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2007年4月 5日 (木)

イギリスの旅行地図-ハーヴィー社

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ナショナル・
トレール・マップ
「コッツウォルド・ウェー」表紙
 

イギリスの野山歩きは、全国をカバーするオードナンス・サーヴェイ Ordnance Survey(略称 OS)の地形図があれば十分、と思われがちだ。ところが、その向こうを張って、堂々と独自の地図製作を続けている民間会社がある。スコットランドに拠点をもつハーヴィー社 Harvey(下注)だ。同社が刊行する地図シリーズは、個性的な美しさと高い実用性を兼ね備えていて、確かにOS図に対抗しうる明確なセールスポイントをもっている。

*注 Harvey は日本語で「ハーヴェイ」と表記されることもある。

ハーヴィー社は、1977年にロビン・ハーヴィー Robin Harvey 氏とスーザン・ハーヴィー Susan Harvey 氏が設立した地図出版社だ。オリエンテーリングに用いる地図の受注生産から始まった事業は、今や100点を優に超える山野歩きに特化した旅行地図のレパートリーに発展している。縮尺で分けると、主として1:40,000と1:25,000の2つの群がある。順に見ていくことにしよう。

1:40,000という珍しい縮尺は、ハーヴィー社の草創期から使われているもので、特色の一つといってよい。同社サイトによれば、山岳マラソンの国際大会のために地図を製作する機会があり、その際、必要とされる地形描写の密度と用紙サイズとの兼ね合いで選んだ縮尺だそうだ。1:40,000は図上1インチ(=2.54cm)が実長1016mと、およそ1kmになるから、ヤード・ポンド法になじんだ国では使いやすいという判断もあったのだろう。

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ブリティッシュ・
マウンテン・マップ
「ノイダート」表紙
 

この縮尺で刊行されているシリーズの一つに、赤表紙の「ブリティッシュ・マウンテン・マップ British Mountain Map(英国山岳地図)」がある。点数は16面(2015年のカタログによる、以下同じ)と決して多くないが、ベン・ネヴィス Ben Nevis、ケアンゴーム Cairngorms、湖水地方 Lake District、ヨークシャー・デールズ Yorkshire Dales、スノードニア Snowdonia、ダートムア Dartmoor など、グレートブリテン島の北から南まで、有名どころの山地はすべて押さえた品揃えだ。

地図は、大判用紙のおもて面をフルに使い、対象地域を広範囲に収めていて、モバイル端末の小さな画面にはない迫力ある地形概観が得られる。実用地図であるとともに、後述するようなハーディー図の特色ある仕様を鑑賞するのに最適のシリーズだ。用紙の裏面には、地図の読み方と登山の心得のほか、当該地域の地形や地質に関する説明などが盛り込まれ、文字情報の充実度も高い。

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ブリティッシュ・マウンテン・マップの一例
(「ノイダート」の一部、ハーヴィー社カタログより)
 
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ナショナル・
トレール・マップ
「サウス・ダウンズ・
ウェー」表紙
 

同じ1:40,000で紫色の表紙は、「ナショナル・トレール・マップ National Trail map」のシリーズだ。イングランドとウェールズの長距離自然歩道であるナショナル・トレールの案内地図で、すでに43面が刊行されている。

1週間の徒歩旅行を1シートで、というキャッチコピーのとおり、トレールの起終点間の地図(当然細長いものになる)を短冊状にばらして、1枚の用紙に順番に並べるという手法が特徴だ(下図参照)。主題のトレールは赤い太線で明快に描かれ、町中に入る区間では拡大市街図でも示される。余白には、英独仏の3か国語でトレールに関する旅行情報の記述がある。地図は蛇腹折りなので、当日歩く区間が見えるように折り返しておけるし、広げれば全ルートが一望できる。トレールの踏破をもくろむハイカーにとっては、OSのかさばる地形図とは段違いに扱いやすい。

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ナショナル・トレール・マップの一例
(「コッツウォルド・ウェー」の一部、ハーヴィー社カタログより)
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ナショナル・トレール・マップの構成
短冊状のルート地図を順番に配置する
 

1:40,000ではこのほか、2016年にポケットサイズ(73mm×152mm)の「ウルトラマップ Ultra Map」シリーズの刊行が始まった。通常の折図は124mm×235mmとされているので2/3程度と携帯しやすくなるが、図面は他のシリーズと共通だ。

