2011年9月25日 (日)

ニュージーランドの鉄道地図

ニュージーランドの鉄道はわが国のJR在来線などと同じ1067mmの狭軌で、北島、南島合わせて4128kmの路線網がある(下注1)。最盛期の1953年には総延長が5656kmだった(下注2)というから、すでに3割ほど縮小したことになる。今も北オークランド線 North Auckland Line をはじめ、いくつかの路線が存廃の岐路に立たされているので、数年先にはこの数値がさらに何百kmの単位で減ってしまうかもしれない。

*注1 CIA - The World Factbookによる(データは2010年現在)
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/nz.html
*注2 キウィレール KiwiRail 公式サイトの "History of Rail" による
http://www.kiwirail.co.nz/

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印刷物となった同国の鉄道地図では、当時のニュージーランド国鉄 New Zealand Railways Corporation (NZRC) が刊行した1枚ものの路線図がある。北島と南島の2面に分かれていて、各々上部に、1980年代に使用された国鉄のロゴが大きく掲げられている。地図は、国の測量機関である土地測量局 Department of Lands and Survey(当時)の手になるいわゆる官製図だ。手元に1983年第3版がある。

縮尺は約120万分の1で、5色刷り。水部のみ描かれたベースマップの上に、現役の鉄道が赤の太線、廃止・休止線が緑の太線、主要道路がオレンジの細線で記されている。表示された駅の数もけっこう多いが、古い地形図と照合すると必ずしも全駅ではなさそうだ。あるいは編集当時の営業駅だけを示しているのかもしれない。主要都市については余白に挿図があり、ウェリントン Wellington やオークランド Auckland 市内の小駅も読み取れる。図郭の下には駅名索引が完備されている。

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インヴァーカーギル周辺

廃止・休止線を完全に描くというのは、公式地図ではあまり例を知らない。南島インヴァーカーギル Invercargill 周辺には、内陸の炭鉱と海港を結ぶために中小路線のネットワークが発達していたことがよくわかるし、この縮尺では小さくなって目立たないが、改良事業により別線に切替えられた区間(下注)の旧線さえ律儀に図示されている。

*注 北島ウェリントン郊外のタワフラット迂回線 Tawa Flat deviation(1937年)、同じくフェル式勾配線を置換えたリムタカトンネル Rimutaka Tunnel(8.8km、1955年)、北東部プレンティ湾 Bay of Plenty へ直通するカイマイトンネル Kaimai Tunnel(8.9km、1978年)など。

しかし、電化や複線といった鉄道施設に関する基本データは示されず、せっかくの大判図が単純な路線網一覧にとどまっているところが惜しまれる。その後、ニュージーランド国鉄は改組を経て1993年に完全民営化されたため、この鉄道地図もいつしか絶版になってしまった。

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イギリスの専門出版社であるクエールマップ社 Quail Map Companyからも、以前「ニュージーランド鉄道・軌道地図帳 New Zealand Railway and Tramway Atlas」というA5判のミニ地図帳が刊行されていた。同社は、路線網を詳細に描いた専門家や愛好家向けの鉄道地図を各種製作しており、これもその一つだ。

廃線を含む全線を描く方針は先述の図と同じだが、こちらは、範囲を市内軌道から地方の貨物用軌道いわゆるブッシュトラムウェー Bush tramway や鉱山軌道 Mineral tramway にまで拡大した、徹底さが売りものだ。単線・複線、電化(直流1500Vと交流25000V)の別、橋梁やトンネルの諸元、駅の種別(旅客・貨物扱い)とキロ程、標高、それに区間ごとの開通年月日などインフラに関するデータが実に詳しく記載されている。各都市のトラムについても別途、ルートの街路名や開通・廃止年月日が盛り込まれた地図がある。駅と列車交換所の名称索引が完備された48ページの貴重な基礎資料なのだが、残念ながら1993年12月に第4版が刊行されたきり改訂がなく、すでに版元切れとなっている。

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地図帳の凡例

ウェブサイトで見られる鉄道地図には、以下のものがある。
Blog_nz_railmap_hp1 全国版としては、「オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps」の Other Countries のくくりに、ニュージーランド編がある。

■参考サイト
Australian Rail Maps  http://www.railmaps.com.au/
トップページ左メニューの "Other Countries" > "New Zealand"

本国版と同じデザインを用いて北島と南島の列車系統図がそれぞれ描かれ、主要都市オークランド、ウェリントン、クライストチャーチ Christchurch については拡大図がある。地図の特徴や記号の意味はオーストラリア編と変わらないので、詳細については「オーストラリアの鉄道地図 III-ウェブ版」の紹介記事を参考にしていただきたい。

ニュージーランドでは、2000年代初め(2001、02年)に思い切った長距離旅客列車の削減が図られた。北島ではプレンティ湾のタウランガ Tauranga、観光地ロトルア Rotorua、東岸ネーピア Napier、南島ではダニーデン Dunedin、インヴァーカーギル Invercargill といった主要都市でさえ、列車で行くことが不可能になった。その結果、このような列車系統図を描くと空白エリアが目立ち、見るからにさびしい図面になってしまう。公共交通が国内で最も充実しているウェリントンの拡大図だけが唯一カラフルな色の帯を連ねていて、救われる思いだ。

なお、現在(2011年9月)、「オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps」の当該ページは、理由不明ながら閲覧不可になっている。幸いにもMapperyのサイトで各画像のコピーを見つけたので、そちらで地図の内容を確認していただきたい。

■参考サイト
北島 http://mappery.com/North-Island-Rail-Map
南島 http://mappery.com/South-Island-Rail-Map
ウェリントン http://mappery.com/Wellington-Rail-Map
オークランド http://mappery.com/Auckland-Rail-Map
クライストチャーチ http://mappery.com/Christchurch-Rail-Map

Blog_nz_railmap_hp2 列車のルートをスキマティックマップ(位相図)で描いた上記の地図に対して、ウィキペディアに上がっている鉄道地図は、路線網をいわゆる正縮尺で表示したものだ。これも北島、南島の2面に分かれている。路線は、線の太さで幹線と支線を区分し、線の色で closed(廃止)、mothballed(休止)、vintage(保存鉄道)、freight only(貨物専用)、in use(使用中=旅客輸送している)、proposed(予定線)といった内容を表している。

興味深いのは、最後に挙げた予定線の破線表示だ。特に南島北部の内陸を数多く横切っているが、これはクライストチャーチから北岸へ通じるルートが数十年もの間確定せず、何通りかの案が併存したことを反映している。他の予定線も同様に、構想自体がとうに過去帳入りしているものばかりだが、鉄道の歴史を遡ろうとする者には大変参考になる。

■参考サイト
ウィキペディア画像(直接リンク)
北島 http://en.wikipedia.org/wiki/File:NorthIsland_rrMap_v02.svg
南島 http://en.wikipedia.org/wiki/File:SouthIsland_rrMap_v02.svg

ニュージーランド国鉄の民営化は、度重なる運営会社の経営不振により失速した。最終的に国が買収することになり、2008年に国有企業キウィレール KiwiRail として再スタートを切った。キウィレールは現在、インフラ管理のほか、キウィレール・フレート KiwiRail Freight として貨物輸送を、トランツシーニック Tranz Scenic として長距離旅客輸送を、それに子会社トランツメトロ Tranz Metro によってウェリントン都市圏の通勤輸送を担うなど、同国の鉄道運営の大半を受け持つ。唯一、オークランドの通勤輸送だけが、国際交通企業ヴェオリア Veolia の手で行われている。

Blog_nz_railmap_hp3 キウィレール関係のサイト群をざっと見たが、残念ながらめぼしい鉄道地図は発見できなかった。関連して、ウェリントンの公共交通網のブランドであるメトリンク Metlink が、同都市圏全体の詳細な交通路線図を提供していたので、こちらを挙げておこう。この中に、上記トランツメトロの郊外路線や名物のケーブルカーも含まれている。

■参考サイト
メトリンク(ウェリントン都市圏公共交通網)
  http://www.metlink.org.nz/network-map/
 インタラクティブマップとは別に路線網図のPDFがあるが、3面に分割されている。
  http://www.metlink.org.nz/publications/
 もとの1枚ものが、このページの "Metlink network map" にある。ただし、凡例はついていない。

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2011年9月18日 (日)

オーストラリアの鉄道地図 IV-ウェブ版

前回はウェブサイトで見られる全国版の鉄道地図を紹介したが、各交通事業者はどんな地図を提供しているだろうか。州ごとに見ていこう。

クイーンズランド州

本土北東部クイーンズランド州 Queensland の鉄道網を運営するのは、クイーンズランド鉄道 Queensland Rail (QR) だ。2010年に貨物部門を分離して、現在は鉄道施設(インフラ)整備と旅客部門を事業としている。提供されている地図も、インフラに関するもの、長距離列車に関するもの、それに州都ブリスベン(ブリズベン)Brisbane の近郊列車に関するものに分類できる。

Blog_australia_railmap_hp3 インフラ関連では、14ページ分の路線図がPDFで提供されている。デザインは野暮ったいが、貨物専用線となっている区間を含め、州内の全線全駅を図示した立派な資料だ。表紙の州全図に続いて、システム System(路線体系)ごとの区分図がある。線路数(単線・複線...)が線幅や色で区分され、電化区間は「危険 Danger」と大書されているのですぐわかる。駅には起点からの距離が、km単位で小数点以下3桁まで記されている。

■参考サイト
クイーンズランド鉄道 http://www.queenslandrail.com.au/
路線図は、トップページの上メニューの "Network" > Downloads and Rail System Maps > Freight > South Western Systemなど > Network System Information Map
または直接リンク
http://www.queenslandrail.com.au/NetworkServices/Documents/Network System Information Map.pdf

Blog_australia_railmap_hp4 長距離列車関連では、時刻表冊子の中に各列車の簡単なルート図がある。ルートが列車別に色分けされ、接続バスや空港も図示されている。下記URLからPDFファイルがダウンロードできる。

■参考サイト
長距離列車時刻表は、上記メニューの "Rail Services" > Travel Network (Long Distance) > Queensland Rail Travel timetables

Blog_australia_railmap_hp5 ブリスベン近郊の運行系統図はトランスリンク(後述)との共同製作で、PDFファイルで提供されている。QRが運行する鉄道路線のほか、市内に専用道を確保したバスウェー Busway、閑散区間の列車を代行するレールバス Railbus の区間と停留所も記載されている。運賃ゾーンや車椅子利用の可否も添えられた親切な地図だ。

■参考サイト
ブリスベン近郊の運行系統図は、上記メニューの "Stations" > City Network Maps > Train and busway network map

Blog_australia_railmap_hp6 なお、ブリスベン市内については、この地域の公共交通を調整・統括する組織であるトランスリンク交通公社 TransLink Transit Authority (TRANSLink) のサイトのほうがより包括的だ。QRと同じソースの運行系統図(ただしJPG画像)のほかにも、ナイトリンク NightLink(夜間バス)系統図と停留所案内図、運賃ゾーン図、ブリスベン川を行く市内フェリー路線図と、各種揃っていて、市内交通のあらましがわかる。

