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2019年2月27日 (水)

ペストリングベルクの登山トラム I-概要

ペストリングベルク鉄道 Pöstlingbergbahn

1898年開通、2009年5月 改軌およびハウプトプラッツへの延長

(2008年3月まで)
ウーアファール登山鉄道駅 Bergbahnhof Urfahr ~ペストリングベルク Pöstlingberg 間 2.9km
軌間1000mm、直流600V電化、最急勾配116‰、高度差255m

(2009年5月から)
ハウプトプラッツ Hauptplatz ~ペストリングベルク Pöstlingberg 間 4.14km
軌間900mm、直流600V電化

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かつての始発駅(右奥)の前を通過するペストリングベルク鉄道のトラム(改造旧車)
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市内を走るトラムが、登山鉄道に変身する。高台の住宅地へ上っていく程度のものなら他の都市でも見られるが、このトラムはそれとは違う。本気で山上の展望台をめざし、最大116‰というとてつもない急勾配を力強く上っていくのだ。しかも登山鉄道なら半ば常識の、ラックレールとピニオン(歯車)の助けを借りることはない。オリジナル区間が2.9kmと小規模ながら、ペストリングベルク鉄道 Pöstlingbergbahn は、他にはないプロフィールを備えた路線だ。

舞台は、オーストリア第3の都市リンツ Linz。工業都市のイメージが強いが、ドナウ川の右岸(南側)に沿って気品漂う旧市街がある。川は街の西を限る山地に渓谷を刻んだ後、この前に出てくる。河岸のテラスに立ち、川向こうに目をやると、ひときわ高いピークと、そこに2つの尖塔をもつバロック様式の教会がそびえている。ペストリングベルク巡礼教会 Wallfahrtskirche Pöstlingberg だ。鉄道は、旧市街のハウプトプラッツ Hauptplatz(中央広場)からドナウを渡り、山を上ってその教会のすぐ下まで通じている。

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ドナウ川越しに望むペストリングベルク、山頂に巡礼教会がそびえる

今でこそ市内トラムの路線網に組み込まれて50系統を名乗っているが、鉄道は10年ほど前(2008年)まで独立した路線だった。なぜなら、市内トラムの900mm軌間に対して、若干広いメーターゲージ(1000mm軌間)を採用したため、乗入れが不可能だったのだ。山を上るには強力な電動機を搭載する必要があり、そのスペースを台車に確保するために、敢えて軌間を別にしたのだという(下注)。

*注 世界的に見れば逆に、1000mm軌間は一般的で、トラムの900mmのほうが珍しい。この軌間は現在リンツと、ポルトガルのリスボン市電にしか残っていない。

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リンツ周辺の地形図に主な鉄軌道ルートを加筆
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA

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ペストリングベルク巡礼教会

そもそも、なぜここに鉄道が造られたのだろうか。しかもラック鉄道でなく、レールと車輪の摩擦力だけで走る粘着式鉄道として。

ペストリングベルクは、18世紀前半から巡礼者が訪れる聖なる山だった。当時は一帯が深い森に覆われていて、頂上に眺望の利く場所はなかった。ところが、1809年のフランスとの戦い(オーストリア戦役)で、オーストリアに侵攻したナポレオン軍は山頂に陣地を設営し、見通しを妨げる樹木を伐り払った。さらに1830年代にはオーストリア帝国の要塞が築かれ、より広いエリアが伐採された。それらをきっかけに眺望を楽しむ人々が上るようになり、山は行楽地の性格を強めていく。

そこに商機を見出したある技師が、1891年に山頂まで蒸気動力のラック鉄道を建設する構想を発表した。ルート設計が完成し、ウィーンの建設会社リッチュル Ritschl & Co. が参画したことで、構想は実現に向かうかと思われた。ところが、リッチュル社は一方で、リンツで電力業を興す事業組合にも名を連ねていた。その設立目的は発電所を造るだけでなく、生成した電力の一部を利用して市内にトラムを走らせるというもので、ペストリングベルク線も併記されていた。

全体の採算性では、後者のほうが手堅いのは自明のことだ。また、電動車ならラックレールに頼らずに上れる。こうして技師の構想を一部借用しながらも、電気トラムの登山鉄道が建設されることになった。事業を推進するために、リンツAGリーニエン Linz AG Linien(リンツ株式会社公共交通部門、現在の運行組織)の前身であるリンツ=ウーアファール軌道・電力会社 Tramway- und Elektrizitäts-Gesellschaft Linz-Urfahr (TEG) が設立された。

山頂には1830年代の要塞施設が放置されていたが、会社はそれを買収し、望楼跡に、鉄道駅とともに展望台、ホテル・レストランなど観光施設を整備した。約10か月の工事期間を経て、ペストリングベルク鉄道は1898年5月に開業式を迎えた。

