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2019年9月14日 (土)

マリアツェルの「標準軌」保存路面軌道

マリアツェル=エアラウフゼー保存路面軌道 Museumstramway Mariazell–Erlaufsee

エアラウフゼー Erlaufsee ~マリアツェル・プロメナーデンヴェーク Mariazell-Promenadenweg 間 3.3km
軌間1435mm(標準軌 Normalspur)、直流650V電化(一部区間)
1981~85年 マリアツェル駅~エアラウフゼー間開通
2015年 マリアツェル・プロメナーデンヴェークへ延伸

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マリアツェル駅構内
背景の山は標高1626mのゲマインデアルペ Gemeindealpe
 

マリアツェル駅構内の、駅舎とは反対側に幅広の側線が数本敷かれている。マリアツェル鉄道が760mm狭軌のためにことさら広く感じるが、1435mm、紛れもなく標準軌の線路だ。ザンクト・ペルテン中央駅 St. Pölten Hbf のように、本線格の路線が標準軌で、接続する支線が狭軌という駅はよくあるが、逆のケースは珍しい。

線路の所有者は、「ムゼーウムストラムウェー(保存路面軌道)利益共同体 I.G. Museumstramway」という、保存鉄道を運営する団体だ。毎年5月~10月の週末、「マリアツェル=エアラウフゼー保存路面軌道 Museumstramway Mariazell–Erlaufsee(下注)」の名で、ここに古典列車を走らせている。

*注 Erlaufsee の訳について、鉄道名や停留所名は「エアラウフゼー」、湖の名(自然地名)は「エアラウフ湖」としている。

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この日の保存列車が行く
 

公式サイトに掲げられた紹介文を引用すると、「マリアツェルとエアラウフゼーの間の路線は、保存運行のために再建された廃線ではない。1976年から2015年にかけて一から新設され、線路でさえも保存路面軌道の活動家がボランティア作業で造ったものである。使用されている施設設備は、オーストリアの路面軌道および地方鉄道会社の技術の歴史を映し出している。」(ドイツ語原文を和訳)

路線は現在3.3kmの長さがあり、部分的に架空線も張られている(下注)が、上記のとおり保存鉄道のために新たに造られた線路だ。走る車両こそ古いが、建設後30年ほどしか経っていない。

*注 マリアツェル・プロメナーデンヴェーク Mariazell-Promenadenweg ~フライツァイトツェントルム Freizeitzentrum 間。ただし、電気トラム運行時のみ通電。

同じサイトに、これまでの経緯が記されている。それによれば、保存鉄道の活動は1968年春、後に団体を主宰することになるアルフレート・フライスナー Alfred Fleissner(下注)が、廃車予定だったバーデン路面軌道の100号電車を救い出したことに始まる。次いで、ウィーン市電その他の引退車両を収集し、ウィーンのオッタクリング Ottakring 駅構内の車庫を借りて保存するとともに、事業に当たる協会組織を設立した。

*注 現在は同名の息子と二人で協会を主宰している。

その後、彼がザンクト・ペルテン路面軌道会社に職を得たことから、協会の活動拠点もザンクト・ペルテンの工場跡地に移された。ところが、会社が経営危機に陥ったため、さらなる移転先を求めた結果が、観光地として知られたマリアツェルだった。自治体との交渉が成立し、市街地と郊外のエアラウフ湖を結んでルートを整備することになった。

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マリアツェル駅舎の反対側に延びる標準軌の軌道
 

1976年2月にザンクト・ペルテン路面軌道会社が倒産したとき、協会は、その車両、軌道、架線設備を一括で購入した。マリアツェルでは車庫と軌道の建設が始まり、1981年に、駅から北側のシュポルトプラッツ(スポーツ広場)Sportplatz までの最初の区間が運行可能になった。その後、1983年にヴァルトシェンケ(森の酒場)Waldschenke まで(下注)、1985年にはエアラウフゼーまで軌道が延伸されて、北区間が全通している。