■参考サイト
TRANSLinkの地図ページ  http://translink.com.au/travel-information/maps

ニューサウスウェールズ州

本土南東部ニューサウスウェールズ州 New South Wales (NSW) の鉄道網については、インフラ管理は連邦政府出資のオーストラリア・レールトラック社 Australian Rail Track Corporation (ARTC) が担い、列車運行は州政府機関であるレールコープ RailCorp が担っている。レールコープは2種のブランドを使い分けていて、シドニー Sydney の近郊列車はシティレール CityRail、遠距離列車はカントリーリンク CountryLink の名で運行されている。

Blog_australia_railmap_hp7 まずARTCだが、同社はNSW州以外に、インターステート(州間)標準軌線のインフラ管理も行っている(下注)ので、管轄エリアは広範囲に及ぶ。インフラに関する情報公開の姿勢もまた徹底していて、公式サイトの「ルート規格 Route Standards」のページに、全線区の配線図をはじめ、線路等級、トンネル位置、制限勾配、保安システムといった線路に関する膨大な専門データが含まれている。ただし、一般的な路線図はなさそうだ。

*注 大陸縦断ルートのタークーラ Tarcoola~ダーウィン Darwin間、大陸横断ルートのカルグーリー Kalgoorlie 以西を除く。

■参考サイト
ARTC  http://www.artc.com.au/
上記データは、トップページの上メニュー "Route Standards" からリンクしている。

Blog_australia_railmap_hp8 レールコープのサイトにもインフラ関係のページがあり、管内各線の曲線、勾配、制限速度を図示した線路縦断面図(PDFファイル)が576ページにわたって綴られている。

■参考サイト
レールコープ-ネットワークアクセス Network Access
http://www.railcorp.info/commercial/network_access
線路縦断面図は、4. Curve and gradient diagramsだが、ZIP形式で27.5MBある(解凍後のPDFは28.9MB)ので、ダウンロードの際は注意のこと。

Blog_australia_railmap_hp9 次に、シドニー近郊の旅客列車を運行するシティレール CityRail のサイトを見てみよう。ネットワーク地図 Network Map は、系統ごとに色分けし、乗換駅は楕円で、その他の駅は爪を立てて表現している。郊外列車を表すグレーの線と関連色の爪の組合せは、気の利いたデザインだ。シドニー港のトラムや、代行バスのルートも描かれている。地図はインタラクティブ形式で、駅にカーソルを当てると、駅の情報が表示される仕掛けだ。PDFファイルも提供されているが、解像度がやや低い。

■参考サイト
シティレールhttp://www.cityrail.info/
路線図は、トップページ上メニューの "Stations and maps" > Network map
または直接リンク
http://www.cityrail.info/stations/pdf/CityRail_network_map.pdf

Blog_australia_railmap_hp10 一方、遠距離列車を運行するカントリーリンク CountryLink にも、似たデザインのネットワーク地図があるが、内容はシティレールとだいぶ様相が異なる。列車が走るのは幹線ルートに限られ、しかも1日2~3便しかないため、支線沿線や幹線上でも小駅へは、ことごとくバス(コーチ Coach)連絡になっているからだ。地図では、バス代行ルートを幹線の色と同じにして、どの駅から連絡しているのかを明確にしている。PDFファイルも提供されている。

■参考サイト
カントリーリンク  http://www.countrylink.info/
路線図は、トップページの左メニュー Quick linksにあるNetwork map

ヴィクトリア州

Blog_australia_railmap_hp11 州内の鉄道網のインフラ管理(州間連絡の標準軌線を除く)と旅客列車運行は、州政府出資のVライン V/Line が担っている。貨物線を含む州全体の路線図では「Vライン・鉄道アクセスネットワーク地図 V/Line rail access network map」が提供されている。この地図では線の色や形状によって旅客・貨物線、貨物線、広軌(1600mm)、標準軌などを区別するが、それを通じて、インフラ管理者が誰なのか明確にわかるところが興味深い。

■参考サイト
Vライン  http://www.vline.com.au/
路線図は、トップページの上メニューの"About V/Line" > Network Access > V/Line rail access network map (pdf)
または、直接リンク
http://www.vline.com.au/pdf/networkmaps/rnamap.pdf

Blog_australia_railmap_hp12 旅客列車の路線図は、何種類か用意されている。スキマティック形式で停車駅とバス連絡のある駅を図示したもの、旅客路線とバスルートを示したもの2種類(単純化版、正縮尺版)、それにGoogleマップを利用したインタラクティブマップだ。最後者では住所や窓口時間といった駅の情報と運賃が表示され、時刻表へもリンクしている。また、ページの終わりの方に、地域別の地図へのリンクも見つかる。

■参考サイト
V/Line 鉄道地図のページ
http://www.vline.com.au/maps-stations-stops/

Blog_australia_railmap_hp13 メルボルン Melbourne 市内交通については、事業者の統合ブランドであるメトリンク MetLink のサイトに地図を集めたページがある。都市圏列車路線図 Metropolitan train network map は、運賃ゾーンで路線を色分けし、系統が明示されていないのが珍しい。都市圏トラム路線図 Metropolitan tram network map は、同国随一の規模を誇るトラム路線を系統別に色分けする。中心街CBDを縦横に走る路線の太い帯が印象的だ。ほかに、ナイトライダー NightRider(夜間バス)路線図や、市街図に加刷した総合路線図など、ブリスベン同様、盛りだくさんだ。

■参考サイト
メトリンク鉄道地図のページ
http://www.metlinkmelbourne.com.au/maps-stations-stops/metropolitan-maps/

南オーストラリア州

Blog_australia_railmap_hp14 州都アデレード Adelaide 周辺の旅客列車は州政府の組織が運行しているが、ブランド名としては、バスや1系統だけ残っているトラム(グレネルグ・トラム Glenelg Tram)とともに、アデレード・メトロ Adelaide Metro を名乗っている。バスが主たる交通機関のため、アデレード・メトロが提供するのはほとんどバス路線図で、鉄道が描かれていても目立たない。鉄道のみの路線図はなく、あるとすれば時刻表とともに提供されているルートごとの図だ。

■参考サイト
アデレード・メトロ-メトロガイド
http://www.adelaidemetro.com.au/routes/metroguide
同 列車とトラムTrain and Tram
http://www.adelaidemetro.com.au/trains-trams
'Train and Tram Timetables' のリンクから路線別の案内に入る。その中の Map and Printable Timetable に時刻表と路線図がある。

西オーストラリア州

州都パース Perth を中心とした旅客列車は、バスとともに州政府が所管する公共交通公社 Public Transport Authority (PTA) が運行している。パースの郊外鉄道とバス路線網はトランスパース Transperth、地方の旅客列車・バスはトランスWA(ダブリューエー)Transwa のブランド名による。

Blog_australia_railmap_hp15 トランスパースの公式サイトには地図へのリンクを集めたページがある。列車系統図 Transperth train network map は系統別に色分けしたスキマティックマップだが、6系統のみの小さな路線網とあって、ごくシンプルなものだ。一方、運賃ゾーン地図 Transperth Zone Map はいわゆる正縮尺図で、路線網の地理的広がりがわかる。

一方、トランスWAには、満足な路線図がなかった。必要であれば、前回紹介した「オーストラリア鉄道地図」のサイトを参照するのがよい。

■参考サイト
トランスパース 地図のページ
http://www.transperth.wa.gov.au/TimetablesMaps/Maps.aspx

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 ニュージーランドの鉄道地図

2011年9月12日 (月)

オーストラリアの鉄道地図 III-ウェブ版

Blog_australia_railmap_hp1 ウェブサイトで見られるオーストラリアの鉄道地図には、決定版と呼ぶべきものがある。「オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps」と題されたサイトで、普通鉄道、トラム、長距離バス、フェリーなど全土の公共交通路線網を20面もの地図でカバーする、まさにウェブ上の鉄道地図帳だ。路線の密度に応じて大小さまざまな範囲の地図が用意され、それによって全系統全停車駅の表示を可能にしている。

■参考サイト
オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps  http://www.railmaps.com.au/

その特徴を筆者なりに挙げるとすると、一つ目は、情報リンクの徹底ぶりだ。地図中に張られたリンクからより詳細な図へ、あるいは隣接する図へと自在に移動できるだけではない。各路線をクリックすると当該路線の時刻表が現れる。時刻表の駅名をクリックすると、その駅へ通じている公共交通の路線名や運行頻度、路線の利便度のランク付けまで見ることができる。ウェブならではの痒いところに手が届くシステムだ。

二つ目は、デザイン性に優れていることだ。すべての地図で、路線を平面上の地理的位置によらず、縦横斜め45度の単純な形状に整理する、いわゆるスキマティックマップ(位相図)の表現法が用いられている。そのため、錯綜する都市圏の路線網や運行系統も、苦労せずに追うことができる。さらに、太めの線幅、目を引く配色、拠点駅の強調など、的確に見せるための工夫が各所に施されている。

三つ目は、地図とともに、当該地域を走る列車や鉄道の現状を紹介した記事が添えられていることだ。鉄道網を理解し、旅行計画のヒントを得るのに、こうした文字情報が参考になる。

地図はどのような内容をもっているのか。いくつか見てみよう。トップページは中・長距離列車やフェリーのルートが表示されたオーストラリア全図だ。表示はPNG画像だが、印刷用のPDFファイルもある。

試しに、東海岸のシドニー Sydney の上にカーソルを置いてクリックすると、「NSW南部とヴィクトリア東部 Southern NSW & Eastern Victoria」の地域図に切り替わる(NSWはニューサウスウェールズ New South Wales の略)。この図は、シドニー~メルボルン Melbourne 間、首都キャンベラ Canberra といった同国の中心的エリアを描いたものだ。列車のルートが系統別に色分けされ、主要駅は赤いボール状、その他の駅は短線を立てて表示されている。駅の横に白抜き文字で6:00などと記されているのは起点からの所要時間、2, 2, 2などとあるのは左から平日、土曜、日曜の1日当りの列車本数だ。週数便しかない路線では、これが数字ではなく曜日の頭文字になる。また、観光用の保存鉄道が白抜きの線で、貨物専用線や休止線が薄めた色で描かれている。

シドニー周辺は矩形の枠で囲まれ、拡大図があることがわかる。そこをクリックすると、「イラワラ、NSW南海岸および南部高地 Illawara, NSW South Coast & Southern Highlands」、すなわちシドニーから見て南西方向の地域図に切り替わる。この地域には、メルボルン周辺などとともに中距離列車の充実したネットワークが築かれているので、地図もそれに合わせて念入りに作られているのだ。

シドニー都市圏 Metropolitan Sydney はさらに拡大図「シドニー鉄道・フェリー地図 Sydney rail & ferry map」がある。これが地図の中では最も詳しく、普通鉄道ばかりかライトレールやモノレール、そして湾内の足であるフェリーの系統も特定できる。凡例に、これは公共交通の公式地図ではないと断り書きがしてあるが、それはなかば謙遜のようなもので、自社線中心になりがちな事業者提供の地図に比べて、格段に使い勝手がいいのは間違いない。

