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2017年12月 4日 (月)

堀淳一氏を偲ぶ

物理学者、地図エッセイストであり、コンターサークルSの創始者でもある堀淳一さんが、2017年11月15日、冥界へと旅立っていった。

実は堀さんには、11月初旬に北海道でお目にかかったばかりで、5日はコンターサークルSの旅で積丹半島に出かけ、翌6日はご自宅に伺って地図談議に花を咲かせた。1926年生まれの御年91歳だが、頭脳は常に明晰で、収集した膨大な数の地図を肴に、四方山話はいつまでも尽きなかった。

それだけに、亡くなったと聞いても俄かに信じることができなかったのだが、先日サークルのメンバーと最後のお別れに参列したことで気持ちに区切りがついた。私が堀さんの面識を得てからまだ4年足らずだが、『地図のたのしみ』(下注)以来の読者だったこともあり、敬愛する著者の最晩年に接した思い出を少し語ろうと思う。

*注 『地図のたのしみ』は1972年初版で、日本エッセイストクラブ賞受賞作。私の手元にあるのは1973年1月発行の9版。

初めて生身の堀さんに会おうという気になったのは、私が所属していた海外鉄道研究会の席で、先輩会員のNさんが「今度、堀さんが関西に来ますよ」と声をかけてくれたのがきっかけだ。NさんはコンターサークルSの会員でもあり、私が堀さんの本を読んでいることを知っていた。

ずっと後で堀さんに、なぜもっと早く現れなかったのか、と問われたことがある。コンターサークルSの活動のことは知識があったものの、北海道が活動拠点で、メンバーも道内の人たちなのだろうと、漠然と考えていたというのが唯一の理由だ。実際には本州在住のメンバーも多数いて、本州を巡る旅では主に堀さんとその人たちが動いている。

Nさんからもらった旅程表は、堀さんの自筆だった。このときはまだ堀さん自身で旅のテーマを決め、列車でアプローチする場合の集合場所と時刻を書いたものを、メンバーに送っていたのだ。その記述に従って、2014年のゴールデンウィークのさなか、京都北部の東舞鶴駅へ一人で出かけた。

サークルの旅に参加するのに事前連絡は不要で、誰が来るかは当日その場でないとわからない。私にとっては著書にある小さな顔写真の記憶だけが頼りだが、白い顎鬚を伸ばした仙人のようないでたちで改札を出てこられたので、難なくわかった。その後のことはブログ(下注)に書いたとおりで、この日はたまたま他に同行者がなく、堀さんと二人行という、長年のファンにとっては夢のような旅になった。

*注 本ブログ「コンターサークル地図の旅-中舞鶴線跡」に記述。

舞鶴へ行った翌日の旅は、滋賀の百瀬川扇状地が舞台だった(下注)。ここで以前からのサークルメンバーとも初めて会うのだが、私はこの川の上流の河川争奪について書かれている『誰でも行ける意外な水源・不思議な分水』(東京書籍、1996年)を持参して、ちゃっかりサインをもらったのを思い出す。帰りは、堀さんが宿をとっている近江八幡まで電車でご一緒した。現地へ車で来るメンバーも多い中で、堀さんと私は基本的に列車移動なので、以降の旅でも行き帰りの車内で話をする時間がたっぷりあった。

*注 「コンターサークル地図の旅-百瀬川扇状地」に記述。

そうした機会に、ずっと疑問に思っていたことを聞いたことがある。「文章の中に色の名前がたくさん出てきますが、あれは現地でメモしておられるんですか」と。堀さんが言うには「いや、撮ってきた写真を後で色名事典で照合しながら書いてるんです。赤、黄、緑だけではおもしろくない。緑色と言ってもいろんな緑がありますからね。それを書き分けたいので」。その答えに、目にした情景を正確に表現するという信念を見た気がしたものだ。

堀さんの文章は、地元北海道を題材にしたものが圧倒的に多い。その雰囲気を味わいたくて、道内の旅にも何回か参加した。昨年5月に行ったときは、旅の前日に二人で、環状線化された札幌市電に乗り(下注)、行きつけのレストランで昼食をとった。食後に紅茶を注文した堀さんは、飲む前に砂糖をスプーン3杯注いだ。驚いている私に、「『先生、入れ過ぎでは?』とウェイターが言うんで、『市販のジュースはもっと砂糖が入ってるよ』と言い返したことがあるんです」と笑った。

*注 「新線試乗記-札幌市電ループ化」に記述。

渡道のもう一つの目的は、堀さんの地図コレクションを拝見することだった。堀さんは北大で教鞭をとっていた時代から幾度もヨーロッパを訪れ、その都度気に入った地形図や市街図を買い集めている。日本でも輸入地図を扱う専門店(東京・広尾にあった内外交易など)へよく通ったそうで、「行くと、店の人が私のためにいろいろとおもしろい地図を取り置いてくれてました」と語っていた。

