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2017年2月18日 (土)

ウェールズの鉄道を訪ねて-ヴェイル・オブ・レイドル鉄道

アベリストウィス Aberystwyth ~デヴィルズ・ブリッジ Devil's Bridge 間 18.91km
軌間 1フィート11インチ3/4(603mm)
開業 1902年、保存鉄道化 1989年

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デヴィルズ・ブリッジ駅構内を遠望

カンブリア線のアベリストウィスは頭端式のターミナルだ。乗降用は1線だけの簡素な配線だが、ホームには幾何学模様をあしらった美しい屋根がかかる。正面には、大都市によくあるように、通りに面して間口の広い、垢抜けた雰囲気の石造りの建物が建っている。これは旧駅舎で、今はアル・ヘン・オルサーヴ Yr hen Orsaf(旧駅の意)という名の洒落たパブ兼ホテルだ。カンブリア線の切符売り場は、ホームに隣接した煉瓦の建物の中にある。

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アベリストウィス駅
(左)通りに面した旧駅舎、今はパブ兼ホテルに (右)頭端式の発着ホーム

今から乗るヴェイル・オブ・レイドル鉄道 Vale of Rheidol Railway(下注)はこの駅が起点で、レイドル川 Afon Rheidol の谷を遡ってデヴィルズ・ブリッジ Devil's Bridge まで、18.9kmの路線だ。軌間は1フィート11インチ3/4(603mm)の狭軌で、イギリスでは他に、南ウェールズのブレコン・マウンテン鉄道 Brecon Mountain Railway にしか例がない。もっとも、開通当時はフェスティニオグなどと同じ1フィート11インチ半(597mm)だったとされ、途中で微妙な調整が加えられているようだ。

*注 ヴェイル Vale はヴァレー Valley と同系語で、谷を意味するため、鉄道名は「レイドル渓谷鉄道」とも訳される。

ホームに出ると、標準軌線と狭軌線の線路が、頭端駅へ並んで入ってきている。それで、切符売り場もてっきりカンブリア線の隣にあるのだろうと見回したが、ない。慌てて近くの係員氏に聞くと、ホームの先だよ、と言う。線路に沿って通路が続き、200mぐらい歩いたところに、ようやく売店併設の小屋があった。切符を買った後、乗場へはまた本駅舎のほうへ戻るので、それだけで結構歩かされる。ついでに言うと、帰りも同じで小屋を経由しないと外に出られないため、出入口がしばらくの間混雑した。

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(左)ヴェイル・オブ・レイドル鉄道のホームは長い通路の先
(右)旧カーマーゼン線のスペースが転用された

2007~08年ごろの写真には、本線と機回し線の間に嵩上げしていないホームが見え、切符売り場も線路先端のすぐ右にある。以前はずいぶん手近な場所に、旅客用設備がまとまっていたのだ。ただこの場合、ホームへの通路が機回し線を横断して危険なのと、客車にステップで乗り込む不便さがある。その対策の結果が現在の形なのだろうか。

車庫の方から列車を牽く機関車がやってきた。スラウェリン Llywelyn の名をもつ8 号機だ。サイドタンクに "GREAT WESTERN" と大書されているのは、この路線がグレート・ウェスタン鉄道 Great Western Railway (GWR) の一支線になった1923年に、自社のスウィンドン工場 Swindon Works で製造されたことを意味している。落ち着いた緑の塗装も当時の再現だという。機関車は、開通当時からいた旧型機を参考に、長所は引き継ぎ、短所は改良する形で造られたいわば2世機だ。

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8号機スラウェリン、デヴィルズ・ブリッジ駅にて

客車は、屋根つきオープン車両3両、箱型車両3両、1等車1両という構成だった。乗客の人気がオープン車両に集中するのは学習済みなのだが、ホームで写真を撮っているとつい出遅れてしまう。箱型車両のほうに回ると、座席横の窓は締め切りで、両側に3か所ずつあるドアだけが皮ベルトのついた落とし窓になっている。往きはまだ席に余裕があったので、ドアの前をしっかり確保した。

この客車には貫通路はない。ドアはそれぞれ、車内で3分割されている区画(コンパートメント)の専用出入り口だ。各区画には向い合せのシートが2~3組配置され、ドア前のシートは2人掛け、ほかは3人掛けになっている。軌間はタリスリン鉄道より狭いのに、客車の内寸は逆にこちらのほうが広いような気がする。

