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2018年12月17日 (月)

オーストリアの1:50,000地形図

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グロースグロックナー山周辺の1:50,000地形図
BMN版 153 Großgrockner 1985年
© BEV, 2018
 

上の図は、オーストリアの1:50,000旧版(ÖK50-BMN)で最も美しい図葉の一つ、図番153「グロースグロックナー Großglockner」の一部だ。図郭の中央に、グロックナー山脈 Glocknergruppe の骨格部分が来る(下注)。同国最高峰、標高 3,798mのグロースグロックナーから同 3,203mのキッツシュタインホルン Kitzsteinhorn にかけて、険しい山並みとその間を覆う銀白色の氷河群との対比がすばらしい。

*注 惜しいことに、現行版 ÖK50-UTM(NL33-01-27 Großglockner)では図郭の区切りが変更され、山脈は左端に移っている。

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1:50,000表紙 左から
「ハイキング地図」カバー 118 Innsbruck 1970年
台紙つき 148 Brenner 1979年
BMN版 153 Großgrockner 1985年
 

さて、その1:50,000は現在、オーストリアの地形図体系で基本図のように扱われている。しかし、昔からそうだったわけではない。全国をカバーしたのは比較的遅くて、20世紀後半に入ってからだ。

1:50,000オーストリア地図 Österreichische Karte の刊行は、1924年すなわちBEVの改組発足の翌年に開始されている。しかし、1938年のアンシュルス Anschluss(ナチスドイツによる併合)までに完成したのは、わずか18面だった。同時期に行われていた1:25,000の整備に比べて、優先度がより低かったのは疑いない。

第二次世界大戦が終結すると、復興計画を推進するために地図の必要性は一層高まった。そこで、既存の1:75,000特別図 Spezialkarte を1:50,000に写真拡大することで、当座をしのぐことになった。1:75,000特別図というのは、いわゆるフランツ・ヨーゼフ皇帝の土地測量 Franzisco-Josephinische Landesaufnahme で、原図から編集された帝国時代の公開用地形図だ。1872年に刊行が始まり、共和国になってからも引き続き第二次大戦まで更新が続けられていたので、実質的に1:50,000の前身ということができる。

*注 1:75,000特別図については、「オーストリアの地形図略史-帝国時代」でも言及している。

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1:75,000特別図の例 5352 Klagenfurt 1915年
 

このような経緯で生まれたのが、「1:50,000暫定版オーストリア地図 Provisorische Ausgabe der Österreichischen Karte(1945~70年)」だ。もとになった特別図は一部の図葉を除き墨1色だったが、これは水部を青色に変え、森林域をアップルグリーンで塗って、3色刷としている。1:50,000暫定版は1945年に刊行が始まり、徐々に正規版に置き換えられたとはいえ、最終的に1970年まで残っていた。

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1:50,000暫定版 202 Klagenfurt 1946年訂補
1:75,000(上図)を拡大して3色化したもの
image at BEV
 

それと並行して、正規の「1:50,000オーストリア地図 Österreichische Karte (略称 ÖK50)」の作成も進められた。1959年に1:25,000の作成が中止され、1:50,000に集中できる環境が整ったこともあるだろう。手持ちの地図で図歴を確かめると、1950年代後半から70年代にかけて、毎年10面前後の新刊があったようだ。この1:50,000(現行版と対比する意味で、以下旧版と呼ぶ)は、緯度15分、経度15分で区切った縦長の図郭で、計213面で全土をカバーした。

また、ドイツのように、一つの図葉に対して内容の異なる数種の版が提供されていたことも注目される。店頭に並んでいたのは、主にハイキングルート強調版 mit Wegmarkierungen だ。これは、山野歩きのために、ハイキングルート(トレール)Wanderweg の記号に赤線を沿わせ、山小屋などを円で囲んで強調してある。ただ、情報としては必要最小限で、山岳地図のような詳細な記号設定はなかった。

ほかに、車が通る主要道を赤と黄色で塗り分けた道路着色版 mit Straßenaufdruck や、色による強調を伴わない版 ohne Wegmarkierungs- und Straßenaufdruck、塗りを省いた3色刷の作業用 3-färbige Arbeitskarte があった。

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二種の版の違い (左)ハイキングルート強調版 (右)道路着色版
いずれも 148 Brenner 1992年
© BEV, 2018
 

販売形式にも、コンパクトに畳んだ折図と、畳まないいわゆる平図の2通りが用意された。ハイキングルート強調版は折図が主流で、1960~70年代に「ハイキング地図 Wanderkarte」と書かれたハードカバーがつけられていた。その後は、野外の持ち運びを想定した透明ケースに入れ、台紙代わりの索引図を付けたスタイルになった。一方、他の3種は平図のみで、店頭で見かけることはまずなかった。

1980年代に入ると、変化が現れる。1984年に導入された連邦測地網 Bundesmeldenetz (BMN) に基づき、1:50,000地形図にも、2kmグリッドと座標値が付加されることになったからだ。同時に、用紙の裏面を利用して、索引図や平面直角座標の求め方などとともに、初めて表紙が印刷された。スイスのそれに倣ったいわゆるバナータイトル Balkentitel(帯状の題名表示)だ。地図用紙に、細かいエンボス加工を施した光沢紙を使うのも独特だった。

