2017年8月12日 (土)

ミッドランド線 II-アーサーズ・パス訪問記

古い話で恐縮だが、2004年3月にニュージーランド南島を訪れたとき、クライストチャーチ Christchurch からアーサーズ・パス Arthur's Pass へ、バスと列車で日帰り旅をした。前回のミッドランド線 Midland Line とトランツアルパイン TranzAlpine の記事の付録として、そのときの様子を綴っておこう。写真も当時のもの(一部はネガフィルムからのスキャン)であることをご了承願いたい。

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アーサーズ・パス駅に停車中の、クライストチャーチ行きトランツアルパイン

サザンアルプスを横断するミッドランド線は、前々からぜひ乗ってみたい路線の一つだった。とはいえ、全線往復は一日がかりで、私たちのような幼児連れには辛いし、地形図で確かめると、車窓の見どころは前半に集中している。乗るのはアーサーズ・パスまでとして、滝を見に行くミニハイキングと組合せれば、気分も変わっていいのではと考えた。

最初、往復ともトランツアルパインにするつもりで、1か月前にトランツ・シーニック Tranz Scenic 社のウェブサイトで予約を試みたが、すでに往路は満席だった。仕方がないので、列車に近い時刻で運行しているバス会社を探し出し、Eメールで予約を入れた。無料のピックアップサービスがあるというので、泊っているクライストチャーチのB&B(ベッド・アンド・ブレックファスト、いわば民宿)まで朝、迎えに来てほしいと依頼した。

それで今朝は、返信メールで指示された7時30分に間に合わせるために、早起きする必要があった。7時からの朝食を大急ぎで済ませて宿の玄関で待っていると、通りの向かいに "Coast to Coast" と社名を掲げた、送迎用らしきマイクロバスが停まった(下注)。列車なら市街のはずれにある駅まで出向かなければならなかったから、これはラクチンだ。私たちが最初の客で、そのあと大聖堂前のほか数個所で次々と客を拾って、ほぼ満席の20人ほどになった。

*注 ちなみに2017年8月現在、このルート(朝、クライストチャーチ発、グレイマウス行き)には、Atomic Shuttles Service のバス便がある。
http://www.atomictravel.co.nz/

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スプリングフィールド(右下)~アーサーズ・パス(左上)間の1:250,000地形図
国道(赤の太線)は、鉄道(黒の太線)から離れた山間を通ってアーサーズ・パスに向かう
Sourced from NZMS262 maps 10 Grey and 13 Christchurch. Crown Copyright Reserved.

時刻表によると、クライストチャーチの発車時刻は8時ちょうどだ。アーサーズ・パスには10時30分に到着し、そのままグレイマウス Greymouth まで走破する(下注)。どこで大きいバスに乗り継ぐのだろうと、ずっと地図で軌跡を追っていたのだが、そのうち家並みが疎らになり、郊外へ出て行くではないか。

*注 列車の時刻はクライストチャーチ8:15→アーサーズ・パス 10:42なので、所要時間はほとんど変わらない。

やがて運転手は道端に車を止めて、切符を売り始めた。そう、このマイクロバスがそのまま山越えをするのだった。バス停はあってなきがごとし、だ。客を最寄りから拾い、しかもアーサーズ・パスまでの運賃は、60 NZドルかかる列車の半分以下の25ドル(当時のレートで1,800円)。人口の少ないこの国らしい実に小回りのきいたサービスで、これでは列車が太刀打ちできるはずがない。でも、こんなに繁盛しているなら大きなバスにすればいいのにと思う。

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(左)アーサーズ・パス方面のバスのリーフレット。大型バスが描かれているが...
(右)実際に走ったのはマイクロバス

バスは、畑がどこまでも広がるカンタベリー平野の直線道を、時速100kmで飛ばしていく。1時間ほど走ったところで、ようやく前方に山並みが現れた。アルプスの前山を越す標高942mのポーターズ・パス Porter's Pass だ。鉄道がワイマカリリ川 Waimakariri River の峡谷に沿って走るのに対して、道路は西にそれてこの峠を越える。

胸突き八丁の険しい勾配をローギアで登って行くと、えもいわれぬ色合いの山並みが迎えてくれた。アルプスの東側は乾燥気候で、樹木が育ちにくく、山肌が崩壊しやすい。それで、岩石の露出したところはグレー、草の生えたところは黄金色や黄緑色になり、水彩画の趣きを見せているのだ。

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ポーターズ・パスを越えて、サザンアルプスの山懐へ

峠を下りてしばらく進むうちに、草で覆われた丘に異様な形の巨岩が立ち並ぶキャッスル・ヒル Castle Hill が見えてきた。ここでフォトストップを兼ねた休憩がある。乗客はみな狭い車内からつかの間解放されて、嬉しそうだ。このあたりは盆地状の土地だが、河川の浸食で起伏が激しく、道路は大きく迂回しながら谷を渡る。

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キャッスル・ヒルから、雲がたなびくサザンアルプスを望む
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(左)剥き出しの巨岩が並ぶキャッスル・ヒル (右)山間で静かに水を湛えるピアソン湖

静かに水をたたえるピアソン湖 Lake Pierson を過ぎ、改めてワイマカリリの広く平たい河原に出る頃、対岸に私たちが乗れなかった西行きトランツアルパインの疾走する姿が小さく捉えられた。次善策で選んだバスの旅だったが、こうして列車では見られない景色を鑑賞できる印象深いものになった。

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(左)ワイマカリリ川上流。川を横断する鉄橋が見える
(右)対岸にトランツアルパインの姿が

10時30分、時刻表どおりにアーサーズ・パスのバス停(正確には峠ではなく、峠の手前の集落)に到着した。バスの窓から列車を追いかけていた頃はまずまずの天気だったが、峠の空は変わりやすくて、時折しぐれが襲う。カフェでミートパイ、サンドイッチとコーヒーを注文して、早めの昼食とした。

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(左)アーサーズ・パスのカフェ前からハイキングに出発
(右)グレイマウス行きトランツアルパインが通過

晴れ間が覗いたところを見計らって、デヴィルズ・パンチボウル滝 Devil's Punchbowl Falls を見に出かけた。パンチボウルはポンスを入れる鉢のことで、滝の名は「悪魔の大鉢」といったところだろう。滝壷まで大人の足で30分ほどの距離だ。西海岸へ通じる国道からわき道にそれるとまもなく、峠から流れ下ってくるビーリー川 Bealey River ともう一つの谷川を連続して渡る。鉄材でトラスを組んだ歩道橋だが、わが子は一目見て「てっちょー(鉄橋)」と叫んだ。目指す大滝が正面に見えている。

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デヴィルズ・パンチボウル滝とトラスの歩道橋

途中までは立派な木製の階段が整備されていて快調だったが、やがて大きな石が転がる本格的な山道となった。上り一辺倒ではなく下り坂もある。ベビーキャリアで重心が高くなっているので、慎重に進まざるを得ない。落石注意の看板の先で林がとぎれて、いよいよ滝が全貌を現した。高さ131m(下注)、見上げる高さから一気に落ちてくる。水しぶきばかりか、雲に覆われた空から霧雨まで吹きつけてきた。来合わせた青年に家族写真を撮ってもらう。

*注 高さの数値は、DOC "Discover Arthur's Pass - A Guide to Arthur's Pass National Park and Village" による。

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(左)石が転がる山道を行く (右)滝壺前に到着
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見上げる高さのデヴィルズ・パンチボウル滝

15時半に鉄道駅まで戻ってきた。発車時刻は15時57分なのだが、すでにトランツアルパインはホームに停まっていた。行きに見かけたときは客車を12両つないで堂々たる編成だったのに、帰りはたった3両とさびしい。それにここアーサーズ・パスはまったくの無人駅で、駅舎はあれど売店などはない。車内に持ち込むお菓子と飲み物を買いたいと思っていたので、当てが外れた。

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(左)アーサーズ・パス駅へ戻ると列車はすでに入線していた
(右)旧駅舎の写真パネル。現駅舎は旧駅舎の焼失後1966年に建築

列車は予約済みだが、座席指定は現地で行われる。始発駅なら窓口で行うはずのところ、ホームに出ていた車掌氏に名前を告げて、ボーディングパスを受け取った。

車内に入ると、日本のグリーン車以上の大型席が片側2つずつ、テーブルをはさんで向かい合わせに並んでいる。狭軌の車両にこの設備なので、通路は人一人通れるくらいの幅しかない。列車が動き出しても、私たちの向かいの席には誰も乗ってこなかった。見るとあちこちに空席がある。出発前に見たウェブサイトでは満席と表示されていたので、どうやらボックス単位で予約を入れているようだ。

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トランツアルパイン車内。テーブルつきボックスシートが所狭しと並ぶ

出発すると列車はビーリー川の谷を下っていき、まもなくワイマカリリの広い河原に出る。朝来るときにバスの車窓から追跡したあたりだ。やがて川と国道から離れて雄大な風景の高原地帯に入っていく。

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(左)初めはワイマカリリの広い河原の際を走る
(右)キャス Cass から川を離れて高原を行く

次はいよいよ大峡谷だ。右手に、大地を深く刻み込んだブロークン川 Broken River が現れる。これを高い鉄橋でゆるゆると渡ると、今度は左手はるか眼下に、さきほど別れたワイマカリリ川が明るいブルーの太い線を大きくくねらせている。窓の開かない客車を脱出して、連結された荷物車のデッキに移ったが、そこはカメラを手にした乗客が入れかわり立ちかわり集まる展望台と化していた。

長めのトンネルをいくつか抜けると、支流を渡る高い鉄橋がある。ワイマカリリがオーム字形に蛇行していて、まるで上空に飛び出したかのような角度から眺めることができる。最後の眺めは、この峡谷がカンタベリー平野に出て行くところだ。谷の中に封じ込められていた水の力が一気に解放され、網流の限りを尽くす様子が遠望された。

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(左)ブロークン川の鉄橋を渡って峡谷へ (右)峡谷になったワイマカリリ川に再会

スイスの列車も楽しいが、それに匹敵するほど、ダイナミックな景勝ルートだ。朝充電したデジカメが列車に乗る前に電池切れになってしまい、その後はアナログカメラでちびちび撮ったため、車窓写真がもうひとつパッとしないのが唯一の心残り。

平野に出たスプリングフィールド Springfield で、静かなはずのホームがにわかにざわついた。窓越しに覗くと、3両目を占有していた日本人団体客の一行が下車して、駅前に停車した観光バスに移動していく。ここから先の車窓は単調なので、先を急ぐツアーにさっさと見切りをつけられたわけだ。

やがて左にゆるゆるとカーブしてサウス・メイン線 South Main Line に合流し、工場や倉庫の中を走って、18時ごろクライストチャーチ駅に到着した。定刻18時05分より少し早い。駅舎は新しくモダンなデザインの建物だが、ホームは片面1線の簡素な造りだ。駅前に路線バスなどは来ていないので、シャトル Shuttle(当地では乗合タクシーのこと)を捕まえて宿へ戻った。

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クライストチャーチ駅に到着

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 ミッドランド線-トランツアルパインの走る道

2017年8月 6日 (日)

ミッドランド線 I-トランツアルパインの走る道

南北500kmにわたって連なるサザンアルプス Southern Alps。ニュージーランド南島の背骨を成すこの大山脈を果敢に横断する鉄道路線が、1本だけある。それがミッドランド線 Midland Line で、南島最大の都市クライストチャーチ Christchurch に近いロルストン Rolleston と、西海岸のグレイマウス Greymouth の間 211km(下注)を連絡する。最高地点は標高700mを超え、幾多のトンネルや鉄橋で険しい地形と闘う同国きっての山岳路線だ。

*注 路線距離(正確には210.94km)は "New Zealand Railway and Tramway Atlas" Fourth Edition, Quail Map Company, 1993 による。なお、英語版ウィキペディアでは212km(132マイル)としている。

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DXC形機関車が重連で牽く運炭列車がワイマカリリ川を渡る
Photo by TrainboyMBH at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0

西海岸の北部には炭鉱が集中しているが、あいにく積出し用の良港に恵まれていない。そのため、採掘された石炭は専用のホッパ車に積み込まれ、貨物列車でミッドランド線を経て、東海岸の港リトルトン Lyttelton まで運ばれる。それで、同線は重要な産業路線になっている。

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ミッドランド線の歴史は1870年代に遡る。当時、南島では、クライストチャーチからダニーディン Dunedin、インヴァーカーギル Invercargill に至る現在のメイン・サウス線 Main South Line が開通し、そこから内陸の町や村へ、支線が続々と延びていた。1880年1月に開通したスプリングフィールド支線 Springfield Branch(ロルストン~スプリングフィールド 48.6km)もその一つで、これが後にミッドランド線の根元区間になる。

1880年代に入ると、今度は島の東西を結ぶ鉄道建設の機運が高まった。1884年には、ルートとしてワイマカリリ川の谷 Waimakariri Valley を遡り、アーサーズ・パス Arthur's Pass を越える案が採択されている。だが、その間にそびえるサザンアルプスが建設の最大の障害になることもまた、十分に認識されていた。

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ミッドランド線(ロルストン Rolleston ~グレイマウス Greymouth)および周辺路線図
旗竿記号は後述するトランツアルパインの走行ルート
土地測量局 Department of Lands and Survey 発行の鉄道地図 南島1983年版に加筆
Sourced from LS159 Railway Map of South Island, Crown Copyright Reserved.