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簡易なベンチが並ぶオープン客車

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箱型客車の内部は3区画に分かれ、各区画に向い合せのシートを2~3組配置

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ヴェイル・オブ・レイドル鉄道(赤で表示)と周辺の鉄道網

ヴェイル・オブ・レイドル鉄道は今でこそ、公益財団 Charitable Trust が所有する保存鉄道だが、その前はれっきとした英国国鉄 British Rail の路線で、1968年からは国鉄最後の蒸気鉄道として知られていた。年譜を遡ると、本来は1902年に、谷で伐り出した木材(下注)と鉛鉱で産出する鉱石を搬出するために造られた鉄道だ。貨物はアベリストウィスで標準軌線の貨車に積み替えられるか、港への支線を通って船に引き継がれていた。しかし、輸送の主軸はまもなく貨物から、悪魔の橋やその周辺を訪れる観光客に移る。

*注 木材は南ウェールズの炭鉱で、坑道の支柱に使われた。

1913年にカンブリア鉄道 Cambrian Railways に吸収されるが、1922年の4大会社(ビッグ・フォー The Big Four)への集約で、グレート・ウェスタン鉄道の路線となる。グレート・ウェスタンは起点駅の移転や、先述した機関車の更新など、路線に積極的な投資を行った。一般旅客の道路交通への移行で1931年に冬季の運行を中止してからは、オープン客車の増備など観光列車の充実に力を注いだ。

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駅名標、ヴェイル・オブ・レイドル鉄道乗換の記載も

第二次世界大戦後の1948年に4大会社は国有化され、英国国鉄に統合された。路線は、1963年の有名な「ビーチング報告書 Beeching Report」(下注)が巻き起こした嵐の中でも生き残ったが、中間の待避所は撤去され、全線1閉塞となった。1966年にはアベリストウィス駅で、廃止されたカーマーゼン線 Carmarthen line の敷地を使ってルート変更が実施され、幹線の機関庫が狭軌用に転用された。標準軌線の隣のホームを使う現在の形になったのはこの時だ。

*注 リチャード・ビーチング博士 Dr. Richard Beeching による、英国鉄道の徹底的合理化を進言した報告書。これに伴う大規模な路線廃止は「ビーチングの斧 Beeching's Axe」と呼ばれた。

しかし、大鉄道の傘下で続けられた路線の歴史は、サッチャー政権時代に幕を閉じる。国鉄合理化策の一環で経営を切り離すことになり、1989年に民間に売却されたのだ。しかし、ウェールズの他の多くの保存鉄道と異なるのは、ボランティアの手を借りずに、有給のスタッフだけで運営されている点だという。観光鉄道としてそれだけの集客力があるということだろうか。

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アベリストウィス~アベルフルード間の地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 127 Aberystwyth 1960年版 に加筆

雲の隙間から薄日もさす中、列車は12時15分定刻に発車した。車庫の脇をすり抜け、構内から出て、しばらくはカンブリア線の線路と並行する。これまで訪れた保存鉄道と雰囲気が違うように感じるのは、都市郊外の倉庫や工場が見える一帯を通っていくからだ。一つ目の停留所スランパダルン Llanpadarn もそのエリアにあるが、列車交換がないのに何分も停まった。再び走り出すと、カンブリア線が左に離れていく。レイドル川を木製トレッスルで渡って、線路は左岸に移った。この後はずっと左側に景色が開ける。右手の線路際にはまだ殺風景な工業団地が続いているが、左は茂みの間に河原が顔を出す。

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(左)しばらくカンブリア線と並走 (右)レイドル川を木製トレッスルで渡る

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カペル・バンゴル駅 (左)工事用車両を留置する側線 (右)小さな駅にもフラワーポットが

二つ目の停留所グラナラヴォン Glanyrafon が、ちょうど開発地と田園風景との境目だ。列車は、広い谷の中の牧草地を突っ切っていくが、のんびりと寝そべる牛たちはびくともしない。次はカペル・バンゴル Capel Bangor 駅で、対向設備とともに工事用の車両を留置しておく側線がある。起点から7.2km、すでに20分ほど揺られてきたが、標高はまだ23mに過ぎない。線路が載る地形としてはここまでが平地で、この後は、ヴェイル・オブ・レイドル Vale of Rheidol(レイドル川の谷、ウェールズ語ではクーム・レイドル Cwm Rheidol)の南壁にとりついて、じわじわと高度を上げていくことになる。

