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2007年2月

2007年2月22日 (木)

アージェンティン・セントラル鉄道

「星への階段 Stairway to the Stars」。山麓から仰ぐと山をジグザグに上る線路が7層にも見えるというところから、鉄道にそんなニックネームがついた。

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マクレラン山頂のアージェンティン・セントラル
© Denver Public Library 2017, Digital Collections MCC-681
 

現在ジョージタウン・ループ鉄道の終点になっているシルヴァー・プルーム Silver Plume は名のとおり銀の町として栄えたが、採掘は主に南隣の支谷沿いにあるアージェンティン鉱区で行われていた。アージェンティン・セントラル鉄道 Argentine Central Railway は、それまでラバの足が頼りだった鉱石運搬を代替するために計画された軌間3フィート(914mm)の鉄道で、1906年に完成した。

*注 ジョージタウン・ループ鉄道については、本ブログ「ジョージタウン・ループ鉄道」参照。

シルヴァー・プルームでコロラド・セントラル鉄道の本線(現在のループ鉄道)に接続し、最急勾配60‰、急曲線、数多くのスイッチバックと厳しい条件が揃った山岳路線だった。シェイ型機関車の活躍の場であったのはいうまでもない。

鉄道にはもう一つの役割が期待されていた。それは、大陸分水嶺の一部を成すフロントレンジ(前面山脈)に観光客を呼び込むことだ。標高14000フィート(4267m)を超える山々を、現地ではコロラド・フォーティナーズ Colorado 14ers と呼んでいる。その一つでフロントレンジの最高峰でもあるグレイズ・ピーク Grays Peak、標高4350mが、鉄道建設の最終目標だった。

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マクレラン山頂(右手前)、
グレイズ・ピーク(左奥の二つのピークのうち左側)、
トレイズ・ピーク Torreys Peak(同 右側)
Postcard image from wikimedia
 

地形図上でもそのルートをたどることができる(下図参照)。ループ鉄道の跡を引き継いでシルヴァー・プルームの町はずれまで進むと、反転してやおら町の南側の山腹をぐいぐい上り始める。2kmほど進んだところにもスイッチバックが2回あり、ここがループ鉄道の軌跡を含めて7層に見えるといわれた場所だ。尾根の先をぐるりと回って、レヴンワース山 Leavenworth Mountain の東斜面に出ると、谷の奥で鉱区の中心だったウォルドーフ Waldorf まで、淡々とした上り区間が続く。

ウォルドーフでまた進行方向を変える。後はマクレラン山 Mt. McClellan をめざし、スイッチバックを4回も繰り返しながらひたすら上り詰めていく。そして、西斜面が険しい断崖になった尾根の高まりに突っ込むように線路は途切れる。地形図によればこの付近の標高は13117フィート(3998m)。合衆国でラックレールを使わない粘着式鉄道が到達した最高地点だった。

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アージェンティン・セントラル鉄道周辺の地形図
USGS 1:24,000 Grays Peak 1958年版、Georgetown 1957年版
Map image courtesy of the U.S. Geological Survey
 

鉄道が開通すると、デンヴァーから片道5時間足らずで行けるツアーは評判を呼び、夏の書き入れ時には山頂まで1日12本以上もの列車が設定された。しかし最初の経営者は敬虔なクリスチャンで、日曜日は頑として運行させなかったという。だがその後、恐慌による破産で売却されたり、資金難で一時運行できなくなるなど、経営は決して順風満帆とは言えなかった。

1913年から景気回復に伴って旅行ブームが起きたが、貨物輸送が途切れたことで路線の維持コストが収入を上回る状態となった。蒸気機関車を気動車に取り替えるなどの経費節減策もむなしく、1918年に運行廃止となり、設備も1920年までに撤去された。

デンヴァー公共図書館 Denver Public Library が公開している当時の写真を見れば、なぜこんなところに列車が、と誰しも不思議に思うだろう。もしかしたら銀河鉄道のように、このまま本当に星への階段を駆け上っていったのかもしれない。わずか12年で幕を閉じた薄幸の鉄道だけに、そんな空想をかきたてられる。

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マクレラン山駅
© Denver Public Library 2017, Digital Collections MCC-682
 

■参考サイト
コロラド・フォーティナーズ(The Colorado 14ers) http://www.14ers.com/
 コロラド州にある14,000フィート超の54山を紹介するサイト。登山ルートごとの現地写真と地形図、空中写真が豊富に収められている。

「“星への階段”へ接続していたSilver Plume駅」
http://www5.plala.or.jp/stmlo9600/sl/sl108.html
 アージェンティン・セントラル鉄道に関する詳しい日本語レポート。

