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2019年7月27日 (土)

ウィーン地方鉄道(バーデン線)III-郊外ルート

前回の続きで、ウィーン地方鉄道 Wiener Lokalbahnen (WLB)、いわゆるバーデン線 Badner Bahn の郊外ルートを追っていこう。

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グントラムスドルフの併用軌道を行く
 

シェディフカプラッツ Schedifkaplatz 電停を出発すると、WLBの列車は専用線の上を、これまでとは見違えるような速度で走り出す。そして電停を二つ過ごした後、右に折れて南下を始める。最初の直線コースにあるインツェルスドルフ・ロカールバーン Inzersdorf Lokalbahn 電停の周辺は、前回述べたヴォルフガングガッセに代わるWLBの新しい運行拠点だ。駅の北側に修理工場、駅前に新社屋、南側に各200mの留置線6線をもつ車庫が整備されている。

ノイ・エアラー Neu Erlaa で4車線道路を横断し、その左側をしばらく並走する。この道は連邦道B17号線、トリエスター・シュトラーセ(トリエステ通り)Triester Straße という。ハプスブルク帝国の時代、自国領だったアドリア海の港町トリエステ Trieste(現 イタリア領、ドイツ語名:トリエスト Triest)に向かっていた主要道路だ。

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(左)ノイ・エアラー電停の南でトリエステ通りを横断
Photo by Falk2 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)フェーゼンドルフ・ジーベンヒルテン電停から北望
  左をトリエステ通りが並走する
Photo by Linie29 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

WLBのルートを大局的に眺めると、起点オーパーからずっとこの天下の大道に沿っていて、途中でマイドリングに寄り道する形になっている。最初は国鉄との間で、煉瓦など取扱貨物の受渡しをするのが主な目的だったのだろうが、マイドリング駅が近年にわかに重要性を高めたことを思えば、ルート選定に先見の明があったと言わずにはいられない。

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WLB線のルートと電停(市街地の電停は省略)
 

輸送の動脈としての役割を並行するアウトバーン(A2号線)に譲ったとはいえ、B17号線は今も交通量の多い道路で、沿線には商業施設が林立する。前回も触れたフェーゼンドルフ Vösendorf のショッピング・シティ・ジュート Shopping City Süd (SCS) はその代表的なものだ。郊外区間の前半、WLBの車窓は、日本にもありがちなロードサイドの風景が続くのだが、その中で、昔からある町の中心部だけは古い駅舎が残っていて(下注)、のんびりと走っていたであろう郊外鉄道の面影をとどめている。

*注 古い駅舎が残るのは、フェーゼンドルフ・ジーベンヒルテン Vösendorf-Siebenhirten、ウィーナー・ノイドルフ Wiener Neudorf(後述)、グントラムスドルフ Guntramsdorf(後述)、トライスキルヘン・ロカールバーン Traiskirchen Lokalbahn(後述)、トリーブスヴィンケル・ヨーゼフスタール Tribuswinkel-Josefsthal など。

たとえばウィーナー・ノイドルフ Wiener Neudorf の駅舎は、小ぶりながら、切妻をいくつも交差させた凝った構造が目を引く。妻面の瀟洒な意匠といい、ホーム側の屋根庇といい、鉄道模型にしたくなるような愛らしい建物だ。屋内で新聞やタバコの売店、いわゆるトラフィク Trafik が営業しているのもレトロな趣きを加える。ここを終点とする区間便も多いので、駅舎のウィーン方には、頭端式ホームが設けられている。

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ウィーナー・ノイドルフ駅舎
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ウィーナー・ノイドルフ電停
(左)ウィーン方にある当駅始発の列車が入る頭端式ホーム
(右)バーデン方を望む
 

グントラムスドルフ Guntramsdorf のそれは、寸胴型の切妻造りだが、軒下の葡萄模様の飾りにひと工夫が感じられる。線路側には本物の葡萄の蔓が差し渡され、柔らかいレモン色の壁に彩りを添える。町の西側、ウィーンの森 Wienerwald の南東斜面には葡萄畑が広がっていて、テルメンレギオーン Thermenregion(温泉地方の意、下注)として括られるワインの産地であることを思い起こさせる。

