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2018年1月10日 (水)

奥出雲おろち号で行く木次線

山陰本線の宍道(しんじ)駅3番ホームに、赤1色のキハ120形気動車が停車している。朝9時10分発の木次(きすき)線木次行き1445Dだ。鄙びたローカル線と高をくくっていたので、単行とはいえ、ほぼ満席で立ち客までいるのは予想外だった。乗り込むなり、気のいい車掌さんに「トロッコですか」と聞かれたから、やはり観光列車に乗り継ぐ客が多いらしい。

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宍道駅3番線に停車中の木次行きキハ120形

今日10月27日(2017年)はその「奥出雲おろち号」で、木次線を遡る。出雲南部、いわゆる雲南地方の観光資源として1998年から運行されているトロッコ列車だが、乗車するのは初めてだ。運行区間は通常、木次~備後落合(びんごおちあい)間で、主として日曜日だけ出雲市から延長運転が行われている。今日は平日なので、木次まで定期列車に乗る必要があったのだ。

■参考サイト
出雲の国・斐伊川サミット-トロッコ列車「奥出雲おろち号」
http://www.hiikawa-summit.info/orochi/

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木次駅 (左)駅前の道は川堤へ続く (右)構内

木次線は、島根県の宍道から広島県の備後落合まで延長81.9km、単線非電化の鉄道線だ。1937年に全通した中国山地を横断するルートの一つだが、名うての(?)閑散路線で、代替道路が未整備でなかったら、とうに廃止宣告を受けていたに違いない。

特に木次以遠は人口が少なく、列車はふだん、鉄道愛好者を除けば空気を載せて走っている。峠越えの区間は冬場、大雪に見舞われることがあり、そのつど長期の運休を迫られるのも厳しい。一方、根元に当たる宍道~木次間は比較的人口が張り付いているが、私鉄(下注)により簡易線規格で造られたため、半径161m(=8チェーン)の急カーブと20~25‰の急勾配が随所にあり、速度がいっこうに上がらない。その上、地図で見るとおり、点在する町に近づけようとしたことで、冗長なルートができてしまった。鉄道が交通の主役だった時代はともかく、道路が改良された今となっては、競争に不利な条件が揃っているのだ。

*注 簸上(ひのかみ)鉄道により1916年に開通、1934年国有化。

しかし別の見方をすれば、都市化されていない懐かしい風景の中を、ゆったりのんびり走るスローライフ志向の路線ともいえる。加えて、最奥部にはスイッチバックの出雲坂根(いずもさかね)駅という鉄道名所がある。高度を稼ぐために造られる明瞭な三段式(Z形)スイッチバックは、JR路線としてここ以外には、豊肥本線の立野(たての、大分県)にしかない。

「奥出雲おろち号」は、こうした変化に富んだ車窓風景を、ガラス越しでなく自然の風が吹き抜けるトロッコ列車で、心行くまで味わえるのが売りだ。私も出雲坂根までこの列車に揺られて、木次線のもつ雰囲気を体感しようと思っている。

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木次線ルート概略図

そろそろ発車時刻が近づいてきた。改札を入ると、さきほどキハ120形で到着した2番線に、ボディーに青と純白をあしらった3両編成の列車が停まっている。先頭が運転室つきの開放型客車(トロッコ車両)、真ん中が密閉型客車(普通客車)、最後尾にDE15形ディーゼル機関車という並びだ。観光列車らしく、機関車は後ろから推す形にして、前面展望を保証している(下注)。

*注 終点で列車を転回できないので、帰路は機関車が前に立つ。

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木次駅2番線に「奥出雲おろち号」がバックで入線 *

すでに多くの人が乗り込んで発車を待っていた。トロッコ車両は定員64名、テーブルをはさんで2席分の木製ベンチが向かい合う。車端はレール方向に向いた4人用の長椅子だ。見たところすべてのテーブルが塞がっていて、平日というのに盛況だ。同行のTさん、Gさんと合流して、私もこの長椅子に着席した。

ちなみに後ろの密閉型客車には誰も乗っていない。なぜなら、トロッコ車両では寒いとか、雨が吹き込んでくるときに避難するための席だからだ。つまり乗客は1枚の指定券で2席確保しているわけで、同時に使うことはないとはいえ、なんとも贅沢な措置だ。

