2010年10月 7日 (木)

フィンランド カレリアの歴史と鉄道

Blog_karelia_map1 シベリウス Siberius の「カレリア組曲」の中にある「行進曲風に Alla Marcia」という小曲を好んで聴いてきた。スキップする反復リズムの上に、弦楽と次いで木管が明るく軽快なメロディを紡いでいく。途中で金管が士気を鼓舞するファンファーレを吹き鳴らし、冒頭の主題と何度かの交錯を経て、堂々たる終止を遂げる。

ヤン・シベリウスはいうまでもなくフィンランドの代表的作曲家だが、調べてみると、この曲のオリジナルは、1893年、カレリアの出身者で構成するヴィープリ学生協会 Wiipurilainen Osakunta(英:Viipuri Students’ Association)という学生団体の依頼で、カレリアの歴史劇のために創作された伴奏音楽だった。

■参考サイト
ヘルシンキ・スオミ人クラブ Helsingin Suomalainen Klubi によるシベリウス紹介サイト
http://www.sibelius.fi/

筆者はそのヴィープリ Viipuri という地名に聞き覚えがあった。以前、フィンランドの地図店から取り寄せた旧版地形図の復刻版が、まさにその都市を描いたものだったからだ。しかし現在、世界地図でフィンランドのヴィープリを探そうとしても、見つけることは叶わない。この稿では、激動の近代史に翻弄されて消えたヴィープリ、そしてカレリア地方を、鉄道の変遷とともにたどろうと思う。

Karelian Railway Network 1917 and Present
カレリアの鉄道網の変遷 (左)1917年 (右)現在

シベリウスが曲を書いた当時、フィンランド湾の港町であるヴィープリは、ヘルシンキに次ぐフィンランド大公国第二の重要な商工業都市として栄えていた。町はカレリア地峡 Karjalankannas(英:Karelian Isthmus)の西の喉元に位置していた(上図参照)。カレリア Karelia(フィンランド語ではカリヤラ Karjala)とは、現在のフィンランドとロシアにまたがる地域の名称で、そのうち大公国には、北カレリア Pohjois-Karjala、南カレリア Etelä-Karjala、ラドガ・カレリア Laatokan Karjala(英:Ladoga Karelia)、それに、ラドガ湖とフィンランド湾の間のカレリア地峡が含まれた。

ヴィープリはまた、交通の要衝でもあった。1856年、西のサイマー湖 Saimaa との間にサイマー運河 Saimaan kanava が開かれ、湖水地方との航行が可能になった。鉄道も、1870年にヘルシンキ~サンクトペテルブルク間の東西幹線(下注)、続いて北進するカレリア鉄道が完成し、支線の建設も順次進められていった。

*注 先に開通していたヘルシンキ~タンペレ Tampere 線のリーヒマキ Riihimäki 駅に接続したので、正式にはリーヒマキ~サンクトペテルブルク鉄道 Riihimäki-Pietari-rata。また、単にピエタリ鉄道 Pietarin rata とも言った。ピエタリ Pietari は、フィンランド語の聖ペテロで、サンクトペテルブルク(聖ペテロの都市)を指す。

しかし、20世紀前半はカレリアとヴィープリに厳しい運命を強いた。1809年以来、フィンランドはロシア帝国領の大公国とされていたのだが、自治権の扱いは皇帝が代わるごとに違った。とりわけニコライ2世は、1899年に前帝の融和政策を撤回する自治剥奪の宣言を出したため、国内の強い反露感情を引き起こした。そのような国民主義の高揚期に、カレリアの民間説話を編んだ叙事詩「カレワラ(カレヴァラ)Kalevala」は、フィンランド人の精神的な支えとなった。

彼らの悲願は1917年になって実る。この年の12月、ロシア革命に乗じて、フィンランドは独立を宣言した。しかし、東は社会主義政権となり、西ではやがてヒトラーが台頭してくる。1939年、第二次世界大戦のきっかけとなる独ソ相互不可侵条約が調印されたが、裏で交わされた秘密議定書で、フィンランドはバルト三国とともにソ連の勢力圏とされた。まもなくソ連のフィンランド侵攻が始まった。このいわゆる冬戦争で、フィンランドは果敢に抵抗した。しかし、スウェーデンが協力を拒否したために連合国の援軍が望めず、ヴィープリ陥落が必至の情勢となって、ついに講和を決断する。

1940年に結ばれたモスクワ講和条約は、ラドガ・カレリアとカレリア地峡、内陸のサッラSallaなど国土の1割をソ連に割譲するという過酷なものだった。その反動で、フィンランドはドイツ軍の駐留を認め、物資の援助を受けるようになる。1941年、ソ連を攻撃したドイツに対して、ソ連はフィンランド国内へ空爆を行ったため、フィンランドの対ソ戦が再開された(継続戦争という)。まもなくカレリア旧領を奪回したものの、その後は膠着状態となり、1944年にモスクワで休戦協定が結ばれた。カレリアの国境線は、これによってモスクワ講和条約で定めた位置に戻された。

1947年のパリ講和条約で最終的に国境が確定し、ヴィープリは、ロシア語でヴィボルグ Выборг / Vyborg と呼ばれるソ連の町となった。カレリアに住んでいたフィンランド人の大部分は本国に避難し、その跡をロシアやベラルーシ、ウクライナからの移住者が埋めた。

フィンランドの独立と第二次大戦による国境移動は、鉄道路線にも大きな影響を及ぼしている。先述のとおり、旧ヴィープリは鉄道の結節点だった。カレリアの大地を東西に貫くリーヒマキ~サンクトペテルブルク鉄道に対して、北カレリアのヨエンスー Joensuu に向けて、カレリア鉄道 Karjalan rata(ヴィープリ~ヨエンスー)311kmが、大公国時代の1894年に全線開通していた(上図左側が1917年独立当時の路線網)。

カレリア鉄道の途中駅アントレア Antrea(現カメンノゴルスク Kamennogorsk)からは、1892~95年に、サイマー湖畔のヴオクセンニスカ Vuoksenniska(現在はイマトラ Imatra 市内)へ支線が敷かれた。ここは古くからヴオクシ川 Vuoksi にあるイマトラの早瀬 Imatrankoski が名所で、裕福なサンクトペテルブルク市民に人気のある保養地だった。しかし、独立後はロシアからの来客が途絶え、代わりに、早瀬の落差を利用する水力発電で立地した工場のための貨物輸送が主となった。

同じく途中駅のエリセンヴァーラ Elisenvaara からはさらに2路線が分岐していた。一つは1908年に完成した、パリッカラ Parikkala 経由でサヴォンリンナ Savonlinna 方面へ行く路線で、サンクトペテルブルク~ヒートラ Hiitola 間の短絡線とともに、はるばるボスニア湾の港町ヴァーサ Vaasa まで通じるフィンランド横断ルートを構成していた。もう一つは独立後の1937年に全通したシンペレ Simpere 経由の支線で、先のヴオクセンニスカへ連絡した。

第二次大戦後、国境がカレリア鉄道の西側に固定されたため、これらの路線上には越境個所が生じてしまった(上図右側)。フィンランド人の一斉退去により新国境をはさむ旅客流動は激減し、鉄道の存在意義は極端に薄れた。

現在、最も北にある(旧)カレリア鉄道本線の越境地点ニーララ Niirala 前後は、貨物線としてのみ残る。エリセンヴァーラ~パリッカラ間は運行休止となり、フィンランド側ではレールも撤去された。エリセンヴァーラ~シンペレも廃線後、道路に転用された。カメンノゴルスク(旧アントレア)からの支線は残っているが、旅客列車は国境手前のスヴェトゴルスク Svetogorsk(旧エンソ Enso)までのようだ。かくして旅客列車が越境しているのは、ヘルシンキ~サンクトペテルブルクの幹線に限られている(下注)。

それに対してフィンランド側では、ヘルシンキ方面から直通できる新たなカレリア鉄道が、既存路線の欠損区間をつなぐ形で計画された。1966年に全通して以降、この地方の幹線機能を果たしている。

*注 2006年にヘルシンキ郊外のケラヴァ Kereva から、リーヒマキ Riihimäki を経由せずにラハティ Lahti へ短絡する高速線が開通した。さらに2010年12月から、現在5時間半かかるヘルシンキ~サンクトペテルブルク間を2時間短縮する高速列車アレグロ Allegro が運行を始める。

Blog_finland_20k_viipuri筆者の手元にあるヴィープリの旧版地形図は、1937~38年に作成された1:20,000の復刻版だ。読取りの便を図って、陸部に薄いアップルグリーン、水部に水色の地色をつけているが、原本は等高線が茶色、水部と地物が黒の、簡素な2色刷りだ。ヨーロッパに再び戦争の暗雲が漂い始めていた時期であり、有事に備えて編集が急がれたことだろう。

