2016年3月21日 (月)

台湾の1:25,000地図帳

台湾の民間会社が作る地図は、国の地形図データをベースにしながらも、おおもとの官製地形図に比べてはるかに進化している。その先導役を務めたのが上河文化社で、2001年刊行の「台灣地理人文全覽圖」全2巻は、台湾全土を縮尺1:50,000でカバーする画期的な地図帳だった。これはその後3回の全面改訂を経て、現在に至る(本ブログ「台湾の1:50,000地図帳」で詳述)。

今回紹介するのは、内容から見てその延長線上に位置する地図帳だ。「台灣1/25000全覽百科地圖集(台湾1:25000全覧百科地図集)」全4冊。北から南へ4つに分冊され、主要都市で言えば第1冊に台北、第2冊に台中・花蓮、第3冊に嘉義、第4冊に台南・高雄・台東の市街地が含まれる。

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台灣1/25000全覽百科地圖集第1冊
(左)表紙(右)裏表紙の索引図

刊行しているのは旅行書出版の大手、戶外生活圖書股份有限公司(英語名 Outdoor Life Books Co.,Ltd. 以下、戸外生活社)だ。判型は、B4判の上河文化社版に比べて一回り小さく、ほぼA4判の21.5×30.5cm。日本の道路地図帳によくあるタイプだ。そのため1冊あたりのボリュームは450ページ前後、4冊合せて1800ページを超える大著になっている。

タイトルの示すとおり、メインの地図の縮尺は1:25,000(図上1cmが実長250m)で統一されている。等高線は10m間隔で、精度も高そうだ。そこに明瞭なぼかし(陰影)が加えられ、地色もアップルグリーンの低地から、標高1500mあたりを境にベージュ系へとシームレスに変化する。細かい起伏や山襞が手に取るようにわかり、平地、低山と高山域の違いも一目瞭然になる。

筆者はつい地形図としての出来栄えに目を奪われがちだが、この地図帳の真価はそれを超えて、百科地図と銘打った内容そのものにあるだろう。地図記号や注記で与えられる情報の豊かさが尋常ではないからだ。

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凡例

詳細は図例(凡例)をご覧いただくとして、まず道路の記号を見てみよう。赤色の高速公路から無色の農道小径まで、記号形状ではなく塗りの色で区別するのが特徴だ。主要道路は日本の道路地図のそれよりやや太めに描かれ、道路網の骨格を強調しようとしている。加えて、市街地のたいていの街路、郊外でも郷道/区道まで、道路名が確実に記載されているのには驚く。道路記号に重ねて記し、かつ字体にいわゆる教科書体を使っているので、視認性も良好だ。

描く対象はクルマの走る道ばかりではない。山地には百岳歩道や古道といった登山道、平地には各所に自転車のマークを添えた自行車道(自転車道)のルート表示が見られ、自然に親しもうとする人々のニーズにも応えている。

公共施設や観光施設を表す地図記号にも、実に多くの種類がある。古典的な幾何学模様から現代風イラストや企業のロゴまでデザインも様々で、眺めるだけでも飽きることがない。おもしろいのは日本の地形図記号との共通点だ。交差する警棒を象った警察局、「公」の字に由来する其他政府機関、赤十字マークの衛生所、「文」の字の大専院校(大学、専門学校)、逆さくらげの温泉、それに三角点、水準点などいくつも見つかる。日治時期の官製地形図から引き継がれてきたのだろうか。

対する名勝與休旅場所(名所とレジャー施設)のくくりでは、一般的な宿泊施設やレジャー施設の記号の間に、古蹟、牌楼、原住民祭典、廟舎、民族祭などご当地らしさが窺える。南の島とあって、柑橘、草苺、水蜜桃、葡萄、揚桃と果樹園の記号もバラエティに富む。いずれも一見して認識でき、かつ旅情を誘うものばかりだ。こうしたカラフルで発想豊かな記号が、地図上の至る所に散りばめられ、律儀に固有の名称が付されているのだ。

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表紙の一部を拡大

大小の行政地名や自然地名、道路・街路名、そして地図記号に伴う固有名称を加えれば、注記は膨大な数に上る。しかし、フォント(字体)を選び、色を分けることで区別を可能にしているのは見事だ。漢字表記のため文字数が少なくて済むという利点はあるにせよ、ただでさえ記載事項が錯綜する市街地にこれだけの地図記号と文字情報を収めるのは、並大抵の工夫ではないだろう。

巻末には索引集がある。こちらも充実していて、項目数の最も多い第1冊では130ページにも及ぶ。リストは行政機関、学校、交通関係、観光施設、街路名などに分類され、クロスリファレンス(相互参照)とともに、住所と電話番号が付される。山岳の項では標高、等級、三角点番号までセットになっている。

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第2冊~第4冊表紙

「台灣1/25000全覽百科地圖集」が1:25,000地形図の地図帳としてだけでなく、台湾の道路地図、旅行地図としても秀逸だということがご理解いただけただろうか。お断りしなければならないが、この地図帳は2012年3月の刊行で、すでに4年が経過している。当時、台湾在住の方から情報を頂いていたにもかかわらず、今まで紹介しそびれていた。そのため、出版社のサイトによれば、第1冊については単品販売がすでに終了しており、第1冊が入用ならセット販売を選択するしかない。

最後に注文方法だが、戸外生活社のウェブサイトに発注書(信用卡訂購證と記載)のPDFファイルがある。決済用のクレジットカードの内容を含め、必要事項を記入して同社に直接FAXすればよい。同社では日本語によるメールの問合せにも対応している。

■参考サイト
戸外生活社 http://www.outdoorlife.com.tw/
戸外生活社 台灣1/25000全覽百科地圖集
http://www.outdoorlife.com.tw/Taiwanview25K.htm

なお、戸外生活社は、上記地図帳のほかに「台灣全覽地圖百科大事典」という全5冊の地図帳シリーズを最近完成させた。こちらは市街、近郊、村落・丘陵地、高山によって1:5,000から1:40,000まで縮尺を変え、観光写真も付けた合理的でビジュアルな編集を特色としている。筆者としては、全国地形図のもつ意義に照らして、全土を一律の基準で製作する「百科地圖集」の方針を支持したいところだが、実用性の点ではこちらも捨てがたい。

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2016年2月 9日 (火)

スコットランドの名物地図

その土地ならではの名物を求めて訪ね歩くのは、旅の大いなる楽しみだ。スコットランドが目的地ならさしずめ、湖のほとりに静かにたたずむ古城、あるいはスモーキーな香りに満ちたスコッチ・ウイスキーの醸造所。それからお土産には、タータンチェックの小物がよさそうだ。コリンズのピクトリアルマップシリーズ Collins Pictorial Maps Series は、4点の主題図でスコットランドの代表的な名物のありかを親切に教えてくれる。

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アイリーン・ドナン城Eilean Donan Castle
Photo by DAVID ILIFF from wikimedia. License: CC-BY-SA 3.0

刊行しているのは、ニューヨークに本拠を置く世界有数の出版社、ハーパーコリンズ HarperCollins。しかし、元をたどれば19世紀前半の創業で、タイムズ地図帳やハーフインチ図の刊行によりイギリスを代表する地図出版社として名を馳せていたバーソロミュー社 John Bartholomew and Son の製作だ。バーソロミュー社はスコットランドの首都エディンバラ Edinburgh が拠点だったので、地元愛あふれる地図があったとしても何の不思議もない。

シリーズは古いものでは1970年代から幾度か改訂が重ねられていて、そのつどカバーデザインも変化してきた。現在は藍地のカバーに統一されている。一種ずつ特色を見ていこう。

「スコットランドの古城地図 Collins Castles Map of Scotland」

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これは、スコットランドの古城や要塞化された邸宅の位置を地図上に克明にプロットしたものだ。その数、実に735か所に上る。ベースマップは縮尺約1:1,000,000(100万分1)のスコットランド全図と、特に存在が集中する地域、グラスゴーからエディンバラにかけてや、アバディーンシャー北部の拡大図だ。地勢を表す段彩を施し、交通網(主要道路と道路番号、鉄道、空港)や観光案内所が記されている。

凡例によると、リストアップの基準は、今日でも何か興味を引くものが残る石造りの城、宮殿、要塞化された邸宅で、12世紀のモット城 motte castle(土盛りした基部に建てられた木製の構造物)の一部を含むが、中世の堀で囲まれた敷地や湖上住居(人工島)crannog は含まない。

地図上では、施設の記号が3色に分けられているが、これは公開の可否を表している。すなわち緑は、通常訪問者に開放されているもの(例えば観光施設や宿泊施設化されているもの)、橙は、ふだん外側からよく見える城や城跡(ただし私有の場合がある)、赤は私邸で原則非公開だ。

記号には連番が振られていて、併載のABC順索引とすぐ照合できる。この索引を見れば、城・邸宅の名称、公開可否、クロスリファレンス(地図との相互参照)のほか、築造形式と時代、連絡先電話番号、ウェブサイトまでわかる。余白には古城の写真がキャプションつきで散りばめられ、お薦めの名城10か所、子どもが特に喜ぶ場所5か所というコラムもある。一読すれば、ある程度の予備知識を仕入れることができる。

「スコットランドのウイスキー地図 Collins Whisky Map of Scotland」

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スコットランドで操業中のウイスキー醸造所とウイスキー関連の見どころを地図に落とし込んだもので、醸造所108か所、関連観光施設4か所が網羅されている。ベースマップは古城地図と同じ体裁だが、緑~茶系の定番的段彩を使った古城地図に対して、こちらは灰紫系で統一され、陰鬱な冬景色を想像させる。