Blog_australia_railmap_hp2 ところで、このサイトには、同国鉄道地図の集大成のような作品が隠されている。トップページ左メニューの2番目、「National Bus & Rail Map」と書かれたところが入口だ。クリックで現れる「NATIONAL PUBLIC TRANSPORT MAP(全国公共交通地図)」は、3MB以上ある特大画像だが、これは単に地域図を貼り合せたものではない。貨物線や休止線といった使えないルートを省略する代わりに、長距離バス、現地で言うコーチ Coach のルートを加えている。つまり、今ある公共交通で到達可能なすべての土地とそこへの行き方が示されているのだ。

鉄道は太線、バスは細線で、それぞれに運行事業者名が入り、鉄道と連絡しているバス路線には同じ色が充てられている。アリススプリングズ Alice Springs からエアーズロック Ayers Rock(ウルル Uluru)やカタジュタ Kata Tjuta へ、パース Perth からシャーク湾 Shark Bay のモンキーミア Monkey Mia へといった、有名だが交通の便が悪い観光地へのバス路線もすべて表示されている。ローカル路線の場合、中小業者によるワゴン車運行が多いため現地での確認が必須だが、記載された走行経路は必ず参考になるはずだ。

ここまで鉄道地図を中心に紹介してきたが、実際、一般旅行者にとって便利なのは、移動の出発地と到着地を入力して、利用可能な交通機関と所要時間や発着時刻を表示させる機能だろう。このサービスも、左メニューにある「Journey Planner(乗換案内)」から提供されている。列車、バスもしくはその組合せで何通りかのルートが提示され、時刻表にももちろんリンクしている。こうしてサイトを使いこなすうちに、オーストラリアの公共交通機関をすべて手中にした気分になったとしても不思議ではない。

各交通機関の鉄道地図については次回。

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 ニュージーランドの鉄道地図

2011年9月 9日 (金)

オーストラリアの鉄道地図 II

出版物としてのオーストラリア鉄道地図をさらにいくつか紹介しよう。

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一つは、前回のヘーマ Hema 社製と同じく、アデレード~ダーウィン間の大陸縦断鉄道全通を記念して刊行された全国鉄道地図だ。タイトルは「NATMAPオーストラリアの鉄道 NATMAP Railways of Australia」、連邦の測量局であるジオサイエンス・オーストラリア Geoscience Australia が2004年2月に刊行した。横112cm×縦78cmサイズの片面刷を折図にしてある。

NATMAPというのは、各州が独自に製作する地図と区別するために、連邦、すなわちジオサイエンスの地図群につけられた愛称だ(本ブログ「オーストラリアの地形図-連邦1:250,000」参照)。地形図の刊行元が作ったということから想像できるとおり、国勢地図帳の1ページになっても違和感がないような取り澄ましたスタイルが特徴だ。ヘーマ社製と対比しながらディテールを見てみよう。

ベースマップは、縮尺こそ1:5,000,000(500万分の1)で大差がないが、地図表現はかなり対照的だ。ジオサイエンスには地勢を表すオレンジ系のぼかし(陰影)が入って、大陸東岸の山がちな地形などが直感できる一方、ヘーマ社にはある道路網などは一切省かれ、地名の数も少なめだ。

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アデレード周辺
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2004. License: CC-BY 4.0

鉄道路線の表示は、色で軌間を区分し、広軌(1600mm)が緑、標準軌(1435mm)は赤、狭軌(1067mm)は青を当てている(広軌と狭軌の配色がヘーマ社と逆)。そして旅客輸送も行う線区は太く、さらに列車頻度の高い都市圏は線の中心を白抜きして区別する。貨物のみの線区は細線だ。注目の長距離列車のルートは、州境をまたぐものに限って太い縁取りで目立たせている。また、都市圏については、拡大図が余白に挿図されている。ただ、縮尺が1:750,000のため、描けるのは近郊の路線網がせいぜいで、トラムが行き交う市内中心部などはとうてい不可能だ。

とはいえ、ベースをすっきりさせ、鉄道の記号を強調した効果で、図全体はヘーマ社よりずっと明解だ。全国路線図として見るなら役に立つし、たとえば教室の壁面に貼って、路線密度の地域間格差とか内陸部への拡張といったテーマで学習させるのには最適だろう。その代わり、旅の友にするには物足りない。心躍る長距離列車の紹介記事もなければ、市内観光に役立つ情報も皆無だからだ。保存鉄道の名称リストはあるものの、有名サイト31か所に絞られ、情報源へのアクセス方法も記されていないので、新たな発見は期待薄だ。

この鉄道地図は2004年から改訂されていないが、今でも測量局直営店をはじめ国内の地図商から入手できる。価格は9.25豪ドル(1ドル80円として740円)。

■参考サイト
ジオサイエンス・オーストラリア、ニュースアーカイヴ2004年2月「新しい地図が産業の道を拓く New map makes tracks for industry」
http://www.ga.gov.au/about-us/news-media/latest-news/archive/2004/feb/

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次に、州別の鉄道地図を2点取り上げよう。一つはニューサウスウェールズ州 New South Wales(以下、NSWと略す)で、オーストラリア鉄道歴史協会NSW支部 Australian Railway Historical Society NSW Division が2000年に刊行した「ニューサウスウェールズ鉄道地図 Rail Map New South Wales」だ。横87cm×縦69cmのサイズで両面刷りを折図にしてある。ベースとなる地図は白地図に近いもので、州界と水部、それに道路網(らしき細線)だけが記されている。

メインは州全図だ。鉄道と連絡バス road coach、隣接州の接続路線、それに保存鉄道が色で分けられている。実線に直交する短線を付したものは電化区間、細かい破線は工事線か予定線、粗い破線は休止線だ。裏面は都市近郊の拡大図で、シドニー Sydney、ニューカッスル New Castle、ウロンゴン Wollongong 中心部はさらに詳細図がある。列車の運行系統が示されておらず、デザイン的にもまことに味気ないものだが、ライトレールやモノレールも含めて州内の鉄道の全線全駅が記載されている点に、資料価値が見出せるだろう。

なお、表紙にある「レールウェーダイジェスト Railway Digest」の赤いロゴは、同支部が刊行する月刊の鉄道趣味誌の名称だ。鉄道地図もその関連で出されたものと思われるが、サイトにはそれに関する記述は見当たらなかった。すでに絶版になったものと見え、筆者が購入したイギリス、イアン・アラン Ian Allan 社のサイトからも消えている。

■参考サイト
オーストラリア鉄道歴史協会NSW支部  http://www.arhsnsw.com.au/

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もう一つはタスマニア州 Tasmania の鉄道地図帳だ。この部門の専門出版社であるイギリスのクエールマップ社 Quail Map Company が企画した「オーストラリア鉄道地図帳 Australian Railway Atlas」の第1巻として、2004年に刊行された。巻頭言によれば、州ごとに性格が異なるので、トラムやトロリーバスの地図も載せる余地を残せるよう、それぞれ別冊にしたという。まずは、比較的小さくまとまっているタスマニアから手がけたものと推測されるが、残念ながらその後、続刊はない。

このタスマニア編はA4判、34ページ(最終頁は空白)のカラー印刷で、地図15ページ、路線別データ(表題は Route Sections)12ページ、索引6ページなどから成る。地図は同社の一連の作品と同様、鉄道設備すなわちインフラをテーマに描いたものだ。軌間ごとに色分けしたうえ、濃い色を運行中 open の路線、薄い色を撤去済 lifted の路線に当てている。駅は旅客・貨物を扱うもの、いずれかを扱うもの、および休止駅が記号で区別され、駅名とキロ程が付されている。

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凡例の一部

州の主たる部分はいうまでもなくタスマニア島で、北海道の8割ほどの面積があるが、平地が少なく、総人口も50万人という規模だ。鉄道についても、一般旅客営業は1978年に州立鉄道が国鉄に統合されたときに廃止され、貨物輸送だけになっている。幹線は今も維持されているが、州政府の補助を得て運営されている状態だという。

しかし地図を見ると、その幹線からおびただしい産業用支線が分岐していて、かつて鉄道が木材や鉱石といった島の資源を盛んに港へ送り出していたようすが想像できる。州都ホバート Hobart と次に大きい都市ロンセストン Launceston には、トラムとその後継であるトロリーバスの路線網があったが(1960年代後半までに全廃)、これにも3ページが割かれ、市民の足として活躍していた時代をしのばせる。このように、地図帳には、工事用の臨時線路や特定の工場などへの引込線を除いて、およそタスマニアに存在したすべての鉄路の位置とデータが記録されている。過去に遡って全島の鉄道網の発達状況を一冊にまとめた意義は大きく、第1巻で途絶えてしまうのはあまりに惜しい。

価格は14.50英ポンド(1ポンド130円として1885円)。トラックマップス Trackmaps 社のサイトに、サンプル図があり、購入もできる。

■参考サイト
トラックマップス社 http://www.trackmaps.co.uk/
クエールマップ社  http://www.quailmapcompany.free-online.co.uk/

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2011年9月 6日 (火)

オーストラリアの鉄道地図 I

オーストラリア南岸のアデレード Adelaide と北岸のダーウィン Darwin の間2979kmを連絡する長距離列車「ザ・ガン The Ghan」が走り始めたのは、2004年2月4日だった。列車の名称は、鉄道が整備されるまで内陸部の輸送手段であったラクダを追うアフガン人 Afghan cameleer にちなんでいる。大陸縦断列車の運行が可能になったのは、それまで内陸のアリススプリングズ Alice Springs 止まりだった鉄道が、2003年9月にダーウィンまで延長されたからだ。同国本土のすべての州都が初めて鉄路で結ばれるとあって、新線の完成は国を挙げての慶事とされた。今回と次回に紹介する2種類の全国鉄道地図も、沸きあがったブームのさ中に製作されたものだ。

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(左)2004年初版 (右)2007年第2版

そのうち内容の充実度がより高いのは、「オーストラリアの鉄道旅行 Rail Journeys of Australia」というタイトルが付けられたヘーマ Hema 社の地図だ。ヘーマ社は同国の大手地図出版社で、道路地図、市街図、旅行地図など膨大な種類を刊行しているが、鉄道を主題にしたものは珍しい。サイズ横70cm×縦100cmで両面刷という限られた紙幅にもかかわらず、ここにはオーストラリア鉄道網の情報が満載だ。

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2007年版表紙を一部拡大

メインは縮尺1:5,500,000(550万分の1)の全国図で、ベースに使われたのはおそらく同社の汎用図だろう。地勢表現は省略されているが、そもそも鉄道地図の要件ではない。その代わりに地名や道路網はかなり詳しく、区間距離や舗装の有無が示され、余白に小さな字で地名索引まで備えている。