『地図のたのしみ』(p.51~)によれば、堀さんが外国地図の魅力に捕えられたのは、イギリスの1マイル1インチ地形図を手に入れた1961年のことだ。その後、国際学会で初めて海外出張する1963年前後から、収集に本腰を入れるようになった。私が堀さんの本に影響を受けて外国地図に熱中し始めたのは1990年ごろなので、その1世代前の旧版図が揃っている。

北大近くにある堀さんの仕事部屋は、書籍と地図でほとんど埋め尽くされていた。外窓に面して書き物机が置かれ、その周りだけがかろうじて空いている。ここにはあまり来客を入れないという堀さんは「これでも片づけたんですが、半分でいやになっちゃった」と言い訳されたが、私にはその心遣いだけでもありがたかった。

『地図を歩く』(p.24~)でも紹介されているように、日本の地形図はきれいに折り畳んで図名を記し、引き戸のキャビネットに20万分1図、図番(1~16)、作成年の順で並べてある。一方、日本の市街図や外国地図はジャンル別、国別に仕分けして赤茶色のデスクトレーに収め、それをスチール棚に縦重ねしてあった。同じような箱積みが奥にもあるのがちらと見える。「蓋に青いラベルが貼ってあるのが外国図です。緑は北海道関係かな。三層になってるので、奥にあるのはもう取れなくなってます」。

その日は、イギリスとアイスランドの地形図に絞って見せてもらったが、それでさえ相当な数だった。イギリスは主に1インチ図の第7エディションや1/4インチ図の第5シリーズ、アイスランドはデンマーク時代の手描き感溢れる旧図のオンパレードだ。そして、私が「これいいですね」と言うたびに、地図に描かれた土地にまつわる堀さんの思い出話が次々と出てくる。それを伺いながら見ていたら、いつのまにか夕方になっていた。

それからも何度か部屋におじゃましたが、いつもデスクトレーを二、三箱開けるだけで午後の時間が過ぎてしまう。直近の11月6日は、イタリアなど南欧の地図を拝見した。「イタリアの古い地形図は記号が美しいでしょう?」と堀さん。「そうですね、さすが芸術の国だと思います」「ええ、文字も洒落てるんですよ」「この書体ですね、平ペンで書いたような…。イタリアって一見大雑把かなって思うんですけど、結構細かいんですよね」「細かいですよ。果樹の記号なんか、やたら細かく分類されてる」「そういうものに愛着を持っているんでしょうね」。そんなやりとりを日がな一日していたのだ。

「山下さんのお好きなスイスの地形図も結構あるはずです」というので、奥のほうのデスクトレーも確かめてみたが、見つからない。あちこち探し回った挙句、もしやと、椅子の後ろに積まれた段ボール箱の一つを開けてみると、中に目標の品が山盛りになっていた。「ああ、ここでしたか。灯台下暗しだな。見ますか?」 しかし、そろそろ夕食の時間だった。次回来た時にこの続きを見せていただくことにして、いつもの店へ食べに出る。そこでも長話をした後、別れ際に「次来るのはいつです?」と聞かれたので「雪が融けたころに必ず参ります」と答えた。それが、堀さんと交わした最後の言葉になった。

「はじめての土地を、誰にも道を聞かずに、気の向くままのびのびと歩き回るのは、大変気分のよいものである。その土地をよく知っている人間と思われて、人に道を尋ねられたりすれば、なおさらのことである。」「これを可能にしてくれるのが地図である。地図さえ持っていれば、どんな道の土地でも、自由に歩き回ることができ、思うところへ行くことができる。」(『地図から旅へ』p.106)

堀さんにとって、地図は知らない土地への道案内であるとともに、歩いた道の記憶装置でもあった。旅の詳細を忘れていても、そのとき携行した地図をもう一度開けば、情景をありありと脳裏に蘇らせることができる。行き帰りの列車の中で、あるいは仕事部屋で、記憶装置から引き出された話を心行くまで伺うことができたのは本当に幸せだった。しかし、未見の地図はまだまだ棚の間に眠っていて、それと同様、聞き出せなかったこともたくさんあったはずだ。

来年からコンターサークルSの旅に、堀さんの姿はない。でも、きっといつものように地形図を手にしながら、空の上から私たちの旅に参加されるだろう。おあずけになった話の続きはそのときに聞くことができるかもしれない。

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コメント

私も地図ファンと公言するようになったのは、「地図のたのしみ」を読んでからでしょう、その後も堀氏の著書を見るたびに、手に入れていました、私にとって最も影響を与えた人と言っていいでしょう、堀氏と地図の話で盛り上がることができたあなたは、まことにうらやましいことです、

コメントありがとうございました。
「地図のたのしみ」はカラー図版のインパクトが大きかったですね。
それがきっかけで地図の世界にのめりこんだ、という話を堀さんにもしたことがあります。
この思い出を大事にしたいと思っています。

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