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2018年12月10日 (月)

オーストリアの1:25,000地形図

第一次世界大戦末期の1918年、オーストリア=ハンガリー二重帝国は瓦解し、オーストリア共和国が誕生した。1921年には連邦測量庁 Bundesvermessungsamt が設立され、帝国時代の測量業務を引き継いだ。そして1923年に度量衡業務部門と合体して、今も存続するBEV(連邦度量衡測量庁 Bundesamt für Eich- und Vermessungswesen)」に改組された。

これから数回にわたり、BEVが作成しているオーストリアの地形図体系を縮尺別に見ていこう。まずは1:25,000から。

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1:25,000表紙 左から
オリジナル版 63/4 Salzburg 1954年(平図につき表題部分を表示)
BMN版 148 Brenner 1996年
UTM版 4204-Ost Ötscher 2008年
UTM版(民軍兼用) NL33-01-11 West Wolfgangsee 2014年
 

官製地形図の体系を、日本、ドイツ、スイスと比較したのが下表だ。1:25,000は多くの国で基本的な汎用図と位置づけられているのだが、ご覧の通り、オーストリアのそれはオリジナルではなく、1:50,000を単純に2倍拡大した、いわゆる「でか字」バージョンに過ぎない。国土の3/4が山岳地帯で、難易度もさまざまなトレール(登山道、自然歩道)が縦横無尽に走り、潜在需要は十分にあると思われるにもかかわらず、地形図の品揃えは見劣りがする。

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地形図体系の比較
 

しかし、かつてはオリジナルの1:25,000地形図(「1:25,000オーストリア地図 Österreichische Karte」、略称 ÖK25)が存在した。BEVが改組発足した1923年にさっそく刊行が開始されている。手持ちの図葉で内容を見てみよう。図郭は1:50,000のそれを縦横2等分しており、経度緯度とも7分30秒、5色刷りで、黒のほか、等高線に茶、水部に紺(輪郭)とライトブルー(面塗り)、森林にアップルグリーンという配色だ。

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1:25,000オリジナル版の例 201-3 Villach 1955年
image at BEV
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一部を拡大
 

等高線間隔は20mで、この縮尺としては粗いほうだが、緩傾斜地には10mまたは5mの補助曲線が挿入されている。市街地の描写では、スイスの地形図とも通じ合う几帳面な表現が見られる一方、山地では、現行図との精度の差が明らかになる。

たとえば下図は、左がオリジナル版、右が現行版(1:50,000の2倍拡大版)で、場所はザルツカンマーグートのシャーフベルク山 Schafberg だ。等高線は同じ20m間隔だが、枠で囲んだ個所は両者の描写の差が際立つ。山頂から南に広がる緩斜面は、左(オリジナル版)のほうがだいぶ広い。一方、山頂の南にある東西の谷は、左のほうが狭まったように描かれている。空中写真測量の現行版に対して、地上写真測量と平板測量の併用で作られたオリジナル版の限界がこのあたりに窺える。

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オリジナル版と現行(1:50,000の2倍拡大)版の比較
(左)65/3 Montsee 1955年版
(右)ÖK25V 3211West Wolfgangsee 2014年版
© BEV, 2018
 

BEVは1959年、作業を加速させるという理由で、整備する地形図の縮尺を1:50,000に変更した。それに伴い、1:25,000の作成を中止し、刊行済みの図葉についても廃版とした(下注)。

*注 その後もBEVは要望に応じて在庫品(在庫切れのものは複写)の頒布を行ってきたが、廃版図には Nicht nachgeführt !(更新されていないの意)と朱色で加刷されている。

このとき、オリジナル版はまだ、全土の1/3に当たる219面しか完成していなかった。オーストリアの国土面積は北海道とほぼ同じ(下注)なので、中間に第二次世界大戦を挟むとはいえ、36年かけてこれでは確かにペースが遅い。帝国解体で産業地帯と後背地を一度に喪失したオーストリアは、長らく不況に苦しんだ。緊縮財政がBEVの事業予算にも影響を及ぼしていたに違いない。

*注 オーストリア 83,870平方km、北海道 83,423平方km(北方四島を含む)。

この措置に伴い、代用品として作られたのが、縮尺1:50,000のハイキングルート強調版 mit Wegmarkierungen(下注)の2倍拡大版だ。Vergrösserung(拡大)を意味する V を付して、「1:25,000 V オーストリア地図 Österreichische Karte(略称 ÖK25V)」と称する。図郭は1:50,000と同じく経度緯度とも15分のため、そのままでは4倍大の用紙が必要になる。そこで、かさばらないように図を上下に分割して(若干の重複あり)、両面刷りとした。