*注 ウィーン盆地と東部アルプスの間の断層を通って、バーデン Baden やバート・フェスラウ Bad Vöslau などの温泉が湧出するため、この名があり、ワインの産地名にもなっている。

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グントラムスドルフ・ロカールバーン駅舎
軒先の柱頭飾りは葡萄の葉を象る
 

話のついでに、グントラムスドルフでは、南にある長さ約400mの併用軌道にも注目したい。ウィーン市内でずっと通ってきたので目に慣れてしまっているが、普通鉄道にそれがあるのは、実は異例だ。そのため、この区間では厳しく速度が制限され、旅客列車は25km/h、貨物列車を通す場合は、19.8‰の下り勾配であるバーデン方向が10km/h、ウィーン方向は20km/h以下で走行しなければならない。

現地で観察してみると、このフェルトガッセ Feldgasse という通りは、車道の幅が線路2本分ぎりぎりだ。車が退避できる余地はどこにもない。しかも中途にあるカーブで見通しが悪いから、通行は要注意だ。走る車がやや飛ばし気味だったのは、列車を警戒しているからだろうか。なお、坂道でレールの溝にはまる恐れもあるので、自転車は通行不可になっている。

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グントラムスドルフの併用軌道
(左)軌道が街路を占領
(右)車は列車の後につく
 

続くアイゲンハイムジードルング Eigenheimsiedlung とメラースドルフ Möllersdorf 両停留所の間では、珍しく線路の両側に耕作地が広がる。わずか700mほどだが、都市化が進む以前の車窓風景が体験できる貴重な区間だ。

*注 メラースドルフは、WLBの旧車両や資料を展示しているトライスキルヘン市立博物館 Stadtmuseum Traiskirchen の最寄り電停でもある。

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両側に耕作地が広がる風景
 

トライスキルヘン Traiskirchen も昔からの町で、同じように古い駅舎が残る。町の東のはずれにあるÖBBの駅(トライスキルヘン・アスパングバーン Traiskirchen Aspangbahn 駅、下注)と区別するために、電停の正式名称はトライスキルヘン・ロカールバーン Traiskirchen Lokalbahn という。ちなみにこのÖBBインネレ・アスパング線 innere Aspangbahn とWLBは、トライスキルヘン駅南方の貨物線でつながっている。

*注 ここを通るインネレ・アスパング線は、平日のみ運行の近郊ローカル線だが、歴史を遡れば、ウィーンとテッサロニキ(ギリシャ)を結ぼうとした壮大な鉄道計画の断片。

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トライスキルヘン電停
 

まっすぐ南下していた軌道が右に左にと大きくカーブを切る頃には、旅もいよいよ終盤だ。左車窓に多数の側線が見えてくる。インネレ・アスパング線から来る貨物列車の目的地だったバーデン・レースドルフ貨物駅 Baden Leesdorf Frachtenbahnhof だが、貨物輸送が途絶えた今は、保線用の資材置き場にされている。

南端にあるバーデン・ランデスクリーニクム(州立病院)Baden Landesklinikum は、2014年に開業したWLBで最も新しい電停だ。線路はここで単線になり、ヴァルタースドルファー・シュトラーセ(ヴァルタースドルフ通り)Waltersdorfer Straße の右端にすっと収まる。ここからは再び路面軌道で、旧市街に向けて西へ最後の2kmとなる。路上最初の電停バーデン・レースドルフ Baden Leesdorf は、南側(進行方向右側)にクリーム色をしたWLB車庫の壁面が長く続いている。

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(左)バーデン・レースドルフ貨物駅は資材置き場に
(右)車庫の壁に面するバーデン・レースドルフ電停
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バーデン市街地のWLBルート
破線は廃止された路線跡
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