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かつての要塞を改造したペストリングベルク駅

後に高級住宅街となるペストリングベルク山麓も、当時はまだ開発が進んでおらず、会社は行楽客の需要しか見込んでいなかった。それで車両も、オープンタイプのいわゆる「夏電車 Sommertriebwagen」6両のみでスタートしている。しかし、初年の運行が12月まで続いたことから、オープンデッキつきの密閉型車両が2両追加で調達されて、1900年から通年運行に移行した。

クリーム色をまとう2軸の古典電車は、特徴的な機構を備えていた。一つは、トロリーポールの集電装置だ。先端部分は最初ホイールだったが、第一次世界大戦後、スライダーシュー(摺り板)に交換されている。

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(左)トロリーポールで集電していた旧車(1999年8月、ウーアファール登山鉄道駅で撮影)
(右)開通当初はポールの先端がホイールだった(鉄道博物館の展示品を撮影)

もう一つは制動装置で、ケーブルカーに見られるような非常ブレーキを装備していた。レール圧着ブレーキ(ドイツ語ではツァンゲンブレムゼ Zangenbremse(プライヤーブレーキの意))といい、ブレーキシューをプライヤーのようにレールの頭部側面に押し付ける仕組みだ。レールの断面もそれに適応した楔形をしていた(下の写真と図参照)。また、踏切などでは、これが通過できるようにレールの両側に溝が掘られている。

問題はレールの分岐部で、トングレールを用いる通常の分岐器が使えないため、レール片を水平移動させる特殊な分岐器(シュレップヴァイヒェ Schleppweiche、引き摺り分岐器の意)が設置された。同じ理由で、レールが交差するフログ(轍叉)の部分は回転構造になっている(ヘルツシュレップ Herzschlepp)。

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非常時に楔形レールに作用するレール圧着ブレーキ(鉄道博物館の展示品を撮影)
右はその図解
Photo by Dralon at wikimedia. License: CC BY-SA 2.5
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特殊な分岐器シュレップヴァイヒェを設置
踏切ではレールの両側に溝が切ってあった(1999年8月、車内から撮影)
右はその図解

鉄道は、常識を超えるような急勾配を上っていく。1983年には、世界で最も険しい粘着式鉄道としてギネスブックに登録されたこともあるほどだ(下注1)。しかし、これを上回るリスボン市電網のデータ(下注2)が知られるようになり、現在の公式サイトは、「今もなお世界で最も険しい粘着式鉄道に数えられている」と、控えめな表現になっている。

*注1 ペストリングベルク鉄道の公式パンフレット(2015年3月版、リンツAGリーニエン発行)による。
*注2 Railserve.com の鉄道世界記録のリストによると、最急勾配はリスボン市電網の13.8%(138‰)とされている(28E系統のサンフランシスコ舗道 Calçada de São Francisco の併用軌道に存在)。
https://www.railserve.com/stats_records/highest_steepest_railroads.html

その勾配の最大値は、長い間105‰(水平距離1000m当たりの高低差が105m)と言われてきた。設計図上はそのとおりで、現地に建っている勾配標も105を超えるものはない。しかし近年の精密測量で、それが平均値に過ぎず、実際にはホーアー・ダム Hoher Damm 付近で116‰に達することが明らかになった。現在、これが公式の最急勾配とされている。

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(左)105‰の勾配標、"388"はその勾配が続く距離(388m)を示す
(右)ホーアー・ダム付近の急勾配を降りてくるトラム

110年間不変のスタイルで走り続けてきたペストリングベルク鉄道が、敢えて長期に運休してまで大改造されることになったきっかけは、2005年1月24日にシャプレーダー停留所 Haltestelle Schableder 付近で発生した脱線事故だった。古いシステムの安全性が議論の焦点となり、その結果、鉄道近代化のための計画が練られた。

目的は運行の安全性を確保し、保守作業の効率性を高めることだが、同時に、リンツの新しい観光需要の発掘も期待された。旧式の運行は2008年3月24日に終了し、続く14か月の工事期間を経て、開通111周年の2009年5月29日に新たな運行が開始された。

では、従来と何がどう変わったのだろうか。最大の改良点は、軌道を市内トラムと同じ900mmに改軌して、市内中心部への直通を可能にすることだった。旧市街のハウプトプラッツ(中央広場)にある停留所が新しいターミナルとされ、ペストリングベルク鉄道のトラムはここから山頂へ直通する。

市内軌道網と接続するために、山麓の旧 起点駅であるウーアファール登山鉄道駅 Bergbahnhof Urfahr は廃止された。そして駅直前の地点から、最寄りのトラム停留所であるラントグートシュトラーセ Landgutstraße(下注1)まで、新たに軌道が延ばされた。このルートは、標準軌のÖBBミュールクライス線 Mühlkreisbahn を横断する必要があり、そこに異軌間同士の平面交差が設けられている(下注2)。また、ハウプトプラッツには、ホームを兼ねた専用の折返し線が設けられた。