財源不足の政府に代わって、1886年にニュージーランド・ミッドランド鉄道会社 New Zealand Midland Railway Company が設立され、建設契約が交わされた。会社はロンドンで資金を調達して、工事に着手する。しかし1900年に政府への施設引渡しが完了したとき、線路は、西側こそ峠下のオーティラ Otira まで達していたが、東側ではほとんど前進していなかった。

なぜなら、ブロークン川左岸までの約13km (8.5マイル)には、ワイマカリリ川 Waimakariri River が造った大峡谷が横たわっていたからだ。線路は峡谷の肩に当たる比高100mの段丘上に敷かれる計画だったが、それでも迫る断崖と深い支谷を通過するために、16本のトンネルと4本の高い鉄橋が必要となった。最も壮観なステアケース橋梁 Staircase Viaduct は、川床からの高さが73mもある。

結局、工事は政府が引継ぐことになり、1906年10月にこの区間が完成を見た。さらに線路は延伸され、キャス Cass に1910年、峠の手前のアーサーズ・パス駅には1914年に到達した。

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川床からの高さ73mのステアケース橋梁
Photo by Zureks at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

残された課題は、アーサーズ・パス(アーサー峠)をどのように越えるかだった。峠の標高は920mあり、かつ両側の河川勾配は著しく非対称だ。水平距離5kmの間に、東側(下注)では200m下るのに対して、西側は450mも急降下する。この激しい高度差を克服する方法として、すでにミッドランド鉄道会社の時代に、索道方式や、リムタカのようなフェル方式またはアプト式ラック(いずれも1:15(66.7‰)勾配)が検討されていた。

*注 トンネルは地形の関係で南北に向いているが、ここではアーサーズ・パス駅方を東、オーティラ駅方を西と表現する。

しかし、貨物の大量輸送をもくろんでいた政府は、特殊鉄道案には否定的で、1902年に長さ8,554mの単線トンネル(下注)を建設する案を決定した。これは当時大英帝国では最長、世界でも7番目の長大トンネルだった。しかも内部はオーティラに向けて、終始下り1:33(30.3‰)の急勾配という異例の設計だ。蒸気機関車では煤煙でとうてい運行に適さないため、この区間のみ直流1500Vで電化されることになった。

*注 トンネルの長さは、前掲の "New Zealand Railway and Tramway Atlas" に拠る。なお、IPENZ公式サイトでは8,529m、ウィキペディア英語版では8,566mとされている。IPENZサイトには5マイル25チェーンとも書かれており、これは8,549.64mになるため、Atlasの値が最も近い。

オーティラトンネル Otira Tunnel は、1907年に着工された。5年で完工する予定だったが、アルプスの破砕帯を突破する工事に難渋し、請け負った建設会社が倒産してしまう。政府は、建設工事をまたも直轄事業とせざるを得なかった。第一次世界大戦中も戦略的な観点から工事が続けられ、1918年に貫通。着工から16年目の1923年8月に、ようやく開通式を迎えた。

上述の理由で、トンネルを挟むアーサーズ・パス~オーティラ間だけは、開業時から電気機関車の活躍の場だったが、改良DX(DXC)形ディーゼル機関車の投入により、1997年に電化設備は撤去された。現在、この区間ではDXCの5重連が、ホッパ車(運炭車)を最大30両連結した貨物列車を牽いて、峠のトンネルを上っている。

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ディーゼル機関車DXC 5356号機(先頭車、ピクトン駅にて)
Photo by DXR at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

一方、ミッドランド線を通る唯一の旅客列車が「トランツアルパイン TranzAlpine」だ。キーウィレール KiwiRail 社が「ニュージーランドの大いなる旅 The Great Journeys of New Zealand」のトータルブランドのもとで、運行している。トランツアルパインとは、ヨーロッパでアルプス横断を意味するトランスアルパイン Transalpine の ns の綴りを、ニュージーランドの略称 nz に置き換えた造語だ。

1日1往復のみの設定だが、驚くことではない。なにしろニュージーランドでは、長距離旅客列車は絶滅危惧種と言ってよく、南島にはこれを含めて2本しか残っていないからだ(下注)。トランツアルパインは絶景の中を走ることで知られるが、それどころかこの国では、旅客列車の走行シーンが見られるだけでも貴重なのだ。

*注 もう1本は「コースタル・パシフィック Coastal Pacific」。ピクトン Picton ~クライストチャーチ間で、9月~4月(夏季)に1日1往復設定されている。しかし、2016年11月の地震による土砂崩れのため、2017年8月現在運休中。これとは別に、ダニーディンを拠点にするダニーディン鉄道 Dunedin Railway がメイン・サウス線とその支線で、観光列車を走らせている。

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アーサーズ・パス駅に入線するトランツアルパイン
Photo by User: (WT-shared) SONORAMA at wts wikivoyage. License: CC BY-SA 3.0

トランツアルパインの運行は1987年に始まった。改装したての車両が投入され、従来の古びた急行列車のイメージを一掃しての登場だった。以来、ニュージーランドで最も人気のある観光列車として、他の便が縮小や廃止の憂き目にあう中、しぶとく生き残ってきた。

運行区間は、クライストチャーチ~グレイマウス間の223km(139マイル)。途中7駅に停車する。一部区間がパックツアーに組み込まれ、団体客も乗ってくるので、乗車には事前予約が望ましい。

2017年8月現在のダイヤでは、西行きがクライストチャーチ8時15分発、グレイマウス13時05分着で、所要4時間50分。折返し東行きが同駅14時05分発、クライストチャーチ18時31分着で、所要4時間26分だ。所要時間が往路と復路でかなり違うのは、単線のため、貨物列車との交換待ちがあるからだろう。

現在のクライストチャーチ駅は3代目で、ロータリーになった広場の前に、簡素ながらスマートな駅舎が建っている。メイン・ノース線 Main North Line とメイン・サウス線の分岐点に近く、列車運用上は好都合な位置だが、町の中心部から西へ2.5kmも離れていて、駅前に路線バスすら来ていない。列車本数があまりに少なく需要がないのに違いない。

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クライストチャーチ駅
Photo by Matthew25187 at en.wikipedia. License: CC BY-SA 3.0

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クライストチャーチ市街の1:50,000地形図
中心部の大聖堂広場 Cathedral Square と旧駅 Former station site の位置を加筆
Sourced from Topo50 map BX24 Christchurch. Crown Copyright Reserved.

発車して1時間余りは、カンタベリー平野の広大な耕作地の中をひた走る。車窓を眺めても全く気づかないが、この一帯はサザンアルプスから流れ出るワイマカリリ川による大規模な開析扇状地で、扇頂に位置するスプリングフィールド Springfield では、すでに標高が383mに達している。

スプリングフィールドを出ると山が迫り、路線の歴史で紹介したワイマカリリ川の大峡谷に入っていく。西行きの列車の場合、展望は右側に開ける。このスペクタクルな景観は、スローヴンズ・クリーク橋梁 Slovens Creek Viaduct を渡ったところで、ひとまず終わる。

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ブロークン川橋梁を遠望
Photo "TranzAlpine 2011" by Bob Hall at flickr.com. License: CC BY-SA 2.0

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ワイマカリリ峡谷の1:50,000地形図
Sourced from Topo50 map BW21 Springfield, BW22 Oxford. Crown Copyright Reserved.

山中の浅い谷を通り抜けて、谷幅いっぱいに広がるワイマカリリ川と再会する。まもなくこの川を横断し、支流ビーリー川 Bealey River の谷を遡ると、路線のサミットである標高737mの駅アーサーズ・パスだ。山岳観光の玄関口でもあるので、降車する客が多く、車内は急に閑散とするだろう。帰りの列車まで約5時間半あるから、クライストチャーチから日帰り旅行も可能だ。

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キャス周辺の1:50,000地形図
Sourced from Topo50 map BV21 Cass. Crown Copyright Reserved.
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アーサーズ・パス周辺の1:50,000地形図
Sourced from Topo50 map BV20 Otira. Crown Copyright Reserved.

ビーリー川を渡るやいなや、列車はオーティラトンネルに突入する。下り一方の長く騒々しい闇を抜ければ、山間のオーティラ Otira 駅に停車だ。さらに降りていくと、タラマカウ川 Taramakau River 本流の谷に出るが、線路は海へ向かう川には従わず、北へ向きを変える。

沿線で唯一、車窓に穏やかな湖面が広がるのが、モアナ Moana 駅の前後だ。鱒釣りで知られるブルナー湖 Lake Brunner だが、その景色はすぐに後へ去り、列車は、湖から注ぎ出すアーノルド川 Arnold River の岸をゆっくりと下っていく。スティルウォーター=ウェストポート線 Stillwater–Westport Line に合流してからは、グレイ川 Grey River に沿って最後の走りを見せる。

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モアナ駅から見たブルナー湖
Photo "TranzAlpine 2011" by Bob Hall at flickr.com. License: CC BY-SA 2.0

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モアナ周辺の1:50,000地形図
Sourced from Topo50 map BU20 Moana. Crown Copyright Reserved.

両岸に山が迫り、右へ分岐した線路(ラパホー支線 Rapahoe Branch)が川を渡っていくのを見送ると、まもなく道路を斜め横断して、グレイマウス駅に到着する。ここも片面ホームの簡素な駅だ。なお、さらに遠方へ足を延ばす人には、駅前から、インターシティ InterCity 社が運行するフォックス・グレーシャー Fox Glacier 行きとネルソン Nelson 行きのバス便がある。

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グレイマウス駅
Photo by User: (WT-shared) SONORAMA at wts wikivoyage. License: CC BY-SA 4.0

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グレイマウス市街周辺の1:50,000地形図
Sourced from Topo50 map BT19 Runanga, BU19 Kumara. Crown Copyright Reserved.