醸造所を表す記号は、キルン Kiln と呼ばれる麦芽を乾燥させる建物を象っている。これも公開の可否で3色に分けられ、緑は通常一般公開しているもの、芥子色は事前予約者のみに公開するもの、赤は非公開の施設だ。併載の索引は、醸造所名、会社名、公開可否、クロスリファレンス、連絡電話番号、ウェブサイトのリストになっている。

たっぷり取られた余白には、原料となるピート、水、大麦からウイスキーが作られる工程を写真つきで見せるコラムや、ジョニー・ウォーカー Johnnie Walker、J&B、バランタイン Ballantine's など世界に知られたブレンドウイスキーのブランドトップ10の紹介、その輸出先と輸出額を示す地図、スコッチ・ウイスキーに関する詳細情報の入手先など、さまざまなデータが列挙されて興味深い。

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ウイスキー地図(旧版)を縮小。中央のスコットランド全図の色調などは現行版と異なる。
(画像はAmazon.co.ukから取得)

■参考サイト
スコッチ・ウイスキー協会Scotch Whisky Association
http://www.scotch-whisky.org.uk/

「スコットランドのタータン地図 Collins Tartans Map of Scotland」

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上記2種とは趣を異にしていて、スコットランドの氏族すなわちクラン Clan と、格子柄のタータン(日本でいうタータンチェック)の関係を地図で示そうというのがこの地図の趣旨だ。

用紙の中央に、17世紀初めにおける各クランの勢力範囲を塗り分けたスコットランド全図が配置されている。それを取り囲むように、2.5×4.0cm角のタータンの織り見本が整然と並んでいるのだが、その数なんと247種。スコットランド・タータン・オーソリティ Scottish Tartans Authority 承認のロゴがついているだけのことはある。

クランシップ(氏族制度)は中世、特に北部のハイランド地方で自治制度の基盤を成すものだった。ところが、名誉革命で王位を追われたジェームズ2世を支持してイングランド政府に抵抗したため(彼らはジャコバイト Jacobite と呼ばれた)、1746年、カロデン・ムーアでの敗戦を境に解体させられてしまう。それ以降スコットランドでも、生活慣習のイングランド化が浸透していくのだが、18世紀半ばにロマン主義の風潮が強まると、民族の誇りの象徴としてクランが再評価されるようになる。そしてあまり普及していなかった南部ローランド地方にも広まったのだ。

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タータン地図の一部を縮小
(画像はAmazon.co.ukから取得)

クラン地図を見ると、私たちにも馴染みのある名が並んでいる。Mac、Mc(息子の意)が前につくマクドナルド MacDonald(下注)、マッキントッシュ MacKintosh、マッカーサー MacArthur、マッケンジー MacKenzie、ほかにもキャンベル Campbell、カーネギー Carnegie、ダグラス Douglas、ゴードン Gordon など。

*注 マクドナルドだけでも Macdonald、MacDonald、Mcdonald、McDonald、M'donald、M'Donald など綴りには揺れがある。

19世紀後半にタータン・クレーズ tartan craze(タータン熱)と呼ばれる流行期があり、このときクランとタータンの1対1の関係が定められた。この地図はいわばその見本帳のような体裁になっている。一口に格子柄と言っても実に多くの美しい組合せが生み出されていて、織り方の妙を目で追うだけでも見飽きることがない。

■参考サイト
スコットランド・タータン・オーソリティ http://www.tartansauthority.com/

「旧きスコットランド クラン地図 Scotland of Old Clans Map」

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これもクラン関連の地図だが、上記と同じクランの勢力分布図を取り囲んでいるのは、色も意匠もさまざまなクランの紋章だ。標語 Motto、兜の飾り Crests、盾形紋章 Arms の1セットで、その数174種を配した豪勢なイラストマップになっている。

兜の飾りのモチーフには、人物や鳥獣のほかに王冠、剣、帆船、竪琴なども見られる。盾形紋章も獅子、帆船、幾何学文様などバラエティに富む。いずれもクランに伝わる民話や伝説や史実が背景にあるのだろう。異国の紋章について語る知識は全く持ち合わせていないが、これだけ集まれば素人目にも圧巻だ。スコットランドに興味がおありなら、タータン地図とともに一度手に取ってみる価値はある。

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クラン地図の一部を縮小
(画像はAmazon.co.ukから取得)

■参考サイト
スコットランド族長常設協議会 Standing Council of Scottish Chiefs
http://www.clanchiefs.org.uk/

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 北アイルランドの地形図・旅行地図
 アイルランドの旅行地図

2016年1月11日 (月)

ドイツのサイクリング地図-コンパス社とバイクライン

多彩なドイツ自転車道地図(サイクリングマップ)の世界は、3つの主たるブランドが支えている。前回は、BVAビーレフェルト出版社刊行のADFC(全ドイツ自転車クラブ Allgemeiner Deutscher Fahrrad-Club)公式地図を紹介したが、それと拮抗するラインナップを誇るコンパス社とバイクライン(エステルバウアー社)の製品を見てみよう。

コンパス社 Kompass は、緑の表紙のハイキング地図 Wanderkarte でつとに名高い(下注)。ドイツ語圏の書店の地図コーナーには必ず置いてあるような定番商品の一つだ。ハイキング地図といっても、実態は自転車道やスキールートも収録する総合旅行地図なのだが、これには一つの弱点があった。なんでも載っているばかりに、テーマの掘り下げが十分でない部分が見られたのだ。

*注 コンパス社のハイキング地図については「オーストリアの旅行地図-コンパス社」参照。

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コンパス
サイクリング地図
「東アルゴイ、プファッフェンヴィンケル」表紙

ハイキング地図の第一の目的はルートの位置の明示、つまり道に迷わないようにすることだ。次にルートの状況が重要で、同社の場合、歩き道にはヴェーク Weg(車輪を転がすことができる凹凸の少ない小道)、フースヴェーク Fußweg(それほど険しくない歩き道、英語のフットパス Footpath)、シュタイク Steig(山道、険しい道)が記号で描き分けられている。しかし自転車道は、マウンテンバイクルートとの区分があるだけで、道の主従関係も路面の状況も実際よくわからなかった。情報社会が進んでサイクリングを楽しむ人たちの要望レベルが上がると、目的により適合した地図が求められるようになる。コンパス社としても、従来品では満足してもらえないという判断があったに違いない。

赤い表紙の「コンパス サイクリング地図 Kompass Fahrradkarte」が現れたのはここ数年のことだが、早やドイツ全土をほぼカバーするまでに成長した。テリトリーは、オーストリアのチロル州 Tirol やイタリア側の南チロル Südtirol(上アディジェ Alto Adige)まで拡がっている(下注)。空白地域がまだ残るハイキング地図に比べても、目を見張る充実ぶりだ。

*注 コンパス社の本拠地はチロル州インスブルック Innsbruck なので、チロルを重視するのは当然のことだ。

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コンパスサイクリング地図 索引図

縮尺はハイキング地図の1:50,000に対して、サイクリング地図では、単位時間に稼げる距離の違いを考慮して1:70,000に縮小してあるが、これでもADFC地図(1:75,000)より心持ち大きい。地図は耐水紙に両面印刷され、合せて東西70km×南北60km程度のエリアを収録している。また、図葉によって、別刷りの1:20,000主要市街図が添付されていることがある。

内容はどうだろうか。地勢表現はハイキング地図を準用しているようだ。陰影(ぼかし)がかけられ、丘陵地でも起伏を読み取ることができる。官製地形図と並べても遜色のない水準だが、自転車道を引き立たせるために敢えてトーンを抑えている。

その自転車道には紫、橙、緑の3色が使われる。紫が長距離自転車道 Fernradweg、橙が主要自転車道 Hauptradweg、緑がそれらを補完する地方自転車道 Nebenradweg だ。いずれも実線で良好な道、破線で悪路を表現する(下図凡例参照)。長距離道と主要道には、道路地図のような区間距離が添えられ、走るときの目安にできる。地図記号を使った駐車場、宿泊施設、案内所その他の観光情報もひととおり揃っているが、自転車修理場や貸出し所といった、ADFCにある自転車特有の項目が見当たらないのは少々残念だ。

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コンパスサイクリング地図 2013年版 凡例の一部

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コンパス
広域自転車旅行地図
「バイエルン南部」
表紙

なお、もっと広域を一度に見たいという向きには、2015年に新たに刊行された「広域自転車旅行地図 Großraum-Radtourenkarte」がある。縮尺は1:125,000で、両面印刷の地図2枚を1セットにしている。手元の「バイエルン南部 Bayern Süd」の場合、東西215km×南北160kmと広大なエリアを概観できる。内容は上記サイクリング地図とほぼ同じだ。2015年末の時点ではまだカタログに4点しかないが、2017年にはドイツ全土を全12点でカバーするという。

この広域自転車旅行地図がADFCの自転車旅行地図(1:150,000)に、先述のサイクリング地図がADFC地域図(1:75,000)に対応するとすれば、ADFCの自転車旅行ガイドに対しては、「自転車旅行ガイド Fahrradführer」が用意されている。長距離自転車道などのルート案内が目的で、リング綴じ、横長、天綴じのフォーマットと、ADFCとまったく同じような体裁の製品だ。残念ながら筆者は実見していないが、公式サイトによれば、市街図には薬局、自転車修理場、ATMなど実用的な参考情報も掲載されているそうだ。

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コンパス広域自転車旅行地図 表紙の一部を拡大

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バイクライン
サイクリング地図
「プファッフェンヴィンケル」表紙

ドイツのサイクリング愛好者なら、エステルバウアー Esterbauer 社の名は知らなくても、「バイクライン bikeline」のブランドにはきっと馴染みがあるに相違ない。「何の気苦労もなく自転車を楽しむために」の一言をロゴに添えたセルリアンブルーの表紙の地図やガイドブックは、ADFCとともに書店の地図棚の常連だ。オーストリアを拠点にするエステルバウアー社は1980年代の創業で、サイクリング関係の出版を専門にしている。公式サイトによればすでに400点以上のタイトルがあるという。主力製品は、サイクリング地図と自転車旅行ブックで、言うまでもなく前者は1枚もの折図、後者は横長スタイルの冊子だ。

