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2017年1月14日 (土)

ウェールズの鉄道を訪ねて-コンウィ・ヴァレー線

スランディドノ Llandudno ~スランディドノ・ジャンクション Llandudno Junction ~ブライナイ・フェスティニオグ Blaenau Ffestiniog 間 49.6km
軌間 4フィート8インチ半(1,435mm)、開業 1858~79年

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保養地スランディドノを遠望

今日も晴れるというので、ウェールズ北海岸にある有名な保養地スランディドノ Llandudno へ行くことにした。グレート・オームという岬に上がるケーブルトラムに乗り、それから世界遺産のコンウィ城へ回るという行程だ。ポースマドッグからスランディドノへは、ブライナイ・フェスティニオグ経由で山を越えていくのが速い。

7時55分、私たちはポースマドッグの公園前にあるバス停から、1B系統の路線バスに乗った。例のフェスティニオグ鉄道 Ffestiniog Railway は早朝には動いていないし、なにより鉄道で70分かかるこの区間を、バスならわずか30分で走り切ってしまう。移動手段として見た場合、後者の選択になるのはやむをえない。バスはドゥアリド川 Afon Dwyryd に沿って進み、谷底からいきなりスラン・フェスティニオグ Llan Ffestiniog(フェスティニオグ本村)のある山の中腹へ攀じ登り始める。鉄道とはまったく別のルートをたどるので、興味の尽きることがない。

ブライナイ・フェスティニオグ駅の構内は、がらんとしていた。最も山側の標準軌ホームに、連接気動車がぽつんと停まっている。この路線の旅客輸送を担うのは、カンブリア線と同じアリーヴァ・トレインズ・ウェールズ Arriva Trains Wales で、車両も同形だ。この便の接続時間は12分と、十分余裕がある。バスからの乗継ぎ客が車内に収まると、人影の消えたホームにアイドリングの音だけが響いた。

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朝のブライナイ・フェスティニオグ駅で発車を待つ

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コンウィ・ヴァレー線(赤で表示)と周辺の鉄道網

ここブライナイ・フェスティニオグからスランディドノに通じる路線は、コンウィ・ヴァレー線(コンウィ渓谷線)Conwy Valley Line と呼ばれている。スランディドノ・ジャンクション Llandudno Junction を起点に、ノース・ウェールズ・コースト線(ウェールズ北岸線)North Wales Coast Line から南と北に分岐する本来別の2本の路線を、統一名称で売り出しているのだ。呼称だけではなく運用上も、ブライナイ・フェスティニオグ発着の列車は一部を除き、スランディドノへ直通する。

歴史をたどると、海側の方が登場が早く、避暑客の利用を見込んで1858年に、スランディドノ・ジャンクション~スランディドノ5.1kmが開通している。

一方、コンウィ川の谷を遡る山側区間は、1863年に、コンウェー・アンド・スランルースト鉄道 Conway and Llanrwst Railway(Conway はコンウィの英語における旧綴り)の手で、ノース・スランルースト North Llanrwst まで建設されたのが最初だ。これがロンドン・アンド・ノースウェスタン鉄道 London and North Western Railway に引き継がれ、1868年にベトゥス・ア・コイド Betws-y-Coed、1879年にようやくブライナイ・フェスティニオグの仮駅に通じた。その後、1881年に新設された本駅まで延伸され、ようやく44.5kmの全線が完成した(下注)。

*注 仮駅は、トンネルの出口近くに造られた。1881年の本駅(国有化後はブライナイ・フェスティニオグ北駅 Blaenau Ffestiniog North と称した)も現在の位置ではない。

最後の開通区間には、モイル・ダルノギズ Moel Dyrnogydd の下を貫く長さ3,520mのフェスティニオグトンネル Ffestiniog Tunnel がある。わざわざイギリスでも有数の長大トンネルを掘ってまで線路を延ばそうとしたのは、それまでフェスティニオグ鉄道が独占していたスレート輸送に参入するのが目的だった(下注)。そのために鉄道会社は、スランディドノの手前の、コンウィ川河口デガヌイ Deganwy に専用の積出し港も整備した。

