2016年11月13日 (日)

イギリスの1:250,000地形図 II-歴史

1:250,000は、図上1cmで実長2.5kmを表す縮尺だ。しかし、そのルーツをたどれば、いわゆる「クォーターインチ地図 Quarter-inch Map」に行き当たる。これは図上1/4インチが実長1マイルに対応するもので、分数表示では1:253,440になる。

Blog_uk_250k_sample2
1:250,000 クォーターインチ地図 第5シリーズD版
ハイランズ西部(1978年)の一部(×1.6)
© Crown copyright 2016

Blog_uk_250k2
クォーターインチ地図
第4シリーズ表紙
 1948年
image from The Charles Close Society site.

クォーターインチの初版刊行は、1888年のことだ。すでに1859年から1マイル1インチ図(1:63,360)をもとに編集作業が着手されていたのだが、情報量の不足から完成が遅れていた。しかもこの第1シリーズはデザイン、内容とも不評で、途中で改訂版である第2シリーズに切り替えられて、ようやく1918年に全土21面が揃った。

続いて1919年に始まった第3シリーズでは、精度の低いぼかし(陰影)に代えて、段彩を施した200フィート(61m)間隔の等高線が用いられ、道路網が太く強調された。下図でご覧のとおり、クォーターインチ図式の骨格はここで確立され、その後実に70年以上にわたって各シリーズに受け継がれていく。

1934年からの第4シリーズ全19面では、森林に緑色が配されるとともに、自動車旅行の一般化に呼応して、車内で扱いやすいように縦長の折図として販売されるようになった(右写真)。

Blog_uk_250k_sample3
クォーターインチ地図 第3シリーズの例 図番4、右図は一部拡大(×2.0)
image from The Charles Close Society site.

現行版に直接つながるのは、第二次大戦後の1957年に始まる第5シリーズだ。というのも、ここで初めて他の欧米諸国に歩調を合わせて、縮尺が1:250,000に変更されたからだ(下注)。しかし、実際の縮尺の変化は小さかったので、シリーズの名称はクォーターインチ地図のままとされた。つまり、伝統的な測量単位(帝国単位)を名乗りながらも、中身はメートル系に置き換えられていたわけだ。全土を17面でカバーするこのシリーズは、1970年代まで改訂を加えながら刊行が続けられた。表紙のデザインは、他の縮尺と同様、途中で大きく変わったが(下写真)、1インチ地図の赤表紙に対して、青表紙とされた点は共通している。

*注 地図の縮尺表示には「1:250,000またはおよそ4マイル1インチ」と記された。

Blog_uk_250k3
クォーターインチ地図 第5シリーズ表紙
(左)A版、1962年 (中)C版、1966年 (右)D版、1978年

地勢表現には、さらに磨きがかけられた。段彩(高度別着色)は、低地では薄いミントグリーンだが、200フィートでクリームイエローに変わり、高度が上がるにつれて黄系から濃い茶系へと変化していく。それで、平地の多い図葉には爽やかな空間が広がる一方で、山地の卓越する図葉では険しい地勢が強調される。さらに、森林を表す明るいアップルグリーンの塗りが適度なアクセントを添える。

Blog_uk_250k_sample4
クォーターインチ地図 第5シリーズの異版を比較。後の版ほど彩色の明度が向上する
(左)A版、クライド湾 1962年 (右)D版、ハイランド西部 1978年
© Crown copyright 2016

初期は暗めの色調だったが、版を重ねるごとに明度が上がり、美しい見栄えになっていった。実際に今年(2016年)、OS創設225周年を記念して出版された特別図「ハイランド西部 Western Highlands」で、第5シリーズ(D版、1967年、下注)がベースに採用されたことでも、その完成度の高さが窺える。

*注 同一シリーズ中の版 Edition の区別は長らく、Aから始まるアルファベットで(マイナーな改訂はアルファベットに数字を添えて、例:A2)、地図のコピーライト表示の近くに記されていた。ただし、2015年6月から、歴年表示のみに切り替えられている。

Blog_uk_250k4
ルートマスター表紙 1978年

長年親しまれたクォーターインチ地図だが、1978年に開始された新シリーズで、ついにその名が消える。新名称は、道を識る者というような意味の「ルートマスター Routemaster」とされた。形態の点で旧版と違うのは、地図が両面刷りになったことだ。全土を9面でカバーできるように図郭を拡張するかわりに、それを南北に2分割して、表裏に印刷している。用紙も、直前の旧版のおよそ横82cm×縦75cmに対して、123.5cm×48cmと著しい横長サイズに変わった。

これは縦の折返しをなくし、蛇腹状に畳んで扱いやすくする試みなのだが、ユーザーの反応は意外にも冷たかった。そこで、次の版では、同じ図郭のまま、片面刷りに戻されている。当然、用紙が約2倍大になるため、今度は、車中で使うにはかさばって困るという苦情が寄せられたそうだ。

地図図式にも目立った変化があった。実は第5シリーズでは高地の塗り色が濃くなりすぎて、小道や注記が見分けにくいという声が上がっていた。実際にはこの欠点は改版でかなり改善されていたのだが、ルートマスターではさらに思い切って段彩の色を薄くした。等高線の色も茶系から赤系に変えた。また、道路番号の文字はぼかしにかかる部分に白のマージンをつけるなど、細かい工夫もしている。その結果、両図を並べれば、まったく別の図のように見える(下図参照)。濃色の道路網が効果的に目に飛び込んでくる反面、地勢表現にメリハリが感じられなくなったのもまた事実だ。

なお、このルートマスター版を使って、OSブランドの地図帳「OSイギリス地図帳 Ordnance Survey Atlas of Great Britain」(1982年初版)、「OSイギリス道路地図帳 Ordnance Survey Road Atlas of Great Britain」(1983年初版)も制作されている。

Blog_uk_250k_sample5
両者の印象の差は地勢表現の配色の大幅変更によるところが大きい
(左)クォーターインチ地図 第5シリーズC版 ウェールズ北部及びランカシャー 1966年
(右)ルートマスター A版 ウェールズ及びミッドランズ西部 1978年
© Crown copyright 2016

Blog_uk_250k5
トラベルマスター表紙 1993年

1993年からはシリーズ名称が、「トラベルマスター Travelmaster」に再び変更された。新名称には、ターゲットを旅行者一般に拡大する意図が込められたようだ。用紙寸法はそのままだが、図郭が一部変更されて、面数は8面に減っている。ただし、1:625,000の全国図がトラベルマスターの図番1に位置づけられたため、1:250,000図葉には2~9番が振られた。また、図面編集がデジタル化され、それに伴って図式も大幅に変更された。この図式が、多少手を加えながら、現在まで引き継がれているものだ。

2001年以降は、小縮尺図や旅行地図(集成図)が「トラベルマップ Travel Maps」の名でグループ化された。その上でシリーズごとの役割を改めて明確化するために、1:250,000は「ロード Road」と命名された(下注)。その際、図番が1~8番に振り直されたため、同じ図郭でもトラベルマスター時代とは1だけ図番がずれている。

*注 1:625,000全国図は「ルート Route」、旅行地図(集成図)は「ツアー Tour」と命名。

Blog_uk_250k6
OSロード 表紙 (左)2009年 (右)2016年

そして前回も触れたように、2010年1月の供給中止を迎えることになる。この背景には、当時のOSの組織内事情がある。1990年代に急速に進んだ地図のデジタル化で、広い作業スペースが不要になったため、OSは古い本部施設をたたんで、別の場所に移転する準備を進めていた。付随して、これまで200年以上内製してきた地図の印刷と出荷業務も、外部業者に委託する方針が決まる。ところがその際、見直しの対象に挙げられたのが小縮尺図で、費用対効果が低いとして、1:250,000と1:625,000全国図の刊行の取止めが発表されたのだ。

日本の1:50,000の例を引くまでもなく、印刷物としての地形図の供給見直しは世界的な趨勢だ。その中でむしろOSは、フランス国土地理院(IGN)などとともに、地形図に豊富な旅行情報を盛り込むことで、一般市民への浸透を積極的に図ってきた。そのパイオニアでさえ、時代の流れには逆らえなかったのか、と当時は残念に思ったことだ。それだけに、今回装いも新たに復活したOSロードには期待がかかる。この新地図が、車を運転する人にとどまらず、国土をくまなく知りたいと考える多くの層に受け入れられることを願いたい。

Blog_uk_250k_sample6
新版では地勢表現(段彩とぼかし)が改善された
(左)トラベルマスターA版 イングランド南東部 1993年
(右)OSロード イングランド南東部 2016年版
© Crown copyright 2016

本稿は、Tim Owen and Elaine Pilbeam "Ordnance Survey: map makers to Britain since 1791", Ordnance Survey, 1992、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
イギリス陸地測量部(OS) http://www.ordnancesurvey.co.uk/
チャールズ・クロース協会 https://www.charlesclosesociety.org/
The Lez Watson Inexperience - Ordnance Survey Leisure Maps Summary Lists
http://www.watsonlv.net/os-maps.shtml

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの1:250,000地形図 I-概要

2016年11月 6日 (日)

イギリスの1:250,000地形図 I-概要

Blog_uk_250k
1:250,000
OSロード 表紙
図番6 ウェールズ及び
ミッドランズ西部

イギリス陸地測量部 Ordnance Survey(以下、OS)が刊行する地図のマーケティングは、伝統的に、対象となるユーザーごとに的を絞った形で展開されている。「OSロード Road」と通称されるように、1:250,000縮尺図には道路地図の性格が与えられ、ターゲットは自動車のドライバーだ。後で見るように地勢描写もしっかり施されているのだが、道路区分の強調、道路番号の明示、それにラウンドアバウトや急勾配など小縮尺にしては細かい情報も添えられるなど、ドライブ用途に傾斜した造りになっているのが特色だ。

ところがこのシリーズは、2010年1月限りで供給が中止されていた。今回このテーマを取り上げたのは、その消えた1:250,000が7年近い空白期間を経て、今年(2016年)9月に店頭に戻ってきたからだ。「ロード」の名称や、図郭・図番は中断前のものを引き継いでいるが、新版として最新情報が盛り込まれていることは言うまでもない。