鉄道路線の表示は黒の細線が基本で、それに広軌(1600mm)は青、標準軌(1435mm)は赤、狭軌(1067mm)は緑という軌間別の色を重ねている。色帯は、旅客も扱う線区を太く、貨物のみを細くしているので、旅客列車が走る範囲が一目瞭然だ。中距離列車が設定されている路線がほぼニューサウスウェールズ州とヴィクトリア州に限られているのもこれでわかる。

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全国図の凡例

一方、基本の細線の色が黄に変えられているのは、観光用鉄道(保存鉄道)Tourist Railways を表している。重ねられた配色の基準は一般路線と同じ青、赤、緑なので、軌間もすぐに判断できる。しかし、驚くべきことに情報はこのレベルにとどまっていない。該当路線のすべてに番号が振られ、その番号に対応して、余白に鉄道名、所在地名、動力・形態(蒸気、ディーゼル、トラムなど)、距離、軌間、連絡先電話、ウェブサイトを明記したリストが添えられているのだ。掲載対象は、運行している保存鉄道だけでなく、鉄道博物館やミニチュア鉄道 Miniature Railways も網羅している。その数は保存鉄道93か所、鉄道博物館70か所、ミニチュア鉄道47か所(現行版による)に及び、イギリスの伝統を受け継ぐ同国の鉄道趣味の浸透ぶりを実感する。

さらに図郭の外には、「大いなる列車旅行 Great Train Journeys」と題した特別記事がある。ザ・ガンをはじめインディアンパシフィック(シドニー Sydney ~パース Perth)、ジ・オーヴァーランド The Overland(メルボルン Melbourne ~アデレード)のような有名な長距離列車が写真つきで紹介され、通過ルートは、先ほどの地図上に示された太い縁取りで容易にたどることができる。長く単調な旅の車中では、今どの辺を走っているのかと知りたいときがある。いわゆる正縮尺で描かれ、平原の中間駅まで載っているこの地図なら、乗客のふとした問いにも確実に答えてくれるに違いない。

このように全国図は、丁寧な編集によって愛好家をも唸らせるのだが、縮尺の制約上、大都市近郊の路線網や運行経路を描ききることは不可能だ。そのニーズに対しては、裏面に配置された区分図が役に立つ。こちらには地域ごとに分けた16面の路線図を集めてあり、いずれも路線網を水平、垂直および斜め45度の直線に単純化した、いわゆるスキマティックマップ(位相図)で表現されている。これらはすべて「オーストラリア鉄道地図 Australian Rail Maps」というウェブサイト(「オーストラリアの鉄道地図 III-ウェブ版」で詳述)で公開されているものなので、最新情報を知るためにそちらと併用するのがいいだろう。

大陸縦断鉄道の全通をきっかけに誕生したヘーマ社の鉄道地図は、愛好家のみならず、長距離の旅行者から通勤通学者や市内観光を楽しむ人まで、あらゆる鉄道利用者に恩恵をもたらす。盛りだくさんなその内容からして、オーストラリアの鉄道百科と形容してもあながち大げさではない。それを裏付けるように地図は、国際地図小売業協会 International Map Trade Association (IMTA) の2004年大会で、その年世界で最も優れた地図に与えられる金メダルを受賞している。

現在、流通しているのは2007年3月の第2版で、価格は12.95豪ドル(1ドル80円として1,036円)だ。欧米の主な地図商で扱っているが、日本のアマゾン経由でも買えるようだ。もう一つの全国鉄道地図については次回。
(2006年8月31日付「オーストラリア大陸縦断列車と鉄道地図」を全面改稿)

■参考サイト
ヘーマ社  http://www.hemamaps.com.au/
オーストラリア鉄道地図  http://www.railmaps.com.au/
グレートサザン鉄道Great Southern Railway  http://www.gsr.com.au/
 ザ・ガンをはじめとする長距離列車の運行会社。日本語サイトあり

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 オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 I

 ニュージーランドの鉄道地図

2011年8月21日 (日)

オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-メインサザン線とピクトン支線

大分水嶺 Great Dividing Range を越える目的は同じでも、そこに至るまでの地勢は場所によってさまざまだ。ジグザグに始まる険しいルート設定を強いられたメインウェスタン線 Main Western Line に対して、南西方向に進んだメインサザン線 Main Southern Line(当時はグレートサザン鉄道 Great Southern Railway)の行く手には、なだらかな高原地帯が広がっていた。

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保存運行の終点バックストン駅

Blog_pictonloopline_map1メインサザン線は、ニューサウスウェールズ州の州都シドニー Sydney とヴィクトリア州境にあるオルベリー Albury の間を走る646kmの路線だ。途中のゴールバーン Goulburn からは首都キャンベラ Canberra へ向かう支線が分岐する。また、オルベリーからはヴィクトリア州鉄道で南岸の港町メルボルン Melbourne まで標準軌でつながっている。オーストラリア第一と第二の都市、さらに首都とも連絡するという意味で、同国で最も重要な路線の一つといえるだろう。

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メインサザン線東部ルート概略

起終点をいずれも港町としながら、ルートはいっさい海岸線に沿わず、内陸のマレー川 Murray 流域をショートカットする。そのために、都合2回の大分水嶺越えが必要になった。現場の一つが、今回のテーマであるニューサウスウェールズ州南東部、標高600~700mの高原地帯だ(下注)。一帯は北、東、南の三方が比高500mの深い谷で断ち切られているが、幸いにも北東側(シドニー方向)には、開析の進んでいない尾根が張り出している。すでに19世紀前半、ここに道路が拓かれており、鉄道も同じルートを選んで高地にアプローチした。

*注 地域名としては、ミッタゴン Mittagong、ボーラル Bowral、モスヴェール Moss Vale を中心とするエリアをサザンハイランド Southern Highlands(南部高地)、その西側、ゴールバーン Goulburn を中心とするエリアをサザンテーブルランド Southern Tablelands(南部台地)という。分水界はサザンテーブルランドの西縁を限る。

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(左)現在のピクトン駅。
シドニー方からシティレールの近郊旅客列車が到着
(右)同、ミッタゴン方を望む(ピクトン支線は橋の100m先で分岐)

シドニー中央駅から85kmのピクトンPicton駅が、山越えの起点だ。蒸気機関車の時代は、機関庫や乗務員宿舎などが置かれ、多忙な拠点駅だった。ネピアン川 Nepean River を渡るメナングル Menangle の鉄橋が完成して、ここまで鉄道が開通したのが1863年、そのあと山を上りきって高原上のミッタゴン Mittagong に到達するのは、4年後の1867年になる。

山越えルートは、26km先のヒルトップ Hill Top まで、多少の踊り場はあるものの一貫して上り坂が続く。ピクトンの次のサールミア Thirlmere は、後述する鉄道博物館の所在地として今では有名だが、駅の歴史は、2つ目のクーリジャー Couridjah のほうが古い。前者が1885年開業(下注)に対して、後者は開通当初から存在した。その理由は、クーリジャー駅の西にあるサールミア湖群 Thirlmere Lakes(谷間に複数の池が連なる)が、機関車給水のための水源とされたからだ。バックストン Buxton を経てバルモラル Balmoral から、森の中を急勾配で突き進む最後の胸突き八丁となる。そのため、ヒルトップはシドニー方から来た列車にとって、文字通り山上の駅と感じられたはずだ。ピクトンの標高は165mに過ぎないが、ここでは600mを越えている。

*注 サールミアの開業時の駅名はレッドバンク Redbank、翌86年にサールミアに改称。クーリジャーも開業時はピクトン・ラグーンズ・タンク Picton Lagoons Tank。数回の変遷を経て、1929年に現駅名に改称。

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(左)本線との分離地点。
 手前がピクトン支線、左へ曲がるのがメインサザン線
(右)保存されているサールミア駅
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(左)サールミア駅北側の踏切。列車通行時以外は線路を遮断
(右)1867年開業のクーリジャー駅
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(左)保存運行の終点バックストン駅
(右)線路はバックストンからさらに山手へ続いている

ヒルトップの南方には、ビッグヒル Big Hill と呼ばれた丘を横断する深い切通しがある。次のコロヴェール Colo Vale まで、線路はまっすぐ谷へ降り、また上っていたが、後に西の山際を通るアップダウンの少ないルートに切替えられた(改修年不明)。旧線跡は、地方道ウィルソンドライヴ Wilson Drive の敷地に転用されている。コロヴェール~ブリーマー Braemar 間でも、急な下り坂を解消するため、東側に大回りする線路が建設された。それでも1:30(33.3‰)もあった勾配は依然として一部に残り、単線であることとあいまって、運行上の足枷となっていた。

1910年代に入ると、輸送力増強の目的で、メインサザン線の抜本的な改良工事が始まる。それは、複線化とともに、全線各所で勾配緩和のためのルート変更、すなわち迂回線 Deviation の新設を伴っていた。中でも最大規模と目されたのが、このピクトン~ミッタゴン Mittagong 間に計画された延長45kmもの新線だった。新しいルートは、ピクトン駅を出たとたん、興味深い動き方をする。鉄橋を渡るといったん右にそれ、町裏のレッドバンク山 Redbank Range で半回転して、駅の川向うに再度姿を現すのだ。新線の通過に支障する旧線は、鉄橋の北詰めで分岐し、迂回線の外側に沿うルートに改められた(新旧線路の位置関係は、下図中の挿図参照)。

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迂回線とピクトン支線
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2006. License: CC-BY 4.0

新線はその後、旧線がたどる尾根の東隣にある尾根にとりつき、高度を稼ぐためにいくつもオメガカーブを切りながら上っていく。サミットは長さ920mのアイルマートントンネル Aylmerton Tunnel で抜け、ミッタゴンの1.5km手前でようやく旧線との合流を果たす。最短距離をとった旧線に比べて曲線(半径400m)の目立つルートだが、制限勾配は1:75(13.3‰)と遥かに控えめだ。スピードが勝負を決める現代の旅客輸送とは事情が異なり、当時は機関車の牽引力を保つために、ルートの直進性より勾配の改良が優先だった。

迂回線は1919年に開通し、その時点で、旧線は支線に格下げとなり、ピクトン=ミッタゴン・ループライン Picton - Mittagong Loop Line(以下、ピクトン支線という。下注)と呼ばれるようになった。ピクトン支線はその後も営業を続けたが、沿線はもともと後背地がなく利用者が限られていたため、1978年、ついに休止に追い込まれた。現在この区間は、シティレール CityRail によるバス運行となっている。しかし、支線のレールは撤去されなかった。すでに沿線のサールミアに、鉄道博物館が進出していたのだ。

*注:ループラインは、日本で言うループ線(英語ではスパイラル Spiral)ではなく、本線と分かれてまた先でつながる線路という意味で使われている。

ニューサウスウェールズ鉄道交通博物館 New South Wales Rail Transport Museum は1962年にシドニー郊外エンフィールド Enfield で開設されたが、同地の再開発に伴って、1975年にここへ移転してきた。ピクトン支線が、保存列車の運行や本線との車両の授受に使えるという理由からだった。ジグザグ鉄道の記事で、同鉄道が標準軌車両の提供を受けられなかった理由に、州が自前で鉄道博物館を整備する計画を持っていたことをあげたが、その場所こそサールミアだ。