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「奥出雲おろち号」の客車
(左)開放型車両(トロッコ車両) (右)密閉型車両は避難(?)用

ホームから園児の集団に見送られながら、10時07分定刻に木次駅を発車した。線路は斐伊川(ひいかわ)の流域に延びているが、斐伊川本流に沿って走る区間は意外に少なく、支谷を伝ってトンネルで別の支谷へ抜けるという一見迂遠なルートがとられている。斐伊川は中流部で穿入蛇行(せんにゅうだこう)しているから、トンネルや切通しが多く必要になり、工費がかさむのを嫌ったのだろう。そのため、車窓には、三江線で見るような大河ではなく、狭い谷川や段々になった山田の風景がどこまでも続くことになる。

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(左)園児に見送られて発車 (右)車端の長椅子が私たちの席 *

列車は、木次の町裏を抜けた後、久野川(くのかわ)が流れる谷を延々10km以上も遡る。2駅目の下久野(しもくの)駅を過ぎたところで右に折れて、路線最長2,241mの下久野トンネルに入った。ここで一つ出し物がある。客車の天井に八岐大蛇(やまたのおろち)のイルミネーションが浮かび上がるのだ。トンネルの壁にレーザー光で絵を描くといった派手な仕掛けではないが、長い闇の中で退屈をわずかでも紛らせることができる。

季節に応じた防寒着のご用意を、と案内サイトに注意書きがあるとおり、走行中は絶えず風が当たる。気温はさほど低くないとはいえ、早くも密閉型車両に移動する人が出てきた。

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(左)下久野トンネル通過中 (右)天井におろちの姿が浮かび上がる *

トンネルを抜けると、高原状の浅い谷を下って出雲三成(いずもみなり)に停車する。ここで上り列車1450Dとの交換がある。ダイヤに従えば相手が先着して待っているはずだが、今日は遅れているようだ。乗客の中にはホームに降り、記念写真を撮る人もいる。まもなく赤いキハ120形が何食わぬ顔でやってきた。

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出雲三成駅 (左)ここでも園児の見送りが (右)対向列車が到着

三成からは斐伊川を右に見ながら進むが、線路はまた支谷へそれていく。次の停車は亀嵩(かめだけ)、いうまでもなく松本清張の「砂の器」の舞台になった場所だ。小説は大昔に読んだきりだが、事件の真相を探る刑事のように、私も亀嵩には用事があった。というのはほかでもない、駅でそば弁当を受け取ることになっていたのだ。当日1時間前までに予約しておけば、ホームから手渡ししてくれる。

亀嵩駅の手打ちそばは昔から有名だが、2駅先の八川(やかわ)駅では、この列車のためにそば弁当を立ち売りしている。ただし、数個しか用意されていないので、確実に手に入れるにはどのみち電話予約が安心だ。

出雲横田(いずもよこた)は、大しめ縄を張った社殿と見紛う駅舎で知られている。しかし、眺めたければ駅前広場に回る必要がある。停車時間はわずかで、その余裕はなかった。八川を過ぎると谷はさらに深まっていき、いよいよ30‰の勾配標が現れた。険しい峠道の始まりだ。標高は500mを越え、紅葉も川下より進んでいる。

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(左)亀嵩駅。駅の手打ちそばは有名
(右)八川駅。ホームで待っているのはそばの立ち売り人 *
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トロッコ車両はいつでもパノラマビュー(八川~出雲坂根間)

11時15分、ついにスイッチバックの出雲坂根駅に到着した。駅自体は標準的な相対式ホームだが、その手前にシーサスクロッシング(X字形の分岐器)があり、そこで下段と中段の線路に分かれている。2010年築の木造駅舎はまだ新しいが、もちろん無人駅で、切符も売っていない。

■参考サイト
出雲坂根付近の最新1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/35.102400/133.120600
出雲坂根付近のGoogle地図
https://www.google.com/maps/@35.1024,133.1182,16z?hl=ja

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出雲坂根駅
(左)駅舎正面。川下より紅葉が進んでいる * (右)列車の到着時だけ賑わう駅