この地図は、フィンランドの国土測量局によってウェブ上でも公開されるようになった。「カレリアの地図 Karjalan Kartat」と題されたサイトがそれだ。1:20,000地形図 Topographical map は未作成のエリアがあるので、全域をカバーする1:100,000地形図と、縮尺非表示の「一般図 General Map」を併せて提供し、旧フィンランド領カレリアの姿を概観できるようにしている。

1:20,000地形図は、ヴィープリのような2色刷り以外に、水部に薄い青緑を入れた3色刷り、道路に赤の塗りを加えた4色刷りの図葉もあるが、どれも線描主体でドイツの旧1:25,000の雰囲気をもつ。共産主義ソ連と決別してからドイツとの関係が深まったので、実際に技術協力を得ていたのかもしれない。

それに比べて、1:100,000は道路を赤、水部を薄い青緑、そして一部の図では森林をクリームイエローに塗ったカラフルさが印象的だ。文字のデザインなどから見て、ロシア時代の原版(あるいは図式)を継承しているようだ。「一般図」は交通網と水系、主要集落、行政界だけを示した概略図だ。戦後の作成と見えて、変更後の国境線が描かれているが、旧国境も赤で加刷してある。

■参考サイト
カレリアの地図 http://www.karjalankartat.fi/
 説明は英語版あり。画面上部のイギリスの国旗のマークをクリック。

Blog_karelia_map_hp
「カレリアの地図」サイトイメージ

また、戦後ソ連が作成した地形図もウェブ上で見ることができる。参考までにヴィボルグ(ヴィープリ)周辺の1:100,000地形図を掲げておこう。周囲がカットされているため作成時期は不明だが、フィンランドが後にロシアから租借したサイマー運河 Сайменский канал やマリー・ヴィソツキー島 Малый Высоцкий(フィンランド語でラヴァンサーリ Ravansaari、下注)の境界が明示されているので、条約が締結された1963年以降であることは確かだ。ヴィボルグ市街地の範囲は、カレリア地図からほとんど拡大していない(右図はいずれも原図×60%。Map images courtesy of maps.vlasenko.net)。

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ヴィボルグ(ヴィープリ)

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サイマー運河の租借地

*注 1856年に開通したサイマー運河は、カレリアを含むフィンランド東部の発展に貢献したが、国境移動で東半分がソ連領となったため、使用できなくなった。1963年に締結された条約で、フィンランドがソ連領の運河地帯とフィンランド湾への出口にあるマリー・ヴィソツキー島を租借することになり、拡張工事を実施したうえで1968年に運用が再開された。

■参考サイト
サイマー運河(「水上交通」Merenkulku.fiのサイト)
http://portal.fma.fi/sivu/www/fma_fi_en/services/fairways_canals/the_saimaa_canal

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マリー・ヴィソツキー島 (図左上の網掛け部分)

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 旧ソ連軍作成の地形図 II
ソ連時代の地形図の閲覧サイトを紹介している

カレリア問題に関して、ウィキペディア英語版には次のように記されている。「ロシア、フィンランド双方とも、2国間にはいかなる未解決の領土紛争も存在しないと繰り返し表明してきた。フィンランドの公的立場は、平和的交渉を通して境界を変更することはあるが、ロシアが割譲地域を返還する、あるいは問題を議論する意思を示していない以上、当面表立って会談を持つ必要は全くない、というものである」。

フィンランドの世論調査では、返還を求めないという意見が過半を占める。返還された場合、割譲地域に居住しているロシア系の人々をフィンランド社会に取り込むことになる。そのために生じる社会的コストの多さを懸念しているからだという。

シベリウスに作曲を依頼したヴィープリ学生協会は今も合唱団として存続しているし、フィンランドの人々にとってカレリアが魂の故郷であることに変わりがない。しかし、その地が置かれた現実については、案外冷やかに受け止められているようだ。

■参考サイト
Wikipedia英語版「フィンランドの政治におけるカレリア問題」
http://en.wikipedia.org/wiki/Karelian_question_in_Finnish_politics

カレリアの1917年鉄道網の地図作成にあたっては、
http://www.rhk.fi/in_english/rail_network/statistics/
にある統計資料 "Finnish Railway Statistics 2010" 1.3 Sections of Line According to Date When Opened for Traffic を使用した。

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 フィンランドの鉄道地図

2010年9月23日 (木)

フィンランドの旅行地図

整然とした体系の地形図や道路地図とは対照的に、フィンランドの旅行地図分野は図式にしろ体裁にしろ、とてもバラエティに富んでいる。その全体像は筆者にもわからないが、カルッタ・ケスクス Karttakeskus を通して入手したいくつかの地図で、垣間見ることにしたい。

Blog_finland_touristmap1 右写真は、カルッタ・ケスクスが"Genimap"と名乗っていた時期に出されていた、首都ヘルシンキの市街図 Kaupunkikartta(2003年版)だ(右写真)。両面刷りだが、扱いやすい蛇腹折りの体裁としている。

メインは縮尺1:15,000の市街図で、すべての街路名が大きめの文字で記され、メトロやトラムのルート・停留所位置、主要施設なども入って、実用的だ。街路名索引があるので、住所から図上の位置も特定できる。さらに、中心街は、建物を斜め上空から見た形に描いた1:6,700相当の鳥瞰図が参考になる。他に、1:100,000の近郊図、トラムやメトロ、近郊列車線 lähijunalinjat の路線図も添えた念入りな構成で、市内のガイドマップとしてはなかなかの優れものと言えるだろう。説明も国際仕様で、フィンランド語、スウェーデン語、英語、独語、仏語、エストニア語、露語と、実に7か国語に対応している。残念ながら、カルッタ・ケスクスのサイトでは現在、この形式のものは扱っていないようだが、ロンドンの地図店スタンフォーズ Stanfords にはまだ残っている。

Blog_finland_touristmap2 タンペレ Tampere は首都の北北西170kmに位置する。ヘルシンキ首都圏以外では最も人口が多く、湖の水位差を利用した発電によって「フィンランドのマンチェスター」と呼ばれた工業都市だ。しかし一歩町を出れば、湖水地方の明媚な風景がどこまでも広がっている。それが地図「タンペレ周辺 Tampere ympäristöineen 1:40 000」(右写真は表紙)の主題で、より正確に言うと、タンペレ市街とその北にあるナシヤルヴィ湖 Näsijärvi 沿岸が対象だ。

地図は横82cm×縦80cm、マージンなしの両面刷りで、大胆に凡例も説明も省かれている。それだけでなく、デザインはかなり異色だ。たとえば、アップルグリーンに塗られた森の中に青の線が入り込んでいるのが見える(右写真を参照)。水路と言われても違和感はないが、実は等高線だ。さらにグレーの太い線は道路ではなく川を示し、読者の混乱に輪をかける。図郭の中央を占めるナシヤルヴィ湖にはていねいに段彩をつけた等深線が書き込まれ、モノトーン風の陸地に対して、絵画的な効果をあげている。個性的で何かしら心に残る地図だ。

Blog_finland_touristmap3 サンタクロースに会える町として日本でも知られるロヴァニエミ Rovaniemi は、フィンランド最北部、ラッピ州 Lapin lääni の中心地だ(ラッピ Lappi は英語でラップランド Lapland)。市域を北極線が横断する。この地図は、ラッピ州測量局 Lapin maanmittaustoimisto が製作したロヴァニエミのレクリエーション地図 Virkistyskarttaで、片面印刷された横112cm×縦88cmの用紙を折ってある。

地図は、縮尺1:50,000の地形図をベースに、赤色でハイキングルートや旅行情報を加刷している。旅行情報は升の中に絵をはめ込んだピクトグラムだが、中でも目につくのは、スポーツ施設でも宿泊地でもなく、クラウドベリーが採れる湿地 hillasuo の記号だ。クラウドベリー(フィンランド語でラッカ lakka あるいはヒッラ hilla。日本語でホロムイイチゴ)は野生のイチゴの一種で、同国ではユーロ硬貨に描かれるほど代表的な野草だという。また、スノーモービルのルートが、川も湖面もおかまいなしに走っているのに驚く。冬は凍結して、氷上が立派な陸の交通路になるのだ。地図自体はとりたてて特徴がないが、載せられた情報から彼の地の生活事情が伝わってくるのが興味深い。

Blog_finland_touristmap4 最後は、フィンランド東部の北カレリア県 Pohjois-Karjalan maakunta にあるコリ国立公園 Kolin kansallispuisto の旅行地図だ。美しい湖水地方の中でも、コリは眺望の素晴らしさで人気が高い。中心をなすウッコ・コリ Ukko-Koli(ウッコは翁の意。叙事詩カレワラでは「至高の神」とされる)は、頂きにある風化に耐えた石英岩の露頭から、眼下のピエリネン湖 Pielinen を見晴らす標高347m(湖面からの高さ約250m)の展望台で、国立公園の紹介写真に必ず登場する名所になっている(右の表紙写真)。作曲家シベリウスら国民主義の芸術家たちも、この地で作品のインスピレーションを得たという。