今ではここに、蒸気機関車をはじめ、ニューサウスウェールズ州で活躍した標準軌の古典車両が100両以上集結している。毎日曜にはピクトン支線を使って、蒸機牽引の観光列車が運行される。主催者サイトによれば、サールミア~バックストン間6.7kmを往復するコースで所要50分、日に4往復している。ジグザグのような車窓の見せ場はないが、バックストンへは高度差約100mの上り坂が続いているので、勇壮なドラフト音と排煙は期待できる。このほか、保存車両を使ったヘリテージエクスプレス Heritage Express(鉄道遺産急行)と称する本線ツアーも催行されている。列車はピクトンの分岐点を経由して本線に入っていく。

なお、同博物館は、レールコープ RailCorp(ニューサウスウェールズ州鉄道局)が全額出資したトレーンワークス社 Trainworks Limited に運営権が移り、展示施設の改装を経て、2011年4月に再オープンした。

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(左)鉄道博物館トレーンワークス入口
(右)館内。正面は1866年英国ロバート・スチーブンソン社製18号機
 (E17形2号機)
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(左)AD60形ガーラット式機関車。1956年製
(右)現在も保存運行に使われるC36形機関車。1926年製
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(左)豪華寝台列車の代名詞プルマン客車、4両セット(SET 88)。
 1899~1902年製
(右)オープンデッキ付ボギー客車、9両セット(SET 63)。1910年製

このようにバックストン以北は今なお活用されているが、対照的に山越えの中心であった南部区間は、列車の姿が絶えて久しい。南端のブリーマー~ミッタゴン間が工場への貨物線として利用されているほかは、長らく放置されたままで、草むしているか、朽ちているか、でなくとも使用できる状況にはないという。レールこそ残れど、19世紀の植民地の陸運を支えたピクトン支線全線の復活は、望み薄のようだ。

(2006年10月5日付「オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-南部本線」を全面改稿)

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびWikipedia英語版の記事(Main Southern railway line, New South Wales Rail Transport Museum)を参照して記述した。

写真はすべて、2012年5月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けたものだ。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
Wikipedia英語版 - ピクトン=ミッタゴン・ループライン
http://en.wikipedia.org/wiki/Picton_Loop_railway_line,_New_South_Wales
 写真が多く掲載されている
ニューサウスウェールズ鉄道交通博物館  http://www.nswrtm.org/
トレーンワークスTrain Works  http://www.trainworks.com.au/
ヘリテージエクスプレスHeritage Express  http://www.heritageexpress.com.au/
 博物館所有の車両を使った本線ツアーの案内
メインサザン線データ
http://www.nswrail.net/lines/show.php?name=NSW:main_south
サールミア付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=-34.2072,150.5694&z=16

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 オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ

2011年8月16日 (火)

オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ

前回紹介したジグザグ鉄道は、ブルーマウンテンズ Blue Mountains の尾根道の両端に設けたスイッチバックの一つを復活させたものだった。尾根からリスゴー Lithgow 盆地に降りていくこの大ジグザグ The Great Zig Zag に対して、シドニー平野から尾根へ上る位置にあるのが小ジグザグ The Little Zig Zag だ。付近の地名を採ってラップストーン・ジグザグ Lapstone Zig Zag とも呼ばれている。

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小ジグザグ最大の遺構、ナップサック高架橋
Photo by sv1ambo from wikimedia. License: CC-BY-2.0

シドニーからやってきた郊外電車(ブルーマウンテンズ線 Blue Mountains Line)は、平野西端の町ペンリス Penrith を出ると、ネピアン川 Nepean にかかる鉄橋を渡る(下注)。まもなく、高巻くようにして山の斜面にとりつき、徐々に高度を上げていく。現在は尾根を南に迂回して、グレンブルック川 Glenbrook Creek の溪谷の壁に沿うようにして走るが、主任技師ジョン・ホイットン John Whitton が設計したオリジナルのルートは、ジグザグで折り返しながら直接尾根へ這い上がるというものだった。

*注 ヴィクトリア橋 Victoria Bridge という。ちなみに、進行方向左側(南側)に並行する道路橋(ボックスガーダー橋)が1867年開通時の鉄橋。単線線路と道路の併用橋として造られたもので、メインサザン線のメナングル Menangle 鉄橋とともにNSW鉄道建設初期の大工事の一つだった。1907年の複線化にあたって現在の4連トラス橋が新設され、旧橋は道路専用となった。

ネピアン川の河岸は標高20m程度、それに対してグレンブルック Glenbrook の町が載る尾根の上は標高200m前後だ。鉄道がこの先、標高1000m以上のサミットに達することを思えば、小ジグザグを含む高度差180mなどほんの序の口とみなされても仕方がない。ところが、この区間には意外にも、初代を含めて3代のルート変遷が行われている。それだけ改修を重ねなければならなかったという意味で、大分水嶺の向こう側をめざす鉄道の前に立ちはだかった難所の一つといっても過言ではない。

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ブルーマウンテンズ地域
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2006. License: CC-BY 4.0

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ラップストーン・ジグザグと迂回線

では、小ジグザグとその後継ルートを、時代順に地図(上図)で追ってみたい。まず初代は、グレーで表示したルートだ。東方からきた線路は、滑らかなカーブで山裾に取り付いたあと、東斜面にZ字を描き、最後に尾根の張出しを半周して上りきる。ジグザグを採用したのは、トンネルや深い切通しのような地形に逆らう土木工事を極力減らして経費を節約するためだが、それでもZ字の底辺、ボトムロードの取付け部で、ナップサック溪谷をまたぐ橋梁を築く必要があった。砂岩を積んだ長さ118m(388フィート)、高さ37m(120フィート)のアーチ橋で、建設当時このタイプでは大陸最大の規模だったという。

工事は1863年に始まり、1867年に当該区間を含むペンリス~ウェントワースフォールズ Wentworth Falls(下注)間が開通を果たしている。Z字の途中にあるルーカスヴィル Lucasville 駅は、州の鉱山大臣が持っていた休暇用別荘の最寄り駅として設けられたもので、ホーム1本の小駅だ。ジグザグの折返し、いわゆるボトムポイント Bottom Points とトップポイント Top Points も単線のため、列車交換は急坂を上り終えたグレンブルック(旧駅)で行われた。

*注 開通当時の駅名はウェザーボード Weatherboard。

■参考サイト
当時のラップストーン・ジグザグのボトムポイントの写真(Wikimedia)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Railway_tracks_at_Lapstone_(2886372560).jpg

この区間は、すぐに運行上の隘路になった。理由はまず、ジグザグ前後の勾配が1:33(30‰)と蒸気機関車にはことさら厳しく、上り下りとも低速走行を強いられたことだ。それにもまして問題だったのは、輸送量の増加に応じて貨車の増結をしようにも、ジグザグの各折返しポイントにある線路の有効長が短いという点だった。大ジグザグでは、構内の2線化と線路延長により線路容量を増やす改良が行えたが、小ジグザグの場合、Z字の前後に深い谷が迫っており、いま以上の延長は困難だった。比較的早い時期にジグザグが放棄され、別線が建設されることになったのはそのためだと考えられる。

1892年に開通した2代目の新線は、地図に赤茶色で示したルートをとった。東側では従来のボトムポイント付近で線路を引出し、旧線の南側の谷底を通ってから、グレンブルックトンネル Glenbrook Tunnel(初代)で一つ北の谷間へ抜けて、従来線に合流する。これで列車は切返しなしに通過できるようになり、運行効率は格段に向上するはずだった。

ところがこの対策は、予期せぬ新たな難所を生み出すことになってしまった。「ネズミの穴 rathole」とあだ名されたトンネルは長さ634mとそれほど長くないために、換気立坑(ベンチレーション・シャフト)が設けられていなかった。トンネルを含む前後は1:33(30‰)と急勾配のままで、S字形にカーブしているため見通しが悪かった。漏水がレールを常に濡らし、その結果、動輪はしばしば空転を起こした。煙に巻かれる乗務員の苦闘は言うに及ばす、当時の新聞記事によれば、「乗客は1時間近く、グレンブルックトンネルの内部の美しさを賞賛し続けなければならなかった。トンネルの中を進むうちに列車は停まってしまい、2つに分割されて初めて動き出した。立ち往生したのは、十分な蒸気圧が得られなかったためだと言われている。」(1912年9月12日付ネピアンタイムズ Nepean Times)

メインウェスタン線 Main Western Line の抜本的改良の一環として、3代目に相当する現ルートが開通したのは、1913年5月のことだ(下注)。迂回線のルートは地図上に赤で示した。勾配を1:60(16.7‰)まで緩和するために、旧線とは大きく離れた場所を通り、ブラックスランド Blaxland 駅の手前でようやくもとの道に合流する。ラップストーン駅から先、グレンブルック溪谷の北壁を縫う区間は深い切通しが連続し、とりわけ大工事となった。なお5月の時点では、新線はまだ単線運行だった。そのため、リスゴー方向(上り坂)の列車が新線を回り、シドニー方向(下り坂)は旧線を使ったと推測される。左側通行のために、新から旧への渡り線が臨時に設置された(地図では Temporary Junction の表示)。新線の複線化は4か月後の同年9月に完成し、旧線は完全に廃止となった。

*注 開通を1911年としている資料もあるが、ここではwww.nswrail.netのデータに拠った。

さて、最後に小ジグザグの廃線跡の現況を見ておこう。トップロードとミドルロードは自然歩道 Lapstone Zig Zag Walking Track になっている。ハイウェーM4号線から左にそれてボトムポイントに車を置けば、ちょっとした廃線跡ハイキングが可能だ。M4号線の下をくぐってミドルロードを上ると、トップポイント付近にルーカスヴィル駅のホームも残る。トップポイントの先端は展望台になっていて、旧ナップサック高架橋 Knapsack Viaduct が俯瞰できる。橋は後に道路橋に転用されたため、路面は2車線に拡張されているが、橋脚はもとの状態を保っている。橋へは、斜面を降りる歩道と階段でアプローチできる。一方、旧グレンブルックトンネルは閉鎖され、坑内はキノコ栽培に利用されているそうだ。

(2006年9月29日付「オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ」を全面改稿)

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびWikipedia英語版の記事(Lapstone Zig Zag, Lapstone)を参照して記述した。

■参考サイト
Blue Mountains Railway Pages - Lapstone Hill Railway Routes
http://infobluemountains.net.au/rail/lapstone.htm
Blue Mountains Railway Pages - Old Glenbrook Tunnel
http://infobluemountains.net.au/rail/lower/glen-tunnel-old.htm
Wild Walks - Lapstone Bridge ZigZig walk
http://www.wildwalks.com/bushwalking-and-hiking-in-nsw/glenbrook-eastern-blue-mountains/lapstone-bridge-zigzig-walk.html
メインウェスタン線データ
http://www.nswrail.net/lines/show.php?name=NSW:main_west
小ジグザグ付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=-33.7638,150.6404&z=16

