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2019年8月31日 (土)

オーストリアの狭軌鉄道-マリアツェル鉄道 I

マリアツェル鉄道 Mariazellerbahn

ザンクト・ペルテン中央駅 St. Pölten Hbf~グスヴェルク Gußwerk 間 91.4km

軌間760mm、交流6.5kV、25Hz電化
1898~1907年開通、1911年電化
1988年 マリアツェル~グスヴェルク間廃止

【現在の運行区間】
ザンクト・ペルテン中央駅~マリアツェル Mariazell 間 84.3km

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「天国への階段」連節式電車ET形
 

「天国への階段 Die Himmelstreppe」、マリアツェル鉄道の2012年に導入された新型電車の側面にそう大書してある。路線を運営するニーダーエースタライヒ運輸機構 NÖVOG が、観光鉄道として活性化を図るにあたり、立ち上げたコンセプトだ。

列車が向かうマリアツェル Mariazell は、オーストリアで最も重要なカトリックの巡礼地で、それをイメージしていることはいうまでもない。それとともに、この列車で旅したことのある人には、ヘアピンカーブを介した3段の折り返しを含む、760mm路線屈指の険しい山道がそのフレーズにダブって見えるだろう。

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マリアツェル鉄道は、現在、ÖBBの幹線に接続するザンクト・ペルテン中央駅 St. Pölten Hbf とマリアツェルを結んでいる84.3kmの路線だ。標高868m、北石灰岩アルプス Nördliche Kalkalpen の深い山中にたたずむマリアツェルの町に、鉄道は、大小無数のトンネルと高架橋で、山脈と峡谷を文字どおり縫うようにしてたどり着く。

歴史を遡れば、マリアツェルにあるバジリカ(聖堂)は、19世紀の帝国時代から領内で外国人が最も多く訪れる場所と言われるほど、広く尊敬を集めていた聖地だ。それで、鉄道敷設の構想も、西部鉄道 Westbahn がウィーン~リンツ間で開業した1858年にはすでにあり、その後も、標準軌の建設計画がいくつか生まれては消えた(下注)。

*注 標準軌のトライゼンタール線 Traisentalbahn の終点ケルンホーフ Kernhof(下掲の路線図参照)も、1893年の開通当時はマリアツェルの最寄り駅とされ、多くの利用者があった。

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マリアツェルのバジリカ(聖堂)Basilika von Mariazell
12世紀に創建されたローマカトリックの聖地の一つ
 

一方、1895年にニーダーエースタライヒ州の鉄道法 Landeseisenbahngesetz が施行されると、760mm軌間の軽便規格で、ザンクト・ペルテンから南西方向のキルヒベルク・アン・デア・ピーラッハ Kirchberg an der Pielach に至る路線が計画される。これはオーバー・グラーフェンドルフ Ober-Grafendorf ~マンク Mank 間の支線(下注)とともに1898年に完成して、運行が始まった。

*注 後に「クルンペ Krumpe(ドイツ語で「曲がりくねった」を意味する単語クルム krumm のニーダーエースタライヒ方言)」あるいはグレステン線 Grestner Bahn と呼ばれたオーバー・グラーフェンドルフ~グレステン Gresten 間の760mm路線の最初の区間。

当初の計画はこれで完了だったのだが、その後、建設費が抑制できる軽便鉄道の利点を生かしてマリアツェルへ延伸する案が具体化し、1903年に州議会を通過した。翌04年春に全線で着工され、1905年にラウベンバッハミューレ Laubenbachmühle までが先行開業した。並行して行われていた山岳地帯での難工事は1906年に終わり、翌07年5月から待ち望まれていた旅客輸送が開始された。グスヴェルク Gußwerk までの残りの区間は、少し遅れて同年夏に開業した。これがマリアツェル鉄道だ。

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マリアツェル鉄道路線図
 

路線の正式名は「ニーダーエースタライヒ=シュタイアーマルク・アルペン鉄道 Niederösterreichisch-Steirische Alpenbahn」と言った。というのは、建設、運行ともニーダーエースタライヒ州営鉄道 Niederösterreichische Landesbahnen が行い、ルートも大半が同州域を通るものの、終端のマリアツェルやグスヴェルクは、グラーツ Graz が州都のシュタイアーマルク州に属するからだ。