★本ブログ内の関連記事
 ジョージタウン・ループ鉄道
 マニトゥー・アンド・パイクスピーク・コグ鉄道
 ワシントン山コグ鉄道 I-ルート案内

2007年2月15日 (木)

ジョージタウン・ループ鉄道

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観光鉄道リーフレット
 

直線で上れば急な坂道になるところを、輪を描くように線路を引き回して勾配を緩くしたものをループ線と呼ぶ。ぐるりと一周するいわゆるスパイラルでは、半径300m、25‰勾配で50m近い高度がかせげる。主に山岳地帯の鉄道で用いられるルート設定の工夫の一つだ。

尾根の出っ張りなどにトンネルを介在させて設けることが多いが、まれにトンネルのないオープンループが造られる。回っている様子が途切れることなく眺められるので、例外なく車窓名所になっている。コロラド州のジョージタウン・ループ鉄道 Georgetown Loop Railroad もそれを売り物にした観光鉄道だ。

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ハイ・ブリッジを渡る蒸機列車 *
 
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現在の路線は4.5マイル(7.2km)にすぎないが、かつてはクリア・クリーク(渓流) Clear Creek に沿ってデンヴァーに通じていた。この界隈では1859年に金鉱が発見され、その後も銀鉱で栄えた。そこで鉱石輸送を目的に、コロラド・セントラル鉄道 Colorado Central Railroad の手で軌間3フィート(914mm)の鉄道が建設されたのだ。デンヴァー側から順に開通して、現在の終点シルヴァー・プルーム Silver Plume まで達したのは1884年だった。

谷はジョージタウン Georgetown のすぐ西でにわかに険しくなり、隣町シルヴァープルームまで3km足らずの間に195mも上る。鉄道は、高さ29mの鉄橋によるオープンループに続いて、馬蹄形カーブのS字ルートで最急勾配を40‰に抑えながら、この高度差を克服した。この先さらに、大陸分水嶺をトンネルで貫いて鉱山町レッドヴィル Leadville へ延長する計画があったが、デンヴァー・リオグランデ鉄道に先を越されて頓挫した。

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往時の風景(1882~1890年の間に撮影)
image from wikimedia
 

一時は観光客を集めたループ鉄道だが、20世紀に入ると自動車交通の普及で客足が去り、貨物運搬も先細りとなる。ついに1938年、この区間を含むアイダホ・スプリングズ Idaho Springs ~シルヴァー・プルーム間が廃止された。それに伴い、「ハイ・ブリッジ High Bridge(デヴィルズ・ゲート高架橋)」と呼ばれた名物の鉄橋も撤去された。

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オリジナルのハイ・ブリッジ
© Denver Public Library 2017, Digital Collections MCC-273
 

しかし、金鉱発見100周年となる1959年、コロラド歴史協会 Colorado Historical Society が中心となり、観光資源として再建が図られる。1977年に「上の駅」シルヴァー・プルームから鉄橋の手前まで部分開通し、1984年には鉄橋が復元されて現在の形になった。

この地域の1:24,000地形図は1957年版だが、もう鉄道は描かれていない。OLD RAILROAD GRADEの注記のある小道が廃線跡を示していて、鉄橋のあった位置に Georgetown Loop の注記と、Historical Marker(史跡標識)の記号があるのみだ。路線を加筆した地形図を下に掲げる。

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ジョージタウン・ループ鉄道周辺の地形図
USGS 1:24,000 Georgetown 1957年版
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初期のルートが描かれている旧版図(2倍拡大)
USGS 1:62,500 Georgetown 1903年版
Map images courtesy of the U.S. Geological Survey
 

現在の「下の駅」デヴィルズ・ゲート Devil's Gate はループの途中に設けられているが、レールは橋をくぐって東側まで敷かれている。鉄道模型を地で行くような往復1時間15分の旅はあっという間に過ぎるだろう。オプションとして、途中で当時の銀鉱の内部を見せるレバノン鉱山 Lebanon mine の徒歩ツアーも用意されている。

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ジョージタウンの入口 *
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名物のハイ・ブリッジ *
(右)上流側。ハイ・ブリッジをくぐってきた線路が右に見える
(左)下流側
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高架橋を蒸機列車が渡っていく *
 

ところでシルヴァー・プルーム付近の地形図で、南側の山腹を這い上がる廃線跡があるのが気にかかっていた。調べてみると、その正体は標高4000m付近まで観光客を運んでいた狭軌の登山鉄道だった。しかもラックレールを使わずに延々とジグザグを繰り返して上っていたという。その話を次回書こう。

キャプションに*印のある写真は、2013年8月に現地を訪れたT.T氏から提供を受けたものだ。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
ジョージタウン・ループ鉄道  http://www.georgetownlooprr.com/

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 ロッキー山脈を越えた鉄道 II-デンヴァー・アンド・リオグランデ鉄道
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