それにしても、スマートフォンや携帯端末でデジタル地図が簡単に手に入る時代に、なぜいったん廃止した紙地図を復活させたのか。OSの担当者はこう語る。「デジタル地図は、A地点からB地点へ行く道を知るのにはすばらしいのだが、のんびり車を走らせたり、何か新しいものを見つけたりするときには制限がとても多い。OSロードを休刊してからも、紙地図の優れた点はテーブルの上に広げて学習したり計画を立てたりすることにあるのだという顧客の声を、私たちは絶えず耳にしていた」(下注)。

*注 Ordnance Survey News, 14 September 2016 " Ordnance Survey relaunches road maps" から翻訳引用

モバイル機器を使えば確かに便利だが、小さな画面で広域を見渡すには、縮尺を小さくせざるをえない。そうすると地図表現は概略になり、今度は細部を確認できなくなってしまう。地図ファンとしては、まだ紙地図は駆逐されるべきでないとしたOSの勇断を大いに喜びたいところだ。

Blog_uk_250k_sample
1:250,000 OSロードの一例 ウェールズ北部スノードニア周辺
© Crown copyright 2016

では、その新しい1:250,000「OSロード」の内容を見ていこう。名称の「ロード」というのは、もちろん道路(地図)の意味だ。しかし、アメリカの道路地図のように白地図に道路網と水系だけというのではなく、地勢が明瞭に描かれた「地形図」でもあり、交通網のほかにさまざまな旅行情報が入った「旅行地図」の性格も合わせ持っている。

地図記号は、各縮尺でほぼ共通のデザインが使われており、その点ではなじみやすいだろう。道路の重要度は、青・緑・赤・橙・黄という中塗りの色で表わされるが、主要道路については1:50,000などより若干幅を太くしてある。無骨な感もしないわけではないが、その効果で、道路網を図上で地勢表現などに煩わされずに、文字通りネットワークとして認識することができる。

さらに、道路番号に枠付きの大きな文字が使われ、サービスエリアは両車線/片車線、通年/期間限定と細かく分類されるなど、道路地図らしい配慮が随所に見られる。特に後者の分類は1:50,000などにはないものだ。興味深いのはラウンドアバウトで、この縮尺では省略されてもおかしくないところ、小さいながらもそれらしく描かれている。運転中のいい目印になるからだろう。

鉄道の記号については、標準軌がおなじみの太い実線だが、狭軌線は日本でいうところの私鉄記号ではなく、旗竿の塗りを省いた梯子のようなデザインが使われる。1:250,000図では最初からその形で、濃い段彩に紛れてしまわないための工夫だ。駅も律儀に表示されているので、都市やその近郊では赤い円(ライトレールは黄色の円)が集中して賑やかだ。ただし、駅名はごく一部を除いて、周辺の地名から推測するしかない。

Blog_uk_250k_legend1
凡例 道路・鉄道の部

独立記号では、沖合にある発電用風車 Wind turbine の群が目を引く(一部は山地にも)。灯台も伝統的に描かれているが、今や目標物の地位を奪いそうな勢いだ。凡例には、太陽光発電施設 Solar farm という記号も登場している(ただし選択表示)。一方、陸上では、主に青色の記号で示されるさまざまな旅行情報が溢れている。修道院・大聖堂、水族館、ビーチをはじめ凡例に33個も並ぶ記号の列を見れば、旅行のヒントがいくつも掴めそうだ。

ちなみに保存鉄道 Preserved railway の記号は、長い路線の場合、起終点駅のそばに置かれていることが多い。1:25,000の同じ記号では蒸機が右に向かっているのだが、本図では逆に左向きにされている。

Blog_uk_250k_legend2
凡例 旅行情報の部

次に地勢表現だが、等高線と段彩(高度別着色)、それにぼかし(陰影)も駆使して実感あふれる仕上がりになっている。「クォーターインチ地図 Quarter-inch map」を名乗っていた時代の、メリハリのついたグラフィックを参考にしたのかもしれない。その等高線は、おもしろいことに200フィート(約61m)間隔だ。1:25,000図や1:50,000図ではもちろんメートル刻みなのに、1:250,000には昔の等高線が大切に保存されているのだ(単に全面改版した場合にかかるコストの問題かもしれないが)。標高点はメートル値のため、等高線の高度値はメートル換算で記載してある。

段彩も少々ユニークだ。ふつうは等高線に沿って塗り分けるのだが、ここでは200フィートから600フィートあたりの境界がぼかされて、平野から傾斜地がじわりと立ち上がる様子がうまく表現されている。また、陰影をつけるぼかしも比較的繊細なもので、等高線では表現に限界のある地形の起伏をつぶさに捉えている。

1:250,000は、1993年からの描画作業のデジタル化(「トラベルマスター Travelmaster」シリーズ)の際に、図式が一変した。それまではどちらかというと大人しい印象のグラフィックだったのが、新図式では、太い描線、サンセリフの文字フォントの採用で、見た目にも濃くごわごわした図柄になってしまった。ぼかしもスクリーントーンを切って貼り付けたような品質で、失望したものだ。最新版もその図式を継承しているのだが、地勢表現が改良された(下注)ことで、印象はかなりいい方に変わった。筆者も久しぶりに全面揃えようという気になっている。

*注 中断前のロード図が手元にないため、その時点で改良されたのかは定かでない。

Blog_uk_250k_legend3
凡例 地勢の部
等高線間隔は200フィート(約61m)

Blog_uk_250k_index
1:250,000 OSロード 索引図
8面で全土をカバーする

OSロードシリーズは、8面でイギリス全土をカバーする。各図郭は十分な重複があり、特に図番5「ミッドランズ東部及びアングリア東部 East Midlands and East Anglia」と図番8「イングランド南東部 South East England」は、いずれもグレーター・ロンドン Greater London を図郭に取り込むために大きく重なっている。

価格は5.99ポンド(1ポンド130円として779円)で、1:50,000などの中縮尺図(普通紙版8.99ポンド)よりお得な設定だ。日本のアマゾンや紀伊國屋書店などの通販サイトでも扱っているので、"OS Road Map"などで検索するとよい。

なお、OS公式サイトでは、1:250,000ラスタデータのTIFファイルも無料公開されており、ナショナルグリッド単位でダウンロードが可能だ(下記参考サイトのOS OpenData参照)。印刷物と同等の解像度とはいかないが、実用的には問題ないだろう。

次回は、1:250,000のたどってきた130年近い歴史について、旧版地図の画像を交えながら紹介してみたい。

■参考サイト
イギリス陸地測量部(OS) http://www.ordnancesurvey.co.uk/
OS OpenData https://www.ordnancesurvey.co.uk/opendatadownload/products.html
チャールズ・クロース協会 https://www.charlesclosesociety.org/

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの1:250,000地形図 II-歴史
 イギリスの1:50,000地形図

 北アイルランドの地形図・旅行地図
 アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図

2016年2月 9日 (火)

スコットランドの名物地図

その土地ならではの名物を求めて訪ね歩くのは、旅の大いなる楽しみだ。スコットランドが目的地ならさしずめ、湖のほとりに静かにたたずむ古城、あるいはスモーキーな香りに満ちたスコッチ・ウイスキーの醸造所。それからお土産には、タータンチェックの小物がよさそうだ。コリンズのピクトリアルマップシリーズ Collins Pictorial Maps Series は、4点の主題図でスコットランドの代表的な名物のありかを親切に教えてくれる。

Blog_scotland_castleimage
アイリーン・ドナン城Eilean Donan Castle
Photo by DAVID ILIFF from wikimedia. License: CC-BY-SA 3.0

刊行しているのは、ニューヨークに本拠を置く世界有数の出版社、ハーパーコリンズ HarperCollins。しかし、元をたどれば19世紀前半の創業で、タイムズ地図帳やハーフインチ図の刊行によりイギリスを代表する地図出版社として名を馳せていたバーソロミュー社 John Bartholomew and Son の製作だ。バーソロミュー社はスコットランドの首都エディンバラ Edinburgh が拠点だったので、地元愛あふれる地図があったとしても何の不思議もない。

シリーズは古いものでは1970年代から幾度か改訂が重ねられていて、そのつどカバーデザインも変化してきた。現在は藍地のカバーに統一されている。一種ずつ特色を見ていこう。

「スコットランドの古城地図 Collins Castles Map of Scotland」

Blog_scotland_castlemap

これは、スコットランドの古城や要塞化された邸宅の位置を地図上に克明にプロットしたものだ。その数、実に735か所に上る。ベースマップは縮尺約1:1,000,000(100万分1)のスコットランド全図と、特に存在が集中する地域、グラスゴーからエディンバラにかけてや、アバディーンシャー北部の拡大図だ。地勢を表す段彩を施し、交通網(主要道路と道路番号、鉄道、空港)や観光案内所が記されている。

凡例によると、リストアップの基準は、今日でも何か興味を引くものが残る石造りの城、宮殿、要塞化された邸宅で、12世紀のモット城 motte castle(土盛りした基部に建てられた木製の構造物)の一部を含むが、中世の堀で囲まれた敷地や湖上住居(人工島)crannog は含まない。

地図上では、施設の記号が3色に分けられているが、これは公開の可否を表している。すなわち緑は、通常訪問者に開放されているもの(例えば観光施設や宿泊施設化されているもの)、橙は、ふだん外側からよく見える城や城跡(ただし私有の場合がある)、赤は私邸で原則非公開だ。

記号には連番が振られていて、併載のABC順索引とすぐ照合できる。この索引を見れば、城・邸宅の名称、公開可否、クロスリファレンス(地図との相互参照)のほか、築造形式と時代、連絡先電話番号、ウェブサイトまでわかる。余白には古城の写真がキャプションつきで散りばめられ、お薦めの名城10か所、子どもが特に喜ぶ場所5か所というコラムもある。一読すれば、ある程度の予備知識を仕入れることができる。

「スコットランドのウイスキー地図 Collins Whisky Map of Scotland」

Blog_scotland_whiskymap

スコットランドで操業中のウイスキー醸造所とウイスキー関連の見どころを地図に落とし込んだもので、醸造所108か所、関連観光施設4か所が網羅されている。ベースマップは古城地図と同じ体裁だが、緑~茶系の定番的段彩を使った古城地図に対して、こちらは灰紫系で統一され、陰鬱な冬景色を想像させる。

