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2018年1月30日 (火)

地形図を見るサイト-オランダ

2009年にオランダの官製地形図について少し調べたことがある(「オランダの地形図」参照)。それから早や9年、しばらくご無沙汰しているうちに、地形図サイトがすっかり様変わりしていた。

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「テイドライス」で見る1934年のデルフト
フェルメールの街がアップルグリーンの牧草地の中にくっきりと浮かぶ

オランダの国土測量はカダステル Kadaster(地籍局)という機関が担っているのだが、当時は historiekaart.nl(historiekaart は古地図の意)というサイトが提供され、グーグルの空中写真と対比しながら1829~1949年の1:25,000地形図を縦覧することができた。また、それとは別に、19世紀の軍用地形図を含むオランダの古地図が見られる watwaswaar.nl(Wat was waar は、何が真実だったのかの意)というサイトもあった。オランダはこうした古地図を収録した地図帳(アトラス)の刊行も盛んで、モニター画面と印刷物の両方で、19世紀前半から現代までさまざまな地形図を渉猟できたのだ。

ところが、今見ると上記のサイトはどちらも消えて、カダステルは新たに、時間旅行を意味する「Tijdreis(テイドライス)」という閲覧サイトを開設している。1815年に地形測量局 Topographisch Bureau が設立されて200年になるのを記念して、この間の国土の変貌を地図でたどるためのサイトだ。
(記述は2018年1月現在の仕様に基づく)

Tijdreis(テイドライス)   http://www.topotijdreis.nl/

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「テイドライス」初期画面

初期画面では、1925年のオランダ全図が現れる。時代的には戦間期で、南西部ゼーラント州 Seeland の陸化は完了し、ゾイデル海 Zuiderzee(現在のアイセル湖 IJsselmeer)の大規模干拓事業が始まった段階だ。地図は1929年から1:400,000行政区分図 Gemeentekaart(行政区分図)に置き換わり、1937年にはその図上にゾイデル海を締め切る大堤防 Afsluitdijk が現れるはずだ。

「テイドライス」のバナーや右上のiのアイコンをクリックすると、オランダ語の解説が表示される。「よくある質問 Veelgestelde vragen」が含まれているので、日本語に訳しておこう。

問:どのブラウザならアプリを最適に見られますか?
答:ブラウザの最新バージョンを使用することをお勧めします。このアプリは、Google Chrome と Mozilla Firefox で最もよく作動します。

問:初期の地図と現代の地図では位置の変動がありますが、どうしてですか?
答:クライエンホフ図 Kraijenhoff-kaart と郵便路線図 Postroutkaart の絶対位置は、相互間や他図との間で大きく異なります。差異は最大15kmに達することがあります。これは、地図作成の基準に適用される非常に単純な投影法に関係しています。加えて、縮尺が一定でないことが問題です。縮尺は、地図のデジタル統合によって改良されましたが、地図画像の歪みを正しく修正することはできません。この歪みは主に、曲がるべき緯線が直線で描かれているという事実から来るものです。クライエンホフ図の利用で重視したのは、地図相互間の良好な接続であり、歪みを解決することではありません。

問:このアプリではどの地図が見られますか?
答:いくつかの古い縮尺図が、このアプリの地図コレクションに使用されています。コレクションには1815~2015年の期間が含まれ、以下の地図シリーズの複数の版があります(下注)。

・小縮尺: 1810年郵便路線図 Postroutkaart、ネーデルラント全図 Algemene Kaart Nederland および行政区分図 Gemeentekaart
・やや中縮尺: クライエンホフ図 Kraijenhoffkaart
・中縮尺: 軍用地形図 Topografische Militaire Kaart (TMK) RD050(1:50,000)
・大縮尺: ボンヌ区分図 Bonnebladen および軍用地形図 RD025(1:25,000)

*注 1810年郵便路線図は、ナポレオン時代の道路網(郵便馬車ルート)を描いた古地図で、図上約13cmで徒歩10時間の距離を表す。
クライエンホフ図は、1798~1822年に作成(印刷は1809年~)されたオランダ最初の全国規模の地形図で、縮尺は1:115,200。
軍用地形図 TMK は、1850~64年に作成された石版単色刷り、縮尺1:50,000、全62面の地形図シリーズ。
ボンヌ区分図は、TMK完成後の1865年から作成された多色刷り、縮尺1:25,000の地形図で、1884年ごろに全土をカバーした。名称はボンヌ図法に由来。

問:地図はどのくらいの縮尺で表示され、どの投影法が使われているのですか?
答・地図は複数の縮尺で構成され、1:12,288,000(レベル0)から1:6,000(レベル11)までオランダの更新スケジュールに従ってデータが表示されます。使用している地図投影法は、国定三角図法 Rijksdriehoekstelsel です。

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地勢をケバで表現する1:50,000軍用地形図 (TMK)
レーネン Rhenen 付近
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手描きのタッチが味わい深い1:25,000ボンヌ区分図
ネイメーヘン Nijmegen 旧市街

このサイトは Esri のシステムを利用しており、操作は単純でわかりやすい。

特定の地域を表示するには、検索窓で地名(例:Amsterdam)を指定する。

地図を拡大縮小するには、左上の+-ボタンを使うほか、画面をダブルクリックしても一段階ずつ拡大する(shift+ダブルクリックは効かない)。また、マウスホイールを使うと、連続的に拡大縮小できる。Shiftキーを押しながらマウスで矩形を描けば、その範囲を拡大できる。

任意の時代を指定するのも3通りのやり方があり、一つは、時間バーの上にある年次のドロップダウンリストから選ぶ方法、二つ目はバー上のポインターをスライドさせる方法、そして三つ目はバー左端のグレー部分の任意の箇所をクリックする方法だ。

時代を連続的に変えるには、左上のプレイボタンをクリックする。画面は1年ずつゆっくりと進んでいくが、地形図の更新間隔は一般に数年おきのため、表示内容に変化のない期間も当然ある。

画面操作はこれだけだ。別の言い方をすれば、これしかできない。ただ地表の変化を眺めて楽しむだけなら問題は少ないが、資料として活用するには物足りなさが募る。たとえば、シームレス画像であっても、もとの地図の属性情報(縮尺、図名、作成年次など)は何らかの形で表示できるようにすべきだろう。画面に縮尺(スケールバー)の表示がないのも不親切だ。

また、画面解像度の関係で細かい注記文字が読めないため拡大しようとすると、自動的に大縮尺の地図に置き換わってしまう。結局、細部を確認できるのは、その時代で最大縮尺の地図(1:25,000など)だけになる。元のファイルがいくら高解像度で作成されていても、これでは宝の持ち腐れだ。フランスのように縮尺別のレイヤーに分けるか、詳細画像のダウンロード機能を付加すれば、この難点はカバーできると思うのだが(下注)。収載図はどれも高品質で絵画的にも美しいものばかりなので、仕様が改良・拡張され、より洗練されたサイトに進化する日を待ちたい。

*注 ダウンロードや印刷は別途有料サービスがあるため、それへの影響を懸念しているのかもしれない。

現行地形図を見るだけなら、公的な地理情報を一括している PDOK Viewer(PDOK=Publieke Dienstverlening Op de Kaart(地図での公共サービスの意))のサイトのほうが、同じ縮尺図を拡大縮小でき、画像も鮮明だ。PDOKは、カダステルをはじめ、社会基盤・環境省、経済省、水資源局 Rijkswaterstaat などが共同出資する公共企業体で、全国規模の地理情報をウェブサイトで提供している。