地図は「コリ、夏の旅行地図 Koli Kesämatkailukartta / Map for summer tourists」と題され、公園全域をカバーする縮尺1:50,000と、ウッコ・コリ周辺の1:20,000を両面に配している。いずれも地形図データベースをもとに、ハイキングルートや旅行情報を加えたものだ。湖岸の船着き場からウッコ・コリ、マクラ Mäkrä などいくつかのピークを結ぶ縦走路には、地点間距離と分岐点番号が細かに記され、2日間コースとなる全長40kmのヘラヤルヴィ湖周遊路 Herajärven kierros は、特に太線で強調されている。旅行情報は大きめのピクトグラムを用いて、駐車場や土産物屋から各種の宿泊場所、見どころに至るまで詳しく図示している。コンパクトに折り畳まれたこの地図は野外でも使いやすく、コリを歩く人には必携品と言えるだろう。

■参考サイト
カルッタ・ケスクス http://www.karttakeskus.fi/
同 オンラインショップ http://www.karttakauppa.fi/
  旅行地図は英語版左メニューの Maps of Finland > Outdoor maps 
コリ国立公園(outdoors.fiのサイトより)
http://www.luontoon.fi/page.asp?Section=6834

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 フィンランドの地形図
 フィンランドの道路地図
 フィンランドの鉄道地図

 スウェーデンの山岳地図
 ノルウェーの旅行地図

2010年9月16日 (木)

フィンランドの道路地図

カルッタ・ケスクス Karttakeskus のショッピングサイト(下記 参考サイト)には、官製地形図などとともに自社ブランドの地図や旅行書もたくさん並んでいる。かつて一時的に Genimap と名乗っていたので、まだその名称を扉に残す出版物もあるが、現在はフィンランド語で地図センターの意味をもつカルッタ・ケスクスに統一されているようだ。今回はその中から道路地図をいくつか紹介しよう。

Blog_finland_roadmap1600k道路地図 tiekartta は、1枚もの(折図)と地図帳に大別される。1枚ものは全国1面の縮尺1:1,600,000(160万分の1)と1:800,000、それに区分図になっている1:250,000シリーズがある。

1:1,600,000は最もコンパクトな全国図だ(右写真。画像はカルッタ・ケスクスのサイトより)。横60cm×縦84cmの用紙に片面刷りされている。表紙にYTと大きく書かれているのは、Yleis tiekartta の略で、道路概観図といった意味を表す。表示されているのは主要道路と鉄道網、地勢表現は段彩のみと、たいへんシンプルだが、東西はサンクトペテルブルク Sankt-Peterburg(フィンランド語でピエタリ Pietari)からストックホルム、北端はノルウェーのノールカップ Nordkapp まで包含するワイドな図郭で、フィンランドのおおまかな土地勘を養うにはちょうどいい。

Blog_finland_roadmap800k 1:800,000は Autoilijan tiekartta(ドライバーの道路地図の意)を略して AT と呼んでいる(右写真。画像はカルッタ・ケスクスのサイトより)。横100cm×縦70 cmの用紙を使って、国土の南半と北半を表裏に印刷している。道路網は1:1 600,000よりだいぶ詳しくなる。まず、緑色の自動車専用道と、バーミリオンの主要道を太く目立たせる。以下、オレンジ、ピンク、黄色(未舗装)まで全部で5種類に区分し、道路番号を付し、車線、幅員の分類もしている。区間距離は都市間と、より短区間を分けて細かく示す。鉄道網も黒の実線で比較的明瞭だ。地勢表現はやはり段彩による。

Blog_finland_roadmap250k 上記2種類に対して、1:250,000は複数面に分割されている。略称の謂れは不明だが、上記のYT、ATに対してGTの名称が定着している。シリーズは2通りあって、両面刷り、東西南北4面で揃う広域版と、片面刷り、全17面を要する地域版だ(右写真は地域版。左側は旧1:200,000、右は新1:250,000)。遠出に携行するなら前者、日帰り旅なら後者というところだろうか。価格も前者17.90ユーロ、後者12.50ユーロと差をつけてある。

地図自体は、道路地図にしては詳細すぎる印象があるが、それは2つの理由による。1つは、ベースマップが多目的な利用を前提に編集されたものだからだ。以前の地形図体系は、縮尺1:400,000の次が1:100,000まで飛んでいた。隙間を埋める1:200,000は、一般には道路情報を強調して(道路地図として)頒布されるかたわら、さまざまな機関が作成する主題図にも広く使われていたという(『世界地図情報事典』原書房, 350pによる)。そのため、20m間隔の等高線、農地や湿地のような土地利用景(下注)、自然地名などが入った地形図仕様になっているのだ。

*注 1:50,000地形図などと同じく、森林は明示されない。フィンランドの地図では、色の塗っていないエリアは森林という理解であることに留意。

2つ目の理由は、1:200,000の縮尺で編集されたベースマップを、1:250,000に縮小したことにある。縮尺が変わったのは最近のことで、それに合わせて図郭も微調整され、旧来の全18面が17面に再編成された。しかし、これは改悪というべきだろう。画面表示のような拡大縮小が効かない紙地図は、文字や表現のサイズの決定に細心の配慮が望まれる。極端な「でか字」は要しないが、一般的な読者が見るのにストレスを感じるようではいけない。一律80%に縮小したために、主要道路網はまだしも、もともと詳しい地形図データがかなり読みづらくなってしまった。

Blog_finland_roadatlas650k 地図帳タイプは、縮尺の小さいものと大きいものの2種類が出ている。小さいほうは「ドライバーの道路地図帳 Autoilijan tiekartasto / Road Atlas Finland」で、64ページのスリム版だ(右写真。画像はカルッタ・ケスクスのサイトより)。メインの地図の縮尺は南部1:650,000、北部1:800,000で、後者は道路密度が低いため、縮尺を変えてある。図版はいうまでもなく1枚もののAT図と同じものだ。そのほか、ヘルシンキ周辺の1:100,000拡大図、主要都市の1:40,000市街図、約7000件の地名索引と区間距離表がついている。

Blog_finland_roadatlas200k 大きいほうは、「GT道路地図帳 GT Tiekartasto Suomi Finland / GT Road Atlas」といい、スパイラル綴じで340ページもある分厚い地図帳だ(右写真は2003年版。現行版はデザインが異なる)。メインの地図の縮尺は1枚もののGT図と違って、旧来の1:200,000のまま(北部は1:250,000)なのだが、惜しむらくは等高線が省かれて、地形図の性格を失っている。また拡大図として、ヘルシンキ Helsinki とその周辺、トゥルク Turku、タンペレ Tampere とオウル Oulu の1:100,000、それに40都市以上の1:40,000市街図、地名索引と区間距離表がついていて、情報量は申し分ない。価格は39ユーロと少し高いが、1枚もので全国を揃えることを思えばお得だ。フィンランドの道路地図は、縮尺、種類が適切に揃っているので、ユーザとしても用途や活動範囲などに応じて賢く選ぶようにしたい。

■参考サイト
カルッタ・ケスクス http://www.karttakeskus.fi/
 同 オンラインショップ http://www.karttakauppa.fi/ 
 各地図の紹介ページにサンプル画像がある。

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 フィンランドの地形図
 フィンランドの旅行地図

 スウェーデンの道路・旅行地図と地形図地図帳
 ノルウェーの道路地図

2010年9月 9日 (木)

フィンランドの地形図

フィンランドには「森と湖の国」のイメージが定着している。事実、森林面積は国土の7割弱、湖水も1割を占めるそうだ。森林率(下注)で比べると、フィンランド73.9%に対して日本も68.2%で、数字の上では匹敵している。しかし、前者の国土は、氷河起源の小さな起伏をもちながらも全体的に平坦で、特に南半は多くが標高200m以下だ。人口が530万人に過ぎないこともあって、居住地に隣接して豊かな平地森が広がっている。心理的な近さには大きな差があるはずだ。

*注 国土に占める森林面積の割合。但し内水面を除く。FAO "Global Forest Resources Assessment 2005" 190-195pp. による。

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1:50,000凡例の一部

ところが、そのイメージを胸にフィンランドの地形図を開けると、間違いなく違和感にとらわれる。その理由は、地形図に青い湖はあっても、緑の森がどこにも見当らないからだ。森林、耕地、荒地、市街地などの表示、すなわち土地利用景は地形図の基本的な表示項目の一つであり、もちろんフィンランドでも地図記号にちゃんと定義されている。ただ、森林には、緑ではなく白色が充てられているのだ(右写真の最上段右の記号説明に、forested area (white)とある)。そのため、森で覆われているはずのエリアが、地図ではまるで空地のように見える。森はあるのが当たり前という意識の反映だろうか。他国の地形図にはない特色だ。