醸造所を表す記号は、キルン Kiln と呼ばれる麦芽を乾燥させる建物を象っている。これも公開の可否で3色に分けられ、緑は通常一般公開しているもの、芥子色は事前予約者のみに公開するもの、赤は非公開の施設だ。併載の索引は、醸造所名、会社名、公開可否、クロスリファレンス、連絡電話番号、ウェブサイトのリストになっている。

たっぷり取られた余白には、原料となるピート、水、大麦からウイスキーが作られる工程を写真つきで見せるコラムや、ジョニー・ウォーカー Johnnie Walker、J&B、バランタイン Ballantine's など世界に知られたブレンドウイスキーのブランドトップ10の紹介、その輸出先と輸出額を示す地図、スコッチ・ウイスキーに関する詳細情報の入手先など、さまざまなデータが列挙されて興味深い。

Blog_scotland_whiskymap_detail
ウイスキー地図(旧版)を縮小。中央のスコットランド全図の色調などは現行版と異なる。
(画像はAmazon.co.ukから取得)

■参考サイト
スコッチ・ウイスキー協会Scotch Whisky Association
http://www.scotch-whisky.org.uk/

「スコットランドのタータン地図 Collins Tartans Map of Scotland」

Blog_scotland_tartanmap

上記2種とは趣を異にしていて、スコットランドの氏族すなわちクラン Clan と、格子柄のタータン(日本でいうタータンチェック)の関係を地図で示そうというのがこの地図の趣旨だ。

用紙の中央に、17世紀初めにおける各クランの勢力範囲を塗り分けたスコットランド全図が配置されている。それを取り囲むように、2.5×4.0cm角のタータンの織り見本が整然と並んでいるのだが、その数なんと247種。スコットランド・タータン・オーソリティ Scottish Tartans Authority 承認のロゴがついているだけのことはある。

クランシップ(氏族制度)は中世、特に北部のハイランド地方で自治制度の基盤を成すものだった。ところが、名誉革命で王位を追われたジェームズ2世を支持してイングランド政府に抵抗したため(彼らはジャコバイト Jacobite と呼ばれた)、1746年、カロデン・ムーアでの敗戦を境に解体させられてしまう。それ以降スコットランドでも、生活慣習のイングランド化が浸透していくのだが、18世紀半ばにロマン主義の風潮が強まると、民族の誇りの象徴としてクランが再評価されるようになる。そしてあまり普及していなかった南部ローランド地方にも広まったのだ。

Blog_scotland_tartanmap_detail
タータン地図の一部を縮小
(画像はAmazon.co.ukから取得)

クラン地図を見ると、私たちにも馴染みのある名が並んでいる。Mac、Mc(息子の意)が前につくマクドナルド MacDonald(下注)、マッキントッシュ MacKintosh、マッカーサー MacArthur、マッケンジー MacKenzie、ほかにもキャンベル Campbell、カーネギー Carnegie、ダグラス Douglas、ゴードン Gordon など。

*注 マクドナルドだけでも Macdonald、MacDonald、Mcdonald、McDonald、M'donald、M'Donald など綴りには揺れがある。

19世紀後半にタータン・クレーズ tartan craze(タータン熱)と呼ばれる流行期があり、このときクランとタータンの1対1の関係が定められた。この地図はいわばその見本帳のような体裁になっている。一口に格子柄と言っても実に多くの美しい組合せが生み出されていて、織り方の妙を目で追うだけでも見飽きることがない。

■参考サイト
スコットランド・タータン・オーソリティ http://www.tartansauthority.com/

「旧きスコットランド クラン地図 Scotland of Old Clans Map」

Blog_scotland_clanmap

これもクラン関連の地図だが、上記と同じクランの勢力分布図を取り囲んでいるのは、色も意匠もさまざまなクランの紋章だ。標語 Motto、兜の飾り Crests、盾形紋章 Arms の1セットで、その数174種を配した豪勢なイラストマップになっている。

兜の飾りのモチーフには、人物や鳥獣のほかに王冠、剣、帆船、竪琴なども見られる。盾形紋章も獅子、帆船、幾何学文様などバラエティに富む。いずれもクランに伝わる民話や伝説や史実が背景にあるのだろう。異国の紋章について語る知識は全く持ち合わせていないが、これだけ集まれば素人目にも圧巻だ。スコットランドに興味がおありなら、タータン地図とともに一度手に取ってみる価値はある。

Blog_scotland_clanmap_detail
クラン地図の一部を縮小
(画像はAmazon.co.ukから取得)

■参考サイト
スコットランド族長常設協議会 Standing Council of Scottish Chiefs
http://www.clanchiefs.org.uk/

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの旅行地図-ハーヴィー社
 北アイルランドの地形図・旅行地図
 アイルランドの旅行地図

2016年1月11日 (月)

ドイツのサイクリング地図-コンパス社とバイクライン

多彩なドイツ自転車道地図(サイクリングマップ)の世界は、3つの主たるブランドが支えている。前回は、BVAビーレフェルト出版社刊行のADFC(全ドイツ自転車クラブ Allgemeiner Deutscher Fahrrad-Club)公式地図を紹介したが、それと拮抗するラインナップを誇るコンパス社とバイクライン(エステルバウアー社)の製品を見てみよう。

コンパス社 Kompass は、緑の表紙のハイキング地図 Wanderkarte でつとに名高い(下注)。ドイツ語圏の書店の地図コーナーには必ず置いてあるような定番商品の一つだ。ハイキング地図といっても、実態は自転車道やスキールートも収録する総合旅行地図なのだが、これには一つの弱点があった。なんでも載っているばかりに、テーマの掘り下げが十分でない部分が見られたのだ。

*注 コンパス社のハイキング地図については「オーストリアの旅行地図-コンパス社」参照。

Blog_germany_fahrradkarte5
コンパス
サイクリング地図
「東アルゴイ、プファッフェンヴィンケル」表紙

ハイキング地図の第一の目的はルートの位置の明示、つまり道に迷わないようにすることだ。次にルートの状況が重要で、同社の場合、歩き道にはヴェーク Weg(車輪を転がすことができる凹凸の少ない小道)、フースヴェーク Fußweg(それほど険しくない歩き道、英語のフットパス Footpath)、シュタイク Steig(山道、険しい道)が記号で描き分けられている。しかし自転車道は、マウンテンバイクルートとの区分があるだけで、道の主従関係も路面の状況も実際よくわからなかった。情報社会が進んでサイクリングを楽しむ人たちの要望レベルが上がると、目的により適合した地図が求められるようになる。コンパス社としても、従来品では満足してもらえないという判断があったに違いない。

赤い表紙の「コンパス サイクリング地図 Kompass Fahrradkarte」が現れたのはここ数年のことだが、早やドイツ全土をほぼカバーするまでに成長した。テリトリーは、オーストリアのチロル州 Tirol やイタリア側の南チロル Südtirol(上アディジェ Alto Adige)まで拡がっている(下注)。空白地域がまだ残るハイキング地図に比べても、目を見張る充実ぶりだ。

*注 コンパス社の本拠地はチロル州インスブルック Innsbruck なので、チロルを重視するのは当然のことだ。

Blog_germany_fahrradkarte5_index
コンパスサイクリング地図 索引図

縮尺はハイキング地図の1:50,000に対して、サイクリング地図では、単位時間に稼げる距離の違いを考慮して1:70,000に縮小してあるが、これでもADFC地図(1:75,000)より心持ち大きい。地図は耐水紙に両面印刷され、合せて東西70km×南北60km程度のエリアを収録している。また、図葉によって、別刷りの1:20,000主要市街図が添付されていることがある。

内容はどうだろうか。地勢表現はハイキング地図を準用しているようだ。陰影(ぼかし)がかけられ、丘陵地でも起伏を読み取ることができる。官製地形図と並べても遜色のない水準だが、自転車道を引き立たせるために敢えてトーンを抑えている。

その自転車道には紫、橙、緑の3色が使われる。紫が長距離自転車道 Fernradweg、橙が主要自転車道 Hauptradweg、緑がそれらを補完する地方自転車道 Nebenradweg だ。いずれも実線で良好な道、破線で悪路を表現する(下図凡例参照)。長距離道と主要道には、道路地図のような区間距離が添えられ、走るときの目安にできる。地図記号を使った駐車場、宿泊施設、案内所その他の観光情報もひととおり揃っているが、自転車修理場や貸出し所といった、ADFCにある自転車特有の項目が見当たらないのは少々残念だ。

Blog_germany_fahrradkarte5_legend
コンパスサイクリング地図 2013年版 凡例の一部

Blog_germany_fahrradkarte6
コンパス
広域自転車旅行地図
「バイエルン南部」
表紙

なお、もっと広域を一度に見たいという向きには、2015年に新たに刊行された「広域自転車旅行地図 Großraum-Radtourenkarte」がある。縮尺は1:125,000で、両面印刷の地図2枚を1セットにしている。手元の「バイエルン南部 Bayern Süd」の場合、東西215km×南北160kmと広大なエリアを概観できる。内容は上記サイクリング地図とほぼ同じだ。2015年末の時点ではまだカタログに4点しかないが、2017年にはドイツ全土を全12点でカバーするという。

この広域自転車旅行地図がADFCの自転車旅行地図(1:150,000)に、先述のサイクリング地図がADFC地域図(1:75,000)に対応するとすれば、ADFCの自転車旅行ガイドに対しては、「自転車旅行ガイド Fahrradführer」が用意されている。長距離自転車道などのルート案内が目的で、リング綴じ、横長、天綴じのフォーマットと、ADFCとまったく同じような体裁の製品だ。残念ながら筆者は実見していないが、公式サイトによれば、市街図には薬局、自転車修理場、ATMなど実用的な参考情報も掲載されているそうだ。

Blog_germany_fahrradkarte6_sample
コンパス広域自転車旅行地図 表紙の一部を拡大

Blog_germany_fahrradkarte7
バイクライン
サイクリング地図
「プファッフェンヴィンケル」表紙

ドイツのサイクリング愛好者なら、エステルバウアー Esterbauer 社の名は知らなくても、「バイクライン bikeline」のブランドにはきっと馴染みがあるに相違ない。「何の気苦労もなく自転車を楽しむために」の一言をロゴに添えたセルリアンブルーの表紙の地図やガイドブックは、ADFCとともに書店の地図棚の常連だ。オーストリアを拠点にするエステルバウアー社は1980年代の創業で、サイクリング関係の出版を専門にしている。公式サイトによればすでに400点以上のタイトルがあるという。主力製品は、サイクリング地図と自転車旅行ブックで、言うまでもなく前者は1枚もの折図、後者は横長スタイルの冊子だ。