次回は、ミッドランド線を通って、クライストチャーチ~アーサーズ・パス間の日帰り旅をしたときのことを記したい。

■参考サイト
KiwiRail - The Great Journeys of New Zealand
https://www.greatjourneysofnz.co.nz/
InterCity(長距離路線バス会社) https://www.intercity.co.nz/
IPENZ(ニュージーランド専門技術者協会) http://www.ipenz.org.nz/

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 ミッドランド線 II-アーサーズ・パス訪問記
 リムタカ・インクライン I-フェル式鉄道の記憶
 リムタカ・インクライン II-ルートを追って
 ニュージーランドの鉄道地図

2017年7月30日 (日)

リムタカ・インクライン II-ルートを追って

新線が開通すると、リムタカ・インクライン Rimutaka Incline を含むワイララパ線 Wairarapa Line 旧線区間では、施設の撤去作業が行われ、ほぼ更地化した。平野部では多くが農地や道路に転用されてしまったが、峠越えのカイトケ Kaitoke ~クロス・クリーク Cross Creek 間は公有地で残された。

一方、フェル式蒸気機関車の中で唯一解体を免れたH 199号機は、リムタカの東にあるフェザーストン Featherston の町に寄贈され、公園で屋外展示された。子どもたちの遊び場になったのはいいが、その後風雨に晒され、心無い破壊行為もあって、状態は悪化の一途をたどる。20年が経過したとき、旧線時代を振り返る書物の刊行をきっかけにして、保存運動が始まった。その結果、フェザーストンに今もあるフェル機関車博物館 Fell Locomotive Museum が1984年に建てられ、機関車は改めて館内で公開されるようになった。

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IPENZ(ニュージーランド専門技術者協会)によるリムタカ・インクラインの銘板
Photo by russellstreet at flikr.com. License: CC BY-SA 2.0

忘れられていた廃線跡にも、人々の関心が向けられた。ニュージーランド林務局 New Zealand Forest Service は、博物館開館と同じ年に、クロス・クリーク駅跡へ通じるアクセス道とインクライン跡の整備を実施した。崩壊した築堤には迂回路が設けられ、土砂崩れで冠水していたサミットトンネル Summit Tunnel も排水されて、サミット駅跡まで到達できるようになった。

その発展形が、ウェリントン地方議会 Wellington Regional Council と自然保護局 Department of Conservation が共同で計画した、廃線跡を利用するトレール(自然歩道)の設置だ。1987年11月に、メイモーン Maymorn ~クロス・クリーク間 22kmが「開通」し、「リムタカ・レールトレール Rimutaka Rail Trail」と命名された。H形機の舞台は今や、自転車や徒歩で追体験することが可能だ。

それは、いったいどのようなところを走っていたのか。トレールにならなかった区間も含めて、新旧の地形図でそのルートを追ってみよう。

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リムタカ・インクラインを含むワイララパ旧線のルート
3つの枠は下の詳細図の範囲を示す
Sourced from NZMS 262 map 8 Wellington. Crown Copyright Reserved.

アッパー・ハット Upper Hut ~カイトケ Kaitoke 間

付け替え区間は、アッパー・ハット駅を出て間もなく始まる。ハット谷 Hutt Valley より一段高いマンガロア谷 Mangaroa Valley に出るために、旧線は、境を成す尾根筋に取りつき、ぐいぐいと上っていく。短距離ながら急曲線(半径5チェーン=100.6m)と急勾配(1:35=28.6‰)が続く、リムタカの本番を控えた前哨戦のような区間だ。廃線跡は森に埋もれてしまい、現行地形図では、尾根を抜ける長さ120mのトンネル(Old tunnel の注記あり)しか手がかりがない。しかし、等高線の描き方から谷を渡っていた築堤の存在が推定できる。

トンネルを抜けるとマンガロア谷だ。北に緩やかに傾斜する広い谷の中を、旧線はほぼ直線で縦断し、途中にマンガロア駅があった。地形図でも、断続的な道路と防風林(緑の帯の記号)のパターンがその跡を伝える。

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マンガロア駅跡
Photo by Matthew25187 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

現 メイモーン駅の東方から、旧線跡はリムタカ・レールトレールとして、明瞭な形をとり始める。周辺はトンネル・ガリー保養地 Tunnel Gully Reareation Area で、地形図では破線で描かれる小道が錯綜しているが、その中で、車が通れる小道 Vehicle track を表す少し長めの破線記号が、本題のトレールだ。こう見えても、勾配は1:40(25‰)前後ある。

長さ221m、直線のマンガロアトンネル Mangaroa Tunnel で、プラトー山 Mount Plateau の尾根を抜ける。大きく育った松林の間を進むうちに、一つ北側のカイトケ谷 Kaitoke Valley に移っている。旧カイトケ駅構内は私有地になったため、トレールはそれを避けて大きく西へ迂回しており、駅跡の先で本来の旧線跡に復帰する。

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アッパー・ハット~カイトケ間の現行1:50,000地形図
Sourced from Topo50 map BP32 Paraparaumu, BP33 Featherston. Crown Copyright Reserved.
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同 旧線時代の1マイル1インチ地図(1957年版)
鉄道記号の横のT字の記号は電信線 Telephone lines、
橋梁に添えられた S は鋼橋 Steel または吊橋 Suspension、W は木橋 Wooden を表す
Sourced from NZMS 1 map N161 Rimutaka. Crown Copyright Reserved.

カイトケ~サミット Summit 間

サミットに至る峠の西側約12kmのうち、初めの約2kmは一般車も通れる道だ。車止めのゲートを越えると専用林道で、開けたカイトケ谷のへりに沿いながら、パクラタヒ川 Pakuratahi River が流れる谷へ入っていく。

まもなく谷幅は狭まり、渓谷の風情となる。小川を横切っていたミューニションズ・ベンド橋梁 Munitions Bend bridge は1960年代に流失した。以来、林道は川をじかに渡っていた(=渡渉地 Ford)が、2003年、傍らに徒橋 Foot bridge と線路のレプリカが渡された(下注)。長さ73mのパクラタヒトンネル Pakuratahi Tunnel を抜けると、森の陰に新線リムタカトンネルの換気立坑がある。新線はこの直下117mの地中を通っているのだ。

*注 ウェリントン地方議会のサイトでは、徒橋の設置を2003年としているが、現地の案内標識には2004年と記されている。

少し行くと、長さ28m、木造ハウトラス Howe truss のパクラタヒ橋梁 Pakuratahi Bridge で本流を渡る。ニュージーランド最初のトラス橋だったが、火災で損傷したため、1910年に再建されたもので、2001年にも修復を受けている。

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木造ハウトラスのパクラタヒ橋梁
Photo by Pseudopanax at wikimedia

谷間がやや開け、右カーブしながら、長さ70mの桁橋レードル・ベンド・クリーク橋梁 Ladle Bend Creek bridge を渡る。比較的緩やかだった勾配は、ここから最急勾配1:40(25‰)と厳しくなる。直線で上っていくと、また谷が迫ってくる。高い斜面をトレースしながら、山襞を深い切通しで抜ける。

再び視界が開けると、レールトレールは左から右へ大きく回り込みながら、均されたサミット駅跡に達する。現役時代から、集落はおろかアクセス道路すらない山中の駅だったので、運転関係の施設のほかに鉄道員宿舎が5戸あるのみだった。今は跡地の一角に蒸機の残骸のオブジェが置かれているが、H形のものではないそうだ。

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サミット駅跡
Photo by russellstreet at flikr.com. License: CC BY-SA 2.0

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カイトケ~クロス・クリーク間の現行1:50,000地形図
Sourced from Topo50 map BP33 Featherston, BQ33 Lake Wairarapa. Crown Copyright Reserved.
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同 1マイル1インチ地図(1957年版)
Sourced from NZMS 1 map N161 Rimutaka. Crown Copyright Reserved.

サミット~クロス・クリーク Cross Creek 間

峠の東西で線路勾配は大きく異なる。あたかも信越本線の碓氷峠に似て、西側は25‰で上りきれるが、東側は66.7‰の急勾配を必要とした。それを克服する方法が、碓氷峠のアプト式に対して、リムタカではフェル式(下注)だ。この急坂区間をリムタカ・インクライン Rimutaka Incline と呼んだ。

*注 フェル式については、前回の記事参照。

文献では長さ3マイル(メートル換算で4.8km)と書かれることが多いが、これは両駅間の距離を指している。サミット駅を出ると間もなく、旧線は長さ576m(1,890フィート)のサミットトンネルに入るが、トンネル内の西方約460mは、下り1~3.3‰とわずかな排水勾配がつけられているだけだ。残り約100mの間に勾配は徐々に険しくなり、トンネルの東口で下り1:15(66.7‰)に達していた(下注)。このことから推測すれば、フェル式レールの起点は東口近くに置かれていたはずだ。

*注 トンネルは地形の関係で南北に向いているが、ここではサミット駅方を西、クロス・クリーク駅方を東と表現する。

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サミットトンネル東口
Photo by russellstreet at flikr.com. License: CC BY-SA 2.0

トンネルを抜けると、旧線跡は分水嶺の中腹に躍り出る。眼下の谷、向かいの山並み、これから下っていくルートまで眺望できる展望地だ。左に回り込んで、長さ121mのシベリアトンネル Siberia tunnel を抜けたところに、半径100m(5チェーン)の急曲線で谷を渡る高さ27mの大築堤があった。谷は築堤の形状にちなんでホースシュー・ガリー Horseshoe Gully(馬蹄形カーブの峡谷の意)と呼ばれたが、冬は激しい北西風に晒されるため、シベリア・ガリー Siberia Gully の異名もあった。1880年に突風による列車の転落事故が発生した後、築堤上に防風柵が設けられている。

しかし、その大築堤も今はない。廃線後の1967年、暴風雨のさなかに、下を抜けていた水路が土砂で詰まり、溢れた水が築堤を押し流してしまったからだ。そのため現在、レールトレールの利用者は谷底まで急坂で下り、川を渡渉するという回り道を余儀なくされる。谷から突っ立っている異様なコンクリートの塔は、縦方向の水路が剥き出しになったものだという。

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(左)ホースシュー・ガリーを渡っていた大築堤に、防風柵が見える
Photo from archives.uhcc.govt.nz. License: CC BY-NC 3.0 NZ
(右)築堤が流失したため、現在、レールトレールは谷底まで降りて川を渡る
Photo by Matthew25187 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

次のプライシズトンネル Price’s Tunnel は、長さ98m(322フィート)でS字に曲がっている。しばらくこうして斜面を下っていくうちに、平坦地に到達する。登録史跡にもなっているクロス・クリーク駅跡だ。フェル式車両の基地があったので、構内はかなり広いが、今はトレール整備で造られた待合室のような小屋があるばかりだ。

なお、旧版地形図には、マンガロアとクロス・クリークを結んで "Surveyed Line or Proposed Rly. Tunnel" と注記された点線が描かれている。これは当初構想のあった約8kmの新トンネルだ。結局、リムタカトンネルはこのルートでは実現せず、クロス・クリークは廃駅となってしまった。

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1955年10月29日、H 199号機が先導する最終列車がクロスクリーク駅を出発
Photo from archives.uhcc.govt.nz. License: CC BY-NC 3.0 NZ

クロス・クリーク~フェザーストン Featherston 間

クロス・クリークから東は、1:40(25‰)以内の勾配で降りていく。残念ながら大部分が私有地となり、旧線跡の多くは牧草地の中に埋もれている。そのため、レールトレールは小川(クロス・クリーク)を渡って対岸に移る。地形図で下端に見える水面は、北島第3の湖、ワイララパ湖 Lake Wairarapa だ。平原に出ると、旧線はフェザーストンの町まで一直線に進んでいた。途中、小駅ピジョン・ブッシュ Pigeon Bush があったはずだが、周辺にぽつんと残る鉄道員宿舎の暖炉煙突2基を除いて、跡形もない。

リムタカトンネルを抜けてきた新線が接近する地点に、スピーディーズ・クロッシング Speedy's Crossing と呼ばれる踏切がある。1955年11月3日、ここで新線の開通式が執り行われた。39kmに及ぶ旧線跡の終点はまた、新旧の交替というエポックを象徴する場所でもあった。

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クロス・クリーク~フェザーストン間の現行1:50,000地形図
Sourced from Topo50 map BP33 Featherston, BQ33 Lake Wairarapa. Crown Copyright Reserved.
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同 1マイル1インチ地図(1957年版)
Sourced from NZMS 1 map N161 Rimutaka. Crown Copyright Reserved.

