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2016年10月11日 (火)

コンターサークル地図の旅-木津川流れ橋

最近、映画やテレビで時代劇を見かけなくなったとはいえ、京都にはお寺や神社の境内をはじめ定番のロケ地が数多くある。コンターサークルS 2016年秋の旅の初日10月8日は、郊外のそうした場所の一つ、木津川流れ橋を訪れた。

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北東から眺めた流れ橋の全貌

木津川(きづがわ)というのは、宇治川や桂川と並ぶ淀川の主要な支流の一つだ。三重県伊賀地方を源流域に、京都府南部を流れ下り、大山崎で他の二つと合流する。流れ橋は地形図にもそう書かれているが、本名は「上津屋橋(こうづやばし)」という、全長356.5mの木橋だ。行政区画でいうと、京都府久御山(くみやま)町と八幡(やわた)市の境界に位置している。

おもしろいことに、上津屋という集落名は流れ橋をはさんだ木津川の両岸にある。川の流路が変わったわけでもなく、昔から両岸に村があり、交流が盛んだったようだ。渡し舟では不便という地元の強い要望を受けて、1953(昭和28)年に橋が架けられた。1959(昭和34)年には府道八幡城陽線に認定され、以来、京都府が管理している。

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木津川流橋周辺の1:25,000地形図に
歩いたルートを加筆

本日の集合場所は、JR奈良線の宇治駅。奈良へ行く多数の外国人客に挟まれて快速列車(みやこ路快速)でやってきた。改札で落ち合ったのは堀さん、真尾さんと私の3人。さっそく駅前からタクシーで、木津川右岸(東岸)の堤防上の車止めまで行ってもらった。

10月に入ったというのにまだ暑い。台風が次々に来襲して雨がよく降るのだが、ついでに南から温かい空気を呼び込んでいるようだ。京都のきょうの最高気温は31度、空気は重たく湿っぽい。雲間から日差しが降り注ぐと7月に逆戻りしたのかと思うほどだ。「川べりならもう少し風があると思いましたが」と思わず口にすると、「ないですね」と堀さんがつぶやく。お二人は、すでに最低気温が10度を割った北海道から来ている。

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(左)JR宇治駅に到着 (右)堤防上を歩いて橋の袂へ

茶畑の載る堤防上を数百m歩いたところに、流れ橋へ降りる小道があった。まずは、堤防の上から俯瞰してみる。素朴な風情の木橋だ。両岸を縁取る緑にしっくり溶け込んでいる。一直線に伸びる薄い橋桁といい、それを等間隔で支える華奢な橋脚といい、ちょっと心細げな構造物だ。戦後の架橋とはいえ、手甲脚絆に草鞋を履いた旅の者が渡っていたとしても違和感はないだろう。

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平水時の水流は右岸寄りに

私たちも渡ってみる。路面は板を流水方向に並べてあり、縁には転落防止を兼ねた挟み木が置かれているだけだ。高欄はないので、普通の橋とは開放感がまるで違う。平水時の水路は右岸寄りを流れている。そこでは水面から5.5mの高さがあるそうだが、路面の横幅が3.3m取られているので怖いと感じるほどではなかった。

橋の上は、結構人通りがある。地元の子供たちが自転車で通ったりもするが、休日の場合、多くは見物客だ。カップルや小グループはもとより、旗を手に持つツアーガイドに率いられた集団ともすれ違った。「今ではちょっとした観光地になっているらしいです」と私。

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(左)橋脚には大水の跡が残る (右)橋の上は開放感全開

流れ橋というから勘違いしていたのだが、水をかぶっても大阪湾まで流れていってしまうわけではない。水位が橋桁まで達すると、確かに橋板は橋脚から浮き上がる。しかし、ブロック単位で橋脚にワイヤでつながれているので、筏流しのように川の流れに身を任せながら、その場所にとどまっているのだ。水が引いたら、これを手繰り寄せて、橋脚の上に載せるともとの橋に戻る。

なるほど昔の人はうまいことを考えたものだと思うが、河原に残った筏を高さのある橋脚に載せ直すのは、それほど簡単な作業ではない。昔のことはいざしらず、今は重機を投入しての大工事になる。実際、復旧費用は1回の被災につき3500万から5000万円にも上っているという。

橋は、架設以来60年の間に21回被災している。特に最近は豪雨に見舞われることが多く、2011年から4年連続で流された。復旧工事は渇水期を待って行われるので、秋に壊れて翌年春に復旧完了したと思ったら、その秋に再び被災という繰り返しだった。その都度数千万を費やすのでは、府道を預かる行政としても「ええかげんにしてくれ」となったようだ。それで2014年から専門委員会で設計の抜本的な見直しが行われた。

京都府の資料(下記参考サイト)によると、観光資源であることも踏まえて、木造で流出可能という構造は堅持するものの、流出頻度を減らすための工夫をいくつか取り入れたという。一つには、流木等が引っ掛かりにくくなるように、橋脚間を約2倍に広げた。二つに、橋脚の杭木にコンクリートパイルを使用して、耐久性を高めた。三つに、水没をできるだけ回避するために、橋面を75cm嵩上げした。誤って転落したときの人体への衝撃を考えると、これがぎりぎりの高さだそうだ。

こうして昨年、改めて復旧工事に着手し、今年(2016年)3月27日に開通式が挙行された。古そうに見えるが、実は出来立てほやほやで、以前の橋と比べても姿がかなり変わっているのだ。

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(左)地元の子から見物客まで通行人は多い (右)橋脚の主要部はコンクリートパイルに

橋を渡り終えた後、左岸の堤防の上で振り返ってみた。手前に葉の緑が瑞々しい茶畑、その先の広い河原を、時代劇の一シーンを切り取ったかのように木橋が横切っている。疑似的とはいえ、なんとはなしに心が安らぐ原風景だ。しかし、下流に目を移すと、第二京阪道路の無粋な高架橋が視界を遮り、その周りにかさ高い建物も建ち始めている。迫りつつある都市化の波を、木橋が体を張って食い止めているようにも見える。

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宇治茶の畑と流れ橋

堤防の下の小さなあずまやで、持参した昼食を広げながら、よもやま話に花を咲かせた。後で堀さんに感想を聞いたら、「暑さには参りましたが、見たいと思っていたので満足です」とのこと。まだ昼過ぎだったが、明日から遠出なので(お二人はすでに遠出中だが)、近くの四季彩館という公共スペースでタクシーを呼んで、現場を後にした。

掲載の地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図宇治、淀(いずれも平成17年更新)を使用したものである。

■参考サイト
上津屋橋(流れ橋)あり方検討委員会(京都府建設交通部道路建設課 公式サイト)
http://www.pref.kyoto.jp/doroke/nagarebashi/

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