PDOK Viewer  http://pdokviewer.pdok.nl/

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PDOK Viewer 画面で、TOP25raster を表示

初期画面の左メニューが、閲覧できるデータの一覧(ABC順)だ。ツリーを下へスクロールしていくと、TOP10NL、TOP25raster などの地形図データが見つかるはずだ。ちなみに名称の TOP は Topografisch(地形の)、25は縮尺1:25,000、raster はラスタデータを意味する。左端の-をクリックして表示される下位項目(下注)にチェックを入れると、該当データが中央のビューワーに現れる。地図はレイヤーになっており、後述する方法で透明度を調整したり、重ね順を入れ替えたりできる。

*注 項目名の末尾にある tms (Tile Map Service), wmts (Web Map Tile Service), wms (Web Map Service) はウェブマッピングの仕様を示しているが、閲覧だけならどれを選んでも問題ない。画像をコピーするときは wms を使うとよい(tms, wmtsでは256×256 pixの小さなタイル単位になってしまう)。

注意すべきは、オランダ全土が表示されている初期画面では、チェックボックスがアクティブにならないものがあるということだ。各縮尺図は、表示できる画面縮尺に一定の範囲があり、それ以上でも以下でも選択ができない。+-のボタンかスケールバーで地図を拡大/縮小していくと、どこかの時点でチェックボックスがアクティブに転じる(色がグレーから黒に変わる)のが確認できるはずだ。

レイヤーの透明度を調整するには、左メニューの Actieve Lagen(アクティブレイヤーの意)の右の+をクリックし、該当レイヤーの透明度バーを適宜スライドさせる。

レイヤーの重ね順を変えるには、該当レイヤーのサムネールを変えたい位置にドラッグドロップする。

メニューを畳むには、右上端の≫をクリックする(右側の凡例も同じ)。

地図をプリントする機能は見当たらず、ブラウザの印刷機能を使うか、コピーした画像ファイルから印刷するしかないようだ。なお、PDOKで公開されているデータ(地図画面に CC-BY の著作権表示があるもの)は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従って、無償かつ自由な使用が許されている。

最後に官製地形図そのものではないが、それをしのぐ完成度を誇るオランダ全土のデジタル地形図をお目にかけよう。上記PDOKビューワーのデータツリーにも名が挙がっている OpenTopo だ。閲覧はPDOKで試していただくとして、これを大サイズのJPEG画像でダウンロードできるサイトがある。

OpenTopo.nl http://www.opentopo.nl/

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OponTopo.nl 初期画面

提供される縮尺は6段階で、100pix/km(実長1kmあたり画素数100ピクセル)は1:100,000、200pix/kmは同 1:50,000、400pix/kmは同 1:25,000に相当するという。最大縮尺は3,200pix/kmで1:3,125相当と非常に詳細なデータが得られる。等高線は2.5m間隔(100pix/kmでは省略)と官製図と同等で、かつ地勢を表すぼかしが入り、地図記号もより多彩だ。地形はカダステルの Top10NL、建物は地方自治体、水路は水資源局 Rijkswaterstaat の公式データを使用し、OpenStreetMap と組み合わせているという。

カダステルの官製地形図と同じエリアを比べてみよう(下図参照)。まずアムステルダム中心部だが、左の1:25,000官製図では市街地がベタ塗りで埋められ、施設の注記は、著名な観光地でもある国立美術館 Rijksmuseum、計量所 Waag、アンネ・フランクの家 Anne Frankhaus、マヘレの跳ね橋 Magere Brug 程度だ。一方、右の OpenTopo では建物の平面形が読み取れ、主要施設の注記もかなりの量に上る。地図を携えて街歩きが可能なほど、情報が豊富であることがわかるだろう。

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官製地形図(左)と OpenTopo (右)の比較。アムステルダム旧市街

次は北海沿岸のリゾート、エフモント・アーン・ゼー Egmond aan Zee の周辺だ。海岸砂丘の複雑な起伏が、 OpenTopo では等高線を読まずとも、ぼかしによって直観的に、かつ詳細に確かめられる。官製地形図(1:25,000、1:50,000など)でもかつては砂丘にぼかしをかけていたのだが、1990年代に改訂された新図式で省かれてしまい、現在は等高線だけになっている。訴求力の点でどちらが勝るのかは敢えていうまでもない。

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同 エフモント・アーン・ゼー

使用した地形図の著作権表示 © Kadaster, 2018, © OpenTopo, 2018

★本ブログ内の関連記事
 オランダの地形図
 オランダの地形図地図帳 I
 オランダの地形図地図帳 II
 オランダの地形図地図帳 III

 地形図を見るサイト-ベルギー
 地形図を見るサイト-フランス
 地形図を見るサイト-ドイツ・バイエルン州

2018年1月25日 (木)

地形図を見るサイト-フランス

フランスの国土地理院であるIGN(イ・ジ・エヌ、Institut Géographique National)も、地形図を含む幅広いジャンルの地理情報をウェブサイトで公開している。

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「ジェオポルタイユ」で見る1:25,000地形図
遠浅の湾内に浮かぶモン・サン・ミシェル。中心が修道院 Abbaye 、東~南斜面に門前町

フランスは面積では西ヨーロッパ最大で、551,500平方km(海外領土・属領を含まず)と、スイスやドイツ・バイエルン州の約13倍もある。そのため、さすがに旧版地形図がすべて見られるわけではないが、18世紀のカッシーニ図、19世紀前半の参謀本部地図、20世紀中盤の1:50,000(IGN旧版)、そして現行図と、世紀単位で国土の発展を追うことができる(下注)。

*注 パリ首都圏については、さらに1818~24年の参謀本部地図と1900年図式地形図も提供されている。

サイトのもう一つの特徴は、フランス国内だけでなく、国外についても協力会社の地図でカバーしている点だ。そのために Esri や OpenStreetMap の世界地図が使われており、それに加えて、スイスとルクセンブルクの官製図もレイヤーとして選択できる。グーグルマップの浸透で、国境を越えて地図・空中写真を閲覧できるのは当たり前のように思われがちだが、国家測量機関のサイトではあまり例がない。IGNは以前から、紙地図でも民間地図会社と提携して、他国の旅行地図をIGNブランドで販売してきた。それと同じことをウェブサイトの世界でも実現しているわけだ。

それでは、IGNの地図閲覧サイト Géoportail(ジェオポルタイユ、地理ポータルの意)の内容を見ていこう。表記はフランス語のみのため、スクリーンショットには適宜日本語訳を付している。
(記述は2018年1月現在の仕様に基づく)

ジェオポルタイユ Géoportail
https://www.geoportail.gouv.fr/

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初期画面

初期画面(上の画像)が地図ではなく、説明文が並んでいるだけなので戸惑うが、検索窓を除いて、どの文字列をクリックしても、次に出てくる画面は同じだ。

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次画面(2回目以降は省略も)

次画面(上の画像)には簡単な操作説明がある。FAQを見るのでなければ、画面上のどこかでクリックする。これでようやく黒のマスクが取れて、フランス全土の空中写真が現れる。