■参考サイト
Tracks.org.nz  http://tracks.org.nz/
Cycle Rimutaka - New photos of the Rimutaka Cycle Trail!
http://www.cyclerimutaka.com/news/2015/10/28/new-photos-of-the-rimutaka-cycle-trail
Mountain Biking Travels - Rimutaka Rail Trail - Wairarapa
http://mountainbiking-travels.blogspot.jp/2015/06/rimutaka-rail-trail-wairarapa.html

本稿は、Norman Cameron "Rimutaka Railway" New Zealand Railway and Locomotive Society Inc., 2006、および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

★本ブログ内の関連記事
 リムタカ・インクライン I-フェル式鉄道の記憶
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 オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 I
 オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 II

2017年7月23日 (日)

リムタカ・インクライン I-フェル式鉄道の記憶

急勾配の線路を上り下りするために、2本の走行レールに加えて第3のレールを用いて、推進力や制動力を高める鉄道がある。その大部分は、地上に固定した歯竿(ラック)レールと、車体に装備した歯車(ピニオン)を噛ませるラック・アンド・ピニオン方式、略してラック式と呼ばれるものだ。代名詞的存在のアプト式をはじめ、いくつかのバリエーションが創られた。

しかし、フェル式 Fell system はそれに該当しない。なぜなら、中央に敷かれた第3のレールはラックではなく、平滑な双頭レールを横置きしたものに過ぎないからだ。坂を上るときは、このセンターレールの両側を車体の底に取り付けた水平駆動輪ではさむことで、推進力を補う。また、下るときは同じように制輪子(ブレーキシュー)を押し付けて制動力を得る。

■参考サイト
レール断面図
http://www.rimutaka-incline-railway.org.nz/history/fell-centre-rail-system

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線路工夫が見守る中、フェル式区間を上る貨物列車
Photo from archives.uhcc.govt.nz. License: CC BY-NC 3.0 NZ

この方式は、イギリスの技師ジョン・バラクロー・フェル John Barraclough Fell が設計し、特許を取得したものだ。ラック式ほど険しい勾配には向かないものの、レールの調達コストはラック式に比べて安くて済む。1863~64年に試験運行に成功したフェルの方式は、1868年に開通したアルプス越えのモン・スニ鉄道 Chemin de fer du Mont-Cenis で使われた。フレジュストンネル Tunnel du Fréjus が開通するまで、わずか3年間の暫定運行だったが、宣伝効果は高く、これを機に、フェル式は世界各地へもたらされることになる(下注)。

*注 現存しているのは、マン島のスネーフェル登山鉄道(本ブログ「マン島の鉄道を訪ねて-スネーフェル登山鉄道」参照)が唯一だが、中央レールは非常制動用にしか使われない。

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ニュージーランドの植民地政府もまた、この効用に注目した。当時、北島南端のウェリントン Wellington からマスタートン Masterton 方面へ通じる鉄道(現 ワイララパ線 Wairarapa Line)の建設が準備段階に入り、中間に横たわるリムタカ山脈 Rimutaka Range をどのように越えるかが主要な課題になっていた。

ルート調査の結果、カイトケ Kaitoke(当時の綴りは Kaitoki)からパクラタヒ川 Pakuratahi River の谷を経由するという大筋の案が決まった。峠の西側の勾配は最大1:40(25‰)に収まり、蒸機が粘着力で対応できるため、問題はない。しかし、東側は谷がはるかに急で、なんらかの工夫が必要だった。勾配を抑えるために山を巻きながら下る案は、あまりの急曲線と土工量の多さから退けられ、最終的に、平均1:15勾配(66.7‰、下注)で一気に下降する案が採用された。

*注 縦断面図では1:16(62.5‰)~1:14(71.4‰)とされている。

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ワイララパ旧線とリムタカ・インクライン
フェル式を採用したインクライン(図では梯子状記号で表示)は、サミットトンネル Summit Tunnel 東口~クロス・クリーク Cross Creek 駅間のみで、それ以外は粘着式で運行された
Sourced from NZMS 262 map 8 Wellington. Crown Copyright Reserved.

この長さ3マイル(4.8km)のインクライン(勾配鉄道、下注)に導入されたのが、フェル式だ。特殊な構造の機関車が必要となるものの、客車や貨車は直通でき、実用性もモン・スニで実証済みだというのが、推奨の理由だった。当時、山脈を長大トンネルで貫く構想もすでにあり、インクラインは暫定的な手段と考えられたのだが、実際には、フェル式を推進と制動の両方に使用するものでは77年間と、最も寿命の長い適用例になった。

*注 このインクライン区間の呼称については、リムタカ・インクライン Rimutaka Incline のほか、「リムタカ・インクライン鉄道 Rimutaka Incline Railway」や「リムタカ鉄道 Rimutaka Railway」も見受けられる。ただし、下記参考資料では「リムタカ鉄道」を、ワイララパ旧線全体を表現する用語として使用している。

建設工事は1874年に始まり、予定より遅れたものの1878年10月に完成した。これでウェリントンからフェザーストン Featherston まで、山脈を越えて列車が直通できるようになった。

フェル式区間のあるサミット Summit ~クロス・クリーク Cross Creek 間(下注)には、イギリス製の専用機関車NZR H形(軸配置0-4-2)が投入された。開通時に1875年製が4両(199~202号機)、1886年にも2両(203、204号機)が追加配備されている。また、下り坂に備えて列車には、強力なハンドブレーキを備えた緩急車(ブレーキバン)が連結された。これら特殊車両の基地は、峠下のクロス・クリーク駅にあった。通常の整備はここで実施され、全般検査のときだけ、ウェリントン近郊のペトーニ Petone にある整備工場へ送られたという。

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唯一残るフェル式機関車(フェル機関車博物館蔵 H 199号機)
© Optimist on the run, 2002 / CC-BY-SA-3.0 & GFDL-1.2.
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床下に潜れば、センターレールとそれをはさむブレーキシューが見える
© Optimist on the run, 2002 / CC-BY-SA-3.0 & GFDL-1.2.

当初インクラインを通行する列車は、機関車1両で扱える重量までとされた。制限は徐々に緩和され、1903年の貫通ブレーキ導入後は、最大5両の機関車で牽くことも可能になった。しかし、機関車ごとに乗員2名、列車には車掌、さらに増結する緩急車でブレーキ扱いをする要員と、1列車に10数名が携わることになり、運行コストに大きく影響した。また、インクラインでの制限速度は、上り坂が時速6マイル(9.7km)、下り坂が同10マイル(16km)で、機関車の付け替え作業と合わせ、この区間の通過にはかなりの時間を費やした。

ワイララパ線は、1897年にウッドヴィル・ジャンクション Woodville Junction(後のウッドヴィル)までの全線が完成している。ギズボーン Gisborne 方面の路線と接続されたことで輸送量が増え、20世紀に入ると、H形機関車の年間走行距離は最初期の10倍にもなった。

1936年、鉄道近代化策の一環で、ウェリントン~マスタートン間に軽量気動車6両 RM 4~9 が導入された。センターレールに支障しないよう、通常の台車より床を12インチ(305mm)高くした特別仕様車で、速度の向上が期待されたが、実際には時速10~12マイル(16~19km)にとどまった。

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カイトケ駅に到着する軽量気動車
Photo from archives.uhcc.govt.nz. License: CC BY-NC 3.0 NZ

リムタカのボトルネックを解消する抜本策が、バイパストンネルの建設であることは自明の話だった。1898年に詳細な調査が実施され、マンガロア Mangaroa ~クロス・クリーク間を直線で結ぶ約5マイル(8km)のトンネル計画が練られた。1920年代にも再び実現可能性の調査が、30年代には詳細な測量が行われたが、それ以上前に進まなかった。

懸案への対処が先送りされ続けた結果、第二次世界大戦が終わる頃には、リムタカの改良は待ったなしの状況になっていた。機関車もインクラインの線路も、長年酷使されて老朽化が進行していたからだ。1947年に決定された最終ルートは、当初案のクロス・クリーク経由ではなく、一つ北のルセナズ・クリーク Lucena's Creek(地形図では Owhanga Stream)の谷に抜けるものになった。1948年、ついにトンネルを含む新線が着工され、7年の工期を経て、1955年に竣工した。

これに伴い、旧線の運行は1955年10月29日限りとされた。最終日には、稼働可能なH形機関車全5両を連結した記念列車がインクラインで力走を見せ、多くの人が別れを惜しんだ。切替え工事を経て、新線の開通式が挙行されたのは同年11月3日だった。

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インクライン運行最終日に坂を下るH形4重連
Norman Cameron "Rimutaka Railway" 表紙写真

リムタカ迂回線 Rimutaka Deviation は、延長39.0kmあった旧線区間を14.4kmも短縮するとともに、最急勾配は1:70(14.3‰)、曲線半径も400mまでに抑えた画期的な新線だ。その結果、旅客列車で70分かかっていたアッパー・ハット~フェザーストン間がわずか22分になった。貨物列車も所要時間の短縮に加え、長編成化が可能になって、輸送能力が格段に向上した。

新線は全線単線で、トンネルをはさんで西口のメイモーン Maymorn 駅と東口のリムタカ信号場 Rimutaka Loop にそれぞれ待避線が設置されている。リムタカトンネル Rimutaka Tunnel は長さ 8,798mと、当時ニュージーランドでは最長を誇った(下注)。

*注 1978年に東海岸本線 East Coast Main Trunk Line の短絡線として、長さ8,850mのカイマイトンネル Kaimai Tunnel が完成するまで、最長の地位を守った。

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リムタカトンネル開通式
ブックレット表紙
Photo by Archives New Zealand at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0

トンネルには、ほぼ中間地点に換気立坑 ventilation shaft があり、旧線が通るパクラタヒ谷の地表面に達している。実はこれは、トンネル完成後に追加された工事だ。この区間はもともと架空線方式の電化が想定されていたが、経済的な理由で非電化のままになった。ディーゼル機関車の試験走行を行ったところ、自然換気だけでは排気が十分でないことが判明し、急遽対策がとられたのだ。

新線への切替え後、列車の往来が途絶えた旧線では、すぐさま施設の撤去が始まった。H形機関車は、長年走り続けた線路の撤去作業を自ら務めた。それが終わると、ハット整備工場へ牽かれていき、そこでしばらく留置された。そして翌年除籍され、フェザーストンの町に寄贈された1両を残して、あえなく解体されてしまった。

まだ使用可能だったフェルレールと緩急車は、再利用するために南島のレワヌイ支線 Rewanui Branch(下注)へ移送された。こうして、リムタカ・インクラインの77年の歴史は幕を閉じたのだった。

*注 ニュージーランドにはリムタカのほかにも、フェル式が使われた路線がある。南島北西部の鉱山支線であった上記のレワヌイ・インクライン Rewanui Incline(使用期間 1914~66年)とロア・インクライン Roa Incline(同 1909~60年)、ウェリントン ケーブルカー Wellington Cable Car(同 1902~78年)、カイコライ・ケーブルカー Kaikorai Cable Car(ダニーディン Dunedin 市内、期間不明)だが、いずれも制動のみの使用だった。

では、旧線はどのようなところを走っていたのか。次回は、インクラインを含む旧線のルートを地形図で追ってみたい。

本稿は、Norman Cameron "Rimutaka Railway" New Zealand Railway and Locomotive Society Inc., 2006、および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
リムタカ・インクライン鉄道遺産財団 Rimutaka Incline Railway Heritage Trust
http://www.rimutaka-incline-railway.org.nz/

★本ブログ内の関連記事
 リムタカ・インクライン II-ルートを追って
 ミッドランド線 I-トランツアルパインの走る道
 ニュージーランドの鉄道地図

 マン島の鉄道を訪ねて-スネーフェル登山鉄道

2011年9月25日 (日)