実際、グスヴェルクへの延伸はシュタイアーマルク州が要望し、工事費も負担している。これは、山向こうを走る同じ760mmのテルル鉄道 Thörlerbahn と接続するための布石でもあったのだが、さらなる延伸は、第一次世界大戦勃発のため、実現せずに終わった。

*注 テルル鉄道は、南部本線に接続するカプフェンベルク Kapfenberg とアウ・ゼーヴィーゼン Au-Seewiesen の間22.7kmを走った軽便鉄道。テルル Thörl は経由する町の名。1893年開通、1995年廃止(旅客輸送は1959年休止)。保存活動も長くは続かず、線路は2004年までに撤去された。

鉄道は、通過する地形の違いから、ラウベンバッハミューレを境に二つの区間に分けられる。前半はピーラッハ川 Pielach とその支流が流れる谷を忠実にたどっていくため、谷線 Talstrecke と呼ばれる。後半は長さ2,369mのゲージングトンネル Gösingtunnel で山脈を貫き、高度のある山腹を渡っていくルートで、山線 Bergstrecke の名がある。

開通当初は蒸気運転だった。先に開通した谷線では、すでにムーアタール鉄道 Murtalbahn で実績のあった動輪3軸のタンク機関車U形4両(下注)が投入され、2軸の客車や貨車とともに定期列車が編成された。しかし、急勾配の連続する山線には、より強力な機関車が必要となる。リンツのクラウス Krauss 社が開発にあたり、動輪4軸の支持式テンダー機関車Mh形(過熱式、後にÖBB 399形)とMv形(複式)が造られた。Mはマリアツェルの頭文字で、同線向けの特別仕様だったことを物語る。

*注 U形の形式名は、ムーアタール鉄道の拠点駅ウンツマルクト Unzmarkt の頭文字。

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Mh形蒸気機関車
現在ヴァルトフィアテル鉄道で動態保存されている4号機(Mh.4)
 

しかし、それでも十分な準備ではなかったのだ。開業すると予想以上の乗客が殺到して、広告宣伝を中止しなければならないほどだった。旅客だけでなく木材や鉱石など貨物輸送も好調で、鉄道はたちまち輸送力不足の対策を迫られた。

複線化や機関車の高性能化などの案が検討される中で、州鉄道局のE・エンゲルマン・ジュニア(ユーニオア)E. Engelmann junior は、単相交流で電化するという大胆な提案をした。この時代、路面軌道や地方の軽鉄道はともかく、長距離で幹線並みの交通量がある鉄道の電化はほとんど例がなく、反対の声を押し切って事業が進められた。

電源は、沿線の豊富な水力を利用した。山線沿線のエアラウフ川 Erlauf 本支流に貯水池を設け、そこから導水して、谷底に建設したヴィーナーブルック発電所 Kraftwerk Wienerbruck のタービンを回した(下注)。ボギー台車を装備した電気機関車E形(後のÖBB 1099形)も開発され、1914年までに16両が導入された。こうして全通からわずか4年後の1911年に、マリアツェル鉄道は交流6.5kV、25Hzの電気運転に切り替えられた。

*注 後の1924年に、さらに下流(ゲージング駅直下)にエアラウフボーデン発電所 Kraftwerk Erlaufboden が造られ、鉄道にはそこから給電されるようになった。なお、2014年以降は公共電力網に接続されたクランゲン変電所 Umformerwerk Klangen からの供給に切り替えられている。

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エアラウフ峡谷にあるヴィーナーブルック発電所
© Bwag/CC BY-SA 4.0
 

電化に伴い、蒸気機関車は早くも仕事を失った。そのため、一部が支線に移されたほかは、各地の狭軌鉄道に転籍していった。現在、ヴァルトフィアテル鉄道(下注)で観光列車を率いているMh.4(399.04)は、その一台だ。マリアツェル鉄道にもMh.6が戻り、保存団体により動態で維持されて、夏のシーズンの特別運行に登場する。

*注 ヴァルトフィアテル鉄道については「オーストリアの狭軌鉄道-ヴァルトフィアテル鉄道 I」で詳述。

蒸機に取って代わった電気機関車E形は、かけがえのないマリアツェル鉄道の顔となった。760mm軌間でこの電化方式の鉄道は他に例がない。第一次世界大戦中、同軌間の他線区から蒸気機関車や車両が多数徴用され、バルカン半島に送られたが、E形は特殊性のおかげで対象とされず、地元にとどまった。そしてその後ÖBB 1099形として、2013年に定期運用を退くまで、実に100年以上も現役で走り続けたのだ(下注)。