フィンランドの地形図作成は、国土測量局 Maanmittauslaitos(マーン・ミッタウス・ライトス。英訳 National Land Survey of Finland)が担っている。現在、発行者に測量局の名を冠しているのは、縮尺1:50,000と1:25,000の2種類のみだ。1990年代には1:100,000地形図と1:400,000一般図(その後1:500,000)などもあったが、すでに絶版となってしまった。

それ以外の小縮尺図の刊行は民間の手に委ねられている。測量局に代わって官製地図の普及に努めてきたのがカルッタ・ケスクス Karttakeskus(地図センターの意)で、地形図データベースを用いて道路地図や旅行地図を製作し、直販店も持っている。昨今は、GISソフトウェアなどデジタル分野に広く進出している。

*注 フィンランド語の複合名詞は日本語表記にすると読みにくいので、適宜「中黒」を用いている。

Blog_finland_50k
1:50,000地形図表紙
(左)旧版 トゥルク/オーボ 1998年
(右)新版 サヴォンリンナ 2009年

今回は、測量局名義の1:50,000と1:25,000を紹介しよう。

1:50,000地形図は、Maastokartta(マースト・カルッタ、地形図の意)と称し、全部で385面ある。2001年までに全土の図葉が揃ったが、その後、2005年から新版への切替えが始まり、2008年に完了した。旧版のツバメが羽ばたく黄色の表紙に対して、新版では枝先に止まるウソの仲間の写真が配され、図郭も図番体系もまったく異なっている。新版の表紙に記された"EUREF-FIN" とは、ヨーロッパ基準座標系に準拠するフィンランドの新たな座標系の略称で、これに基づいて構築された地形図データベースからの製作であることを示している。

新版では地図記号の構成にもかなり手が入れられていて、土地利用景の細分化や、水路情報の追加が目につく。まず、土地利用景だが、自然景観の区分はおおむね旧版から引き継がれたものだ。先述した白い森のほか、沼沢地を通過不能か容易か、木が生えているかいないかの4つに区分し、周辺の湿地化している所も別表示する。軍用図の影響かもしれないが、冷湿な土地のようすがみごとに表現されている。新版ではさらに、人の手が加わった土地の描写がていねいだ。採掘地の区分は鉱物、砂利、泥炭の3種類に増え、その他、埋立地、盛り土、干拓地、伐採地なども図示されている。森の代わりに緑色が使われたのは、スポーツ・レクリエーションエリアと公園だ。

水路情報も、走行路、方向、喫水のほか、浮標の個々の形状が示されるなど、かなり実用的なレベルまで踏み込んでいる。一方、市街地の描写は面的な総描から黒抹家屋を並べる方式に変わり、道路や鉄道の線もスリムにされた。残念ながら、それによって中心街では色や線が錯綜してしまい、視認性の点で旧図に劣ると言わざるを得ない。

Blog_finland_25k
(左)1:20,000地形図表紙
ヘルシンキ 2001年
(右)1:25,000地形図表紙
タンペレ 2008年

1:25,000地形図は、Peruskartta(ペルス・カルッタ、基本図の意)と称する。面数はまだ360程度に過ぎず、全土をカバーするには程遠い。というのは、1:50,000と同様、EUREF-FIN座標系を用いた新図として2006年秋に刊行が始まったものの、完了予定は2016年(下注)とかなり先だからだ。それまでの間、更新が停止された旧図も引き続き販売されることになっている。

*注 2016年という年限の記述は当初の計画に基づいている。現在、測量局のサイトでは、2010年初めに新図の全国カバーが完了したように紹介されているが、実際には未刊の図葉が相当数残っている。

対応する旧図の縮尺は1:20,000で、ラップランド北部を除く全土について作成され、2968面を数えるが、図郭、図番とも両者の相関関係はない。右写真のとおり、旧図がリスのイラストを配した青表紙なのに対して、新図は写真に変わっているので、識別は容易だ。地図記号については、地番や地籍界など地籍に関するデータが追加されたほかは、1:50,000をほぼ踏襲している。

この新図のリソースである地形図データベースは、1:20,000縮尺相当で作製されており、印刷図は80%に縮小されていることになる。そのため、1:50,000ほどではないにしろ、こちらの表示もかなりの細かさを覚悟しなければならない。次回紹介する1:250,000道路地図も同様で、総じてフィンランドの地形図は、老眼者に拡大鏡の使用を強いる傾向がある。

地形図シリーズは、下記カルッタ・ケスクスのオンラインショップで発注できる。また、これとは別に、オンデマンドで任意の範囲を選択して地形図を印刷またはPDF化するサービス(Karttapaikka / MapSite)も存在する。最新データが得られるメリットはあるが、価格は印刷1点につき49ユーロ以上(サイズによって変わる)、PDFでも39ユーロ以上だ。上記のオフセット印刷版1:50,000の1枚15ユーロ、1:25,000の12ユーロ(これでもかなり高価格だが)に比べて、コストパフォーマンスの点でいささか疑問符が付く。

■参考サイト
国土測量局  http://www.maanmittauslaitos.fi/ 英語版あり
カルッタ・ケスクス http://www.karttakeskus.fi/
同 オンラインショップ http://www.karttakauppa.fi/ 英語版あり
同 地形図等の索引図(インタラクティブマップ)http://jm.karttakeskus.fi/mapwizard/#printed
  表記はフィンランド語。Maastokartat=地形図。GT-kartat=1:250,000道路地図。EUREFとあるのが新版。

地図閲覧サイト、販売店については「官製地図を求めて-フィンランド」にまとめた。

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2010年9月 2日 (木)

アイスランドの地図-M&M社のテーマ別地図

アイスランドの地図の最終回は、マゥル・オク・メンニング(言語と文化)社 Mál og menning(以下、M&M社と記す)から刊行されている各種の主題図、すなわちテーマ別地図についてぜひ記しておきたい。これらはアイスランドの自然を楽しむ旅に貴重な参考データを提供してくれるだけでなく、グラフィックの点でもすこぶる魅力的な作品群だからだ。

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(左)探鳥地図 (右)植物地図

まずは、自然観察のための地図として、「アイスランド探鳥地図 Fuglakort Íslands / Birdwatcher's Map of Iceland」(写真左側)、「アイスランド植物地図 Plöntukort Íslands / Botanical Map of Iceland」(同 右側)の2種がある。いずれも両面刷りで、野鳥や草花の美しい水彩画が紙面いっぱいに配され、見かけは図鑑のような構成だ。地図はというと、それぞれの種の分布域を示すために、小さな全島図が使われている。また、探鳥地図には、別に主な探鳥地(バードウォッチングサイト)をプロットした地図がある。参考までに探鳥地図の一部を右下に掲げた。内容については、裏表紙の英文による紹介を一部引用させてもらおう(以下、迷訳ご容赦)。

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探鳥地図は「アイスランドの野鳥に関するわかりやすいガイド。78種の夏鳥 breeding birds、27の旅鳥 migrants、冬鳥 winter visitors および漂鳥 vagrants をカバーする。夏鳥については図版とともに、分布図、卵の大きさ・外観のイラストがある。」。また、植物地図は「78種の顕花植物 flowering plants を表示し、分布図や草丈、生育地および開花期のデータを付す。また、同国で見られる主な隠花植物 cryptogams(胞子植物 spore-bearing plants)、草類 grasses、藻類 algae、地衣類 lichens および真菌 fungi の図版を含む。」

図版の見出しはアイスランド語だが、ラテン語の学名と英・独語での呼び名も併記されている。生息地・生育地による分類(探鳥図なら海鳥、陸鳥、水鳥など、植物図なら草原、砂地、山地など)もピクトグラムにするなど、ユニバーサルデザインへの配慮がある。上記の英文コピーは、こう続いている。「(この地図は)アイスランドの自然を愛し、旅行中、アイスランドの野鳥(あるいは植物相)について知りたいと思っているすべての人にとって必携品だ」。実物を手に取ってみれば、これがあながち宣伝文句だけではないことがわかるだろう。

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(左)地質図 (右)テクトニクス地図

次は、地質図だ。こちらも「地質図 Jarðfræðikort / Geological map」(写真左側)と「テクトニクス地図 Höggunarkort / Tectonic map」(同 右側)の2種がある。いずれも、1998年にアイスランド自然史研究所 Náttúrufræðistofnun Íslands / Icelandic Institute of Natural History が刊行した地図の改訂版だ。

地質図とは、「ある地域内における地層や岩石の分布、地質構造や地質状態を示した地図」(広辞苑第6版)で、多くの国で製作されているが、一般的なニーズがあるものではない。ところが、アイスランドは事情が違う。大西洋中央海嶺が活発な火山列を伴って海面上に現れた島は、素人でもプレートテクトニクスを実感できる地球上でも貴重な場所だ。地質図が旅行地図と並べて販売されても、不思議ではない。