ニュージーランドの鉄道地図

ニュージーランドの鉄道はわが国のJR在来線などと同じ1067mmの狭軌で、北島、南島合わせて4128kmの路線網がある(下注1)。最盛期の1953年には総延長が5656kmだった(下注2)というから、すでに3割ほど縮小したことになる。今も北オークランド線 North Auckland Line をはじめ、いくつかの路線が存廃の岐路に立たされているので、数年先にはこの数値がさらに何百kmの単位で減ってしまうかもしれない。

*注1 CIA - The World Factbookによる(データは2010年現在)
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/nz.html
*注2 キウィレール KiwiRail 公式サイトの "History of Rail" による
http://www.kiwirail.co.nz/

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印刷物となった同国の鉄道地図では、当時のニュージーランド国鉄 New Zealand Railways Corporation (NZRC) が刊行した1枚ものの路線図がある。北島と南島の2面に分かれていて、各々上部に、1980年代に使用された国鉄のロゴが大きく掲げられている。地図は、国の測量機関である土地測量局 Department of Lands and Survey(当時)の手になるいわゆる官製図だ。手元に1983年第3版がある。

縮尺は約120万分の1で、5色刷り。水部のみ描かれたベースマップの上に、現役の鉄道が赤の太線、廃止・休止線が緑の太線、主要道路がオレンジの細線で記されている。表示された駅の数もけっこう多いが、古い地形図と照合すると必ずしも全駅ではなさそうだ。あるいは編集当時の営業駅だけを示しているのかもしれない。主要都市については余白に挿図があり、ウェリントン Wellington やオークランド Auckland 市内の小駅も読み取れる。図郭の下には駅名索引が完備されている。

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インヴァーカーギル周辺

廃止・休止線を完全に描くというのは、公式地図ではあまり例を知らない。南島インヴァーカーギル Invercargill 周辺には、内陸の炭鉱と海港を結ぶために中小路線のネットワークが発達していたことがよくわかるし、この縮尺では小さくなって目立たないが、改良事業により別線に切替えられた区間(下注)の旧線さえ律儀に図示されている。

*注 北島ウェリントン郊外のタワフラット迂回線 Tawa Flat deviation(1937年)、同じくフェル式勾配線を置換えたリムタカトンネル Rimutaka Tunnel(8.8km、1955年)、北東部プレンティ湾 Bay of Plenty へ直通するカイマイトンネル Kaimai Tunnel(8.9km、1978年)など。

しかし、電化や複線といった鉄道施設に関する基本データは示されず、せっかくの大判図が単純な路線網一覧にとどまっているところが惜しまれる。その後、ニュージーランド国鉄は改組を経て1993年に完全民営化されたため、この鉄道地図もいつしか絶版になってしまった。

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イギリスの専門出版社であるクエールマップ社 Quail Map Companyからも、以前「ニュージーランド鉄道・軌道地図帳 New Zealand Railway and Tramway Atlas」というA5判のミニ地図帳が刊行されていた。同社は、路線網を詳細に描いた専門家や愛好家向けの鉄道地図を各種製作しており、これもその一つだ。

廃線を含む全線を描く方針は先述の図と同じだが、こちらは、範囲を市内軌道から地方の貨物用軌道いわゆるブッシュトラムウェー Bush tramway や鉱山軌道 Mineral tramway にまで拡大した、徹底さが売りものだ。単線・複線、電化(直流1500Vと交流25000V)の別、橋梁やトンネルの諸元、駅の種別(旅客・貨物扱い)とキロ程、標高、それに区間ごとの開通年月日などインフラに関するデータが実に詳しく記載されている。各都市のトラムについても別途、ルートの街路名や開通・廃止年月日が盛り込まれた地図がある。駅と列車交換所の名称索引が完備された48ページの貴重な基礎資料なのだが、残念ながら1993年12月に第4版が刊行されたきり改訂がなく、すでに版元切れとなっている。

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地図帳の凡例

ウェブサイトで見られる鉄道地図には、以下のものがある。
Blog_nz_railmap_hp1 全国版としては、「オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps」の Other Countries のくくりに、ニュージーランド編がある。

■参考サイト
Australian Rail Maps  http://www.railmaps.com.au/
トップページ左メニューの "Other Countries" > "New Zealand"

本国版と同じデザインを用いて北島と南島の列車系統図がそれぞれ描かれ、主要都市オークランド、ウェリントン、クライストチャーチ Christchurch については拡大図がある。地図の特徴や記号の意味はオーストラリア編と変わらないので、詳細については「オーストラリアの鉄道地図 III-ウェブ版」の紹介記事を参考にしていただきたい。

ニュージーランドでは、2000年代初め(2001、02年)に思い切った長距離旅客列車の削減が図られた。北島ではプレンティ湾のタウランガ Tauranga、観光地ロトルア Rotorua、東岸ネーピア Napier、南島ではダニーデン Dunedin、インヴァーカーギル Invercargill といった主要都市でさえ、列車で行くことが不可能になった。その結果、このような列車系統図を描くと空白エリアが目立ち、見るからにさびしい図面になってしまう。公共交通が国内で最も充実しているウェリントンの拡大図だけが唯一カラフルな色の帯を連ねていて、救われる思いだ。

なお、現在(2011年9月)、「オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps」の当該ページは、理由不明ながら閲覧不可になっている。幸いにもMapperyのサイトで各画像のコピーを見つけたので、そちらで地図の内容を確認していただきたい。

■参考サイト
北島 http://mappery.com/North-Island-Rail-Map
南島 http://mappery.com/South-Island-Rail-Map
ウェリントン http://mappery.com/Wellington-Rail-Map
オークランド http://mappery.com/Auckland-Rail-Map
クライストチャーチ http://mappery.com/Christchurch-Rail-Map

Blog_nz_railmap_hp2 列車のルートをスキマティックマップ(位相図)で描いた上記の地図に対して、ウィキペディアに上がっている鉄道地図は、路線網をいわゆる正縮尺で表示したものだ。これも北島、南島の2面に分かれている。路線は、線の太さで幹線と支線を区分し、線の色で closed(廃止)、mothballed(休止)、vintage(保存鉄道)、freight only(貨物専用)、in use(使用中=旅客輸送している)、proposed(予定線)といった内容を表している。

興味深いのは、最後に挙げた予定線の破線表示だ。特に南島北部の内陸を数多く横切っているが、これはクライストチャーチから北岸へ通じるルートが数十年もの間確定せず、何通りかの案が併存したことを反映している。他の予定線も同様に、構想自体がとうに過去帳入りしているものばかりだが、鉄道の歴史を遡ろうとする者には大変参考になる。

■参考サイト
ウィキペディア画像(直接リンク)
北島 http://en.wikipedia.org/wiki/File:NorthIsland_rrMap_v02.svg
南島 http://en.wikipedia.org/wiki/File:SouthIsland_rrMap_v02.svg

ニュージーランド国鉄の民営化は、度重なる運営会社の経営不振により失速した。最終的に国が買収することになり、2008年に国有企業キウィレール KiwiRail として再スタートを切った。キウィレールは現在、インフラ管理のほか、キウィレール・フレート KiwiRail Freight として貨物輸送を、トランツシーニック Tranz Scenic として長距離旅客輸送を、それに子会社トランツメトロ Tranz Metro によってウェリントン都市圏の通勤輸送を担うなど、同国の鉄道運営の大半を受け持つ。唯一、オークランドの通勤輸送だけが、国際交通企業ヴェオリア Veolia の手で行われている。

Blog_nz_railmap_hp3 キウィレール関係のサイト群をざっと見たが、残念ながらめぼしい鉄道地図は発見できなかった。関連して、ウェリントンの公共交通網のブランドであるメトリンク Metlink が、同都市圏全体の詳細な交通路線図を提供していたので、こちらを挙げておこう。この中に、上記トランツメトロの郊外路線や名物のケーブルカーも含まれている。

■参考サイト
メトリンク(ウェリントン都市圏公共交通網)
  http://www.metlink.org.nz/network-map/
 インタラクティブマップとは別に路線網図のPDFがあるが、3面に分割されている。
  http://www.metlink.org.nz/publications/
 もとの1枚ものが、このページの "Metlink network map" にある。ただし、凡例はついていない。

★本ブログ内の関連記事
 オーストラリアの鉄道地図 I
 オーストラリアの鉄道地図 II
 オーストラリアの鉄道地図 III-ウェブ版

2011年9月18日 (日)

オーストラリアの鉄道地図 IV-ウェブ版

前回はウェブサイトで見られる全国版の鉄道地図を紹介したが、各交通事業者はどんな地図を提供しているだろうか。州ごとに見ていこう。

クイーンズランド州

本土北東部クイーンズランド州 Queensland の鉄道網を運営するのは、クイーンズランド鉄道 Queensland Rail (QR) だ。2010年に貨物部門を分離して、現在は鉄道施設(インフラ)整備と旅客部門を事業としている。提供されている地図も、インフラに関するもの、長距離列車に関するもの、それに州都ブリスベン(ブリズベン)Brisbane の近郊列車に関するものに分類できる。

Blog_australia_railmap_hp3 インフラ関連では、14ページ分の路線図がPDFで提供されている。デザインは野暮ったいが、貨物専用線となっている区間を含め、州内の全線全駅を図示した立派な資料だ。表紙の州全図に続いて、システム System(路線体系)ごとの区分図がある。線路数(単線・複線...)が線幅や色で区分され、電化区間は「危険 Danger」と大書されているのですぐわかる。駅には起点からの距離が、km単位で小数点以下3桁まで記されている。

■参考サイト
クイーンズランド鉄道 http://www.queenslandrail.com.au/
路線図は、トップページの上メニューの "Network" > Downloads and Rail System Maps > Freight > South Western Systemなど > Network System Information Map
または直接リンク
http://www.queenslandrail.com.au/NetworkServices/Documents/Network System Information Map.pdf

Blog_australia_railmap_hp4 長距離列車関連では、時刻表冊子の中に各列車の簡単なルート図がある。ルートが列車別に色分けされ、接続バスや空港も図示されている。下記URLからPDFファイルがダウンロードできる。

■参考サイト
長距離列車時刻表は、上記メニューの "Rail Services" > Travel Network (Long Distance) > Queensland Rail Travel timetables

Blog_australia_railmap_hp5 ブリスベン近郊の運行系統図はトランスリンク(後述)との共同製作で、PDFファイルで提供されている。QRが運行する鉄道路線のほか、市内に専用道を確保したバスウェー Busway、閑散区間の列車を代行するレールバス Railbus の区間と停留所も記載されている。運賃ゾーンや車椅子利用の可否も添えられた親切な地図だ。

■参考サイト
ブリスベン近郊の運行系統図は、上記メニューの "Stations" > City Network Maps > Train and busway network map

Blog_australia_railmap_hp6 なお、ブリスベン市内については、この地域の公共交通を調整・統括する組織であるトランスリンク交通公社 TransLink Transit Authority (TRANSLink) のサイトのほうがより包括的だ。QRと同じソースの運行系統図(ただしJPG画像)のほかにも、ナイトリンク NightLink(夜間バス)系統図と停留所案内図、運賃ゾーン図、ブリスベン川を行く市内フェリー路線図と、各種揃っていて、市内交通のあらましがわかる。

■参考サイト
TRANSLinkの地図ページ  http://translink.com.au/travel-information/maps

ニューサウスウェールズ州

本土南東部ニューサウスウェールズ州 New South Wales (NSW) の鉄道網については、インフラ管理は連邦政府出資のオーストラリア・レールトラック社 Australian Rail Track Corporation (ARTC) が担い、列車運行は州政府機関であるレールコープ RailCorp が担っている。レールコープは2種のブランドを使い分けていて、シドニー Sydney の近郊列車はシティレール CityRail、遠距離列車はカントリーリンク CountryLink の名で運行されている。

Blog_australia_railmap_hp7 まずARTCだが、同社はNSW州以外に、インターステート(州間)標準軌線のインフラ管理も行っている(下注)ので、管轄エリアは広範囲に及ぶ。インフラに関する情報公開の姿勢もまた徹底していて、公式サイトの「ルート規格 Route Standards」のページに、全線区の配線図をはじめ、線路等級、トンネル位置、制限勾配、保安システムといった線路に関する膨大な専門データが含まれている。ただし、一般的な路線図はなさそうだ。