バイクライン サイクリング地図 bikeline Radkarte」は、ドイツの主要地域のほか、オーストリアやフランスのアルザス地方の一部もカバーする。縮尺は1:75,000で、他社製品と同じく、耐水紙に両面印刷されている。収録エリアは、東西65km×南北60km程度の範囲だ。余白に主要市街図が添えられている。

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バイクライン サイクリング地図 索引図

メイン図のベースマップは比較的簡単なものだ。標高データから生成したと思われる等高線は、山地では滑らか過ぎ、平地では不自然な形状なのだが、登山用ではないから地形の概観が掴めればいい、という考えだろう。交通路や市街地は正確に描かれているが、地勢と同様、色のトーンが落とされ、鮮やかな色を用いた自転車道との対比に効果を発揮している。3社のなかではルートの視認性(見易さ)が最も高く、この点が人々に長く支持されてきた理由の一つだと思う。

では、肝心の自転車道はどうか。凡例を下に掲げた。まず主要ルート Hauptroute とそれを補完する地方ルート Nebenroute、その他の自転車ルートという大きな括りがある。その中で自転車道 Radweg と自転車ルート Radroute を線の色で分類し、さらに舗装・未舗装、悪路、玉石舗装など道路の状況を線の形状で区別する。コンパス社よりはるかに親切で、実走調査が行き届いていることがわかる。ただ、紫、赤、茶、黄、ピンクと多くの色を用いたため、地図上でルートの主従関係、あるいはネットワーク構造が直感的に理解しにくくなっているのが惜しい。

道路状況以外では、区間距離、道路勾配、修理場や自転車貸出所、駐輪場の位置などサイクリングに役立つ必要な情報が網羅されている。ADFCの地図では図郭内を走る自転車道について文章による説明もついているが、バイクラインには特にない。その役割はガイドブックに任せて、地図はグラフィックによる情報表現に徹するものと決めているようだ。

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バイクライン サイクリング地図2013年版 凡例の一部(和訳を付記)

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バイクライン自転車旅行ブック
「長距離自転車道
ハンブルク~ブレーメン」表紙

これに対して、長距離ルートに焦点を絞ったブック形式のガイドは「自転車旅行ブック Radtourenbuch」の名称で刊行されている。会社の事業としてはこちらが本領のようで、テリトリーは、ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)にとどまらず、オランダ、フランス、デンマーク、スペイン、イタリアなどにも及ぶ。他社と同様の横長判でリング綴じだが、ADFCやコンパス社の縦開きに対して、バイクラインは左に綴じ目がある横開きタイプだ。

ここまでドイツをカバーする3社のサイクリング地図を概観してきた。それぞれに特徴があって、一概に優劣はつけがたいのだが、敢えて私見を述べれば、情報の種類と量ではADFC、地図自体が洗練されているのはコンパス、地図の見易さではバイクラインが優位に立っている。とはいえ、机上で眺めているのと実走で参照するのとでは、着眼点が変わるに違いない。実際に使ってみた感想をお持ちの方は、ぜひコメントをお寄せいただきたい。

これらの地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも購入できる。"Kompass Fahrradkarte" "bikeline" などで検索するとヒットする。

■参考サイト
コンパス社 http://www.kompass.de/
エステルバウアー出版社 http://www.esterbauer.com/

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 ドイツのサイクリング地図-ADFC公式地図
 ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に

 オランダのサイクリング地図
 デンマークのサイクリング地図
 オーストリアの旅行地図-コンパス社

2015年12月27日 (日)

ドイツのサイクリング地図-ADFC公式地図

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葡萄山の自転車旅行
(c)ADFC/Marcus Gloger

2014年に実施されたEUの調査(下注)によれば、EU市民に聞いた「ふだんどの交通手段を最もよく使うか?」という質問に対して、自転車と答えた人の割合は、オランダの36%を筆頭に、以下デンマーク(23%)、ハンガリー(22%)、スウェーデン(17%)、フィンランド(14%)、ベルギー(13%)の順となっている。ドイツは7位の12%で決して高いとはいえない。しかし、ドイツの総人口はオランダの4.8倍もあるから、日ごろ自転車に親しんでいる人の実数ははるかに多いはずだ。

*注 "QUALITY OF TRANSPORT Report", Special Eurobarometer 422a, European Union, 12/2014

それを傍証するように、サイクリングルートや周辺情報を案内する自転車道専用地図(サイクリングマップ Fahrradkarte、下注)の種類は、他国にもまして豊富だ。全国規模でカバーしているものに限っても、筆者の知る範囲で3つのブランドがしのぎを削っている。

*注 ドイツ語で自転車はファールラート Fahrrad またはラート Rad、自転車道はラートヴェーク Radweg、サイクリング地図はファールラートカルテ Fahrradkarte。

一つ目はヨーロッパの旅行地図最大手のコンパス社 Kompass が刊行するシリーズ。縮尺1:70,000でドイツ全土をほぼ網羅する。二つ目はオーストリアのエスターバウアー出版社 Esterbauer Verlag が刊行する縮尺1:50,000~1:75,000のバイクライン Bikeline シリーズ、三つ目が今回紹介するBVAビーレフェルト出版社のシリーズになる。コンパス社は一般的な旅行地図も作っているが、後2社は自転車旅行に焦点を絞ったいわば専門店だ。

*注 このほか、各州の測量局あるいはそこから事業を引き継いだ民間会社が製作している「官製」旅行地図にも、自転車道の記載がある。本ブログ「ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に」参照。

とりわけBVAビーレフェルト出版社 BVA Bielefelder Verlag のサイクリング地図の特徴は、ドイツのサイクリング同好者のための組織「全ドイツ自転車クラブ Allgemeiner Deutscher Fahrrad-Club、略称ADFC」(下注)の公式地図 offizielle Karte に位置づけられていることだろう。ADFCとの共同編集を謳い、「サイクリストによってサイクリストのために von Radfahrern für Radfahrer」のモットーに従ってADFCが、調査したデータを提供し、内容を保証している。表記がドイツ語のみで外国人には使いにくいのが難だが、凡例(下の画像に和訳を付記)さえ理解すれば、読図に大きな支障はないはずだ。

*注 ちなみに、日本にも同様の目的で創設された「日本サイクリング協会」がある。

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ADFC自転車旅行地図
「オーバーバイエルン/ミュンヘン」
2010年版表紙

同社の刊行地図のうち代表と言えるのが、縮尺1:150,000 の「ADFC自転車旅行地図 ADFC-Radtourenkarte」シリーズだ。ADFCのサイトによると、累計280万部以上と世界で最もよく売れているサイクリング地図だそうだ。野外への携帯を考慮して耐水・耐擦紙が使われている。体裁は片面印刷の折図で、27面でドイツ全土をカバーする。フーバー地図製作社 Kartographie Huber 製のベースマップは、5km間隔のグリッドが入り、等高線とぼかし(陰影)で地勢を表現している。森林を表す緑色(シャトルーズグリーン)に比べて市街地のグレーは控えめで、見る人を町から郊外に誘い出す効果が期待できそうだ。

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ADFC自転車旅行地図 索引図

主要テーマである自転車道は、彩度の高い赤や緑を使って強調される(下の凡例参照)。赤色は長距離自転車道 Radfernweg などネットワークの骨格をなすルートで、中でもDルート D-Route(集合体としてDネッツ D-Netz)と呼ばれる全国規模の基幹ルートは、ピンクでマーキングされ、別格の扱いだ。他方、緑色は地域内に張り巡らされた補完ルートを示している。

ルート上には、修理工場、食堂、キャンプ場など沿線で利用できる施設のピクトグラムが置かれ、急な坂道には勾配に応じた注意表示もある。また、別添された冊子には、風景の美しい自転車道の紹介や、旅行案内所の連絡先、「ベット・ウント・バイク bett+bike」(ベッドと自転車の意)と呼ぶADFC提携宿泊施設のリストなどが簡潔にまとめられている。自転車での旅行計画を立てるなら十分な情報量といえるだろう。

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ADFC自転車旅行地図2010年版 凡例の一部(和訳を付記)

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ADFC地域図
「バイエルンの湖沼群」表紙

しかし1:150,000という縮尺では、地図から実位置を特定するのはやや難しい。実際に自転車を駆って旅に出れば、もう少し詳しい情報が欲しくなる。縮尺1:50,000または1:75,000の「ADFC地域図 ADFC-Regionalkarte」シリーズは、そうした希望に応えるものだ。シリーズの既刊は60数点に上るが、全土をカバーしているわけではなく、川沿いなどの人気ルートや都市近郊の日帰りルートが中心の品揃えだ。

上記の旅行地図に比べて、同じエリアが2~3倍に拡大表現されているから、盛り込まれた情報の量が格段に違う。記載されている自転車ルートの数が多いし、おのおのの道路状況に関する情報も詳しい。凡例(下図参照)でおわかりいただけるように、静かに走れる道、中程度の交通量の道、クルマが多くて避けるべき道、玉石舗装や砂利敷きなどで走りにくい道、あるいは走れない道など、実走調査に基づく細かい仕分けには、ドイツらしい周到さが滲み出る。ADFCのサイトでは、サイクリング旅行のための頼りになる同伴者と紹介されているが、決して誇張ではない。

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ADFC地域図 索引図
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ADFC地域図2013年版 凡例の一部(和訳を付記)

どちらのシリーズも8~9ユーロ(1ユーロ130円として1,040~1,170円)と手ごろな価格なので、机上のプランニングは旅行地図で、実地走行中は地域図で、というように使い分けるとなおいいだろう。

