アイスランドから地形図が消えた日
イギリスの地図販売店スタンフォーズ Stanfords のオンラインカタログをチェックしていて、アイスランドの地形図に付された記事に気がついた。
「アイスランド測量局は政府から2007年1月末までに縮尺を問わず地図の在庫をすべて処分するよう指示を受けました。残念ながら、地図類の買い取り先が通知され、新たな所有者と打合せができるまで、私どもはいかなる注文もお受けできません。測量機関自体は、現状では地図類をオンデマンドで印刷する計画を全く持っていません。」
アイスランドの官製地形図旧版表紙 (左)1:25,000 (右)1:50,000 |
驚いてアイスランド国土測量局 Landmælingar Íslands のHPに飛ぶと、それを裏付ける直営店閉鎖のニュースが出ていた。旅行地図は引き受け先があったそうだが、地形図のことには一切触れられていない。スタンフォーズの言うとおり、当面入手できない幻の地図になってしまったらしい。アイスランドよお前もか、と思った。5年前、2002年にデンマークの測量局が、離島を除く紙地図の刊行を廃止したのを知っていたからだ。こちらは民間の地図店で地形図の販売を継続しているが、内容の更新までやっているのかどうかは知らない。
21世紀は、地図がもっぱら紙に印刷されていた時代をノスタルジックに振り返ることになるのだろう。今やインターネットで世界中の詳しい地図や空中写真が見られるのは当たり前、車にはカーナビがついていて、登山にもハンディタイプのGPSを携帯する。各国の測量局のHPを見ても、宣伝しているのはDVDなどデジタル媒体かネット配信が主で、紙地図には敢えて触れていなかったりする。
そもそも官製図は国家の基本的な地図という位置づけなので、先進国では通常、全土が同じ縮尺で揃っているのだが、地形図は種類が膨大な割には大して売れない。売れる地域も限られる。日本の国土地理院のHPによると、2005年度の1:25,000地形図の販売ランキング第1位は北アルプスの一角、「穂高岳」だが、販売枚数は年間4,200枚強に過ぎない。ベストセラーですら1,000枚のオーダーだから、まして北海道内陸部の人跡稀な山中とか、南海、西海の孤島を描いた地形図となると、売れ先が極めて絞られることは想像に難くない。紙地図のニーズが根強く存在するとしても、大勢は民間が出版する登山地図や観光地図など実用的なものを志向しているのだ。
筆者のHPでは、カタログの入手に始まり地図の注文まで、紙にこだわった一時代前のスタイルを紹介している。それは、広げてマクロ、畳んでミクロと伸縮自在で、かつ軽量、そして表示も細部まで鮮明と、紙地図にはまだ一日の長があると思っているからだ。旧来型の印刷物がもっていた硬直性を緩和しようとする取り組みも各国で始まっている。
例えば南アフリカ共和国の場合は、顧客のリクエストに応じてデータファイルからインクジェットで印刷する方式だ。ブラジルも在庫の切れた図葉からこの方式に切り替えた。紙地図の6倍もの価格設定には閉口するが、品切れが頻発するよりはましだろう。また、イギリスやアメリカ合衆国は規格品を制作するかたわら、地図の範囲を任意に設定できるというオンデマンドサービスを展開する。規格品では学校の通学範囲が隣の図郭にまたがることがままあるが、これなら学校を中心に据えたオリジナル地図が常に作れ、教材としても優れている。
アイスランドの官製図は、小国らしからぬ品揃えと積極的な国外販売で、国の観光広報の役割も果たしていた。それだけに、このように形を変えてでも、早く復活してくれることを望みたい。
【追記 2010.7.29】
その後、官製図の販売体制は民間会社に引き継がれた。詳しくは本ブログ「アイスランドの地形図、その後」にて。
■参考サイト
官製地図を求めて-各国地図事情 アイスランド
http://map.on.coocan.jp/map/map_iceland.html
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