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2017年8月26日 (土)

城下町岩村に鉄路の縁

明知(あけち)鉄道の気動車は、JR中央本線恵那(えな)駅の片隅から出発する。鉄道仲間のTさんと訪れた2017年7月のある日、片面1線の狭い専用ホームは、賑やかな年配女性のグループに占拠されていた。というのも、次に入線するのが、急行「大正ロマン号」という料理を楽しむイベント列車だったからだ。明知鉄道明知線は、恵那~明智(下注)間25.1km。私たちは途中の岩村(いわむら)駅まで切符を買っている。

*注 地名・駅名は「明智」と書かれるが、鉄道名は、古い用字の「明知」鉄道「明知」線が使われている。

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恵那駅で発車を待つ大正ロマン号
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明知鉄道路線図(恵那駅の案内板を撮影)

大正ロマン号は破格(?)の3両編成で、前1両が普通車、後ろ2両は特製弁当が用意された食堂車だ。残念だが私たちは普通客なので、前の車両のかぶりつきに陣取った。発車は12時22分、走り出すや列車は33‰勾配に直面する。一部にほぼ平坦な区間はあるものの、飯沼川の渓谷を遡り、1つ目のサミットとなる飯沼トンネルまで、8km近くこの急勾配が続くのだ。

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(左)東野駅東方にある33‰の勾配標 (右)野田トンネル

気動車はゆっくりと、しかし喘ぐこともなく、淡々と坂を上っていく。急行運転のため、小駅には止まらない。いったん阿木川のやや開けた谷に降りて、阿木(あぎ)駅に停車。再び小さな峠を越えて、今度は岩村川の平たい谷に出る。極楽(ごくらく)という新駅を経て、12時53分に岩村に着いた。斜め向かいのホームに、交換する上り列車が待っている。

岩村(下注1)は私にとって初めての土地だ。明知線には国鉄時代、一度乗り通したことがある(下注2)が、中間駅は素通りしたのでほとんど何も記憶に残っていない。今回も本来の目的は鉄道乗車だ。取り立てて岩村の町に興味があったわけではなく、まさかここで浅からぬ鉄路の縁に巡り合えるとは、この時はまだ想像もしていない。

*注1 行政上は岐阜県恵那市岩村町
*注2 国鉄明知線は、1985年11月に第三セクターである明知鉄道に転換された。

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岩村駅
(左)路線唯一の列車交換駅
(右)全線自動閉塞化されたが、転轍てこが残されている

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岩村のレンタサイクルは
電動アシストタイプ

とりあえず計画していたのは、明知線上の飯沼(いいぬま)駅を見に行くことだった。この駅は33‰勾配の途上にあり、日本で2番目の急傾斜駅として売り出し中だ(下注)。岩村から4駅恵那寄りで、さっき大正ロマン号で通過している。駅前からレンタサイクルの連絡先に電話して、パナソニックの電動自転車を借りた。なにしろ周りは山坂だらけなので、普通の自転車ではたちまちへばってしまうに違いない。

*注 普通鉄道で日本一の急傾斜の駅は、滋賀県大津市にある京阪電鉄京津線大谷駅で40‰の勾配上にある。

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阿木周辺の1:50,000地形図に加筆

あらかじめ地形図で、飯沼までできるだけ2車線道を避けて行けるルートを確かめてある。絶えずクルマを気にしながら走るのは興醒めだからだ。国道257号に並行して、岩村川の左岸に頃合いの小道が延びている。走ってみると比較的直線で舗装もされているし、飯羽間の中切集落で国道に合するまで、ゆったりのんびり進むことができた。

地形図にはまた、阿木駅の北に1車線のトンネルが描かれている(上図の中央)。里道にしては異例の長さなので、これもルートに組み入れておいた。もしや森林鉄道の跡と疑ったのだが、そうではなかった。ネット情報を拝借すれば、これは野田トンネルといい、長さは252m。戦時中、地下軍需工場のために掘られたのを戦後転用し、1947年に竣工したのだそうだ(下注)。内壁はモルタル吹き付け、路面はコンクリート舗装で、照明もついている。空気はひんやりとして、蒸し暑い外との気温差で靄がかかっていた。

*注 北口に立つ隧道完成之碑には次のように書かれていた。「昭和二十二年半田市加藤銀三郎氏私財を投じて之を貫通し爾来中津川市及び阿木飯沼両地區の厚志により年を追うて補強し昭和四十四年四月完成す 茲に謝恩の意を表し建之 野田組」

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野田トンネル (左)南口 (中)内部はもやがかかる (右)北口