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ADFC自転車旅行ガイド
「ライン自転車道中部」表紙

また、こうした大判のサイクリング地図とは別に、リング綴じの冊子も多数刊行されている、こちらは地図つきの自転車旅行用ガイドブックで、主に鉄道駅を起点にした日帰り旅行のための「ADFC自転車日帰り旅ガイド ADFC-Radausflugsführer」と、長距離自転車道を使った長旅向けの「ADFC自転車旅行ガイド ADFC-Radreiseführer」の2種類がある。

横長判で天綴じされ、専用ホルダーで自転車に装着すれば、実際に走りながらでも参照できるのが大きな特徴で、用紙も厚めの耐水・耐擦紙だ。地図はルート順にページ建てされていて、メインの縮尺は1:50,000か1:75,000だが、大きな町については縮尺1:15,000程度の市街図が挿まれている。ルート上の主要分岐点には道案内の説明文も用意され、初めての道でも迷わないための工夫がある。名所・見どころの紹介はガイドブックならではのもので、地図で位置を照合しながら、旅行プランを膨らませることができそうだ。

ビーレフェルト出版社のADFC地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも購入できる。"ADFC-Radtourenkarte"、"ADFC-Regionalkarte"などで検索するとよい。

コンパス社とバイクラインのサイクリング地図については次回

冒頭の写真はADFC公式サイト http://www.adfc.de/pressefotos/ で提供されている画像「Fahrradtour in den Weinbergen(葡萄山の自転車旅行)」を使用した。

■参考サイト
BVAビーレフェルト出版社 http://www.fahrrad-buecher-karten.de/
ADFC(全ドイツ自転車クラブ) http://www.adfc.de/
D-Netz  http://www.radnetz-deutschland.de/

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2015年4月 5日 (日)

北アイルランドの地形図・旅行地図

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OSNI 1:50,000
ベルファスト
2000年版表紙

アイルランド島の北東部6州は、北アイルランド Northern Ireland としてイギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)の一部を成している。しかし、この地域の官製地形図を作成してきたのは、イギリスの陸地測量部 Ordnance Survey ではなく、北アイルランド政府に属するオードナンス・サーベイ・ノーザン・アイアランド Ordnance Survey Northern Ireland (OSNI)、日本語でいう北アイルランド陸地測量部だ。

アイルランドの地形図-概要」の項にも記したとおり、アイルランドの近代測量は、イギリスの統治下にあった1824年に始まる。この年、アイルランド陸地測量部が設立され、トーマス・コルビー Thomas Colby 率いる調査隊によって、1846年までの間に全島の1マイル6インチ図(1:10,560)が完成した。しかし、1920年にアイルランド統治法が成立したことで、連合継続を望む北東6州と分離独立を求める他の26州(後のアイルランド共和国)は、それぞれ独自の政府と議会を有することになった。これに従い、陸地測量部の機能も南北に分割され、北アイルランドではOSNIが業務を引き継いだのだ。

OSNIは2008年に行政改革の一環で、財務・人事省に属する国土・資産局 Land and Property Services に統合され、独立した組織ではなくなった。しかし、ブランド名としては今も継続して使用されている。今回はOSNIブランドで刊行されている汎用地形図・旅行地図の概要を、適宜アイルランド共和国陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) の製品とも比較しながら紹介しよう。

1:250,000は、北部、西部、東部および南部の4面でアイルランド全島をカバーする。このうち「北部 North」がOSNIの担当だ。というのも、この1面に北アイルランドの全域が収まるからで、同地域の都市の位置関係や道路網などを概観するには格好の地図といえるだろう。地図の仕様は共和国のOSIが受け持つ3面と共通なので、詳細は「アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図」を参照願いたい。

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OSNI
ハーフインチ地図表紙
図番2 北東部
1968年版復刻

1:126,720(ハーフインチ地図 Half-inch map)もかつては全島にわたって整備されていた。図上1/2インチで実長1マイルを表し、クォーターインチ地図 Quarter-inch map(≒1:250,000)と1インチ地図 One-inch map(1:63,360)の中間の縮尺という位置づけだった。正規の図郭は全島を25面でカバーするのだが、それとは別にOSNIは、4面で島の北部をカバーする集成図を作成していた。管理や販売の手間を省くためだろう。このため、北アイルランドでは、正規図が在庫限りとされ、更新も行われなかった。1990年代のカタログでは、図番5 ベルファスト Belfast が絶版と記されている。

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ハーフインチ地図 図番2の一部

これに対して1:50,000は現存のシリーズだ。同じく全島統一の図郭で作成され、全92面のうちOSNIは18面を担当している。座標系はもとより図式などの基本仕様はOSNI、OSIとも共通なのだが、販売の体裁は異なる。OSIが全体を「ディスカヴァリー(発見)シリーズ Discovery Series」と名付けるのに対して、OSNIは「ディスカヴァラー(発見者)シリーズ Discoverer Series」と少し変え、表紙デザインにいたってはまるで別物のようだ。

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OSNI 1:50,000地形図表紙
(左)図番27 上アーン湖 2001年版
(右)図番4 コールレーン 2012年版

ディスカヴァラーシリーズは、18×11.5cmの厚紙カバーがついた折図で、各図幅40km×30kmのエリアをカバーする。グリッドは1km単位で刻まれている。地勢表現は10m間隔の等高線で、さらに段彩が施される。この段彩の仕様はOSIとOSNIで異なり、前者が100mごとに色を変えているのに対して、後者は50mごとと小刻みだ。配色も、低地を表す緑系で見ると、前者は標高0~100mで最も濃くなるが、OSNIは0~50mが最も薄い。色面は視覚に直接訴えるだけに、双方の図を見比べると少し違和感を覚えるかもしれない。

なお、1990年代までは伝統的な1:63,360(1マイル1インチ図)も供給されていたが、1978~85年の第3版刊行を最後に、1:50,000に道を譲った。

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1:50,000索引図 赤色の数字がOSNI担当の図葉
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1:50,000図の一例 OSNI公式サイトより

1:25,000は全域をカバーしておらず、人気の高い旅行スポットに限定した旅行地図として刊行されている。OSNIの2003年版カタログには、域内最高峰を擁するモーン・カントリー Mourne Countryのほか、湖水地方の下アーン湖 Lower Lough Erne、上アーン湖 Upper Lough Lake、東部のスリーヴ・クルーブ山 Slieve Croob、計4面の案内がある。10m間隔の等高線で地勢を表すとともに、1:10,000図を縮小したベースマップの上に道路などを重ね描きしてあり、色調が淡泊なだけに、赤いピクトグラムで示される旅行情報がよく目立つ地図だった。

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1:25,000旧版
(左)モーン・カントリー 1996年版 (右)下アーン湖 1995年版

2015年の現行版はかなり様変わりしている。「アクティヴィティ(活動)シリーズ Activity Series」という総称がつき、すでに6点のラインナップがある(下注)。表紙も、風景写真に人目を引く特大の文字を重ねた、官製らしからぬデザインだ。用紙も横95cm×縦84cmと大きく、かつ両面印刷なので、掲載範囲はかなり広い。例えば、世界自然遺産のジャイアンツ・コーズウェー(巨人の土手道)Giant's Causeway を図郭に含む「コーズウェー海岸及びラスリン島 Causeway Coast and Rathlin Island」は、東西60kmものエリアがすっぽり収まる。等高線間隔は10mで、標高200mの前後で色を変える段彩が施されている。

*注 内訳は、紹介したコーズウェー海岸図葉のほか、「スリーヴ・クルーブ山を含むモーン山地 The Mournes including Slieve Croob」「アントリム峡谷 Glens of Antrim」「アーン湖 Lough Erne」「スペアリンズ山 The Sperrins」「ストラングフォード湾 Strangford Lough」

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1:25,000現行版 コーズウェー海岸およびラスリン島 2010年版
(左)表紙(右)裏表紙
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1:25,000図の一例(モーン山地) OSNI公式サイトより

OSIも同じ趣向の「アドヴェンチャーシリーズ Adventure Series」を発表している(下注)が、地図の印象はだいぶ異なる。OSI図は、等高線、地籍界、森林・岩石地を表すパターンの三者が似た色を使っているため、重なると視認性が落ちてしまうのが難だ。その点、OSNIは色を変え、森林は薄い網掛けにするなど、読取り易さに配慮が感じられる。

*注 アドヴェンチャーシリーズについては、本ブログ「アイルランドの旅行地図」参照。

旅行情報の充実については、両者とも力を入れている。OSNIのシリーズでは、観光案内所や駐車場、キャラバンサイトのような一般的な項目に加えて、ウォーキング、サイクリング、ポニートレッキング、ロッククライミング、スキューバダイビング、カヌー、サーフィンなど、野外活動適地の記号が盛りだくさんで、アクティヴィティマップと呼ぶにふさわしい。

イギリス(グレートブリテン島)では縮尺1:25,000の「エクスプローラーシリーズ Explorer Series」が、最も詳しい旅行地図として定着している。OSNIの「アクティヴィティシリーズ」もそのような水準を目指しているのだろう。

■参考サイト
OSNI地図(公式サイト) http://www.nidirect.gov.uk/osni
同 オンラインショップ https://mapshop.nidirect.gov.uk/

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 アイルランドの地形図-概要
 アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図
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 アイルランドの旅行地図
 アイルランドの道路地図帳
 スコットランドの名物地図
 イギリスの旅行地図-ハーヴィー社

2015年3月31日 (火)

アイルランドの旅行地図

アイルランド陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) が刊行する一般向けの地図は、多かれ少なかれ旅行者志向で編集されているのだが、このジャンルに特化すれば、民間の地図会社も負けてはいない。今回はOSI官製図と民間図の特色を比較してみよう。

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OSI刊行 アイルランド旅行地図
(左)初版 2000年 (右)第5版 2012年