バイクライン サイクリング地図 bikeline Radkarte」は、ドイツの主要地域のほか、オーストリアやフランスのアルザス地方の一部もカバーする。縮尺は1:75,000で、他社製品と同じく、耐水紙に両面印刷されている。収録エリアは、東西65km×南北60km程度の範囲だ。余白に主要市街図が添えられている。

Blog_germany_fahrradkarte7_index
バイクライン サイクリング地図 索引図

メイン図のベースマップは比較的簡単なものだ。標高データから生成したと思われる等高線は、山地では滑らか過ぎ、平地では不自然な形状なのだが、登山用ではないから地形の概観が掴めればいい、という考えだろう。交通路や市街地は正確に描かれているが、地勢と同様、色のトーンが落とされ、鮮やかな色を用いた自転車道との対比に効果を発揮している。3社のなかではルートの視認性(見易さ)が最も高く、この点が人々に長く支持されてきた理由の一つだと思う。

では、肝心の自転車道はどうか。凡例を下に掲げた。まず主要ルート Hauptroute とそれを補完する地方ルート Nebenroute、その他の自転車ルートという大きな括りがある。その中で自転車道 Radweg と自転車ルート Radroute を線の色で分類し、さらに舗装・未舗装、悪路、玉石舗装など道路の状況を線の形状で区別する。コンパス社よりはるかに親切で、実走調査が行き届いていることがわかる。ただ、紫、赤、茶、黄、ピンクと多くの色を用いたため、地図上でルートの主従関係、あるいはネットワーク構造が直感的に理解しにくくなっているのが惜しい。

道路状況以外では、区間距離、道路勾配、修理場や自転車貸出所、駐輪場の位置などサイクリングに役立つ必要な情報が網羅されている。ADFCの地図では図郭内を走る自転車道について文章による説明もついているが、バイクラインには特にない。その役割はガイドブックに任せて、地図はグラフィックによる情報表現に徹するものと決めているようだ。

Blog_germany_fahrradkarte7_legend
バイクライン サイクリング地図2013年版 凡例の一部(和訳を付記)

Blog_germany_fahrradkarte8
バイクライン自転車旅行ブック
「長距離自転車道
ハンブルク~ブレーメン」表紙

これに対して、長距離ルートに焦点を絞ったブック形式のガイドは「自転車旅行ブック Radtourenbuch」の名称で刊行されている。会社の事業としてはこちらが本領のようで、テリトリーは、ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)にとどまらず、オランダ、フランス、デンマーク、スペイン、イタリアなどにも及ぶ。他社と同様の横長判でリング綴じだが、ADFCやコンパス社の縦開きに対して、バイクラインは左に綴じ目がある横開きタイプだ。

ここまでドイツをカバーする3社のサイクリング地図を概観してきた。それぞれに特徴があって、一概に優劣はつけがたいのだが、敢えて私見を述べれば、情報の種類と量ではADFC、地図自体が洗練されているのはコンパス、地図の見易さではバイクラインが優位に立っている。とはいえ、机上で眺めているのと実走で参照するのとでは、着眼点が変わるに違いない。実際に使ってみた感想をお持ちの方は、ぜひコメントをお寄せいただきたい。

これらの地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも購入できる。"Kompass Fahrradkarte" "bikeline" などで検索するとヒットする。

■参考サイト
コンパス社 http://www.kompass.de/
エステルバウアー出版社 http://www.esterbauer.com/

★本ブログ内の関連記事
 ドイツのサイクリング地図-ADFC公式地図
 ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に

 オランダのサイクリング地図
 デンマークのサイクリング地図
 オーストリアの旅行地図-コンパス社

2015年12月27日 (日)

ドイツのサイクリング地図-ADFC公式地図

Blog_germany_fahrradkarte1
葡萄山の自転車旅行
(c)ADFC/Marcus Gloger

2014年に実施されたEUの調査(下注)によれば、EU市民に聞いた「ふだんどの交通手段を最もよく使うか?」という質問に対して、自転車と答えた人の割合は、オランダの36%を筆頭に、以下デンマーク(23%)、ハンガリー(22%)、スウェーデン(17%)、フィンランド(14%)、ベルギー(13%)の順となっている。ドイツは7位の12%で決して高いとはいえない。しかし、ドイツの総人口はオランダの4.8倍もあるから、日ごろ自転車に親しんでいる人の実数ははるかに多いはずだ。

*注 "QUALITY OF TRANSPORT Report", Special Eurobarometer 422a, European Union, 12/2014

それを傍証するように、サイクリングルートや周辺情報を案内する自転車道専用地図(サイクリングマップ Fahrradkarte、下注)の種類は、他国にもまして豊富だ。全国規模でカバーしているものに限っても、筆者の知る範囲で3つのブランドがしのぎを削っている。

*注 ドイツ語で自転車はファールラート Fahrrad またはラート Rad、自転車道はラートヴェーク Radweg、サイクリング地図はファールラートカルテ Fahrradkarte。

一つ目はヨーロッパの旅行地図最大手のコンパス社 Kompass が刊行するシリーズ。縮尺1:70,000でドイツ全土をほぼ網羅する。二つ目はオーストリアのエスターバウアー出版社 Esterbauer Verlag が刊行する縮尺1:50,000~1:75,000のバイクライン Bikeline シリーズ、三つ目が今回紹介するBVAビーレフェルト出版社のシリーズになる。コンパス社は一般的な旅行地図も作っているが、後2社は自転車旅行に焦点を絞ったいわば専門店だ。

*注 このほか、各州の測量局あるいはそこから事業を引き継いだ民間会社が製作している「官製」旅行地図にも、自転車道の記載がある。本ブログ「ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に」参照。

とりわけBVAビーレフェルト出版社 BVA Bielefelder Verlag のサイクリング地図の特徴は、ドイツのサイクリング同好者のための組織「全ドイツ自転車クラブ Allgemeiner Deutscher Fahrrad-Club、略称ADFC」(下注)の公式地図 offizielle Karte に位置づけられていることだろう。ADFCとの共同編集を謳い、「サイクリストによってサイクリストのために von Radfahrern für Radfahrer」のモットーに従ってADFCが、調査したデータを提供し、内容を保証している。表記がドイツ語のみで外国人には使いにくいのが難だが、凡例(下の画像に和訳を付記)さえ理解すれば、読図に大きな支障はないはずだ。

*注 ちなみに、日本にも同様の目的で創設された「日本サイクリング協会」がある。

Blog_germany_fahrradkarte2
ADFC自転車旅行地図
「オーバーバイエルン/ミュンヘン」
2010年版表紙

同社の刊行地図のうち代表と言えるのが、縮尺1:150,000 の「ADFC自転車旅行地図 ADFC-Radtourenkarte」シリーズだ。ADFCのサイトによると、累計280万部以上と世界で最もよく売れているサイクリング地図だそうだ。野外への携帯を考慮して耐水・耐擦紙が使われている。体裁は片面印刷の折図で、27面でドイツ全土をカバーする。フーバー地図製作社 Kartographie Huber 製のベースマップは、5km間隔のグリッドが入り、等高線とぼかし(陰影)で地勢を表現している。森林を表す緑色(シャトルーズグリーン)に比べて市街地のグレーは控えめで、見る人を町から郊外に誘い出す効果が期待できそうだ。

Blog_germany_fahrradkarte2_index
ADFC自転車旅行地図 索引図

主要テーマである自転車道は、彩度の高い赤や緑を使って強調される(下の凡例参照)。赤色は長距離自転車道 Radfernweg などネットワークの骨格をなすルートで、中でもDルート D-Route(集合体としてDネッツ D-Netz)と呼ばれる全国規模の基幹ルートは、ピンクでマーキングされ、別格の扱いだ。他方、緑色は地域内に張り巡らされた補完ルートを示している。

ルート上には、修理工場、食堂、キャンプ場など沿線で利用できる施設のピクトグラムが置かれ、急な坂道には勾配に応じた注意表示もある。また、別添された冊子には、風景の美しい自転車道の紹介や、旅行案内所の連絡先、「ベット・ウント・バイク bett+bike」(ベッドと自転車の意)と呼ぶADFC提携宿泊施設のリストなどが簡潔にまとめられている。自転車での旅行計画を立てるなら十分な情報量といえるだろう。

Blog_germany_fahrradkarte2_legend
ADFC自転車旅行地図2010年版 凡例の一部(和訳を付記)

Blog_germany_fahrradkarte3
ADFC地域図
「バイエルンの湖沼群」表紙

しかし1:150,000という縮尺では、地図から実位置を特定するのはやや難しい。実際に自転車を駆って旅に出れば、もう少し詳しい情報が欲しくなる。縮尺1:50,000または1:75,000の「ADFC地域図 ADFC-Regionalkarte」シリーズは、そうした希望に応えるものだ。シリーズの既刊は60数点に上るが、全土をカバーしているわけではなく、川沿いなどの人気ルートや都市近郊の日帰りルートが中心の品揃えだ。

上記の旅行地図に比べて、同じエリアが2~3倍に拡大表現されているから、盛り込まれた情報の量が格段に違う。記載されている自転車ルートの数が多いし、おのおのの道路状況に関する情報も詳しい。凡例(下図参照)でおわかりいただけるように、静かに走れる道、中程度の交通量の道、クルマが多くて避けるべき道、玉石舗装や砂利敷きなどで走りにくい道、あるいは走れない道など、実走調査に基づく細かい仕分けには、ドイツらしい周到さが滲み出る。ADFCのサイトでは、サイクリング旅行のための頼りになる同伴者と紹介されているが、決して誇張ではない。

Blog_germany_fahrradkarte3_index
ADFC地域図 索引図
Blog_germany_fahrradkarte3_legend
ADFC地域図2013年版 凡例の一部(和訳を付記)

どちらのシリーズも8~9ユーロ(1ユーロ130円として1,040~1,170円)と手ごろな価格なので、机上のプランニングは旅行地図で、実地走行中は地域図で、というように使い分けるとなおいいだろう。