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しかも、この図をデザインしたのは、例の大地図帳の作者、ハンス・H・ハンセン Hans H. Hansen 氏だ(「アイスランドの地図-M&M社の大地図帳」参照)。ベースマップのシャープさといい、パステル調で穏やかながら識別性を損なわない選色といい、ポスターにしたくなるほどの出来栄えは、彼の作と聞けば納得だろう(右写真はその一部)。この「地質図」は、片面全面に1:600,000の地質図を掲載し、裏面では地学的な注目スポットを写真つきで紹介している。地図の凡例を含めて、アイスランド語と英、独、仏語が併記されているのも親切だ。

一方の「テクトニクス地図」とは何なのか。「地質図」とどう違うのか。和訳タイトルは英語の Tectonic map を筆者が苦し紛れに直訳しただけで、内容を正確に説明してはいない。それに地図の印象や紙面の構成は、一見「地質図」と瓜二つだ。しかし、よく見ると地質の分類基準が違うようだ。「テクトニクス地図」は岩石の種類ではなく、14,000~10,000年前以降の後氷期 postglacial の溶岩流から、1,500万年以上前の中新世後期基盤岩まで、年代別7段階の区分になっている。

例を挙げれば、「地質図」では、U字谷のような氷河地形が見られる北西岸や東岸は、330万年以前の基盤岩として一まとめにされ、一面の青色だ。しかし、「テクトニクス地図」ではそのエリアがさらに形成年代によって4段階に塗り分けられる。また、活発な地殻変動を表現するために、活火山と死火山を分けてカルデラや中央火山域、亀裂、断層などの位置を示し、褶曲の背斜・向斜軸や傾斜方向を独特の記号や矢印で描いている。2種の地図はそれぞれ単独の商品だが、興味がおありなら、ぜひ一揃いと思ってお買いになるといい。

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最後は「子どものためのアイスランド地図 Íslandskort barnanna / Children's Map of Iceland」だ(右写真は表紙、右下写真はその一部)。要はイラストマップなのだが、「一番若い旅行者のニーズを念頭に置いてデザインされたもので、アイスランドで美しい自然が見られる主な場所、動物たち、そして9世紀の入植から今日までの史跡を表示している」(地図の紹介文より)。島の輪郭や地勢表現は鳥瞰図風だが、その中に人、動物、乗り物、建物その他が所狭しと描き込んである。これは眺めるだけでも楽しい。さらに、絵に添えられた番号に対応する説明書きがあり、裏面に英訳もついているので、子どもたちといっしょに、私たちもアイスランドの地理と歴史の勉強に参加できる。

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おまけに、イラストも説明もユーモアたっぷりだ。たとえば、絵の中で大噴火を起こしているヘックラ山 Hekla の説明には、「アイスランドで一番 famous(有名な)あるいは infamous(悪名高い)な山」とある。スナイフェルスヨークトル氷河 Snæfellsjökull の絵には「ようこそ」と看板が立っていて、「謎めいたこの氷河こそUFOの着陸地だと、多くの人は信じている」と解説されている。読めば大人も時を忘れてしまいそうな地図は、アイスランド土産にお薦めだ。

■参考サイト
マゥル・オク・メンニング(M&M)社  http://www.forlagid.is/

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2010年8月26日 (木)

アイスランドの地図-M&M社の旅行地図

「大地図帳」の功績が一夜にして成ったものでないことは、前回少し触れた製作者ハンス・H・ハンセン氏の経歴でおわかりのことだろう。氏が手がけてきた作品群は、現在マゥル・オク・メンニング(言語と文化)社 Mál og menning(以下、M&M社と記す)の地図カタログの中に結実している。同社の地図体系はシンプルで明瞭だ。

1:600,000:1枚もの(全国1面)
1:300,000:1枚もの(区分図、名称はクォーター地図 Fjórðungskort)と、小地図帳 Kortabók
1:100,000:1枚もの(区分図、名称はアトラス地図 Atlaskort)と、大地図帳 Íslandsatlas

以上の縮尺別体系のほかに、旅行目的地に焦点を合わせた特別地図 Sérkort と、地質図や動植物地図といった主題図が数点ある。前回に引き続き、このレパートリーを紹介していこう。

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1:600,000旅行地図

1:600,000は、島全体が1面に収まり、旅行地図 Ferðakort(英訳は Touring Map)と名付けられている。ライバル会社であり、官製地図の後を継ぐフェルザコルト Ferðakort ブランド(以下、F社と記す)も全島1面の旅行地図を刊行しているが、こちらは1:500,000で、図自体が若干大きめだ。しかし、道路網や道路番号、地名などの基本事項の記載にはほとんど差がない。等高線を使わないのも両者共通しているが、F社が地勢をラフなぼかし(陰影)で表すだけなのに対して、M&M社のそれは彩色を高度に応じて連続変化させた上で、精密なぼかしで立体感を出している。観賞用として求めるなら、迷うことなくM&M社だろう。

反対に、旅行情報はF社のピクトグラムが見易い。M&M社にも記号が設定されているが、サイズが小さすぎ、地勢表現に紛れてしまっている。実用性からすれば、F社に軍配を上げたい。なお、M&M社の地図は両面刷りで、1:600,000の裏面には、代表的観光地が4か国語(アイスランド、英、独、仏)と写真つきで一言紹介されていて、簡単な旅行知識を仕入れることができる。

1:300,000は全島を4面でカバーする区分図で、そのためかクォーター地図 Fjórðungskort と称している(4等分の意。ただし、英語では一般図 General Map と言い換えてある)。別に集成図として「中央高地 Hálendið」がある。一方のF社は、1:250,000で全島3面、それと「中央高地」図だ。この競作も上記と同じことが指摘できる。すなわち、道路や地名データはそれほど違いがない。地勢表現は両者とも等高線とぼかし(陰影)が入るが、等高線間隔はM&M社100m、F社は50mだ。M&M社は上記と同様、高度を表す彩色を施しているので、等高線を間引いても土地の高低はわかると考えたのだろう。F社は等高線を読取れないと、地形が明確に見えてこない。一方、旅行情報はやはりF社のほうが親切だ。

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1:300,000クォーター地図(画像はM&M社のサイトから)

M&M社は1:300,000の地図帳も用意している。名称の Kortabók は「地図の本」という意味だが(英語では道路地図帳 Road Atlas と言い換え)、横17×縦24cmとコンパクトサイズなので、大地図帳に対して「小地図帳」と呼んでおこう。メインの地図は上記のクォーター地図そのもので、全土を60ページに分割している。そのほか、市街図24ページ、観光図6ページ、地名・街路名索引40ページという構成だ。ハンセン氏の美しい地形図を全土にわたって眺めることができ、大地図帳のようにかさばることもなく、価格的にも手ごろ(定価3,490アイスランドクローナ。1クローナ0.7円として2,443円。現地ではさらに値引がある)とあって、観賞派にはお薦めだ。

しかし、道路地図帳という英語のタイトルに惹かれて買うと、失望するかもしれない。メインの地図にはドライバーのための情報はあまり載っていないからだ。区間距離を知りたければ、巻末の主要都市間距離表を繰るしかないし、ガソリンスタンドやゴルフ場のありかを描いた地図は別に用意されているが、あまりに小縮尺で、位置は特定できそうにない。その目的なら、残念だがF社の1:200,000アイスランド道路地図 Ísland Vegaatlas を選択すべきだろう。

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小地図帳 Kortabók
(左)表紙 (右)裏表紙の一部拡大(エイヤフィヤトラヨークトルとレイキャヴィク近郊市街図)

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特別地図1
レイキャネス・
シンクヴェトリル
2009年版

そのほかに特別地図 Sérkortがある。これも明らかにライバルF社を意識した企画だ。国内の旅行適地をピックアップして、現在12種が出ている。地図の縮尺はおもて面が1:100,000で、これはアトラス地図や大地図帳と内容的に変わりはない。裏面には、その一部を1:50,000に拡大した地図がついている。等高線などの地形図データは元来1:50,000レベルで作成されたものなので、拡大図というより原図といったほうが正しい。また、1:100,000にはないフットパス(徒歩用の小道)や乗馬道もていねいに記載されている。余白は、旅行スポットの一言紹介と、付近で見られる鳥類の図鑑で満たされ、アウトドア派の行動を誘う。M&M社の地図群の中で最も旅行地図の特徴を備えているのが、このシリーズだ。

■参考サイト
マゥル・オク・メンニング(M&M)社  http://www.forlagid.is/

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 アイスランドの地図-M&M社のテーマ別地図

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2010年8月19日 (木)