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操作初期画面

各アイコンの機能は上の画像に書き加えたとおりだが、空中写真を拡大しても、土地鑑がない限りそれがどこなのか見当もつかない。それで空中写真を地図に取り換えることにしよう。

別の地図などにするには、左上隅のCARTES(地図)のアイコンをクリックして、メニューを表示させる(このときアイコンが90度回転する)。なお、メニューを消去するには、再度CARTESアイコンをクリックする。

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ベースマップメニュー。「すべてのベースマップを見る」をクリックすると右の画面に

FOND DE CARTE(ベースマップ)をすべて表示するには、Voir tous les fonds de carte(すべてのベースマップを見る)をクリックする。上の右画面のような一覧が表示されるので、任意のサムネールを選択する。

なお、選択したベースマップはレイヤーとして、削除の操作(方法は後述)をしない限り積み重なっていく。つまり、一度選択したものは、画面で見えなくても背後には残っているのだ。それで、重ね順を変更したり、透明度を調節すること(方法は後述)によって、再び表示させることができる。また、レイヤーのサムネールをダブルクリックしても、重ね順が一番手前に来る。

選択できるベースマップは以下の通り。

・Carte IGN:IGN地図、すなわち全土のベクトルマップ
・Parcelles cadastrales:地籍図。背景が透明のため、他の地図に重ねて表示が可能。
・Plan IGN:IGN地図(作業用)。家屋の輪郭や影を消し、作業に使いやすいようにしている。
・Carte topographique IGN: IGN地形図、市販されている1:25,000地形図と同じもの。
・Cartes IGN classiques:IGN地図旧図式
・Carte IGN (niveaux de gris):IGN地図グレースケール版。さまざまなデータをオーバーレイするときに用いるとよい。
・Carte France Raster:ラスターマップ
・Carte du relief:レリーフ地図
・Cartes 1950:1950年代の地形図、縮尺1:50,000。
・Photographies aériennes 1950-1965:1950~1965年撮影の空中写真
・Carte de Cassini:カッシーニ図。18世紀に作成された三角測量に基づく世界最初の地図。原図の縮尺は1:86,400
・Carte de l'état-major (1820-1866):参謀本部地図。19世紀の軍用地形図で、縮尺1:80,000
・Cartes géologiques:地質図
・Esri World Topographic Map
・Esri World Street Map
・OpenStreetMap monde

メニューを畳むには、tous les fonds de carte の見出しの左の "<" をクリックする。

用意されている地図データはこれだけではない。Données thématiques(テーマのデータ)の見出しの下に、Agriculture(農業)から Territoires et transports(国土と交通)まで並ぶ項目の中にも、多数の選択肢がある。

例えば Culture et patrimoine(文化と遺産)には、Guyane française(フランス領ギアナ図、1780年、下注)、Carte de l’état-major – environs de Paris(最初の参謀本部地図-パリ周辺、1818~24年)、Cartes topographique type 1900 – Paris et ses environs(1900年図式地形図-パリとその周辺)など、上のベースマップ一覧にはない古地図が挙がっている。

*注 フランス領ギアナは南米大陸の北東岸にあり、ベースマップをその位置にしないと表示されない、

International et Europe(世界とヨーロッパ)では、Suisse(スイス)や Luxembourg(ルクセンブルク)の地形図が見られ(下注)、Territoires et transports(国土と交通)> Transportsには、Routes(道路)、Réseau ferroviaire(鉄道網)のオーバーレイやCarte OACI-VFR(ICAO航空図)もある。

*注 ルクセンブルクの地形図作成は、戦後一貫してフランスIGNが協力しているので、ここに登場するのは不思議なことではない。本ブログ「ルクセンブルクの地形図」参照。

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レイヤー操作メニュー

次に削除や重ね順の変更など、レイヤーの操作方法は以下のとおり。

まず、右上にあるレイヤーアイコン(上図の左画面参照)をクリックして、選択中のレイヤーを一覧表示する。歯車アイコン(同 中画面)をクリックすると、図のようなマネージャが現れる(同 右画面)。上がレイヤーの透明度を変えるスライドバーで、下のアイコンは左から、レイヤーの非表示/表示、モノクロ/カラー、情報の表示、削除(=選択をやめる)といった機能だ。

また、レイヤーの重ね順を変更するには、レイヤーのサムネールを上下にドラッグドロップする。

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印刷画面

次は表示した地図の操作について。

特定の地域を表示するには、検索窓で任意の地名(例:Paris)、郵便番号(例:75004)、経緯度(例:48°51'10.8" 2°20'59.4")、同 座標値(例:48.853084 2.349864)などを指定する。

地図を拡大縮小するには、+-ボタンを使うほか、ダブルクリックでも行える。図上でダブルクリックすると、1段階ずつ拡大する。Shiftキー+ダブルクリックで1段階ずつ縮小する。また、マウスホイールを使うと、連続的に拡大縮小できる。

地図をプリントするときは、画面右上の印刷アイコンをクリックする。印刷する地図にタイトルやコメントを入力する画面が出るが、必要なければ空白のままで、Imprimer(印刷する)ボタンをクリックする。拡大縮小や印刷範囲の微調整といった機能は見当たらない。

その他詳しい使い方は、画面右上のヘルプアイコンからリンクしている。

スイスで提供されているような「地形図による時間旅行」ができるサイトは、「ルモンテ・ル・タン Remonter le temps(時を遡るの意)」の名称で別に作られている。2種類の地図・空中写真を並べて比較したり、ダウンロードしたりする機能が実装されているが、表示できるのは、IGN地図、1950年代の縮尺1:50,000地形図、1820~66年の参謀本部地図、18世紀のカッシーニ図、現行の空中写真、1950~65年の空中写真の6種類にとどまる。いずれもジェオポルタイユで見ることができるものばかりで、わざわざ別サイトにする意味は薄いように思う。

ルモンテ・ル・タン Remonter le temps
https://remonterletemps.ign.fr/

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「ルモンテ・ル・タン」2種の地図比較画面

なお、ジェオポルタイユのデータの使用については、利用規約に次のとおり記されている。
http://www.geoportail.gouv.fr/mentions-legales より抜粋、和訳)

「10.スクリーンショットと印刷

IGNのコンテンツのみがスクリーンショットまたは印刷物に含まれる場合、各データレイヤーの情報に反対記述がない限り、IGNは次のとおり再使用を許可する。

・A4サイズおよび解像度150dpi(約1230×1750ピクセル)に限定した、直接または間接的に経済的利益を与えない用途での印刷

・最大サイズ1000×1000ピクセルかそれと同等または約100万ピクセルの1個または複数個の画像に限定した、サイト、ブログ、共有プラットフォームその他、インターネットユーザーが登録なしで参照可能なウェブアプリケーションへの挿入。あらゆる公表物には、GéoportailのロゴとIGNのロゴまたは「© IGN」と年次の記述を添えなければならない。ただしこの記述では、公表サイトとジェオポルタイユの間で混同が生じないように、スクリーンショットの出処を示すべきである。

それ以外のIGNデータの使用はすべて、IGN代理店網から入手できるライセンスの対象となる。」

使用した地形図の著作権表示 © IGN, 2018

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 地形図を見るサイト-ドイツ・バイエルン州

2018年1月18日 (木)