アイルランド島は東西300km、南北400kmほどの広がりをもつ。全島を大判用紙1面に収めた旅行地図としては、OSIがその名も「アイルランド旅行地図 Ireland Touring Map」(右写真)を刊行している。表紙つきの折図と別綴じの地名索引から成り、地図の縮尺は1:450,000だ。

タイトルでは旅行と銘打っているのだが、実態は、若干の観光情報を追加した道路地図というほうが正確だ(下注)。道路網は道路区分で色分けされ、道路番号はもとより区間距離も付されている。さらにシーニックルート(景勝区間)はミシュラン張りに緑の傍線が引かれ、ビューポイント(展望台)の記号も見られる。一方、旅行情報のほうは限定的で、観光案内所、キャラバンサイト、宿泊施設、ゴルフコース程度しかない。それより惜しいのは、標高点こそ随所に打たれているものの、地勢表現が一切ないことだ。せめて陰影(ぼかし)をつけて、どのあたりが山がちなのかわかるようにすれば、より旅行地図らしさが出てくるのだが。

*注 OSIのカタログによれば、同じ体裁で「アイルランド道路地図 Ireland Driving Map」も刊行されている。サンプル図を見る限り、こちらは旅行情報が省かれているようだ。

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1枚ものの旅行地図であれば、民間ブランドのコリンズ Collins(下注)のほうがお勧めだ。コリンズの「アイルランド旅行地図 Touring Map Ireland」(右写真)は、縮尺が8マイル1インチ(図上1インチで実長8マイルを表す、分数表示では1:511,000)。道路網については、道路区分による色分けや道路番号の表示がなされているが、区間距離の記載は国道 National Road に限られ、この点ではOSIのほうが親切だ。

*注 刊行元は、ハーパーコリンズ社HarperCollins。

しかし、旅行情報はユースホステル、史跡、庭園、ゴルフコース、ビーチ、馬場、テーマパークなどと幅広く、また記号を赤丸で強調しているのも識別しやすい。さらにOSIにはないぼかし(陰影)が施されて、およその地勢が把握できる。国立公園には緑のアミがかけられ、公園名の注記も目立つフォントが使われている。情報量が多いにもかかわらず、個別の情報を認識しやすいようによく考えられたデザインといえるだろう。加えて、添付の索引には、地名リストのほか、見どころをテーマ別にまとめたリストがあり、名称をもとにして図上位置を確かめることも容易だ。

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裏表紙の一部を拡大

このような1:500,000程度の広域を見渡せる地図は旅行計画の概要を作るときにいい。しかし、実際に山野を歩くときに携行するとなると話は別で、もっと大きな縮尺、最低でも1:50,000、できれば1:25,000くらいが必要になる。

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OSIは昨年、新たな旅行地図シリーズの刊行を発表した。人気の高い旅行スポットに特化する縮尺1:25,000の「アドヴェンチャーシリーズ Adventure Series」(右写真)だ。アイルランドで全国をカバーしている官製地形図の最大縮尺は1:50,000なので、これは特別図の扱いになる。もっとも、以前からこうした観光地を対象にした1:25,000は存在していた。下の写真のキラーニー国立公園やアラン諸島の図葉がそうだ(下注)。今回の企画はこれを発展させたもので、OSIの告知によれば、完成すると全13面の本格的なシリーズになるという。

*注 そのほか、マクギリーカディー山脈 Macgillycuddys Reeks、ブランドン山 Brandon Mountainがあった。2015年3月現在、一部はまだ販売されている。

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OSI 旧1:25,000
(左)キラーニー国立公園 1997年 (右)アラン諸島 第2版 2002年
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アドヴェンチャーシリーズ索引図(OSI公式サイトより取得)

その第1弾(先行版)として2014年に刊行されたのが「マクギリーカディー山脈およびキラーニー国立公園 Macgillycuddy Reeks & Killarney National Park」だ。標題の地域は島の南西部にある。マクギリーカディー山脈は島で一番の高峰群(といっても900~1000m台)が並び立つトレッキングの適地として、また、キラーニー国立公園は3つ連なる湖や古城のある景勝地として知られる。両地域は隣接しているが東西に広いため、2面に分割し、大判用紙に両面印刷されている。それでも従来別々の図葉だったものが、1つにまとめられたのだからお買い得だ。

等高線は、日本の同縮尺図と同じ10m間隔で描かれる。さらにOSIの他の縮尺図と同様、100mごとの段彩が施されて、読図を助けてくれる。山頂を示す標高点には、標高別に3段階の色が置かれるのが珍しい。また、アイルランド最高峰のキャラントゥール山 Carrauntoohil 周辺については、2倍拡大図(1:12,500)が挿入され、山麓からの登山ルートが詳細に示されている。

*注 キャラントゥール山の標高は、OSI公式サイトによれば1038mだが、この図では1040m と記載されている(OSIの他の縮尺図では1039m)。

トレッキングや自然観察に役立つ情報として、地表面については、針葉林、自然林、混合林、湿地という従来の区分のほかに、泥炭地、同 採掘跡、モレーン(氷堆石)、がれ場の記号が加えられた。ただ、記号の網目が粗かったり、パターンが大きいなどのために、等高線が読取りにくくなってしまったのが惜しい。

旅行情報では、他の縮尺図でも使われる地図記号のほかに、遊覧馬車(ルート)、乗馬観光、バードウォッチング、遊覧船乗場、岸釣り、船釣りなど新たな項目が入り、写実的なデザインの記号が与えられている。もとよりハイキングルートやサイクリングルートは、ルートに太い破線を添えてあるので見落としようがない。

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アドヴェンチャーシリーズ 凡例の一部

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これに対する民間図はどうだろうか。イギリスのハーヴィー社 Harvey が刊行するハイキング地図シリーズ「スーパーウォーカー Superwalker」に、アイルランド編が4点含まれている。その中に、先述のOSI図と図郭が重なる「マクギリーカディー山脈およびキラーニー国立公園 Macgillycuddy's Reeks & Killarney National Park」(右写真)がある。

縮尺は1:30,000で、15m≒50フィート間隔の等高線が引かれている。別稿(下注)で紹介したような、計曲線を太めにし、岩場の等高線を青灰色に変えるといったハーヴィーの特徴的な等高線描法はここでも健在だ。植生の色の使い方や記号の大きさを含め、野外での読図のしやすさがとりわけ重視されている。

*注 ハーヴィー社の旅行地図については、本ブログ「イギリスの旅行地図-ハーヴィー社」参照。

旅行情報では、OSIとのポリシーの違いが表れている。ハーヴィー図はシリーズ名のとおり、歩く人のための地図だ。それでトイレ、救護施設、休憩できるパブやカフェなど、歩きに際して参考になるデータは充実しているが、ハイキング以外のアウトドアスポーツに関しては、記号も注記も用意されていない。OSIかハーヴィーかの選択を迫られたときは、ここに注意する必要があるだろう。

とはいえ、OSIが新シリーズの製作に当たり、ハーヴィーをライバルとして意識したことは、キャラントゥール山について同じような2倍拡大の挿図(ハーヴィーの場合は1:15,000)を加えたことでも推測できる。今後、予定通りアドヴェンチャーシリーズの刊行点数が増えていけば、アイルランドをじっくり旅したいと考える人にとって、1:50,000を補完する頼もしい相棒になるだろう。

OSIの地図は、すべてOSI直営のオンラインショップで容易に購入できる。また、コリンズ、ハーヴィーなど民間図は、ロンドンのスタンフォーズ Stanfords など地図専門店のサイトで扱っている。また、日本のアマゾンで買えるものもある。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部 http://www.osi.ie/
同 オンラインショップ http://shop.osi.ie/
同 アドヴェンチャーシリーズの告知
http://www.osi.ie/Products/Adventure-Map-Series.aspx

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2015年2月 7日 (土)

スイスのハイキング地図-スイストポ

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グリンデルヴァルトの村を見下ろしながら
メンリッヘンからクライネ・シャイデックに
下りるハイキングトレール

なだらかな丘陵地から険しい山岳地帯まで、スイスの山野を縦横に巡るハイキングトレールは、62,000km以上の長さがあるそうだ。スイスハイキング連盟 Schweizer Wanderwege, SAW は、ハイキングトレール Wanderwege / Hiking trails(下注)を難易度によって3種に区分し、現地に立てた標識でも識別できるようにしている。

*注 ドイツ語のヴァンデルング Wanderung、英語のハイキング Hiking は、交通用具を使わない徒歩旅行一般を指すことば。ヴェーク Weg/トレール Trail も、一般車両が通れない徒歩用の道。適当な和訳を思いつかないので、以下、トレールの種別は英語の読みのままとした。

まず、ハイキングトレール Wanderwege / Hiking trails は、最も危険度が低いトレールで、特別な装備や知識がなくても利用できる。険しい区間では階段が作られ、落下の恐れがある個所には手すりが設けられている。標識(サインポスト、矢印、マーキング等)は黄色1色だ。

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ミューレンの村で
見かけた標識

マウンテンハイキングトレール Bergwanderwege / Mountain hiking trails は、中クラスの危険度で、概して険しく道幅も狭く、特に危険な個所ではザイルやチェーンが張られている。防水服と登山靴の着用が必須とされる。標識は同じ黄色だが、先端部や矢印などは白・赤・白に塗られる。

アルパインハイキングトレール Alpinwanderwege / Alpine hiking trail は、危険を伴うトレールで、一部に礫原や岩屑斜面、あるいは雪原、雪渓を越える個所があり、短いながら岩登りも含まれる。危険防止のための設備は期待できないので、登山用の装備に加えて、高度計、コンパス、ザイルやピッケルが必須とされる。標識は青地で、先端部や矢印などは白・青・白に塗られている。