前々回にも触れたように、バーデン市内の併用軌道の歴史は古く、バーデン・トラムウェー会社 Badener Tramway-Gesellschaft による1873年開業の馬車路面軌道に遡る。それは、ここレースドルフを起点に、ヨーゼフスプラッツ Josefsplatz を経て、西郊のラウエンシュタイン Rauhenstein に至るものだった。レースドルフ車庫の建物は、馬車軌道が電気運転に転換される際(1894年)に建てられている。

そうと知れば、どうしてこの位置に車庫があるのか、そしてなぜ車庫の入口がバーデン側を向いているのかも腑に落ちる。馬車軌道のころは町はずれで、しかも横にシュヴェヒャト川 Schwechat の水場があり、馬を飼うには格好のロケーションだったに違いない。WLBは1897年にこの軌道会社を買収し、運行設備を引き継いだ。それから1世紀を越えてなお、車庫は同じ場所で綿々と使われ続けているのだ(下注)。

*注 近年では、1986年に列車の長編成化に対応するために増築された。

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レースドルフ車庫の正面
右側はシュヴェヒャト河岸の木立
 

レースドルフ車庫のファサード(正面)は、煉瓦で三基の小塔が組まれ、半円の明り取り窓が三つ開いている。屋根部の縁取りや水平に渡した帯の装飾も、繊細で見ごたえがある。前回紹介した1942年築の旧 ヴォルフガングガッセ車庫のファサード(裏側)も、この歴史的な建物のデザインを継承したことが明らかだ(下注)。

*注 なお、同車庫の表側は、裏側に比べてデザインが単純なため、後年の修復であろう。

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意匠が似る車庫のファサード
(左)レースドルフ車庫
(右)旧 ヴォルフガングガッセ車庫の裏側
 

通りを西へ進み、ÖBB南部本線の高架をくぐると、バーデン・ヴィアドゥクト(高架橋)Baden Viadukt 電停がある。この前だけは複線で、併用軌道区間で唯一、列車交換が可能だ。右手後方には、2004年にスマートな駅舎に建て替えられたÖBBのバーデン駅が見える。WLBの前身の一つ、バーデン路面軌道はヴィアドゥクト電停からこの駅前に入って、バーデン南部鉄道駅 Baden Südbahnhof という電停を設けていたが、1928年という早い時期に廃止されてしまった。

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ÖBB南部本線の高架をくぐる
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ÖBBバーデン駅
 

駅前を含め、バーデン旧市街を取り巻く通りは、ウィーンのそれを真似てリング Ring と呼ばれてきた(実際は矩形に近いが)。リングの南辺に当たるのが、WLBが通っているカイザー・フランツ・ヨーゼフ・リング Kaiser Franz Joseph-Ring で、どことはなしに上品な雰囲気が漂う。ここでは軌道は道路の中央に敷かれている。もとは複線だったのだが、道路交通の妨げになるとして、1968年に単線化されて以来、そのままだ。

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(左)待避線のあるバーデン・ヴィアドゥクト電停
(右)カイザー・フランツ・ヨーゼフ・リングの併用軌道を行く
 

ヴィアドゥクトから約600mで通りから右にそれ、終点のバーデン・ヨーゼフスプラッツ Baden Josefsplatz に到着する。以前あった終端ループは1989年に廃止され、現在は、広場に突っ込む形の2本の頭端線をもつターミナルだ。ループ跡は広場と街路に整備され、痕跡をとどめない。

電停前にはWLBのオフィスがあって、観光案内にも応じてくれる。電停からまっすぐ北へ行く街路は、三位一体柱 Dreifaltigkeitssäule のそびえるハウプトプラッツ(中央広場)に通じる。そこが、バーデン旧市街の中心部だ。

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終点バーデン・ヨーゼフスプラッツ
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(左)頭端式ホームはかつての終端ループの一部
(右)電停横にあるWLBのオフィス
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バーデン旧市街
三位一体柱と市庁舎(中央)
 

■参考サイト
ウィーン地方鉄道  http://www.wlb.at/
ウィーン市交通局  https://www.wienerlinien.at/
Stadtverkehr Austria  http://wiki.stadtverkehr.at/

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