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2018年8月21日 (火)

ドラッヘンフェルス鉄道-ライン河畔の登山電車

ケーニヒスヴィンター Königswinter(下注)~ドラッヘンフェルス Drachenfels 間1.52km
軌間1000mm、750V直流電化、リッゲンバッハ式ラック鉄道、最急勾配200‰
1883年開通、1953年電化

*注 同名のDB駅と区別するために、正式駅名はケーニヒスヴィンター・ドラッヘンフェルス鉄道 Königswinter Drachenfelsbahn という。

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ドラッヘンフェルス鉄道の中間駅シュロス・ドラッヘンブルク

ビンゲン Bingen から130km続くライン川中流 Mittelrhein の長い渓谷が終わろうとする東岸に、最後の砦のようにドラッヘンフェルスの岩山が聳えている。標高321m、川からの高さはおよそ270m。ジーベンゲビルゲ Siebengebirge と呼ばれる火山起源の山地の中で、これだけが河岸に面している。数値以上の威圧感があるのはそのためだ。

ドラッヘンフェルス Drachenfels は、ドイツ語で竜の岩を意味する。ワグナーの楽劇の題材にもなった中世の叙事詩ニーベルンゲンの歌 Nibelungenlied で、英雄ジーフリト Sîfrit(現代語ではジークフリート Siegfried)が山の洞穴に棲んでいた竜を退治し、その血を浴びて不死身になったことが語られる。その舞台がここだという。

*注 ドイツ語版ウィキペディアでは、竜伝説は後付けで、ドラッヘンの語源は Trachyt(トラカイト、粗面岩)だとしている。粗面岩は昔からこの山で採掘されており、ケルン大聖堂の築造にも用いられた。

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ライン川から見たドラッヘンフェルス山頂の廃墟(右)とドラッヘンブルク城(左)

山はラインの流れを見下ろす要害の地で、中世に築かれた古城がうらぶれた姿を曝している。19世紀、ロマン主義が一世を風靡した時代に、この風光が旅人の心の琴線に触れた。バイロン卿がチャイルド・ハロルドの巡礼 Childe Harold's Pilgrimage に表し、画家ターナーが水彩の筆を揮った。それらをきっかけにして、岩山は国際的に知られるようになる。

*注 ターナーが描いたドラッヘンフェルスの水彩画は以下のサイトで見られる。TW0496とTW0606は対岸(左岸)上流から見た構図。TW0606では手前の岩山の上に有名な廃墟ローランツボーゲン Rolandsbogen も描かれている。それに対して、TW1311は対岸やや下流からの構図。
TW0496 https://www.tate.org.uk/art/artworks/turner-the-drachenfels-tw0496
TW0606 https://www.tate.org.uk/art/artworks/turner-the-drachenfels-tw0606
TW1311 https://www.tate.org.uk/art/artworks/turner-drachenfels-from-the-rhine-tw1311

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早くも1883年に、この岩山の上まで登山鉄道が通じた。山の名を採ってドラッヘンフェルス鉄道 Drachenfelsbahn と呼ばれるこの鉄道の出現は、フィッツナウ・リギ鉄道全通の10年後だ。ドイツではかなり早い時期で、当地での観光需要の高まりが実感される。果せるかな、鉄道が開通するとたちまち人気が沸騰し、夏のシーズン3か月で6万人以上の客を運んだという。

1913年にオーデコロンの代表ブランド4711のオーナーが経営権を握り、ドラッヘンフェルス鉄道は、同じ方式で隣の山に上っていたペータースベルク鉄道 Petersbergbahn(下注)と合併して「ジーベンゲビルゲ登山鉄道株式会社 Bergbahnen im Siebengebirge AG」となった。電化は1953年で、70年以上走り続けた蒸気機関車は1960年までにすべて引退した。その後、ペータースベルク鉄道は経営不振で廃止されてしまったため、現在この会社は、社名の「登山鉄道」は複数形のまま、ドラッヘンフェルス鉄道だけを運行する。

*注 ペータースベルクは、ケーニヒスヴィンターの東にあるジーベンゲビルゲの山の一つ。登山鉄道は1889年開通、1958年廃止。1000mm軌間のリッゲンバッハ式で、ドラッヘンフェルスと双子のような鉄道だった。

ドイツ国内のラック鉄道は他に、シュトゥットガルト市内と、バイエルンアルプスのツークシュピッツェ Zugspitze、同 ヴェンデルシュタイン Wendelstein(下注)に残っているが、その中でドラッヘンフェルス鉄道は最古の存在になっている。

