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2007年4月19日 (木)

英仏海峡 チャンネル諸島の地形図

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チャンネル諸島の位置
(1:25,000ジャージー公式地図(1988年版)裏表紙に加筆)
 

世界地図帳でフランスのページを開けると、ノルマンディーのコタンタン Cotentin 半島と、西岸の沖合に浮かぶチャンネル諸島(海峡諸島)Channel Islands との間に、国境線が引かれているのが目に入る。フランスの懐ろに飛び込んだイギリス領に見えるが、正確には、マン島 Isle of Man と同じくイギリス(連合王国 United Kingdom)には属していないイギリス王室の領地、王室属領 Crown dependency だ。

チャンネル諸島というのは地理的総称にすぎず、行政的には「ジャージー Bailiwick of Jersey」「ガーンジー Bailiwick of Guernsey」という2つのベイリウィック Bailiwick(執行官管轄区の意)に分かれている(下注)。「ジャージー」はほぼジャージー Jersey 一島(他は無人の小島)で成り立つが、「ガーンジー」はガーンジー島 Guernsey、オルダニー島 Alderney、サーク島 Sark などを含み、それぞれ独立した議会をもつ。

*注 Bailiwick of ~は王室属領としての正式名で、通常はStates of ~(States of Jerseyなど)と称している。

ではなぜ、チャンネル諸島はイギリス王を戴くようになったのか。その経緯はおよそ1000年前にまで遡る。

諸島は西暦933年以来、フランスのノルマンディー公国の支配下にあった。その公国が1066年、いわゆるノルマン・コンクエストで、対岸のイングランドに版図を拡大する。王位を奪取してノルマン朝を興し、海峡の両側を支配するようになった。その後、1337年から始まる英仏百年戦争の結果、大陸側の領土はすべて失われてしまうのだが、ジャージーに対しては自治権その他の特権を与えて、イギリス側に残るよう腐心した。ガーンジーの島々も15世紀には同様の形態となり、それが現在まで続いているのだという。

ジャージーという地名は、たとえば乳牛のジャージー種、運動着のジャージの語源であり、アメリカのニュージャージー州の由来でもあって、実はわれわれも無意識に使っている。しかし正直なところ、筆者もどこにあるかよく知らず、漠然とアメリカ東海岸だろうと思っていたくらいだ。上述の事情により、諸島の地形図がイギリスの陸地測量部 Ordnance Survey (OS) の刊行範囲に含まれていないのも、認知度の低さに影響しているだろう。マン島の場合は1:50,000図がOSの正式図葉だが、それすらないのだ。

しかし、それはおそらく主権のありようから来る建前であって、実際には陰日向でイギリスの測量機関が関わっていることは、流通している諸島の地形図を概観すれば容易に推察できる。ここではチャンネル諸島の地形図を、入手可能なものを中心に紹介してみたい。

ジャージー

ジャージー島は、面積118平方km(周辺の無人島を含む)で諸島最大の島だ。地形的には全体が隆起海食台で、北部が最も高く、南へ行くほど低くなる。それで、北岸には高さ60~120mの断崖が連なり、南岸は広い砂浜と沖へ続く隠顕岩を波が洗っている。行政体としてのジャージーの首都は、南岸の港町セント・ヘリア St. Hellier(仏語読みはサンテリエ)。

1990年のOSの出版物価格表には「ジャージー公式余暇地図 Jersey Official Leisure Map」の名が見られる。これはOSがジャージー政府のために製作した1:25,000地形図で、今も同じ名称の刊行物がある。筆者の手元にある2003年改訂版は、OS図に似たハードカバーの表紙が付き、等高線間隔は20フィート(約6m)、地図記号その他の仕様もOSの1:25,000そのものだ。

*注 OSが刊行する1:25,000地形図については「イギリスの1:25,000地形図 I」参照。

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1:25,000ジャージー公式余暇地図表紙
(左)1988年版 (右)2003年版
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1:25,000ジャージー公式余暇地図(2003年版)の一部
(c)Crown copyright 1988
 

その後、デジタル図化に切替えが行われて、地図データベースから出力、縮小したものを基図とするようになった。その上に、観光案内所、キャンプ場、駐車場などの旅行情報が青色で、ハイキングルートが灰緑でそれぞれ加刷されている。等高線間隔は5m。地図の裏面には、セント・ヘリア市街図が印刷され、有用性が向上した。