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2011年8月13日 (土)

オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 II

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ジグザグ鉄道の
公式ガイドブック

1860年代に土木技術の粋を集めて建設されたリスゴー・ジグザグ Lithgow Zig Zag(大ジグザグ The Great Zig Zag)を現代に蘇らせたのは、若い鉄道愛好家たちだった。

ジグザグ周辺は開通当初から名所として知られ、1881年には早くも州の保護地域に指定された。そのこともあって、迂回線の完成によって1910年に廃止となってからも、橋梁やトンネルなどの構築物が撤去されずに残されていた。この場所に再び蒸気機関車を走らせたいと考えた彼らは、1969年から、夢の実現に向けて関係機関との交渉を開始する。そして1972年には、運営母体となる協同組合 Co-operative を設立した。

しかし、肝心の車両の入手交渉はうまくいかなかった。ニューサウスウェールズ(NSW)州の鉄道当局は、すでに自前の鉄道博物館をサールミア Thirlmere の旧メインサザン線上に整備する計画を進めており(1975年開館)、保存車両をそこに集約することにしていたからだ。線路敷については、1974年に保護地域を管理するジグザグ・トラスト Zig Zag Trust およびリスゴー市との間の協定で、リースを受けることが決まったが、車両は他州からの購入を考えざるを得なかった。オーストラリアで1435mm(4フィート8インチ半)標準軌の鉄道網をもつのはNSW州だけだ。結局、車両のほとんどは、日本のJR在来線と同じ1067mm(3フィート6インチ)狭軌で運行する北隣のクイーンズランド鉄道からもたらされた(下注)。ジグザグ鉄道 Zig Zag Railway の線路の軌間が、オリジナルと異なる1067mmになっているのはそのためだ。

*注:一部の車両は、南オーストラリア、西オーストラリア、タスマニア各州の狭軌線からも来ている。

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リスゴー・ジグザグと迂回線

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リスゴー・ジグザグ詳細図

大ジグザグとは、どんな場所なのだろうか。前回記事で使った地図を再掲しておこう。右図で茶色のルートが保存鉄道である「ジグザグ鉄道」の使う線路、赤の二重線がシドニーSydneyとリスゴー Lithgow 以西を結ぶ現在のメインウェスタン線 Main Western Line だ。黄色の番号1を添えた部分がZ字の上辺にあたり、トップロード Top Road と呼ばれる。同様に番号2はZ字の斜辺でミドルロード Middle Road、番号3は底辺でボトムロード Bottom Road となる。トップロードとミドルロードには、砂岩を積んだ壮麗なアーチ橋が計3か所あり、ジグザグの景観に花を添えている。ミドルロードには短いトンネルも存在する。

Z字の上辺から斜辺に移る角、すなわち列車が逆向きに折返す場所がトップポイント Top Point、斜辺と底辺の角がボトムポイント Bottom Point だ。後者は現在、保存鉄道の終点となり、駅舎とホーム、給水施設、信号所などが整備されている。旧線跡はこのあと保存鉄道の車庫の山側を通って、現在線と合流する(図の点線部分はレール撤去済)。

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リスゴー・ジグザグ
上の詳細図のView1付近を走行中に撮影した写真を接合
そのため一部不整合がある。写真内の数字はジグザグの段数

さて、構成員の努力が実り、ジグザグで蒸機牽引の列車が観光客を乗せて走り始めたのは1975年10月18日、実に65年ぶりの運行再開だった。ただし、このときはボトムポイントからトップポイントまでのミドルロード約1.5kmをピストンのように往復していたに過ぎない。

第2期の拡張は、州から建国200周年の助成金を受けることで可能になった。1987年4月にトップロードを経てサイナイ山 Mount Sinai 付近まで、1988年10月29日に峠のトンネルを抜けて現在の終点であるクラレンス(クラランス)Clarence まで、運行区間が拡大した。サイナイ山からクラレンストンネルの間は、旧線跡が道路の拡幅用地に転用されてしまったため、道路脇に新たに路盤が造成された。電車でのアクセスに限られるボトムポイント駅(下注)に比べ、主要道路に近接し、駅前に駐車場が確保されたクラレンスは、これ以降、観光鉄道の主たる玄関口の機能を果たすようになる。

*注:ボトムポイント駅は、シドニー中央駅~リスゴー間のシティレール CityRail 電車でジグザグ Zig Zag 下車。当駅はリクエストストップ(時刻表の表現は Stops on demand only。乗降客があるときのみ停車)のため、降車したければあらかじめ車内で車掌に告げておく必要がある。逆に乗車するときは、ホームに上がって列車が見えたら手を挙げる。
シティレール、ブルーマウンテンズ線(シドニー中央駅~リスゴー)の時刻表
http://www.cityrail.info/timetables/
Intercity Lines : Blue Mountains Line : Central to Lithgow and v.v.

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硬券の往復切符

鉄道の運行日も、1994年までは週末と祝日、学休日のみだったが、その後は毎日運行となった。2011年の時刻表によると、1日4往復が設定されている。車庫がボトムポイントにある関係で、1番列車はここが起点、終列車は終点となるので、クルマでクラレンスに来た人は要注意だ。週末、祝日、水曜および州の学休日は、蒸気機関車が列車を牽引する。それ以外の日は保存ディーゼルカー(レールモーター Railmotors)が代役を務めるが、特典として第1橋梁とトップポイントで写真撮影、ボトムポイントで車庫見学の時間が確保されている。

ところで、ジグザグ鉄道はさらなる延長計画をもっている。空中写真を見ると、線路はすでにクラレンスからダーガンズ迂回線を東へ、旧ダーガンズ Dargans 信号所付近まで敷かれているが、最終的にはこれをニューンズ・ジャンクション Newnes Junction(2代目)まで延長して、峠越え旧線(1897年のルート)を全線復活させるという。舞台と役者が揃ったオーストラリア屈指の保存鉄道は、今も意気盛んだ。

筆者たちは10年前(2001年1月3日)に、シティレール CityRail に乗ってここを訪れたことがある。沿線のようすもレポートに盛り込んでいるので、ジグザグ鉄道の項を締めるにあたって引用しておこう。

「カトゥンバを過ぎたあたりから、断崖の下に深く平たい谷底が散見されるようになってきた。巡回してきた車掌氏にジグザグで降りたいと告げる。目的地はフラッグ・ストップ、すなわち告知しておかないと停車しない小駅なのだ。やがて車内アナウンスがあった。「ジグザグで降りる人は後ろの車両へ」。最後尾へ急ぐと、もう6人ばかり集まっている。陽気な車掌氏は運転席を開けて妻を座らせ、シャッターチャンスをくれた。10:53着。列車から降りてみてわかった。最後尾に集まれというのは、要するにその部分にしかホームがないからだった。

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(左)シティレール ジグザグ駅、左は保存鉄道の整備工場
(右)ジグザグ駅のささやかなホーム
写真はすべて2001年1月3日撮影

ここは新線の連続トンネルを抜けたばかりの深い谷間。保存鉄道の列車が降りて来るのを待つ間、整備工場を自由に見学させてくれる。100年前の機関車も残してあると、案内人氏は誇らしげに語る。引込み線に沿って少し坂を上ったところが、乗り場であるボトムポイント駅。売店を兼ねた窓口でクラレンス往復の切符を買う。11時半ごろ、あたりにドラフト音がこだまし、私たちが待つホームに蒸機が牽引する列車がゆっくり姿を現わした。客車は、コンパートメントごとに乗降ドアがついて貫通路がないクラシックスタイルだ。けっこう人気の高いイベントらしく、どの区画にも乗客の姿がある。

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(左)工場内部を見学
(右)ボトムポイントの信号所
左手前の線路は整備工場へ続く旧ボトムロード
右に分かれるのが保存鉄道本線(ミドルロード)
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(左)ボトムポイント駅 (右)列車が入線

934のプレートをつけた機関車はいったん切り離されて前進し、水の補給を受ける。子どもも大人も見に集まり、記念写真を撮ったりしてはしゃいでいる。給水を終えた機関車はバックで機回し線を移動して、後方(帰路の進行方向)に連結される。転車台の設備がないので、ここからトップポイントの折返しまでは逆行運転になるのだ。私たちのように電車で来た客はこの駅から乗り込むが、実は、マイカーまたは観光バスでクラレンス駅にアプローチしている人の方がずっと多い。それで、給水の一部始終を見届けると、みな車内に戻ってくる。私たちも空いているボックスを探して乗り込んだ。

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(左)復路に備えて給水
(右)給水を終えた機関車は前へ付替えられる
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(左)スラムドア客車の車内 (右)工学遺産のプレート

11時48分。鋭い汽笛が鳴り響き、列車は動き出した。上り始めると短いトンネルがあり、続いて呼びものの雄大な風景が展開する。断崖にジグザグに引かれた線路。谷壁に張りつく白い砂岩造りのアーチ橋が美しい。今走っているのはミドルロードにあたり、はるか下に、複線電化され現役で使われているボトムロードがある。

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ミドルロードの第2橋梁(詳細図View2)からの眺望

やがて左手からトップロードの線路が近づいて、トップポイント到着。ここで再び機関車を付替えるので、写真を撮る程度の時間はある。それが終わると逆向きに発車し、さっき上方に見えていた石橋を渡っていく。後は灌木林に囲まれた山道だ。急坂が続くため、石炭を盛んにくべているらしく、開け放した窓から粉塵が容赦なく入ってくる。視界を閉ざしていた林がとぎれ、高原の風景が広がったと思ったら、まもなく峠のトンネル。それを抜けたところが終点クラレンスだった。12:24着、所要36分。

私が駅舎で記念グッズを漁っている間に、妻が昼メシ用のサンドイッチと飲み物を確保してくれた。なにしろ周囲に人家もない峠の停車場なので、ここで食いはぐれると大変だ。駅舎は明るい森に囲まれていて、ベンチも置かれている。腰を下ろしてサイドイッチをほおばればピクニックに来た気分だ。13時ちょうど、帰りの便が出発する。今度は下り道なので煙もほとんど出さず、快調に降りていく。こうして念願のジグザグ鉄道訪問が無事終わったのだった。」

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(左)トップポイントで折返し待ち (右)眺望開けるトップロード
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(左)やがて灌木林の中へ (右)終点クラレンス

本稿は、"The Great Zig Zag - A Masterpiece of Railway Engineering" Pictorial Press Australia, 1992 (Revised 1999、冒頭画像はその表紙)、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびWikipedia英語版の記事(Lithgow Zig Zag, Zig Zag Railway)を参照して記述した。

■参考サイト 
ジグザグ鉄道公式サイト  http://www.zigzagrailway.com.au/
NSWRail.net - The Lithgow Zig-Zag
http://www.nswrail.net/library/lithgow-zigzag.php
Blue Mountains Railway Pages - Zig Zag
http://infobluemountains.net.au/rail/upper/zigzag.htm
メインウェスタン線データ
http://www.nswrail.net/lines/show.php?name=NSW:main_west
大ジグザグ付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=-33.4717,150.1969&z=17

