2024年12月 7日 (土)

ロールシャッハ=ハイデン登山鉄道

アッペンツェル鉄道ロールシャッハ=ハイデン登山線 AB Rorschach-Heiden-Bergbahn (RHB)

ロールシャッハ Rorschach~ハイデン Heiden 間5.60km
軌間1435mm(標準軌)、交流15kV 16.7Hz電化、リッゲンバッハ式ラック鉄道(大半区間)、最急勾配93.6‰
1875年開通、1930年電化

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ロールシャッハーベルクの斜面を行く登山鉄道の列車
ザントビュッヘル~ヴァルテンゼー間

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前回のライネック Rheineck 駅からSバーンの西行き列車に乗り、3つ目のロールシャッハ・シュタット Rorschach Stadt で下車した。2001年開設の新しい停留所だ。シュタット Stadt は町、都市という意味で、町はずれにある従来のロールシャッハ駅に対して、1.2km西で市街地最寄りの便利な場所に設けられた。

駅前から緩い坂になったジクナール通り Signalstrasse を降りていくと、ビルの間に空を映した湖面が覗き始めた。ロールシャッハ Rorschach は、ボーデン湖の南岸に位置する瀟洒な都市だ。通りの突き当りは港で、ちょうど埠頭から湖畔の町を巡る定期船が出航するところだった。

ロールシャッハとローマンスホルン Romanshorn 方面を結ぶSBB(スイス連邦鉄道)の線路が港の前を走っていて、ロールシャッハ・ハーフェン Rorschach Hafen 駅(下注、以下ハーフェン駅と略す)の相対式ホームがある。

*注 ハーフェンは港の意。ボーデン湖航路と接続するために1856年に開設された駅。

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(左)ロールシャッハ・シュタット駅
(右)ロールシャッハ市街ジクナール通り
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(左)埠頭の前に駅がある
(右)ロールシャッハ・ハーフェン駅に登山鉄道の列車が到着
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ロールシャッハ=ハイデン登山鉄道周辺の地形図にルートを加筆
Base map from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

今から乗るロールシャッハ=ハイデン登山鉄道 Rorschach-Heiden-Bergbahn (RHB) も、アッペンツェル鉄道 Appenzeller Bahnen (AB) を構成する路線の一つだ。ベルクバーン(登山鉄道)Bergbahn と呼ばれるとおり、標高399mのロールシャッハから同794mのハイデンまで、リッゲンバッハ式のラックレールを使って上っていく。

ハイデン Heiden は19世紀半ば以降、鉱泉が湧く高原の保養地として人気を博した町だ。ボーデン湖を見下ろす高台にあり、1838年の大火の後に再建されたビーダーマイヤー様式のエレガントな町並みが広がる。オーストリア皇帝カール1世やドイツ皇帝フリードリヒ3世といった王侯貴族が訪れ、赤十字の創設者アンリ・デュナンが晩年を過ごした場所でもある。

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高原の保養地ハイデン
 

ニクラウス・リッゲンバッハ Niklaus Riggenbach が考案したラック鉄道がリギ山 Rigi で開業したのは1871年だが、そのわずか4年後の1875年9月には、ハイデンに同じ形式の列車が到達している。スイス国内では、フィッツナウ=リギ鉄道 Vitznau-Rigi-Bahn とアルト=リギ鉄道 Arth-Rigi-Bahn に次いで3番目という早さで、貨物輸送も行うものでは最初だった。

開業当初、列車はロールシャッハ駅から出発していた。だが数年後には、ボーデン湖の航路との接続を図るため、合同スイス鉄道 Vereinigte Schweizerbahnen (VSB) の支線に乗入れる形で、運行区間がハーフェン駅まで延長されている。湖の対岸ドイツからは船便がよく利用されていたからだ。合同スイス鉄道は、1902年の鉄道国有化によりSBB路線網の一部となったが、乗入れは継続された。

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ボーデン湖を背に急勾配の線路が続く
 

第一次世界大戦中に石炭不足で運行に支障をきたした苦い経験から、スイスでは1920~30年代に、鉄道の電化が急ピッチで進められた。ロールシャッハ以西のSBB線が交流15kV 16.7Hzで電化されたこと(下注)を受けて、1930年に登山鉄道も同じ方式で電化される。小規模路線には不相応な設備に見えるが、乗入れを継続するには方式を合わせるほかなかっただろう。

*注 1927年に(ヴィンタートゥール~)ザンクト・ガレン~ロールシャッハ間、1928年にロマンスホルン~ロールシャッハ間が電化、ロールシャッハ以東の電化は1934年。

電化を機に現役を引退した蒸気機関車は、1949年までにすべてスクラップにされた。ちなみに2010年代にこの路線で特別運行されていたラック蒸機Eh 2/2 3は、オリジナル機ではなく、もとチューリッヒ近郊のリューティ Rüti にあった織機工場で稼働していた工場用機関車だ。

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(左)ラック蒸機Eh 2/2 3号「ローザ Rosa」(2014年)
Photo by NAC at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
(右)同じくリューティから到来した小型ディーゼル機関車Tmh 20
 

航路との接続が重要ではなくなった今も、ハーフェン駅への乗入れは続いている。朝夕はロールシャッハで折り返している列車が、日中およそ10~16時の間、SBB線を通ってここまで足を延ばす。