峠を一つ越えると、飯沼駅だ。集落から離れた谷合いにぽつんとある。私たちが着くと同時に、踏切の警報機が甲高い音を立て始めた。うまいタイミングで、明智行き普通列車がやってきたのだ。慌ててスタンバイし、ホーム取付けの階段と列車との傾斜加減を写真に収める。後で、この列車と岩村駅で交換した上り列車も、阿木駅北側のカーブした築堤で捉えることができた。3段変速の電動自転車だと、かなり急な坂道でも無理なく走れるので、野山を駆ける撮影行には重宝する。

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飯沼駅
(左)33‰勾配からの発進 (右)待合室の基礎に表れる高低差
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阿木駅北方で上り列車を見送る
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阿木駅舎
(左)懐かしいホーロー引き駅名標 (右)ベンチには暖かそうな手縫いの座布団

話はそれるが、阿木にある異形の橋、旧阿木橋も見た。片側はコンクリート桁の道路橋なのだが、川の中央から先は簡易な鉄骨トラスで繋いである。通りがかりのご婦人に聞くと、かつて(1957年)大水の時に川岸が抉られたため、人や自転車だけでも通れるように継ぎ足したのがあの結果だという。元の川幅は今の半分だったのだ。すぐ上流に新しい橋が架かり、車の通行に支障がなくなったので、当時のまま残されている東濃のアビニョン橋だ。

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東濃のアビニョン橋、旧阿木橋

岩村の旧市街は、1998(平成10)年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。近在の妻籠宿、馬籠宿のような先駆事例に影響を受けているのだろう。本通りと呼ばれるメインストリートでは約2kmの間、目障りな電線が地中化され、街路に沿う家並がすっきりと見通せるのがいい。古風な雰囲気を残す建物が数多く保存され、現代建築も修景されている。

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岩村本通り

駅から城をめざして上っていくと、街路がクランクしている枡形(ますがた)付近から先が、江戸期に遡る商家町になる。文化財の公開建物ももちろん一見の価値があるのだが、それにも増して、国道の本町交差点の上手で軒を並べる商家群が圧巻だ。立派な売薬の看板が所狭しと掛かる水野薬局、年代ものの柱時計が壁を埋める藤井時計店、18世紀の創業という造り酒屋の岩村醸造、同じ頃、藩医が長崎から持ち帰ったレシピで今もカステラを焼く松浦軒本店(下注)など、どれも、にわか造りの観光施設には真似のできない歳月の重みを感じさせる。

*注 固めに焼き上げて独特の食感をもつ名物のカステラをつくる菓子店が、この町にはあと2軒ある。

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本通りの商家
(左)柱時計が壁を埋める時計店 (右)長崎伝来のカステラを売る老舗
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貴重な年代物の看板に感動

今朝からずっと曇り空だったが、夕暮れにとうとう雨が降り出した。本通りをなおも上っていくと、背後にそびえる城山の森が薄墨を刷いたように重なり、木版画の風情を漂わせている。標高717mの山頂に築かれた岩村城は、こうして霧がかかりやすいので「霧ヶ城」の別名をもつ。伝説では、城内の井戸に秘蔵の蛇骨を投じると、霧が沸き立って城を隠すのだそうだ。

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木版画の風情を見せる街路と城山の森

麓から城跡までは、石畳の険しい坂道が続いている。雨の上がった翌朝早く登城したら、濡れた木立に陽光のシャワーが射し込む荘厳な光景に迎えられた。あまたの歴史を秘めた山城が、神秘の力の一端を見せてくれたのかもしれない。

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岩村城の登城坂 (左)初門付近 (右)追手門跡
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六段壁の石垣が残る岩村城址

話は前日に戻るが、町の端に立つ常夜灯の傍らで、保存地区の成り立ちを記した案内板を見ていたら、ある一文が目に止まった。「枡形より西側の地区は、江戸時代末期から順次発展し、明治39年の岩村と大井(現・恵那市)を結ぶ岩村電気軌道の開通により一層繁栄し、いまも岩村町の商業の中心地となっています」。明知線より前からここに電車が来ていたことを知ったのは、それが初めてだった。

中世から近世を通じて、岩村藩の城下町として栄えたこの町も、明治維新による藩の解体を境に、地域経済の中心的地位を失ってしまう。加えて、鉄道が町から遠く離れた中山道に沿って敷設されることになった。さらなる衰退を危惧した地元資産家の奔走で、実現したのが岩村電気軌道(下注)だったのだ。

*注 大井~岩村間12.6 km、軌間1,067 mm、600 V直流電化

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岩村電気軌道に関する記事
荒巻克彦「明知線と蒸気機関車」非売品,1980年より