■参考サイト
Wikimedia - ハイキングトレール標識の実例
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:BergAlpinWegweiser.jpg

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1:50,000
ハイキング地図表紙
ミシャベル Mischabel
2004年版

このようなトレールのルートを詳しく描き、利用者の必携品とされているのが「ハイキング地図 Wanderkarte / Hiking map」だ。連邦地形測量所スイストポ Bundesamt für Landestopographie Swisstopo は、SAWの協力のもとで、官製地形図(ランデスカルテ Landeskarte、下注)をベースにしたこの種の地図を多数揃えている。

*注 ランデスカルテは、スイスの現行地形図の名称。詳しくは本ブログ「スイスの地形図-概要」参照。

最もポピュラーなのは、縮尺1:50,000のハイキング地図(区分図)だろう。一部の例外を除き、1:50,000ランデスカルテと同一図郭で、現在58面が刊行され、全土をカバーしている。図番は数字3桁(集成図は4桁)の後にTがつく(例:213 T, 5001 T)。

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1:50,000ハイキング地図索引図
黄色が既刊の区分図、橙色は集成図。国境付近は隣接図に取り込まれ、単独図としては刊行されていない。

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1:50,000ハイキング地図サンプル
(266T Valle Leventinaの一部
BLT地図カタログ1995/96年版より)

内容は、ランデスカルテの上に、ハイキングに必要な情報を赤色で加刷するという伝統的なスタイルだ。上記3種のトレールは、線の形状で描き分けられている。すなわち、ハイキングトレールは実線、マウンテンハイキングトレールは破線、アルパインハイキングトレールは点線だ。中でも、スイスモビリティ計画(下注)の一翼を担う「スイスのハイキング Wanderland Schweiz / Hiking in Switzerland」の主要ルートについては、線を太くし、かつ特徴的なルート番号のロゴが添えられているので、よく目につく。

*注 スイスモビリティ SchweizMobil / SwitzerlandMobility は、主として休暇や観光のための、自動車に依存しない交通網を整備する計画。これに基づき、ハイキングトレールをはじめ、自転車、マウンテンバイク、スケート、カヌー、バリアフリーのルートが整備されている。

トレール以外の表示もある。山小屋はランデスカルテにも記載があるので、その位置を円で囲んで目立たせるという手法を採る。道路はランデスカルテで種別を表していた塗り色を省き、その代りにバスの運行ルートを黄色で強調している。また、バス停の位置には赤丸が打たれ(停留所名はない)、公共交通網とトレールの接点が容易に見つけられるようにしている。

従来、スイストポのハイキング地図は、この1:50,000区分図のほかに、1:50,000集成図9面、1:25,000集成図8面という品揃えだった。ところが2013年に、縮尺1:33,333のハイキング地図が新たに刊行されるというニュースが発表されたのには、正直驚いた。スイス地形図史上、前例のない縮尺であり、今さら既存の縮尺の中間を狙ったところで本当に需要が見込めるのかと、製作の意図を疑ったからだ。

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1:33,333
ハイキング地図表紙
ティトリス Titlis
2013年版

さっそく現物を取り寄せたところ、その正体は、1:50,000ハイキング地図の内容を単純拡大した、いわゆる「でか字」バージョンだった。1:50,000では実地の1kmが図上2cmになるが、1:33,333なら1.5倍の図上3cmに表せる。前者では注記文字や地形描写が細か過ぎると感じるシニアの方でも、後者なら比較的楽に読取りができるだろう。

改良点はそれだけではない。用紙は、野外での使用に配慮して、耐水性をもつ合成紙に変えられた。副次効果でインクの発色がよくなり、精細なグラフィックが一段と鮮明になった。また、用紙寸法も従来ものに比べて一回り小さい。折れば11×17.5cmと、7インチタブレット程度のポケットサイズで、携帯に便利だ。

縮尺が大きい分、収載範囲が狭くなるというハンディに対しては、両面印刷にすることである程度手当ができている。図郭の面積は1:50,000より減るが、それでも片面で実地15km四方は表せるから、日帰り程度の徒歩旅行で使うには十分だ。むしろ、1:50,000は範囲が広過ぎるきらいがあったし、1:25,000集成図は折り畳むと分厚くなり、戸外では扱いにくかった。

新企画の意図するところについて、スイストポの担当者は、ある掲示板で次のように回答している。「従来のハイキング地図は、区分図は1点当り22.50フラン、集成図は32.50フランと非常に高価だ。外国で販売する場合、為替相場のフラン高に現地の付加価値税が加わり、スイス国内よりもさらに高くなる。このため、従来のハイキング地図は販売実績が落ち込んでいる。」

「1:33,333ハイキング地図は、1:50,000の内容を何ら変えずに、縮尺を拡大して読み易くした。表面と裏面に図が分割されてしまうが、わずかな欠点に過ぎない。また、焼却しても無害な用紙を使用しており、環境に負荷をかけない。」

「他のハイキング地図との競合が予想されるが、新図は4色刷(プロセスカラー)、原版の再利用など製作過程を効率化することでコストを抑え、11.80フランとリーズナブルな価格に設定できた。外国での販売促進も期待される。」

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1:33,333ハイキング地図索引図(2015年1月現在)

現在、1:33,333はアルプスとジュラ山地で計20面が刊行済だが、ユングフラウ地域を含め、未刊のハイキング適地は多数残っており、新刊の通知は今後もしばらく続くのだろう。それ自体は楽しみだが、一方でこれがユーザーの支持を得れば得るほど、競合する従来図が売れなくなるのは目に見えている。そこは他人事ながら心配だ。

情報更新はデータベース上で定期的に行われており、すでにインターネットを介しても提供されている。あとは、印刷物をどの範囲まで維持するのかという問題になる。1:33,333は図郭が表面と裏面で千鳥状になっているものも多く、全土をくまなくカバーすることは初めから想定されていないようだ。そこにまだ1:50,000の存在意義が残されているのだが、需要の多い地域でライバルの1:33,333が揃っていけば、もはやニーズは限りなく減少するに違いない。スイストポの正式見解は知らないが、将来的に印刷物としてのハイキング地図は1:33,333に集約され、その他の従来図は更新停止となって市場から姿を消していくのではないだろうか。

ハイキング地図は、連邦地形測量所スイストポのオンラインショップ(英語版なら Maps > Leisure Maps)はもとより、日本のアマゾン等のショッピングサイトでも扱っている。"Swisstopo" "Wanderkarte"等で検索するとよい。

■参考サイト
連邦地形測量所スイストポ http://www.swisstopo.admin.ch/
スイスハイキング連盟 http://www.wandern.ch/
スイスモビリティ-スイスのハイキング SwitzerlandMobility – Hiking in Switzerland(英語版)
http://www.wanderland.ch/en/wanderland.html
同 インタラクティブ地図 http://map.wanderland.ch/

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 スイスの1:50,000地形図
 リヒテンシュタインのハイキング地図

 オーストリアの旅行地図-アルペン協会
 ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に
 フランスの山岳地図-ランド・エディシオン
 イタリアの旅行地図-タバッコ出版社
 

2014年10月 5日 (日)

ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に

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シューマン Schumann の交響曲第3番「ライン Rheinische」を聴いていたら、かの地の旅行地図を見たくなった。曲そのものは必ずしも特定の風景の描写を意図してはいないらしいが、第1楽章冒頭で流れる明るく堂々とした主題は、ライン下りで知られた、中世の古城が見守る谷の中をライン川が滔々と流れるあの風景を想像させずにはおかない。

ドイツを代表する観光名所の一つであるこの地域は、「ライン渓谷中流上部(オーバレス・ミッテルラインタール Oberes Mittelrheintal)の文化的景観」として世界文化遺産にも登録されている。わかりにくい表現の登録名称を噛み砕いて言うと、ライン川中流域(中ライン Mittelrhein、下注)に位置する谷をさらに二分したときの上流のほう、という意味だ。具体的には、谷の入口にあるビンゲン・アム・ライン Bingen am Rhein からモーゼル川と出合うコブレンツ Koblenz にかけての67kmとその周辺が指定地域になっている。

*注 全長約1240kmのライン川は、上流側から順に、アルペンライン Alpenrhein(源流からボーデン湖)、高ライン Hochrhein(ボーデン湖~バーゼル)、上ライン Oberrhein(バーゼル~ビンゲン)、中ライン Mittelrhein(ビンゲン~ボン)、低ラインまたは下ライン Niederrhein(ボン~独蘭国境)、デルタライン Deltarhein(独蘭国境~北海河口)の6つに区分されている。

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棚から取り出してきた旅行地図は、ラインラント・プファルツ州測量局とヘッセン州測量局の共同刊行による1:50,000休暇地図 Freizeitkarte「ライン渓谷中流上部 Oberes Mittelrheintal」(右写真)。既製の官製地形図に、この地域で行える野外活動の各種情報を加筆してある。休暇地図というのは、州測量局が刊行する旅行者向け地図シリーズだが、加えてこの一点は、表紙に「世界遺産公式地図 Offizielle Karte des Welterbes」という箔がついているので、つい買ってしまった。考えてみれば、役所が作っているのだから公式なのは当たり前だが。

このような種類の地図は、かつて地形図の一バージョン(ハイキングルート加刷版 Ausgabe mit Wanderwegen)として作成されていた。筆者の知る限り、市中の書店や地図店の店頭に置いてある地形図は、たいていこのバージョンだった。しかし1980年代から徐々に、独立した旅行地図シリーズの刊行へと切り替わっていく。その当時、筆者が現地で買った1:50,000集成図「ライン川 Der Rhein」(1980年版、下写真)は、日本の国土地理院の集成図のように、まだ特別仕様の雰囲気を漂わせていた(下注)。これが1990年代に入ると、各州の地図目録に、名称はさまざまながら独自規格の旅行地図の案内が目立つようになる。