*注 大陸縦断ルートのタークーラ Tarcoola~ダーウィン Darwin間、大陸横断ルートのカルグーリー Kalgoorlie 以西を除く。

■参考サイト
ARTC  http://www.artc.com.au/
上記データは、トップページの上メニュー "Route Standards" からリンクしている。

Blog_australia_railmap_hp8 レールコープのサイトにもインフラ関係のページがあり、管内各線の曲線、勾配、制限速度を図示した線路縦断面図(PDFファイル)が576ページにわたって綴られている。

■参考サイト
レールコープ-ネットワークアクセス Network Access
http://www.railcorp.info/commercial/network_access
線路縦断面図は、4. Curve and gradient diagramsだが、ZIP形式で27.5MBある(解凍後のPDFは28.9MB)ので、ダウンロードの際は注意のこと。

Blog_australia_railmap_hp9 次に、シドニー近郊の旅客列車を運行するシティレール CityRail のサイトを見てみよう。ネットワーク地図 Network Map は、系統ごとに色分けし、乗換駅は楕円で、その他の駅は爪を立てて表現している。郊外列車を表すグレーの線と関連色の爪の組合せは、気の利いたデザインだ。シドニー港のトラムや、代行バスのルートも描かれている。地図はインタラクティブ形式で、駅にカーソルを当てると、駅の情報が表示される仕掛けだ。PDFファイルも提供されているが、解像度がやや低い。

■参考サイト
シティレールhttp://www.cityrail.info/
路線図は、トップページ上メニューの "Stations and maps" > Network map
または直接リンク
http://www.cityrail.info/stations/pdf/CityRail_network_map.pdf

Blog_australia_railmap_hp10 一方、遠距離列車を運行するカントリーリンク CountryLink にも、似たデザインのネットワーク地図があるが、内容はシティレールとだいぶ様相が異なる。列車が走るのは幹線ルートに限られ、しかも1日2~3便しかないため、支線沿線や幹線上でも小駅へは、ことごとくバス(コーチ Coach)連絡になっているからだ。地図では、バス代行ルートを幹線の色と同じにして、どの駅から連絡しているのかを明確にしている。PDFファイルも提供されている。

■参考サイト
カントリーリンク  http://www.countrylink.info/
路線図は、トップページの左メニュー Quick linksにあるNetwork map

ヴィクトリア州

Blog_australia_railmap_hp11 州内の鉄道網のインフラ管理(州間連絡の標準軌線を除く)と旅客列車運行は、州政府出資のVライン V/Line が担っている。貨物線を含む州全体の路線図では「Vライン・鉄道アクセスネットワーク地図 V/Line rail access network map」が提供されている。この地図では線の色や形状によって旅客・貨物線、貨物線、広軌(1600mm)、標準軌などを区別するが、それを通じて、インフラ管理者が誰なのか明確にわかるところが興味深い。

■参考サイト
Vライン  http://www.vline.com.au/
路線図は、トップページの上メニューの"About V/Line" > Network Access > V/Line rail access network map (pdf)
または、直接リンク
http://www.vline.com.au/pdf/networkmaps/rnamap.pdf

Blog_australia_railmap_hp12 旅客列車の路線図は、何種類か用意されている。スキマティック形式で停車駅とバス連絡のある駅を図示したもの、旅客路線とバスルートを示したもの2種類(単純化版、正縮尺版)、それにGoogleマップを利用したインタラクティブマップだ。最後者では住所や窓口時間といった駅の情報と運賃が表示され、時刻表へもリンクしている。また、ページの終わりの方に、地域別の地図へのリンクも見つかる。

■参考サイト
V/Line 鉄道地図のページ
http://www.vline.com.au/maps-stations-stops/

Blog_australia_railmap_hp13 メルボルン Melbourne 市内交通については、事業者の統合ブランドであるメトリンク MetLink のサイトに地図を集めたページがある。都市圏列車路線図 Metropolitan train network map は、運賃ゾーンで路線を色分けし、系統が明示されていないのが珍しい。都市圏トラム路線図 Metropolitan tram network map は、同国随一の規模を誇るトラム路線を系統別に色分けする。中心街CBDを縦横に走る路線の太い帯が印象的だ。ほかに、ナイトライダー NightRider(夜間バス)路線図や、市街図に加刷した総合路線図など、ブリスベン同様、盛りだくさんだ。

■参考サイト
メトリンク鉄道地図のページ
http://www.metlinkmelbourne.com.au/maps-stations-stops/metropolitan-maps/

南オーストラリア州

Blog_australia_railmap_hp14 州都アデレード Adelaide 周辺の旅客列車は州政府の組織が運行しているが、ブランド名としては、バスや1系統だけ残っているトラム(グレネルグ・トラム Glenelg Tram)とともに、アデレード・メトロ Adelaide Metro を名乗っている。バスが主たる交通機関のため、アデレード・メトロが提供するのはほとんどバス路線図で、鉄道が描かれていても目立たない。鉄道のみの路線図はなく、あるとすれば時刻表とともに提供されているルートごとの図だ。

■参考サイト
アデレード・メトロ-メトロガイド
http://www.adelaidemetro.com.au/routes/metroguide
同 列車とトラムTrain and Tram
http://www.adelaidemetro.com.au/trains-trams
'Train and Tram Timetables' のリンクから路線別の案内に入る。その中の Map and Printable Timetable に時刻表と路線図がある。

西オーストラリア州

州都パース Perth を中心とした旅客列車は、バスとともに州政府が所管する公共交通公社 Public Transport Authority (PTA) が運行している。パースの郊外鉄道とバス路線網はトランスパース Transperth、地方の旅客列車・バスはトランスWA(ダブリューエー)Transwa のブランド名による。

Blog_australia_railmap_hp15 トランスパースの公式サイトには地図へのリンクを集めたページがある。列車系統図 Transperth train network map は系統別に色分けしたスキマティックマップだが、6系統のみの小さな路線網とあって、ごくシンプルなものだ。一方、運賃ゾーン地図 Transperth Zone Map はいわゆる正縮尺図で、路線網の地理的広がりがわかる。

一方、トランスWAには、満足な路線図がなかった。必要であれば、前回紹介した「オーストラリア鉄道地図」のサイトを参照するのがよい。

■参考サイト
トランスパース 地図のページ
http://www.transperth.wa.gov.au/TimetablesMaps/Maps.aspx

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 オーストラリアの鉄道地図 II
 オーストラリアの鉄道地図 III-ウェブ版

 ニュージーランドの鉄道地図

2011年9月12日 (月)

オーストラリアの鉄道地図 III-ウェブ版

Blog_australia_railmap_hp1 ウェブサイトで見られるオーストラリアの鉄道地図には、決定版と呼ぶべきものがある。「オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps」と題されたサイトで、普通鉄道、トラム、長距離バス、フェリーなど全土の公共交通路線網を20面もの地図でカバーする、まさにウェブ上の鉄道地図帳だ。路線の密度に応じて大小さまざまな範囲の地図が用意され、それによって全系統全停車駅の表示を可能にしている。

■参考サイト
オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps  http://www.railmaps.com.au/

その特徴を筆者なりに挙げるとすると、一つ目は、情報リンクの徹底ぶりだ。地図中に張られたリンクからより詳細な図へ、あるいは隣接する図へと自在に移動できるだけではない。各路線をクリックすると当該路線の時刻表が現れる。時刻表の駅名をクリックすると、その駅へ通じている公共交通の路線名や運行頻度、路線の利便度のランク付けまで見ることができる。ウェブならではの痒いところに手が届くシステムだ。

二つ目は、デザイン性に優れていることだ。すべての地図で、路線を平面上の地理的位置によらず、縦横斜め45度の単純な形状に整理する、いわゆるスキマティックマップ(位相図)の表現法が用いられている。そのため、錯綜する都市圏の路線網や運行系統も、苦労せずに追うことができる。さらに、太めの線幅、目を引く配色、拠点駅の強調など、的確に見せるための工夫が各所に施されている。

三つ目は、地図とともに、当該地域を走る列車や鉄道の現状を紹介した記事が添えられていることだ。鉄道網を理解し、旅行計画のヒントを得るのに、こうした文字情報が参考になる。

地図はどのような内容をもっているのか。いくつか見てみよう。トップページは中・長距離列車やフェリーのルートが表示されたオーストラリア全図だ。表示はPNG画像だが、印刷用のPDFファイルもある。

試しに、東海岸のシドニー Sydney の上にカーソルを置いてクリックすると、「NSW南部とヴィクトリア東部 Southern NSW & Eastern Victoria」の地域図に切り替わる(NSWはニューサウスウェールズ New South Wales の略)。この図は、シドニー~メルボルン Melbourne 間、首都キャンベラ Canberra といった同国の中心的エリアを描いたものだ。列車のルートが系統別に色分けされ、主要駅は赤いボール状、その他の駅は短線を立てて表示されている。駅の横に白抜き文字で6:00などと記されているのは起点からの所要時間、2, 2, 2などとあるのは左から平日、土曜、日曜の1日当りの列車本数だ。週数便しかない路線では、これが数字ではなく曜日の頭文字になる。また、観光用の保存鉄道が白抜きの線で、貨物専用線や休止線が薄めた色で描かれている。

シドニー周辺は矩形の枠で囲まれ、拡大図があることがわかる。そこをクリックすると、「イラワラ、NSW南海岸および南部高地 Illawara, NSW South Coast & Southern Highlands」、すなわちシドニーから見て南西方向の地域図に切り替わる。この地域には、メルボルン周辺などとともに中距離列車の充実したネットワークが築かれているので、地図もそれに合わせて念入りに作られているのだ。

シドニー都市圏 Metropolitan Sydney はさらに拡大図「シドニー鉄道・フェリー地図 Sydney rail & ferry map」がある。これが地図の中では最も詳しく、普通鉄道ばかりかライトレールやモノレール、そして湾内の足であるフェリーの系統も特定できる。凡例に、これは公共交通の公式地図ではないと断り書きがしてあるが、それはなかば謙遜のようなもので、自社線中心になりがちな事業者提供の地図に比べて、格段に使い勝手がいいのは間違いない。

Blog_australia_railmap_hp2 ところで、このサイトには、同国鉄道地図の集大成のような作品が隠されている。トップページ左メニューの2番目、「National Bus & Rail Map」と書かれたところが入口だ。クリックで現れる「NATIONAL PUBLIC TRANSPORT MAP(全国公共交通地図)」は、3MB以上ある特大画像だが、これは単に地域図を貼り合せたものではない。貨物線や休止線といった使えないルートを省略する代わりに、長距離バス、現地で言うコーチ Coach のルートを加えている。つまり、今ある公共交通で到達可能なすべての土地とそこへの行き方が示されているのだ。

鉄道は太線、バスは細線で、それぞれに運行事業者名が入り、鉄道と連絡しているバス路線には同じ色が充てられている。アリススプリングズ Alice Springs からエアーズロック Ayers Rock(ウルル Uluru)やカタジュタ Kata Tjuta へ、パース Perth からシャーク湾 Shark Bay のモンキーミア Monkey Mia へといった、有名だが交通の便が悪い観光地へのバス路線もすべて表示されている。ローカル路線の場合、中小業者によるワゴン車運行が多いため現地での確認が必須だが、記載された走行経路は必ず参考になるはずだ。

ここまで鉄道地図を中心に紹介してきたが、実際、一般旅行者にとって便利なのは、移動の出発地と到着地を入力して、利用可能な交通機関と所要時間や発着時刻を表示させる機能だろう。このサービスも、左メニューにある「Journey Planner(乗換案内)」から提供されている。列車、バスもしくはその組合せで何通りかのルートが提示され、時刻表にももちろんリンクしている。こうしてサイトを使いこなすうちに、オーストラリアの公共交通機関をすべて手中にした気分になったとしても不思議ではない。