*注1 市内トラム3系統(2016年から4系統も)の起終点。
*注2 実はペストリングベルク鉄道開業当初もトラムとの乗換の便を考慮して、ミュールクライス線をまたいだ南側に、山麓駅が設けられていた。しかし、ミュールクライス線との交差部に設置した特殊な可動式ポイントの操作が煩雑過ぎたため、翌年、この交差を廃止して北側にウーアファール登山鉄道駅を造ったいきさつがある。

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ÖBB ミュールクライス線との平面交差
ペストリングベルク鉄道のトラムは、左手前から右に折れて、平面交差を渡り、右奥へ進む
左奥の建物はもとの始発駅であるウーアファール登山鉄道駅
右奥の、気動車が多数見える構内は ミュールクライス線の起点、リンツ・ウーアファール Linz Urfahr 駅

改軌によって、車両の調達または改修も必要になった。新車としてボンバルディア社のマウンテンランナー形(下注)が発注され、2009年に501~503号車の3編成、2011年に追加の1編成(504号車)が就役した。これは100%低床の3連節車で、定員は座席33+立席55と、旧車(22+16)に比べて2.3倍の輸送力を擁する。また、旧車についても1940~50年代製のVIII、X、XI号車が、台車交換による改軌や集電装置のパンタグラフ化を含め、必要な改修を受けて再デビューした。

*注 ボンバルディアのウィーン工場(もとローナー・ヴェルケ Lohner-Werke)製。

軌間の統一で、レールや分岐器も一般的な形状になったため、これらの車両には、非常ブレーキとして電磁吸着ブレーキが設置されている。

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(左)ペストリングベルク鉄道の新車、504号車は2011年に就役した追加編成
(右)バリアフリーに対応した100%低床の車内

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(左)土・日・祝日には、改造された旧車(写真はXI、VIII号車)も2両連結で走る
(右)デッキ付きで、寒冷期には新車より快適かもしれない

直通化の開始で、対の小塔と外壁のハーフティンバーが印象的なウーアファール登山鉄道駅は、本来の役割を失った。嬉しいことに建物と構内は原形のまま保存され、2008年5月にペストリングベルク鉄道博物館 Pöstlingbergbahn-Museum として再生されている。

2面2線の頭端型線路は、片方が900mmに改軌され、本線に接続された。もう片方は1000mmのままで、車庫につながっている。車庫には、改造の対象から外れた旧車のうち、開業当初から在籍する「夏電車」I号車(1898年製)と、閉鎖形のXII号車(1950年製)が動態保存されており、構内に新旧2種の軌間の車両を並列して展示することも可能になっている。博物館は、冬季を除く土・日・祝日のみ開館する。

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ペストリングベルク鉄道博物館を訪問
(左)旧 ウーアファール登山鉄道駅を転用した施設
(右)2面2線のホームも健在、左がもとの1000mm軌間、右は改軌されて 900mmに
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駅舎と向かい合う車庫を見学させてもらう
左2線は900mm軌間の改造車(日曜につき出払っていた)、右1線は1000mmの非改造旧車が休む
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美しく保たれた非改造旧車だが、もう山に上ることはできない
(左)開業当初からの最古参「夏電車」I号車
(右)閉鎖形XII号車、前面のフックは自転車を吊り下げるためのもの(900mm改造車では撤去されてしまった)

さて、ペストリングベルク鉄道の現在の運行状況はどうなっているだろうか。列車は30分間隔で運行されている。ただし、土・日・祝日の10~17時の間は、上述の改軌された旧車が2両連結で間に投入されるため、つごう15分間隔となる。そのほか、沿線のアントン・ブルックナー私立大学 Anton Bruckner Privatuniversität の開講日は朝7時30分~9時の間、ハウプトプラッツ~ブルックナー大学間の区間便が運行されている。全線の所要時間は、山上方面21分、山麓方面19分だ。

ちなみに運賃は、従来どおり他の系統とは別建てなので注意を要する。停留所にある券売機やオンラインショップで、片道券または往復券が買える。リンツ中央駅から出発する場合は、ペストリングベルク鉄道往復と市内中心ゾーン24時間乗車が可能な「エアレープニス(体験)チケット Erlebnisticket(旧名 ペストリングベルク鉄道コンビチケット Pöstlingbergbahn-Kombiticket)」を買っておくと便利だ。また、リンツ・カード Linz-Card の3日券には、ペストリングベルクを往復できる特典がある(1日券は不可)。

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リンツ市内トラム路線図の一部
太線がトラムのルートで、50系統ペストリングベルク鉄道は緑で示されている
© 2019 LINZ AG

次回は、ハウプトプラッツから山頂まで、登山鉄道が走っていく風景を追ってみよう。

■参考サイト
ペストリングベルク鉄道(リンツAG公式サイト)
https://www.linzag.at/portal/de/privatkunden/freizeit/grottenbahnpoestlingberg/poestlingberg/#

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