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2019年2月 9日 (土)

ウィーンの森、カーレンベルク鉄道跡 II-現況

ウィーン中央駅の東口からヌスドルフ Nussdorf まで、市電D系統のトラムが乗り換えなしで連れていってくれる。時間は45分ほどかかるが、どのみち降りるのは終点なので、リング通り Ringstraße に建ち並ぶ豪壮な建物群を眺めながら、観光気分でのんびり乗っていればいい。

ほとんど数字に置き換えられてしまったウィーン市電の系統名のなかで、D系統は頑なに昔の英字名を残している。まるで登山鉄道へのアクセスルートとして造られた由緒を誇るかのようだ。国鉄(オーストリア連邦鉄道 ÖBB)のヌスドルフ駅前で左折し、町なかの狭い坂道を少し上ると、終点のベートーヴェンガング Beethovengang(下注)が見えてくる。トラムは終端ループを一回りしてから、停留所の前に停まる。

*注 この地名を忠実に転写すれば「ベートホーフェンガング」になるが、後述のように作曲家ベートーヴェンにちなんだ名称なので慣用読みに従う。

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終点ベートーヴェンガングに停車中のD系統トラム
 
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ヌスドルフ~グリンツィング間の地形図に鉄道のルート(薄赤)を加筆
数字は各写真の撮影位置
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

このループに囲まれたレモン色の塗り壁の建物こそ、カーレンベルク鉄道 Kahlenbergbahn の起点だったヌスドルフ旧駅舎だ。他の駅舎がすべて取り壊されたなか、今はなき登山鉄道を記念する建造物として、唯一完全な形で遺されている。現在は、アインケーア・ツア・ツァーンラートバーン Einkehr zur Zahnradbahn というレストラン(下注)が入居している。午前中でまだ食事には早かったが、主人らしき人に中を見たいと言うと、快く応じてくれた。

*注 店の名は、御休み処「ラック鉄道館」といった意味。

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[1] ヌスドルフ旧駅舎の正面玄関
 

ホールにはテーブルが並んでいて駅の面影はないが、壁に、ラック鉄道のルート図や機関士の肖像写真などが掲げてある。突き当りの扉の外はホームだったはずだが、テラス席が占領していた。生垣の向こうは市電のループ線で、ラック列車が来なくなった後も、トラムが代役を務めてくれているようだ(下注)。

*注 登山鉄道が稼働していた当時は、路面軌道は駅前で行き止まりになっており、終端ループはなかった。

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(左)旧駅舎のホーム側、今はレストランのテラス席に
(右)レストランの看板は当時の写真をあしらう
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(左)旧駅舎内部
(右)最終列車に乗車した機関士の肖像写真、右の壁には制帽が掛かる
 

駅舎を辞して、周囲を観察する。東側の、かつて機関庫があった場所は、集合住宅が建っている。一方、市電線路を挟んで西側には、一見あずまや風の施設がある。男子小用の公衆トイレなのだが、これは当時からあるものだそうだ。個別便器のない掛け流し(?)方式で、確かに古そうに見える。ちょうどループを回ってきたトラムがその前で停まったと思ったら、乗務員氏が降りてきて中に駆け込んだ。

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(左)当時の公衆トイレが今も現役
(右)トラムも臨時停車!
 

駅前の道から山手に向かって、インターロッキングが施された廃線跡がまっすぐ延びている。その名もツァーンラートバーンシュトラーセ Zahnradbahnstraße(ラック鉄道通りの意)なので嬉しい。機関車になったつもりで、緩い坂を上っていく。もとは複線が敷かれていたから用地幅は広いのだが、すぐにシュトラーセとは名ばかりの遊歩道になり、周りは雑草が生い茂る。

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(左)[2] ラック鉄道通りが山手へ延びる
(右)[3] 遊歩道は将来、並木道になるのだろう
 

最初に横切る車道は、エロイカガッセ Eroicagasse(英雄小路の意)だ。道の西側は、ベートーヴェンゆかりのハイリゲンシュタット Heiligenstadt 地内なので、通りの名が交響曲第3番の標題から来ていることは容易に想像がつく。ちなみに、すぐ右手を流れる小川、シュライバーバッハ Schreiberbach に沿って、市電の停留所名にもなったベートーヴェンガング Beethovengang(ベートーヴェンの小径)が延びている。交響曲第6番「田園」の曲想が練られたという名所だ。行ってみると、ナイチンゲールもカッコウも鳴いていなかったが、木の枝に茶色のリスがいて、一心に木の実をかじっていた。

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(左)[4] 小川に沿うベートーヴェンの小径
(右)[4] 小川に接する築堤の擁壁は鉄道時代のものか?
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一心に木の実をかじるリスを目撃
 

この小径とエロイカガッセとの交差点の標識を写真に撮る人は多いのだが、すぐ近くにあるラック鉄道通りとエロイカガッセの交差点標識に気づく人はいるのだろうか。ともかく、英雄の冒頭主題を口ずさみながら、廃線跡をさらに上流へ歩いていく。右手の広場に、列車を象った木製遊具が置かれていた。ベートーヴェン公園 Beethovenpark の一角なのだが、子どもたちにとっては花より団子、楽聖より汽車ポッポだろう。