*注 1:50,000は一つの図葉に対して、ハイキングルート強調版 mit Wegmarkierungen と道路着色版 mit Straßenaufdruck など数種類が作成されていたが、1:25,000 V はハイキングルート強調版のみの刊行だった。

いつごろこの版が現れたのかは資料がなく不明だが、カタログの情報を総合すると、2003年までに200面が刊行されている。元の1:50,000は全213面のシリーズだ。作られなかった13面は、自国領が図郭にほとんど入らない図葉ばかりで、ニーズがないと見なされたのだろう。

拡大版で代用するのは、やや手抜きの印象を与えるかもしれない。しかし、実際にオーストリアの1:50,000図、つまり拡大する前の版で山野を歩こうとすると、描写が細か過ぎて野外では見づらいことに気づく。2倍拡大版であれば注記文字が大きく、地形の細部もしっかり読み取れる。上掲のようにオリジナル版と並べても、等高線間隔が両者同じで、元の1:50,000図がそれなりに精密に作られているため、違いが目立たないのだ。

世紀が変わるタイミングで、オーストリアの地形図にまた顕著な変化が見られた。それは依拠する座標系の切り替えによる。それまで地形図に掲載されていた座標値とグリッドは、1984年に定義された連邦測地網 Bundesmeldenetz (BMN) に基づくものだったが、国際標準のUTM(ユニバーサル横メルカトル)座標系への切り替えを機に、地図の体裁もがらりと変わった。旧来の版は1999年で更新が終了し、2002年から新版が順次刊行されていった。座標系切替えの事情については次回詳述するが、新旧が混在するため、前者を ÖK25V-BMN、後者を ÖK25V-UTM と呼んで区別した。

このUTM版も1:50,000を2倍拡大したもので、両面印刷の形式にも変化がない。ただし、1:50,000の図郭が縦長から横長に変更されたので、1:25,000の図郭はこれを東西に二分割したものになった。それにより総数も356面に増えた。

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座標値とグリッド ÖK25V 4204-Ost Ötscher 2008年版
橙(512000mE など)はUTM座標、外側の青字(662など)はBMN座標
なお、現行版ではBMN座標が省かれている
© BEV, 2018
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1:25,000索引図の一部
BMN版の図郭が青で、UTM版の図郭が黒で示されている
 

その後、2011年に再び仕様変更があった。その一つは、図の上端と右端が製本でいう断切り(たちきり)にされたことで、隣接図との重複部分ができて使いやすくなった。また、従来のハイキングルート強調版と道路着色版をミックスした仕様となり、ハイキングルートに付す色は赤から緑に変わった。

廃版となって久しい1:25,000オリジナル版だが、実はごく一部ながら、いまだ現役で使われている。最後にそれを紹介しておこう。

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シュネーベルク及びラックス
1993年版表紙
 

一つは、BEVが刊行する1:25,000集成図「シュネーベルク及びラックス Schneeberg und Rax」で、今なお更新が継続されている唯一の公式1:25,000図だ。もちろん現行版は、1993年に空中写真測量の成果によって描き直されている。シュネーベルクもラックスも首都ウィーンの南西に位置し、トレッキングには手ごろな山地だ。ウィーナー・ハウスベルゲ Wiener Hausberge と呼ばれ、市民にとって身近なエリアなので、常に一定の需要があるのだろう。それに、1:50,000やそれを拡大した1:25,000 V の場合、何面かに分割されてしまうのも、存続理由に違いない。同じ範囲の1:50,000と比べてみたのが下図だが、さすがに表現力や見やすさに格段の差がある。

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(左)1:25,000集成図 シュネーベルク及びラックス Schneeberg und Rax 1993年版
(右)同じ範囲の1:50,000 ÖK25V 3211-West Wolfgangsee 2014年版
© BEV, 2018
 
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アルペン協会地図
表紙

もう一つの現役図は、「アルペン協会地図 Alpenvereinskarte」だ。これはドイツとオーストリアのアルペン協会 Alpenverein の関連事業で刊行されているものだが、シリーズの一部に、かつての1:25,000オリジナル版をベースマップとしているものがある。こちらは、数十年以上も前の図版で、経年変化に伴う改訂を施しながら丁寧に使い続けられている。登山の必携品だったBEVの1:25,000廃止を惜しむ協会員の声が聞こえてくるようだ。

*注 アルペン協会地図については「オーストリアの旅行地図-アルペン協会」で詳述している。

次回は1:50,000を紹介する。

(2008年10月 2日付「オーストリアの1:25,000と1:200,000地形図」を全面改稿)

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびBEVの出版カタログを参照して記述した。

■参考サイト
BEV http://www.bev.gv.at/

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