Blog_germany_fahrradkarte4
ADFC自転車旅行ガイド
「ライン自転車道中部」表紙

また、こうした大判のサイクリング地図とは別に、リング綴じの冊子も多数刊行されている、こちらは地図つきの自転車旅行用ガイドブックで、主に鉄道駅を起点にした日帰り旅行のための「ADFC自転車日帰り旅ガイド ADFC-Radausflugsführer」と、長距離自転車道を使った長旅向けの「ADFC自転車旅行ガイド ADFC-Radreiseführer」の2種類がある。

横長判で天綴じされ、専用ホルダーで自転車に装着すれば、実際に走りながらでも参照できるのが大きな特徴で、用紙も厚めの耐水・耐擦紙だ。地図はルート順にページ建てされていて、メインの縮尺は1:50,000か1:75,000だが、大きな町については縮尺1:15,000程度の市街図が挿まれている。ルート上の主要分岐点には道案内の説明文も用意され、初めての道でも迷わないための工夫がある。名所・見どころの紹介はガイドブックならではのもので、地図で位置を照合しながら、旅行プランを膨らませることができそうだ。

ビーレフェルト出版社のADFC地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも購入できる。"ADFC-Radtourenkarte"、"ADFC-Regionalkarte"などで検索するとよい。

コンパス社とバイクラインのサイクリング地図については次回

冒頭の写真はADFC公式サイト http://www.adfc.de/pressefotos/ で提供されている画像「Fahrradtour in den Weinbergen(葡萄山の自転車旅行)」を使用した。

■参考サイト
BVAビーレフェルト出版社 http://www.fahrrad-buecher-karten.de/
ADFC(全ドイツ自転車クラブ) http://www.adfc.de/
D-Netz  http://www.radnetz-deutschland.de/

★本ブログ内の関連記事
 ドイツのサイクリング地図-コンパス社とバイクライン
 ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に

 オランダのサイクリング地図
 デンマークのサイクリング地図

2015年6月28日 (日)

アイルランドの道路地図帳

鉄道路線が地方の観光地をカバーしていないアイルランドでは、レンタカーも個人旅行の有力な選択肢になる。日本と同様、車両が左側通行であることも、慣れない土地では安心要素だ。そこで、アイルランドに特化した道路地図帳をいくつか紹介しておこう。

アイルランド共和国の地図作成機関であるアイルランド陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) が、北アイルランドの測量局(OSNI)との共同編集による「アイルランドOSI公式道路地図帳 Official Road Atlas Ireland」を刊行している。現行版は2015年第6版だ。

Blog_ireland_roadatlas1
OSI公式道路地図帳 表紙 (左)2002年第3版 (右)2010~11年版

スパイラル綴じで、サイズはA4判より天地が少し短い横22.5×縦27cm。メインの道路地図は縮尺が1:210,000(3.3マイル1インチ、下注)で、68ページに区分され、主要11都市については別途、1:85,000または1:30,000の縮尺で市街図が用意されている。そのほか、道路標識の一覧や主要都市間距離表、そして巻末に地名索引が付く。

*注 3.3マイル1インチは、図上1インチで実長3.3マイルを表す縮尺の意。以下の用例も同じ。

色分けによる道路区分や旅行情報の記号形状など道路地図の基本仕様は、同じ共同刊行物である1:250,000図に準じている(下注)。地勢を段彩で表現するのも同様だが、1:250,000図が低地に緑、高地に茶色を使っているのに対して、地図帳のほうは茶系に統一され、道路網を強調するためか、0~150mは淡いクリーム色でほとんど白地に見える。縮尺が1:210,000と中途半端なのは気になるが、地図に10kmグリッドが引かれているので、距離感を掴むのに支障はない。

*注 1:250,000図については、本ブログ「アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図」参照。

道路地図らしい特色と言えるのは、区間距離の記載とともに、速度制限に関する表示があることだ。速度検出区間が赤で縁取られ、スピードカメラの設置場所も赤い記号でよく目立つ。交通安全局 Road Safety Authority(RSA)の協力がうたわれているので、抑止効果を狙った政府の施策の一環なのだろう。

この縮尺でも市街地の詳細は描ききれないので、市街図が補完の役割を果たすことになる。筆者が持っている2002年の第3版では大雑把で実用性の低いものだったが、現行版は改良が進み、太く描いた街路の上に大文字で街路名を書き入れるという、A-Z風のスタイルになっているようだ。

Blog_ireland_roadatlas2
コリンズ総合道路地図帳
2014年版 表紙

アイルランドの旅行地図」の項で紹介したコリンズ Collins も、3種の道路地図帳を刊行している。掲載されている地図はどれも洗練された配色が好ましく、OSI図のそれが野性的に見えるほどだ。3種のうち最も情報量が多いのが「アイルランド総合道路地図帳 Ireland Comprehensive Road Atlas」で、A4判160ページ、スパイラル綴じの冊子になる。

地図の構成は2段構えで、まずルートプランニング図 Route Planning Maps として、縮尺約1:570,000(9マイル1インチ)で全島を8ページで表す区分図が提示される。100mごと(ただし700m以上は同色)の段彩をかけたベースマップに交通網、行政界、地名が詳しく盛り込まれており、美的にも優れた出来栄えだ。

続いて島内の見どころ Places of interest の案内が写真と地図索引つきで7ページ、その後ようようメインの道路地図が来る。縮尺1:200,000(3.2マイル1インチ)で、全島を64ページに区分している。フォントも地図記号もサイズがやや大きめなので、一種のでか字版と見なせるだろう。道路網の描写はOSI版と同程度の詳細さだが、ラウンドアバウトや立体交差の記号があるのが、運転中の位置確認に効果を発揮しそうだ。区間距離がマイルとキロメートルの併記になっているのも実用的だ。一方、速度検出区間の表示は道路の中央に点線を並べるスタイルで、注意喚起という意味ではOSI図のほうが視覚的に勝っているように思う。

続く市街図は15都市を収載する。すべての街路に名を付したA-Z図スタイルで、余白に地名索引も付いている。とりわけベルファスト Belfast、コーク Cork、ダブリン Dublin、リムリック Limerickの主要4都市は拡大区分図とされ、路地の隅々まで明瞭に読み取ることができる。またこの4都市については、見どころ案内を含む旅行情報も提供されている。

Blog_ireland_roadatlas2_detail
表紙の一部を拡大

Blog_ireland_roadatlas2_legend
凡例

次に詳しいのは「アイルランド道路地図帳旅行版 Road Atlas Ireland Touring Edition」だ。これもA4判で、64ページのペーパーバック(並製本)になる。ルートプランニング図は縮尺が1:1,000,000で、全島を4ページに収める。一方、30ページを占めるメインの道路地図は1:330,000(5.2 マイル1インチ)と、総合地図帳より縮小されるが、却ってでか字感が解消され、筆者にはジャストサイズに映る。ただし、里道の描写は一部省略されているようだ。

市街図は11都市に減り、都市の見どころ紹介も割愛されているが、ガイドブックの役割をそれほど期待しないのであれば、価格を含めて3種のうちで最も実質的な地図帳と言えるだろう。

アイルランド ハンディ道路地図帳 Handy Road Atlas Ireland」は、扱いに便利なA5サイズ、64ページのペーパーバックだ。道路地図の縮尺は1:570,240(9マイル1インチ)になる。このレベルでは、地方道 Regional Road(北アイルランドではB級道路 'B' Road)に指定されていないような道路の描写はかなり省略されてしまう。1枚ものの旅行地図でもコリンズの場合、1:511,000(8マイル1インチ)とこれより大きく、敢えて区分図の地図帳を選ぶメリットは少ない。

Blog_ireland_roadatlas3
AAアイルランド道路地図帳
2012年第5版 表紙

イギリスのAA (Automobile Association) の出版リストにも、アイルランドの道路地図帳が2種載っている。「アイルランド道路地図帳 Road Atlas Ireland」はA4判104ページ、メインの道路地図の縮尺はライバルと同じ1:200,000だ。OSIやコリンズに比べて観光情報がこまめに記載されているが、地勢表現はなく、地名表記も少なめで、デザインは全体的に野暮ったい。実用性はともかく、見て楽しい地図とは言えない。

それに対して市街図は、街路索引を伴って各都市をコンパクトにまとめている。主要な通りや一方通行の表示が強調され、良好に読取れる。なお、街路名は一部記載が省略されている。高速道路については、路線ごとにインターチェンジやジャンクションの形状と接続道路を案内したページが用意されているのが興味深い。

Blog_ireland_roadatlas3_detail
表紙の一部を拡大

もう1種の「グローブボックス版アイルランド地図帳 Glovebox Atlas Ireland」は、グローブボックス(車の助手席の前にある物入れ)に収まる大きさという意味で、横16.5×縦21.6cm、A5判よりやや大きい程度のコンパクトサイズだ。全80ページで、スパイラル綴じされている。メインの地図の縮尺は1:300,000で、地図表現としてはちょうどいい粗密度になる。

筆者は、デザインに長けたコリンズの「旅行版 Touring Edition」がやや優位なように感じるが、紹介した地図帳はそれぞれ特徴を持っている。大部分が日本のアマゾンでも購入できるとはいえ、現地に行く機会があるのなら、店頭で実際に手に取って吟味するのが一番だ。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部オンラインショップ http://www.osi.ie/
AAオンラインショップ http://shop.theaa.com/store/

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの旅行地図
 北アイルランドの地形図・旅行地図

2015年4月 5日 (日)

北アイルランドの地形図・旅行地図

Blog_northernireland_50k1
OSNI 1:50,000
ベルファスト
2000年版表紙

アイルランド島の北東部6州は、北アイルランド Northern Ireland としてイギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)の一部を成している。しかし、この地域の官製地形図を作成してきたのは、イギリスの陸地測量部 Ordnance Survey ではなく、北アイルランド政府に属するオードナンス・サーベイ・ノーザン・アイアランド Ordnance Survey Northern Ireland (OSNI)、日本語でいう北アイルランド陸地測量部だ。

アイルランドの地形図-概要」の項にも記したとおり、アイルランドの近代測量は、イギリスの統治下にあった1824年に始まる。この年、アイルランド陸地測量部が設立され、トーマス・コルビー Thomas Colby 率いる調査隊によって、1846年までの間に全島の1マイル6インチ図(1:10,560)が完成した。しかし、1920年にアイルランド統治法が成立したことで、連合継続を望む北東6州と分離独立を求める他の26州(後のアイルランド共和国)は、それぞれ独自の政府と議会を有することになった。これに従い、陸地測量部の機能も南北に分割され、北アイルランドではOSNIが業務を引き継いだのだ。