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スーパーウォーカー
「ベン・ネヴィス」
表紙
 

これらに対して1:25,000は事実上、赤い表紙の「スーパーウォーカー Superwalker」シリーズのための縮尺と言える(下注)。点数は44面ある。1:25,000の刊行は、創業から20年近く経った1996年に開始された。OSの1:25,000が、旅行情報を強調したエクスプローラー Explorer シリーズに切替えられていく時期と一致するから、ライバルの新たな動向に反応したのに違いない。しかし、残念ながらハーヴィーのそれは、既存の1:40,000をほぼ単純拡大した「でか字」版だ。確かにディテールは見やすくなるが、地図の精度が上がったわけではなく、OS図に比べると物足りなさを感じる。

*注 マン島、アイルランド島の図葉は大部分1:30,000が採用されている。

ハーヴィー図にはいくつかの顕著な特色がある。まず等高線の間隔が15mであるという点だ。これはもともと50フィート(=15.24m)間隔で引いた等高線をメートル法に読み替えたことから生じている。したがって、5本ごとに引かれる計曲線も75m、150m ...という刻みになる。ただし、製作時期の比較的新しい図では10m間隔に改められているので、図式が混在している状況だ。

等高線の色を、スイスの官製地形図のように茶色と灰色に描き分けるのも独自の見識だろう。基本は茶色なのだが、凡例の表現を借りれば「岩石が優勢な地表 predominantly rocky ground」、つまり岩が露出していたり、小さな岩が点々とあるエリアは灰色に変えているのだ。岩場やがれ場はそれを表す記号が別にあるので、こうした情報に関してかなり丁寧に作り込んでいることがわかる。

「ブリティッシュ・マウンテン・マップ」シリーズでは、さらに段彩も加えられ、土地の高度の認識を助けてくれる。興味深いことに植生の表現も、独立記号を並べたりせず、面の彩色で処理されているのだ。当然、段彩より優先するのだが、高緯度で森林限界が低いため、段彩に大きくかぶることはないようだ。

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ハーヴィー図の凡例
(ブリティッシュ・マウンテン・マップの例)
 

歩き用の地図とあれば、道路記号が詳しいのは当然だ。地図記載の解説によると、ロード road とトラック track とパス path は明確に区別される。すなわち、ロードとは常にアスファルト舗装の道だ。トラックは車両が通行できる道か、明瞭な小道になっている廃線跡か、または林道を指す。フットパス footpath は悪天候のときでもたどれる十分明瞭な小道で、そうでないものは断続的なパス intermittent path として描かれるという。また、山野歩きで重要な情報となる通行権 right of way については、フットパス(自然歩道)、ブライドルウェー bridleway(乗馬道)、パーミッシヴパス permissive path(通行許可のある小道)が明示される(下注)。

*注 通行権は私有・公有を問わずその土地を通行できる法的権利のことで、明瞭な道ばかりでなく、踏み跡もない放牧地や荒れ地の場合もある。歩きのみ可がフットパス、馬も走れるのがブライドルウェー。また、パーミッシヴパスは、通行権はないが所有者が通行を許可しているもので、許可が取消される場合もある。

水路も、容易に渡れるかどうかで分類されている。ナローストリーム narrow stream は飛び越えられる。ワイドストリーム wide stream は、適した場所を探さないと足を濡らさずに渡れない。リヴァー river になると、橋を見つけない限り確実に濡れるものを指すそうだ。そのため、フットブリッジ footbridge の記号は、一般にワイドストリームかリヴァーの場合に描かれる。

ロンドンの地図店スタンフォーズのサイトで、価格を調べてみた。OSの1:25,000や1:50,000の耐水紙版が14.99ポンド(1ポンド140円として2,099円、下注)に対して、ハーヴィー社は、「ブリティッシュ・マウンテン・マップ」が15.95ポンド(同2,233円)、「ナショナル・トレール・マップ」が13.95ポンド(同1,953円)とほぼ同価格だ。

*注 OS図でも、普通紙版は8.99ポンド(同1,259円)と安価だが、耐水性はない。

情報のオリジナリティ、地図の読み易さ、ルートを1枚でカバーできる点などを考慮すれば、OS図の代わりにハーヴィー図を手に取る価値は十分にあるだろう。同社の製品は現地の地図商だけでなく、日本のアマゾンや紀伊国屋Bookwebでも扱っているから、入手も容易だ。"Harvey Map" などで検索するとよい。

(2016年7月30日全面改稿)

■参考サイト
ハーヴィー社 http://www.harveymaps.co.uk/

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