これとは別に、イギリス軍測量部 Directorate of Military Survey(図上の表示は D Survey, Ministry of Defence, United Kingdom)が刊行した地形図も存在する。筆者の手元にあるジャージー島図葉は1969年版で、縮尺1:25,000だ。コピーライト表示が Crown Copyright(国王の著作権)でなく States of Jersey(ジャージー政府)になっているとおり、独自の図式に拠っている。市街描写や道路表示などの精度はOS図よりやや粗いものの、25フィート(約7.5m)間隔の等高線に段彩を加えて美しく仕上げられているのが特徴だ。

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上と同じ範囲の
1:25,000 イギリス軍測量部地形図「ジャージー島」
 

ガーンジー

ガーンジー島は63平方kmの平たい島で、ジャージー島とは逆に南側が高く、北に低い。2007年に入手した1:25,000公式地図「The Official State of Guernsey」(ガーンジー島地理情報局 Guernsey Geographical Information Service、2002年刊行)は、同島にあるディジマップ Digimap 社が頒布元だった。内容はデジタル図化による大縮尺基本図の単純縮小版で、そのため注記文字が小さくなり、旅行情報が加筆されているものの、あまり目立たない。

先述の通り、ガーンジーは複数の島から構成される。諸島で唯一鉄道が残るオルダニー島のようすも知りたいので、島の政府に問い合わせたら、無料の公式地図を送ってくれた。一見、観光用の簡易地図のようだが、意外にも中身はOSに製作を委託した地形図だ。縮尺は1:10,560(6インチ1マイル)、OSのロゴが入り、図式ももちろんOS仕様になっている。等高線は10フィート(3m)間隔。島全体が草原をイメージした緑に塗られ、古い要塞や第二次大戦中のドイツ軍陣地跡などの注記がある。

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(左)1:25,000ガーンジー島公式地図(2002年版)表紙
(右)オルダニー島公式地図(2004年版)表紙
 

一方、イギリス軍測量部が作成した図葉は、ガーンジー島(1:25,000、1986年版)、オルダニー島(1:10,560=6インチ1マイル、1966年版)、サーク島(縮尺、製作年とも不明)、ハーム島及びジェソー島Herm and Jethou(1:10,000、1970年版)の4面があった。

このうち、ガーンジー島図葉はOS図を踏襲したものだが、トマトや花卉の栽培が盛んな地上風景を強調するために、温室に青のアミをかけて独自色も出している。日本人の感覚では溜池が集中しているかのように錯覚するが、そうではない。また、オルダニー島図葉は、先述の無料地図の原資料で、黒、茶、青の3色刷であることを除けば、地形図としての内容は同じものだ。

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1:25,000 イギリス軍測量部地形図「ガーンジー島」の一部
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1:10,560 イギリス軍測量部地形図「オルダニー島」
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1:10,000 イギリス軍測量部地形図「ハーム島及びジェソー島」
 
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ガーンジー新公式地図(2014年版)の表紙
 

最近になってガーンジーでは、新しい公式地図「Bailiwick of Jersey, States of Guernsey Official Map」が刊行された。折寸といい、とびきり大判の地図用紙といい、OSの1:25,000の体裁によく似ている。画期的なのは、ガーンジーに属するガーンジー島、オルダニー島、サーク島の図が1枚の用紙(両面印刷)にまとめられていることだ。ガーンジー島のみ縮尺1:15,000、他は1:10,000で、2014年のコピーライト表示がある。また、ガーンジー島の首都セント・ピーター・ポート St. Peter Port については1:3,000の写真地図が付されている。

これは2002年の公式地図と同じディジマップ社の製作だが、ぎこちなかった等高線や植生の表現が改良され、縮尺が拡大されたこともあって、読取りやすいものに仕上がっている。等高線は5m間隔で、地図記号のデザインはOS図を参考にしているようだ。唯一、隠顕岩の表現だけがあまりに粗っぽいが、実用には影響ないだろう。

1:25,000ジャージー公式余暇地図とガーンジー新公式地図は、OSやスタンフォーズなどの地図商のショッピングサイトから入手できる。イギリス軍測量部製作の地形図はすでに絶版だが、一部の地図商の在庫リストにはまだ挙がっている。

(2015年8月13日改稿)

■参考サイト
ジャージー島公式観光サイト http://www.jersey.com/
ガーンジー島公式観光サイト http://www.visitguernsey.com/
オルダニー島公式観光サイト http://www.visitalderney.com/

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