アイスランドの地図-M&M社の大地図帳

見本図だけで一目惚れする地図というのは、そうどこにもあるものではない。ほんの数センチ角のサンプルに含まれる情報は限られているし、部分の印象だけでは全体を測れない場合も多いからだ。しかし、この地図帳はここで即決しないと後悔すると直感させる何かがあった。

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地図帳のタイトルは「アイスランド地図帳 Íslandsatlas」という。次回紹介する姉妹品と区別するために、以下これを「大地図帳」と呼ぶことにしよう。全208ページ、用紙の寸法は横35×縦45cmで、大型地図帳の代表であるタイムズ世界地図帳 The TIMES Atlas of the world と比べて縦は同じ、横は5cmも長い。もちろん、筆者の手元にあるものの中では最大だ。日本の時刻表と比べてみると、その大きさがわかる(右写真)。サイズだけでなく、2005年11月に上梓されたとき、初刷りが大統領と環境大臣に贈られたというから、アイスランドの記念碑的な出版物であったことが想像できる。

メインの地図は縮尺1:100,000だが、北海道の1.3倍の面積をもつ島なので、大判のページ全面を使っても132ページを要している。その前座として地図の歴史、地質、氷河の分類と年代史、花と植物といった百科事典的なチャプターがあり、巻末には43,000件の地名をカバーする広範な索引がついている。いずれも興味深いのだが、残念なことに、表記がアイスランド語しかない。地図や写真は言葉を知らなくてもある程度理解できるとはいえ、せめて見出しや凡例ぐらいは英語その他を併記してほしかった。

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外箱に描かれているサンプル図を掲げておこう(上写真)。場所は島の南部で、万年雪に覆われた山は、今年(2010年)噴火したエイヤフィヤトラヨークトル Eyjafjallajökull、右上の緑がかった谷間は、自然保護区のソゥルスモルク Þórsmörk だ。さて、ほかの地図とどこが違うのだろうか。

見ての第一印象は精密さや立体的表現に優れていることだ。等高線は20m間隔だが、国土測量局が作成する1:50,000レベルの地形図データベースに基づいているので、50%縮小の1:100,000ではかなり凝縮されている。一方、立体感は、地勢を表すぼかし(陰影)のなせる業だ。正確に言うと、筆で描いたようなぼかしではなく、隣接する等高線の位置と間隔から斜面の方向と角度を割り出して、色の明度に置き換えているらしい。図で、氷河の南東斜面に鑿で面取りしたような陰影が見られるのはそのためだ。緩傾斜地ではより人工的な雰囲気になるが、メッシュ標高データから生成するぼかし(陰影)と異なり、等高線にぴったり合致するところが案外、精密感を醸し出す源泉なのかもしれない。

ソゥルスモルクのあたりでは、地名もぎっしり記載されている。この谷間に限ったことではなく、国土全体にわたって、山地に刻まれた小さなひだや尾根のこぶ、海上に豆粒のように散らばる小島に至るまで、地名の数は実に豊富だ。実はライバル社、フェルザコルトの近刊図でも、地名の密度や配置は変わらない。耕地、植生、裸地など土地利用の状況についても同様で、測量局のデータベースが適切に用いられていることを示すものだ。

しかし、元データはあくまで素材に過ぎず、味付け(編集)次第で、地図の美しさは大きく変わる。大地図帳の場合、ポイントはまず、色の使い方にあるだろう。土地利用に用いられたきわめて自然な配色がその一例だ。植生のあるところは緑の濃淡、溶岩原などの裸地はベージュ系で、それに先述した陰影がからんでいくが、決して等高線が読み取りにくくなることはない。文字表記の配色もそうで、基本は黒色だが、水部に関するものを紫青にすることで、文字の多さから来る錯雑感をうまく回避している。さらに、アクセントの役割を果たしているのが道路網だ。舗装路に配された赤がよく効き(サンプル図にはないが)、茶色の未舗装路とともに、くくり(縁取り)無しのすっきりとした形状が好ましい。小道は濃いグレーの破線だが、太めにしてあるので、荒涼とした溶岩原ではよく目立つ。

取捨選択も編集の要点だ。ここでは市街地の表現が簡略化され、バラ色のベタ塗りで範囲を示すにとどまる。街路も、貫通路のほかは描かれない。この縮尺ではどのみち市街の詳細を描くのは難しいから、仔細は専門の市街図に任せればいいと考えたのだろう。旅行情報の記号もそうだ。あるのはキャンプサイト、スイミングプール、ゴルフコース程度で、しかも小さく見つけにくい。思うに、デザイナーの意図は、あくまで最良の「地形図」を作るところにあるようだ。

作者のハンス・H・ハンセン Hans H. Hansen 氏は、1961年、アイスランドのヴェストマンナ(ウェストマン)諸島 Vestmannaeyjar 生まれで、アイスランド大学を経て国土測量局に入り、地図作成に携わった経歴をもつ。アイスランド自然史研究所 Náttúrufræðistofnun Íslands の主題図や、次回紹介する1:300,000地形図など、先進的な地図編集の実績を積み、国際的に高い評価を得てきた。大地図帳は、ハンセン氏が主宰するフィクスランダ Fixlanda 社が編集し、エッダ出版社 Edda útgáfa により刊行されたが、現在は、マゥル・オク・メンニング社 Mál og menning(社名は「言語と文化」の意。以下、M&M社と記す)が発売元を引継いでいる。定価は24,990アイスランドクローナ(1クローナ0.7円として17,493円)と、大型本だけに少々値が張るが、それに見合う価値は十分に持っている。

ところで、M&M社は最近、これを全土31面に区分した折図の刊行(いわばバラ売り)に踏切った。名称は、測量局-フェルザコルト版の同縮尺図シリーズに倣って、「アトラス地図 Atlaskort」としている(下写真、画像はM&M社のサイトから)。名前は紛らわしいが、あちらが20世紀前半に描かれた歴史的作品なのに対し、こちらは言うまでもなく21世紀の最新作だ。説明文にはアイスランド語のほか、英語、独語、仏語が追加され、国際的にも通用する商品になっている。2010年5月に刊行が完了し、記念に全点をセットした美装函入も登場した。いずれも、M&M社のショッピングサイトをはじめ、アイスランドの地図を扱う内外の地図商から購入できる。

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アトラス地図シリーズ

次回は、同社が刊行するその他の地図を紹介しながら、大地図帳に先行するハンセン氏の作品群を概観してみたい。

■参考サイト
マゥル・オク・メンニング(M&M)社  http://www.forlagid.is/
フィクスランダ社  http://fixlanda.is/

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 アイスランドの地図-フェルザコルトの地形図
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2010年8月12日 (木)

アイスランドの地図-フェルザコルトの旅行地図

アイスランドを訪れた旅行者が必ず立ち寄るという南西部の3つの観光ポイント、それをつなぐルートが、いつしか「ゴールデンサークル The Golden Circle」と名付けられた。ポイントの1つ目は、国立公園で世界遺産にも登録されている平原、シンクヴェトリル Þingvellir(下注)。大西洋中央海嶺が地表に露出して、ユーラシアプレートと北アメリカプレートを生み出している現場だ。同時に、アイスランド議会(アルシンギAlþingi、英語ではアルシング Althing)の発祥地として、重要な歴史の舞台でもある。

*注 アイスランド語のアルファベットには、独特の文字が含まれる。Þ(小文字は þ、代用表記はth)の発音は、英語のthinkのth。Ð(同ð、代用表記はd)の発音は、thatのthに相当する。

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特別地図の索引図
(フェルザコルトのサイト掲載の図に図名を付記)

2つ目は、黄金の滝を意味するグトルフォス Gullfoss。2段の高さ32m、氷河を水源としているため、夏季は毎秒140立方m、冬季も同80立方mの水量を誇る迫力満点の瀑布だ。最後が間欠泉のゲイシール Geysir。古くは70mも噴上げて、英語で間欠泉を意味する一般名詞 geyser(ガイザー)の由来にさえなったが、近年は活動が弱まり、近くのストロックル Strokkur 間欠泉に主役を譲っている。どれも火と氷が創り出した国土を象徴する地形・自然現象で、首都レイキャヴィク Reykjavík から日帰り可能な距離にあるのも、人気の理由らしい。

地図のブランド、フェルザコルト Ferðakort もそれにあやかって、2008年に特別地図 Sérkort「ゴールデンサークル The Golden Circle」を刊行した(右写真)。3つのポイントに加えて、レイキャネス Reykjanes 半島にある広大な露天風呂ブルーラグーン Bláa lónið も範囲に含めたワイド版だ。縮尺は1:200,000で、前回紹介した地図帳と同じ図版を使っているが、小地名はかなり割愛されているようだ。余白には、写真とともにこれらの旅行目的地が手短に説明されている(表記はアイスランド、英、仏、独の4か国語)。この縮尺で実際に現地を歩くのは難しいが、ツアーの起点となる首都やケフラヴィーク Keflavík 空港との位置関係を把握するのにいい。