港側の1番ホームでしばらく待っていると、ロールシャッハ方からAB(アッペンツェル鉄道)のロゴをつけた電車が入線してきた。折返し11時01分発のハイデン行きだ。ハーフェン~ハイデン間は27分かかる。ダイヤは60分間隔なので、終端駅での滞在時間は3分と慌しい。

車両は1998年シュタッドラー製、部分低床の連接電車BDeh 3/6で、それまで主力だったBDeh 2/4を置き換えるために導入された。以来、定期運行は基本的にこの1編成がカバーしている。旧車BDeh 2/4も健在だが、走るのは臨時便か、BDeh 3/6が検査などで不在の時だけだ。

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(左)現在の主力、連接電車BDeh 3/6
(右)車内は部分低床
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旧車BCFeh 2/4も健在
 

編成の後方に回ると、オープンタイプのいわゆる夏用客車 Sommerwagen を3両引き連れていた。内部は向い合せのベンチシートが並び、何とはなしにリゾート気分が盛り上がる。肌寒かった朝に比べて気温が上がってきたし、ここなら外の写真を撮るにも好都合だ。ちなみに、ハイデン行きではこのオープン客車が前になるため、運転士はその先頭に乗り、無線操縦で電車を動かすそうだ。

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(左)2軸夏用客車
(右)ベンチシートが並ぶ車内
 

ハーフェン駅を定刻発車。次の駅まではわずか950m、のびやかな湖岸のプロムナードに沿って、列車はゆっくりと進む。高架道路の下をくぐると線路が増えてきて、まもなくロールシャッハ駅2番ホームに到着した。SBB幹線との乗換駅だが、乗ってきたのは4人だけだった。

またすぐに出発し、本線の線路を一気に斜め横断して最も山側に位置を移す。車庫への引込線を左に分けると徐行になり、ラック区間の始点 Anfang を示す「A」と書かれた標識の前を通過した。

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(左)最初は湖岸に沿って進む
(右)ロールシャッハ駅に到着
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(左)登坂開始、ザントビュッヘル停留所にて
(右)ホームにある乗車告知ボタンと乗車券刻印機
 

延長5.6km(下注)の間に中間停留所が5か所あるが、いずれも乗降客がいるときだけ停車するリクエストストップだ。車内やホームの押しボタンで、前もって運転士に知らせる必要がある。

*注 5.6kmは SBB/RHB境界~ハイデン間の距離。乗入れ区間を含めると7.2km。

一つ目のゼーブライヒェ Seebleiche と次のザントビュッヘル Sandbüchel の周りは、まだ住宅街だ。しかし、頭上をアウトバーンA1が乗り越してからは、ロールシャッハーベルク Rorschacherberg と呼ばれる牧草地の斜面をぐんぐん上っていく。ボーデン湖の胸のすくようなパノラマが車窓いっぱいに開ける、全線で最も眺めのいい区間だ(冒頭写真も参照)。勾配は最大93.6‰に及ぶ。

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ロールシャッハーベルクから望むボーデン湖
 

しばらくすると小さな谷間に入り、ひっそりとしたヴァルテンゼー Wartensee 停留所に停車。ここから線路は森に包まれ、やがて右に大きくカーブしていく。クライエンヴァルト Kreienwald の尾根を切り通した地点にあるのがヴィーナハト・トーベル Wienacht-Tobel 停留所で、かつては近くの採石場へ支線が延びていた。ハイデン方にある短い引上げ線は、貨物扱いをしていた時代の名残かもしれない。

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森に包まれるヴァルテンゼー停留所
 

あとは尾根の裏側(南側)をなぞっていくルートで、勾配も少し和らぐ。深い谷を隔てて、向かいの山腹にハイデンの町と教会の塔が見え始める。シュヴェンディ・バイ・ハイデン Schwendi bei Heiden 停留所を通過すれば、次はもう終点だ。再び斜面を這い上っていき、踏切を渡って、ハイデン駅構内に入る。到着は11時26分、定刻だった。

進行方向左手に車庫、右手に2本の発着線と屋根付きホームがある。駅舎は小ぢんまりしたハーフティンバーの2階建で、観光案内所が入居している。鉄道で貨物を扱わなくなって久しいが、線路の終端には、貨物用ホームと倉庫がまだ残っていた。

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ハイデン駅、車庫への引込線
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小ぢんまりしたハイデン駅舎
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最奥部に残る貨物ホームと倉庫
 

先述の通り、列車が駅にいる時間はわずか3分だ。構内の写真をあれこれ撮っている間に、さっさと出ていってしまった。次が来るまで1時間あるので、それを待たずにポストバスで戻ろうと思っている。

スイスは鉄道だけでなく、バス路線も発達している。ハイデンからは、前回行ったヴァルツェンハウゼン Walzenhausen や、次回紹介するトローゲン線の終点トローゲン Trogen へのバスも走っていて、旅程の選択に迷うほどだ。私は、直接ザンクト・ガレン St.Gallen 市内まで行く120系統に乗ることにしている。バスが出るのは町の中心、駅から200mほど坂を上った教会広場 Kirchplatz(下注)だ。

*注 バス停名は Heiden, Post。2024年現在、このバスは駅前を通らないが、2027年完成予定で、バスターミナルを駅前に移転させる計画がある。

■参考サイト
アッペンツェル鉄道 https://appenzellerbahnen.ch/

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アッペンツェル鉄道路線図(フラウエンフェルト=ヴィール線を除く)
 

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