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(左)のどかな牧場の風景 (右)乗馬教室?の生徒たちが手を振ってくれる

駅を出ると、まず右の車窓に森になった谷壁が迫ってくる。それから少しずつ川が流れる谷底を離れていく。すでに1:50(20‰)~1:48(20.8‰)の急勾配が断続していて、せわしないドラフト音が数両隔たったここまで届いてくる。時折、ポーッポッという甲高い汽笛が山にこだまする。いっとき森が途切れて、のびやかな牧場の風景が開けたと思ったら、ナンタローネン Nantyronen の停留所だった。待合所とベンチは作りたてのような艶を保ち、真っ赤なゼラニウムがアクセントをつけている。ホームの端に設置された水タンクから、機関車は往路最後の給水を受けた。

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絵のように美しいナンタローネン駅では給水停車

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刈取りの済んだ草地にヘイロールが転がる

次のアベルフルード Aberffrwd は起点から12.5kmで、すでに全線の2/3を走ってきたことになる。標高も85mまで上がり、周囲は森で、いよいよ山の気配が漂ってきた。ここも対向設備がある駅だ。風景に集中していたせいで、谷を降りてきた列車に気づくのが遅れ、機関車の写真を撮り損ねた。現在、この鉄道で稼働中の蒸機は2機しかなく、牽いていたのは黒光りの9号機「プリンス・オブ・ウェールズ Prince of Wales」に違いないのだが、結局拝めずじまいだった。

Blog_wales_rheidol13(左)アベルフルード駅 (右)山の気配が漂ってきた

谷の底は平地で、おおかた生垣で区切った放牧地に利用されている。その草の絨毯に割り込むようにして、クーム・レイドル貯水池が現れた。斜面の深緑と薄曇りの空を静かな水面に映している。日差しは途絶えたが、天気はなんとか持ちそうだ。谷の斜面を切り欠いて造られた線路は、細かいカーブを繰り返す。左カーブのときが狙い目なので、カメラを構えた。車両の前の方にも中年の鉄道ファンが乗っていて、同じタイミングで窓から大きな体を乗り出している。そのつど「こんなのが撮れた」と言うように隣席の奥さんにモニターを見せるのだが、あいにく奥さんの反応はそっけない。他人事とも思えず、苦笑してしまう。

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(左)クーム・レイドル貯水池を見下ろす (右)奥に見える川べりの建物は発電所

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レイドル谷の斜面を上る。窓から大きな体を乗り出す鉄道ファン

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アベルフルード~デヴィルズ・ブリッジ間の地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 127 Aberystwyth 1960年版 に加筆

アベルフルードからは本格的な上りで、終点近くまで1:50の勾配が途切れることがない。機関車を操る機関士にとっては正念場だ。途中にレイドル・フォールズ Rheidol Falls とリウヴロン Rhiwfron の2か所の停留所があるのだが、どちらも速度を緩めることなく通過した。谷底からの高度差はすでに120mほどになり、いつのまにかレイドル川も森の陰に沈んでしまった。最後は、河川争奪で生じたV字の渓谷(本稿末尾で図解)を左に見送って、比較的なだらかな台地の上へ這い上がる。切通しをくぐれば終点のデヴィルズ・ブリッジだ。

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(左)レイドル・フォールズ停留所の東方、緑の谷底に小さな採掘跡
(右)カーブも勾配も厳しさを増す

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レイドルのV字谷を左に見送る

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(左)台地の上へ這い上がる (右)終点デヴィルズ・ブリッジ到着

アベリストウィスからちょうど1時間、時刻表どおり13時15分の到着だった。駅は広場と一体になっていて、着いた客と乗り込む客で屋台も土産物屋も繁盛している。その隣では、子供たちが小型機関車マーガレット Margaret の乗車体験を楽しんでいた(冒頭写真)。

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デヴィルズ・ブリッジ駅
(左)機関車は帰路の準備 (右)機回し線は切通しの中へ続く

駅名になっているデヴィルズ・ブリッジ(悪魔の橋)というのは、駅前の道路を左手に400mほど下っていったところにある。マナッハ川  Afon Mynach が刻んだ深い谷に、3本の橋が上下に重なって架かっている。ここは近辺の観光名所で、沿線にほとんど集落のない小鉄道が廃止を免れてきたのも、これがあるおかげだ。一番下にあるのが悪魔の橋の伝説をもつ11世紀の石造アーチ橋で、その上にあるのが1753年建造の石造アーチ橋、現在使われている一番上の鉄製の桁橋は1901年に架けられた。