地形図を見るサイト-ドイツ・バイエルン州

通販サイトで商品の発注や代金決済が手軽に行えるようになった今でも、外国の地形図を印刷物で入手するには、ある程度の手数と時間を伴う。一方で、より手軽に地形図にアクセスできるように、ウェブサイトで閲覧やセルフ印刷のサービスを提供する測量機関も増えてきた。本ブログでも、先にスイスとニュージーランドのサイトを紹介した(本稿末尾にリンクあり)が、ほかにも同じような仕組みを整えているところがある。ドイツ・バイエルン州もその一つだ。

ドイツの地形図概説 II-連邦と州の分業」 でも紹介したように、ドイツの官製地図作成は、小縮尺(1:200,000以下)が連邦政府、中・大縮尺図(1:100,000以上)は各州政府という分業体制がとられていて、ウェブサイトもそれぞれにある。中でもバイエルン州の測量局(下注)が開いているサイト「バイエルンアトラス BayernAtlas」は、使い勝手がよく、内容的にも充実している。

*注 かつてはバイエルン州測量局 Bayerisches Landesvermessungsamt という単純明快な名称だったが、現在は任務の高度化を反映して「デジタル化・広帯域・測量局 Landesamt für Digitalisierung, Breitband und Vermessung(略称 LDBV)」と称する。

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「バイエルンアトラス」で見る現行1:25,000地形図
ワグネリアンの聖地バイロイト。南に旧市街、北に祝祭劇場 Festspielhaus が建つ丘

バイエルン Bayern(正式名:バイエルン自由州 Freistaat Bayern)は、ドイツの面積の2割に当たる広い州域(70,549平方km、北海道の面積の85%に相当)を有している。その上、オーストリアとの国境にはアルプスの山岳地帯が横たわり、地勢の面でもダイナミックさが際立つ。それだけに、見ごたえのあるサイトで、地形の詳細を余すところなくチェックできるのはうれしいことだ。

同サイトは、スイスの「連邦ジオポータル Geoportal des Bundes」で使われているシステムをベースにしているので、画面デザインや操作方法はよく似ている。ただ、英語表記の説明も選択できるスイスとは異なり、ドイツ語表記しかないのが難点だ。そこで本稿では、スイスのサイト紹介と重複するのを承知の上で、主な使い方を日本語訳を加えながら記すことにしたい。
(記述は2018年1月現在の仕様に基づく)

バイエルンアトラス BayernAtlas
https://geoportal.bayern.de/bayernatlas/

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初期画面

初期画面(上の画像)では、バイエルン州全域が「ウェブカルテ Webkarte」のカラー版で表示されている。ウェブカルテというのはベクトルマップで、右端の拡大縮小(+-)ボタンを使って、最終的に家1軒の形と家屋番号がわかるところまで拡大できる。実用的にはこれで十分だが、残念ながら等高線や植生の種類などは省かれており、そこが地形図との違いになっている。ウェブカルテは背景図として扱われており、他の地図と入れ替えたり、この上に別の地図レイヤーを重ねたりできる。

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背景図選択

背景図を入れ替えるには、画面右下の Hintergrund(背景)をクリックする。背景図は、Kein Hintergrund(背景なし=白地の画面)、Webkarte S/W(ウェブカルテのモノクロ版)、Historische Karte(古地図)、Topographische Karte(地形図)、Luftbild + Beschriftung(空中写真+注記)、Webkarte(ウェブカルテのカラー版=初期画面)の6種から選択できる。

このうち、「Historische Karte(古地図)」は、1817~1841年に作成されたバイエルン王国最初の近代測量成果である縮尺1:25,000の「測量原図 Urpositionsblätter」902面のシームレス画像が表示される。それ以外の旧版地形図は、背景図ではなくレイヤーで重ねることになる(後述)。

「Topographische Karte(地形図)」は、現行地形図のピクセルマップ(ラスタデータ)で、1:200,000以下は連邦の測量局BKG作成の図が使われている。

「Luftbild + Beschriftung(空中写真+注記)」には、画像に注記文字が埋め込まれている。注記のない空中写真はレイヤーで選択できる(後述)。

特定の地域の地図を表示するには、地名、郵便番号、経緯度、UTM座標などで指定するほか、マウスで直接矩形を描いて選択する方法がある。

・地名/郵便番号で検索
 →検索窓に、表示したい地名(例:Augsburg)または郵便番号(例:86150)を入力。候補が表示された場合はその中から選択

・経緯度で検索
 →検索窓に、経緯度(経度 緯度の順、48°22'03" 10°53'54")、同 座標値(例:48.36728 10.89829)などを入力

・マウスで直接選択
 →地図上でShiftキーを押しながらマウスで任意の範囲をドラッグする(矩形を描く)

地図を拡大縮小するには、+-ボタンを使うほか、ダブルクリックでも行える。図上でダブルクリックすると、1段階ずつ拡大する。Shiftキー+ダブルクリックで1段階ずつ縮小する。また、マウスホイールを使うと、連続的に拡大縮小できる。

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テーマの選択

背景図の上に重ねる地図レイヤーを表示するには、まず地図のテーマを選択する必要がある。レイヤーはテーマ別にまとめられているからだ。テーマは左メニューに表示されており、デフォルトは「Freizeit in Bayern(バイエルンでの休暇)」になっている。この下部項目にレイヤーが列挙されている。

地図のテーマを選択するには、初期画面で「Freizeit in Bayern」の見出しの右にある「Thema wechseln(テーマを選択)」のリンクから、選択肢(下の画像)を表示させる。

レイヤー表示の例として、ここでは「旧版地図」と「注記のない空中写真」を取り上げる。

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さまざまなテーマを選択できる

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旧版地形図を表示

・旧版地図(図郭表示→PDFダウンロード)
 テーマ「Geobasisdaten(地理基礎データ)」の従項目に「Historische Karten(旧版地図)」がある。2018年1月現在で提供されているのは1:25,000地形図 Historische Topographische Karten 1:25 000(下注)のみだ。表示される索引図の中から任意の図郭をクリックすると、その図葉の刊行年次リストとPDFファイルへのリンクが表示される(上の画像)。

*注 バイエルンの1:25,000地形図は、1902年にラインプファルツ Rheinpfalz(ライン川左岸にあったバイエルン王国の飛び地で、第2次大戦後はラインラント・プファルツ州の一部となる)で、1920年からライン川右岸のバイエルン rechtsrheinischen Bayern でも開始され、1960年に全558面が完成した。リストには2008年までに作成されたものが表示される。

・注記のない空中写真
 「Freizeit in Bayern(バイエルンでの休暇)」の従項目の「Basiskarten(基本図)」に、Luftbild(空中写真)を選択する。

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複数の地図の対比、透明度バーを使う

複数の地図や空中写真を画面上で対比させるときは、2通りの方法がある。まず、地図や空中写真を先述の手順で複数選択しておく。

・透明度バーを使う
 →左メニュー下部の Dargestellte Karten(表示する地図、上図②)で、上記テーマで選択したレイヤーの一覧が表示されるので、右の歯車マーク(上図③)をクリックし、Transparenz(透明度)バー(上図④)をスライドさせて、各層の透明度を調整する。重ね順は右側の矢印をクリックして変更できる。

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同上、左右に並べて表示

・左右に並べて表示
 →左メニューの Erweitere Werkzeuge(拡張ツール)> Vergleichen(対比)で左右に並べて表示できる。境界線はスライド(左右に移動)できる。