OSNIは2008年に行政改革の一環で、財務・人事省に属する国土・資産局 Land and Property Services に統合され、独立した組織ではなくなった。しかし、ブランド名としては今も継続して使用されている。今回はOSNIブランドで刊行されている汎用地形図・旅行地図の概要を、適宜アイルランド共和国陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) の製品とも比較しながら紹介しよう。

1:250,000は、北部、西部、東部および南部の4面でアイルランド全島をカバーする。このうち「北部 North」がOSNIの担当だ。というのも、この1面に北アイルランドの全域が収まるからで、同地域の都市の位置関係や道路網などを概観するには格好の地図といえるだろう。地図の仕様は共和国のOSIが受け持つ3面と共通なので、詳細は「アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図」を参照願いたい。

Blog_northernireland_126k
OSNI
ハーフインチ地図表紙
図番2 北東部
1968年版復刻

1:126,720(ハーフインチ地図 Half-inch map)もかつては全島にわたって整備されていた。図上1/2インチで実長1マイルを表し、クォーターインチ地図 Quarter-inch map(≒1:250,000)と1インチ地図 One-inch map(1:63,360)の中間の縮尺という位置づけだった。正規の図郭は全島を25面でカバーするのだが、それとは別にOSNIは、4面で島の北部をカバーする集成図を作成していた。管理や販売の手間を省くためだろう。このため、北アイルランドでは、正規図が在庫限りとされ、更新も行われなかった。1990年代のカタログでは、図番5 ベルファスト Belfast が絶版と記されている。

Blog_northernireland_126k_sample
ハーフインチ地図 図番2の一部

これに対して1:50,000は現存のシリーズだ。同じく全島統一の図郭で作成され、全92面のうちOSNIは18面を担当している。座標系はもとより図式などの基本仕様はOSNI、OSIとも共通なのだが、販売の体裁は異なる。OSIが全体を「ディスカヴァリー(発見)シリーズ Discovery Series」と名付けるのに対して、OSNIは「ディスカヴァラー(発見者)シリーズ Discoverer Series」と少し変え、表紙デザインにいたってはまるで別物のようだ。

Blog_northernireland_50k2
OSNI 1:50,000地形図表紙
(左)図番27 上アーン湖 2001年版
(右)図番4 コールレーン 2012年版

ディスカヴァラーシリーズは、18×11.5cmの厚紙カバーがついた折図で、各図幅40km×30kmのエリアをカバーする。グリッドは1km単位で刻まれている。地勢表現は10m間隔の等高線で、さらに段彩が施される。この段彩の仕様はOSIとOSNIで異なり、前者が100mごとに色を変えているのに対して、後者は50mごとと小刻みだ。配色も、低地を表す緑系で見ると、前者は標高0~100mで最も濃くなるが、OSNIは0~50mが最も薄い。色面は視覚に直接訴えるだけに、双方の図を見比べると少し違和感を覚えるかもしれない。

なお、1990年代までは伝統的な1:63,360(1マイル1インチ図)も供給されていたが、1978~85年の第3版刊行を最後に、1:50,000に道を譲った。

Blog_northernireland_50k_index
1:50,000索引図 赤色の数字がOSNI担当の図葉
Blog_northernireland_50k_sample
1:50,000図の一例 OSNI公式サイトより

1:25,000は全域をカバーしておらず、人気の高い旅行スポットに限定した旅行地図として刊行されている。OSNIの2003年版カタログには、域内最高峰を擁するモーン・カントリー Mourne Countryのほか、湖水地方の下アーン湖 Lower Lough Erne、上アーン湖 Upper Lough Lake、東部のスリーヴ・クルーブ山 Slieve Croob、計4面の案内がある。10m間隔の等高線で地勢を表すとともに、1:10,000図を縮小したベースマップの上に道路などを重ね描きしてあり、色調が淡泊なだけに、赤いピクトグラムで示される旅行情報がよく目立つ地図だった。

Blog_northernireland_25k1
1:25,000旧版
(左)モーン・カントリー 1996年版 (右)下アーン湖 1995年版

2015年の現行版はかなり様変わりしている。「アクティヴィティ(活動)シリーズ Activity Series」という総称がつき、すでに6点のラインナップがある(下注)。表紙も、風景写真に人目を引く特大の文字を重ねた、官製らしからぬデザインだ。用紙も横95cm×縦84cmと大きく、かつ両面印刷なので、掲載範囲はかなり広い。例えば、世界自然遺産のジャイアンツ・コーズウェー(巨人の土手道)Giant's Causeway を図郭に含む「コーズウェー海岸及びラスリン島 Causeway Coast and Rathlin Island」は、東西60kmものエリアがすっぽり収まる。等高線間隔は10mで、標高200mの前後で色を変える段彩が施されている。

*注 内訳は、紹介したコーズウェー海岸図葉のほか、「スリーヴ・クルーブ山を含むモーン山地 The Mournes including Slieve Croob」「アントリム峡谷 Glens of Antrim」「アーン湖 Lough Erne」「スペアリンズ山 The Sperrins」「ストラングフォード湾 Strangford Lough」

Blog_northernireland_25k2
1:25,000現行版 コーズウェー海岸およびラスリン島 2010年版
(左)表紙(右)裏表紙
Blog_northernireland_25k2_sample
1:25,000図の一例(モーン山地) OSNI公式サイトより

OSIも同じ趣向の「アドヴェンチャーシリーズ Adventure Series」を発表している(下注)が、地図の印象はだいぶ異なる。OSI図は、等高線、地籍界、森林・岩石地を表すパターンの三者が似た色を使っているため、重なると視認性が落ちてしまうのが難だ。その点、OSNIは色を変え、森林は薄い網掛けにするなど、読取り易さに配慮が感じられる。

*注 アドヴェンチャーシリーズについては、本ブログ「アイルランドの旅行地図」参照。

旅行情報の充実については、両者とも力を入れている。OSNIのシリーズでは、観光案内所や駐車場、キャラバンサイトのような一般的な項目に加えて、ウォーキング、サイクリング、ポニートレッキング、ロッククライミング、スキューバダイビング、カヌー、サーフィンなど、野外活動適地の記号が盛りだくさんで、アクティヴィティマップと呼ぶにふさわしい。

イギリス(グレートブリテン島)では縮尺1:25,000の「エクスプローラーシリーズ Explorer Series」が、最も詳しい旅行地図として定着している。OSNIの「アクティヴィティシリーズ」もそのような水準を目指しているのだろう。

■参考サイト
OSNI地図(公式サイト) http://www.nidirect.gov.uk/osni
同 オンラインショップ https://mapshop.nidirect.gov.uk/

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの地形図-概要
 アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図
 イギリスの1:250,000地形図 I-概要
 イギリスの1:250,000地形図 II-歴史

 アイルランドの旅行地図
 アイルランドの道路地図帳
 スコットランドの名物地図
 イギリスの旅行地図-ハーヴィー社

2015年3月31日 (火)

アイルランドの旅行地図

アイルランド陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) が刊行する一般向けの地図は、多かれ少なかれ旅行者志向で編集されているのだが、このジャンルに特化すれば、民間の地図会社も負けてはいない。今回はOSI官製図と民間図の特色を比較してみよう。

Blog_ireland_450k
OSI刊行 アイルランド旅行地図
(左)初版 2000年 (右)第5版 2012年

アイルランド島は東西300km、南北400kmほどの広がりをもつ。全島を大判用紙1面に収めた旅行地図としては、OSIがその名も「アイルランド旅行地図 Ireland Touring Map」(右写真)を刊行している。表紙つきの折図と別綴じの地名索引から成り、地図の縮尺は1:450,000だ。

タイトルでは旅行と銘打っているのだが、実態は、若干の観光情報を追加した道路地図というほうが正確だ(下注)。道路網は道路区分で色分けされ、道路番号はもとより区間距離も付されている。さらにシーニックルート(景勝区間)はミシュラン張りに緑の傍線が引かれ、ビューポイント(展望台)の記号も見られる。一方、旅行情報のほうは限定的で、観光案内所、キャラバンサイト、宿泊施設、ゴルフコース程度しかない。それより惜しいのは、標高点こそ随所に打たれているものの、地勢表現が一切ないことだ。せめて陰影(ぼかし)をつけて、どのあたりが山がちなのかわかるようにすれば、より旅行地図らしさが出てくるのだが。

*注 OSIのカタログによれば、同じ体裁で「アイルランド道路地図 Ireland Driving Map」も刊行されている。サンプル図を見る限り、こちらは旅行情報が省かれているようだ。

Blog_ireland_touringmap1

1枚ものの旅行地図であれば、民間ブランドのコリンズ Collins(下注)のほうがお勧めだ。コリンズの「アイルランド旅行地図 Touring Map Ireland」(右写真)は、縮尺が8マイル1インチ(図上1インチで実長8マイルを表す、分数表示では1:511,000)。道路網については、道路区分による色分けや道路番号の表示がなされているが、区間距離の記載は国道 National Road に限られ、この点ではOSIのほうが親切だ。

*注 刊行元は、ハーパーコリンズ社HarperCollins。

しかし、旅行情報はユースホステル、史跡、庭園、ゴルフコース、ビーチ、馬場、テーマパークなどと幅広く、また記号を赤丸で強調しているのも識別しやすい。さらにOSIにはないぼかし(陰影)が施されて、およその地勢が把握できる。国立公園には緑のアミがかけられ、公園名の注記も目立つフォントが使われている。情報量が多いにもかかわらず、個別の情報を認識しやすいようによく考えられたデザインといえるだろう。加えて、添付の索引には、地名リストのほか、見どころをテーマ別にまとめたリストがあり、名称をもとにして図上位置を確かめることも容易だ。

Blog_ireland_touringmap1_sample
裏表紙の一部を拡大

このような1:500,000程度の広域を見渡せる地図は旅行計画の概要を作るときにいい。しかし、実際に山野を歩くときに携行するとなると話は別で、もっと大きな縮尺、最低でも1:50,000、できれば1:25,000くらいが必要になる。

