マニトゥー・アンド・パイクスピーク・コグ鉄道
合衆国では、ラックレールで上る登山鉄道のことをコグ(歯車)鉄道と呼んでいる。その一つがコロラド州にあるマニトゥー・アンド・パイクスピーク・コグ鉄道 Manitou and Pike's Peak Cog Railway だ。マニトゥースプリングズ Manitou Springs にある山麓駅から標高4302mのパイクスピーク Pikes Peak 山頂まで、全長8.9マイル(14.3km)をアプト式ラックレールを使って上る。
*注:山の正式名は Pikes Peak だが、鉄道名は旧綴りの Pike's Peak (アポストロフィー入り)を用いる。
パイクスピーク山頂駅 Photo by Milan Suvajac at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
山麓駅の標高もすでに2003mあるが、対する山頂駅は山の最高地点のすぐ東にあって、地形図で見たところ14080フィート(4292m)の等高線の上に載っている。ヨーロッパの鉄道で最も高所に達するのはスイスのユングフラウ鉄道 Jungfraubahn だが、終点の標高は3454m。それと比べても、この路線が登山鉄道として群を抜くものであることがわかる。
コロラド山岳地帯にはかつて密度の高い鉄道網が存在したが、20世紀に入ると、道路交通の発達と産業構造の変化に影響を受けて、急速に勢いをなくしていく。ところが、この登山鉄道には公式があてはまらない。1891年に全線開業したときは当然蒸機が押し上げていたが、1938年にガソリン動力のレールカー、続いてゼネラル・エレクトリック社が開発した流線型ディーゼル動車と、着々と車両の近代化が進められている。
パイクスピーク(右奥の雪山)を目指す蒸機列車 © Denver Public Library 2017, Digital Collections H-236 |
1964年にはスイスSLM社の新型レールカーが入り、70年代には観光客をより多くさばくために、待避線など線路容量を増やす工事を実施した。ホームページによれば、厳冬期には積雪のために休止していた運行を、2006年から通年化したそうだ。夏のシーズンには1日8便が頂上との間を往復する。
山頂には有料道路が通じているので、圧倒的なクルマ社会の合衆国では、普通なら旅客鉄道の出番がなくなっても不思議ではない。今まで生き残れたのは、シチュエーションに恵まれたことが一つの理由だろう。
麓のマニトゥースプリングズは炭酸泉の湧出で古くから知られた保養地で、その背後にはデンヴァーに次ぐ都市圏であるコロラドスプリングズ Colorado Springs が控える。目的地のパイクスピークはコロラド・フォーティナー(14,000フィートを超える山)に数えられる高山であるのみならず、東に広がる大平原のかなたからもよく見える独立峰として、地域のシンボル的存在だ。両者を結びつけたのがこの鉄道で、観光用アトラクションとしての人気を今も保ち続けている。
路線周辺の周辺の地形図 山麓駅~ミネハハ信号場 |
ミネハハ信号場~パイクスピーク山腹 |
パイクスピーク山腹~山頂駅 USGS 1:24,000 Manitou Springs 1948年版、Pikes Peak 1951年版 Map images courtesy of the U.S. Geological Survey |
山麓駅はイングルマン渓谷 Englemann Canyon と呼ばれる谷の途中にある。町外れに起点があるのは、開通当時、コロラド・ミッドランド鉄道 Colorado Midland Railway がすぐ近くを通っていたからだ。コグ鉄道の行程のうち最初の1/3は、頭上にのしかかるようなこの谷に沿って遡る。山から一気に流れ下ってくるラクストン渓流 Ruxton Creek はかなりの急流で、線路の勾配もきつい。しかし、切り立った岩山「地獄門 Hell Gate」の傍らを過ぎると、谷は浅くなっていく。
(左)山麓駅 (右)山上へ向かう本線と車庫(左写真の反対側を撮影) Photo by Milan Suvajac at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
次の1/3は勾配が少し和らぎ、線路は山の斜面をまっすぐ這い上がる。マウンテンヴュー Mountain View の信号場あたりが中間地点で、進行方向に山頂も見えているはずだ。
この先、行程最後の1/3は南尾根を時計回りに巻きながら、最急勾配250‰でひたすら上り詰めていく区間だ。2000年以上の樹齢をもつものもあるというイガゴヨウが自生する中を行くと、まもなく森林限界を越えて、左側には遮るもののない眺望が開ける。風がまともに吹きつける斜面の信号場は、その名もウィンディーポイント Windy Point だ。
ウィンディーポイント信号場での列車交換 Photo by Frans-Banja Mulder at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
約1時間15分の旅の後、360度の大パノラマが待つパイクスピークの頂上に到着する。山頂に滞在できる時間は30~40分、高山病の症状が現れないうちにという配慮らしいが、そうでなくても寒さに震えて下山の合図が待ち遠しくなることだろう。
■参考サイト
マニトゥー・アンド・パイクスピーク・コグ鉄道 http://www.cograilway.com/
パイクスピーク山頂付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=38.8403,-105.0418&z=16
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