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(左)現 悪魔の橋。2代の石橋はこの直下に
(右)デヴィルズ・パンチボウルへ降りる遊歩道(橋上から撮影)

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(左)有料遊歩道の入口 (右)時間のない人は向かいのパンチボウル入口へ

悪魔の橋伝説は、ヨーロッパ各地で語り継がれている(下注)。たいていは村人の前に悪魔が現れて、橋を架ける話を持ち掛けるところから始まる。この橋を請け負った悪魔も、最初に橋を渡った者の魂を報酬にもらうと宣言するのだが、橋が完成したとき、老婆が投げたパンを追って犬が先に渡ってしまう。悪魔は約束が違うと腹を立てて立ち去り、橋だけが残ったというストーリーだ。

*注 本ブログ「MGBシェレネン線と悪魔の橋」で扱ったスイスアルプス山中の石橋もその一つ。

橋は親亀子亀のように重なっていて、しかも上の橋ほど道幅が広いので、古い橋を見たければ谷へ降りるしかない。それで、橋の北詰の道路脇に、溪谷を巡る有料遊歩道の入口がある。左側のそれがメインルートで、3代の橋を仰ぎながら、さらに渓谷の底の、マナッハ川がレイドル川に合流する地点まで降り、対岸に上ってくる。要する時間は少なくとも45分だ。地形図によれば高度差約100mの往復が必要で、かつ、滝のしぶきで濡れて滑りやすい石段が続くから、結構ハードなコースに違いない。

それでガイドブックは時間のない人、脚力に自信のない人にもう一つのルートを薦めている。道路右側にある別の入口から入って、大型の甌穴デヴィルズ・パンチボウル Devil's Punchbowl を見に行くというものだ。これは10分で往復できるが、橋は直下から見上げる形になる。

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渓谷を巡る2本の遊歩道の見取り図
橋から見て左入口がメインルート、右入口がパンチボウル見学の遊歩道

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3代重なる悪魔の橋とマナッハ川溪谷
Photo by William M. Connolley from wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

折返し列車の発車まで1時間の余裕があるのだが、駅の周辺で写真を撮っていたら、遊歩道にチャレンジする時間がなくなってしまった。残念だが、悪魔の橋がどのような形をしているのかは、ウィキメディアの写真でご覧いただくことにしよう。

■参考サイト
3代重なる悪魔の橋(Wikimedia、右写真)
https://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Devils-bridge-pano.JPG

2代目現役時代の写真(Wikimedia)
https://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Devils_Bridge_Aberystwith_Wales.jpg

ヴェイル・オブ・レイドル鉄道(公式サイト)
http://www.rheidolrailway.co.uk/

本稿は、「ウェールズ海岸-地図と鉄道の旅」『等高線s』No.13、コンターサークルs、2016に加筆し、写真、地図を追加したものである。記述に際して、"Vale of Rheidol Railway Visitors Guide" Vale of Rheidol Railway および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照した。

★本ブログ内の関連記事
 ウェールズの鉄道を訪ねて-カンブリア線
 ウェールズの鉄道を訪ねて-フェスティニオグ鉄道 I
 ウェールズの鉄道を訪ねて-フェスティニオグ鉄道 II
 ウェールズの鉄道を訪ねて-タリスリン鉄道
 ウェールズの鉄道を訪ねて-アベリストウィス・クリフ鉄道

 

【参考】デヴィルズ・ブリッジ付近の河川争奪

左図:
1.当地点から上流は、かつてはるか南のカーディガン Cardigan へ流れ下るタイヴィ川 Teifi の流域だった。
2.第四紀の間に、イストウィス(アストウィス)川 Ystwyth が、谷頭侵食によってタイヴィ川の上流部を争奪した。
3.次いでレイドル川 Rheidol が谷頭侵食によって、イストウィス川となった上流部を争奪した。デヴィルズ・ブリッジ付近ではレイドル谷の下刻が進行し、V字谷が生じた。

右図:
デヴィルズ・ブリッジ以南の、もとのタイヴィ川の流路(推定)を矢印で示す

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タイヴィ川流域の河川争奪過程
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デヴィルズ・ブリッジ~トレガロン湿地北部Tregaron Bog Northの地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 127 Aberystwyth 1960年版 に加筆

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