*注 ただし、1959~62年の間に車体の更新と機器の近代化が図られている。

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定期運行を担っていたE形(1099形)電気機関車
(左)ラウベンバッハミューレ駅
(右)マリアツェル駅
(いずれも1999年撮影)
 

なお、2007年からそのうち3両がオリジナル塗色の茶色に戻され、交替で夏の観光列車「エッチャーベーア Ötscherbär(エッチャーの熊の意)」の運行を担うようになった。これは現在も継続されている。

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観光列車「エッチャーベーア」がマリアツェル駅に入線
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オリジナル色をまとうE形が牽引
 

さて、電化後に話を戻すと、ニーダーエースタライヒ州営鉄道の経営難から、鉄道の運行は、1922年にオーストリア連邦鉄道 Österreichische Bundesbahnen(BBÖ、後にÖBB) に引き継がれた。1950年代には、老朽化した機関車の換装や客車の上部構造更新、支線のディーゼル化など、近代化対応が取られている。しかし、戦後の地方路線に見られる衰退傾向は、マリアツェル鉄道も例外ではなかった。1988年5月にÖBBは、山線区間での貨物輸送を中止した。主に製材所からの木材輸送のために存続していた末端のマリアツェル~グスヴェルク間は、旅客列車も含めて廃止とされた(下注)。

*注 当区間は2003年に線路も撤去されたが、別項で紹介する「マリアツェル=エアラウフゼー保存路面軌道 Museumstramway Mariazell – Erlaufsee」が一部区間を標準軌で復活させている。

2000年代には、残る全線もニーダーエースタライヒ州がÖBBに委託する形で運行が続けられたが、2010年1月にÖBBと州の間で引継ぎ協定が締結され、存廃問題にひとまず終止符が打たれた。同年12月以降、州が設立したニーダーエースタライヒ運輸機構 NÖVOG が、鉄道の新たな所有者かつ運行事業者となっている。奇しくも開通当時の体制に戻ったわけだ。その傍らで、長年マリアツェル鉄道の支線として扱われてきたグレステン線の最後の狭軌残存区間(オーバー・グラーフェンドルフ~マンク間)が廃止されてしまった。

NÖVOGの徹底した梃入れによって、マリアツェル鉄道に染みついていた古典的な地方軽便線のイメージは大きく変貌した。まず車両が、シュタッドラー・レール社製の部分低床、3車体連接式の新型電車ET形9編成に置き換えられた。これが冒頭で紹介した「天国への階段」だ。山線の雄大な眺望を楽しめるように、一部の編成には1等展望車 Panoramawagen も連結された。旅客列車の電車化は2013年10月に完了し、その後は、週末に運行される1往復の観光列車(蒸機列車またはエッチャーベーア)を除いて、運行はすべてET形で賄われている。

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3車体連節のET形電車
ヴィーナーブルック・ヨーゼフスベルクにて
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1等展望車
 

ET形の導入に伴い、これを格納・整備できる大規模な車庫兼整備工場が、谷線/山線の境にあるラウベンバッハミューレに建設された。旅客駅の機能も統合されて、ラウベンバッハミューレ運行センター Betriebszentrum Laubenbachmühle と称している。

2011年冬から等時隔ダイヤが導入されたことで、時刻表も面目を一新した。以来、谷線では正確に1時間間隔で運行され、ザンクト・ペルテンで西部本線の列車と接続している。列車はラウベンバッハミューレ行きとマリアツェル行きが交互に設定されており、そのため山線では2時間間隔(区間列車を除く)の運行となる。山線はともかく谷線区間の性格は、今や近郊路線と遜色のないレベルまで引き上げられているのだ。

では次回、ザンクト・ペルテンからマリアツェル鉄道の車窓旅を楽しむことにしよう。

本稿は、Hans Peter Pawlik and Josef Otto Slezak, "Schmalspurig nach Mariazell" Verlag Josef Otto Slezak, 1989、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
マリアツェル鉄道  https://www.mariazellerbahn.at/

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