*注 ヴェンデルシュタイン鉄道については、本ブログ「ヴェンデルシュタイン鉄道でバイエルンの展望台へ」で詳述。

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ドラッヘンフェルス鉄道の行程(山麓駅の案内板を撮影)

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ドラッヘンフェルス鉄道周辺の1:25,000地形図(5309 Königswinter 2012年)
© Land Nordrhein-Westfalen 2012

2018年5月のある日、コブレンツ中央駅 Koblenz Hbf の109番線(下注)から、ボン・ボイエル Bonn-Beuel 行きのRE(レギオエクスプレス、快速列車に相当)に乗った。最初、南へ向かうのでとまどうが、すぐにライン川を渡り、トンネルで方向を変えて、ライン右岸線 Rechte Rheinstrecke の北行き線に合流する。川沿いに走り続け、50分ほどでケーニヒスヴィンター駅に着いた。

*注 109という大きな数字に一瞬驚くが、9番線ホームの南端にある切り欠きホームのこと。コブレンツ中央駅には同じように104、105番線もある。

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(左)コブレンツ駅109番線に停車中の右岸線RE
(右)ライン川にモーゼル川が合流するドイチェス・エック Deutsches Eck を対岸に見て

ケーニヒスヴィンター Königswinter の町はボンの南東10km、ドラッヘンフェルスのお膝元で発展したライン河畔のリゾートだ。ケーニヒ König は王という意味だが、ヴィンター Winter は冬ではなく、ラテン語の Vinetum(葡萄畑)が転訛したもので、一説にはここにカール大帝の葡萄畑の御料地があったという。ひっそりとしたDB駅から線路に沿って南へ歩き、踏切を渡ると、登山鉄道の山麓駅が見えてきた。

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ケーニヒスヴィンター (左)河畔のプロムナード (右)市街地の落ち着いた街並み

ドラッヘンフェルス鉄道は、ケーニヒスヴィンターにある山麓駅とドラッヘンフェルスの山上駅を結んでいるリッゲンバッハ式のラック鉄道だ。長さ1520m、高度差220m、片道の所要時間は8分。夏のシーズン(5~9月)中は9時から19時まで、30分毎に山麓駅を発車し(多客時は増発あり)、復路はその15分後に山上駅を出る。他のシーズンは営業時間が短縮され、11月後半から12月にかけては運休になる。

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ケーニヒスヴィンター・ドラッヘンフェルス鉄道駅(山麓駅)

まずは、駅前に置かれている蒸気機関車を見ておきたい。かつてこの鉄道で使われていたラック機関車2号機だ。文化財として1968年からここに静態保存されている。プレートには、エスリンゲン機械工場1927年製とあった。

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かつて活躍した蒸気機関車2号機の屋外展示

駅舎は2005年に改築された現代的な2階建ての建物で、ドラッヘンフェルス観光駅 Drachenfels Tourismus-Bahnhof と呼ばれている。19世紀からある鉄道にしては、山麓駅だけでなく、クラシックな外観の施設が見当たらない。首都移転に伴う補償協定(下注)によって地元に交付される資金を一部充当し、近年精力的に整備が進められたからだ。

*注 1994年のベルリン/ボン法に基づき、西ドイツの首都であったボンからベルリンに政府機能を移すにあたり、ボン地域の振興資金として、1995年から2004年の間に14億3,700万ユーロを支出する「ボン地域の補償措置に関する協定 Vereinbarung über die Ausgleichsmaßnahmen für die Region Bonn」が結ばれた。

1階(日本で言う2階)にはチケットオフィスやグッズショップがあり、ガラス戸の向こうは乗り場になっている。階段を上がると、鉄道の舞台である山域全体を模型にしたレイアウトがあった。古い時代を表しているらしく、玄関前にいるのと同形の蒸機が2両の客車を押している。

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山麓駅1階、奥に出札兼案内所、階段を上るとレイアウト展示がある
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ドラッヘンフェルス鉄道の模型レイアウト
(左)手前はDB右岸線、中央に山麓駅舎、右奥にドラッヘンフェルスがそびえる
(右)手前の建物はニーベルンゲンハレ Niebelungenhalle で、その位置からかつての中間駅は現在より下手にあったことがわかる

構内では、ラック式の電動車が客待ちをしている。両運転台車で、ドアは片側(山に向かって右側)にしかない。磨かれ艶光りしているが、実は1955~60年の製造だ。1999~2001年に全面更新を受けているものの、内装はなつかしいレールバスのそれを思わせる。

電車は、混雑度に応じて単行または2両連結で運転される。最後尾に車掌が乗っているが、戸閉めの後でチンチンとベルを鳴らすくらいで、手持無沙汰の様子だ。中間駅や山上駅は無人なので、そこでの出改札が主な仕事なのだろう。