Blog_ireland_25k2

OSIは昨年、新たな旅行地図シリーズの刊行を発表した。人気の高い旅行スポットに特化する縮尺1:25,000の「アドヴェンチャーシリーズ Adventure Series」(右写真)だ。アイルランドで全国をカバーしている官製地形図の最大縮尺は1:50,000なので、これは特別図の扱いになる。もっとも、以前からこうした観光地を対象にした1:25,000は存在していた。下の写真のキラーニー国立公園やアラン諸島の図葉がそうだ(下注)。今回の企画はこれを発展させたもので、OSIの告知によれば、完成すると全13面の本格的なシリーズになるという。

*注 そのほか、マクギリーカディー山脈 Macgillycuddys Reeks、ブランドン山 Brandon Mountainがあった。2015年3月現在、一部はまだ販売されている。

Blog_ireland_25k1
OSI 旧1:25,000
(左)キラーニー国立公園 1997年 (右)アラン諸島 第2版 2002年
Blog_ireland_25k2_index
アドヴェンチャーシリーズ索引図(OSI公式サイトより取得)

その第1弾(先行版)として2014年に刊行されたのが「マクギリーカディー山脈およびキラーニー国立公園 Macgillycuddy Reeks & Killarney National Park」だ。標題の地域は島の南西部にある。マクギリーカディー山脈は島で一番の高峰群(といっても900~1000m台)が並び立つトレッキングの適地として、また、キラーニー国立公園は3つ連なる湖や古城のある景勝地として知られる。両地域は隣接しているが東西に広いため、2面に分割し、大判用紙に両面印刷されている。それでも従来別々の図葉だったものが、1つにまとめられたのだからお買い得だ。

等高線は、日本の同縮尺図と同じ10m間隔で描かれる。さらにOSIの他の縮尺図と同様、100mごとの段彩が施されて、読図を助けてくれる。山頂を示す標高点には、標高別に3段階の色が置かれるのが珍しい。また、アイルランド最高峰のキャラントゥール山 Carrauntoohil 周辺については、2倍拡大図(1:12,500)が挿入され、山麓からの登山ルートが詳細に示されている。

*注 キャラントゥール山の標高は、OSI公式サイトによれば1038mだが、この図では1040m と記載されている(OSIの他の縮尺図では1039m)。

トレッキングや自然観察に役立つ情報として、地表面については、針葉林、自然林、混合林、湿地という従来の区分のほかに、泥炭地、同 採掘跡、モレーン(氷堆石)、がれ場の記号が加えられた。ただ、記号の網目が粗かったり、パターンが大きいなどのために、等高線が読取りにくくなってしまったのが惜しい。

旅行情報では、他の縮尺図でも使われる地図記号のほかに、遊覧馬車(ルート)、乗馬観光、バードウォッチング、遊覧船乗場、岸釣り、船釣りなど新たな項目が入り、写実的なデザインの記号が与えられている。もとよりハイキングルートやサイクリングルートは、ルートに太い破線を添えてあるので見落としようがない。

Blog_ireland_25k2_legend
アドヴェンチャーシリーズ 凡例の一部

Blog_ireland_touringmap2

これに対する民間図はどうだろうか。イギリスのハーヴィー社 Harvey が刊行するハイキング地図シリーズ「スーパーウォーカー Superwalker」に、アイルランド編が4点含まれている。その中に、先述のOSI図と図郭が重なる「マクギリーカディー山脈およびキラーニー国立公園 Macgillycuddy's Reeks & Killarney National Park」(右写真)がある。

縮尺は1:30,000で、15m≒50フィート間隔の等高線が引かれている。別稿(下注)で紹介したような、計曲線を太めにし、岩場の等高線を青灰色に変えるといったハーヴィーの特徴的な等高線描法はここでも健在だ。植生の色の使い方や記号の大きさを含め、野外での読図のしやすさがとりわけ重視されている。

*注 ハーヴィー社の旅行地図については、本ブログ「イギリスの旅行地図-ハーヴィー社」参照。

旅行情報では、OSIとのポリシーの違いが表れている。ハーヴィー図はシリーズ名のとおり、歩く人のための地図だ。それでトイレ、救護施設、休憩できるパブやカフェなど、歩きに際して参考になるデータは充実しているが、ハイキング以外のアウトドアスポーツに関しては、記号も注記も用意されていない。OSIかハーヴィーかの選択を迫られたときは、ここに注意する必要があるだろう。

とはいえ、OSIが新シリーズの製作に当たり、ハーヴィーをライバルとして意識したことは、キャラントゥール山について同じような2倍拡大の挿図(ハーヴィーの場合は1:15,000)を加えたことでも推測できる。今後、予定通りアドヴェンチャーシリーズの刊行点数が増えていけば、アイルランドをじっくり旅したいと考える人にとって、1:50,000を補完する頼もしい相棒になるだろう。

OSIの地図は、すべてOSI直営のオンラインショップで容易に購入できる。また、コリンズ、ハーヴィーなど民間図は、ロンドンのスタンフォーズ Stanfords など地図専門店のサイトで扱っている。また、日本のアマゾンで買えるものもある。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部 http://www.osi.ie/
同 オンラインショップ http://shop.osi.ie/
同 アドヴェンチャーシリーズの告知
http://www.osi.ie/Products/Adventure-Map-Series.aspx

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの地形図-概要
 アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図
 北アイルランドの地形図・旅行地図
 アイルランドの道路地図帳
 スコットランドの名物地図
 イギリスの旅行地図-ハーヴィー社

2015年3月21日 (土)

アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図

イギリスやフランスなどの後を追うように、アイルランドの官製地形図もまた、汎用図から旅やレジャーに役立つ仕様へと軸足を移してきた。地形図が備えるべき等高線や標高点、経緯度やUTMグリッド、交通網や集落や植生、大小の地名といったオーソドックスなデータに加えて、余暇を楽しむときに有益な情報が、視覚に訴える地図記号で描き込まれているのだ。

アイルランド陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) が刊行する地形図のうち、区分図として全土をカバーしている縮尺1:250,000と1:50,000を中心に、その傾向を見ていこう。

Blog_ireland_250k
1:250,000地形図表紙
(左)北部 2002年版 (右)南部 2011年版

1:250,000は全島を4面でカバーする。そのうち、北部編Northは北アイルランド国土・資産局(旧OSNI)が製作・刊行しており、OSIは残り西部 West、東部 East、南部編 Southの3面の担当だ。横11.7×縦27cmの表紙つき折図で、1面で150km×220kmの広域を描ききる。

現行版には見当たらないが、以前の表紙には「ホリデーマップ Holiady Map」のロゴがあり、週末旅行のガイドマップであることがアピールされていた(下注)。その特色は今も受け継がれている。凡例に観光情報 Tourist Information というくくりがあって、さまざまな記号が設定されているのだ。

*注 OSI公式ショッピングサイトでは、今もホリデーシリーズ Holiday Seriesと案内されている。

例えば、キャラバンサイト(ハウストレーラー用のキャンプ場)、キャンプサイト、ピクニックサイト、ユースホステル、駐車場、飛行場、教会、古戦場、展望台、ボート乗場、水浴場、ゴルフコース、旅行案内所、自然保護区、アン・タシュカ An Taisce(アイルランドのナショナルトラスト)等々。また、史跡の名称にはブラックレター(古書体)が使われて、雰囲気を醸し出している。

1:250,000(図上1cmで実長2.5kmを表す)という縮尺なので、これだけで実際の場所を特定するのは難しいかもしれない。しかし、広域を見渡しながら行きたい場所の目星をつけるのには十分だし、地図には道路網もしっかり描かれているので、ドライブ旅行のプランニングにも役立つはずだ。

Blog_ireland_250k_legend
1:250,000地形図 旅行情報の凡例

一方、地勢表現は段彩つきの等高線に拠る。以前の版では120m~150m(400~500フィート)ごとに引かれていたのだが、現行版は150m、250m、550mという大雑把な区切りに変更されてしまった。旅行地図なら、ざっくり山地のありかがわかればいい、という趣意だろうか。

そのほか、10km単位のグリッドが掛けられ、主な地名は英語とアイルランド語が併記されている。凡例についてはアイルランド語、英語のほか、仏語、独語の4か国語対応だ。この方針は多くのOSI製地図にも踏襲されている。

Blog_ireland_250k_sample
表紙の一部を拡大

Blog_ireland_126k
1:126,720地形図表紙
図番15 1976年版

1:250,000より大縮尺の地形図として、かつては1:126,720図があった。縮尺の端数は、図上1/2インチで実長1マイルを表す、いわゆるハーフインチ図 Half-inch map だからだ。1918年までに全島25面が揃って以降、1:50,000新シリーズの刊行が始まるまで、長らく代表的な中縮尺図として親しまれた(下注)。この縮尺はイギリスでは早々に姿を消したが、アイルランド島では1990年代後半の地図体系見直しまでカタログに残っていた。

*注 北アイルランドでは、同じ縮尺で独自シリーズ全4面が刊行され、こちらが更新の対象になっていた。本ブログ「北アイルランドの地形図・旅行地図」参照。

Blog_ireland_126k_sample
1:126,720地形図の一部

Blog_ireland_50k2
OSI 1:50,000地形図表紙
(左)図番45 ゴールウェー 2002年版
(右)図番87 コーク 2012年版

OSIの1:50,000は、「ディスカヴァリーシリーズ Discovery Series」という総称を持っている。地図を携えると、新しい何かを「発見」できる。イギリスの縮尺別地形図に冠されているランドレンジャー Landranger やエクスプローラー Explorer などのシリーズ名と同じような含意だ。

1:50,000の図郭は、92面で北アイルランドを含めた全島をカバーする。本来89面で足りるのだが、OSIが北アイルランドとの国境付近で、自国領がきれいに収まる重複図郭(27A、28A、28B)を独自に設定しているため、その分、面数が増える。それぞれが担当する図葉数は、OSIが75面、北アイルランドが17面だ。

*注 かつて93面だったが、北アイルランドの図番36aが廃止されたため、現在は92面。

Blog_ireland_50k_index
1:50 000索引図 緑がOSI、ベージュがOSNIの担当図郭
(OSIカタログ 2000年版より)