私たちはここで下車して、備後落合へ旅を続けるトロッコ列車を見送った。列車は機関車を先頭にしてもと来た方向へバックし(見た目はこのほうが正常だが)、分岐器を渡って森の中へ消えていった。発車後10分近く経って、上段の続きの線路をゆっくり上っていく列車が、森の切れ目からちらと見えた(右下写真)。

おろち号は備後落合で折り返してくるが、それまでしばらく時間がある。駅舎の隣のあずまやに腰かけて、名物の延命水をお茶代わりに、そば弁当をおいしくいただいた。何匹ものカメムシが周りをうろうろするのには閉口したが、ピクニックに来たと思えばそれも一興だ。

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(左)スイッチバックを上るおろち号を見送る
(右)駅から上段の線路を行く列車が見えた
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(左)駅舎横のあずまやにある延命水 (右)亀嵩駅のそば弁当を開ける

13時30分過ぎ、木次側から先に下り普通列車1449Dが到着した(下注)。私はこれに乗るつもりだが、列車はおろち号と行き違いをするため、駅で長い待ち合わせがある。ほどなく、上方からレールのきしむ音が聞こえてきた。姿は見えないが、スイッチバックの上段を列車が降りてきている。下り列車の乗客がカメラの放列を敷く中、13時50分を回ったころに、ようやくおろち号が森の陰から現れた。

*注 木次線は山陰本線の支線なので、運転上は宍道方面が「上り」、備後落合方面が「下り」になる。

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下り普通列車が、戻ってきたおろち号と交換 *

出雲坂根に残ったTさんとGさんはこの後、スイッチバックの俯瞰撮影を試みている。後で聞くと、七曲がりの旧道を三井野原(みいのはら)のほうへ上っていく途中に、お立ち台に通じる道を見つけたそうだ。ロープをたぐって斜面をよじ登り、木立の間から狙い通りのショットをものにした。下がその成果だ。

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スイッチバック上段を降りていく普通列車 *
左奥の屋根(シェルター)が折り返しポイント。中段の線路は森に阻まれて見えない
下の線路は出雲坂根から八川へ向かう線路(スイッチバック下段に相当)
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折り返しポイントのシェルターから出てきた列車 *
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スイッチバックを降りた列車が木次方面へ去る *

次の三井野原が峠の駅で標高726m、JR西日本の路線では最高所だ。周辺は高原の風情だが、地形としては、南へ流れ下る西城川(江の川水系)が北へ流れる室原川(斐伊川水系)により河川争奪を受けて上流を喪失した、いわゆる風隙(ふうげき)に相当する。出雲坂根との直線距離はわずか1.3kmだが、標高差は160mにもなる。線路は、30‰の連続勾配と、スイッチバックを含む6km以上の長い迂回路で高度を稼いで、ようやくこの駅に達する。

その途中、並行する国道314号線が、奥出雲おろちループと名付けられた巨大なオープンスパイラルで上ってくるのが、車窓からも見える。谷を一気にまたぐ真っ赤なアーチ橋とその上をすいすい走る車を前にして、80年も前に造られた鉄道はいかにも分が悪い。観光列車を走らせる価値はあっても、残念だが、もはや日常輸送の役割は終えたと思わざるを得ない。

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国道314号奥出雲おろちループ
右写真のスパイラルを上り、左写真のアーチ橋を渡って三井野原へ
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(左)峠の駅三井野原(木次方を撮影)
(右)西城川上流の谷を降りていく(木次方を撮影)

西城川上流の狭い谷を下ること約30分で、終点備後落合に着いた。芸備線との乗換え駅で、この時間帯は珍しく三方向から列車が集まり、互いに連絡している。各ホームに帯の色が違うキハ120形がちょこんと停まり、揃って客待ちしているのはおもしろいが、運行本数が極少だから、乗り間違えるとおおごとだ。「三次」の方向幕をしっかり確かめて、私も次の列車に乗り継いだ。

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備後落合駅
(左)乗ってきた木次線列車
(右)隣の島式ホームで、芸備線三次行きと新見行きに連絡

掲載した写真のうち、キャプション末尾に * 印のあるものは同行のTさんから提供を受けた。それ以外は筆者が撮影した。

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