*注 刊行元は、当時のラインラント・プファルツ州土地測量局 Landesvermessungsamt Rheinland-Pfalz。

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ドイツの官製旅行地図の特徴を挙げると、一つに官製地形図を基図に用いていること(ただし図郭は自由に設定)、二つ目に掲載情報が州や自治体の観光局、あるいは自然歩道や自然公園の管理組織などの協力で収集されている(と明記してある)ことだ。品揃えも豊富で、コンパス社 Kompass のような民間地図会社のそれを優に凌ぎ、書店の棚でもけっこう幅を利かせている。ただし、1:100,000以上の縮尺図は州測量局の管轄下にあるため、州ごとに整備状況はまちまちだ。

*注 コンパス社の旅行地図は1:50,000が中心で、1:25,000を揃える官製図に比べると、いささか分が悪い。

旅行情報を示す地図記号のデザインに関しては、もともと全国統一の図式規程から出発しているので、基本は州を超えて共通のはずだが、すでに独自の記号を追加するなどして、州別どころかシリーズ別の規格といっていい状況になっている。実際、1:50,000休暇地図「ライン渓谷中流上部」では、緑の太線で表される自転車道 Radweg(これ自体は統一図式)に、固有のピクトグラムを付してルートを区別しているし、観光用のドライブルートも(統一図式にはない)黄色で塗ったうえ、同様のピクトグラムを置いている。

もちろん自転車やクルマの道だけでなく、歩くための自然歩道 Wanderweg や学習歩道 Lehrpfad(下注)も、ピクトグラムを含めてしっかり記載されているのだが、なぜか凡例には挙げておらず、どちらかというと従の扱いだ。想像するに、歩く人は姉妹品の1:25,000図を使ってほしい、というメッセージではないか。確かに、歩きの際に参考とするには1:50,000はコンパクト過ぎて、もう少し詳しく描いた地図がほしくなる。

*注 学習歩道(レーアプファート Lehrpfad)は、土地の自然環境や文化などに対する関心を高めるために、説明板などを整備した遊歩道。図式規程では赤の太い点線で表すことになっている。なお、ドイツ語のWanderwegは英語でtrail、またPfadはpathと訳されることが多い(Pfadとpathは同根の語)。

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姉妹品たる1:25,000休暇地図「ライン渓谷中流上部」(右写真)は、1:50,000が青の表紙であるのに対して緑の表紙で、3分冊になっている(北から順に1~3と付番)。掲載範囲は、図番1 (Blatt 1/OM1) がコブレンツKoblenzを中心にアンデルナッハ Andernach ~ブラウバッハ Braubach 間、図番2がラーンシュタイン Lahnstein ~ローレライ Loreley 間、図番3がローレライ~ビンゲン Bingen 間だ(図郭は右下図参照)。

現行版は2010年第4版で、アトキス ATKIS による新図式を用いているが、通常の地形図とは違ってぼかし(陰影)が掛けられ、地形の起伏が手に取るようにわかるのがいい。図上の主役は、歩く道だ。とりわけラインの右岸を行くラインシュタイク(ライン山道)Rheinsteig と、左岸を行くラインブルゲンヴェーク(ライン古城歩道)Rheinburgenweg は別格で、赤の太線に黄色の縁取りまで施して、いやでも目立つようにされている。自然歩道は高みに攀じ登ったかと思えば、ラインに注ぐ支流を渡るために斜面を急降下するという繰り返しで、はなはだ脚に堪えるルートだが、この縮尺であれば、谷壁を昇降するジグザグルートもおおむね描ける。

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1:25,000休暇地図 サンプル図(ローレライ Loreley 付近)
(c) Landesamt für Vermessung und Geobasisinformation Rheinland-Pfalz und Hessisches Landesamt für Bodenmanagement und Geoinformation, 2014
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1:25,000休暇地図「ライン渓谷中流上部」
3点の図郭

父なるラインと言われるとおり、ドイツ語でライン川 Der Rhein は男性名詞だ。川は、上ライン地溝 Oberrheingraben の広大な氾濫原から一転して、ここで標高600m前後の粘板岩山地の中に深い谷を造り、北海平野へと抜けていく。地形の成り立ちからすれば、隆起する地盤を川が浸食した先行谷ということになるのだが、その狭い谷間に豊かな水量が集中するので、見る者に自然の圧倒的なパワーを感じさせる。

古城を眺めながらラインを下る船旅もいいが、川面を俯瞰しながら谷壁をトラバースしていくトレッキングも捨てがたい。オーバーヴェーゼル Oberwesel から、ローレライの岩壁を対岸に見てザンクト・ゴアール Sankt Goar までなら9km、約3時間と手ごろだ。その後は、列車でボッパルト Boppard まで進み、リフトでヒルシュコプフ Hirschkopf の展望台に上って、大河が180度向きを変える現場を見てみたい。旅行地図を眺めながらそんなことを考えていたら、早くもオーケストラが交響曲の最後の主和音を叩き出していた。

これらの旅行地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋書店のウェブサイトでも扱っている。"Topographische Freizeitkarte Oberes Mittelrheintal" で検索するとよい。なお、"Topographische Freizeitkarte" で検索すると、他にも官製旅行地図が多数表示されるので、参考にされたい。

(2006年4月14日付「ラインとモーゼル」を全面改稿)

■参考サイト
ラインラント・プファルツ州測量局直販サイト
http://www.lvermgeo.rlp.de/shop/
ユネスコ世界遺産サイト「ライン渓谷中流上部」
http://whc.unesco.org/en/list/1066
世界遺産「ライン渓谷中流上部」公式サイト
http://www.welterbe-oberes-mittelrheintal.info/

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2013年3月10日 (日)

アメリカ合衆国の州別地図帳-ナショナル・ジオグラフィック

赤表紙のデローム、黒表紙のベンチマーク・マップス、この二社で占められていたアメリカの州別地図帳界に、2012年、突如三社目が現れた。モバイル機器の普及で紙地図の未来にいささかの不安を抱いていただけに、それは予想外の朗報だった。新参の名乗りを上げたのは、黄表紙をまとうナショナル・ジオグラフィック・マップス National Geographic Maps。いうまでもなく、ナショナル・ジオグラフィック協会 National Geographic Society(以下、協会という)の地図部門だ。

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シリーズの1点 ミシガン州版

同部門は1915年の創設で、アメリカ地図業界では老舗の部類に入る。協会が刊行する「ナショナル・ジオグラフィック」誌の付録地図や掲載図を通じて、ほぼ1世紀にわたり、学術地図の分野で評価を確立してきた。また、地図帳、壁掛け地図(ウォールマップ)、レクリエーション地図や旅行地図など、学校教育や一般分野でも多数の製品を送り出している。その意味でこれは、大御所の登場と言えよう。

「レクリエーション・アトラス Recreation Atlas」と名づけられた州別地図帳シリーズは、昨年(2012年)5月に五大湖周辺のミシガン州とミネソタ州の2巻が刊行されたのが最初だ。同年9月に同じくウィスコンシン州と、南部のジョージア、アラバマ、フロリダの3州が続刊され、現時点で6州6巻が入手できる。また、公式サイトの告知によれば、間もなくニューヨーク、ペンシルベニア、バージニアの東海岸3州が、ラインナップに加わるようだ(2013年3月下旬刊行予定)。刊行のペースはかなり速く、デロームの向こうを張って全国をカバーするのも時間の問題かもしれない。

地図帳の判型は横11×縦15インチ(27.9×38.1cm)、ページ数は州によって異なるものの112~144ページだ。綴じ方や用紙の質を含めて先行2社と大差なく、同じ土俵での勝負は覚悟の上のようだ。

ページ構成はどうだろうか。最初の見開きは「全米道路地図 United States Highway Map」、次が当該州の道路地図で、幹線道路と主要都市を州境とともに描いたものだ。ベンチマークのように地勢を表すぼかしも入れられ、平面的な道路地図とは一線を画している。ただ、ベンチマークではここが導入部として効果的に使われていたが、協会版はテーマとなる州を目立たせたり、詳細図の索引図を添えたりしてはおらず、単なる扉地図という位置づけにとどまる。

次は「州内の見どころ Places of Interest」の紹介で、1個所10~20行程度の概要とともにカラー写真が配され、場所のイメージを喚起する。続く「自然・気候図 Physical & Climate Maps」では、見開きに土地利用図、地形学的あるいは生態系分類図、そして州内の降水量、気温、結氷初日、紅葉期間などを表した気候分布図が多数配置される。こうした情報ページは2社の及ぶところではなく、豊富な地理データを有する組織の特色が全面に出ている。

その後は、各社とも力を注ぐレクリエーション情報のページだ。協会版も、キャンプ場、州立公園、トレール、ゴルフ場・スキー場、湖・水浴場と、一通りのリストが揃っている。見開きの左ページに場所を記した州全図、右ページに文字情報をそれぞれ配置する方法は、ベンチマークの「レクリエーション」セクションと似ているが、まとめ方には違いがある。ベンチマークが区分図に含まれる地域単位で文字情報を一括りにするのに対し、協会版は情報の項目ごとに地図を当てる。つまり、行動するエリアが決まっていて、そこでどんなレクリエーションが楽しめるかを知りたいなら前者が役に立つ。そうではなく、やりたいスポーツが決まっていて、それが州内のどこでできるかを知りたいなら後者がいい。

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区分図の例、ミシガン州版表紙より
(c) natgeomaps.com, 2013

メインである区分図の図式にも個性が滲み出る。まず縮尺だが、デロームの場合、州によってまちまちで、州境を越えての探索に戸惑いを覚えることがある。その点、協会版は今のところ1:175,000(南部3州)か1:150,000(それ以外の州)に統一されている。今後、面積や人口密度が極端に異なる州が対象になってくればこれほどスマートには行かないだろうが、縮尺はできるだけ広域で揃っているほうが好ましい。