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ゴールデンサークル 2008年版
(左)表紙 (右)サンプル図(裏表紙の一部を拡大)

こうした特別地図は、測量局直営の時代から製作されていて、1998年のカタログでは10種を数えた。民営化に際して、図郭が重複する大縮尺図を整理するなどした結果、現在は7種に絞られている。特別地図は、日本の国土地理院における山岳集成図のように、テーマに合わせてそのつど縮尺や地図デザインが設計された。それだけに通常のシリーズものとは違って、地図ごとに「開けてのお楽しみ」が待っている。サンプル図などを参考にしながら、いくつか紹介しよう。

南西アイスランド Suðvesturland」は縮尺1:75,000で、首都を中心に、東はシンクヴェトリル、西はレイキャネス半島の先端までを図郭内に収めている(右写真左側)。20m間隔の等高線と濃いめのぼかし(陰影)を併用し、森、湿地、草地、溶岩原といった地表の状況を塗りやパターンで表して、ていねいに仕上げている。小道(トレール)の表現も詳しい。乗馬道 bridleway は茶色の線、人専用の道は緑の線で表すが、さらに前者には乗馬姿のシルエットを模した記号が、後者には人形の記号が付され、おまけに区間距離まで記されているのだ。宿泊施設やスポーツ施設といった旅行情報もすべて記号化され、特別地図シリーズの標準装備になっている。

フーサヴィーク/ミーヴァトン Húsavík / Mývatn」は、水鳥の繁殖地となっている火山性堰止湖ミーヴァトンを図の中心に据え、港町フーサヴィーク、2つの名瀑デティフォス Dettifoss とゴーザフォス Goðafoss といった島北部の観光モデルルートをカバーする(右写真右側)。地勢表現は20m間隔の等高線で、陰影(ぼかし)は入っていない。

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(左)南西アイスランド 2005年版
(右)フーサヴィーク/ミーヴァトン 2000年版(2008年再刷)
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サンプル図(「南西アイスランド」裏表紙の一部を拡大)

南岸の「ソゥルスモルク/ランドマンナロイガル Þórsmörk / Landmannalaugar」も似た図式だ(右写真左側)。ソゥルスモルクは氷河に隣接する谷間で、植生の豊かさから自然保護区に指定されてきたが、今年(2010年)春、ヨーロッパ中の航空路が麻痺した氷河エイヤフィヤトラヨークトル Eyjafjallajökull の噴火によって、一帯に火山灰が降り注いだ。ランドマンナロイガルはより内陸の地熱地帯で、地質の違いによって周囲の山がさまざまな色合いを見せる。この1:100,000地形図の地勢表現は20m間隔の等高線で、氷河も青色の等高線で同じように描かれている。たびたび噴火している活火山、ヘックラ(ヘクラ)山 Hekla が図の左上に見え、溶岩流の到達範囲が年次別に赤色で図示されているのが興味深い。ちなみに測量局時代は、ヘックラ山だけの旅行地図も存在した(右写真右側)。使われていたのはデンマーク領時代、1907年の1:50,000地形図(1988年改訂)で、筆者にとっては旧版1:50,000の貴重なサンプルになっている。

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(左)ソゥルスモルク/ランドマンナロイガル
(右)ヘックラ山 1988年版

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スカフタフェットル

南東岸の「スカフタフェットル Skaftafell」は、島最大の氷河ヴァトナヨークトル Vatnajökull の南部を範囲とする(右写真)。地図は両面印刷されている。おもての1:100,000はやはり、デンマーク領時代のアトラス地図 Atlaskort で、1904年測量、1982年改訂の図番87と88を接合したものだ。ただし、原図にはない陰影(ぼかし)が加えられ、素朴な絵画のような雰囲気を放つユニークな地図に仕上げられている。地図の上半分は広大な氷河、下は雪解け水が気ままに網流する砂地の扇状地で占められ、眺めれば、人為が及ばない大自然の力強さを感じないわけにはいかない。裏面は縮尺1:25,000の拡大図で、見るからに近年の製作だ。1:100,000では表しきれないハイキングルートの位置を詳しく描いている。

地形図の見本市のようなこのシリーズは、フェルザコルトのサイトで発注できる(前回参照)ほか、欧米の主要地図商でも扱っている。

■参考サイト
フェルザコルト http://www.ferdakort.is/

アイスランド各地の概要と地名表記については、アイスランド観光文化研究所のサイトおよび同研究所発行の「アイスランドトラベル・ガイドブック」「アイスランド全図」を参考にした。「アイスランド全図」は、掲載されたすべての地名に原語綴りと日本語読みが併記され、その数も日本製の地図では随一だ。自然地名が多く盛り込まれているのも役に立つ。
アイスランド観光文化研究所 http://www.iceland-kankobunka.jp/

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2010年8月 5日 (木)

アイスランドの地図-フェルザコルトの地形図

前回紹介したように、アイスランド国土測量局 Landmælingar Íslands の地図刊行と販売の業務は民間に引継がれ、フェルザコルト Ferðakort(旅行地図の意)のブランド名で復活した。フェルザコルトは、今までの官製地図を再刊するにとどまらず、ブランド名に見合った独自の旅行地図編集も手がけている。主なものを縮尺の小さい順に報告していこう。

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1:500,000表紙

アイスランド全土を1面で表す地図は、旧来、1:750,000と1:500,000の2種類があった。しかし、近い縮尺なので整理されたと見え、1:500,000旅行地図 Ferðakort だけがリストに残っている(右写真は、測量局時代の1:500,000。現在はデザインが異なる)。アイスランド島は北海道の1.3倍ほどの面積があるので、この縮尺で片面に収めようとすると、地図用紙も78×110cmと大判になる。地図のテーマである旅行情報は、統一的な正方形のピクトグラムで示されている。ホテルやペンションが通年営業と夏季営業に区分されるなど、宿泊・休憩施設の表示が重視されているようだ。道路網は、道路番号と区間距離が細かく記され、別に主要集落間の距離表もあって、道路地図としても十分使える。注意すべきは、地勢表現が濃いめのぼかし(陰影)だけで示され、等高線がない点だ。

この1:500,000を地図帳仕立てにしたもの(旅行地図帳 Ferðakortabók、ただし英語名は Road Atlas)もある。地図自体は1枚ものと同じだが、レイキャヴィクReykjavíkなど主要都市の市街図と観光地の拡大図がついている。1枚ものより価格が少し高くなるが、場所を取らない分、旅先では使いやすいだろう。

次は1:250,000だが、民営化以前は、20世紀前半のデンマーク領時代に作られたクラシカルな地形図(「主要図 Aðalkort」と呼ばれる。上写真の左側)が、道路など後年の変化を修正した上で販売されていた。しかし、現在は廃版となり、新作に置き換えられている。地図のカバーには旅行地図 Ferðakort / Touring Map とだけ書かれているが、全土を3面でカバーするので、英語の販売サイトでは区分図 Section Map と案内されている。別に、島の中央部を1面に収めた集成版「中央高地 Hálendið」(上写真の右側)も作られている。

旅行情報や道路情報は1:500,000と同程度だが、50m間隔の等高線にぼかし(陰影)が重ねられ、植生や砂地、湿地、溶岩原など地表の状態が描かれて、火山地形と氷河地形が混在する島の地勢がよくわかる。1:500,000で物足りなさを感じる人にはお薦めだ。ただし、氷河の部分は等高線がなく、とってつけたような粗いぼかしのみで、表現方法には違和感が残る。

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1:250,000表紙 (左)旧版 (右)新版
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新版のサンプル図(裏表紙の一部を拡大)

1:200,000道路地図帳 Vegaatlas(右写真)は、スパイラル綴じの冊子をさらに縦に2つ折りして、横約16×縦30cmの携帯に便利なサイズにしてある。収納時はコンパクトだが、ページを開けば幅60cmのワイド版になる。ユニークなこの形式は、かつてデンマークの地図帳が採用していたもので、フェロー諸島の地図帳も同類だ。使われている地図は、上記1:250,000の単純拡大版で、全50ページに分割されている。宿泊施設などの旅行情報は、メインの地図にほとんど記載されず、別に設けたテーマ別の全国図にまとめてあるのが特徴だ。ほかに、レイキャヴィク市街図、行政区分図、そして地名索引がついている。