各交通機関の鉄道地図については次回。

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 オーストラリアの鉄道地図 IV-ウェブ版

 ニュージーランドの鉄道地図

2011年9月 9日 (金)

オーストラリアの鉄道地図 II

出版物としてのオーストラリア鉄道地図をさらにいくつか紹介しよう。

Blog_au_railmap2

一つは、前回のヘーマ Hema 社製と同じく、アデレード~ダーウィン間の大陸縦断鉄道全通を記念して刊行された全国鉄道地図だ。タイトルは「NATMAPオーストラリアの鉄道 NATMAP Railways of Australia」、連邦の測量局であるジオサイエンス・オーストラリア Geoscience Australia が2004年2月に刊行した。横112cm×縦78cmサイズの片面刷を折図にしてある。

NATMAPというのは、各州が独自に製作する地図と区別するために、連邦、すなわちジオサイエンスの地図群につけられた愛称だ(本ブログ「オーストラリアの地形図-連邦1:100,000」参照)。地形図の刊行元が作ったということから想像できるとおり、国勢地図帳の1ページになっても違和感がないような取り澄ましたスタイルが特徴だ。ヘーマ社製と対比しながらディテールを見てみよう。

ベースマップは、縮尺こそ1:5,000,000(500万分の1)で大差がないが、地図表現はかなり対照的だ。ジオサイエンスには地勢を表すオレンジ系のぼかし(陰影)が入って、大陸東岸の山がちな地形などが直感できる一方、ヘーマ社にはある道路網などは一切省かれ、地名の数も少なめだ。

Blog_au_railmap2_detail
ビクトリア州の部分
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2004. License: CC-BY 4.0

鉄道路線の表示は、色で軌間を区分し、広軌(1600mm)が緑、標準軌(1435mm)は赤、狭軌(1067mm)は青を当てている(広軌と狭軌の配色がヘーマ社と逆)。そして旅客輸送も行う線区は太く、さらに列車頻度の高い都市圏は線の中心を白抜きして区別する。貨物のみの線区は細線だ。注目の長距離列車のルートは、州境をまたぐものに限って太い縁取りで目立たせている。また、都市圏については、拡大図が余白に挿図されている。ただ、縮尺が1:750,000のため、描けるのは近郊の路線網がせいぜいで、トラムが行き交う市内中心部などはとうてい不可能だ。

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凡例

とはいえ、ベースをすっきりさせ、鉄道の記号を強調した効果で、図全体はヘーマ社よりずっと明解だ。全国路線図として見るなら役に立つし、たとえば教室の壁面に貼って、路線密度の地域間格差とか内陸部への拡張といったテーマで学習させるのには最適だろう。その代わり、旅の友にするには物足りない。心躍る長距離列車の紹介記事もなければ、市内観光に役立つ情報も皆無だからだ。保存鉄道の名称リストはあるものの、有名サイト31か所に絞られ、情報源へのアクセス方法も記されていないので、新たな発見は期待薄だ。

【追記 2017.8.2】

Blog_au_railmap5

2014年にジオサイエンスから、この鉄道地図の改訂版が刊行されている。

タイトルからNATMAPの冠が取れて、「オーストラリアの鉄道 Railways of Australia」になったが、体裁は2004年版とほぼ同じだ。軌間や貨客の扱いなど描かれる鉄道路線の区分基準も変化はない。ただし、見本図のとおり、描画色は全面的に見直されている。鉄道情報は2013年12月現在のものに更新されているので、旧版と比較すると、支線における貨物輸送の撤退や都市近郊旅客輸送の新たな展開など、この10年間の動向を読み取ることができる。

印刷図は他の刊行図と同様、ジオサイエンスのセールスセンター Geoscience Australia Sales Centre から入手できる。また、下記公式サイトでPDFファイルが無償ダウンロードできる。

■参考サイト
Geoscience - Data and Publication Search https://ecat.ga.gov.au/geonetwork/srv/eng/search
で、"Railways Map of Australia 2014" を検索する。表示されたメタデータの中に、File downloadのリンクがある。

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2014年版の同じビクトリア州の部分
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2017. License: CC-BY 4.0

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次に、州別の鉄道地図を2点取り上げよう。一つはニューサウスウェールズ州 New South Wales(以下、NSWと略す)で、オーストラリア鉄道歴史協会NSW支部 Australian Railway Historical Society NSW Division が2000年に刊行した「ニューサウスウェールズ鉄道地図 Rail Map New South Wales」だ。横87cm×縦69cmのサイズで両面刷りを折図にしてある。ベースとなる地図は白地図に近いもので、州界と水部、それに道路網(らしき細線)だけが記されている。

メインは州全図だ。鉄道と連絡バス road coach、隣接州の接続路線、それに保存鉄道が色で分けられている。実線に直交する短線を付したものは電化区間、細かい破線は工事線か予定線、粗い破線は休止線だ。裏面は都市近郊の拡大図で、シドニー Sydney、ニューカッスル New Castle、ウロンゴン Wollongong 中心部はさらに詳細図がある。列車の運行系統が示されておらず、デザイン的にもまことに味気ないものだが、ライトレールやモノレールも含めて州内の鉄道の全線全駅が記載されている点に、資料価値が見出せるだろう。

なお、表紙にある「レールウェーダイジェスト Railway Digest」の赤いロゴは、同支部が刊行する月刊の鉄道趣味誌の名称だ。鉄道地図もその関連で出されたものと思われるが、サイトにはそれに関する記述は見当たらなかった。すでに絶版になったものと見え、筆者が購入したイギリス、イアン・アラン Ian Allan 社のサイトからも消えている。

■参考サイト
オーストラリア鉄道歴史協会NSW支部  http://www.arhsnsw.com.au/

Blog_au_railmap4

もう一つはタスマニア州 Tasmania の鉄道地図帳だ。この部門の専門出版社であるイギリスのクエールマップ社 Quail Map Company が企画した「オーストラリア鉄道地図帳 Australian Railway Atlas」の第1巻として、2004年に刊行された。巻頭言によれば、州ごとに性格が異なるので、トラムやトロリーバスの地図も載せる余地を残せるよう、それぞれ別冊にしたという。まずは、比較的小さくまとまっているタスマニアから手がけたものと推測されるが、残念ながらその後、続刊はない。

このタスマニア編はA4判、34ページ(最終頁は空白)のカラー印刷で、地図15ページ、路線別データ(表題は Route Sections)12ページ、索引6ページなどから成る。地図は同社の一連の作品と同様、鉄道設備すなわちインフラをテーマに描いたものだ。軌間ごとに色分けしたうえ、濃い色を運行中 open の路線、薄い色を撤去済 lifted の路線に当てている。駅は旅客・貨物を扱うもの、いずれかを扱うもの、および休止駅が記号で区別され、駅名とキロ程が付されている。

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凡例の一部

州の主たる部分はいうまでもなくタスマニア島で、北海道の8割ほどの面積があるが、平地が少なく、総人口も50万人という規模だ。鉄道についても、一般旅客営業は1978年に州立鉄道が国鉄に統合されたときに廃止され、貨物輸送だけになっている。幹線は今も維持されているが、州政府の補助を得て運営されている状態だという。

しかし地図を見ると、その幹線からおびただしい産業用支線が分岐していて、かつて鉄道が木材や鉱石といった島の資源を盛んに港へ送り出していたようすが想像できる。州都ホバート Hobart と次に大きい都市ロンセストン Launceston には、トラムとその後継であるトロリーバスの路線網があったが(1960年代後半までに全廃)、これにも3ページが割かれ、市民の足として活躍していた時代をしのばせる。このように、地図帳には、工事用の臨時線路や特定の工場などへの引込線を除いて、およそタスマニアに存在したすべての鉄路の位置とデータが記録されている。過去に遡って全島の鉄道網の発達状況を一冊にまとめた意義は大きく、第1巻で途絶えてしまうのはあまりに惜しい。

価格は14.50英ポンド(1ポンド130円として1885円)。トラックマップス Trackmaps 社のサイトに、サンプル図があり、購入もできる。

■参考サイト
トラックマップス社 http://www.trackmaps.co.uk/
クエールマップ社  http://www.quailmapcompany.free-online.co.uk/

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 ニュージーランドの鉄道地図

2011年9月 6日 (火)

オーストラリアの鉄道地図 I

オーストラリア南岸のアデレード Adelaide と北岸のダーウィン Darwin の間2979kmを連絡する長距離列車「ザ・ガン The Ghan」が走り始めたのは、2004年2月4日だった。列車の名称は、鉄道が整備されるまで内陸部の輸送手段であったラクダを追うアフガン人 Afghan cameleer にちなんでいる。大陸縦断列車の運行が可能になったのは、それまで内陸のアリススプリングズ Alice Springs 止まりだった鉄道が、2003年9月にダーウィンまで延長されたからだ。同国本土のすべての州都が初めて鉄路で結ばれるとあって、新線の完成は国を挙げての慶事とされた。今回と次回に紹介する2種類の全国鉄道地図も、沸きあがったブームのさ中に製作されたものだ。

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表紙 (左)2004年初版 (右)2007年第2版

そのうち内容の充実度がより高いのは、「オーストラリアの鉄道旅行 Rail Journeys of Australia」というタイトルが付けられたヘーマ Hema 社の地図だ。ヘーマ社は同国の大手地図出版社で、道路地図、市街図、旅行地図など膨大な種類を刊行しているが、鉄道を主題にしたものは珍しい。サイズ横70cm×縦100cmで両面刷という限られた紙幅にもかかわらず、ここにはオーストラリア鉄道網の情報が満載だ。

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2007年版のアデレード周辺
© South Pacific Maps, Hema Maps, 2011

メインは縮尺1:5,500,000(550万分の1)の全国図で、ベースに使われたのはおそらく同社の汎用図だろう。地勢表現は省略されているが、そもそも鉄道地図の要件ではない。その代わりに地名や道路網はかなり詳しく、区間距離や舗装の有無が示され、余白に小さな字で地名索引まで備えている。

鉄道路線の表示は黒の細線が基本で、それに広軌(1600mm)は青、標準軌(1435mm)は赤、狭軌(1067mm)は緑という軌間別の色を重ねている。色帯は、旅客も扱う線区を太く、貨物のみを細くしているので、旅客列車が走る範囲が一目瞭然だ。中距離列車が設定されている路線がほぼニューサウスウェールズ州とヴィクトリア州に限られているのもこれでわかる。

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全国図の凡例

一方、基本の細線の色が黄に変えられているのは、観光用鉄道(保存鉄道)Tourist Railways を表している。重ねられた配色の基準は一般路線と同じ青、赤、緑なので、軌間もすぐに判断できる。しかし、驚くべきことに情報はこのレベルにとどまっていない。該当路線のすべてに番号が振られ、その番号に対応して、余白に鉄道名、所在地名、動力・形態(蒸気、ディーゼル、トラムなど)、距離、軌間、連絡先電話、ウェブサイトを明記したリストが添えられているのだ。掲載対象は、運行している保存鉄道だけでなく、鉄道博物館やミニチュア鉄道 Miniature Railways も網羅している。その数は保存鉄道93か所、鉄道博物館70か所、ミニチュア鉄道47か所(現行版による)に及び、イギリスの伝統を受け継ぐ同国の鉄道趣味の浸透ぶりを実感する。

さらに図郭の外には、「大いなる列車旅行 Great Train Journeys」と題した特別記事がある。ザ・ガンをはじめインディアンパシフィック(シドニー Sydney ~パース Perth)、ジ・オーヴァーランド The Overland(メルボルン Melbourne ~アデレード)のような有名な長距離列車が写真つきで紹介され、通過ルートは、先ほどの地図上に示された太い縁取りで容易にたどることができる。長く単調な旅の車中では、今どの辺を走っているのかと知りたいときがある。いわゆる正縮尺で描かれ、平原の中間駅まで載っているこの地図なら、乗客のふとした問いにも確実に答えてくれるに違いない。