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(左)[5] ベートーヴェンの小径とエロイカガッセの交差点は観光名所
  (語頭の 19. はウィーン19区を意味する)
(右)[6] ラック鉄道通りとの交差点もすぐ近くに
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[7] ベートーヴェン公園の一角にある列車形の木製遊具
 

ここで線路は、カーレンベルガー通り Kahlenbergerstraße を乗り越していた。かつての跨道橋は、煉瓦積みの橋台だけが残っている。複線を支えていたので、幅広の構造物だ。橋桁は撤去されて渡れないため、いったん築堤から降りて、通りを平面横断する。見通しが悪いから、クルマには要注意だ。

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[8] カーレンベルガー通りの跨道橋橋台
(左)北側から (右)南側から
 

すぐに廃線跡に戻るも、周りの森がますます茂ってきて、上空を覆ってしまう。100年も経てば空地が自然に還ってしまうのも当然だが、一人で歩くのはいささか心細い。と思っていたら、いくらも行かないうちに突然森が開け、住宅地の中へ飛び出した。廃線跡は、それを貫く道路として完全に再生されてしまっている。道路名も変わって、ウンタラー・シュライバーヴェーク Unterer Schreiberweg(下シュライバー道の意)だ。勾配はすでにけっこうきつく、7~8%(70~80‰、下注)あったようだ。

*注 以下の文中で示す線路勾配は、ヌスドルフ旧駅舎内に掲げられている地図に記載の数値(%表示)による。

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(左)[9] 廃線跡は森の小道に
(右)[10] 突然開けて住宅街へ
 

起点で西へ向けて出発したルートは、いくつかの曲がり角を経て、今は北西、ウィーンの森の方向に針路を変えている。勾配はさらに険しくなり、10%に達する。アキレス腱に堪える坂道を、ジョギング姿の若者が軽々と追い抜いていった。右手の家並みがとぎれると、カーレンベルクの裾野を埋め尽くした葡萄畑が見え始める。グリンツィング Grinzing のホイリゲで出されるワインの葡萄も、ここで栽培されているのだ。

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(左)[11] グリンツィング駅跡を振り返る
(右)[12] 勾配路の周囲は敷地の広い高級住宅地
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[13] カーレンベルクの裾野を埋め尽くす葡萄畑
その先に山上の送信塔やホテルが見える
 
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グリンツィング~カーレンベルク間の地形図に鉄道のルート(薄赤)を加筆
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

 

田舎道と斜めに交わる位置の手前に、グリンツィング駅があったはずだが、それらしき痕跡はなかった。急坂はこのあと6%まで緩む。次のクラプフェンヴァルドル Krapfenwaldl 駅との間は短く、約700mしかない。全線の中間に位置するこの駅では、山を上る機関車に水が補給された。駅舎は第二次大戦後に取り壊され、現在は市民プール(クラプフェンヴァルドルバート Krapfenwaldlbad、略してクラーヴァ Krawa)の駐車場に利用されている。

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[14] クラプフェンヴァルドル駅跡は市民プールの駐車場に
 

さて、麓から廃線跡をたどってきた人は、おそらくここで道を間違える。というのも、駐車場の上手から、車道に並行して一見線路敷のようなインターロッキングの小道が延びているからだ。しかし、ほんとうの廃線跡は、車道から右45度の方向に離れていく。地図でなら一目瞭然だが、現地ではいくつもの分かれ道が見え、しかも真のルートは茂みに埋もれかけている。道が途中で行き止まりにならず、山手へまっすぐ続いていたら選択は正しい。

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(左上)[15] 駐車場上手の分かれ道、矢印が廃線跡
(左下)[16] さらにY字路あり
(右)[17] 踏み分け道になった廃線跡
 

山にとりつく区間のため、勾配は再び10%に高まる。茂みの合間から、緑の縞模様を描く葡萄畑越しに、目指すカーレンベルクの教会やホテルの建物が見えた。右後ろには、遠くドナウ本流とノイエ・ドナウ Neue Donau の2本の帯が光り、それをはさんで高層ビルが2棟、背比べをしている(下注)。いつのまにか、かなりの高さまで上ってきたことに気づく瞬間だ。

*注 川の右がミレニアムタワー Millennium Tower 、左がドナウシティのDCタワー DC Tower。

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[17] ドナウ川とウィーン新市街の高層ビル群を望む
 

踏み分け道の緩い左カーブはいかにも線路跡で、800mほど行けば、2車線道のヘーエンシュトラーセ Höhenstraße(高地通りの意)と合流する。今上がってきた小道は可動柵で通せんぼされているが、これはクルマの進入を防ぐためのもので、徒歩であれば問題ない。実際、犬の散歩をしている人に会ったし、山岳スポーツ情報のサイト「ベルクフェックス Bergfex」にも、廃線跡歩きのルートとして描かれている(下注)。

*注 https://www.bergfex.com/
"Auf den Spuren der Zahnradbahn auf den Kahlenberg" を検索。(検索語句は「ラック鉄道跡をカーレンベルクへ上る」の意)"