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地図の印刷

地図をプリントするときは、左メニューのDrucken(印刷)から必要事項を選択する。Orientierung(印刷の向き)は、Hochformat(縦長)か Querformat(横長)で、Maßstab(印刷の縮尺)の意味するところは、印刷対象となる地図本来の縮尺ではなく、紙に印刷したときの縮尺のことだ。たとえば1:50,000地形図が印刷対象のとき、ここで1:25,000を選択すると2倍に拡大したものが出力される。

選択後、Drucken(印刷する)をクリックする。生成されたPDFファイルを保存し、アドビリーダー等を使ってプリントする。

その他詳しい使い方は画面右上の Hilfe(ヘルプ)にある。

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時間旅行バーの表示

「時間旅行 Zeitreise」

スイスのサイトと同じく、各時代の旧版地形図による「時間旅行」機能も提供されている。
左メニューにある Thema wechseln(テーマ変更)のリンクから、Zeitreise(時間旅行)を選択すると、画面上部に「時間旅行バー」が表示される。バーには1850年代から現在までの目盛が振られている。ポインターに記されている数字は年次で、その時点で最も新しい改訂年次の地図が画面に表示される。

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年次の選択

表示地図の年次を変更するには

・ポインターをスライド
 →ポインターをバーの上で左右にスライドさせる。動かす都度、地図が入れ替わる。

・ポインターの年次を手入力
 →年次の個所をダブルクリックで選択して、任意の年次を手入力する。

なお、年代(特に古い年代)によって旧版図が存在しない場合は、最も近い年代の図(または別の縮尺図の拡大版など)が表示される。

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地図の縮尺や改訂年次などを知る

表示地図の縮尺や改訂年次などを知るには、図上でクリックする。Objekt-Information(主題情報)として、シリーズ名称・縮尺、Blattnummer(図番)または Blattname(図名)、Herausgabejhar(改訂年次)、Ausgabeart(版の種類、Normalausgabe=通常版、Schummerungsausgabe=ぼかし付加版、Farbausgabe=カラー版など)が表示される。

また、その下の行に "Karte als PDF" のリンクが出る場合は、当該図のPDFファイルをダウンロードすることができる。

時代順に地図を自動で切替えるには、時間旅行バーの右端にあるプレイボタンをクリックする。

異なる年次の地図を同時に表示するには、上記「複数の地図や空中写真を画面上で対比させるとき」の機能を使用する。

「バイエルンアトラス」では、ドイツ全土をカバーする既知の地形図体系とは別に、バイエルン王国(第一次世界大戦後は州)が独自に整備した19世紀前半の縮尺1:25,000「測量原図 Urpositionsblätter」や、縮尺1:50,000「バイエルン王国地形図集成 Topographischer Atlas des Königreiches Bayern」など、貴重な古地図(旧版地形図)も公開されており、興味は尽きない。1:50,000旧版など未作成のPDF化が完了した暁には、スイスのそれに匹敵するすばらしいウェブ・アーカイブになることが期待される。

使用した地形図の著作権表示 © Landesamt für Digitalisierung, Breitband und Vermessung, Bayern, 2018

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 地形図を見るサイト-スイス I
 地形図を見るサイト-スイス II
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2018年1月10日 (水)

奥出雲おろち号で行く木次線

山陰本線の宍道(しんじ)駅3番ホームに、赤1色のキハ120形気動車が停車している。朝9時10分発の木次(きすき)線木次行き1445Dだ。鄙びたローカル線と高をくくっていたので、単行とはいえ、ほぼ満席で立ち客までいるのは予想外だった。乗り込むなり、気のいい車掌さんに「トロッコですか」と聞かれたから、やはり観光列車に乗り継ぐ客が多いらしい。

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宍道駅3番線に停車中の木次行きキハ120形

今日10月27日(2017年)はその「奥出雲おろち号」で、木次線を遡る。出雲南部、いわゆる雲南地方の観光資源として1998年から運行されているトロッコ列車だが、乗車するのは初めてだ。運行区間は通常、木次~備後落合(びんごおちあい)間で、主として日曜日だけ出雲市から延長運転が行われている。今日は平日なので、木次まで定期列車に乗る必要があったのだ。

■参考サイト
出雲の国・斐伊川サミット-トロッコ列車「奥出雲おろち号」
http://www.hiikawa-summit.info/orochi/

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木次駅 (左)駅前の道は川堤へ続く (右)構内

木次線は、島根県の宍道から広島県の備後落合まで延長81.9km、単線非電化の鉄道線だ。1937年に全通した中国山地を横断するルートの一つだが、名うての(?)閑散路線で、代替道路が未整備でなかったら、とうに廃止宣告を受けていたに違いない。

特に木次以遠は人口が少なく、列車はふだん、鉄道愛好者を除けば空気を載せて走っている。峠越えの区間は冬場、大雪に見舞われることがあり、そのつど長期の運休を迫られるのも厳しい。一方、根元に当たる宍道~木次間は比較的人口が張り付いているが、私鉄(下注)により簡易線規格で造られたため、半径161m(=8チェーン)の急カーブと20~25‰の急勾配が随所にあり、速度がいっこうに上がらない。その上、地図で見るとおり、点在する町に近づけようとしたことで、冗長なルートができてしまった。鉄道が交通の主役だった時代はともかく、道路が改良された今となっては、競争に不利な条件が揃っているのだ。

*注 簸上(ひのかみ)鉄道により1916年に開通、1934年国有化。

しかし別の見方をすれば、都市化されていない懐かしい風景の中を、ゆったりのんびり走るスローライフ志向の路線ともいえる。加えて、最奥部にはスイッチバックの出雲坂根(いずもさかね)駅という鉄道名所がある。高度を稼ぐために造られる明瞭な三段式(Z形)スイッチバックは、JR路線としてここ以外には、豊肥本線の立野(たての、大分県)にしかない。

「奥出雲おろち号」は、こうした変化に富んだ車窓風景を、ガラス越しでなく自然の風が吹き抜けるトロッコ列車で、心行くまで味わえるのが売りだ。私も出雲坂根までこの列車に揺られて、木次線のもつ雰囲気を体感しようと思っている。

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木次線ルート概略図

そろそろ発車時刻が近づいてきた。改札を入ると、さきほどキハ120形で到着した2番線に、ボディーに青と純白をあしらった3両編成の列車が停まっている。先頭が運転室つきの開放型客車(トロッコ車両)、真ん中が密閉型客車(普通客車)、最後尾にDE15形ディーゼル機関車という並びだ。観光列車らしく、機関車は後ろから推す形にして、前面展望を保証している(下注)。

*注 終点で列車を転回できないので、帰路は機関車が前に立つ。

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木次駅2番線に「奥出雲おろち号」がバックで入線 *

すでに多くの人が乗り込んで発車を待っていた。トロッコ車両は定員64名、テーブルをはさんで2席分の木製ベンチが向かい合う。車端はレール方向に向いた4人用の長椅子だ。見たところすべてのテーブルが塞がっていて、平日というのに盛況だ。同行のTさん、Gさんと合流して、私もこの長椅子に着席した。