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2011年8月 6日 (土)

オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 I

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メインウェスタン線の列車から

シドニー Sydney はオーストラリア大陸東岸の美しい港町で、ニューサウスウェールズ州の州都であるとともに、国内最大の都市でもある。長距離列車インディアンパシフィック号 Indian Pacific も走るメインウェスタン線 Main Western Line は、ここを起点にしている。東岸の平野は奥行が浅く、列車は1時間も走らないうちに、早や山道にさしかかる。一帯は大分水嶺 Great Dividing Range の東側にあたり、ブルーマウンテンズ Blue Mountains と呼ばれて世界自然遺産にも登録されている風光明媚な地域だ。前回紹介したトゥーンバ坂とは違って、麓から峠までのアプローチは相当に長い。平野が尽きるペンリス Penrith から、峠を越えたリスゴー Lithgow まで、路線延長で101kmもある。

そして、この区間のルート設定もすこぶる興味深い。下図は当該エリアの1:250,000地形図だが、砂岩の大地が激しく侵食されて、複雑なひだを持つ峡谷が一面に広がっている。谷の縁に沿うジッパーの片割れのような記号は切り立った崖cliffを表し、年月をかけて刻み込まれた地形の険しさと深さが知れる。一方、谷と谷の間には、まだ侵食が及んでおらず比較的平坦な尾根が延びている。鉄道は勾配に弱いので、通常の山越えでは、谷の中をできるだけ上流まで遡ることで高度を徐々に上げようとする。しかし、ここでは迷宮のような峡谷をはじめから避け、道路と同様、尾根伝いに峠をめざすのだ。

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ブルーマウンテンズ地域
1:250,000 SI56-5シドニー図葉。王立オーストラリア測量隊 Royal Australian Survey Corps (RASvy) 作成の1989年版を使用。現行版に比べて旧図は、ぼかし(陰影)によって地勢が明瞭に読み取れる。<
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2006. License: CC-BY 4.0

そのためには、まず尾根の末端をよじ登る必要がある。その上り下りで採用された工夫が、スイッチバックだ。1869年にリスゴー付近(現リスゴー駅の西2.4kmにあるボーウェンフェルズ Bowenfels)まで鉄道が開通したとき、尾根の両端に1か所ずつ、Z字形に上るスイッチバック、現地でいうジグザグ Zig Zag が設けられていた。この方式は、線路のポイントを切替えながら前進と後退を繰り返すため、通過に時間がかかる。西部の開発が進み、輸送量が増加すると、効率を上げるためにスイッチバックを迂回する別線が建設され、役目を終えることになる。

尾根の東側に造られたものを、付近の地名からラップストーン・ジグザグ Lapstone Zig Zag、西側の方をリスゴー・ジグザグ Lithgow Zig Zag と呼んでいるが、同時にその規模から、前者を「小ジグザグ The Little Zig Zag」、後者を「大ジグザグ The Great Zig Zag」とも称する。今回と次回で、この大ジグザグの歴史と現状を紹介しよう(なお、小ジグザグについては「オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ」で詳述)。

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リスゴー・ジグザグと迂回線

Blog_zigzag_great_map1ブルーマウンテンズの中心都市カトゥンバ Katoomba から、ダーリング・コーズウェー Darling Causeway と呼ばれる長い尾根筋を北上してきたメインウェスタン線は、ベル Bell 駅の先(地図にニューンズ・ジャンクション Newnes Junction とある付近)で再び針路を西へ戻す。長い山越えの最終区間だ。現在線は10本のトンネルを連ねて通過するが、19世紀のルートはサミットに向かって、なおも浅い谷を上り詰めていた。峠の駅クラレンス(クラランス)Clarence は標高が1114mに達し、メインウェスタン線全体の最高地点でもあった。駅を出ると線路はすぐに、サミットに掘られた長さ494mのクラレンストンネルに突っ込む(下注)。

*注 クラレンス駅は開通5年後の1874年開業。ちなみにこのサミットは大陸分水嶺ではない。メインウェスタン線が実際に分水嶺を越えるのは、リスゴーの西約20km、ウォレラワン Wallerawang とライダル Rydal の間だが、風景は分水嶺のイメージからほど遠く、緩やかな高まりをもつ丘に過ぎない。

ここまで地形的にさほど難しい個所はなかった。問題はトンネルの向こう側で、下の谷まで約200mもある高度差をどうやって克服するのかだった。主任技師ジョン・ホイットン John Whitton は、下り勾配を当時の蒸気機関車の登坂能力の限界に近い1:42(23.8‰)としたうえ、谷壁をジグザグに降りることによって、この課題を解決しようとした。ジグザグ線の代わりに峠を一気に貫く2マイル(3.2km)の長大トンネル案も提案されていたが、メインサザン線 Main Southern Line の建設も同時進行しているなかで、政府が経済性を優先させたのは至極当然のことだった。

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リスゴー・ジグザグ詳細図

ジグザグを構えたのは、峠付近を発した谷筋の、大きく湾曲した急斜面だ。線形を整えるためには、Z字の平面形を著しく撓めてなお、3か所のアーチを連ねた石造橋と1本の小トンネルが必要だった。谷は湾曲しているがゆえに、高みに上がれば大仕掛けな線路の全体を眺望することができる。ホイットンは、いつも第2橋梁の傍らの岩に刻んだ椅子に腰かけて、工事の指示を飛ばしたと伝えられ、その場所は、技師の見張り台 Engineer's Lookout として知られるようになる。約2年半の工事期間を経て、この区間は1869年10月に開通し、西部平原で獲れる農産物やリスゴー谷で産する石炭や鉄鉱石を東海岸へ運び出す役割を担った。

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リスゴー・ジグザグ
上の詳細図のView1付近を走行中に撮影した写真を接合
そのため一部不整合がある。写真内の数字はジグザグの段数

サミットをはさむ当区間で、複線化を含む抜本的な改良が完成したのは、1910年になってからだ。しかし、それ以前にもマイナーチェンジが繰り返されている。1897年には峠の東側、ベル~クラレンス間の一部が、ダーガンズ迂回線 Dargans Deviation として知られる別線に移された。これはもとの線の北側を大回りするもので、勾配の緩和を目的としていた。旧線は後に、主要道であるベルズライン道路 Bells Line of Road の用地に転用された。

20世紀に入ると、線路容量を増やすために2か所の交換所が新設されている。一つは上記の迂回線上で1902年に造られたダーガンズ Dargans、もう一つはサミットからジグザグに至る中間地点で1901年に置かれたエッジコム Edgecombe だ。さらに1906年にはベル~ダーガンズ間にニューンズ・ジャンクション Newnes Junction が開設されたが、その名のとおり、ウォルガン・ヴァレー鉄道 Wolgan Valley Railway という油母頁岩鉱山のための路線を分岐する駅だった(下注)。

*注 ウォルガン・ヴァレー鉄道は、1907年に開通した約50kmの産業鉄道(ニューンズ・ジャンクション~ニューンズ Newnes)。路線はその終盤で、尾根上から谷底のニューンズまで約500mの高度を降下する。この区間に設けられた1:25(40‰)の連続勾配では、シェイ形機関車4両が活躍した。1932年に廃止。

もちろん、ジグザグ自体にも改良が施されている。Z字の上部の折返し駅をトップポイント Top Point、下部のそれをボトムポイント Bottom Point と呼ぶが、元来いずれも構内は単線だった。1895年に両駅とも2線に増やされ、折返しと同時に列車交換ができるようになった。さらに1908年までに、長い貨物列車を扱えるように構内の線路が延長された。ボトムポイントでは線路を谷の奥へ延ばす余裕があったが、トップポイントの先端は崖っぷちに面していたため、大きく左に回り込んだ別線に付け替えられた。

しかし、いくら局部の改良を加えたところで、メインウェスタン線最大のボトルネックの解消にならないのは明らかだ。もっと抜本的な提案が求められていた。1906年に議会で承認された計画は、ジグザグ経由の線路をバイパスして所要時間を30分以上短縮し、全線複線化も実現するという画期的なものとなった。新ルートはニューンズ・ジャンクションの手前(この駅も迂回線上に660m移転)で旧線と分かれる。そして浅い谷を巻くように180度回転し、ハートレー Hartley の盆地に落ち込む懸崖に沿って大小10本のトンネルをうがっていく。最後の第10トンネルでようやくリスゴー谷側に抜けて、旧ボトムポイント駅の先で旧線と合流する。勾配も1:90(11‰)まで緩和されることになっていた。

後に10トンネル迂回線 Ten Tunnels Deviation と呼ばれるようになる新線の工事は、1908年に始まった。断崖に阻まれて道路のない現場へ、インクラインを仮設して工夫や資材を送り込むというような苦労を経て、迂回線は1910年に開通した。峠のクラレンス駅もこのとき新線上に移された(利用者減により1974年廃止)。工事に従事した作業員や機材は、引き続きラップストン付近の改良に投入され、それが終了する1913年をもってメインウェスタン線は、名実ともに産業の動脈にふさわしい鉄道に生まれ変わった。

おしまいに、当該区間のその後についても触れておこう。電化されたのは1957年で、貨物列車の牽引をディーセルから電気機関車に置換えるのが目的だった。その副産物がインターアーバン(都市間)電車の導入で、1978年にはダブルデッカー(2階建て)車に対応して、トンネル内の盤下げも行われた。峠を越えたリスゴーまで、インターアーバンの旅客サービスは現在も続いている。

一方、廃止となった大ジグザグはレールが撤去されたまま、長い間ブッシュの中に放置されていたが、1975年に一部区間が1067mmの狭軌観光鉄道として復活した。1988年からは運行区間がクラレンス~ボトムロード間に拡大され、往時を彷彿させる力強い蒸機列車の旅を、壮麗なアーチ橋の眺めとともに体験することができる。次回は、この保存鉄道としての「ジグザグ鉄道 Zig Zag Railway」について詳述しよう。

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびWikipedia英語版の記事(Main Western railway line, Lithgow Zig Zag, Newnes railway line, Ten Tunnels Deviation 1910)を参照して記述した。

■参考サイト 
Blue Mountains Railway Pages - Zig Zag
http://infobluemountains.net.au/rail/upper/zigzag.htm
メインウェスタン線データ
http://www.nswrail.net/lines/show.php?name=NSW:main_west
ジグザグ鉄道公式サイト  http://www.zigzagrailway.com.au/
大ジグザグ付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=-33.4717,150.1969&z=17

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2011年7月21日 (木)

オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-トゥーンバ付近

オーストラリア大陸の東側には、南北3500kmにわたって大分水嶺山脈 Great Dividing Range が長々と横たわる。特にその南半分は、分水界が海岸から直線距離で150kmにまで迫っていて、海岸に拠点を置く各植民地にとって、開発を待つ土地の多くは連なる山の向こう側にあった。19世紀半ばになると、海港とこれら内陸地域を結ぶ鉄道が何本も計画されたが、いずれも間に立ちはだかる峠道の克服という課題を解決しなければならなかった。

