マン島の地形図
グレートブリテン島とアイルランド島の間、アイリッシュ海に浮かぶマン島 Isle of Man は、多くの鉄道ファンにとって「天国に一番近い島」だろう。ここには19世紀ヴィクトリア朝の雰囲気を今に伝えるユニークな鉄道がいくつも残っているからだ(下注)。
*注 マン島の鉄道については、本ブログ「マン島の鉄道を訪ねて-序章」以下に詳述。
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![]() 1:50,000 図番95「マン島」 (1986年版)表紙 |
マン島の地形図として最もよく利用されているのは、イギリスの陸地測量部 Ordnance Survey (OS) が作成した縮尺1:50,000のランドレンジャー Landranger シリーズ95番「Isle of Man」だ。筆者もこれでまだ見ぬ楽園にずっと思いを馳せてきた。島全体が1面に収まり、仕様も本土のものと全く変わらない。販売店ではランドレンジャーシリーズの他の図葉と同列に並べられているので、入手が容易だ。
仕様が本土と同じとはいっても、おのずと島の特徴は現れている。規模がコンパクトで行政が隅々まで行き届くからか、Aクラスに指定された主要道路(A99のような番号がつく)の密度が明らかに違う。主要道路の地図記号は赤に塗られているので、特に目につくのだ。
旅のプランニングに役立つ観光資源の表記 Selected places of tourist interest は、名称に青の斜線のアミがかけられているが、これもまた頻出する。マン島といえば5~6月にかけて行われるバイクの耐久レース Tourist Trophy Race (TT Race) が有名だ。そのルートは青の網掛けで「TT Course」と注記されているので図上で追跡することがかなう。同じように「LDP」という注記も多いが、これはロング・ディスタンス・パス Long Distance Path、すなわち長距離自然歩道のことだ。海岸沿いに島を一周するルートや山越えの縦断路など、島じゅうにあまねく整備されていることがわかる。
鉄道についても、ダグラス市内の馬車軌道を含めて、狭軌鉄道の記号でしっかり表示されている(下注)。今なお島を訪れる観光客の人気を集めるこれらの鉄道群は、図上で駅の位置を示す赤い円を追えば、軌跡を容易にたどることができる。
*注 馬車軌道については、1インチ図(1:63,360)では非表示だったが、1:50,000で名称のみの表示となり、現行版では鉄道記号も描かれるようになった。
ただし、なにぶん島の鉄道が軽規格で建設されているので、急曲線や道路との離合などを見るには1:50,000の精度では少々物足りない。本土ではOSがより大縮尺の1:25,000を作成しているが、マン島に関しては範囲外となっている。なぜなら、マン島は正式にはイギリス(連合王国 United Kingdom)の領土でなく、独自の法律と政府をもつ英国王室の属領 Crown dependency で、大縮尺図は島の政府の所轄になっているからだ。
マン島では、主要都市については縮尺1:1,250、その他の地域は1:2,500で基本図が整備されており、これから1:10,000、1:25,000が編集されている。大縮尺図を求めて、以前マン島の観光局に問合せたことがある。親切にも送ってくれたのは、公式図 Official Mapping と題されてはいるものの、中身はダグラスはじめ主邑の市街図をあしらったストリートガイドだった。
なかば諦めていた頃、偶然ロンドンの地図店スタンフォーズ Stanfords のカタログで、マン島測量局 Isle of Man Survey(下注)による1:25,000地形図を発見した。北半と南半の2枚セットで透明ケースに入った立派なものだ。2枚とも両面印刷され、計4面で全島をカバーしている。その後OSの販売サイトでも扱われるようになり、入手の苦労は昔語りとなってしまったが…。
*注 現在の担当部局は、社会基盤省地図局 Department of Infrastructure Mapping Service になっている。
![]() 1:25,000 マン島(2004年版)表紙 (左)北部 (右)南部 |
この地図は10m間隔の等高線が入り、OSばりの詳細な市街地描写、土地利用のカラフルな配色、それに海の余白を利用して観光地の案内文まで用意されていて、眺めるによし、読むにもよし、の内容だ。
鉄道については等高線との関係が明瞭に読め、マンクス電気鉄道の微妙なカーブもよく表現されている。しかし、(筆者の手元にある2004年版には)馬車軌道の表示はなく、案内文で存在が知れるだけで、位置の特定はできない。OSのように道路との交差が平面か立体かにはあまり関心が払われておらず、ラクシー市内などでは「上下関係」の誤りがあるほどだ。
一方、遊歩道はコース別に色分けされた点線で表示されて、たいへんわかりやすく、歩きごころをそそられるし、郊外の公衆トイレや電話のある場所まで丁寧に記入されている。さらにTTコースにいたっては、他の道路とは別格の色が振られ、経過地の地名(例:サルビー・ストレート Sulby Straight =サルビー村を抜ける直線コース、ラムジー・ヘアピン Ramsey Hairpin =ラムジー南郊のヘアピンカーブ)が逐一ゴシックで注記されるなど、力の入れ方が違う。さすがに地元最大の催しだけのことはある。
![]() 1:25,000の一部 (c)Crown Copyright, Department of Local Government and the Environment |
![]() ハーヴィー社版 「マン島」表紙 |
これらの官製地図のほかに、前回紹介したハーヴィー Harvey 社が、スーパーウォーカー Superwalker シリーズの一つとして「Isle of Man」を刊行している。耐水紙を使用し、両面刷り1枚で全島をカバーする。縮尺は1:30,000と書かれているが、グリッドを実際に計ると約1:33,000程度だ。
等高線は15m刻みと異例だが、これは50フィート間隔で表示していた名残りに違いない。等高線を引き直すのは大変なので、数値の読替えで対応させたのだ。地物描写は少々粗めだが、ハイキングコースや観光資源といった旅行情報の記載にぬかりはない。フットパス footpath や乗馬道 bridleway には、牧場の中を横断する道跡なき道が含まれているが、これを地図記号で区別しているのはハーヴィー社版だけだ。また、官製図に比べて文字が大きめなので、老眼の者にはありがたい。
![]() 同 凡例の一部 |
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3種の地形図でどれが使いやすいかは人それぞれだが、参考までに長所と欠点を挙げておこう。
OSの1:50,000は最も縮尺が小さい。その分、片面で全島が収まるので、裏返したりする必要がなく携帯に便利だ。マン島測量局の1:25,000は、情報量の点で満足できる。その反面、2枚4面に分かれているので、机上で広げるならともかく、旅の友としては少々かさばる。ハーヴィーは前2者にもまして旅行地図の性格が強く、個人旅行者にとって強い味方となる。ただ、首都であるダグラスの町が南北2面に分割されているのが玉に瑕で、別途市街図でカバーする必要がある。
これらの地形図は、OSやスタンフォーズなどの地図商のショッピングサイトから入手できる。
(2015年8月9日改稿)
■参考サイト
Wikimedia - マン島地図(レリーフと段彩による地勢表現)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Isle_of_Man_topographic_map-en.svg
イギリス陸地測量部(OS) https://www.ordnancesurvey.co.uk/
ハーヴィー社 http://www.harveymaps.co.uk/
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