この形の旧版は1999年で更新が中止され、2002年から順次、新版に置き換えられていった。旧版は連邦測地網にちなんで略称 ÖK50-BMN、新版はUTM(ユニバーサル横メルカトル)座標系のETRS89に拠るので ÖK50-UTM として区別する。

UTM座標系への移行は、オーストリアが1995年に参加したNATOの「平和のためのパートナーシップ Partnership for Peace (PfP)」計画と密接に関連している。PfPは、冷戦終結後の中・東欧地域で政治的安定を図るために、NATOと各加盟国間でインターオペラビリティ(相互運用性)を向上させることが一つの目標になっていた。そのために参加国は、軍用地図の共通基準として、UTM座標系の採用を義務付けられた。オーストリアの軍用地図は1:50,000地形図データ(ÖK50)から編集されているため、その影響が民生用地形図にも及んだのだ。

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1:50,000 UTM版表紙
(左)3227 Großgrockner 2002年
(右)民軍兼用 NL33-02-12 Mürzzuschlag 2014年
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1:50,000索引図の一部
BMN版の図郭が青で、UTM版の図郭が黒で示されている
 

新版ÖK50-UTM は全191面で、2010年に全土をカバーした。旧版に倣って、ハイキングルート強調版と道路着色版の2種の版がある。座標系切り替えに伴い、図郭や地図の体裁も再設計されて、旧版とは一線を画している。まず、図郭は経度20分×緯度12分のやや横長形(下注)で、1:250,000図郭を横5等分、縦6等分したものだ。用紙もそれに合わせて横長になり、扱いやすくなった。

*注 本来の図郭より経緯度とも1分(図上2cm程度)拡張して、隣接図との重複を持たせてある。

図番も旧版のように完全な連番ではなく、4桁の数字を用いる(例 4212)。上2桁が、属する1:250,000図郭の図番、下2桁はその中での連番、すなわち左上の01から右下の30までのいずれかを表す。地図には赤色でUTM座標値と1kmグリッドが入れられたが、移行期間を考慮して旧BMN座標も青色で残された。

また、凡例や説明文がドイツ語と英語の併記になったのも好感が持てる。国際的な観光国にもかかわらず、旧版の表記はドイツ語のみで、外国人が使うことをあまり考慮していなかったからだ。

時代とともに改良されてきた1:50,000だが、最新の仕様変更は2011年に実施された。今回は、軍用地図と兼用するための追加仕様を伴うもので、裏表紙の奥付に、軍用地図を所管している軍事地理研究所 Institut für Militarisches Geowesen (IMG) との協力をうたう記載がある。

表紙には、軍用地図で使われる1:1,000,000(100万分の1)国際図の図郭を基にした図番(例 NL33-02-12)が大きく表示され、従来の4桁図番は右上にあるものの目立たなくなった(下注)。また、地図記号に病院、薬局、軍用地の境界、軍司令部が追加されたのも、目的は同じだ。しかし、これらは直接軍事作戦に向けたものというより、軍が担う災害救援活動などへの活用を意図しているに相違ない。

*注 国際図図郭を基にした図番は国際図番 internationale Blattnummer、4桁図番は国内図番 nationale Blattnummer と呼んで区別されている。国際図番は2002年図式にも見られるが、今とは逆に、図枠の右下で目につかなかった。

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UTM版(民軍兼用)の例 病院と薬局の記号を追加
NL33-01-10 Hallein 2012年
© BEV, 2018
 

改良点はほかにもある。前回も述べたが、隣接図との貼り合わせに便利なように、地図の上端と右端が製本でいう断切り(たちきり)にされた。また、ハイキングルート強調版と道路着色版の区別が廃止され、図式はそれをミックスしたものになった。これに伴い、ハイキングルートの強調色は、アウトバーン(高速自動車道)の塗りとの混同を避けて緑色に変えられ、同系色である森林のアップルグリーンが薄めの色調にされた。

一方、地図の表紙にはカラーの風景写真が配され(下注)、官製地形図にありがちな堅いイメージからの脱皮が試みられている。地図の更新間隔は6年とされているので、すでに全図葉がこの最新仕様に入れ替わったはずだ。

*注 1960~70年代の「ハイキング地図」カバーのイラストは別として、同国の地形図表紙に風景写真が見られるのはおそらく1:200,000州別図(1999~2009年)が最初。

 
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同 ハイキングルートの強調色は緑に変更 NL33-02-12 Mürzzuschlag 2014年
© BEV, 2018
 

お隣のドイツでは、編集作業のデジタル化に伴い、地形図図式が大きく変貌(むしろ劣化)して地図ファンの失望を誘ったが、幸いオーストリアの場合、図式の改訂は小規模なものにとどまっている。冒頭のグロースグロックナー山で見たように、この国が誇る雄大で変化に富んだアルプスの地形が、アナログ時代と同じように楽しめるのは喜ばしいことだ。

次回は1:200,000を紹介する。

(2008年9月25日付「オーストリアの1:50,000地形図」を全面改稿)

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびBEVの出版カタログを参照して記述した。

■参考サイト
BEV http://www.bev.gv.at/

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