*注 ブライナイ・フェスティニオグでの路線網と駅の変遷については、前回「ウェールズの鉄道を訪ねて-フェスティニオグ鉄道 II」参照。

しかしその後、採鉱事業の斜陽化が進んで貨物輸送は廃止されてしまい、今はアリーヴァの気動車が旅客輸送だけを続けている。海側区間は、マンチェスター Manchester 方面からの直通列車を含め、1時間に1~2本と比較的高頻度で運行されているが、山側区間では平日・土曜に一日6往復、日曜は3往復(冬季は運休)が走るのみだ。

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スレドル川の谷から見るモイル・シャボード Moel Siabod

始発駅の車内でも1列おきに座席が埋まっていて、ローカル線とはいえ、この時間帯はそれなりの需要があるのが見て取れる。8時35分定刻に走り出すと、列車は、うず高く積まれたスレート屑の山をすり抜け、フェスティニオグトンネルに突入した。長い闇の中から解放された後は、スレドル川の谷 Dyffryn Lledr に沿って下っていく。眺めはおおむね進行方向左側の車窓に開け、濃淡の緑をまとう山麓の上に、岩がちのどっしりした山塊が朝日を浴びている。途中に小駅がいくつかあるのだが、リクエストストップのためすべて通過した。

谷が狭まったところで、川を斜めに横切っていく。石造アーチのゲシン高架橋 Pont Gethin を渡るのだが、列車に乗っていたのでは気づかない。帰りは路線バスを使ったので、思いがけなくも、城壁のような重厚な石積みをカメラで捉えることができた。

まもなく、ベトゥス・ア・コイド Betws-y-coed だ。渓流が岩をはむ佳景で知られた小村で、以前車で通ったことがある。駅の裏にはコンウィ・ヴァレー鉄道博物館 Conwy Valley Railway Museum があって、15インチ(381mm)軌間のミニチュア鉄道も運行されている(下注)。一度ゆっくり訪ねてみたいものだ。

*注 同館サイトによれば、ミニチュア鉄道は2015年12月に洪水の被害を受け、運行休止中。

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(左)石造アーチのゲシン高架橋(帰りの路線バスから撮影)
(右)ベトゥス・ア・コイド駅裏の鉄道博物館

この後は山がしだいに遠のき、牧場や畑を森が縁取る穏やかな風景が車窓を支配するようになる。コンウィ川 Afon Conwy と名を改めた流れを渡ると、スランルースト Llanrwst に停車した。かつて羊毛交易で栄えたコンウィ谷の中心地だ。左側に見える川もその幅を広げていき、やがて川と海の境があいまいな三角江の様相を呈し始めた。小さな干潟で水鳥の群れが羽を休めている。線路が川岸から離れる直前、遠方にコンウィの鉄橋と古城がその姿を現した。

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スランルーストから下流は川幅が広がる
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川と海の境があいまいな三角江に
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三角江の先にコンウィの鉄橋と古城が見えた

コンウィの町は、スランディドノからの帰り途に立ち寄った。町の東側に、13世紀後半、イングランド王エドワード1世がウェールズ征服に際して築いた古城、コンウィ城 Conwy Castle があり、世界遺産にも登録され、観光名所になっている。それとともに鉄道ファンには、傍らに架かるコンウィ鉄橋 Conwy Railway Bridge も見逃せない。ロバート・スティーヴンソン Robert Stephenson が設計し、1848年に竣工、翌49年に開通した橋だ。クルー Crewe ~ホリーヘッド Holyhead 間の幹線鉄道ノース・ウェールズ・コースト線 North Wales Coast Line が通っている。

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コンウィ城
(左)コンウィ川を渡るA547号線から城を見る(2階建バスから撮影) (右)塔が立ち並ぶ城内

鉄橋はチューブラーブリッジ(管状橋)といわれる構造で、スパンを長くとるために橋桁を鋳鉄製の四角い箱にし、その中に線路を通している。両岸には城の一部かと見紛う立派な橋楼(バービカン barbican)が建ち、列車はそのたもとに開いた門口から箱の中に吸い込まれていく。せっかく名城が背景を固めているというのに、列車が橋を渡る姿は見えない。それで、鉄道写真の被写体としてはインパクト不足なのが惜しいところだ。

