"Abandoned"(廃止)、道路や集落も各所に"Destroyed"(損壊)の文字があり、40年前の非情な現実を窺い知ることができる。
【図4】![]() |
ベトナムアーカイブの地図コレクションは当然ベトナムが主対象ではあるが、隣国との国境地帯(カンボジア、ラオス、中国)のほか、ラオスとタイの国境地帯のAMS版1:50,000も公開されている。右メニューの "Navigate the Country" のカテゴリーにある "Map Countries Index" をクリックし、表示される国別一覧から選ぶとよい。
(2011年3月7日改稿)
地形図は、AMS 1:250,000地形図 NF48-11 Hanoi(1954年編集)、AMS 1:50,000地形図6541-IV Huế(1965年版)、ベトナム官製1:50,000 地形図6151-II Hà Nội(1980年版)、6541-IV Huế(1976年版)、6442-IV Quảng Trị(1969年版)を用いた。Map images courtesy of University of Texas Libraries and The Vietnam Center & Archive at Texas Tech University.
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この正月に、ホーチミンの古本屋で現物を何種類か手に入れて、読み比べながらいろいろ考えていたところでした。
貴重な情報ありがとうございます!
投稿: hyamageo | 2008年1月17日 (木) 21時34分
はじめまして、ラオスの地図を探していたらこのページにたどりつきました。AMSの1:50,000が公開されていたんですね。情報ありがとうございます。
投稿: 与一 | 2007年9月25日 (火) 23時17分