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[18] ヘーエンシュトラーセとの合流地点
(左)小道側には車止めの柵がある
(右)反対側から見たところ
 

この先の廃線跡は、勾配が3~4%と緩むこともあり、残念ながら2車線道に上書きされてしまった。歩道がないし、カーブも多いので、歩くのは危険だ。「ベルクフェックス」の地図に従い、車道の山側に別途設けられた小道に退避する。

小道は、広葉樹の森を縫う気持ちのいい散策路だった。車道とほぼ並行しており、かつ多くの区間でそれより高みを通っているので、廃線跡の観察も可能だ。さっきの踏み分け道から打って変わって、気持ちに余裕が出てきたのか、ウィンナワルツ「ウィーンの森の物語」でツィターが奏でる、あの鄙びた響きのメロディーが口をつく。

2車線道が、線路跡らしい緩いカーブで東へ方向転回し始めたところで、小川を渡った。他でもない、ベートーヴェンガングのリスの木の下を流れていたシュライバーバッハの源流だ。道路下は溝渠で、側面に上塗りしたモルタルが剥がされ、鉄道時代の煉瓦積みを露出させてあった。

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(左)[19] ウィーンの森の散策路
(右)[20] 溝渠に鉄道の煉瓦積みが露出
 

ズルツヴィーゼ Sulzwiese のバス停を通過し、散策路はなおも蛇行しながら上る廃線跡の車道についていく。やがて車道の反対側に、駐車場のような細長い空地が現れる。これが最初のカーレンベルク駅跡だ。前回記したとおり、登山鉄道が1874年に開業したとき、ライバル会社が山頂を押さえていたため、ここに仮の終点を置かざるを得なかった。この会社を買収するまで、たった2年の暫定措置だった(下注)ので、痕跡は何もなさそうだ。

*注 駅廃止後も、複線から単線になる信号所としての機能は残っていた。

車道が左へそれていく一方、直進している舗装道が廃線跡だ。旧駅から先は単線だったので、車1台が通れる程度の幅しかない。ちなみにこの道は、山頂に送信施設をもつオーストリア放送協会 ORF の私道で、入口に立つ標識には「当分の間任意通行を許可します。ただし事情を問わず利用は自己責任です(下注)」と記されている。

*注 原文は以下のとおり。 "Bis auf Widerruf freiwillig gestatteter Durchgang. Die Benützung erfolgt jedoch in allen Fallen auf eigene Gefahr."

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(左)[21] 蛇行しながら上る車道が廃線跡
(右)[22] 旧駅跡の空地から、直進する廃線跡を望む
 

森の中を緩いカーブで上っていくうち、赤白に塗り分けた送信塔が見えてきた。道を直進すると、金網で閉ざされた送信施設の専用区域だ。ここが終点カーレンベルク駅の跡なのだが、立ち入ることはできない。左手に進むと、送信塔と並んで、ラック鉄道会社が客寄せのために造ったシュテファニー展望塔 Stefaniewarte が建っている。今日は平日なので、塔の周りには人影もなかった(下注)。

*注 展望塔入口のプレートによれば、開館は5月から10月の、土曜12~18時と日・祝日10~18時(ただし好天時のみ、また10月は17時まで)。

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[23] ひと気のないカーレンベルク山頂
送信塔の後ろにシュテファニー展望塔が立つ
 

小道を下ると、カーレンベルク山上広場に出る。正面に聖ヨセフ教会、右手に私立ウィーン・モジュール大学 Modul University Vienna の施設、その奥はホテルで、大学との間に展望テラスが広がる。少し遠目ではあるが、ドナウの両岸に拡がるウィーン市街地が一望になる。目を凝らすと、フンデルトヴァッサーのデザインした有名なシュピッテラウの清掃工場の煙突の奥に、旧市街のシンボル、シュテファン大聖堂の尖塔も見えた。

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[24] テラスからのウィーン市街展望
 

ところで、山上まで来たからには、テラスの手前に置かれているラック鉄道の記念物を忘れてはならない。幅広のずんぐりした車体に華奢な車輪、妻面にカーレンベルク・ラック鉄道 Zahnradbahn Kahlenberg と書かれているとおり、かつて走っていた客車のレプリカだ。スイスのリギ山によく似た形の車両があるが、カーレンベルクも、同じニクラウス・リッゲンバッハの設計だから偶然ではない。

レプリカが据え付けられた当初は、車内が鉄道写真の展示室になっていたそうだが、今や荒れ放題で、天井がつっかえ棒に支えられているのも痛々しい。ともかく、山上でラック鉄道の面影を偲べるものは、これが唯一だ。

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[25] カーレンベルク山上広場に展示(というか放置)された客車のレプリカ
 

山上広場をテラスと反対側へ進むと、広い駐車場と、その片隅に下界へ降りるバスの乗り場がある。大学施設があるおかげで、38A 系統のバスがわりと頻繁に出ている。途中グリンツィングで降りれば38系統のトラムで、終点ハイリゲンシュタット駅前まで乗ればUバーン(地下鉄)で、それぞれ旧市街に戻ることができる。

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