ちなみに後ろの密閉型客車には誰も乗っていない。なぜなら、トロッコ車両では寒いとか、雨が吹き込んでくるときに避難するための席だからだ。つまり乗客は1枚の指定券で2席確保しているわけで、同時に使うことはないとはいえ、なんとも贅沢な措置だ。

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「奥出雲おろち号」の客車
(左)開放型車両(トロッコ車両) (右)密閉型車両は避難(?)用

ホームから園児の集団に見送られながら、10時07分定刻に木次駅を発車した。線路は斐伊川(ひいかわ)の流域に延びているが、斐伊川本流に沿って走る区間は意外に少なく、支谷を伝ってトンネルで別の支谷へ抜けるという一見迂遠なルートがとられている。斐伊川は中流部で穿入蛇行(せんにゅうだこう)しているから、トンネルや切通しが多く必要になり、工費がかさむのを嫌ったのだろう。そのため、車窓には、三江線で見るような大河ではなく、狭い谷川や段々になった山田の風景がどこまでも続くことになる。

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(左)園児に見送られて発車 (右)車端の長椅子が私たちの席 *

列車は、木次の町裏を抜けた後、久野川(くのかわ)が流れる谷を延々10km以上も遡る。2駅目の下久野(しもくの)駅を過ぎたところで右に折れて、路線最長2,241mの下久野トンネルに入った。ここで一つ出し物がある。客車の天井に八岐大蛇(やまたのおろち)のイルミネーションが浮かび上がるのだ。トンネルの壁にレーザー光で絵を描くといった派手な仕掛けではないが、長い闇の中で退屈をわずかでも紛らせることができる。

季節に応じた防寒着のご用意を、と案内サイトに注意書きがあるとおり、走行中は絶えず風が当たる。気温はさほど低くないとはいえ、早くも密閉型車両に移動する人が出てきた。

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(左)下久野トンネル通過中 (右)天井におろちの姿が浮かび上がる *

トンネルを抜けると、高原状の浅い谷を下って出雲三成(いずもみなり)に停車する。ここで上り列車1450Dとの交換がある。ダイヤに従えば相手が先着して待っているはずだが、今日は遅れているようだ。乗客の中にはホームに降り、記念写真を撮る人もいる。まもなく赤いキハ120形が何食わぬ顔でやってきた。

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出雲三成駅 (左)ここでも園児の見送りが (右)対向列車が到着

三成からは斐伊川を右に見ながら進むが、線路はまた支谷へそれていく。次の停車は亀嵩(かめだけ)、いうまでもなく松本清張の「砂の器」の舞台になった場所だ。小説は大昔に読んだきりだが、事件の真相を探る刑事のように、私も亀嵩には用事があった。というのはほかでもない、駅でそば弁当を受け取ることになっていたのだ。当日1時間前までに予約しておけば、ホームから手渡ししてくれる。

亀嵩駅の手打ちそばは昔から有名だが、2駅先の八川(やかわ)駅では、この列車のためにそば弁当を立ち売りしている。ただし、数個しか用意されていないので、確実に手に入れるにはどのみち電話予約が安心だ。

出雲横田(いずもよこた)は、大しめ縄を張った社殿と見紛う駅舎で知られている。しかし、眺めたければ駅前広場に回る必要がある。停車時間はわずかで、その余裕はなかった。八川を過ぎると谷はさらに深まっていき、いよいよ30‰の勾配標が現れた。険しい峠道の始まりだ。標高は500mを越え、紅葉も川下より進んでいる。

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(左)亀嵩駅。駅の手打ちそばは有名
(右)八川駅。ホームで待っているのはそばの立ち売り人 *
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トロッコ車両はいつでもパノラマビュー(八川~出雲坂根間)

11時15分、ついにスイッチバックの出雲坂根駅に到着した。駅自体は標準的な相対式ホームだが、その手前にシーサスクロッシング(X字形の分岐器)があり、そこで下段と中段の線路に分かれている。2010年築の木造駅舎はまだ新しいが、もちろん無人駅で、切符も売っていない。

■参考サイト
出雲坂根付近の最新1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/35.102400/133.120600
出雲坂根付近のGoogle地図
https://www.google.com/maps/@35.1024,133.1182,16z?hl=ja

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出雲坂根駅
(左)駅舎正面。川下より紅葉が進んでいる * (右)列車の到着時だけ賑わう駅

私たちはここで下車して、備後落合へ旅を続けるトロッコ列車を見送った。列車は機関車を先頭にしてもと来た方向へバックし(見た目はこのほうが正常だが)、分岐器を渡って森の中へ消えていった。発車後10分近く経って、上段の続きの線路をゆっくり上っていく列車が、森の切れ目からちらと見えた(右下写真)。

おろち号は備後落合で折り返してくるが、それまでしばらく時間がある。駅舎の隣のあずまやに腰かけて、名物の延命水をお茶代わりに、そば弁当をおいしくいただいた。何匹ものカメムシが周りをうろうろするのには閉口したが、ピクニックに来たと思えばそれも一興だ。

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(左)スイッチバックを上るおろち号を見送る
(右)駅から上段の線路を行く列車が見えた
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(左)駅舎横のあずまやにある延命水 (右)亀嵩駅のそば弁当を開ける

13時30分過ぎ、木次側から先に下り普通列車1449Dが到着した(下注)。私はこれに乗るつもりだが、列車はおろち号と行き違いをするため、駅で長い待ち合わせがある。ほどなく、上方からレールのきしむ音が聞こえてきた。姿は見えないが、スイッチバックの上段を列車が降りてきている。下り列車の乗客がカメラの放列を敷く中、13時50分を回ったころに、ようやくおろち号が森の陰から現れた。

*注 木次線は山陰本線の支線なので、運転上は宍道方面が「上り」、備後落合方面が「下り」になる。

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下り普通列車が、戻ってきたおろち号と交換 *

出雲坂根に残ったTさんとGさんはこの後、スイッチバックの俯瞰撮影を試みている。後で聞くと、七曲がりの旧道を三井野原(みいのはら)のほうへ上っていく途中に、お立ち台に通じる道を見つけたそうだ。ロープをたぐって斜面をよじ登り、木立の間から狙い通りのショットをものにした。下がその成果だ。

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スイッチバック上段を降りていく普通列車 *
左奥の屋根(シェルター)が折り返しポイント。中段の線路は森に阻まれて見えない
下の線路は出雲坂根から八川へ向かう線路(スイッチバック下段に相当)
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折り返しポイントのシェルターから出てきた列車 *
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スイッチバックを降りた列車が木次方面へ去る *

次の三井野原が峠の駅で標高726m、JR西日本の路線では最高所だ。周辺は高原の風情だが、地形としては、南へ流れ下る西城川(江の川水系)が北へ流れる室原川(斐伊川水系)により河川争奪を受けて上流を喪失した、いわゆる風隙(ふうげき)に相当する。出雲坂根との直線距離はわずか1.3kmだが、標高差は160mにもなる。線路は、30‰の連続勾配と、スイッチバックを含む6km以上の長い迂回路で高度を稼いで、ようやくこの駅に達する。

その途中、並行する国道314号線が、奥出雲おろちループと名付けられた巨大なオープンスパイラルで上ってくるのが、車窓からも見える。谷を一気にまたぐ真っ赤なアーチ橋とその上をすいすい走る車を前にして、80年も前に造られた鉄道はいかにも分が悪い。観光列車を走らせる価値はあっても、残念だが、もはや日常輸送の役割は終えたと思わざるを得ない。