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1:200,000道路地図帳 表紙

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1:100,000表紙

1:100,000は「アトラス地図 Atlaskort」 と称し、全土を87面でカバーする(右写真)。他とは違って、デンマーク領時代の手描き図版を用いたシリーズだ。前回紹介したアイスランドに複数ある地形図体系の1つ目にあたる。等高線間隔は20m。出自は古いが、氷河の等高線と融水の流路は藤色、川と湖は明るい青、等高線は茶、植生は緑、主要道路は赤、その他は黒と、堂々6色を駆使したカラフルな地図だ。アイスランドの地表の6割以上を占める荒蕪地やそこを通過する小道の分類が詳しく、行軍のための実用図として設計された痕跡をとどめている。その一方で、氷河の裂け目や砂地を網流する河川の克明な描き方は、芸術的な雰囲気さえ醸し出している。

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1:100,000 凡例の一部

他国ではとうに絶版で、古地図にさえ分類されているものが、鮮明なオフセット印刷で現役を演じ続けているのは驚くべきことだ。デンマーク領時代、区分図は1:250,000、1:100,000、1:50,000の3シリーズあったが、測量の精度と地図表現の精度とのバランスは1:100,000が最もよかった。それが、民営化後も頒布されている理由の一つだろう。ただし、地図の情報更新は1980年代を最後に実施されておらず、そればかりか一部の図葉はすでに在庫切れになっている。今後、再版するのか、あるいはオンデマンド方式に変更するのかも未定だという。測量局がこの地図を閲覧できるウェブサイトを設置しているのが、来るべき方向を暗に示しているようだ。

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1:50,000 表紙

1:50,000はデンマーク領時代の旧図ではなく、アイスランド国土測量局とアメリカ国防省地図作成局 Defense Mapping Agency (DMA) の協力で更新された地形図C761シリーズが頒布されている(右写真は、販売用の別刷りカバー)。前回の地形図体系でいうと2つ目に該当する。そのため、道路記号の区分や文字書体、地図の体裁(整飾など)は明らかにアメリカの様式だ。しかし、軍用地形図の製作には迅速さが要求され、そのため既存の地形図など先行する測量成果がしばしば参考にされる。全体はアメリカ風でありながら、例の荒蕪地の記号やクレバスの描写など、デンマーク領時代の旧図を彷彿とさせるのも、不思議なことではない。

等高線間隔は20mだが、緩傾斜地には10m間隔の補助曲線が多用され、地形描写は詳しいほうだ。海域や主な湖には等深線も描かれている。原図は全土を199面でカバーしているそうだが、刊行対象となっているのは、中央部の102面のみだ。シリーズは1977~1990年の製作で、その後改訂されていない。1:100,000と同様、オリジナルの印刷図がすでに底をついた図葉もあるが、こちらはスキャニング版で補充する方針のようだ。

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1:50,000 凡例の一部

フェルザコルトの出版カタログには、人気のある観光地に的を絞った特別地図 Sérkort も上がっているが、これについては次回紹介しよう。また、測量局時代には、1:25,000地形図 Staðfræðikort も一部の地域で刊行されたが、現在は販売リストから外されている。

さて、地図の購入についてだが、フェルザコルトのサイトで発注すると、Bóksala stúdenta http://www.boksala.is/ のサイトに移るようになっている。ここにも英語版が用意されているので、購入手続きはスムーズだ。ただし、地形図シリーズは扱っておらず、別途フェルザコルトにEメールかFAXで発注しなければならない。

■参考サイト
フェルザコルト http://www.ferdakort.is/
 英語版あり。各地図の紹介は、左メニューの Product Categories から選択。

地図閲覧サイト、販売店については「官製地図を求めて-アイスランド」にまとめた。
http://homepage3.nifty.com/homipage/map/map_iceland.html

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 アイスランドから地形図が消えた日
 アイスランドの地形図、その後

 フェロー諸島の地形図

2010年7月29日 (木)

アイスランドの地形図、その後

本ブログ2007年3月29日の項で報告した「アイスランドから地形図が消えた日」のその後を書き継ぎたい。北大西洋の島国から地形図が「消えた」原因は、同年1月1日に施行された行政改革だった。アイスランド国土測量局 Landmælingar Íslands(英訳 National Land Survey of Iceland)の業務範囲の見直しで、印刷図の刊行や販売部門を廃止し、在庫も処分されることになったのだ。

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この方針自体は別に珍しいことではない。端末装置の普及によって、印刷物を介さない地図利用法が一般的なものとなり、その反動で印刷地図の需要は確実に減退している。測量機関の関与をデジタル地図データの供給にとどめ、エンドユーザ向けの製品開発は民間に委ねるというのが、世界的な傾向だ。しかし、アイスランドの場合、受入れ態勢が決まらないまま、法改正の期日を迎えたために、紙の地形図が入手できない空白期間が生じてしまった。

入札により事業を引き継いだのは、首都レイキャビクで出版と書店を営むイズンメント Iðnmennt 社だった。同社は、フェルザコルト Ferðakort(旅行地図の意)というブランドを新たに立上げて、同年6月から、官製地図の復刊に取組み始めた。そして、買収済みの旧在庫品とともに、同社の書店内に設けた地図コーナーで扱うことにした。年々、美しい表紙カバーをつけた新刊が発表され、往時のラインナップに近づきつつある一方、古い図版を使用した一般図(1:100,000、1:50,000)は改訂が行われず、在庫限りとなる可能性もあるようだ。

アイスランドの地形図体系は、歴史的経緯から大きく3つに区分できる。同国は第二次大戦中の1944年に、デンマークから完全独立を果たすのだが、それ以前にデンマークの手で最初の本格的な国土測量と地図作成が実施されていた。これが1つ目の体系だ。

国土測量局のサイトによると、1900年に軍が開始した事業は、1928年設立の(デンマーク)測地学研究所 Geodætisk Instutut に引き継がれ、1940年までの間に670面の地図が製作された。その中には、1:1,000,000(100万分の1)および1:750,000の概観図、1:500,000および1:350,000の教育用(および一般用)壁掛け地図、全土を9面でカバーする1:250,000主要図 Aðalkort、全87面の1:100,000アトラス地図 Atlaskort があった。また、島の南部と西部については縮尺1:50,000のクォーター地図 Fjórðungskort(図郭が1:100,000の1/4)が117面作られた。

堀淳一氏の著書「地図と風土」(そしえて,1978)の一章に、アイスランドの地形図体系の紹介がある。当時はまだ上記の1:250,000、1:100,000、1:50,000が原図のまま販売されていて、「おそらく、五万分一図を縮めてつなぎ合わせたものを、ほとんど省略とか総描とか、いわゆる編集とよばれる操作を加えることなく、ほぼそのまま一〇万分一図にするというやり方を採っているのだろう」(同書p38)と、実例の写真をあげて推測している。1:250,000はその1:100,000をさらに圧縮したものだ。3つの縮尺シリーズのうち1:100,000アトラス地図は、描写の精度や全土をカバーしている点で需要があると考えられたのだろう。現在も印刷物で頒布されているほか、国土測量局がウェブ上でも公開している。

■参考サイト
アトラス地図閲覧サイト  http://atlas.lmi.is/kortasja/
 初期画面は衛星画像なので、画面上部の Atlaskort を選択してから(下図の状態)、スケールバーで拡大表示させる。

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地形図体系の2つ目は、第二次大戦終結後の東西冷戦と関係が深い。アイスランドは1949年、共産圏に対抗して結成された北大西洋条約機構NATOの原加盟国に名を連ねた。NATOは、北大西洋の防衛に資するために広域測量事業を主導したが、アイスランドでも1955~56年に、三角測量などの実地作業が行われた。当時の米国陸軍地図局 Army Map Service (AMS) が主体となり、国土測量局も作業に協力した。このときの成果が同国測地網の基盤になっただけでなく、製作された1:50,000地形図の情報は、2003年に完成したデジタル地図データベース(IS 50V)にも生かされている。また、現在、同国で1:50,000地形図 Staðfræðikort として販売されているのは、これをAMSの後身、国防省地図作成局 Defense Mapping Agency (DMA) の協力により、1970~80年代に改訂したもの(C761シリーズ)だ。

地形図体系の3つ目は、近刊のベースマップとして使われているデジタルデータだが、これがAMS-DMAの測量成果から導かれたものであるのは先述のとおりだ。ラスタデータは各縮尺が揃っていて、フェルザコルトがこれから旅行地図や道路地図を製作している。

いくらデジタル全盛の時代とはいえ、印刷図の流通が途絶えるのは困惑する事態だったので、こうして再び店頭に多数の地図が並ぶようになったことを素直に喜びたい。それどころかここ数年、官製図の向こうを張って、もう1社、次々と美麗なオリジナル地図を送り出すところが現れた(マゥル・オク・メンニング社 Mál og menning、下記関連記事ではM&M社と略している)。おかげで、今では人口30数万人という小さな国に、もったいないほど多彩な地図文化が花を咲かせている。その様子について、次回から出版社別に紹介しよう。

■参考サイト
アイスランド国土測量局 http://www.lmi.is/
 国土測量局の沿革
 http://www.lmi.is/landmaelingar-islands/saga-landmaelinga-islands/

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