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1907年頃のスプリングブラフ駅
image from wikimedia

最も早くハードルを乗り越えたのは、1862年、ヴィクトリア植民地のメルボルン Melbourne から北へ150km、金鉱で繁栄するベンディゴ Bendigo まで通じた鉄道だ。ただし通過した分水界の地勢は穏やかで、標高も550m程度しかない。新大陸で初めての山越えが、広軌1600mmの複線で、勾配や曲線も緩いイギリス本国並みの高規格で造ることができたのは、ゴールドラッシュに酔う新興地の勢いもさることながら、比較的工事がしやすい地勢に負うところも大きかっただろう。

次にその課題に挑戦したのはクイーンズランド植民地で、イプスウィッチ Ipswich を起点として西に向かう鉄道だった。今回は、オーストラリアで最初に本格的な山越えを達成したこのルートにスポットを当てたい。

Blog_toowoomba_map1イプスウィッチは、ブリスベン(ブリズベン)Brisbane から川上へ40kmの地点にある町だ。当時ここまで船が遡行できたことから、石炭や羊毛の積出港として賑わっていた。大分水嶺の西斜面、広大なダーリングダウンズ Darling Downs で産するこれらの貨物を輸送するのが、鉄道敷設の主目的だった。

当面の目標は、西80kmに位置するトゥーンバ Toowoomba で、いまはガーデンシティの異名をとる緑豊かな美しい内陸都市だ。この付近では、山脈としての大分水嶺はほとんど消失し、ダーリングダウンズの台地の東端が、そのまま分水界になっている。ブリスベン川の支流が東側から台地を盛んに侵食し続け、比高300m以上の急斜面を作ってきた。トゥーンバの町はこの崖に面して発達したため、町のへりを分水界が通っている。

地形は、先駆者ベンディゴ鉄道に比べてはるかに厳しく、そのため、東斜面を上る約40kmの区間は今なお、州の鉄道を運営するクイーンズランドレール Queensland Rail(QR)きっての難所だ。さらに付け加えれば、QRの軌間が日本のJR在来線と同じ1067mmである理由も、この分水界越えにあった。

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イプスウィッチ~トゥーンバ間概略図

オーストラリア遺産委員会 Australian Heritage Commission による「国を一つにする:オーストラリアの運輸と通信1788~1970年 Linking a Nation: Australia's Transport and Communications 1788 - 1970」の第4章が、植民地の鉄道創業期の状況を記している。一節を引用させていただく(迷訳ご容赦)。

「政府は、ブリスベン川航路の起点イプスウィッチから豊かな農牧地域ダーリングダウンズ最大の町トゥーンバを結ぶ鉄道の建設に際して、事業を託す主任技師にアブラム・フィッツギボン Abram Fitzgibbon を任命した。ダーリングダウンズへは緩い登り道がなく、鉄道には、大分水嶺山脈の東斜面を上る険しい勾配が必要になると考えられた。フィッツギボンは1863年に、この計画は実現可能であり、コスト削減のために急曲線と3フィート6インチ(1067mm)の狭軌を採用するのがよいと報告した。このような軌間はノルウェーで1862年にはじめて使用されたばかりだった。イギリスの大手建設会社が路線建設の契約を結んだ。

路線の最初の区間はブリスベン川の平野部を進むイプスウィッチからビッゲズキャンプ Bigge's Camp(現在のグランチェスター Grandchester)までで、1865年7月31日に開通した。現存する「ミディアムゲージ」では世界初の路線である。トゥーンバまで57マイル(92km)の延長は1867年5月1日に開通したが、標高143mのヘリドン Helidon からトゥーンバ近くの標高612mのハーラクストン Harlaxton まで上っていく。延長27マイル(43km)のうち優に2/3が切通しの中を走り、47の橋梁、9つのトンネルと126か所のカーブ(そのうち49か所は半径100m)が設けられた。多くの橋は木製の橋脚に鉄製の橋桁を載せた混成構造だった。制限勾配は単純な仕様で、1/50(20‰)が続いていた。

このような鉄道はそれまで建設されたことがないもので、トゥーンバ山嶺鉄道 Toowoomba Range Railway は世界中のこうした軽規格で曲線の多い狭軌山岳鉄道の先例となった。」

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トゥーンバ付近の1:250,000地形図
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2006. License: CC-BY 4.0

QRの歴史資料によると、イギリスのグレートウェスタン鉄道 Great Western Railway で採用されていた7フィート(2134mm)軌間に比較すれば、1435mm(現在の標準軌)も1067mmも狭いことには変わりなく、建設コストの点で1067mmがより有利だったとしている。ともあれ、この選択が、その後のクイーンズランド鉄道網の拡張にあたって、事実上の標準となったのは確かなことだ。

さて、フィッツギボンの合理的な提案が功を奏して、鉄道は事業の認可からわずか4年程度で実現した。標準軌を採用した南隣のニューサウスウェールズ植民地が、山容がさらに深いとはいえ1850年に着工した山脈横断鉄道をまだ完成させられなかった(下注)のに比べて、驚くべきスピードと言える。しかし、コスト抑制のために選んだ規格の低さは、輸送量の増加に伴って次第に足枷となっていく。機関車を大型化しようにも、急曲線とトンネル断面がそれを阻み、勾配が連続するため、牽引定数も制限された。のちに重軌条化とともに、曲線緩和が数個所で実施されて、走行条件はいくらか改善されたようだが、羊腸の行程そのものは解消していない。

*注 シドニーから西へ進んだ現在の西部本線が、2か所のジグザグ(スイッチバック)を介して現在のリスゴーLithgow付近まで達したのは、トゥーンバ線開通2年後の1869年。このジグザグについては次回以降詳述。

現在、QRのメイン線 Main Line の一部となっているこの登坂区間は、麓からサミットまで470mの高度差がある。勾配を20‰(1000m進んで20m上る)にするなら、水平距離にして23.5kmの線路を敷き回さなければならない計算だ。いったいどのようなルートをとっているのだろうか。東側から見ていこう。

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現在のヘリドン駅
Photo by TravellerQLD from wikimedia. License: CC-BY-SA 3.0

ヘリドン Helidon を後にした線路は、4kmほど西向きの平坦な道を走ったあと、北に針路を振って、支流の谷へ向かう。高度をかせぐために、川の流路に従わず半径200m程度のカーブでぐいぐい回り込んでいくが、これはまだ序の口だ。少し開けた谷の中にある信号所マーフィーズクリーク Murphys Creek は開通当時、蒸気機関車への給水施設を備えた峠下の補給基地だった。信号の自動化と普通列車の廃止によって、駅は1992年に機能を停止し、列車交換だけが行われている。ここを通過すれば、いよいよ大分水嶺の東斜面にとりつくことになる。

細かい山襞をほとんどトンネルに頼らず忠実に巻いていくので、反向する急曲線が際限なく続き、180度向きを変えることも一度や二度ではない。使われている曲線半径100mは幹線鉄道では例外的で、厳しい速度制限がかけられているはずだ。道路交通が主流になるまで、この路線は州都と山上の町や後背地を結ぶ動脈だったのだが、ニューサウスウェールズのように抜本的な線路改良を行う計画はなかったのかと訝しく思うほどだ。

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スプリングブラフ駅前後の1:50,000地形図
©  The State of Queensland (Department of Environment and Resource Management), 2002

険しい山坂の途中に、スプリングブラフ Spring Bluff 駅が現れる。周りを森に囲まれたささやかな施設だが、旧信越本線碓氷峠の熊ノ平のように、蒸機の時代は給水のために必ず停まり、上下の列車が行き違う重要な駅だった。駅の機能はマーフィーズクリークと同時に廃止となったものの、駅舎や付属施設は1994年に州のナショナルトラストから歴史遺産のリストに登録されることになった。さらに、駅にはもう一つの顔がある。それは、線路の山手に広がる色鮮やかな花畑の眺めだ。駅長夫妻が始めた園芸が評判になり、早くから庭園駅として知られてきた。毎年9月後半に開催されるトゥーンバの春の一大行事、フラワーカーニバル Carnival of Flowers の間は臨時列車も運転されて、多くの人々が観賞に訪れる。

スプリングブラフからさらに上ると、しばらく森のかなたに遠ざかっていた道路がこともなげに追いついてきて、頭上をまたいでいく。線路は大きな尾根を一つやり過ごして、高度差が実感できる区間に入る。短いトンネルをいくつかくぐり、採石場を左手にして切通しへ突っ込むと、ここがようやくサミットだ。冒頭に記したとおり、分水界の西斜面は、東側とは至って対照的に、丘が点在するなだらかな平原で、降った雨は海に注ぐまで3000kmもの旅をする。線路は、高原の風情が漂う庭園都市の一角をしばらく進んでから、トゥーンバ駅に滑り込む。

残念なことに現在、興味深い分水嶺越えの車窓を楽しむ機会はごく限られている。ブリスベンからの近郊列車は、イプスウィッチを経由してローズウッド Rosewood までしか行かない。その先で運行されている代行バスも、山の手前のヘリドン Helidon が終点だ。トゥーンバ方面まで足を延ばす旅客列車は、週2往復の長距離便「ウェストランダー The Westlander」だけになる。ウェストランダーの東行き(ブリスベン方面)が現場を通過するのは朝7時台でまだしも、坂を上る西行きは22~23時ごろと、車窓は闇の中だ。また、ヘリドン~トゥーンバ間は無停車なので、もしスプリングブラフ駅を訪れたければ、クルマを使わない限り、フラワーカーニバルの期間にトゥーンバ駅との短区間を往復している臨時列車が、唯一のアクセスになる。

なお、今年(2011年)1月の豪雨で、この区間は大きな被害を受けた。線路の路盤が各所で流失し、スプリングブラフの庭園も土石流に襲われ、大小の岩が散乱した。しばらくウェストランダー号はグレーハウンドバスで代行すると告知されていたが、その後どうなっただろうか。

(2006年9月8日、同15日付「オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-トゥウンバ付近 I およびII」を全面改稿)

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびWikipedia英語版の記事(The Westlander, Toowoomba, Murphys Creek)、地元紙記事Web版を参照して記述した。

■参考サイト 
Dr Robert Lee "Linking a Nation: Australia's Transport and Communications 1788 - 1970", Australian Heritage Commission, 2003
http://www.environment.gov.au/heritage/ahc/publications/commission/books/linking-a-nation/
クイーンズランドレール http://www.queenslandrail.com.au/
スプリングブラフ駅 http://springbluff.com.au/
写真集
http://www.panoramio.com/photo/51136032
http://www.flickriver.com/places/Australia/Queensland/Spring+Bluff/
YouTube トゥーンバ~スプリングブラフの臨時列車
http://www.youtube.com/watch?v=usyFNBwId40
スプリングブラフ駅付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=-27.4658,151.9766&z=17

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