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国道314号奥出雲おろちループ
右写真のスパイラルを上り、左写真のアーチ橋を渡って三井野原へ
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(左)峠の駅三井野原(木次方を撮影)
(右)西城川上流の谷を降りていく(木次方を撮影)

西城川上流の狭い谷を下ること約30分で、終点備後落合に着いた。芸備線との乗換え駅で、この時間帯は珍しく三方向から列車が集まり、互いに連絡している。各ホームに帯の色が違うキハ120形がちょこんと停まり、揃って客待ちしているのはおもしろいが、運行本数が極少だから、乗り間違えるとおおごとだ。「三次」の方向幕をしっかり確かめて、私も次の列車に乗り継いだ。

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備後落合駅
(左)乗ってきた木次線列車
(右)隣の島式ホームで、芸備線三次行きと新見行きに連絡

掲載した写真のうち、キャプション末尾に * 印のあるものは同行のTさんから提供を受けた。それ以外は筆者が撮影した。

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 三江線お別れ乗車
 新線試乗記-可部線あき亀山延伸

2018年1月 5日 (金)

三江線お別れ乗車

廃止を目前に控えた三江線(さんこうせん)が、時ならぬ賑わいに沸いている。

島根県の江津(ごうつ)と広島県三次(みよし)を結ぶ三江線は、延長108.1km、単線非電化のローカル線だ。中国山地に発し日本海に流れ下る江の川(ごうのかわ)に、終始ついて走る。江の川は中国地方最長で、最大の流域面積をもつが、中・下流はいわゆる先行性河川(下注)のため、山に挟まれ、周りに平地がほとんどない。それで三江線の車窓は、のどかで鄙びた谷沿いの風景がどこまでも続いている。

*注 先行性河川とは、周辺の山地の隆起より川の下刻速度が勝ることで、元の流路を保った川のこと。

路線の魅力もそこにあるのは間違いないが、それはとりもなおさず沿線人口が少ないことを意味する。加えて、中間の川本町や美郷町からは山越えの道路で大田に出るほうが早く、江津回りの鉄道はニーズに合わなかった。全通したのは1975年だが、それより前の部分開通(三江北線および南線)時代から、輸送密度が低迷しているとして廃止対象に挙げられていたのだ。全通によって生き延び、国鉄からJR西日本に引き継がれたものの、状況が改善する気配はなく、ついに今年(2018年)3月末で廃止が現実のものとなる。

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尾関山公園から江の川(可愛川(えのかわ))と三江線を望む

私は昨年(2017年)、この三江線を二度訪れた(ルートは下図参照)。初回の10月はオーソドックスに、鉄道仲間のTさんらと三次から江津まで全線を乗り通した。二回目の12月は趣向を変えて、バスと鉄道の合わせ技を使った。広島から高速バスで石見川本(いわみかわもと)へ直行し、石見川本~浜原間で下り列車425Dに乗った後、一駅歩いて、粕淵(かすぶち)から路線バスで大田市(おおだし)へ抜けたのだ(下注)。

*注 乗継時刻は以下の通り。広島10:00発→(イワミツアー高速バス)→石見川本12:09着/14:00発→(三江線)→浜原14:41着→(徒歩)→粕渕駅15:30発→(石見交通バス)→大田市駅16:16着/16:42発→(山陰本線)→出雲市17:33着。なお、粕渕駅15:30発のバスは、土日祝日運休につき注意(2017年12月現在)。

ちなみにTさんは前半のみ別行動で、前日に広島、三次、口羽(くちば)と列車移動し、そこから持参の自転車で潮(うしお)駅近くの旅館まで走って投宿、翌日も潮から川本まで再び自転車に乗り、石見川本駅で私と合流するというアクティブな旅をしている。

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三江線お別れ乗車でたどったルート

以下は2回分の見聞録だが、混乱を避けるために、三次から江津へ順に話を進めることにしたい。

初回の訪問時、三次に宿をとっていた私は、朝の下り列車を撮影しようと、早起きして尾関山に上った。尾関山は、三次旧市街の北西端にある比高50mほどの独立丘で、春は桜の名所として名高い。旧市街の西端を走る三江線はこの山をトンネルで貫いた後、江の川を渡る(下注)。その様子を狙おうと思ったのだ。時折小雨が降るあいにくの天気だったが、7時台の列車を山上の公園から(冒頭写真)、9時台の列車を橋のたもとからそれぞれ撮ることができた。

*注 江の川は、広島県側では可愛川(えのかわ)の別名で呼ばれており、鉄橋の名称も可愛川橋梁。

■参考サイト
尾関山駅付近の最新1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/34.812900/132.841600

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可愛川橋梁を渡る夕方の三江線上り列車、前日に西側から撮影
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同 朝の下り列車、東側から撮影

尾関山駅が山のふもとにあるので、そこで上り列車を待ってもよかったのだが、全線乗車のために三次駅まで戻る。距離にして約2.5km、歩いても30分程度だ。三次駅で10時02分発の上り列車(下注1)に乗車した。日が短いこの時期、他の列車だと出発が夜明け前か、到着が日没後になってしまう。それで唯一の昼行便となるこの列車(424D~426D)に乗り納めの旅行者が集中して、混雑していると聞いていた(下注2)。

*注1 線路名称上、三江線は山陰本線の支線なので、川下へ進む江津行きが「上り」になる。
*注2 さらなる混雑を見越して、3月のダイヤ改正で口羽~浜原間上下各1便が増発されることになった。廃止まで2週間の期間限定ながら、昼間通し乗車の選択肢が増える。

列車はキハ120形の2両編成だったが、発車数分前に乗り込むと、なるほど座席はすでに埋まり、立ち客も10人では利かない。川本まで2時間以上の長丁場、私は最後部のかぶりつきに陣取って線路を眺めることになった。

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朝の三次駅
(左)駅舎 (右)10時02分発三江線列車に惜別客が続々と乗り込む

三江線は大きく3つの区間に分けられる。まず戦前の1930~37年に、北側の江津~浜原間50.1km(のちの三江北線)が順次開通している。南側でも同時期に着工されたが戦争のために中断し、戦後、1955~63年に三次~口羽間28.4kmが順次開通した(三江南線)。中間に残された浜原~口羽間29.6kmの開通は1975年になってからで、これにより三江線が全通した。

列車が三次駅を出るとまもなく、広島へ向かう芸備線を左へ分ける。そして馬洗川(ばせんがわ)を渡り、旧市街の西側を直線の高架で突っ切る大胆なルート設定だ。三次駅が川向うの不便な場所にあるので、鉄橋を2本架けてでも、旧市街の側に鉄道を引き寄せたかったように見える。期待に反して列車本数が少なく、結局使い物にはならなかったのだが。

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尾関山駅
(左)市街地西側を直線で突っ切る線路(三次方を撮影)
(右)人影のないホーム、交換設備はとうに撤去済(江津方を撮影)

朝の撮影場所にした可愛川橋梁を渡り、しばらく川の左岸を行く。粟屋駅の手前で、早くも制限時速30kmの標識が見えた。戦後の開通とはいえ着工は戦前なので、トンネルを極力避け、川べりの崖を削って線路を通した箇所が断続する。そこには例外なく速度制限があり、所要時間が長びく原因を作っている。