ちなみに、西のメナイ海峡を渡る同線のブリタニア橋 Britannia Bridge も当時同じ構造で造られたのだが、1970年に火災で損傷し、再建に際してトラスアーチ橋に変更された。それでコンウィ鉄橋は、管状橋の現存する唯一の作例になっている。コンウィ城の塔の上からは、眼下にこの珍しい鉄道橋と、トーマス・テルフォード Thomas Telford 設計の優雅な吊橋が並ぶさまを眺めることができる。

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(左)城のすぐ横をノース・ウェールズ・コースト線が通る
(右)コンウィ川を渡る3本の橋。右からスティーヴンソンの鉄道橋、テルフォードの吊橋、改修中の道路橋

鉱山町を出て約1時間で、スランディドノ・ジャンクションまで下ってきた。ここは駅名のとおり、本線格のノース・ウェールズ・コースト線との乗換駅だ。乗ってきた客の多くがここで降り、コースト線ホームへ移動していく。駅舎は上下線の間のホーム上にあり、レトロな風情の中央階段で、駅前広場へ通じる跨線橋につながる構造だ。本線の接続列車を待ち合わせるために15分停車したので、観察時間はたっぷりあった。いっとき人の動きが止まったホームを、カモメが一羽、わがもの顔で散歩していた。

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スランディドノ・ジャンクション駅
(左)ノース・ウェールズ・コースト線ではヴァージン・トレインも運行中
(右)レトロな風情の中央階段
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ホームを一羽のカモメが闊歩

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コンウィ~スランディドノ間の地形図(図中のConwayはConwyの旧綴り)
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 107 Snowdon 1959年版 に加筆

9時48分に再び発車、列車は上り線をゴトゴトと横断して、コンウィ・ヴァレー線の海側区間へ進入した。左手はコンウィ川の広い河口で、水面越しにもう一度コンウィ城と、それに続く石造りの街並みを遠望できる。デガヌイに造られたスレートの積出し港はもはや跡形もなく、ヨットがもやる優雅なマリーナに変身していた。列車は、ゴルフコースの横をかすめたかと思うと、早くも終点だった。この間わずか8分だ。

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デガヌイ駅付近から河口を隔ててコンウィの町の眺め

スランディドノはアイリッシュ海に臨む夏の保養地で、19世紀には「ウェールズのリゾートの女王」と称され、上流階級の人気を集めていた。煉瓦造りの現駅舎は、利用者が増えて初代駅舎が手狭になったため、1892年に新築されたものだ。建設当初は待合室や軽食堂を擁し、頭端式のプラットホームが5番線まであったそうだ。

その後、鉄道輸送が縮小するにつれ、設備を持て余すようになったことから、2014年に大改修が行われた。旧駅舎は半分撤去され、総ガラス張りのモダンな待合室に生まれ変わった。ホームも3面3線に縮小されたが、かつて送迎車両が乗り入れていた構内車道、ロンドン・ミッドランド・アンド・スコッティシュ鉄道 London, Midland and Scottish Railway (LM&S) のモノグラムを埋め込んだ改札柵、ホームを覆っていた大屋根の一部は残されていて、最盛期の威容をしのばせる。

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スランディドノ駅
(左)フェスティニオグからの列車が到着 (右)LM&S のモノグラムのある改札柵
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(左)大屋根の架かるホームの中央はかつての構内車道
(右)駅正面。中央部は総ガラス張りに改築された

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駅前に立つアリスの木像

駅前に出ると、天気予報の言ったとおり、町の上には雲一つない青空が広がっている。スランディドノには、不思議の国のアリスのモデルになったアリス・リデル Alice Liddell 一家の別荘があり、彼女はよく家族と訪れていたそうだ。駅の向かいの角に立つ大きなアリスの木像に見送られて、私たちは保養地の瀟洒な通りをグレート・オームの方角へ歩いていった。

次回は、グレート・オームのケーブルトラムに乗る。

■参考サイト
Cambrian Lines http://www.thecambrianline.co.uk/
Arriva Trains Wales  https://www.arrivatrainswales.co.uk/

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