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(左)山麓駅構内に停車中の電車、1950年代後半の製造
(右)内装はレールバスを思わせる

山麓駅を出発すると、電車はいきなり上向きになり、ぐんぐん高度を上げていく。線路の周りは森で、残念ながら見通しはあまり利かない。勾配は決して一本調子ではなく、いくらか行ったところで緩やかになる。

森が開け、石造アーチの跨線橋をくぐって停車した。中間駅のシュロス・ドラッヘンブルク Schloss Drachenburg(ドラッヘンブルク城)だ。2011年に改装された駅で、LRTの停留所と間違えそうなモダンな造りに驚く。2線に分かれ、列車交換が可能だが、多客期以外は対向列車がないので、上下列車とも山上に向かって右側のホームに停まる。

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(左)山麓駅を出発 (右)少し上ると緩勾配に
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中間駅 (左)城に通じる石橋をくぐって中間駅に接近
(右)ベンチの風防に竜のシルエットが

ここはドラッヘンブルク城の最寄り駅だ。城といっても、1884年に株式仲買人で銀行家だったシュテファン・フォン・ザルター男爵 Baron Stephan von Sarter が建てた邸宅で、19世紀後半、グリュンダーツァイト Gründerzeit の古典主義的傾向を反映した壮麗な建物だ。

前城 Vorburg と呼ばれる玄関建物を抜けると、斜面を覆って整えられた庭園が広がり、その先に堂々たる本館がある。室内の豪華な調度品は見ごたえがあるし、贅沢にも各部屋からライン渓谷が望める。螺旋階段で北の塔の屋上に登ると、ジーベンゲビルゲやボン市街など北側の眺望がよかった。

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壮麗さを誇るドラッヘンブルク城
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城の北塔からの眺め
(左)南望。ライン川の中州ノンネンヴェルトが見える
(右)北望。右奥の山はペータースベルク、左端にケーニヒスヴィンター市街

それはさておき登山鉄道に戻ろう。中間駅を再び発車すると、電車は8径間の石造アーチ橋を渡って、再び森に入る。跨線橋をくぐったところから200‰の最大勾配になる。高い切通しに沿って右にカーブしていくと、まもなく終点ドラッヘンフェルスだ。駅は簡素な造りで、出札窓口があるものの、ふだんは人がいない。切符の必要な人には、折返しの列車が到着した後、車掌が改札で手売りしてくれる。

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(左)中間駅の山上側 (右)8径間の石造アーチ橋を渡る
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(左)山頂直下の跨線橋から (右)跨線橋の下で始まる200‰の最急勾配
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山上駅 (左)1面1線の簡素な構造 (右)駅舎

駅前には、広い展望広場とレストラン施設がある。一部が階段状になった広場からは、ライン渓谷の上流側(南側)が一望になる。フランシスコ修道院のあるノンネンヴェルト Nonnenwerth の中州がアクセントとなって、単調な流路に変化が加わるのがおもしろい。

この広場もごく最近整備されたものだ。ドラッヘンフェルスはオランダ人観光客に特に人気があり、ライン川を遡ると最初に目に入る高い山なので、「オランダで一番高い山」というあだ名さえあった。その人出を受け入れるために、1970年代、ここに展望台やレストランを備えた大規模な観光施設が造られた。しかしその後、観光客が減り、麓からの景観を損ねているという理由もあって、2011年から撤去工事が始まり、2013年に展望広場に生まれ変わったのだ。

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展望広場と、眼下に広がるライン渓谷のパノラマ
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岩山の直下に葡萄畑とライン川。貨物列車が右岸線を通過中

レストランの裏の道を少し上ると真の山頂で、麓からも見えていた古城の廃墟がある。もとは南の護りを固めるために1138年にケルンのアルノルト1世大司教 Erzbischof Arnold I が建てさせたものだが、30年戦争中の1633年に破壊され、以来再建されなかった。今は自然公園の中で保護され、ライン川を見下す静かな展望台の一つになっている。

足元はるか下の川面を、大型客船がゆっくりと下っていくのが見える。それと交差するように貨物列車が岸辺を駆けていく。後でケーニヒスヴィンターに降りたら、このライン川を横断するフェリーで、対岸のメーレム Mehlem に渡るつもりだ。ターナーが描いたように岩山を少し距離を置いて眺め、ドラッヘンフェルスの半日観光を締めくくりたいと思う。

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ドラッヘンフェルス山頂に立つ古城の廃墟

■参考サイト
ドラッヘンフェルス鉄道 http://www.drachenfelsbahn.de/
ドラッヘンブルク城 https://www.schloss-drachenburg.de/

★本ブログ内の関連記事
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