停留所といったほうが適当な片面ホームの駅が多数を占める中で、式敷(しきじき)駅は島式ホームで、列車交換設備があった。江の川を斜めに横断するガーダー橋が、単調になりがちな車窓に変化を与えてくれる。島根県に入った作木口(さくぎぐち)では、驚いたことに下車する客がぞろぞろと続いた。周辺は民家が数軒だけの寂しい場所だが、旗を持った添乗員らしき人が見えたので、区間乗車を組み込んだツアーの客のようだ。

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(左)式敷駅を出てすぐ川を斜めに横断(三次方を撮影)
(右)作木口駅ではツアー客が多数下車

口羽はいうまでもなく三江南線時代の終点で、列車交換が可能だ。ここで降りたTさんが、写真を提供してくれた。ここから浜原までが最後の開通区間になる。鉄建公団が建設した高規格線なので、PC枕木が敷かれ、曲線も緩やかで、谷間を縫うトンネルが連続する。列車の速度も明らかに上がってくる。

*注 最高速度は北線・南線区間が65km/hと低速なのに対して、中間区間は85km/h。

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口羽駅
(左)当駅折返しの列車が停車中 * (右)15時17分、三次に向けて発車 *

線路は川の左右を行ったり来たりし、そのたびに県境をまたぐ。地上20mの高さで、天空の駅のネーミングがついて注目される宇都井(うづい)駅のホームには、雨模様にもかかわらずカメラをかざす人が何人もいた。また川を渡って右岸につき、しばらく進むと、川幅が心なしか広がっていくのに気づく。少し下流の浜原ダムで川が堰き止められて、湖になっているのだ。そのほとりに潮駅がある。線路沿いの桜並木で有名だが、残念なことに次の花見頃に列車の姿は見られない。

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(左)天空の駅宇都井から見える石州瓦を葺いた家々
(右)短い覆道が3本連続(石見松原~潮間、三次方を撮影)
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潮駅を発つ朝の下り列車 *

線路は、路線最長の登矢丸(とやがまる)トンネル(2,802m)で、支流の沢谷にそれた後、浜原で江の川本谷に戻ってくる。浜原は三江北線時代の終点だ。口羽に似て、カーブした構内に交換設備があり、駅前には全通記念碑も置かれている。二回目の訪問では、ここから次の粕淵まで約2.5kmの旧道を徒歩移動した(Tさんは自転車)。乗るべきバスが粕淵駅前発だったからだが、川を見下ろす高堤防の上を歩いていくのは気分がよかった。

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浜原駅
(左)当駅止まりの列車が停車中。右奥は三瓶山 (右)駅舎前に全通記念碑

線路は下路ワーレントラスの第一江川橋梁で左岸に移る。これが最後の江の川横断になる。北線は建設年代が古いからか、カーブは半径200mが続出し、崖際が多いので速度制限も頻繁にある。前面展望の楽しみはともかく、運行環境としてはかなり厳しい。途中、浜原ダムの水を落として発電している明塚(あかつか)発電所の前を通過する。また、乙原(おんばら)駅前には、曲流していた川の短絡によって孤立した丘、いわゆる繞谷(じょうこく)丘陵があり、線路はそれを遠巻きにするように敷かれている。

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(左)粕淵駅を出てすぐ最後の江の川横断(三次方を撮影)
(右)里道の踏切(粕淵~明塚間) *
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三江北線区間には杣道のような箇所が点在(三次方を撮影)
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(左)浜原ダムから導水する明塚発電所(明塚~石見簗瀬間)
(右)乙原の繞谷丘陵

起終点を除いて沿線最大の集落が、川本(駅名は石見川本)だ。昼行便424Dはここが終点となり、約1時間半の待ち合せで、始発の江津行き426Dに連絡している。実際は同じ車両が通しで使われるのだが、停泊中は施錠されるため、所持品もすべて持って降りなければならない。

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石見川本駅到着
(左)車両はここで1時間半停泊 (右)神楽ラッピングの団体専用列車と交換した

ちょうどお昼時でもあり、車内から解放された客がどっと駅前に繰り出すのが、日々の恒例行事になっている。町もそれを好機と捉えて、駅前の空き店舗を休憩場所に提供し、「おもてなしサロン」と銘打った。名産のえごま茶をふるまい、見どころや食事処を記した地図を配って、地元の観光PRに余念がない。サロンでもらった「三江線乗車記念切符」は10月段階で8457人目(同年3月31日からの来場者数)だったのが、12月には11125人目と、1万人を軽く突破していた。

私たちが食事処に選んだのは、すぐ近くにある新栄寿しだ。初回来た時に食べたうな重(1300円)が大いに気に入ったので、二回目も迷わず注文する。肉厚の鰻を1匹まるごと使って今時この値段だから、リクエストしないわけにはいかない。大将もおかみさんもあいそがいいし、ここはお奨めだ。小さな店で、早く行かないとすぐ満席になるのでご注意を。

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川本駅前のおもてなしサロン
(左)萌えキャラが店先でカウントダウン * (右)えごま茶をいただきながら休憩
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(左)石見川本駅の記念スタンプ (右)サロンでもらった「三江線乗車記念切符」
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駅前の新栄寿しで昼食 (左)店入口 * (右)立派なうな重に舌鼓を打つ

食事の後は、駅裏の川の堤防や南にある川本大橋の上から、停泊中の列車を撮る時間が十分ある。江津行き426Dは、下り浜原行き425Dの到着(13:43ごろ)を待って13時45分に発車する。その425Dは14時ちょうどの発車だ。二度目に来た時は425Dで浜原に向かうことにしていたので、その到着と426Dの発車を大橋の上でカメラに収めてから、急ぎ足で乗り継いだ。

■参考サイト
石見川本付近の最新1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/34.991300/132.492600

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川本大橋から江津方を望む
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石見川本駅
(左)高堤防から見た構内全景 * (右)満員の客を乗せて上り列車が発車

川本滞在の話はこれくらいにして、再び三江線を江津へ向かおう。相変わらず右手車窓に江の川の悠然とした流れが横たわり、列車は例の速度制限に足かせをはめられて、緩慢な走りを続ける。

ところが、お腹も満ち足りた私は、前半のような集中力を失くしていた。たとえば因原(いんばら)駅の南側では、路線の観光ポスターにも使われている石州瓦を載せた家並みが広がるし、江の川も河口に近づくにつれ川幅が太くなり、中国太郎の風格を表し始めるのだが、同行の人たちと四方山話に明け暮れて、1枚の写真も撮っていない。

そのうち、行く手にスマートな二層構造の国道橋(新江川橋)と白い煙を吐く製紙工場の煙突が見えてきた。ずっと山中の景色を見慣れた目には違和感さえある。川と山に挟まれて家の影すらない江津本町(ごうつほんまち)を出ると、列車は旅の伴侶だった江の川から離れていき、14時54分、江津駅3番線の古びたホームに滑り込んだ。三次を出てかれこれ5時間になる。言葉は交わさないまでも、跨線橋へと移動するどの顔にも、「長旅お疲れさま」の文字が浮かんでいる。

Blog_sankosen20
江津駅に到着

掲載した写真のうち、キャプション末尾に * 印のあるものは同行のTさんから提供を受けた。それ以外は筆者が撮影した。

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