*注 シュポルトプラッツ、ヴァルトシェンケとも臨時の折り返し場所で、現在は使われていない。

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一方、南区間は、ずっと遅れて2012年に着手された。マリアツェル鉄道の廃線跡(下注)を一部利用するとともに、途中で分岐して谷を横断し、駅と町を結ぶ遊歩道のそばに達するルートだ。大掛かりな築堤造成を含む建設工事も2014年には完成し、2015年8月から定期ダイヤで列車が走り始めた。現在、運行は北区間と通しで行われている。

*注 1988年に廃止されたマリアツェル~グスヴェルク Gußwerk 間のうち、マリアツェル側の約600m。狭軌の線路は2003年に撤去済みだったので、保存鉄道用の標準軌線路が新たに敷設された。

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マリアツェル駅周辺の地形図に保存路面軌道のルートを加筆
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

2018年9月下旬、マリアツェル駅に着いたその足で、「マリアツェル=エアラウフゼー保存路面軌道」を一往復してみた。保存鉄道は季節運行で、この年は5月20日~10月28日の土日祝日に、1日6往復+出入庫便1往復が設定されていた。全線往復の所要時間は58分だ。

列車ダイヤは、マリアツェル鉄道と接続するように組まれている(下注1)。駅の構内で、本線列車から降りた客に、女性車掌が案内をしていた。その指さす方向、駅舎の反対側の側線に、客待ちしている列車がある。入換用の小型ディーゼル機関車が、デッキつきボギー客車1両(下注2)を牽くミニマム編成だ。

*注1 なお、時刻表の注意書きによれば、悪天候や客の数によって運休することがある。
*注2 もとプレスブルク線 Preßburger Bahn(ウィーン~プレスブルク(現 ブラチスラヴァ)間)で使用された1913年製客車。

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(左)車掌が本線列車から降りた客を案内
(右)本日の運行車両、入換用機関車が古典客車を牽く
 

保存鉄道には、走行可能な世界最古の路面蒸気機関車といわれる、もとウィーン=メードリング蒸気路面軌道 Dampftramway Wien-Mödling  の8号機がいる。それに加えて、ウィーン、バーデン、ザンクト・ペルテン、ザルツブルクなどから来た希少価値の高い路面電車コレクションも相当数所有している。しかし、それが常に稼働しているわけではないらしい。ともかく構内を横切って、そちらに向かった。

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ウィーン=メードリング蒸気路面軌道の8号機関車
Photo by Herbert Ortner at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

客車には先客が3~4組いた。まだ席はあるが、いつものように線路観察のためにオープンデッキへ移動する。まもなく機関車のエンジンがかかって、さっきの車掌ともう一人乗務員が乗り込んできた。切符を求めたら、車内補充券の束から1枚繰って、パンチを入れてくれた。発行機から出てくる味気ないレシートでないのはうれしい。全線往復12ユーロ(片道8ユーロ)というのは、走行距離の割に高めだが、保存鉄道への寄付と思っておこう。

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乗車券(車内補充券)
 

10時58分発の列車は、まず南へ向かう。駅の出口で、狭軌の本線線路といったん並行するが、踏切を渡るとすぐ、狭軌は車止めで途切れた。標準軌がその位置に移って、先へ続く。マリアツェル鉄道の廃線跡であるこの短い区間は、27‰の急な下り勾配がついているから、慎重に進む。

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(左)マリアツェル駅を出発
(右)狭軌と並行する区間
 

線路脇に建つ駅の乗務員宿舎を過ぎると、三角線にさしかかった。列車はここで左に折れ、浅い谷をまたぐ築堤を渡っていく。その谷の東斜面に沿っていくと、早くも終点プロメナーデンヴェークだった。名称どおりマリアツェルの町につながる遊歩道(プロメナーデンヴェーク)に並行して、砂利敷きのささやかなホームが造られている。停留所を示すものは、架線柱に取り付けられた古風な標識と小さな時刻表だけだ。

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(左)マリアツェル鉄道廃線跡区間、場内信号機も残存
(右)三角線
  右の軌道が廃線跡区間の続き、
  左がプロメナーデンヴェークへ行く新設区間
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プロメナーデンヴェーク停留所
レトロな停留所標識がかかる
 