名古屋から延伸されてきた官設鉄道、今の中央本線は1902(明治35)年に中津(現 中津川)に達し、大井駅(現 恵那駅)が開設された。会社の設立はその翌年で、3年後の1906(明治39)年には早くも大井と岩村の間で営業運転を始めている。名古屋に国内2番目の市内電車が登場(1898年)してまだ8年、進取の精神がもたらした最新の交通機関を、町民はさぞ驚きの目をもって迎えたことだろう。

同じ大井駅を起点とする国鉄明知線が岩村に到達するのは、1934(昭和9)年のことだ。大井までの所要時間は両者さほど変わらなかったが、貨物輸送はもとより、旅客も乗り心地の良さから新しい路線に移っていった。利用者が激減したため、電気軌道は補償を受けて、翌1935(昭和10)年に運行を廃止した。

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岩村周辺の1:50,000地形図に加筆
赤の破線は岩村電気軌道のルート

では、その軌道はどこを通っていたのか。さっそく調べてみると、何のことはない、昼間に自転車を走らせた岩村川左岸の小道が、廃線跡だった(上図参照)。どうりでまっすぐ延びていたはずだ。翌日、もと十四銀行支店の建物にある観光案内所「まち並みふれあいの館」に立ち寄って、電気軌道に関する資料を見せてもらう。写真もまったく撮っていなかったので、改めて駅付近のルートを確かめに出かけた。

駅から北西に400m、小道が国道257号線を横断する地点に立つ。北側は、軽四輪が似合いそうなのどかな一車線道が続いている。それに対し、南側は同じ道幅ながら周囲に屋敷が並び、岩村川に突き当たったところで右へ曲がる。そのときは判らなかったのだが、旧版地形図によれば、現 岩村駅南西の、盛り土をした公園が電気軌道の終点跡と読める。

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電気軌道廃線跡
国道257号線横断地点の北側(大井方)は野中の一本道
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電気軌道廃線跡
(左)国道257号線横断地点から南側(岩村方)を望む
(右)岩村川に臨んでカーブした後、川を渡っていた

岩村駅の上りホームが駅舎から離れて、軌道終点の近くに配置されているのも、意味ありげだ。明知線が開通したとき、軌道はまだ現役だったから、相互に乗換の便が図られたとしても不思議はない。いたって静かなこの山里の駅が、一時期、新旧路線の旅客ターミナルとして賑わっていたなど、想像するだけでも興味深いことだ。

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ホームが千鳥状に配置された現 岩村駅
右の上りホームの斜め後ろが軌道駅跡らしい

さて、岩村での鉄路の縁の最後にもう一題、本通りに面した造り酒屋、岩村醸造を覗いたときの話をしよう。ソフトクリームはじめました、という看板に釣られて店内に入ったのだが、ふと見ると、床にレールが敷いてあるではないか。酒屋や醤油屋などで、重い原材料や製品の搬出入に手押しトロッコを使っていたとは聞いたことがある。いわゆる横丁鉄道だが、本物を見るのは初めてだ。

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杉玉が吊された岩村醸造の玄関口

もう利用されていないとはいえ、線路はしっかり残されている(下注)。店の人に「奥まで見学できますよ」と言われたので先を追うと、透き通った水の流れる中庭に出た。本通りに並行して走っている天正疎水という用水路で、屋敷を奥へ拡張したときに庭に取り込まれたのだ。酒の仕込みに使うのと同じ地下水で喉を潤してから、なおも奥へ向かうと、瓶詰めの作業場の横を急カーブですり抜けていく。そして、仕込み桶が並ぶ酒蔵に入ったところで途切れていた。

*注 岩村醸造のリーフレットによれば、長さは100m。

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(左)店先から奥へトロッコのレールが延びる (右)天正疎水をまたいで続く
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(左)作業場を急カーブですり抜ける (右)レールの先端は酒蔵の中

鉄道模型の世界には、屋外に線路を敷いて、人が乗れるような大型車両を走らせる庭園鉄道というジャンルがある。業務用とはいえ、屋敷の中を線路がくねくねと走るのは、それを超える意外性が感じられて愉快だ。堪能したので、何か土産を買って感謝の気持ちに代えたいと思ったが、日本酒をやらない私は、少し恐縮しながら甘酒入りのソフトクリームを注文するしかなかった。

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(左)トロッコは商品の陳列台に (右)甘酒入りソフトクリーム

掲載の地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図岩村(平成19年更新)を使用したものである。

■参考サイト
明知鉄道 http://www.aketetsu.co.jp/
安岐郷誌 http://agimura.net/
城下町ホットいわむら http://hot-iwamura.com/
岩村醸造 http://torokko.shop-pro.jp/
 左メニューにあるグーグルのストリートビューで、トロッコのレールを追うことができる

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