OSIと旧OSNIによる1:50,000の共同刊行は、1978年に締結された協定によって動き出した。高度や距離にメートル法を導入し、図郭も全面的に見直して、従来の1マイル1インチ図(図上1インチで実長1マイルを表す。縮尺1:63,360)をすべて置換えるのが目標だった。当時、OSIの1インチ図はモノクロ印刷、かつ1910年代までの旧図に経年変化を修正しただけの貧しい状態で(下注)、上述した多色刷1:126,720が支持された理由もそこにあった。新図製作の企画は大いに期待されたはずだが、大縮尺図の整備が優先されたため、アイルランド全島の刊行完了は1990年代後半までずれ込んだ。

*注 モノクロの区分図以外に、集成図としてダブリン、ウィックロー Wicklow、コーク Cork、キラーニー Killarney が刊行されており、これは多色刷だった。

その1:50,000も現在は第4~5版を数えるまでになっている。20×11.5cmの折図で、各図幅は40km×30kmのエリアをカバーする(一部例外あり)。島の地形は総じてなだらかなので、等高線は10m間隔だ(ちなみに日本の1:50,000は20m間隔)。山地や海岸の急傾斜地でも、間引き処理は行われていない。地勢を表すのはもはや定番の段彩で、100mごとに施されている。グリッドは1km単位だ。もちろん1:250,000と同様、旅行情報も地図記号で盛り込まれている。縮尺が大きくなった分、史跡の注記が示す位置はより正確で実用的なレベルになる。

Blog_ireland_50k_sample
1:50,000地形図の例 (OSIカタログ 2000年版より)

OSIのサイトに、シリーズのベストセラーが挙げられていた。図番50、51、56、70、78の5点だが、具体的にはどこの地図だろうか。

まず、図番50は東海岸の首都ダブリンで、空港を含めて市街とその周辺が図郭に入る。51は西海岸に飛び、石灰岩が露出した不毛の丘陵バレン The Burren や離島アラン諸島 Aran Islands が収まる。同様に56はグレンダーロッホ Glendalough を含むウィックロー山地 Wicklow Mountain、70は最西部のディングル半島 Dingle Peninsula、78はキラーニー Killarneyと、島の最高峰があるマクギリーカディー山脈 Macgillycuddy's Reeks 周辺だ。いずれもよく知られた旅行目的地だが、それでも地図が売れるのは、まだ発見できるものが残っていると信じる人が多いことの証しだろう。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部 http://www.osi.ie/
同 オンラインショップ http://shop.osi.ie/

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの地形図-概要
 アイルランドの旅行地図
 北アイルランドの地形図・旅行地図

 イギリスの1:50,000地形図
 イギリスの1:250,000地形図 I-概要
 イギリスの1:250,000地形図 II-歴史

2015年3月15日 (日)

アイルランドの地形図-概要

北大西洋に浮かぶ島、アイルランド。北上する暖流の影響を受けて、極端な寒暖は少なく穏やかな気候の土地だ。しばしば襲うにわか雨を恵みにして、大地には草木が青々と生い茂り、別名をエメラルドの島 Emerald Isle という。山野にひっそりと残るケルト文化の痕跡を求めて旅する人も多い。

島は、北海道より少し大きい。世界の島を面積順に並べると、アイルランド島が19位(84,406平方km)、次いで北海道(20位、78,073平方km)になるそうだ。とはいえ、地勢は北海道とはまるで違い、真ん中がへこみ、周囲が盛り上がったいわばお盆のような形状をしている。中央部には標高の低い平原が広がり、大小の湖も点在する。一方、海に近い地域は山がちで、特に西側は断崖が海に落ち込む荒々しい景観で知られる。

島は、行政的にアイルランド共和国 Republic of Ireland と、イギリスに属する北アイルランド Northern Ireland に分かれている。前者が島の面積の5/6を占め、北西部にある残り1/6が後者のエリアだ。後で述べる歴史的経緯からそうなっているのだが、地形図については両者の測量局間で顕著な協力関係が見られる。

Blog_ireland_50k1
1:50,000地形図表紙
 (左)OSI 図番50 ダブリン  2001年版
(右)OSNI 図番15 ベルファスト
2000年版
いずれも現行版とは表紙デザインが異なる

アイルランド共和国の地図作成機関は、オードナンス・サーヴェイ・アイアランド Ordnance Survey Ireland(略称 OSI)と称し、日本語ではアイルランド陸地測量部と訳されている。同様に北アイルランドのそれは Ordnance Survey Northern Ireland (OSNI)、北アイルランド陸地測量部と言った。OSIは現存するが、OSNIのほうは、北アイルランド政府の行政改革で、2008年4月1日に他の機関とともに国土・資産局 Land & Property Services に統合されたため、現在はOSNI地図という呼称だけが残されている。

オードナンス・サーヴェイは直訳すれば軍用測量で、イギリスのそれと同じ名称だ。アイルランドの測量部は1824年の創立だが、当時アイルランド島はイギリスに併合されていたので、本国の方針に則っての設置であったことはいうまでもない。

当面の目標とされたのは、土地評価に基づいた課税を実施するために、1マイル6インチの精度(下注)で全島の地籍測量を行うことだった。これほどの大縮尺と実施規模は、イギリス本土のみならず世界でもまだ例がなかった。イギリス陸地測量部の長官だったトーマス・コルビー Thomas Colby と工兵隊の士官たちがロンドンからダブリンに渡り、1846年まで20年以上の時間をかけて任務を達成した。

*注 実長1マイルを図上6インチで表す縮尺。分数表示では1:10,560になる。19世紀の6インチ図はOSIのサイトで公開されている。 http://maps.osi.ie/publicviewer/

20世紀に入ると、アイルランドでは自治権獲得の運動が高揚していく。第一次世界大戦直後の独立戦争を経て、カトリックの南アイルランドは1922年にアイルランド自由国 Irish Free State として独立し、プロテスタントが多数を占める北アイルランドはイギリス(連合王国)にとどまった。これに伴って、100年近く続いた陸地測量部の事業も、自由国(後にアイルランド共和国となる)が同年4月1日、北アイルランドは少し早く1月1日に、それぞれ発足した新しい組織に引継がれることになった。イギリス陸地測量部 Ordnance Survey (OS) の担当するエリアが、北アイルランドに及んでいないのはこうした経緯があるためだ。

しかし、組織名称と同様、地形図の仕様についてもアイルランド共和国、北アイルランド、そしてイギリス(下注)の3者互いに類似点がある。それは地図記号によく表れている。

*注 以下「イギリス」という場合、イギリス陸地測量部の担当するエリア、グレートブリテン島と付属島嶼を指し、北アイルランドを含まない。

Blog_ireland_50k_legend
OSI 1:50,000の凡例の一部
Blog_northernireland_50k_legend
OSNI 1:50,000の凡例の一部

まず道路については、記号の形状がほぼ同じだ。ただし分類方式はそれぞれ異なるため、一部の配色に違いが出ている。具体的に言うと、高速自動車道 Motorway(道路番号にMがつく)の青色、地方道 Secondary road, Regional road の橙色などは3者共通だ。ところが、高速道の一つ下のクラスでは、イギリスが一級道路 Primary Road を緑色、主要道 Main Road を赤色と区別するのに対して、アイルランド島では赤を使わない。その影響で地図全体の色合いも、アイルランド島のそれはより穏やかな印象を受ける。緑と橙は共和国の国旗の色でもあり、お国ぶりのようなものが感じられて興味深い。

次に鉄道は、単線/複線を区別しない、踏切にはLC(平面交差 Level crossing の略)と注記を入れる、駅は矩形ではなく赤い丸印で表現する、などが3者共通の特徴だ。ただし、イギリスと北アイルランドは主要な駅に矩形を充てるのに対して、共和国は、ダブリン市内のコノリー Connolly やヒューストン Heuston といったターミナル駅でも赤丸で通している。

植生については、畑(果樹園を除く)や牧草地を描かない点が共通している。これは軍用地図のなごりで、遠方の見通しや軍隊の通過に影響しないものは描く必要がなかったからだ。森林も、針葉樹林(共和国は針葉樹植林地)/落葉樹林(同 自然林)/混合樹林に分類して、樹形を模した記号を面的に配するところがそっくりだ。ただし、イギリスはそのエリアにすべてアップルグリーンのアミを被せるのに対し、北アイルランドは森林に色を塗っていない。共和国も以前はそうだったが、図式改訂でアミをかけるようになり、かつ森林の種類ごとに色まで変えている。

図式の共通性とともに、アイルランド島の2者の地形図にはもう一つ、重要な特徴がある。区分図の図郭や図番体系が全島で統一されているのだ。そのため、発行体は違っても、もはや一連の刊行物群とさえいうことができる。

詳しくは次回以降の記事に委ねるが、まず、全島を1冊でカバーする道路地図帳(1:210,000)は、2者共同製作の形をとる。先述した道路分類の違いを除けば、図式も完全に統一されている。4面で揃う1:250,000図は、北部編 North が北アイルランドの、残り3面が共和国の担当で、カバーデザインは共通だ。一方、92面ある1:50,000図は、シリーズの名称が少し異なり(下注)、さすがにカバーデザインも独自のものが使われる。しかし、2者で通しの図番が振られ、地図では互いの国境線の外側も分け隔てなく描かれるなど、基本部分での共通性が維持されている。

*注 北アイルランドのそれはディスカヴァラー(発見者)シリーズ Discoverer Series、共和国はディスカヴァリー(発見)シリーズ Discovery Series と称する。

Blog_ireland_50k_index
1:50 000索引図 緑がOSI、ベージュがOSNIの担当図郭
(OSIカタログ 2000年版より)

アイルランドの地形図は、共和国OSIのショッピングサイト(下記参考サイト参照)で、北アイルランドの製品も含めて扱われているので、日本からも入手は容易だ。もう一つ付け加えれば、OSIは独立採算が課せられているため、地図データを自由使用に任せず、著作権でしっかり管理して事業収入につなげている。そのため、二次利用には制約がある。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部 http://www.osi.ie/
同 オンラインショップ http://shop.osi.ie/
北アイルランド陸地測量部地図 OSNI Mapping(nidirectサイトの一部)
http://www.nidirect.gov.uk/osni

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図
 アイルランドの旅行地図
 北アイルランドの地形図・旅行地図
 アイルランドの鉄道地図 I

 イギリスの1:50,000地形図
 マン島の地形図

より以前の記事一覧

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

BLOG PARTS


無料ブログはココログ