乗降客はなく、数分停車した後、11時05分に列車はバックし始めた。最後尾のデッキに乗務員が立ち、赤い旗を振って誘導する。もう一人はデッキの床に座って、誘導役の人と世間話を交わしていたが、三角線の分岐まで来ると地面に降りて、重い転轍てこを反対側に倒した。列車は分岐を左へ進み、廃線跡地の線路に達する(下注)。こうして方向転換を終えた列車は、再び駅のほうへ走り出した。

*注 ここはスプリングポイントのため、自動で進路が変わる。

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三角線での方向転換
(左)車掌が赤い旗を振って誘導
(右)重い転轍てこを起こす
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(左)後退運転で三角線に進入
(右)列車通過後、転轍機を戻す
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(左)転轍手は機関車に添乗
(右)方向転換を終えた列車が駅へ戻る
 

駅でまた数分停まり、今度は北区間の目的地エアラウフゼーに向かう。構内の建物の間を縫うように進み、車庫から出てくる線路と合流する。修理工場を兼ねる車庫は6線を収容する立派なもので、扉の窓ガラスに、保存されている路面電車が透けて見えた。

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6線収容の車庫
ガラス越しに路面電車の姿が
 

ちなみに、保存鉄道の軌道や架線設備は、廃止された路面軌道からのお下がりが再利用されている。まるでアールヌーボーの意匠のような溝つきレールの分岐や、760mm軌間との交差跡などは、特に貴重なものだ。架線を支えるブラケットもよく見ると、さまざまなデザインが揃い、どれも古風で優雅な曲線を描いている。

駅構内を後にして左に折れると、路面軌道らしい造りの停留所(フライツァイトツェントルム Freizeitzentrum、休暇センターの意)を通過した。街灯、待合室、給水設備など、鉄道風景を醸し出す小道具が、あたかも野外博物館のオブジェのようにさりげなく置かれている。

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(左)芸術的な溝つきレールの分岐
(右)760mm軌間の交差跡が残る
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(左)架線を支えるブラケットのデザインにも注目
(右)鉄道風景を醸し出す小道具が揃う
 

それから列車は、ひと気のない野原に出ていった。道路の下を土管状のトンネルでくぐった後は、州道に沿って走っていく。おおむね下り坂で、路盤はコンクリートで固めてあったり、草生していたりとさまざまだ。やがて、終端ループの合流点を通り、森のきわに設けられたエアラウフゼー停留所に到着した。

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(左)路線唯一の「トンネル」
(右)ひと気のない野原を行く
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(左)エアラウフゼー停留所に到着
(右)終端ループから分岐する側線
 

停車時間が10分ほどあるので、エアラウフ湖畔まで出てみた。周囲を山に囲まれた静かな湖だが、鴨の群れが泳いでいるだけで、ボート乗り場には人影がなかった。きょうは曇り空で、半袖では少し肌寒い。標高828mの高地では、レジャー客で賑わう夏のシーズンはもう終わってしまったようだ。

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シーズンオフのエアラウフ湖畔
 

保存鉄道の次なる目標は、軌道を、マリアツェル市街地の入口にあるバスターミナルまで延長することだ。これにより駅と市街地の間を直接結ぶことができ、マリアツェルに車で訪れている観光客へのアピールにも効果がある。遊歩道に沿って通せば400mほどの距離だが、傾斜地のため、路盤を載せる擁壁を築かなければならない。まとまった工事資金の調達にはまだ時間がかかるだろう。

参考までに、保存鉄道の資料に基づいて、全体の配線図を下に示す。愛好家が基礎から造り上げた施設は、実物大の鉄道模型といっても過言でない。

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保存路面軌道の配線図
(マリアツェル保存路面軌道資料集 V3.0 2018年 に基づき作成)
 

次回は、西隣のイプスタール鉄道を訪ねる。

■参考サイト
マリアツェル=エアラウフゼー保存路面軌道  http://www.museumstramway.at/

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