地図記号については、道路や公有地界などの表現はデローム(新図式)と似たり寄ったりだ。そもそも、道路の配色や番号を配する図形などは、道路地図で一般的に使われる一種の約束事になっていて、変えようがない。それに協会版の図式は1枚ものの旅行地図などで早くから使われていて、2009年ごろに現れたデロームの新図式のほうが後発だ。デロームが改良に際して協会版を参照したとすれば、似ていても不思議なことではない。

注記文字では、協会版はデローム新図式よりポイントが小さめだが、字体の工夫で決して読みにくくはない。むしろデロームのほうが、集落名のポイントの大きさと比べて街路名が小さすぎるなど、バランスの点で問題がある。

一方、地勢表現は、両者で大きな差があるところだ。デロームは、メッシュ標高から生成した等高線のため、滑らかさがなく、あまりに小さな閉曲線など一部で不自然な表現が残るが、読取りに支障はない。一方の協会版は、おそらくUSGS(合衆国地質調査所)のラスタデータを利用しており、正確な代わり、縮尺に比べて等高線間隔が狭くなる(注1)。平野部はともかく、ちょっとした傾斜地でもぎっしり詰まってしまう。ぼかし(陰影)も掛っているのだが、薄すぎるのか、影の部分が等高線の集積と重なるためか、効果を発揮していない(注2)。この点ではデロームに分があるだろう。

*注1 縮尺1:175,000で等高線間隔50フィート=15m。日本の官製1:200,000の同100mはもとより、1:50,000の同20mに比べても狭い。
*注2 3月刊行のペンシルベニア州版のサンプルでは、ぼかし効果の改良が見て取れる。

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区分図の凡例(一部)

根っからの地図ファンでもない限り、同じ州の地図帳を複数揃えようとは思わない。1冊だけ選ぶとすれば、デローム、ベンチマーク、協会版のどれにすべきか迷うところだ。そのうち、ベンチマークと協会版は、現時点では前者が西部、後者は中部から東部と棲分けができていて、競合しない。そのためか、協会自身のオンラインショップで、ベンチマークの地図帳が堂々と販売されている。

問題は、デロームと協会版が両方刊行されている州だ。比較すれば上述したような差異があるほか、協会版は、各ページに配された凡例(地図記号一覧)、現在ページや接続ページの明瞭な表示など、使い易さがよく研究されている。デロームの先駆者としての功績に敬意を払いつつも、全体的なデザインの洗練度も総合的に勘案して、筆者は協会版のほうに軍配を上げたいと思う。

■参考サイト
ナショナル・ジオグラフィック・マップスのページ http://www.natgeomaps.com/
地図帳に関する情報は、トップページ左メニューの"State Recreation Atlases"

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2013年3月 1日 (金)

アメリカ合衆国の州別地図帳-ベンチマーク・マップス社

前回紹介したデローム社の州別地図帳は、全米をカバーする唯一のシリーズなのだが、ロッキー山脈から西海岸にかけては、ライバルと目される地図帳が版図を拡げている。オレゴン州メドフォード Medford とカリフォルニア州サンタバーバラ Santa Barbara に拠点を置くベンチマーク・マップス社 Benchmark Maps の「ロード・アンド・レクリエーション・アトラス Road & Recreation Atlas」だ。

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シリーズの1点 モンタナ州版

こちらは等高線を用いない代わり、きわめて精密な陰影と高度に応じた彩色を組み合わせて、立体写真以上の鮮やかさで人の目を奪う。かつて、同社サイトで引用されていた書評にはこう表現されていた。「アリゾナは決して平坦ではない。この地図帳は州がどのように平坦でないかを細かいところまで手に取るように見せてくれる。」平板な道路地図が優勢な国ならでは、刊行時のインパクトの大きさが想像できる。

このシリーズで最初に世に出たのはニューメキシコ州版で、1995年のことだ。西海岸で地図製作を手掛けていた3つの会社が、見栄えと表現法を根本から変える地図帳をつくろうと共同研究した成果だった。斬新な地図表現は高い評価を得て、アメリカ測量地図会議 American Congress on Surveying and Mappingによって、その年の「ベスト・アトラス Best Atlas」に選ばれた。

余勢を駆って翌年のアリゾナ州版では「ベスト・アトラス」と「ベスト・オブ・ショー Best of Show」の二冠に、次のカリフォルニアを経て、地勢表現をさらに精緻化したオレゴン州版(1998年)では三たび「ベスト・アトラス」に輝き、ベンチマークはすっかりアメリカ地図業界の台風の目に成長した。それ以来、ワシントン、ユタ、ネヴァダ、アイダホ、コロラド、モンタナ、ワイオミングと1~2年ごとに続刊が発表され、2008年までにロッキー山脈とその西側の11州がすべて揃った。

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「景観」図の山地表現の例、ワイオミング州版表紙より
(c) Benchmark Maps, 2013

ベンチマーク地図帳は、そのページ構成に特徴がある。あたかも、拡大縮小や図種の切替えが自由なネット上の地図のように、対象のエリアについて縮尺を変え、表現を変えながら、徹底的に説明しようとするのだ。全体は「地域 Regionals」「レクリエーション Recreation」「景観 Landscape」、そして地名録である「索引 Index」の計4つのセクションから成っている。また、州によっては、さらに州都など中心都市の拡大図がある「都市近郊 Metro Areas」セクションが付随する。順に内容を説明していこう。

まず「地域」セクションは、地図帳への導入部に当たる。最初の見開きは合衆国本土全体の概観図だ。主なインターステート・ハイウェー(州間高速道路)と主要都市をプロットした縮尺1:9,600,000(960万分の1)の地勢図上に、テーマとなる当該州が白枠で示されている。次の見開きはその拡大版で、縮尺はほぼ倍の1:4,500,000(450万分の1)となり、近隣州の範囲がより詳細に示される。3番目の見開きは州全図で、縮尺はさらに大きくなり(例えばコロラド州の場合1:1,650,000)、小さな町の位置まで確かめられる。こうして、ページを繰るたびに地図がズームアップしていくので、なじみのない州でも国土における位置関係が容易に把握できるのだ。

次の「レクリエーション」セクションは、州を10面前後に割った区分図と情報集が、見開きで対になっている。地図は、コロラド州の場合、縮尺が1:500,000だ。地勢図のベースの上に、公有地や公園・森林・保護区など土地の管理区分を色分けしている。一方の情報集は、野外活動の適地や史跡・博物館などの概要と、連絡先や地図上の位置をまとめたレクリエーションガイドで、中心地の年間気温と降水量グラフも添えてある。機能的には、デローム地図帳のガゼッティアー(地名録)と同じだが、見開きにまとめたことで、検索のたびにページを繰る手間が要らない。

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「景観」図の凡例(一部)

「景観」セクションで、いよいよ地図帳のメインに移る。縮尺はさらに大きくなり、州によって異なるが1:200,000から1:400,000の範囲だ。これでもデロームと比べるとまだ小さめなのだが、それをハンディと感じさせることがない。

その理由は、第一に地勢表現の迫真性だ。鮮明かつ精細に描かれたぼかし(陰影)と、高度に応じてシームレスに変化する彩色。その絶妙なアンサンブルで、山塊のボリューム、尾根と谷の複雑な交錯、あるいは平原に刻まれた細かな襞を余すところなく描ききる。あたかも飛行機の窓から眼下の大地を眺めているようで、どこまでも飽きさせない。もちろんこれは手描きではなく、メッシュ標高データを用いて生成しているのだが、表現法としてはもはや芸術的な域に達している。

第二には、道路網描写の的確さをあげたい。道路網に使われている色の数は、デロームの新図式よりむしろ控えめだ。骨格となる幹線道路(地図帳の表現を使えば「出入口が限定されたハイウェー Limited Access Highway」)に青や緑を配するほかは、赤、橙、濃赤といった赤系の色に絞っている。しかし、色以外にくくり(縁取り)の有無や、実線・破線、線幅などを駆使することで、道路種別を効果的に表現する。たとえばくくりのない実線は幹線以外の舗装道、破線は同じく未舗装道の意味を持たせている。実際の図面では、都市近郊を除いてこの手のバックロード backroad が大半を占めているので、幹線道路と明瞭に区別でき、デザイン的にもスマートだ。

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「景観」図、河谷表現の例、オレゴン州版表紙より
(c) Benchmark Maps, 2013

「ロード・アンド・レクリエーション・アトラス」というタイトルから、実用に徹した内容を想像してしまう人もいるだろう。しかし、同社の代表ジョン・グランヴィル John Glanville の目標とするところはもっと高い。情報の質とまとめ方、地図としてのルック・アンド・フィール(見た目と使い勝手)でグーグルと差別化する、と彼は語っている。巨人グーグルに呑み込まれるどころか、むしろ品質では優位に立つ。どの州でも地図帳を一通り読めば、その意気込みが空手形でないことが伝わるはずだ。

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「1995年以来、100万部を優に超える地図帳が世界中の見識ある地図ユーザーに購入されてきた。地図帳を全巻買ったという人の話が私たちの耳に届くのは珍しいことではない。」同社のサイトには誇らしげにそう書いてある。筆者もその一人であることを嬉しく思うが、それと同時に、叶うならば、東部アパラチア山脈の地形を一度、ベンチマークの地図帳で見てみたいものだ。

ベンチマーク・マップスの地図帳は、アマゾン、紀伊國屋などのサイトでも扱っている。また、「レクリエーション」セクションに使われている地図は、「ベンチマーク・レクリエーション・マップ Benchmark Recreation Map」の名称で、1枚ものの折図(右図)としても販売されている。

(2006年12月21日付記事を全面改稿)

■参考サイト
ベンチマーク社 http://www.benchmarkmaps.com/

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