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2018年3月19日 (月)

ラ・ミュール鉄道、2020年に一部再開

グルノーブル Grenoble の南、マテジーヌ高原 Matheysine Plateau へ、電気機関車に牽かれて観光列車が上っていく。高原で採掘される石炭を運び出していたラ・ミュール鉄道 Chemin de fer de la Mure は、本来の役割を終えて、1997年に観光鉄道に転換された。

*注 ラ・ミュール鉄道のプロフィールについては本ブログ「フランス ラ・ミュール鉄道を地図で追う」参照。

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被災前のラ・ミュール鉄道
Photo by Alain Gavillet at wikimedia. License: CC BY 2.0

しかし、年間最大7万人が訪れていたというプティ・トラン petit train(小列車の意)の旅は、2010年10月26日に突然終了する。この日発生した山崩れで、約3,000立方メートルという大量の岩や土砂が、トンネルの入口とモンテナール湖 Lac de Monteynard を見下ろす高架橋の上に落下し、線路が完全に埋まってしまったのだ。

現場は2本のトンネルの間の短い明かり区間で、目もくらむ 高さ250m(下注)の断崖に石積みの高架橋が架かっている。土砂の除去作業をしようにも現場に近づく道路はなく、不安定になった岩肌からは小さな崩落が続いていた。復旧の見通しが立たないことから、運行を受託していたヴェオリア・トランスポール Veolia Transport は、要員を解雇し、事業から完全に手を引いた。それ以来、ラ・ミュール鉄道は全線が不通のままだ。

*注 1962年に完成したモンテナール=アヴィニョネ ダム Barrage de Monteynard-Avignonet により湛水する前は、川底から400mもの高さがある荒れた急斜面だった。なお、湖の名も正式にはモンテナール=アヴィニョネ湖 Lac de Monteynard-Avignonet。

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崩壊現場を対岸より撮影
Photo by Guillaume BOSSANT at fr.wikipedia. License: CC BY-SA 1.0

鉄道が通るイゼール県 département de l'Isère は、事業再開を目指して、2012年に委託業務の最初の入札を行った。しかし、提示の条件を満たす事業者は現れなかった。その後も再入札や個別の交渉が繰り返されたが、いずれも途中で暗礁に乗り上げた。この間、線路施設は放置され、2013年11月には架線の一部が盗まれる被害も発生した。

ところが、運行中止から7年が経とうという2017年6月になって、新たな報道があった。フランスのマスコミサイト Franceinfo から、6月29日付記事を引用させていただく(フランス語原文を和訳)。

イゼール県のラ・ミュール小列車が新しい運行事業者を見つけて2020年に再開予定
Le petit train de la Mure en Isère a trouvé un nouvel exploitant et va redémarrer en 2020

それはイゼール県きっての観光地の一つである。2010年の山崩れの後中止されたラ・ミュール小列車の運行が再開されることになった。県議会は今朝、新しい事業者の名を発表した。2020年の再開に向けて2,600万ユーロの投資が必要となる。

良いニュースは何年も前から期待されていたが、イゼール県のラ・ミュール小列車が再び走ることになった。2010年10月、巨大な地すべりが列車の走るレールを遮断していた。この木曜日、2017年6月29日、イゼール県議会は小列車を運営する代表者の名を発表した。大規模で費用のかかる作業が必要になる。最初の観光客を迎えるのは2020年の見込みである。

複雑なインフラの管理を専門とする民間管理事業者エデス Edeis は、新しい「ラ・ミュール小列車」を運営するために選ばれた。イゼール県議会議長ジャン=ピエール・バルビエ Jean-Pierre Barbier が、今朝ラ・ミュールでの記者会見の席でその名を明らかにした。

「小列車」は2020年7月に再開される予定である。ラ・ミュールとモンテナールの展望台の間15kmの路線を走ることになる。最終的には、運行中止前の年間訪問者70,000人に対して120,000人に達することが目標である。

しかし、再開の前に大規模で費用のかかる作業がある。起工式は年末までに行われる予定である。必要となる投資総額は2,600万ユーロと見積もられ、うち600万ユーロは委託先のエデスが負担することになっている。県はそれに最大1,500万ユーロを投入する。ジャン=ピエール・バルビエにとって有用な投資であり、「そうすれば、経済的観点からうまくいくと信じているのです」。

イゼール県の観光の真の花冠「ラ・ミュール小列車」は、2010年10月の山崩れ以来、運行されていない。2本のトンネルの間の線路上に数千立方メートルの岩が崩れ落ちた。被害状況を地元の制作会社が撮影している。

記事にあるモンテナールの展望台というのは、グラン・バルコン Grand balcon(大バルコニーの意)付近に新たに設置するもので、レストランが併設されるという。そこは崩落個所より800mほどラ・ミュール寄りの高架橋上で、湖の眺望がすばらしく、以前から観光列車がフォトストップのサービスをしていた。列車はそこで折り返すことになるようだ。また、途中のラ・モット・ダヴェイヤン La Motte-d'Aveillans にある鉱山イメージ博物館 Musée de la mine image の前に新たに停留所を設けるともされている。

別の記事(Transportrail 2017年9月10日付)では、さらに具体的に「2020年夏のシーズン(4~10月)にこの区間で1日当たり9往復を運行させる計画」と書かれており、その日に向けて着々と準備が進められているのは間違いない(下注)。

*注 エデス社のサイトによれば、委託契約期間は30年で、初めの3年で整備工事を行い、その後27年間、インフラを維持管理するという。
https://www.edeis.com/train-de-mure-projet-emblematique-activites-dingenierie-dexploitation-dedeis/

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2020年の運行再開区間(赤線)。図中の LANDSLIDE が崩壊地点

ただ残念なのは、これが全線復活ではないことだ。計画では、上流側のラ・ミュール~グラン・バルコン間約15kmの運行が再開されるが、その一方で、本来の起点で、SNCFアルプス線 Ligne des Alpes との接続駅であるサン・ジョルジュ・ド・コミエ St-Georges-de-Commiers までの下流区間約15kmについては、少なくとも当面は放棄される。そのため、車両保守のための施設や留置線は、ラ・ミュールに集約されるという。

確かに、崩落現場にはまったく手が付けられておらず、土砂の撤去は、足場確保の困難さ、膨大な作業量、二次災害の危険性などから見ておそらく不可能だ。列車を通すには、現場の前後にある2本のトンネルをつなげる形で、当区間を迂回するトンネルを新たに掘るしかないだろう。しかし、巨額の費用を投じて全線再開を実現できたとしても、それがさらなる利用者増に結び付くかというと、そこは疑問だ。

ヨーロッパのどの観光鉄道もそうだが、客の大半は自家用車か観光バスで来る。SNCF線への接続が復活してもその傾向が変わることはないだろう。それに、沿線はおおむね木が茂り、見通しが利く区間は意外に少ない。展望台があり、丘陵を折り返しながら峠を越えていく上部区間に比べて、乗客を喜ばせる仕掛けに欠けている。さらに、エデス社にとってみれば、全線を往来する客は時間を惜しんで、せっかく整備したグラン・バルコンのレストランを素通りしてしまう恐れがある。

案の定、Franceinfo の続報によれば、サン・ジョルジュ・ド・コミエの町長が、計画はわが町のことを忘れている、と県に対して異議を申し立てたそうだ(2017年10月24日付記事)。駅前に駐車する観光バスが消え、列車運行に関する仕事がすべてなくなり、サン・ジョルジュ・ド・コミエは片道10本のSNCF気動車が停車するだけの静かな無人駅に零落してしまった。その状況がこの先いつまで続くのかは、誰にもわからない。

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