このように全国図は、丁寧な編集によって愛好家をも唸らせるのだが、縮尺の制約上、大都市近郊の路線網や運行経路を描ききることは不可能だ。そのニーズに対しては、裏面に配置された区分図が役に立つ。こちらには地域ごとに分けた16面の路線図を集めてあり、いずれも路線網を水平、垂直および斜め45度の直線に単純化した、いわゆるスキマティックマップ(位相図)で表現されている。これらはすべて「オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps」というウェブサイト(「オーストラリアの鉄道地図 III-ウェブ版」で詳述)で公開されているものなので、最新情報を知るためにそちらと併用するのがいいだろう。

大陸縦断鉄道の全通をきっかけに誕生したヘーマ社の鉄道地図は、愛好家のみならず、長距離の旅行者から通勤通学者や市内観光を楽しむ人まで、あらゆる鉄道利用者に恩恵をもたらす。盛りだくさんなその内容からして、オーストラリアの鉄道百科と形容してもあながち大げさではない。それを裏付けるように地図は、国際地図小売業協会 International Map Trade Association (IMTA) の2004年大会で、その年世界で最も優れた地図に与えられる金メダルを受賞している。

現在、流通しているのは2007年3月の第2版で、価格は12.95豪ドル(1ドル80円として1,036円)だ。欧米の主な地図商で扱っているが、日本のアマゾン経由でも買えるようだ。もう一つの全国鉄道地図については次回

(2006年8月31日付「オーストラリア大陸縦断列車と鉄道地図」を全面改稿)

■参考サイト
ヘーマ社  http://www.hemamaps.com.au/
オーストラリア鉄道地図  http://www.railmaps.com.au/
グレートサザン鉄道Great Southern Railway  http://www.gsr.com.au/
 ザ・ガンをはじめとする長距離列車の運行会社。日本語サイトあり

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 オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 I

 ニュージーランドの鉄道地図

2011年8月21日 (日)

オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-メインサザン線とピクトン支線

大分水嶺 Great Dividing Range を越える目的は同じでも、そこに至るまでの地勢は場所によってさまざまだ。ジグザグに始まる険しいルート設定を強いられたメインウェスタン線 Main Western Line に対して、南西方向に進んだメインサザン線 Main Southern Line(当時はグレートサザン鉄道 Great Southern Railway)の行く手には、なだらかな高原地帯が広がっていた。

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保存運行の終点バックストン駅

Blog_pictonloopline_map1メインサザン線は、ニューサウスウェールズ州の州都シドニー Sydney とヴィクトリア州境にあるオルベリー Albury の間を走る646kmの路線だ。途中のゴールバーン Goulburn からは首都キャンベラ Canberra へ向かう支線が分岐する。また、オルベリーからはヴィクトリア州鉄道で南岸の港町メルボルン Melbourne まで標準軌でつながっている。オーストラリア第一と第二の都市、さらに首都とも連絡するという意味で、同国で最も重要な路線の一つといえるだろう。

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メインサザン線東部ルート概略

起終点をいずれも港町としながら、ルートはいっさい海岸線に沿わず、内陸のマレー川 Murray 流域をショートカットする。そのために、都合2回の大分水嶺越えが必要になった。現場の一つが、今回のテーマであるニューサウスウェールズ州南東部、標高600~700mの高原地帯だ(下注)。一帯は北、東、南の三方が比高500mの深い谷で断ち切られているが、幸いにも北東側(シドニー方向)には、開析の進んでいない尾根が張り出している。すでに19世紀前半、ここに道路が拓かれており、鉄道も同じルートを選んで高地にアプローチした。

*注 地域名としては、ミッタゴン Mittagong、ボーラル Bowral、モスヴェール Moss Vale を中心とするエリアをサザンハイランド Southern Highlands(南部高地)、その西側、ゴールバーン Goulburn を中心とするエリアをサザンテーブルランド Southern Tablelands(南部台地)という。分水界はサザンテーブルランドの西縁を限る。

Blog_pictonloopline2
(左)現在のピクトン駅。
シドニー方からシティレールの近郊旅客列車が到着
(右)同、ミッタゴン方を望む(ピクトン支線は橋の100m先で分岐)

シドニー中央駅から85kmのピクトンPicton駅が、山越えの起点だ。蒸気機関車の時代は、機関庫や乗務員宿舎などが置かれ、多忙な拠点駅だった。ネピアン川 Nepean River を渡るメナングル Menangle の鉄橋が完成して、ここまで鉄道が開通したのが1863年、そのあと山を上りきって高原上のミッタゴン Mittagong に到達するのは、4年後の1867年になる。

山越えルートは、26km先のヒルトップ Hill Top まで、多少の踊り場はあるものの一貫して上り坂が続く。ピクトンの次のサールミア Thirlmere は、後述する鉄道博物館の所在地として今では有名だが、駅の歴史は、2つ目のクーリジャー Couridjah のほうが古い。前者が1885年開業(下注)に対して、後者は開通当初から存在した。その理由は、クーリジャー駅の西にあるサールミア湖群 Thirlmere Lakes(谷間に複数の池が連なる)が、機関車給水のための水源とされたからだ。バックストン Buxton を経てバルモラル Balmoral から、森の中を急勾配で突き進む最後の胸突き八丁となる。そのため、ヒルトップはシドニー方から来た列車にとって、文字通り山上の駅と感じられたはずだ。ピクトンの標高は165mに過ぎないが、ここでは600mを越えている。

*注 サールミアの開業時の駅名はレッドバンク Redbank、翌86年にサールミアに改称。クーリジャーも開業時はピクトン・ラグーンズ・タンク Picton Lagoons Tank。数回の変遷を経て、1929年に現駅名に改称。

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(左)本線との分離地点。
 手前がピクトン支線、左へ曲がるのがメインサザン線
(右)保存されているサールミア駅
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(左)サールミア駅北側の踏切。列車通行時以外は線路を遮断
(右)1867年開業のクーリジャー駅
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(左)保存運行の終点バックストン駅
(右)線路はバックストンからさらに山手へ続いている

ヒルトップの南方には、ビッグヒル Big Hill と呼ばれた丘を横断する深い切通しがある。次のコロヴェール Colo Vale まで、線路はまっすぐ谷へ降り、また上っていたが、後に西の山際を通るアップダウンの少ないルートに切替えられた(改修年不明)。旧線跡は、地方道ウィルソンドライヴ Wilson Drive の敷地に転用されている。コロヴェール~ブリーマー Braemar 間でも、急な下り坂を解消するため、東側に大回りする線路が建設された。それでも1:30(33.3‰)もあった勾配は依然として一部に残り、単線であることとあいまって、運行上の足枷となっていた。

1910年代に入ると、輸送力増強の目的で、メインサザン線の抜本的な改良工事が始まる。それは、複線化とともに、全線各所で勾配緩和のためのルート変更、すなわち迂回線 Deviation の新設を伴っていた。中でも最大規模と目されたのが、このピクトン~ミッタゴン Mittagong 間に計画された延長45kmもの新線だった。新しいルートは、ピクトン駅を出たとたん、興味深い動き方をする。鉄橋を渡るといったん右にそれ、町裏のレッドバンク山 Redbank Range で半回転して、駅の川向うに再度姿を現すのだ。新線の通過に支障する旧線は、鉄橋の北詰めで分岐し、迂回線の外側に沿うルートに改められた(新旧線路の位置関係は、下図中の挿図参照)。

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迂回線とピクトン支線
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2006. License: CC-BY 4.0

新線はその後、旧線がたどる尾根の東隣にある尾根にとりつき、高度を稼ぐためにいくつもオメガカーブを切りながら上っていく。サミットは長さ920mのアイルマートントンネル Aylmerton Tunnel で抜け、ミッタゴンの1.5km手前でようやく旧線との合流を果たす。最短距離をとった旧線に比べて曲線(半径400m)の目立つルートだが、制限勾配は1:75(13.3‰)と遥かに控えめだ。スピードが勝負を決める現代の旅客輸送とは事情が異なり、当時は機関車の牽引力を保つために、ルートの直進性より勾配の改良が優先だった。

迂回線は1919年に開通し、その時点で、旧線は支線に格下げとなり、ピクトン=ミッタゴン・ループライン Picton - Mittagong Loop Line(以下、ピクトン支線という。下注)と呼ばれるようになった。ピクトン支線はその後も営業を続けたが、沿線はもともと後背地がなく利用者が限られていたため、1978年、ついに休止に追い込まれた。現在この区間は、シティレール CityRail によるバス運行となっている。しかし、支線のレールは撤去されなかった。すでに沿線のサールミアに、鉄道博物館が進出していたのだ。

*注:ループラインは、日本で言うループ線(英語ではスパイラル Spiral)ではなく、本線と分かれてまた先でつながる線路という意味で使われている。

ニューサウスウェールズ鉄道交通博物館 New South Wales Rail Transport Museum は1962年にシドニー郊外エンフィールド Enfield で開設されたが、同地の再開発に伴って、1975年にここへ移転してきた。ピクトン支線が、保存列車の運行や本線との車両の授受に使えるという理由からだった。ジグザグ鉄道の記事で、同鉄道が標準軌車両の提供を受けられなかった理由に、州が自前で鉄道博物館を整備する計画を持っていたことをあげたが、その場所こそサールミアだ。

今ではここに、蒸気機関車をはじめ、ニューサウスウェールズ州で活躍した標準軌の古典車両が100両以上集結している。毎日曜にはピクトン支線を使って、蒸機牽引の観光列車が運行される。主催者サイトによれば、サールミア~バックストン間6.7kmを往復するコースで所要50分、日に4往復している。ジグザグのような車窓の見せ場はないが、バックストンへは高度差約100mの上り坂が続いているので、勇壮なドラフト音と排煙は期待できる。このほか、保存車両を使ったヘリテージエクスプレス Heritage Express(鉄道遺産急行)と称する本線ツアーも催行されている。列車はピクトンの分岐点を経由して本線に入っていく。

なお、同博物館は、レールコープ RailCorp(ニューサウスウェールズ州鉄道局)が全額出資したトレーンワークス社 Trainworks Limited に運営権が移り、展示施設の改装を経て、2011年4月に再オープンした。

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(左)鉄道博物館トレーンワークス入口
(右)館内。正面は1866年英国ロバート・スチーブンソン社製18号機
 (E17形2号機)
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(左)AD60形ガーラット式機関車。1956年製
(右)現在も保存運行に使われるC36形機関車。1926年製
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(左)豪華寝台列車の代名詞プルマン客車、4両セット(SET 88)。
 1899~1902年製
(右)オープンデッキ付ボギー客車、9両セット(SET 63)。1910年製

このようにバックストン以北は今なお活用されているが、対照的に山越えの中心であった南部区間は、列車の姿が絶えて久しい。南端のブリーマー~ミッタゴン間が工場への貨物線として利用されているほかは、長らく放置されたままで、草むしているか、朽ちているか、でなくとも使用できる状況にはないという。レールこそ残れど、19世紀の植民地の陸運を支えたピクトン支線全線の復活は、望み薄のようだ。

(2006年10月5日付「オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-南部本線」を全面改稿)

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびWikipedia英語版の記事(Main Southern railway line, New South Wales Rail Transport Museum)を参照して記述した。

写真はすべて、2012年5月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けたものだ。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
Wikipedia英語版 - ピクトン=ミッタゴン・ループライン
http://en.wikipedia.org/wiki/Picton_Loop_railway_line,_New_South_Wales
 写真が多く掲載されている
ニューサウスウェールズ鉄道交通博物館  http://www.nswrtm.org/
トレーンワークスTrain Works  http://www.trainworks.com.au/
ヘリテージエクスプレスHeritage Express  http://www.heritageexpress.com.au/
 博物館所有の車両を使った本線ツアーの案内
メインサザン線データ
http://www.nswrail.net/lines/show.php?name=NSW:main_south
サールミア付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=-34.2072,150.5694&z=16

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